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イリス、ソロバトルをする。

『あははは♪ いきなりひどぉ~い、ちょっと痛かったよぉ~?』


 イリスの攻撃を受けてもさほどダメージを受けておらず、むしろ嬉しそうに微笑むフェアリー・ロゼ。

【マナ・ブリッド】は無属性の初期魔法とはいえ、イリスのレベルとスキル効果を合わせればそれなりのダメージにはなるだろう。しかし、フェアリー・ロゼは耐えた。

 上位種であるフェアリー・ロゼの魔法耐性は予想以上に高いと判断し、イリスは接近戦にならない様に距離を取りながら攻撃の間合いを計る。

 今攻撃しても避けられるのは分かっており、真正面から魔法を放つつもりはない。妖精種はどれだけ進化し姿が大きくなろうとも、身体構成は魔力で出来ており体重差など意味をなさない。

 体重というものがないための高速で動く事が可能。闇雲に魔法を使っても避けられるだけで、魔力の無駄遣いになるだけである。


「さすがに上位種、この程度の魔法じゃ何ともないみたいだね」

『そうだよぉ~? 魔法は通じないんだから。エッヘン♪』


 得意気に胸を張るフェアリー・ロゼ。

 見た目の愛くるしさにその危険度を錯覚させられやすいが、油断して良い相手ではない。

 何しろ先ほどまで楽しそうに牛を解体していたのだから、その凶悪性はイリスには充分理解できていた。


『今度はこっちから行くね?』

「ちょっ!?」


 地面が突如として隆起し、イリスに向けて襲い掛かる。

 魔法で言うところの【ガイア・ランス】。その魔法が無数に四方から迫り、慌ててその場を走りながらもイリスは設置型遅延魔法を設置して行く。

 

『あははは、頑張って逃げないと捕まえちゃうよ? ブッスブスになっちゃうよぉ?』


 しつこく迫る岩の槍、それを掻い潜りながら左手に魔法陣を顕現させる。

 だが、イリスは魔法を放とうとはせず、さらに複数の魔法を同じように顕現させては待機状態で固定していた。

 遅延魔法のストックを溜めており、同時に魔法を使うタイミングを計っていた。


「見た目とは違い凶悪……【ホーミング・ブリット】!」

『おっ? おぉ~っ?』


 とぼけた声で追尾して来る魔力弾を高速飛行で逃げ、フェアリー・ロゼは人型をしている癖に複雑な軌道を描きながら躱し続ける。まるでどこかの機動兵器だ。

 だが、イリスは更に同じ魔法で牽制し、四方と上空から包囲した。


『きゃ~~~~~っ♪』

「………追い込んでるんだか、馬鹿にされてるんだか分かんないわ。けど……」


 上空を飛び回るフェアリー・ロゼは地上付近まで降下し、それでもイリスの攻撃に当たる事無く、或いは当たってもダメージを与えたようには見えない。

 だが、多少の計算ミスは在れどイリスの望む場所に誘導されて行った。


「チャンス! 設置魔法、起動!」


 誘導されたフェアリー・ロゼは、予め設置された魔法による地雷攻撃を避ける事が出来ず、痛烈な一撃をまともに受けた。

 無属性設置型魔法【フォース・ゲイザー】。間欠泉のように噴き上がる高密度の魔力攻撃を直撃させるために誘導したのである。

 それでも倒した訳ではない。追い打ちするかのように【フォーミング・ブリッド】で逃げ場を塞ぎ、同様に設置した魔方陣の元へ誘導していく。


『うひゃぁ~~~っ!? おっほぉ~~~~~っ!? ほにゃぁ~~~~~ぁ!?』

「……これ、追い込んでるんだよね? 遊ばれてないよね?」


 脱力するような戦闘の合間に、イリスは【マナ・ポーション】を使用して魔力を回復させる。

 しかしながら、フェアリー・ロゼの緊張感すら感じられない言動や叫びは、今イリスが優位だという状況を全く感じさせない。むしろ本当に追い込んでいるのか分からず不安だけが残る。


 妖精種に痛覚は存在しない。フェアリー・ロゼが【痛かった】と言ったが、これはただ人の真似をしているだけである。ゴブリンやエルフなどの精霊や妖精に近い種は、長い進化の過程で肉体を得て、逆に原種の能力を失った。

