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  マリオネットたちの血涙 作者:水馬&姫井星光
前日譚 ろすとろべりー
 わたしはフォークについたクリームをぺろりと舐めた。それからフォークを皿に置いて、向かえに座る天馬をまじまじと見つめる。彼は笑みを浮かべている。わたしの仏頂面には脇目もくれず、自分の世界にどっぷりと浸かっていた。

「ねぇ、本当に食べちゃうよ、ケーキ」

 わたしは皿に置いたフォークを再び手に取り、確認する。

「あぁ、食べていいよ。何か、躊躇(ためら)う理由があるのかい?」
「べ、別に理由はないけど……」
「あ、もしかして、苺の乗ったショートケーキよりも、チョコや栗のほうが好みだった?」
「ううん、苺もチョコも栗も大好きだけど……う~ん……」

 わたしは真っ赤に熟れた苺が乗ったショートケーキを前にして、唸り声をあげる。
 食べたいのだけれど、食べていいものか……。

「じゃあ、もしかして、太───」

 とある単語にわたしの感覚が過敏に反応した。
 その結果、持っていたフォークを、ダーツを投げる要領で彼に────星陵天馬ハンドルネームに対して投げてしまった。

「……き、み……そのうち、誰か殺すんじゃない……かな」

 わたしの投げたフォークはそれこそダーツの如く、天馬の頬をかすり、コンクリートの壁に突き刺さっていた。これには投げた自分でさえびっくり仰天だ。

「きみって、仙人か何かと修行していたっけ……?」
「別に。高校まで剣道やってだけだし」

 そう、ただ剣道をやって、部活をしていただけ。別段、変な特訓とか、仙人との修行を積んだりなんてしていない。普通に、どこにでもいるような女子として生きてきたつもりだ。
 だから、今、フォークがコンクリートの壁に突き刺さったのは、あくまで偶然、たまたま突き刺さっただけ。わたしが超能力を持っているわけでも、修行を積んだ人間でもない。

「天馬、違うフォーク持ってきて」
「このフォークを使えばいいじゃないか……って、あれ? 引き抜けない……?」

 天馬はパイプ椅子に座ったままの状態で、後ろの壁に刺さったフォークを引き抜こうとしているが、全く抜ける様子がない。天馬がひ弱なのか、それとも、わたしの投げたフォークがより深く突き刺さっているのか。できることなら、後者は勘弁してほしい。

「し、仕方ないわね、わたしが持ってくるから、そのフォークは放っておいていいわよ」
「いや、しかし、合宿からみんなが帰って来たときに『こ、これは何だ!?』ってなるじゃないか。やはり、きちんと処理をしておかないと……」

 『こ、これは何だ!?』って言われた後、天馬が『優子がやりました』って言いかねない。ていうか、絶対言うよね、こいつなら。
 もし、そうなったら、わたしは怪力女というとても不名誉な称号をみんなから与えられてしまうのではないだろうか。そう考えると、確かにフォークの処理はしておかないといけないんだけれども……。

「あ、抜けた! ……って、あれ……周りもとれた」
 がらがらと、ぼろぼろと、フォークが突き刺さっていた周辺のコンクリートが崩壊し、壁面の一部だけが仕上げ材で覆われていない灰色の壁、コンクリート本来の色が露出した。

「と、とりあえず、紙でも貼っておこうか」

 わたしは棚から目についた紙を引っ張り出し、すぐに壁面に開いた握り拳サイズの穴を覆うようにして張り付けた。

「これ、構造的に大丈夫なのかね。ていうか、それ、入会案内の用紙……」
「き、きっと、大丈夫よ、鉄筋コンクリート造だもの」と、わたしは何の根拠もないセリフを平然と、自分のやったことを誤魔化すようにして言った。

 そもそも、フォークを投げなければこんなことにはならなかったのだけど、今さら後悔しても遅い。今は、目の前にあるケーキを食べることに意識を向けよう。

「ねぇ、本当にこのケーキ、食べてもいいのよね?」

 わたしはフォークをミニキッチンから持ってきて、パイプ椅子に腰掛けながら、天馬に尋ねた。

「きみもしつこいねぇ。サークルの合宿へ行けなくて、きみが落ち込んでいると思って買ってきてあげたというのに」
「だってさぁ……」

 体重のこともあるのだけれど、それ以外にもう一つ気になる点が────。
 わたしの前に座っているこの眼鏡をかけた男、星陵天馬はオタクだ。
 そして、これまで何度も、わたしは彼の『買い物』に付き合わされている。
 『初回版と通常版でパッケージイラストが違うから、店頭に一緒に並んでくれ』とか『ちょっと用事があるから、代わりに買ってきてくれ』とかとか。
 とにかく、天馬のオタク的用事にわたしは何度も付き合わされ、その用事を頼まれる前には今回のケーキのようにお駄賃的な『物』を与えてくるのだ。
 まぁ、彼とは長い付き合いだから、今さら天馬の頼みを頑なに拒否することはしないが。

