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おっさん、本気で考え中

 犯罪組織である【ヒュドラ】の拠点は、大抵が地下深くにある事が多い。

 この世界の常識として、新たな街を築くときは古い町並みを埋めたて土地の土台にする事が一般的な技法であった。こうした街の構造はローマなどで良く知られている事だろう。

 穴を掘れば遺跡が発見されるなど良くあり、中には旧時代の魔道具も発見される事もある。逆に言えば犯罪者が潜むには格好の場所であり、様々な犯罪組織が利用する一種の地下犯罪都市と化している。

 各地に出入り口が偽装されて作られており、こうした拠点を築く作業は横流しされた奴隷達にやらせる事で、歴史ある土地の地下には網の目の様に通路が広げられていた。

 長い時を多くの犯罪組織が地下道を広げる事で複数の犯罪組織と地下で繋がり、手を結ぶ事で犯罪組織【ヒュドラ】が生まれたのである。


 だが、その【ヒュドラ】も一人の男によって壊滅的な打撃を受ける事となる。

 原因は一人の少女であった。その少女は彼ら犯罪組織が執拗まで探し続け、その力を利用しようと血眼に探したほどである。その理由が、ある意味では強力な魔法をその身に受け継いだ血統魔導士であったからだ。

 事の発端はその女の家族を彼等が殺してしまった事にある。その能力を利用しようとしていたのだが、当時はまだ幼い少女だった彼女を救うたべく、家族達は一丸となって【ヒュドラ】に抵抗した。その裏にある真意を隠すために。

 結果は一人を残して一家皆殺し、その少女もまた行方が分からなくなった。

 だが、【ヒュドラ】は諦めなかった。その血統魔法があれば自分達の繁栄は約束されたものであると本気で思っていたのだ。

 そして、その少女を血眼で探し当てた時、彼等の前に立塞がったのがソリステア公爵家であった。 


 つまりはソリステア公爵家で侍女として働いていたのだ。何より問題なのはその公爵家の次期当主であるデルサシスである。彼は当時、学院生であったが裏の世界でも名が広まるほどのヤリ手で、次々と裏組織を潰しては自分の傘下に組み込んでいた。

 それでも彼等は少女を手に入れるべく、イストール魔法学院に入学したのを機に状況を見計らい、拉致を敢行。侍女である事から跡取りの身の回りの世話だけでなく、同じ学院生として入学し、常にデルサシスと同行していた。

 結果を言えば組織が壊滅的な打撃を与えられ、巨大な組織はひと月で無残に瓦解したのだ。

 しかも拠点を発見され事となった手掛かりが、地下遺跡で発見された短剣であったと言うのだから驚きである。その短剣は古き時代にある部族が使用していた物で、偶々それを見つけた誘拐の実行犯である一人が愛用していたのだが、デルサシスに倒され短剣を残して倒される末路を辿る。

 唯一の手掛かりである短剣を調べた結果、当時としては珍しい物であると同時に一地方で繁栄した部族である事から拠点の所在地がバレ、数日である街の地下に組織が存在していると知られる事となる。

 そして、デルサシスは数人の仲間と共に乗り込み、【ヒュドラ】は徹底的に潰されたのである。

【ヒュドラ】が一時的に消えた後、裏社会を牛耳る組織もあったが、その組織もデルサシスに潰される事になるのは余談である。 


 ◇  ◇  ◇  ◇


 森を走り抜けながらも、ガーランスは少女を連れて逃げていた。

 この少女の血統魔法【未来予知】は強力である。未来で起こる事が分かれば別の選択をする事で身の安全は保障され、更に裏の商売も再起を図る事が出来る。

 その為に数名の部下と共にオーラス大河の川岸まで逃げ延び、そこから船で他国に逃れるのが目的だ。

 この国から脱出できれば、後はこの少女の力を利用して再び伸上れる。そのために自分を育ててくれた頭目を殺してまで彼女を奪ったのだが、結果は動くたびに追い詰められている。