 痛覚は体に異常を伝える重要な警報で、妖精種のように痛みを感じない種は自分の危険を感じる事は出来ない。それは肉体が破損し弱り続けている事すら全く分からず、死に対しての危機感を失わせている。

 いや、元より妖精種の殆どが死に対しての危機感など持ってはいない。

 エルフやドワーフの様な種は長い時の末に人に近づき、命に対しての認識は持ってはいるが、原種はこうした命を失う事に関しての危機感に対して無頓着。滅びる最後まで遊び続け消えてゆくのだ。

 別の見方をすれば、最も幸せな種族とも言える。何しろ死の恐怖を味わう事がないのだから。

 しかしながら、相手をしているイリスには最も厄介な特性であった。


「いい加減、逃げるか倒されるかして欲しいんだけど……。凄く精神が疲れるし……」

『あはははは、面白ぉ~~い♪ 今度はこっちから行くよぉ~?』

「えっ? 何をって、ひょぁ!?」


 イリスの肩を何かが翳めていった。

 それは植物の蔦であり、鋭利な棘が無数に生えている。

 

「バラ? これって、【ローゼス・ウィップ】!?」


【ローゼス・ウィップ】は、その名の通り薔薇の鞭である。

 主に捕縛や牽制などに使われる魔法なのだが、フェアリー・ロゼは地面から無数にその薔薇の鞭を出現させ、イリスに向けて襲わせた。

 優勢だったはずが一転して逆転し、イリスは必死に逃げ回る。


『ほら、ほらぁ~~ぁ、捕まえちゃうよぉ~~ぉ? 目玉をくり抜いちゃうよ~~ぉ?』

「何でこんなに……どんだけ魔力が多いの!?」

『こんな事も出来るよぉ? えい!』


 先ほどイリスがやったように、無数の魔力弾が放たれた。

 必死で逃げるイリスだが、その魔力弾は執拗に追尾し数発がイリスに直撃した。


「あうっ!?」

『当たった、当たったぁ! やったぁ~~~~~ぁ♪』

「調子に……乗んなぁ――――――――――っ!!』


 すかさずイリスは【ホーミング・ブリッド】を使い、フェアリー・ロゼの魔力弾を迎撃した。

 ぶつかり合う魔力弾が炸裂し、辺りに破裂音が響き渡る。


『凄い、凄い♪ 面白ぉ~~~~ぃ!』

「遅延術式開放! 【フォース・ミサイル】!!」


【フォース・ミサイル】。【ホーミング・ブリッド】の上位版で威力が比較的に高い魔法である。

 放たれる弾数も【ホーミング・ブリッド】よりも多く、属性に高い耐性のある妖精種には有効な攻撃でもある。妖精種は四属性に高い防御耐性を持ってはいるが、無属性の耐性は持っていない。

 その為、妖精種自身の魔力耐性の高さとの勝負に持ち込める。


「遅延術式開放、フルバースト!!」

『きゃぁ~~~~っ!!』


【フォース・ミサイル】の攻撃を執拗に受け、フェアリー・ロゼの体は次第に透明化し、やがて消えて行った。

 

「ハァ、ハァ………ハァ……た、倒したの?」

 

 周囲には気配がなくフェアリー・ロゼの姿も確認できない。かと言って油断できるわけではない。

 妖精は姿を消す事が出来る事をイリスは知っている。

【ソード・アンド・ソーサリス】の時も似たような手でアイテムなどを強奪されており、【フェアリー・ロゼ】クラスの上位種なら気配くらい消せると判断していた。

 だてにひきこもりゲーマーをしていた訳ではない。あまり褒められた事ではないが……。


「死亡フラグ立てちゃったし、これで終わりな訳ないよね……。上位種なら私とだいたい同レベル、倒すには少し早い気がするし……」


 ゲームとはいえ、長い事【ソード・アンド・ソーサリス】で戦い続けた訳ではない。

 ある程度の戦闘で倒せるまでの時間がだいたいわかる。同レベルのガチバトルなら大技を使わない限り大ダメージを与えられず、今まで使い勝手の良い魔法しか使用していなかった。

