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おっさん、大図書館へ行く

 イストール魔法学院主催の実戦訓練は、誰も犠牲となる者を出さずに終了した。

 しかし、怪我人などは少なからずおり、重傷者でも骨折程度で済んだのは幸いである。骨を固定すれば回復薬である程度は治療できる。

 今回は護衛する傭兵達の数も多く、一つのパーティーに複数の傭兵達が護衛につけたのが幸いしたのだろう。去年までなら無茶な狩りを行い、全治一ヶ月の重傷患者が数十人出るほどだった。それに比べたら十分な成果であったと言えよう。

 魔法薬の恩恵はこの世界においてかなり高い。

 傭兵ギルドも毎年恒例の面倒なイベントを終え、明日からいつもの日課が始まる。


 そんな中、一人の傭兵がギルドマスターの部屋を訪れていた。

 人見知りで寡黙な傭兵、ラーサスである。


「……失礼するぞ」

「あ~ら、お帰りなさい。で? 首尾はどうだったの? ラーサスちゃん♪」

「……〝ちゃんは〟止めてくれ。……学生の護衛、無事に終わった」


 そこにいたスティーラの街の傭兵ギルド支部長、ギルドマスターのセイフォンである。


「それで、どうだった? ゼロス殿の力量は」

「……正直、底が見えんな。魔導士とは思えんほどに格闘戦に慣れている。しかも、魔物を相手に実力の一端すら見せん。恐ろしい力量だ」

「そうよねぇ~。私ですら簡単にあしらわれたし、本当に何者かしらん?」

「……お前が簡単にだと? 確か、お前の(レベルは420はあったと思うが、まさか……それ以上だと言うのか?」

「相手をして分かったけど、彼は自分の力を持て余しているわね。使いこなしてはいるけど、全力で戦った事はないんじゃないかしら?」


 ラーサスは傭兵ギルドの監視役として今回の護衛依頼に参加した。

 その理由が彼もSランクの傭兵であり、傭兵となる魔導士の卵を監視し、時にスカウトする立場でもある。ちなみに二つ名を【剛腕のラーサス】。

かつてセイフォンと共にパーティーを組み、様々な依頼をこなしてきた凄腕であった。

 彼はセイフォンの実力を知っているからこそ、簡単にあしらわれた事が信じられないでいる。


「……それほどか。普段は兎も角、戦闘となれば危険な男だ。特に、生死を懸けた環境の中では人格が一変する。かなり好戦的になったのだが?」

「あら? もしかして、二重人格? それは気づかなかったわ」

「いや……どちらかと言えば、魔物の危険性を知っているからこそ冷酷になれるのだと思う。実際、魔物を倒す時は一瞬で片を付けた」

「へぇ~……でも、それだけではないと思う訳ね?」

「あぁ……感じとしては、ある種の狂気を身に潜ませているな。時折、背筋が寒くなったぞ」

「ラーサスがそう言うのなら、当たっているのでしょうね。怖いわねぇ~♪」


 ラーサスは叩き上げの傭兵で実戦経験も豊富な事から、こうした重要な依頼に監視役として参加する事が多い。勘も鋭く、時に傭兵の不正を検挙する事も彼の仕事なのだ。

 だが、その鋭い直感がゼロスの事を危険と判断した。


「……なぜ、そんなに嬉しそうなんだ?」

「そうねぇ~。多分、自分がもっと強くなれる可能性を知ったからじゃないかしら? 魔導士であれ程の強さになれるのよ? 私達もそれ以上になれると思わない?」

「……否定はしない。だが、あれ程の強さの域に達した者を人間と呼べるのか? 魔物と変わらん」

「敵に廻さなければ大丈夫よ。言葉が通じるなら後は誠意の問題じゃない? 無闇に拒絶したら、それこそ対決する事になるわ」