 苛立ちながらもガーランスは少女に手を強引に引く。


『もっと速く走りやがれ! 奴等に追いつかれるだろ!!』

『無理です。貴方はここで死ぬでしょう……それはもう決まった事です』

『馬鹿な事を……お前がいれば俺は再起を図れる! お前の力があれば!!』

『不可能ですよ? 何故なら……こうなるように導いたのは私なのですから』

『なっ、なに……?』


 ガーランスは、少女が何を言っているのかが分からなかった。

 いや、理解できてすらいないだろう。【未来予知】という魔法がどれだけのリスクを背負うものであるかなど、考えた事すら無いに違いない。

 だが、目の前の少女だは違った。そこには確固たる決意が込められた瞳で、ガーランスを真正面から見据えている。


『私達の一族は短命です。それは人の身でありながら、事象を見ること自体摂理に反する事が原因だから。未来を見る代償として自分の寿命を削る事で、私達は未来の行く先を知る事ができるんです』

『だ、だから何だ! それが本当なら尚の事お前は俺の物だ!!』

『わかっていないようですね。私達の一族は、この魔法をこの世から消し去る為に、古い時代から布石を置き続けてきたという事ですよ? あなた達に両親が殺される事も布石の一つ』

『なっ!?』

『あなた達は両親や私の力を求めたようですが、そうなる様に仕組んだのは私達だったという事です』


 馬鹿げた内容であった。だが、【未来予知】と言う魔法を受け継いだ一族にとっては重大な事であった。

 この魔法は自分で制御が出来ず、常に夢という形で未来を見てしまう。その度に寿命は削られ長く生きる事は出来ない。ならばどうすれば自分達は平穏に生きられるか、彼等は自分の寿命を削りながらもその答えを求め、そして答に辿り着く。

 要は【未来予知】の力を受け継がない子孫が生まれる未来に世界を動かせば良い。

 それは途方もなく長い時間を掛けて求めた一筋の希望であった。少女の一族は自分達の血統魔法が二度と現れない様に、歴史の裏で行動を起こしていたのだ。

 その為には一族の者が犠牲になる事もあり、中には家族を権力者に売り渡す様な事も苦渋の決断で実行し、時に悲惨な最後を辿る者も見つめ続けたのだ。

 全ては自分達の血が受け継がれる希望を求め、摂理に反するこの魔法をこの世から消し去る事を夢見た一族全てによる予定調和だったのだ。その真実を知った時、ガーランスは背筋が凍りついた。


『く……狂っていやがる……』

『『狂っている』ですか……。ですが、あなたがそれを言いますか? あなた自身も私の力を望んだでは無いですか。そうした悪意ある者達から永劫にこの力を奪う為、私達は全てを犠牲にするしか無かった。私の両親達もです……。

 私達をそこまで追い込んだのは他ならない、あなた方のような人達なのですよ? ならば、私達が逆に利用しても良いですよね? あなた達が自分のために私達を利用する様に、私達の幸福の為に逆に利用しても良いですよね? 未来を知りたかったのでしょう? これがあなた達が見たかった未来です。もう、変える事は出来ません』


 ガーランスは初めて人間に恐怖した。

【ヒュドラ】は歴史も古く、百数十年もの間闇に存在した組織であり、時に【未来予知】の血統魔導士を利用した事もある。だが、その全てが布石だとするなら、【ヒュドラ】の組織自体が彼等の手によって操られた事になるのだ。目的のために利用するつもりが、逆に誘導されこの結末に動かされた事になるだろう。