 確実にダメージを与えているとは思うが、倒しきるまでには行っていないと直感的に判断し、こうして周囲を警戒している。

 現実的に考えると逃げた可能性もあるが、あそこまで戦いを楽しんでいたフェアリー・ロゼが引き上げるとは到底思えなかった。


「まぁ……アレは遊んでいるだけなんだろうけど、迷惑な話だね」


 フェアリー・ロゼは【戦い】ではなく【遊び】の感覚なのである。

 その夢中になっていた遊びを中断する筈もなく、今も何かの悪巧みをして隠れている可能師が高い。

 何しろ知能が子供。好き勝手に遊ぶ事に夢中な子供が、聞き訳の良いはずがないのだ。

 そして、その勘は当たっていた。


「来たっ!」


 地面から無数に生えてくる蔦。それが逃げ場を塞ぐかのように四方を囲む。

 イリスの周囲だけでなく空も覆い尽すかの勢いで天高く伸び、完全に茨の囲いによって逃げ場を失った。

 

「ヤバッ! 【エクスプロード】!!」

『おひょぉ~~~~~~~~っ!?』


 自分が持つ最大威力の魔法【エクスプロード】を放ち、茨の囲いを粉砕するが、急いでフェアリーロゼを姿を探すが確認は出来ない。

 代わりに薔薇の鞭がイリスに向けて打ち込まれ、それを何とか【ルーンウッドの杖】で迎撃しながらも逃げ回る事に優先し、必死で走る。

 先ほど声が聞こえた事から、姿を隠している事が分かった。問題はどこにいて、どこから攻撃して来るのかが分からない事である。妖精とは思えない隠密性だった。


『魔力すら感知できない……なら、全方位に攻撃できれば居場所が特定できるかも……』


 イリスにも全方位に攻撃できる魔法はある。

 だが、その魔法は攻撃力が弱く、しかも魔法耐性の強い上位妖精種には大して効果がない。

 何しろ、対アンデット用の光魔法だからだ。しかも魔力を大量に消費する。


『あ~……何でこんな魔法を買っちゃったかなぁ~。昔の私を殴ってやりたいよ』


 こうした状況下に有効な魔法は確かにある。

 イリスはそうした魔法を買わずクエストに必要な魔法を優先的に覚えたので、大ダメージを与える様な広範囲魔法は【エクスプロード】だけであった。

 【エクスプロード】は前方視認で距離を測り、標的にした敵を中心に広範囲に渡って敵に大ダメージを与える魔法なのだ。フェアリー・ロゼがどこにいるか分からない以上、闇雲に使える魔法ではなかった。

 イリスは左手に【マナ・ポーション】を持ち、その魔法を発動させた。


「【ピュリフィケイション・フォース】!!」


 イリスを中心に、広範囲に渡って光のドームで包まれた。

 アンデットや悪霊を相手に使う浄化魔法【ピュリフィケイション・フォース】。

 実態のある人間や各種族には効果がないが、幽体やアンデットには効果が遥かに高い。しかしながら、魔力体でありながら完全に実体化できる妖精には、あまり大したダメージを与える事は出来ない。

 まして、たった一体の敵に使う様な魔法ではない。


『きゃはははは、全然効かないよぉ~~ぉ?』


 攻撃を避ける為か、或いは本能で察知したのかは分からないが、魔力体から実態に変わり姿を現したフェアリー・ロゼ。

 変わる事なく楽しそうに笑うフェアリー・ロゼに対し、イリスはこの時を待っていたとばかりの魔法を発動する。


「【フォース・ミサイル】!!」

「ひゃあぁ~~~~~~~っ!?」

「このまま押し切って――ひゃぁ!?」


 更に追撃を掛けようとして一歩前へと出た瞬間、突然に浮遊感が身にかかる。

 イリスの足元が崩れ、下へと落下したのだ。


「ぎゃふ!……つっ、お、落とし穴!?」

『あははははははははは、ひっかかった、ひっかった♪』

「まさか、私の設置型魔法の真似をした!? こんなに学習速度が速いの!?」

『捕まえたよぉ~。もう逃げられないからね?』

「この……あぐっ!?」


 突然、右の太腿辺りに痛みを感じ確かめて見ると、茨の蔦が貫いていた。

 その蔦は一気にイリスにも絡みつき、同時にイリスの傷口をさらに広げる。今まで経験した事のない痛みがイリスを襲った。


「あ゛ああああああああああああああああっ!!」

 