 強者だからという理由で拒絶すれば、敵対された時のリスクは計り知れない。

 ゼロスは確かに強く、単純な初期魔法【ファイアー】でゴブリンを焼き尽くしたのだ。本気で魔法を使わると、どれ程の威力になるか想像もつかない。

 何より、彼の周りには少なからず人の輪が出来ていた。強さを固執する者にはない他人を許容できる器があるという事になる。

 これが力のみに捉われた者であると、必然的に他人を拒絶し、時には蔑む事が多いのだ。

 実力者として見れば危険だが、人間として見るなら信用が置けるという事になる。だが、それでも厄介な存在である事に変わりはない。


「まぁ、大丈夫なんじゃないかしら? 手綱は公爵様がとってくれるだろうし、傭兵に興味はなさそうだったから」

「……なら良いが、彼が本気で動く事態となると、どの様な事になるのか想像がつかんぞ?」

「そうね。でも、それはそれで見てみたいと思わない?」

「……思わん。厄介事になるのは間違いないだろう。面倒事は御免だ」


 ラーサスはギルドで新人育成の教官をしている。そんな立場になった理由が結婚したからである。

 逸早く妻の元に戻り、安定した収入を得るには傭兵家業は不向きであった。

 彼は武骨な顔に似合わず、一人の妻をとことん愛する一途な男なのである。


「さて、仕事も終わったし、今日は私の家で飲む? 妻達も歓迎してくれるわよ?」

「いや……家に帰るさ。妻の顔が見たいしな。それに、お前の家は落ち着かん……。特に、お前の妻達が」

「そう? 少女趣味よりはいいと思うわよ? 私は逆にラーサスの家が落ち着かないわ」

「・・・・・・・・・」


 セイフォンの好みは男勝りの女性。分かり易く言えば、ボーイッシュで肉体ががっちりしたガテン系の女性が好みだった。

 対するラーサスは小柄で少女趣味の女性。世間でいう所のロリ体系の女性に惹かれやすい傾向があった。

 ちなみにラーサスの奥さんは年齢に似合わず幼児体型で、俗に言うところの合法ロリである。しかも見た目が可愛らしいドワーフ族だった。

 ラーサスは別にロリコンという訳ではない。なぜかファンシーな趣味の女性に惹かれてしまい、必然的に小柄で愛らしい女性を求めてしまう。だが、今までは強面の顔とがっしりした体格からフラれ続けていた。

 そんな彼が結婚したのは数か月前の事であり、実は新婚ほやほやなのである。


「まぁ、新婚のあなたを無理に誘うのも野暮ね。今日は奥さんのところに早く戻ってあげると良いわ」

「……そうする。時に、セイフォンは複数妻がいて修羅場にならんのか? 前から気になっていたのだが……」

「なるわよ? でも、それで私が愛されていると実感できるの♡ 凄くスリリングよ?」

「……俺は、知りたくもない境地だな」


 修羅場よりは円満な家庭の方が良い。

 自分よりも深い領域にいる戦友に対して羨ましいとは思わない。それよりも彼の性格を未だに掴み兼ねているラーサス。ただ、男女の仲は奥が深いとだけ悟るには充分であった。

 その後、支部長室から退室すると、妻の顔を見たいが為に真っ直ぐ自宅へと帰宅した。

 愛妻家なのは戦友と同じの様である。ただ一つの悩みは、見た目が少女と区別のつかない女性と結婚した為か、彼はギルド内でロリコン疑惑が浮上している事であろう。

 ラーサスは色々と苦労人なのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 スティーラの街に戻ったおっさん達は、その日の旅疲れを癒すべく、宿でぐっすりと休む事にした。