 そして今、自分がこの場にいる事すら少女達に誘導された結果となれば、とても受け入れられるものでは無い。


『馬鹿な……そんな筈は無い! 全てお前の出鱈目だろ!! お前は時間稼ぎをして…ガァッ!?』


 ガーランスの左肩を矢が貫き、痛みでその場で蹲る。

 念入りに即行性の麻痺毒を塗られている様で、徐々に体が痺れだしていた。更に氷の魔法が部下に撃ち込まれ、不気味なオブジェと化して行く。


『ミレーナ、大丈夫?』

『遅いよ、ミスカぁ~。もう少しで予定が崩れちゃうところだったんだからぁ~』


 青い髪をした眼鏡の少女が弓を構え、警戒しながら少女の元に近付くと、セレーナの額に頭突きをかました。


『いだぁ~~いっ! 酷いよ、ミスカぁ~~』

『私に隠し事をしていた罰よ。まったく、みずくさいんだから……』

『だってぇ~、未来を教えちゃうと全てが台無しになっちゃうんだもぉ~ん。黙ってるしか無かったんだよぉ~。ところで、デル君は?』

『ハイハイ、お熱いわね。デルの奴は、ここには……』

『いるぞ? 全く……世話を焼かすな、ミレーナ。後で説教だ』

『うえぇ~……。優しくしてよね?』


 深紅のローブを着た青年が、木の影から現れる。

 年齢的には十代だが、その顔はとても青少年と呼べるものでは無い大人びた印象がある。だが、セレーナの顔を見た瞬間に彼の表情はわずかに和らいだ。


『それはミレーナ次第だな。なんなら、ベッドの中でも良いぞ?』

『やぁ~~ん。こんな時に何を言うの? ちょっと嬉しいけど……』

『めっちゃ、嬉しがってんじゃない! にしても、いつの間に……。デル、アンタ……さっきまで残党と戦ってなかった? 『ここは俺に任せろ!』とか言って……』

『予想以上に弱かった。ファーフランの森にいる魔物の方が十倍は強い。不完全燃焼だ』

『あそこの化け物と一緒にするんじゃない! どこまでスリルを求めれば気が済むのよ。まったく……あれだけ暴れておきながら……』

『やめるつもりは無いぞ? 俺の楽しみだからな。で、コイツが最後か?』


 デルサシスはガーランスに目を向けると、その手に火球を出現させた。


『俺の女に手を出したんだ……。覚悟はできてるだろ? 悪いが、生かしておくつもりは無い』


 ガーランスは周囲に目を向ける。

 今、魔法攻撃を受ければ死ぬのは間違いなく、逃げるには崖下の河に飛び込むしかない。

 だが、麻痺毒で体の自由が利かない以上、死ぬ確率が高かった。

 選択肢が無い以上、ガーランスの取るべき行動は一つ。賭けに出るしかない。


『そう簡単に殺されてたまるかっ!!』


 崖に向かって走り出すガーランスだが、予想以上に体の自由が利かない。それでも一つの賭けに出た彼は死力を振り絞った。

 そして、デルサシスの放った魔法の爆風に飛ばされ、ガーランスは崖下へと落ちて行く。

 オーラス河に落ちた後の記憶は無かった。だが、ガーランスは下流の川辺に流れ着き、一命をとりとめる事となる。そして、再び返り咲くべく潜伏するのであった。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇


「……夢か、嫌な夢を見たもんだ。忌々しい」


 ガーランスはシャランラの報告を待ち続け、少し転寝うたたねしていた様である。

 彼は本来であるなら六十代半ばの中高年に当たる年齢だが、シャランラの【回春の秘薬】で三十代の若さを取り戻していた。だが、その副作用の事は全く知らないでいる。

 今の彼は若返った事で裏組織を広げるべく精力的に活動を続け、複数の犯罪組織を取り込み【ヒュドラ】は肥大し続けていた。

 喩えその若さが一時的なものであったとしても、彼の野心に火をつけるのに充分な条件である。嘗ての栄光を取り戻すべく危険な仕事も率先して行うようになっていた。


「まぁ良い。シャランラが失敗するとは思えんし、これで奴にも意趣返しが出来る。俺の恐ろしさを国中に教えるには充分だろうさ……ククク」


 傍目に見れば、自分の部屋で独り言を呟くアブナイおっさんである。だが、公爵家の人間を暗殺できたとなれば【ヒュドラ】の繁栄は間違いなく確実のものとなる。

 まだ達成された訳では無いが、ガーランスは目の前にぶら下がる組織再興の夢に酔い痴れていた。それだけシャランラの暗殺者としての腕を買っているのだ。失敗するとは到底思えないでいる。

