♯9 犯人
天まで伸びているのではないか、と思えるくらい竹はすごく大きく成長しており、乱雑にアシンメトリーに生えた竹たちがわたしたちの追跡を阻害する。
それに、葉が重なりあっているせいで、鬱蒼と茂った竹藪はとても暗かった。
「どこまで行くのかしら、あいつ……」
「この先に自殺スポットでもあるんだろ」
「そうなの?」
「さぁね」
「適当かよ…………って、あ!」
思わず大きな声をあげてしまったのは、つい天馬の言葉に耳を傾けているうちに、尾行していた有太郎と明島さんの姿が消えてしまったからだ。
「もう、天馬のせいで見失ったじゃん!」
「いや、この先に開けた場所があるみたいだよ」
天馬は前方を指差す。
そこには、円形に開けている場所があった。
わたしたちは近くにあった大きめの岩に身を隠し、恐る恐る陰から覗いてみると────。
「っ!」
わたしは開けた土地の中央に置かれたものを見て、思わず身体が動いた。
後ろで天馬の制止の声が聞こえた気がしたが、そんなものに従っていられない。
昨日、痛い目に遭ったばかりだが、見て見ぬ振りをするなどわたしの性格上ありえないことなんだ。許して、天馬。
「明島さん、だめ!」
開けた土地の中央に置かれた大きめのチェンソー。それに向かって、ふらふらと歩み寄っていく明島さん。
わたしは全速力で明島さんに駆け寄り、しっかりと手を掴んで止めた。
その瞬間、引っ張られるようにして歩いていた明島さんは、操り人形の糸が切れたかののように、地面に崩れるようにして倒れた。
そんな明島さんを受け止め、抱き寄せるわたし。
「もう……大丈夫だから……」
今の彼女にかけてあげられる言葉はそれぐらいしか見つからない。
「お、お前! 昨日の女か!?」
有太郎は突然現れたわたしに驚いているのか、目を見開き、わたしを指差す左手は小刻みに震えていた。
右手は────ない。
「はぁ……きみってやつは……少しは後先考えて行動してくれよ」
やれやれ……、といった様子で、天馬は困った顔をしながら岩陰から姿を現した。
「だ、誰だ!」
「仕方ないが、これからあなたの犯行を暴きますよ、八津有太郎さん」
まるでハードボイルド小説に出てくる探偵の真似をするかのように、有太郎を指差す天馬。
これが、オタクじゃなくて、キザなセリフなんて吐かない優しい青年であれば、わたしは惚れていたかもしれないが、残念ながら天馬なので、ここで恋に落ちるようなことはない。どんまい、天馬。
「は、犯行だと?」
「そう、あなたは八津クリニックの患者を言葉巧みに誘い、己の欲望を満たすために自殺を強要させた」
「ははっ」
嘲笑う有太郎。
しかし、天馬は淡々と続ける。
「噂好きの知人から知り得た情報なんですが、あなたは昔から随分とマッドサイエンティスト紛いのことをしていたそうですね?」
「あ、UMA愛好会の人から聞いたのね?」
「ちょっと、少し黙っていてくれよ、優子」
しっしっ、というジェスチャーをされたので、わたしは口をとがらせて、そっぽを向いた。
「聞いた話によれば、野生の動物を捕まえて改造を行なったり、解剖したり、命を弄んだ実験をしたようですね」
「……随分と詳しく調べたな。そこまで調べたなら、俺が医者志望で、この右腕を失った理由も知っているよなぁ?」
こくりと頷く天馬。
有太郎は白衣を脱ぎ、黒いタンクトップ一枚になると、左右非対称なそれが露わとなった。
右腕は二の腕辺りから先がなかった。
二の腕の先には大層な手術痕跡見られた。
「事故によって夢を断たれたあなたの中で、マッドサイエンティストなその趣味に拍車がかかったのでしょうね」
有太郎は、自らの親が経営する患者────つまり、動物から人間という生き物に標的を変更し、新たな趣味を始めたということか。
病院の患者を利用した理由は、精神科医に通う人は少なからず、精神が不安定状態となっているため、心の隙に付け込みやすく、マインドコントロールの対象としてはこれ以上ないぐらい、最高のエモノだったのだろう。
「マインドコントロール、私は出来ませんが、随分とお得意みたいですね。昨日は、私の友人が世話になったと聞いています」
「あぁ、心理学も学んでいたからな」