 イリスとジャーネは同意して休む事にしたが、レナだけは夕暮れの街にくりだし、それ以降姿を見た者はいない。

 彼女がどこへ向かったかなど今更なので深く追及する事は無いが、同時に犠牲となる少年達にただ手を合わせる事で、ゼロスは全てを無かった事にする。

 体は疲れてはいないが、わざわざ自分から率先して面倒事に首を突っ込む必要もない。

 そう投げやりに考えて、そのままベットに潜り込んだのであった。

 そして翌日。ゼロスはいつもの灰色ローブに身を包み、イリス達も揃って宿の食堂に集まっていた。

 問題は……。


「んふふふ♡ やっぱり若い子は良いわよねぇ~♪」


 つやつやな肌のレナがそうのたまう。

 一仕事を終えて帰ってきた後、案の定レナは更に一仕事成し遂げて宿に戻ってきた様である。一般的に言うところの朝帰りだ。

 えらくご機嫌な様子なのだが、誰も深く追及する事はない。


「護衛の仕事は終わったが、これからどうするんだ? やる事がない以上、あたし等はサントールに帰る方が良いと思うが」

「僕は明日一日、スティーラの街に滞在しますよ? この街の大図書館で少し調べものがありますのでねぇ。 サントールに戻るなら、船着き場のある街まで送りますけど、どうします?」

「……遠慮しておく。あたしはアレに乗るのは懲り懲りだ」

「同感……生きた心地がしないわ」


 ジャーネとレナは【廃棄物十三号】に乗るのを拒否していた。

 前後輪が同時に高速回転し、一気にMaxスピードに突入する様なバイクに乗りたがる者などいないだろう。しかも二人はこうした乗り物に慣れてはいない。

 文明的に考えても馬車が主流なこの世界において、数百年時代が進んだような乗り物に乗るのはきつい。

 アマゾンの原生林に住む原住民をジェットコ―スターに乗せるようなものだ。慣れるまでには時間がかかるのである。


「あの程度で酔うんだもん、二人は早めにサントールに戻った方が良いと思う」

「イリスはどうするの? ゼロスさんとこの街に残るの?」

「そうする。おじさんとなら安全だし、魔法学院がどんな講義をしているかも気になるから」


 イリスもゼロスと同様にこの世界に転生した者である。

 当然ながらこの世界に関しての常識には疎く、色々な場所から情報を収集する必要があった。以前盗賊に捕まった事からいっても、自分が異世界の常識が不足している事を感じているのだ。

 要はゼロスの傍で異世界の事を調べようとしている。情報が多いほど有利なのは現実もゲームも同じなので、彼女なりに選択の幅を増やそうとしているのだろう。


「大図書館は、学院生以外の書籍の持ち出しは禁じられていますが、読む事は一般人でも出来る様なので、調べものをするには丁度良い場所ですしねぇ。ところで、本当に送って行かなくても良いのですか?