 ガーランスはテーブルの上に置かれた酒瓶を手に取ると、傍に置いてあるグラスに注ぎこみ、煽る様に喉に流し込む。

 愉悦の笑みを浮かべ、再びグラスに酒を注ごうとした時、それは唐突に起こった。


「ボス! 大変でさぁ!!」

「何だ。今、良い気分なんだよ……くだらねぇ話だったら殺すぞ?」

「き、きき……騎士団だぁ! 騎士団が攻め込んできやがったんでさぁ!!」

「何だとぉ!? 馬鹿な……なぜ、ここが分かった……」

「それより、逃げねぇとヤバいっすよ! 出口は完全に塞がれていますぜ!!」

「チッ! 奴か……どこまで俺の邪魔をしやがれば気が済むんだ。糞がぁ!!」


 かつての【ヒュドラ】は地下に張り巡らされた通路に複数の出入り口を置いたため、各出入口を塞がれた事により逃げ場を失い、侵入者によって内部から潰された。

 そこには常識外の強さを持った青少年達だけで行われた襲撃であったが、強力な魔法攻撃を狭い通路で使われては為す術が無い。逃げるための脱出路を時限式の魔道具で完全に塞がれ、残された数か所の出入り口に人員が殺到し、そこに更なる魔法攻撃によって殲滅させられて行ったのだ。

 地下に拠点を置いたために大人数は動きを阻害され、いくら血の気の多い連中でも格好の的になる。しかも鼠を駆除するかのように特定の脱出路に誘導され集中攻撃を受けたのだ。

 更に毒を撒かれた事によって多くの部下が苦しみながら死んで逝き、その容赦のない悪辣な襲撃によって【ヒュドラ】は簡単に瓦解して行った。地下に拠点を置いた事が仇になったのである。


 だが、今のガーランスも表立って街の中に拠点を置く訳にはいかなかった。大人数のゴロツキが出入りすれば嫌でも目立ち、魔物が出没する郊外に拠点を作るわけにもいかない。

 その為、こうした地下の隠れ家を持つ酒場を複数用意し、数日おきに拠点を変える事で追手などの目を攪乱する事により身を守っていたのだ。居場所を変え続ければ確かに足取りを探るのに苦労はするが、逆に言えば大きな仕事は出来ないとも言える。周りを固める人員が限られているために、仕事を指示するにも面倒な工程が必要になる。暗号や繋ぎなどの人員といった者達にも信用できる者を置かねばならず、新しく組織に加わった者達の把握にも苦労する。

 それでも組織が潰されるよりはマシなので慎重に行動していたのだが、今現在においてガーランスは追い詰められる事になっていた。


「あの公爵……やってくれる! 息子を囮に使うのかよ!!」


 ガーランスは自分の甘さを呪う。

 学院の若造が依頼を持ち掛けてきたまでは良い。だが、その標的はデルサシス公爵の息子であり、依頼を持ちかけて来た血統主義派の動きは、常に監視されていた事は馬鹿でも分かる。

 絶対に息子の護衛を固めるだろうと思っていたが、まさか自分達を直接狙って来るとは思わなかった。自分の息子を囮に【ヒュドラ】を完全に潰す気である事は明白である。


「イカレてやがる……チッ、拠点を変えるぞ!!」

「部下達はどうするんですかぃ!? このままじゃアイツらは……」

「代わりは幾らでもいるだろ!! 今はここから脱出するのが先決に決まってるだろうが、馬鹿かお前は!!」


 そう吐き捨てると、ガーランスは背後の棚を動かし、奥にある通路から脱出する事を選択した。

 急いで通路を走り抜け、複雑に入り組んだ地下の道をなりふり構わず走り抜ける。遠くから剣で打ち合う音が聞こえて来る事から、時間が無い事だけは理解できた。

 長い通路をひたすら走り続け、ようやくたどり着いた出口の扉を開くと、そこは町外れの森の中であった。外側から見ればただの洞穴で、わざと植えた樹木によって覆い隠されている。 

 