 イリスの叫びが夜空に響きわたる。

 更に周囲からも茨の蔦が飛び出し、同様に絡み浮く事でイリスの自由を奪い去る。

 喉元に絡みついた蔦を振り解くため、唯一自由な右手で必死に振り解こうとするが、あまりに強い力で締め付けているので振り解く事が出来ない。

 掌だけが棘で傷つき、血を流すだけであった。


『さて、どうしようかなぁ~? 皮を剥ごうか~ぁ、それとも目玉をくり抜いた方が……直ぐに死んじゃったらつまんないし』 


 イリスを捕らえたフェアリー・ロゼは、直ぐ次の遊びに頭を切り替えていた。

 その場の勢いで行動する性質なので、一つの遊びが終われば次を楽しむ事を考え始める。

 しかも、そこに生物を殺す事に関しての躊躇いが一切なく、遊び感覚で笑いながら解剖する事が出来るのだ。イリスはこの時、初めてこの世界に恐怖を覚えた。


『操っちゃおうかぁなぁ~。でもぉ~、それだと喜ぶだけだしぃ~。きも~~い♪』


 イリスはこの場をどう切り抜けるか考えるのに必死だった。

 唯一動かせるのは右手だけで、自分自身は捕縛されていて動く事が出来ない。ならばどうするか?

 痛みに耐えながらもしきりに脱出方法を考える。


『うっ……ググ……使える遅延魔法は後一つ、逃げるにしてもこの厄介なバラが絡まってる。右手だけではどうする事も出来ないし……おじさんはまだ戻ってきていない。切り札でもあれば……あっ!』


 切り札で咄嗟に思い出した道具。

 フェアリー・ロゼに見えない様に、インベントリーから【封縛の投剣】を五本、その手に掴んだ。

 

『そうだぁ! 刻んじゃおう♪ どんな声で泣いてくれるのかなぁ~?』


 フェアリー・ロゼの手には、錆びたようなナイフをいつの間にか持っていた。

 血で錆び付いたのか、どす黒い色をしたナイフの刀身。恐らくどこかで拾ったものであろうが、かなり長く使用していたのであろう。

 イリスはようやくゼロスが言っていた事を理解した。妖精と人間の間に意思の疎通は無意味である事を……。


「クッ……随分、汚いナイフね……拾ったの?」

『そうだよぉ? いつ拾ったかは忘れちゃった♡ そんな事よりも遊んだ方が楽しいもん』

「まぁ、分からなくもないけどね……人に迷惑を掛けなきゃだけど」

『迷惑? 遊んでるだけだよ? 人間も良く遊んでるよね?』

「で? アンタはそのナイフで私をバラバラにすると?」

『うん♡ 楽しいんだよぉ~? 生きたままお腹を開くと、内臓がどばっ!と出るんだよぉ?』


 残虐な事を笑って言える妖精の感性が、今更ながらに狂気的に思えた。

 それでもイリスは、フェアリー・ロゼが逃げきれない距離に来るのを怖い思いを押し殺して待つ。

 ここで焦れば失敗する可能性が高く、はやる心を意思の力で静める。

 たった一度のタイミングを見逃す訳にはいかないからだ。


『先ずはぁ~……皮が良いかな? それとも、耳をちょんぱ? ん~~……鼻を取っちゃおうか?』


 最初はどこを斬り落とすか、或いは切り刻むかを考えながら、フェアリー・ロゼは無警戒にイリスの嵌った穴の中へ近付いてきた。そこがイリスにとって救いだった。付け入る隙があるからだ。