 船に乗るにしてもお金がかかりますよ? 報酬が消えたりしませんかねぇ?」

「うっ……まぁ、帰りの船代は出ているんだろ? レナとゆっくり帰るよ」

「帰れますかねぇ……? レナさんですよ?」


 三人の視線がレナに集中した。

 何しろ、好みの少年を発見すれば突然姿を消すのだ。普通に帰れるとは到底思えない。

 間違いなくどこかに消えて、船に乗り遅れるのは疑い様がない。


「し、失礼ね! 私だって時と場所を選ぶわ。ゼロスさんのお姉さんと一緒にしないで!」

『『『どの口で言うのか……。獲物を発見すれば即断即決、暴弱無尽で唯我独尊だと思う……』』』

「いくら私でも、帰りの船代を使ってまでボーイ達と愛を語らないわよ! それに、ゼロスさんがいなければ公爵家から護衛依頼の報酬は貰えないじゃない。大人しくしてるわ」

『『『嘘だ!!』』』


 この時、三人の意識は見事にシンクロした。


「……この間、金が無いと言いながら宿から出てきましたよねぇ? 数人の少年達と一緒に……」

「気のせいよ。もしくはゼロスさんの見た錯覚ね。私はそんなところに行った記憶わないわ」

『『この間、孤児院に戻らなかった時では? 本気で忘れているなら、少年達が可哀そう……』』


 事、少年達との情事に関してはレナは信用できない。

 何しろ依頼の最中に忽然と消え、その後宿から出てくるのを目撃されている。金を渡すのは危険に思えた。


「ジャーネさん。これが船代です。ついでにウチの三羽を護衛につけますので、何とかレナさんをサントールにまで護送してください」

「……了解した。責任をもってレナを連行する。犠牲は少ない方が良いし、万が一の時は……あの三羽の戦力を当てにさせてもらう」

「後、万が一の時の為に宿代としてこの宝石を渡しますので、くれぐれもレナさんに奪われない様にしてください。しけこむ為の宿代にされたら敵いませんからねぇ」

「……責任、重大だな。アタシにこの任務が果たせるのか?」

「二人共、失礼よぉ―――――――っ!?」


 何やら重荷を背負ったジャーネ。

 金の無い時期に少年達と宿にしけこむ様な女性である。念を入れておかねば心配で仕方がないのだ。

 まぁ、主に犠牲となる少年達の方だが……。

 レナはおっさんとジャーネのやり取りを見て、酷く憤慨している様だが自業自得だろう。火のない所に煙は立たぬのだ。

 いつ衛兵にお世話になるか分からない火遊びをしているレナに、選択肢の文字は無い。できる事なら簀巻きにして箱に入れて釘で固定した後に、鎖で梱包しておかねばならない程に不安なのである。


「ところで、おじさんは何を調べるの? 魔法や薬の素材? あっ! 武器や防具の素材もあるかぁ~」

「主に歴史ですよ。特に、四神教や邪神関連のやつを少々……。どこまで仮説が正しいのか知りたいですし、場合によっては妙な事に巻き込まれかねませんしねぇ。得られる情報なら幾らでも欲しいですよ」

「あぁ~……それもあるんだぁ、おじさんは特に深刻だね。【大賢者】だし」

「「大賢者!? 嘘でしょう!!」」


【大賢者】――伝説で書かれている以外、未だに辿り着いた者はいない魔導士の境地。

 邪神戦争で全滅されたとされ、今では演劇や物語にしか登場しない幻の職業である。

 回復魔法や攻撃魔法を巧みに操り、更に魔法薬や特殊な装備を作り出せる究極の存在。仮にその存在が明るみに出れば、多くの国家がスカウトにやって来る事だろう。

 そして、ジャーネとレナはゼロスの職業を知らなかった。故に驚愕したのである。

 まさか、自分達の傍らに究極の魔導士がいるなどとは夢にも思わなかった。

 おっさんは、イリスを恨みがましく睨む。余計な情報は漏らさない方が良いのだ。


「イリスさん……プライバシーの侵害ですよ? 僕は、自分の職業ジョブの事を明るみにしたくはないんですがねぇ……?」

「うっ……ゴメン」


 睨まれて小さくなるイリス。対照的にレナとジャーネは慌てふためいている。

【大賢者】は魔導士の最高位的存在で、回復職である【大司教】と対を為す存在だと言われている。 

 だが、実際は回復魔法も魔導士は使えるので、神官も魔導士と変わりはない。

 一般的には魔法を極めた者としての印象が強く、宗教国家では大神官よりも下の存在として扱われているが、実際は魔力の成長が高い分【大司教】よりも若干だが高位の存在なのだ。

 この世界での【大司教】は宗教的な役職の事で、ステータスに表れる【大司教】とは異なる。

 名目上の大司教が回復魔法を使ったとしても、ステータス表記の職業が【神官】では魔法効果に補正が掛かる事はなく、使える回復魔法の効果にもにも大きな隔たりがある。

 だが、ステータスの職業が【大司教】の場合、瀕死の重傷患者なら回復魔法で癒す事が可能。

【大賢者】と【大司教】の違いは、回復魔法と攻撃魔法どちらか補正効果が高いかの違いだけで、後は然程変わりがない。

 まぁ、魔導士職の【大賢者】より【大司教】の方が【防御力】は高くなるが、代わりに【大賢者】は【素早さ】が高い。どちらも【保有魔力】と【魔法効果】も増大するが、【大司教】が保有魔力の増大で、【大賢者】が【魔法効果】が高くなる。