「ここまで逃げ切れば、後は…ウグッ!?」


 まるで過去の再現かの様に、飛来した矢がガーランスの左肩を貫く。

 傷みに苦悶の表情を浮かべながらも、矢が飛んできた方向を見れば、まるで昔に戻ったかのように青い髪に眼鏡をかけた女性が弓を構えていた。そして、ガーランスはその女性に見覚えがあった。

 驚く事にその女性は昔とさほど姿は変わっておらず、唯一違う事はメイド服を着ていた事であろう。しかも傍らには憎い男が腕を組んで立っていた。


「懐かしい顔だな。まさか生きていたとは思わなかったぞ」

「クッ……デルサシス公爵か……。こんな所まで御苦労な事だ……」

「まったくだ。貴様等が妙な事をしなければ、私も動く事はなかったのだがな。昔とり逃がした事が今の事態を招いた。ツケは払う主義なのでな、覚悟して貰おう。幸ここには河は無い、もう逃げられんぞ?」

「チッ……あの女の力を使ったのか……。でなければここが分かる筈がねぇ」

「人聞きの悪い事を言う……これも長い調査の賜物だ。くだらん力に頼らなくとも、この程度は簡単にできるぞ? 安易な力に縋るのは無能な者のやる事だ」


 ガーランスはデルサシスの恐ろしさを理解している筈だった。しかし、実際は想像以上のヤリ手だったのである。抜け道さえ知られているという事は、自分の配下に密偵が隠れていた事を意味する。

 ガーランスも良くやる手だが、それ以上に狡猾であっただけの話である。

 しかし、いま目の前にいる二人を何とかすれば逃げる事は出来る。デルサシスを殺せれば自分の名も裏で知れ渡る事になるであろう。

 普通なら既に詰んでいると諦めるものだが、ガーランスは未だに野心に憑りつかれており、一か八かの賭けに出た。腰のナイフを引き抜き、デルサシスに迫る。


「死ねぇ!!」

「ぬるいな……」


 デルサシスに向けられ迫るナイフを、逆手の持ったダガーが弾き、よろめいたガーランスに蹴りを叩き込む。デルサシスは両手のダガーを手に、まるで獲物を狙う肉食獣の様に動きを見据えていた。

 不規則に動かされる腕がダガーの太刀筋を読ませず、まるで次の攻撃が掴めない。

 ガーランスは幾度も無くナイフを突き、時には斬りつけたりもしたが全て悉く弾かれ、その度に顔や腹に痛烈な打撃を打ち込まれた。

 想像以上に重く、一撃で意識を持っていかれるような衝撃に耐え、何としてもこの場を切り抜けようと足掻く。


「実の子を囮に俺達を狙うかよ……権力者としては優秀だが、親としては最低じゃねぇのか?」

「甘い顔をしていては子は育たん。時に苦難の道を進ませるのも親としての務めでは無いのか? それに、私が何の手も打たないとでも思っているのか? お前は簡単に切り札を使い過ぎた」

「どうだろうな。俺の女は腕利きだぜ? 今頃てめぇのガキも始末されているだろうさ」

「それもどうだろうな。腕利きを揃えているのはお前だけでは無い。なにしろ、私がアイツに元に向けた護衛は私よりも遥かに強い。化け物とはあの者の事を言うのだろうな」

「・・・・・・・・・」


 ガーランスは内心で舌打ちをする。

 デルサシスは確かに強い。今の自分でも勝てるかどうかすら分からない程である。

 そんな男が自分よりも強いと言った護衛にシャランラが勝てるとは思えない。ガーランスからしてみれば、デルサシスも充分に化け物レベルなのだ。

 現に何度も攻撃を仕掛けているが、傷一つ負わせる事も無く簡単にあしらわれている。これが化け物でなくて何だと言うのか。

 しかも攻撃すれば逆に迎撃され、確実にダメージは蓄積してゆく。とても勝てるとは思えない。

 

「糞が……。俺はここで死ぬ訳にはいかねぇんだよ!!」

「それは無理だな。諦めろ」


 デルサシスの突きだしたダガーを、動かない左腕を無理やり動かし受け止めると、右手のナイフを喉元に目掛けて突き刺すが、紙一重で体を逸らして避けられる。わずかに頬を切り裂いただけであった。