今までだんまりを決め込んでいた有太郎がそう言った。
「あなたは、患者の精神や意思を洗脳し、依存性の高い薬を処方箋として与え、再びこの病院へやってくるように仕向けた。そして……」
「そして?」
「全ての言うことを聞くようになった患者に対し、最期に自殺をしろと命令した」
「はっはっはっは!」
高らかに笑う有太郎。
伸びきった髪の毛を掻き上げ、不敵な笑みを浮かべながら天馬に近寄る。
「……坊主、残念だけど証拠がねぇよ」
「ありますよ、ここに」
近寄ってくる有太郎から逃げるように後ずさりを始める天馬はポケットから銀色の機械を取り出した。
「ICレコーダーです。あなたが言ったある言葉を録音してあります」
「っ!? それを渡せ!」
勢いよく天馬に飛びかかる有太郎。
その瞬間、天馬は持っていたそれを私に投げつけ、飛びかってくる有太郎を避けた。
「優子、それを再生したまえ」
わたしは言われたとおりに、再生ボタンを押した。
すると────。
『これまで十数人を洗脳し、自殺を強要したが、きみほど苦労した人はいなかったよ。でも、その苦労も今日で報われる。さぁ、行こうか』
と、有太郎の声がICレコーダーから聞こえた。
「…………」
どう見ても、いや、どう聴いてもこれは決定的な証拠だった。
『自殺を強要した』と完全に証言しているのだ。もう、有太郎は言い逃れることは出来ない。
周囲の竹藪は、有太郎の心情を表すかのように、ざわざわとざわめき始め、心地悪い風が吹いてきた。
「……へ……へへっ」
気味悪く笑う有太郎は怒りで顔を歪め、わたしと天馬を睨みつけた。
「あぁ、そうだ! 俺がやった! 自殺を強要させたのは俺だよ!!」
その怒鳴り声と共鳴するかのように、遠くで雷が鳴るのが聞こえた。
わたしは、気を失っている明島さんを地面に寝かせ、ゆっくりと立ち上がり、有太郎を睨みつける。
「何なんだよ、お前……」
「ゲームとアニメと二次元キャラを愛する、ただの大学生さ。あなたを捕まえても萌えないが、萌える女の子を泣かせたことをおれは許さない」
なんだか、かっこいいセリフにも聞こえるそれを言った天馬だが、言っていることはとても痛々しいものだった。
本人は自覚しているのだろうか、見ていてとてもイタいということを。
「…………お前らみたいなガキに分かるか……? 親が医者だからって、俺も医者になることが決まっているかのように周囲は期待の目で見続け…………俺が医者になる夢を断念したら、みんな惨めなものを見るように俺を見てくるんだぜ? なあ、分かるか?」
「……だからって」
「あ?」
「だからって、関係のない人を巻き込んでいいと思ってんの!?」
わたしの怒声が辺りに響き渡る。
「関係はなくねぇよ……その明島活美だって俺のように挫折を味わって苦しんでいるんだよ」
「でも、明島さんは自殺したいって言ってないでしょ?」
「言ってねぇけど分かるんだよ……挫折した者同士ならな!!」
突然、わたしに飛びかかる有太郎。
しかし、わたしは怯まない。怯むどころか、右手に持っている布製の袋から木刀を取り出し、横一閃を有太郎の脇腹に喰らわせた。
「うぐっ!」
左手で脇腹を抑え、地面に倒れ込む有太郎。
それを天馬は可愛そうな目で見ている。
「やっぱり木刀だったか、それ……」
「大丈夫、あばらは折れてないと思うから」
「折れて臓器に刺さって死んだら、今度はきみが犯人か」
今度の標的は皮肉を言った天馬にしようかしら。
「天馬、警察呼ぶ?」
「警察呼ぶとおれたちも事情聴取を受けかねないけど……こいつを放っておくわけにもいかないからね……」
天馬は携帯を取り出し、ボタンを押し始める。
そのとき。
「くそっ!」
有太郎が走って竹藪の中へと逃げて行ったのだ。
突然のことで身体が動かなかったが、わたしはすぐに有太郎のあとを追うために走りだす。
「天馬、明島さんのこと頼んだわよ!」
「おい、待てって!」
またまた天馬の制止を無視したわたしは、木刀片手に犯人である有太郎を捕まえるべく、竹藪の中に突入した。
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