 おっさんの場合、生産職や格闘職の効果、更に限界突破スキルの効果も加わる事で、もはやどこにも死角がない。寧ろ他の職業すら圧倒しているのであまり意味のない常識だった。

 邪神すらも倒せるのだから、その規格外の強さが周囲に漏れれば、それこそ面倒な事になるだろう。


「「だ……だい、だいだいだい……」」

「ダイ○ンダー? あっ、大空魔竜ガイ○ングもあったっけ? 新しい方の……」

「イリスさん。それは少し歌詞が違いませんかねぇ? それ以前に、古い方も知っているんですか? 君、本当は何歳なんですか?」

「違ぁ―――――うぅ!! 何なのだ、それはぁ! そんな事より、イリス! 本当におっさんは……」

「うっかりしてた……。言っちゃいけない事だったの?」

「当然でしょ……。僕は、国のお偉いさんからスカウトに来る連中の相手なんてしたくない。めんどくさいし、最悪ルーセリスさんやイリスさん達も巻き込まれますよ? それでも言いふらしたいですかねぇ?」

「なるほど……周囲の人達が人質にされかねないから、黙っていたわけね。納得……。ゼロスさんも、大変ねぇ……」


【大賢者】を国の魔導士として加えるとなれば、その戦力はたった一人で一軍と同等となる。

 ましてはおっさんはレベルオーバー。戦力で見るなら一人で国を相手にできる危険人物なのだ。自分の職業を秘密にするにもそれなりの理由がある。

 だが、イリスはうっかりバラしてしまった。【殲滅者】五人は全員が【大賢者】という非常識極まりないパーティーだったのだ。それ故にオンラインゲーム内では有名だったのである。

 当たり前と思っていた事に、つい口を滑らせてしまったのだ。


「素朴な疑問ですが……【賢者】て、そんなに御大層なものですかねぇ?」

「えっ? だって……ゼロスさんは魔導の極限を極めているんでしょ? 誰もがたどり着けない極致にいる以上、それは凄い事なんじゃない?」

「英雄をそれとなく諭し、時に助ける魔導士の頂点。誰もが憧れる伝説の職業じゃないのか?」

「逆に言えば、もっともらしい事を言って若者を誑かし、美味しいところに出て来ては魔法をぶちかます。極めつけは、未熟な勇者の為に『ここは儂が何としても死守する! お主等は早く先に行くのじゃあっ!!』とか言って死ぬ役割ですよね? これって、職業と言えるのですかねぇ? ただ犠牲になるだけの可哀そうな人じゃないですか? 嫌ですよ、見ず知らずの有象無象の為に犠牲になるなんて……」


 ゼロスの賢者への認識は偏ってはいたが、多くの物語では大半の賢者の役割がこんな感じである。

 異世界においても賢者の役割の多くが物語と同一化し、人の為に叡智の粋を与える存在と思われていたが、ゼロスの認識は違う。

 叡智の極みに辿り着いたと聞こえは良いが、早い話が研究ばかりのひきこもりで、どうしようもないマッド・サイエンティストだと思っている。そんな人間が他人の為に戦う筈がない。

 仮に戦うのだとすれば、それは自分の研究成果を確かめる実験であり、そこに『他人の為に身を犠牲にする』などという高尚な意思は存在しない。

 実際ゼロスがそんな感じの人間であり、彼のモットーは『日々平穏』。戦争が起ころうが魔王が攻めて来ようが、実害がなければ無視すると決めていた。

 物語のような自己犠牲の精神など持ち合わせてはいないのである。


「「「た、確かに……。賢者だからと言って人に尽くす理由はないけど……」」」

 