 そこに左腕のダガーがガーランスの心臓目掛けて吸い込まれた。肋骨の隙間を抜ける様に水平にして、確実に致命傷となる一撃が胸部を貫く。


「ゴハッ!」

「生き延びたなら、残りの余生を静かに生きれば良かったはずだ。くだらん野心を抱いたからこうなる。自業自得だ」

「ちく……しょう………俺は……………こ……ん…」


 ガーランスの人生はここで幕を閉じる事となった。

 そして、息を引取ったガーランスの躯は次第に老い、見る影もないほどに痩せ衰えた老人のものへと変わり果てて行く。


「これは……。何かの秘薬か? 見た目が若い姿ゆえに、おかしいとは思っていたが……」

「後でゼロス殿に聞いてみてはいかがでしょうか? 仮にも大賢者なのですから何か知っているかも知れません。にしても……デル! アンタ、遊び過ぎよ! さっさと始末すれば良いじゃない」

「懐かしい呼び方だな。昔を思い出す……。フッ……私も若返った気分だ」

「アンタは充分い若いわよ。色んな意味で……。たく、ミレーナは何でこんなアブナイ奴を好きになったのよ。理解できないわ……」

「それは私にも分からんが、しかし……お前の姿はあの頃とまったく変わらんな。その口調で話されると、、昔を思い出す。あの頃は楽しかったものだ」


 デルサシスはどこか懐かし気に目を細め、ミスカを見ていた。

 彼女の姿は昔とさほど変わりがなく、時々時間が戻った気分にさせられる。それが懐かしくもあり、同時にせつなくもあった。


「『あの頃も』でしょ? 過去を懐かしんでいたら、ミレーナがむくれるわよ? 『私もいっしょに遊びたかったのにぃ~~っ』て言いながらね」

「それは、それで聞きたものだな。だが、懐かしく思ったのもミスカの昔の口調が悪いと思うが?」

「仕方ないでしょ、私はハーフエルフなんだから……。逆に純血の人間でない事が辛くなる時があるわよ」

「そうか……セレスティーナの前では口調は変えるなよ? きっと驚くぞ」

「今だけよ。アンタの前でかしこまる必要はないから……にしたって、私を呼びつける? あの子が帰るまでに学院に戻れるかギリギリなんだけど?」

「確実性を求めるなら、手練れは多い方が良い。だが、予定より時間がかかったな。急がねば仕事が溜まる」

「たく……さっさと撤収するわよ。今直ぐ戻らないと、不審に思われるでしょ。船に間に合うと良いけど……」


 デルサシスはガーランスの遺体を焼却すると、自分の治める領地に帰るために船着き場を目指す。事前に準備を整えていた為に騎士団と顔を合わせる必要も無い。

 彼の仕事は山積みであり、こうしている間にも書類は溜まる一方。デキる漢は時間を無駄にしない。

 これは亡き最愛の女性と交わした最後の約束だからだ。一分一秒たりとて彼は時間を大切にし、人生を楽しんでいるのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ===================================

『スキル自動獲得の操作が可能になりました。どうしますか? (ON/OFF)』

 ===================================


「・・・・・・・・・」 


 ツヴェイト救出を終えたゼロスは、野営陣地に戻ってきた時に、突然視界に変な項目が浮かび上がった事に言葉を無くしていた。

 この世界で最近手に入れた職業スキルは【教師】と【神仙人】、いつの間にか存在していた【超土木工】この三つである。

 どれも【ソード・アンド・ソーサリス】の世界には無かった職業スキルで、【教師】の職業スキルは【指導】スキルが発展した事で変化したものだが、【超土木工】が訳が分からない。

【指導】はセレスティーナ達を教えている内にいつの間にか獲得したもので、【神仙人】は【暗殺神】や【魔導賢神】、【薬神】【魔道具神】【鍛冶神】などの生産系職業スキルと武術系職業スキル一つが加わる事で発生したようだが、【超土木工】が問題だった。