「……ん~……それじゃ、いただきます」

 わたしは天馬への尋問を諦め、ケーキの甘い誘惑に屈し、ついにクリームの乗ったスポンジ部分をフォークでとり、口へと運ぶ。

「美味しいかい? 駅前の人気のあるケーキ屋で買ってきたんだ」
「あ、美味しい。それに、これ、中にチョコも入っているのねぇ」

 今までしかめっ面だったわたしは、ケーキの美味しさに思わず笑みを浮かべてしまう。

「そうだ、きみ、何か飲むかい?」
「あ、うん、コーヒーのブラックで」
「分かった。インスタントだけど構わないよね」
「うん……って……なんか、今日はやけに優しいわね、あんた」
「そうかな、おれはいつでも優しいお兄さんだと思うけど」

 眼鏡の奥の眼が笑った。
 もう嫌な予感しかしない。

「その苺、美味しそうだね。あ、きみって美味しいものは最後に食べるタイプ?」
「え、うん、そうだけど」
「そっか。苺食べないで、スポンジの部分から食べ始めたから、もしやと思ったけど」
「で、それが何なのよ?」
「いや、別に。なんでもないよ」
「あっそ」

 そんな普通な会話をしていると、コンコンとサークル室のドアをノックする音が聞こえた。

「はーい」

 わたしはフォークを持ったままドアに駆け寄って開けると────。

「ユーコ様ぁ!」
「ユーコ様ちゅっちゅ!」
「ユーコ様が可愛過ぎて生きているのが辛い!」
「ユーコ様! 差し入れです!」
「ユーコ様は俺の嫁で────」

 バタンっ、とわたしは勢いよく、ドアを閉めた。
 そして、ふぅ……、と息を吐く。

「誰だった?」

 キッチンから天馬が顔をひょっこり出して尋ねてきたが、今見たことを話すべきか否かのどちらかを決めることは、今のわたしでは出来ないと思い、「ううん、別に」とテキトーに誤魔化した。

「やれやれ……レポート作業で疲れてるのね、わたし。別次元のドアを開いちゃったみたい」

 改めて、わたしはドアを開けると────。

「いや、俺の嫁だ!」
「黙れ、僕の嫁だよ!」
「おいおい、オレ様を差し置いて何言ってんだよ」
「銀河の向日葵はオレの嫁!」
「ふざけるな、ユーコ様はオレの嫁なんだよ、異論は認めない!」

 無精ヒゲを生やしたデブ体型の男、ぼさぼさ天パーの痩せ体型男、メガネをかけてバンダナを巻いた怪しげな男などなど、どれも気味の悪い陰なオーラを放っている男、五人組が言い争いをしていた。
 バタンッ!!と、わたしは先程よりも素早く、力強く、ドア枠に叩きつけるようにしてドアを閉めた。

「…………はははっ、余程疲れているのね、わたしって」
「UMA愛好会の皆さんか。全く、彼らもしつこいね。きみを見れば、『ユーコ様ぁ』って駆け寄ってさ」
「うぅ……言わないで……あいつらのことは言わないでぇ……鳥肌が……悪寒が……」

 わたしは耳を塞いで天馬の声を遮るものの、ドアの奥から先程の男たちの遣り取りが嫌でも耳に入ってくる。一体、どれだけ大きな声で話しているのだろうか。

「ねぇ、天馬……しばらく放置していれば、あいつら消えてくれるかなぁ……?」
「どうかなぁ? この前、きみが罰ゲームでメイド服を着たのを彼らが見てからというもの、ここ数日間、毎日こうしてやって来てるよね。それに、追い返すまで居座るからタチが悪い」
「うぅ……分かった……追い返してくるわ……」

 渋々、わたしは覚悟を決め、ドアノブに手をかけると、天馬が「ちょっと待って」とストップをかけた。

「え、なに? まさか、天馬が代わりに追い返してくれるの!?」
「いや、それは遠慮する。とりあえず、殺すな、とだけ言っておくよ」
「…………いってきます」

 がちゃり、とドアを開け、わたしは外へ出ると────。
「おぉ、女神が降臨なされた!」
「ユーコ様ぁ!」
「待っていました!」
「ぜひ、メイド姿にもう一度!」
「女神のご加護がありますように……」

 勢いがすごい……押しつぶされそうなこの迫力。
 しかし、ここで負けてはいけない。追い返すのよ、わたし!

