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春男の足元には(春編)
作:てるり



春男の電車内


春男の電車内

 あまり趣味ない春男だが、美術品だけは興味があるらしく、よく見に行く。マニアックなものも多いがたまには、普通のものも見に行くようだ。
 その日の春男の話は。
「おもしろいっことがあったんだよ。」から、始まった。
「なんだ?」
 オレは新聞から目を離した。春男の話は基本的にきいておかないと後でひどい目にあうことが多い。
「一昨日のことなんだけど、美術館に行ったんだ。フランスの彫刻を見に。で、電車に乗っていたら、違うドアから二人乗ってきたんだ。一人は若い女性でもう一人は君くらいの年齢の男性だった。」
「それで?」
「二人は隣どおし、真ん中の座って同時に鞄から取り出したんだ。女性は携帯を。男性は本を取り出したんだ。そこしか席があいてなかったからね。」
「めずらしい光景か?」
 その言葉に、春男はにやりと笑った。
「男性は気がつかなかったんだ。自分が読んでいる本の作者が横にいるってことに。」
「まじで?じゃ、その女性が?」
オレは目を丸くした。
「間違いないよ。いつだったか、なにかの集まりで見たことがあるんだ。君と同じ佐々木って名前だったから覚えてたんだ。なかなか綺麗な人でもあるしね。」
「へぇ。」
「しかもね。その人、外にいる時は作品を携帯で打つことがあるんだって。そのほうが、家で書くよりもいいアイディアが浮かぶんだって。それを聞いて、僕も真似してみたけど、電車に酔うだけだったよ。」
 げんなりしたように春男は言った。
「じゃなにか?もしかしたら最新作が横で打たれていたかもしれないってことか。」
「そうなんだよ。もうそれを見ていておかしくてさぁ。男性が持っていた本にカバーがかけてなかったから、わかった話なんだけど。」
「その女性の作家の方は、自分の作品が隣で読まれていることに気がつかなかったのか?」
「たぶんね。僕は途中で降りたから結末までは見られなかったけどね。」
 本気で残念そうに春男は言った。
「そんなことってあるんだなぁ。」
「僕も会って見たいね。自分の本読んでいる人に。偶然。」
「あー難しい注文だな。まずもう少し売れないとなぁ……。」
オレは瞬時に春男の期待を壊した。いや、わざとではない。そして嘘でもない。春男の本の場合は、カバーがどうのこうの、というレベルの話ではなく、販売数の問題だ。
春男もわかっているのか、すぐにうなずいた。
「だよねぇ……。がんばろっと。」
春男はまたパソコンへと向かい出した。
しかし春男ががんばるとそれはそれで問題が起こる。書きすぎてしまう傾向があるのだ。オレは先にそうなることを覚悟した。今回の作品は長編になるかもしれない。いや、ページ数はもうすでに決まっている。だから、それを削るオレの手間が増えるだけのことだ。
 オレは新聞を引き続き読みながら思った。はっきりいって、春男の記憶力は悪い。感心するほど、悪い。何回か会ったことがあるだけではまず覚えない。それが、美人であろうと不細工であるとあまり関係ない。性別も関係なく、年齢などもっと関係ない。
そんな春男が電車の中で見つめていた女性が本当に作家だったのか。もしかしたら、全然別人の可能性がある。むしろ、そのほうが高い。しかし、それは追求しないでおこうと思った。












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