 だが、ジャーネ達三人は納得いかない様だ。ファンタジーのお約束が壊され、イリスもガッカリ感に苛まれていた。

 これも伝説や物語で刷り込まれた影響だろう。現実に置き換えて、賢者が何のために戦うかなど誰も理解していないのである。

 本当に人の為に戦ったのかすら疑わしいのだ。


「まぁ、この事はくれぐれも御内密に……。もしこの国の連中が動き出したら、その時は……」

「「そ、その時は?」」

「この国が地図の上から消える事になるでしょうねぇ。僕は、権力を振り翳して他人を動かそうとする連中が死ぬほど嫌いですから、最悪戦争になりますよ?」

「そのわりに、ティーナちゃんところでカテキョしてたよね? 権力者が嫌いなんじゃないの?」

「欲に狂った連中が嫌いなんですよ。あの、腐れた姉を連想させるので……」


 大賢者に教えを請いたい者は多いだろうが、それが戦争の引き金になる。

 今のソリステア魔法王国は魔法貴族が幅を利かせているために、欲望丸出しでゼロスに近付いて来る事だろう。そうなれば戦争は間違いなく起こり、『姉と似ているから』という理由で殲滅されかねない。

 無論、純粋に魔導士としての極みに辿り着きたいと思う者もいるだろうが、おっさんからしてみれば数人ほど教え子がいるだけで充分なのだ。

 名誉だの、誇りだのと権威を押し付けてくるような連中は邪魔で仕方がない。


「そう言えばさ、おじさん。おじさんのお姉さんは、抹殺できなかったんだよね?」

「【魔人形】を使っていましたからねぇ。本体が倒せない以上、本気で戦うのも馬鹿らしいでしょ。森を跡形もなく消し飛ばす訳にもいかんし、あの場にいたのが本人だったら真っ先に殺していましたねぇ。奴は命拾いをしましたよ……チッ!」


 魔法を跳ね返され【シャドウ・ダイブ】を使った時、偶然発動した【鑑定】のスキルで、シャランラが偽物である事を見抜いた。だからこそ厄介な道具を始末するために動き、後から本人がのこのこと現れたら、真っ先に始末できる体制に整える事を優先したのだ。

 その上で徹底的にいたぶり、身の程を弁えさせる事も忘れなかったが、ゼロスはシャランラが逆恨みするだろうと予測している。血が繋がっているせいか、どこか似た者同士の姉弟であった。

  

「そこまで実の姉を恨むのか……。姉弟て、ここまで血生臭い関係なのか? もっと温かいものじゃないのか?」

「私に聞かないでほしいわ。きっと、ゼロスさんのところが異常なのよ」

「僕のところと言うより、奴がどこまでも図々しいだけだと思いますがねぇ。うっかり友人にでもなろうものなら、『友人なら、友達の借金返済の為に奴隷落ちしてくれるわよね? だって、友達なんだから♪ 私の為に犠牲になる事も喜んで引き受けてくれるでしょ?』なんて、平然と言い放ちますね。間違いなく……。ジャーネさん、幻想を抱くのは良い。ただ、現実も受け入れる事は大事ですよ?」