「あ、あの~、帰ってもらえませんかねぇ……?」
「じゃあ、サインお願いします」
「なら、僕はこのミステリーサークルの写真に」
「…………」

 ぷっつん、と私の中で、堪忍袋の緒が切れた。

「帰ってください」

 ややドスを効かせた声音で言ってみた。
 すると────。

「は、はい」
「ご迷惑をおかけしました」

 五人組はそれぞれ、深々と頭を下げ、階段を降りて行った。
 ばたんっ、と下の階の扉が閉まった音を確認して、わたしは大きな溜息を吐いた。
 そして、自分の所属するサークル室『ミステリィ同好会』の部屋へと戻る。

「おかえり、早かっ……た……ね」

 コーヒーカップを片手に持ち、脚を組みながらパイプ椅子に腰掛けていた天馬の目が、徐々に可愛そうなものを見るような目へ変わった。

「あぁ……やっちまったね……」
「え、別に殺しちゃいないわよ?」
「いや、目がもう……完全に獲物を狙うタカの目みたいになってるよ」
「へ、マジ?」
「うん、大マジ。愛好会の皆さんは、その目にビビって、大人しく帰っていたようだね」

 はぁ、と大きな溜息を吐きながらわたしは着席し、ふとテーブルの上に目をやると────。

「あ、れ?」
「ん、どうかしたかい?」

 なんだか、テーブルの上の状態に違和感がする。
 なにかが、欠けているような気がしてどうも落ち着かないのだが────。

「あ!」

 欠けているものに気がついたわたしは、思わず大声をあげてしまった。叫ばざるを得なかったのだ。
 なにせ、ショートケーキの上に大事に残しておいた、真っ赤に熟れた苺が消えていたのだから。




「さて、不要な備品のせいで窮屈なこのサークル室で起こった苺消失事件……犯人は一体誰なのかということだけど……」
「ふむ、実に興味深い……これは、『ろすとろべりー事件』と名付け──うごぁっ!」

 わたしは手刀を天馬の頭頂部に振り下ろした。

「どう考えても、あんたしかいないでしょうが!」

 わたしが、UMA愛好会の方々を追い返すためにショートケーキから離れ、サークル室の外へ出た。その隙に、この男、天馬が苺を食べた。

「これがわたしの推理よ!」
「残念ながら、きみの推理には証拠がないな」
「う……証拠……証拠は……そうだ! 天馬のお腹を搔っ捌けば……まだ苺は消化されていないはずよ」
「なんて猟奇的な考え方……」

 天馬の目が冷たい。明らかにドン引きしている。

「じょ、冗談よ!」
「なら、いいけど……とりあえず、こういう場合はあらゆることを想定してみてはどうかな?」
「想定?」

 あぁ、と天馬は頷き、コーヒーカップをテーブルの上に置いた。

「サークルの合宿へ行ったと思っていた仲間が、ロッカーに隠れていて、きみの苺を食べたとか?」
「ちょ、気味悪いわよ、そういうの」

 自分の後ろにあるロッカーを見てみるが、いたって普通な、グレーで金属製の事務用ロッカーが一つ、立っている。立っているのだが、なぜか今日だけは、不思議と意識をしてしまう────って、まんまと天馬の言葉に惑わされているじゃないか、わたし。

「はぐらかさないでよ! あんた、そうやって、自分のやったことを隠し通────」
「だ、だったら!」

 天馬はわたしの言葉を遮るように言う。

「UMA愛好会の方々に隠れキャラがいて、その一人が前からサークル室に隠れていて────いでっ!」
「隠れキャラが隠れているとか、上手いこと言ったつもりかっ!」

 ぺちんっ、と天馬の頬を軽く叩いてみたところ、案外いい音が鳴った。

「やっぱり、あんたが────」
「き、きっと、マケドニア料理研究会の皆さんが、ケーキとコーヒーのいい香りに負けて、この部屋にやってき──うぎゅぅ」

 今度は、天馬の顔面に向かってクッションを投げた。威力としてはあまり期待できないが、この流暢に喋る口を塞ぐにはちょうどいい攻撃だと思う。

「さぁ、観念しなさい。今なら、メロンソーダ一つで許してあげるわよ」

 うぐぐ……と唸り声を出しながら顔面に当たったクッションをとり、

「……だいたいさ、おれがきみにケーキを買ってきてあげたのに、わざわざ自分で苺を食べるかい? だったら、最初から自分のケーキも買ってきているさ」 と、薬指でくいくいと眼鏡の位置を調整しながら言った。
「急に食べたくなったんじゃない? さっき、『その苺、美味しそうだね』って言ってたわよね? それって、苺を食べたいって言っているようなものだと思うけれど」
 それに『あ、きみって美味しいものは最後に食べるタイプ?』とも言っていた。これこそ、苺は最後に残るよね、と確認しているようなものじゃないか。
「つまり……」
「……つまり?」
「あ、苺。こんなところに落ちていたんだぁ」

 わたしはしゃがみ、テーブルの下に手を伸ばす────ふりをした。

「え……確か、おれがさっき食べたはず……」
「今の言葉、聞き逃さなかったわよ」

 しゃがみの状態からわたしは勢いよく飛び起き、天馬に迫る。あとは、勢いで押し切るのみ!

