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おっさん、クロイサスと会う

「なんだ……コレ……?」


 と、ある理由から傭兵ギルドかる逃走してきたおっさん。

 逃げ込んだ先が指定された宿であったのだが、この宿が曲者であった。

 一人が滞在するにはやけに広く、絵画や美しいさ色彩の施された花瓶と生けられている花々、更には敷き詰められた柔らかい絨緞に、二人や三人なら軽く寝られる大きなベッド。

 どう考えても普通の宿とは思えないような高級感あふれる部屋の様子に、ゼロスはただ茫然とするしかない。ソファーもフカフカ、従業員もやけに徹底した精練ぶりであった。

 おもてなしの心が過剰なばかりに滲み出すどころか、逆に恐縮するレベルを完全に突破する勢いだ。


「この部屋……どう見ても一人で滞在するような部屋じゃないよな?」


 敢えて言うのであれば三ツ星級のホテルのVIPルーム。部屋自体は品の良いものではあるが、小市民のゼロスには些か落ち着かない部屋であった。 

 シーツも皴一つなくベッドに敷かれ、かなり客に対しての心配りが行き届いているのを窺わせる。

 良い意味で、眩しいくらいに場違いな部屋である。


「デルサシス殿……これは、どう考えても僕の身の丈に合っていないんじゃ……?」


 自分以外に一人もいない広い部屋の光景に、流石に呆然とする。

 これが三流とは言わないまでも、二流の宿であればベッドにダイブして心身の疲れを癒そうとするだろう。しかしながら、皴一つないシーツが敷かれた高級そうなベッドに対し、思いっきりダイブするのには気後れしてしまう。

 おっさんは高級ホテルに宿泊した経験はあるが、実のところは小市民なのだ。こうした高級感溢れる場所は苦手なのである。

 基本的に言えば、四畳半のこじんまりした部屋が落ち着く性格なので、無駄に広いと恐縮してしまう。

 長い田舎暮らしが染みついてしまった今では、こうした宿に泊まるのは心身ともに落ち着かない。

 リーマン時代であるなら適応できたのだろうが、既におっさんはそうした世界から離れていた為に、この環境に戸惑う事しかできなかった。


「さすがに……ダイブするのは気が引けるなぁ~。ここまで綺麗にされると罪悪感を何故か感じるし…。何で、宿に来てまで気疲れしなければならないんだ?」


 おっさんからしてみれば只の安宿でも良かったのだが、どういう訳かデルサシスは身の丈に合わない高級宿を手配していた。傭兵ギルドのギルマスの事といい、不満が蓄積されて行くのを感じる。

 一人でこんな高級宿に泊まるのは十年以上ない。おっさんは、すっかり免疫を無くしているのだった。


 ―――コン! コン!


 どうして良いか分からなくなっていたちょうどその時、扉の外側からノックする音が聞こえ、おっさんは首をかしげる。

 イリス達は全力で走って逃げたため、まだ傭兵ギルドにいるだろう事は明白で、こんなに早く宿で合流できる訳が無い。

 ステータスからしておっさんの方が遥かに上なのだ。走る速度もゼロスの方が圧倒的に速いので、追いつける訳も無い。


 考えても仕方が無いのでドアを開ける事にする。

 仮に強盗でいきなりナイフを突き出したとしても、今のおっさんなら簡単にあしらえる力がある。対処できる以上は躊躇する必要はないと判断する。


「はい、どちら様で……おや?」


 扉を開けた先には懐かしい顔があった。

 紺色の髪のメガネを掛けたメイド、セレスティーナの世話係でもあるミスカであった。


「お久しぶりです。ゼロス殿」

「ミスカさんですか、久しぶりですねぇ。会うのはもう少し先だと思っていましたが、思いのほか行動が早い」

「ゼロス殿が今日中に学院に来る事は分かっていましたから、時間を見計らい宿にお伺いしたまでの事です。そう驚く程のものでもないでしょう」

「いや、驚きますよ。僕がこの宿に着いたのは先ほどで……まさか、密偵がそこかしこに?」

「企業秘密です。いくらゼロス殿でも、お教えする訳には行きません」


 この一言で、学院都市の内部に相当数の密偵がいる事が理解できた。

 何しろヤリ手のデルサシスだ。自分の子供を守る手段ぐらいは講じているだろう事は理解できるが、ここまで行動が早いと数人レベルでは無い。

 彼の配下がどれ程の規模かを思うと背筋が寒くなって来る。


「残念な事ですが、ツヴェイト様とお嬢様はお会いする事は出来ません。学業……ではありませんが、約束事がありましたので。代わりにですが、クロイサス様が来ております」

「クロイサス……あぁ! ツヴェイト君の弟のか、この間のレポートは良く書けていましたよ。魔法媒体の指輪に関して詳細に調べ尽していたみたいですね……て、その彼は何処に?」