 そんな事とは知らず、フェアリー・ロゼは解剖方法を未だ考えている。妖精は人間を甘く見ていた。


『そうだ! 頭を開いちゃおう。脳みそを弄ると、とっても面白いんだよぉ~?』

「させるわけ……ないでしょ!!」


 穴の中に入り、イリスに充分近付いたところで【封縛の投剣】を思いっきり投擲する。

【封縛の投剣】は、フェアリー・ロゼを囲むように展開し、定められた命令に従い封縛の五芒陣を顕現させた。

 いかなる者もその動きを封じられ、一定時間逃れる事は出来ない強力な戒め。

【大賢者】の作りし逃れる事の出来ない縛鎖の陣。そして、イリスは最後の遅延魔法を使用する。


「【フォース・ブラスト】!! 【フォース・ブラスト】!! フォ-ス・ブラストォ―――――ッ!!」


【フォース・ブラスト】。無属性魔法で最大威力を誇る単体攻撃魔法。その魔法を多重展開し連続で撃ち込んだ。

 属性魔法に比べれば威力は低いが、その代わりに一部を除いてどんな魔物にも有効である。攻撃力も安定しているが、逆に言えば中途半端な威力とも取れる。

 その【フォース・ブラスト】をフェアリー・ロゼは真正面から立て続けに直撃を受け、落とし穴の中から押出された。

 しかし、【封縛の投剣】によって動く事は出来ず、その威力を魔法効果が消えるまで浴びる事となった。

 同時に茨の戒めが消え、イリスはすかさず腰からナイフ【アストラルスライサー】を引き抜く。


「強化魔法【ホッパー】!!」


【ホッパー】はジャンプ力を強化する魔法で穴を飛び出し、フェアリー・ロゼに斬りかかる。

 殺される恐怖を押し殺していたイリスは感情を一気に爆発させ、霊体すら斬り裂く【アストラルスライサー】でフェアリー・ロゼの四肢を寸断、冷酷に少女の姿をしたフェアリー・ロゼを容赦なく切り刻む。

 魔力を回復させる余裕はない。ここで一気に仕留めなければならないのだ。


『あははははははははは、バラバラ~♪ 私がバラバラぁ~』


 フェアリー・ロゼは実に楽しそうに笑っている。


「うそ……これでも生きているの!?」

『次は私の番だねぇ~~~?』


 寸断された四肢が魔力に変わりフェアリー・ロゼの周囲に集まると、まるで何事もなかったかの様にその姿を再構築した。いや、良く見るとフェアリー・ロゼの体は反対側が透けて見えるほどに薄い。

 イリスはフェアリー・ロゼに消滅寸前までのダメージを与えていたのだ。

 しかし、魔力切れで体が思うように動かせないイリスは、反撃できる余力がない。

 フェアリー・ロゼの周囲に、再び茨の蔦が無数に出現する。


『ん~……ここまでされるとぉ~、ちょっとムカつく。いいや、死んじゃえ』

「お前がな」


 フェアリー・ロゼの体を縦に一陣の閃光が走る。


『ひょえ?』


 間抜けな声を上げたフェアリー・ロゼは、そのまま消滅して行った。

 その背後には灰色ローブの魔導士が剣を携えて立っている。


「やっぱりここに来ていたか……。姿が見えないから、まさかとは思ったんだが……」

「おじさん………うぅ~~~っ、遅いよぉ~~~~っ!!」

「すみませんねぇ。うっかりやらかしてしまいまして、しばらく途方に暮れていましたんで……」

「……やらかした? おじさん……ナニシタの?」

「・・・・・・・・・・」


 おっさんは素知らぬ顔でそっぽ向く。

 その態度で何か重大な真似をしでかしたのだと判断した。


「それより、ケガを直さないと出血で死にませんかねぇ?」

「うっ……思い出したら、いたた……」

「【ライト・ヒール】」


 アドレナリンが出まくりで痛みを忘れていたようだ。

 ゼロスの回復魔法により、イリスの太腿の怪我は直ぐに塞がってゆくが、見ていると凄く気分が悪い。

 

「回復魔法……良いなぁ~、私も買っておけば良かった」

潜在意識イデア領域に空きがあるのなら売りますけど? まだスクロールには余裕がありますし、お安くしておきますぜ?」

「そこは商売なんだ……。知り合いだから無料でって事にはならないんだね」

「フッ……そんなお安い関係に何の価値があるんです? 知り合い同士ならむしろ、貸し借りがない方が自然じゃないんですかねぇ? まぁ、【ヒール】くらいなら良いですけど?」