「「「人間の屑ね……」」」


 奴隷云々は兎も角として、似たような事を言われた経験があるおっさんだった。

 それだけに、周囲の者達には警戒して欲しいと思うのは間違いではないだろう。シャランラにとっては他人など使い捨ての道具に過ぎない。


「まぁ、あの腐れた姉は警戒していて欲しいですが……。時に、ジャーネさん達は、今日にでもこの街を離れるつもりですかねぇ?」

「あぁ……船がどうやら、今日出港するらしい。アタシ等は直ぐにでも街を出ないと間に合わない」

「そうね。馬車で片道三時間、結構ぎりぎりかしら?」

「そのぎりぎりの時間前に、レナさんは何をしてきたんですか? 肌艶がやけによろしいようですが……」

「野暮な事は聞かない。少年と女の間には、肉欲という名の獣道しかないのよ?」

「「「それはレナ(さん)だけだぁ――――――――――――っ!!」」」


 時間がないと言うのに、レナは欲望に忠実だった。

 彼女の中では、『少年と女=肉欲の宴』という図式しかないようである。しかも少年愛至上主義者。

 これから彼女の御目付をするジャーネの苦労が忍ばれる。


「ジャーネさん。どうしようもない時にはウーケイ達に言ってください。気絶させてでも船に乗せてくれるでしょう」

「手に負えなくなったら頼む事にする。レナはいつもこうだからな、もう慣れてる」

「人の話を聞かずに消えそうな時は……」

「コッコ達を頼らせてもらう。アタシ一人じゃ、レナは抑えられそうにもないし……」

「ちょっとぉ、それって酷くない!?」


 酷くない。むしろ厄介さで言えばレナはシャランラと同レベルなのだ。

 不愉快な存在か、関わらなければ無害なだけで、知人として見ればどちらも面倒な存在なのである。


「三日ほどの船旅ですが、くれぐれも気を付けてください。特に、未成年者の姿があれば要注意でしょう」

「わかっている。レナもそこまで見境がないと思いたくもないが、念を入れて制圧できる戦力はありがたい」

「う~ん……レナさんは充分に見境がないよ? 簀巻きは確定じゃないかなぁ~?」

「制圧!? 皆、私をどんな目で見てるのよ!」

「見境のないショタコン」(イリス)

「子供に劣情を燃やす危険人物」(おっさん)

「三度の飯より子供(性的な意味で)好き」(ジャーネ)

「・・・・・・・・・・」


 理解がある事も善し悪しである。

 そして、周囲が自分をどう見てるのか悟るには充分だった。

 だからと言ってレナが反省するとは思えないが、とりあえず今は『少年を愛して何が悪いの? 戦場ではいい歳したおっさんが美少年のお尻を求めるじゃない……。不公平よ』と、落ち込ませる事に成功した。

 いや、落ち込んでいるのだろうか? 些か不安である。


「……ジャーネさん。本当に大丈夫ですか? アレは……末期ですよ?」

「アレさえなければ、それなりに頼れる奴なんだけど……。不安ばかりがつもるのはなぜだろ?」

「まぁ、レナさんだし……。今更注意したところで反省なんかしないと思うなぁ~。だって、レナさんだよ?」


 イリスの一言は充分に納得できるものだった。

 一人蚊帳の外のレナはむくれていた。まぁ、自業自得の結果だろう。


 それから一時間後、ジャーネとレナはウーケイ達を連れ、スティーラの街を後にするのであった。

 余談だが、レナが通りすがりの少年に目移りしたのは言うまでもない。当然ながら、ウーケイ達の鉄拳を食らいドナドナされて行く事になる。

 やはり重症のようであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「こちらです。先生」

「うわぁ~~~っ……」

「凄いですねぇ……(まるで、ノートルダム大聖堂の様だ)」


 ジャーネ達と別れた後、セレスティーナに案内されゼロスとイリスが向かった先は大図書館。

 そこは、お世辞にも図書館という様な建造物ではなく、むしろ教会か大聖堂の様な建築様式の建物であった。デザインからしても明らかに教会を建造して途中から図書館に改築したと思われる建物だった

 ステンドグラスの張られた大きな窓から差し込む明かりが、図書館内部を厳かな雰囲気を醸し出す効果を発揮し、公共の場とは思えない神聖さを醸し出す。

 学院生が読書に励むスペースもかなり広いが、それ以上に並べられた本棚が実に圧巻である。どれほどの書籍を管理所蔵しているのか分からない程だ。


「さすが……国中の書籍を集めているだけの事はある。凄い量ですねぇ……どこまで書かれている事が真実かは分かりませんが」

「おじさん、そんな事を言っていいの? 本て高価なものなんでしょ? 内容の正確さなんて書かれた国や場所で様々なんじゃない?」

「だからこそ偏りが出るのも否めませんねぇ。複数の観点からか書かれた書籍がどれだけ現存するか、そこにある真実を読み取れるかは別の問題だし」


 この世界の書籍は一般的な観点から見ても、戦争で勝利した側の都合で物事が記されているものが多い。

 その中から偏りのない記録を探し出すのは困難だろう。大半が都合の良い事が書かれており、余計な裏事情など省略されているものが殆どだからだ。

 その裏事情を知るには敗者側の歴史を知る必要があり、追及を始めれば時間が幾らあっても足りないだろう。そんな訳で、ゼロスはこの世界の宗教の成り立ちにのみ焦点を当てる事にした。