 何故なら土木工に必要な【木材加工】【基礎工】【石材加工】などの技術が複数あり、それ以外にも【ラップ】【ダンス】【ボイスパッカーション】など関係ない技能も組み込まれていたからだ。

 何より、スキルの自動獲得をON/OFFできるなら、最初からこの項目を入れて欲しかった。

 この世界が何を求めているのか全然わからない。


「ハンバ土木工業の影響だろうなぁ~……。自動獲得はオフにしておこう……頭がおかしくなりそうだ」


 何にしても、こうした設定が出来るようになったのはありがたい。既に獲得したスキルのレベルアップは止められないが、今後いらない能力を獲得する事は無くなる。

 スキルはあくまで個人の能力を補助する為のものだが、レベルが上がるにつれて身体能力に影響を及ぼす。ゼロス並みになると身体能力は異常なまでに引き上げられてしまうのだ。

 例えば漫画で見かける首筋に手刀を落して気絶させる技だが、ゼロスがやると本当に首を落すレベルにまで跳ね上がる。常に【手加減】が発動状態で、今では自動化されていたりするのだ。

 レベル制度の世界は、ある意味で地球の摂理より危険な世界でもあった。だが、ゼロスほど無数にスキルを獲得し発展させた者達は限りなく少ないため、今のところは平穏を保たれていると言って良いだろう。

 

「問題は、アレがこの世界にいる事だが……また、しつこく姿を現すんだろうなぁ~。今度見かけたら確実に始末しなくては……」


 会いたくも無い人物に遭遇してしまい、おっさんは些か危険思考に傾いていた。行き違いで不仲だったツヴェイト達とは違い、おっさんの場合は最初から仲が悪い。

 昔から酷い目に遭ってきたせいか、闇に葬る事すら躊躇いは無いほどに殺意を滾らせていた。

 現代日本で殺人を犯せば、どんな理由があろうとも罪に問われる事になり、いくら精神的に追い込まれ様とも正当性が認められない以上、余程の事が無い限り無罪にはならない。

 ましてや金をしつこく借りに来るだけでは正当性など認められる筈も無い。喩え金品を勝手に持ち出したり、通帳から預金を引き出したとしても、相応の理由が無い限りは殺人事件に発展しても同情されるのは姉の方なのだ。何しろ周囲には疑われない様に取り繕うのが上手いのだ。

 仮に刑務所に送り付ける事に成功したとしても、口八丁に誤魔化すのが得意な姉であるが故に、周囲から同情を得て数年で刑務所から出てくるだろう。その上でまた金を借りに来る。

 そこに反省の色は無く、自分の都合の良い様に物事を解釈する。どこまでも自分勝手な人物なのである。

 ある意味でもの凄くポジティブで幸せな人間なのかもしれない。


 おっさんは鬱な溜息を吐きつつ視線を向けると、そこには杏とエロムラ君が野営食堂で食事をしていた。それはもう、凄まじい勢いでだ。


「……ウマ……ウマ……♪」

「うめぇ―――――――っ!! 久しぶりのマトモな食事だぁ……アレ? なんで涙が……」


 よほど苦しい生活だったのだろう。まして片方は奴隷だ、食事事情は主人によって異なる。

 二人の事はとりあえず置いておく事にする。


「おじさん……」

「なんですか? イリスさん」

「あの二人……私達と同じだよね? 邪神のせいで殺された……」

「僕は邪神のせいだとは思いませんよ。むしろ、四神の所業だと言った方が正しいでしょうねぇ」

「でも、四神て……この世界の神様なんでしょ? 何で邪神をゲーム世界に封印なんて出来たんだろ?」

「さて、考えられる事はいくらでも思いつきますが、確たる証拠は無いですからねぇ……」

「おじさん、予想はできてるんでしょ? 今の段階でそれを聞きたいんだけど」


 ゼロスもある程度は予想はついている。だが、証拠が無い以上はただの妄想と変わりがない。


「そこは邪神を復活させれば分かるんじゃないですか? 相当恨んでいたようですよ、四神をねぇ……」

「もしかして、邪神を倒したのって……【殲滅者】だったの?」

「当たりです。今思い出すと、おかしい事ばかりだったんですがねぇ……。【ソード・アンド・ソーサリス】の世界では気付く事すらできませんでしたが、思い返して見れば露骨に攻撃パターンが異なりましたし」