「おじさんの改良版? 効果が高いとか……」

「何を期待しているのか分かりませんが、普通に売っている代物で……あっ、売ってないか。回復魔法は全て四神教が独占してますからねぇ」

「【ヒール】でも良いからちょうだい! 買えないなら貰っておくよ。多少回復できるだけでもありがたいし」


 イリスは現金だった。

 この世界で回復系の魔法は貴重であり、その全てが四神教が独占している。

 魔法関係の道具店で購入できる物ではないのだった。


「それより、立てますか?」

「あぁ~……血がちょっと足りないせいか、少し頭がクラクラする……」

「仕方ない。無理されても困りますしねぇ、僕が運びましょう」

「えっ!? ちょ、うひゃぁ~~~っ!?」


 おっさんに両手で抱き上げられたイリスは、思いっきり赤面していた。

 こんな事は小学生低学年以来である。


「ちょとぉ~~っ、恥ずかしいんですけどぉ!! お願いだから降ろしてぇ~~~~~~~っ!?」

「無理をしたら貧血で倒れますよ。ここはゲームじゃないんですからねぇ」

「だからって、こんな……うぅ…」


 確かに無理に歩けば貧血で倒れる可能性が高く、だからと言ってお姫様だっ子はさすがに恥ずかしい。

 しかし、無理を言って迷惑を掛けるのも気が引ける。


 結局イリスはこのまま運ばれ、村で同じ転生者のユイに関係を疑われるのであった。

 妖精の被害がなくなったハサムの村は、その夜『そんなんじゃないからぁ――――――――――っ!!』というイリスの叫びが響き渡ったという。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 山間部に出来たクレーター。

 その上空に星空の元、四つの影が静かに浮かんでいた。


「これ……奴ですわね……」

「嘘だぉ~~? あの化け物は死んだはずだよね? あの異界で……」

「……わからない。でも……もし死んでいなかったとしたら、向こうの奴等はどうすると思う?」

「ふぁ~~………送り返してくる。……めんどくさい」


 この世界の管理真である四柱の女神、この世界では一般的にそう呼ばれていた。


「やだぉ~!! あんな化け物相手なんて、もうしたくなぁ~~~い!! 相手してないけど……」

「駄々をこねても始まりませんわ。もし、これをやったのが奴なら……私達ではどうする事も出来ない」

「……異界に捨てたの……間違い……。敵を作っただけ……」

「【ウィンディア】も……賛成した。……ねむ……」


 目の前に見える凄惨な光景は、かつてこの世界に災厄を齎した【邪神】による被害に酷似していた。

 四神達には、これ以上に無いほどの最悪な問題である。


「……言い出しっぺは…【フレイレス】よ?」

「【アクイラータ】も反対はしなかったぉ~~~っ!!」

「【ガイラネス】は………何も言いませんでしたわね? ただ……『どっちでもいい』とは言ったけど……」


 そして始まる責任のなすり合い。

 実にグダグダな女神達であった。


「そんな事より、もしこれが奴の仕業なら……勇者達では相手になりませんわね」

「前も簡単に蹴散らされてたぉ~~? 封印するのがやっと……」

「……奴の気配はない。どこかに……消えた? ……だるぅ~ぃ……」

「……むにゃむにゃ……いただきます…………死ぬほど不味い………おかわり」

「「「寝てるし……。それより、そこは『もう、食べられませんよ』じゃないの?」」」


 女神一柱脱落。 


「何にしても、準備は必要ですわ」

「……でも………神器……もう、ない………」

「勇者共がヘボだったんだぉ~~~っ!! 神器を壊すってあり得なくない?」

「無くなった物は仕方がありませんわ! それより、これからどうするかですわよ……」


 その後、三柱は知恵を振り絞ったのだが、良い手段が思いつかなかった。

 結局朝までこの場で話し合いを続け、喧嘩して別れる事になるのである。

 一柱を残して……。


「………今週の山場ぁ~~~~っ、……ポチっとな……ムニムニ……」


【ガイラネス】だけは平和だった。

 どんな夢を見ているのかは、深く追及しない方が良いのかもしれない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌朝、ゼロスはサントールに戻るための準備を始めていた。

 どうせ村から見えなくなれば【廃棄物十三号】で突っ走るため、それほど急いではいない。

 とは言っても、妖精退治での報酬と【妖精の珠玉】の分配などをし、ついでに薬草などの栽培法などを進めていたりもした。

 何故ならこのハサムの村は、おっさんのせいで水源が破壊され、これからの生活が苦しくなる。

 だが、そこは誤魔化すのが上手いおっさん。魔力溜まりに濃縮された魔力が魔法と過剰反応をし、大規模な爆発になったと説明した。

 事実この様な現象は幾つか確認されており、小さな魔法を使っただけで突然山が吹き飛んだという事例も魔法学会では有名な話だ。おっさんはその事例を出して誤魔化すのに成功する。