「四神教が大頭したのが邪神戦争以降。それを踏まえると、今は落ち目の創生神教が先に信仰されていたのは分かる。問題は、なぜ四神が生まれたのかだ」

「創生神がいなくなったからじゃないの? 或いは、宗教戦争?」

「ところが調べてみると、そうした戦争が起きた歴史はないんですよねぇ。まるで、創生神教の信者が、四神教に鞍替えしたみたいなんですよ。何となくですけど……」

「つまり、創生神教が四神教に変わった? 何の衝突もなしに? そんな事、ありえるの?」


 ソリステア公爵家の書物庫で調べてみると、二つの宗派が衝突した歴史はなく、時代と共に次第に勢力を拡大し始めた四神教はおかしい。

 同時に創生神教が勢力が衰えるのも異常なまでに速く、僅か五十年でほとんどの創生神教神殿は姿を消した。そして四神教神殿へと姿を変えて行ったのである。


「四神教の教義では、四神が世界を創造したとされていますが、実際はどうなんだか……」

「邪神の存在も分からないよね? 最初からこの世界に存在したのか、或いはどこかの世界から突然現れたのか……分かる事は……」

「四神に邪神は倒せない。力の差が圧倒的だったらしく、封印するだけで多大な犠牲を払ってますねぇ。おまけに、【勇者召喚】。この勇者も曲者ですよ。その人数、約三十六名……彼らの名前は抹消されたみたいだけどね」

「勇者!? まるでゲームみたいだよ? まさか……」

「異世界から呼びつけた。そして、都合のいい駒として利用したんじゃないですかねぇ? 現に、生き残った勇者達はそれ以降姿を見せていない。危険分子として始末された可能性が高いでしょ」


 全ては憶測だが、集められた情報を総合すると今のところはこんな感じで説明できた。

 そして、今もこの世界に勇者は存在するのだ。四神教の総本山、【メーティス聖法神国】に。

 大陸最大の宗教国家であり、頻繁に戦争を引き起こす面倒な国でもある。その理由が『四神から神託を受けたから』だ。実にタチが悪い話である。


「先生は、なぜ四神の事を調べるのですか? 少し狂気的な国ではありますが、孤児の救済やケガや病気の治療を一身に引き受けてくれる良い国でもありますよ?」


 今まで黙って聞いていたセレスティーナの問いに、ゼロスは『フッ……』とニヒルな笑みを浮かべてから、彼女に顔を向けてその問いに答える。


「勿論、気に入らないから……」


 四神教の全てを敵だと思っているなど、セレスティーナには分からないだろう。

 だが、信者の全てを憎んでいる訳ではない。おっさんの知りたい事は、『四神は本当に神なのか?』という事だけである。

 この四神の正体を知る事が、これからおっさんの行動を決める選択肢の一つであった。

 何より、邪神が何者であるかを知らなければ、復活させた後に大惨事になり兼ねない。

 最悪、世界が亡びる事になるかもしれない。

 故にこの件に関して慎重なのであるなど、教え子に語る事はできなかった。


 おっさんは、適当に誤魔化しながらも図書館の受付に向かう。緊張感のない、軽い足取りで……。

 そんなおっさんは、大図書館が禁煙である事を知らず、受付の職員に叱られるのである。

 携帯灰皿があっても駄目の様で、愛煙家には世知辛い世の中なのであった。   


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