「そうなの? 普通、ゲームだとモンスターの攻撃はパターン化されてるけど、【ソード・アンド・ソーサリス】では不規則だったし、まるで本物の生き物みたいだったよ?」

「ですが、それでも一定のパターンはありましたよ。種族ごとに共通のね。だが、最後に戦った邪神は全く違った。何度か戦っていますから攻撃パターンは知っていましたが、あの時だけは全く違う……」


 それでもおかしいとすら思わなかった。せいぜい別の攻撃モーションプログラムを組み込まれた程度にしか思わなかったのだが、当時は【殲滅者】達すら邪神を倒せなかったのだ。

 一度もプレイヤーが倒していないのに、邪神をパワーアップさせるのは運営としてはおかしいだろう。そして、ゼロスは【ソード・アンド・ソーサリス】を製作した会社名を知らない。

 本来であるなら五感をデジタル化し、感覚をヴァーチャルで体験できるだけでも革命的な発明なのだ。それなのに会社名は一向に思い出せない。

 まるで最初から無かったかのように、記憶にすら存在していないのだ。


「もしかして、【ソード・アンド・ソーサリス】の世界も異世界だったの? そう思わないとおかしいよね?」

「ラノベ的でつまらないパターンですけどね。そう思わないとおかしい点が幾らでも出てきますよ。この世界よりもシステム(摂理)的に管理された世界でしょうがねぇ」

「けど、この世界と共通しているところがある……。それって……」

「そう、むしろこの世界がベースとなっていると考えた方が自然ですねぇ。この世界は些か大雑把のようですが……」


【ソード・アンド・ソーサリス】の世界は、モンスターも生息する場所ではレベルや強さは異なるが、モンスターを倒した時に得られる経験値だけは一定して決まっている。攻撃もパターン化されており、見た目は生物的でも動きが正確で機械に近い。だが、この世界では経験値にもムラがあり、同じ場所で生息するモンスターでも個体差が存在する。動きにも個体差があり、実に現実的なのだ。

 限りなくゲームに近い世界だが、自然的なものが確かに存在している。

 この世界で生きてみると、【ソード・アンド・ソーサリス】の世界は人工的な臭いが感じられる。だが、それでも世間で騒がれる様な事はなかった。

 情報管理をしたとしても、これは明らかに不自然である。 


「僕達は、何に巻き込まれたんでしょうかねぇ~? もの凄くいい加減な理由な気がしますけど」

「四神の言っていることが事実なら、かなり無責任な事をしてると思う。他の世界に干渉した事になるんだよね?」

「さて、四神にそれほどの力があるかは微妙だと思いますよ? 仮に四神にその力があるとすれば、邪神に負けるはずが無い。僕達が勝てたんですよ? 最後の邪神を除いて、それまでに戦った邪神の方が二倍は強かったし……」

「……ラスボス、そんなに強かったの?」

「三段変身までは行けたんですがねぇ、そこからが圧倒的過ぎて手に負えなかったのは確かです。だけど……」

「最後の邪神は倒せた……おかしいね?」

「しかも弱かった。代わりに動きが不規則で大変でしたが、今にして思えば生物的だったと言えますねぇ」


 思い返しても不自然な物が多く、疑念だけが積もって行く。


「おじさん……邪神を復活させようなんて考えていないよね? 面白半分で……」

「・・・・・・・・・」


 おっさんは何も答えず、誤魔化すかのように煙草を咥え火を燈した。


「やめてよね!? せっかく冒険したいのに、ラグナロクに巻き込まれるのは嫌だからねぇ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「何とか言ってぇ!? 本気でやめてよ? お願いだからぁ――――――っ!!」


 おっさんは答えない。

 答える代わりに煙草の煙だけが、空しくラーマフの森に流れて行く。

 邪神云々は兎も角として、ホムンクルスを作るのは決定事項なのであった。 



 

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