「今、確かに言ったわよね!? 『おれがさっき食べたはず』って!」
「い、いいい、いや、言ってないよ」
「じゃあ、どうしてそんなに動揺しているのかなぁ? ねぇ、どうしてかな、天馬くん」

 これ以上ないってくらいのいい笑顔を作ったわたしは天馬の顔を覗き込む。一方、天馬はわたしと目を合わせてくれない。

「言ったわよねぇ?」
「…………」

 ぶんぶんと首を横に大きく振る天馬。

「全部いいえで答えなさい。」
「いいえ」
「一問目、自分のことをオタクじゃないと思っている」
「いいえ」
「二問目、現在彼女がいる」
「いいえ」
「三問目、二次元の萌えキャラより三次元の女性に興味がある」
「い、いいえ」

 少し言葉が詰まったところを見ると、三次元も満更ではないらしい。っと、そんなことは今どうでもよくて。

「四問目、ストロベリーは嫌いだ」
「いいえ」
「五問目、苺柄のパンツを見たことがない」
「いいえ」
「六問目、一期一会の意味を知らない」
「いいえ」
「七問目、一号よりV3が好きだ」
「いいえ」
「八問目、苺を食べていない」
「い……い……」

 急に天馬が言葉を詰まらせた。これは、そろそろ観念して謝るということだろうか?

「こ、これは誘導尋問だ!」
「ここにきて、逆ギレ!? もう謝っちゃいなさいよ。今ならメロンソーダ五杯で許す」
「さっきより増えているし……って、そろそろやめにしない……ですか?」
「あんたが正直に謝ったらやめてあげる」

 ついさきほどまで、『証拠がない!』とか言って意気揚々としていた天馬の面影はすでになく、目の前には、とても弱々しく、わたしに怯える天馬の姿があった。

「…………」
「九問目っ!」
「っ!」
「苺のショートケーキ、最後に苺を食べるタイプである!」
「い…………くっ────」

 がたっ、と椅子が倒れるほどの勢いで、天馬は飛び退き、リノリウムの床に土下座の態勢をとった。
 そして、ついに────。

「も、申し訳ございません! おれが食べました! 苺には昔から目が無いんです!」
「ほほぅ……それで、急に食べたくなったと?」
「そ、そうでごぜぇます! 許してくだせぇ、お代官様!」

 謎の三文芝居が始まったが、ようやく天馬が告白した、自分が犯人と。

「まぁ、いいわ。明日、メロンソーダ八杯ね」
「え……」
「それじゃわたし、帰るわ。今日はなんだか疲れたし」

 わたしは、事務机の上に置かれた小さめで可愛らしいリュックを背負い、天馬をサークル室に残し、一人サークル棟を後にする。
 サークル棟から少し離れたところで、わたしの携帯がメールの受信だか電話だかの着信をバイブレーションで知らせてきた。

『明日、ゲームの発売日だから付き合ってくれ』

 やっぱりあのケーキは、買い物に付き合って欲しいからお礼としてどうぞ、ということだったようだ。

「やれやれ……世話の焼ける相方ね……」

 そんな独り言をぽつりと呟き、わたしはメールを返信した、『メロンソーダ十杯ね』と。
 送信してから数歩進んだところで、返信の際に集合場所と時間について危機忘れていたことに気がついた。
 でも、わたしは「ま、いっか」で済ませ、すたすたと学生寮への帰路へ着くのであった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は姫井星光さまと共に作らせていただきました、「マリオネットたちの血涙」には本当に頭を悩ませ、困りながら完成させました。
お互いが推理モノ、探偵モノが初めてということもあり、試行錯誤の連続でした。
しかしながら、♯1~♯5という基盤、土台を築いてくだった姫井星光様には、本当に感謝です。
♯6から前日譚までは、私がバトンタッチという形で書かせていただきました。

今回はこのような素晴らしい作品を作ることができたのは、姫井星光様の力添えがあったからこそだと思います。
今後は各自、自らの作品に力を入れることになりますが、この作品で生まれた天馬や優子の世界がもっと広がれば面白いのではないかなぁ、などと考えたりもしています(笑)
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