 これは以前、ソリステア公爵家で家庭教師をしていた時に書庫で読んだ本に書かれていたもので、どんな知識がどこで役に立つか分からないという事を改めて教えてくれた。

 イリスは白い目を向けていたが。


「さて……では帰りましょうかねぇ」

「……そうしよう。もう、帰ってしばらく休みたい」

「傭兵生活は金がかかりますよ? 月月火水木金金のつもりで働かないと、その内マジで金欠になると思いますがねぇ」

「うっ……やっぱり、副職があった方が良いよね?」

「自分で【ポーション】が作れれば、随分節約にもなりますがねぇ。売れば金にもなりますし、ランクによってはウハウハですぜ? 前に教えましたよね?」

「……機材がなくて作れない」


 技術はあっても機材がなかった。そして、その機材を買う金銭の余裕もない。

 そんな事を言いながら、二人は村長宅を出ようとする。


「もう、帰るのかね。随分と慌ただしいのぅ」

「畑の状態が気になりましてね。このままのんびりしていると、畑が草叢になってしまいますんで」

「そうかい。お前さんは農民じゃったか……てっきり傭兵かと思ったわい」

「訳ありでして、今回は傭兵として行動してましてねぇ。帰ればのんびり畑仕事ですよ」

「世話になったのぅ……水源以外は……」

「そこは領主と話をしてください。もう、僕の領域ではありませんので」


 これ以上、泉を消し飛ばした事を追及されたくないおっさんだった。


「あと、ユイさん。旦那さんと会ったら、よろしく言っておきますよ。この村にいる事も教えておきます」

「お願いします。アド君の事だから、無茶な事をしてなければ良いんですけど……」

「おじさん……やっぱりユイさんの事狙ってない? NTR? 人妻もイケるの?」

「イリスさん……君とは一晩じっくり話し合う必要がありそうだね? それはもう、マジで……」

「一晩………やったね、イリスちゃん! 来年は私と同じ事になってるよ?」

「ち、違うからね!? おじさんとはそんな関係じゃないから!!」


 ユイはイリスがおっさんにLOVEだと思い込んでいた。

 イリスがどれだけ否定しようと、全く取り合わずに一人で盛り上がっている。

 どうもイリスの照れ隠しだと思っているようである。


「一晩ですが、お世話になりました」

「この辺りに仕事で来たら、挨拶に来るね」

「うむ、たっしゃでのぅ」

「イリスちゃん、最初は痛いかも知れないけど、回数をこなせば……」

「そんなんじゃないって、言ってるでしょ!! 人の話を聞けぇ―――――――っ!!」

「アド君……爆発しやがれ!!」


 顔を赤らめながらプリプリ怒ってドアを出るイリスと、嫉妬の炎に身を焦がす孤独なおっさんは、サントールの街を目指し街道を爆走するのである。


 バイクを運転しながらも、おっさんは回復魔法の供給が増えれば良いのではと考え始めていた。

 神聖魔法とは言っているが、元は魔導士も使うただの魔法だ。一般に出回れば傭兵などの死亡率も下がり、他にもケガで苦しむ者達を大幅に減らす事が出来る。

 サントールに着いたら、デルサシス公爵に商談を持ち掛けてみようかと決める。別に正義感に駆られた訳ではなく、害悪にしかならない妖精を擁護する四神教に対し、少し嫌がらせをして見るのも一興だとも思ったのだ。

 色々と悪巧みを考えながら街に着いた時、夕暮れで宿が混んでいた為にイリスは孤児院に泊まる事となる。そんなイリスと別れ自宅に帰ったおっさんは、草原のようになってしまった畑を見て愕然とした。

 唯一草が生えていない場所は、コッコ達の住む鶏小屋周辺と野菜が植えられた畑の一部。家の前は地面が固められ草一本すら生えていなかった。

 コッコ達は畑を無視し、日々鍛錬に明け暮れていたようである。

 翌日からの草刈りを考えると、眩暈を覚えるゼロスなのであった。

  



 

  

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