 ミスカの背後にクロイサスの姿は無く、なぜか荒縄を巻いた変な物体が通路に転がっているだけであった。だが、良く見ればその物体は芋虫の如く蠢いている。


「……まさかとは思いますが、その荒縄でくるまれた物体が……」

「クロイサス様です。目を離すといかがわしい露天商の元に行ってしまうので、仕方なく……。‟本当„に仕方なく縛り上げてお連れいたしました」


 ミスカのメガネがあやしく輝いている。

『本当』の一言がやけに力が入っていたが、見た限りでは喜んで縛り上げたのだろう。何故なら彼女の口元は微妙に吊り上がっていた。

『絶対に楽しんでいる』、おっさんはそう思ったが口には出さない。

 何故なら彼女は芋虫状態のクロイサスを踏みつけているからだ。雇い主の息子にすら容赦ない彼女の行動に、おっさんは恐怖を覚えたからである。


「しかし、なんでまたこんな状態に……?」

「ゼロス殿をお迎えに上がる時間になっても、クロイサス様はいつまでたっても部屋から出てこなかったので強行突入をしましたら、大量の荷物を背負いながら重さで動けなくなっていたクロイサス様を発見いたしました。荷物を減らすべきだと進言しましたら、今度はどの魔導具を持って行くかで迷いだしましたので、面倒になりましたのでこうして縛り付けた次第でございます」

「長い、長い……。にしても、魔導具? 鑑定でもしてほしかったんでしょうかねぇ?」


 ゼロスは何故かクロイサスの行動が読めてしまう。

 そして同時に、ミスカの無駄な行動力に開いた口が塞がらない。公爵家の次男坊に対しても全く容赦が無かった。


「ま、まぁ……いつまでもそんな所に立たせておくのも何ですから、どうぞ中へ入ってください」

「失礼します」


 ミスカはクールに軽く会釈をすると、クロイサスをロープで引きずりながら部屋へと入って来る。

 おっさんは、『まさか、このまま彼を引き摺って来たんじゃないだろうな?』と内心では疑問に思ってしまう。

そんなおっさんの心を見透かしたかの様に、クールメイドは眼鏡を『クイッ』と上げながら、呟く様に一言かました。


「安心してください。途中までは馬車で運んできましたから。引き摺ってですが……」

「死にますからぁ! それはマジで危険ですからねぇ!?」

「大丈夫です。距離を計算して、引き摺っても死なない程度にロープを笠ね厚みを持たせております。クロイサス様には快適なスリルを味わって頂くため、趣向を凝らして見ました」

「全然安心できねぇ!? 別の方向で安全を確保してどうすんですか!?」

「平穏な日常では、いずれ腐ります。時にはスリルも必要ではないかと思いまして」

「いらないからぁ! そんなスリルは要りませんからねぇ!?」


 おっさんは二ヶ月以上会わない内に、実にデンジャラスな性格に変わったメイドに対して戦慄を覚えた。


「まぁ、半分は冗談ですが……」

「半分は事実じゃないですか! どこまでが嘘で、どこまでが事実なんですか!」

「馬車で引きずった所は嘘です。正確には馬ですが?」

「どちらにしても、引き摺って来たんですかぁ!? 何の罰ゲームですか!!」


 恐ろしいメイドであった。

 クレストンの屋敷では丁寧な仕事ぶりが評判のメイドであったのに、実はかなり過激な人物の様である。クールな外見に騙されたらケガでは済まない気がした。


「まぁ、生きているなら良いでしょう。ロープを解いて下さい。少し手伝って貰いたい事がありましてね」

「解くんですか? ……面倒ですね。このままで良いのではないでしょうか?」

「いや、駄目でしょう! 少し作業が面倒な事がありまして、彼に手伝って欲しいんですよ。高速移動用の魔導具の装備変更をしたいのですが、些か手が足りないんですよね」

「魔道具っ!?」

「うおっ!?」


 芋虫状態で勢い良く跳ね起きたクロイサス。

 彼は、魔法関係において常人よりも遥かにクレイジーなのであった。

 そんなクロイサスの反応に対して、さすがのおっさんも驚きである。


「魔導具、どこですかぁ! どんな魔道具ですか、性能は? どのような能力を持つものなのですか? 装着型ですか? 武器のような物理攻撃タイプですか? 有効時間は? 範囲は? 包み隠さず全てを教えてください!」

「……君、仮にも僕とは初対面ですよねぇ? 挨拶をすっ飛ばして魔道具が優先なのかい?」

「それがクロイサス様です。魔法や魔道具に関しての研究にしか目が無く、それ以外には全く興味が無いのですよ。これで公爵家の次男坊なのですから、私共の苦労もお判りでしょう?」

「趣味以外はどうでも良いタイプですか……。また、濃い性格の一族ですね?」


 前当主は爺馬鹿、現当主の父親は裏で何をしているか分からない謎の人物、兄は熱血漢で弟は魔法マニア。妹のセレスティーナが一番まともに思えた。


「失礼、私はクロイサス・ヴァン・ソリステアと申します。大賢者ゼロス殿のお噂はかねがね兄や妹から聞き及んでいます。以前からお話をお伺いしたいと思っておりましたが、機会に恵まれず残念に思っておりました。ですが、この機会にゼロス殿の御教授を賜りたいと思ってここまで来た次第です」

「……引き摺られて…ですがね。体は大丈夫なんですかね? 馬で連行されたと聞いたけど……?」

「本気で死ぬかと思いましたよ。ミスカも最近は容赦なくて困りものです……。全く、死んだらどうするんですか?」


 クロイサスのジト目を、ミスカは涼しい顔で受け流していた。

 普通なら死にかねない危険な行為なのだが、まるで当たり前の様に受け入れている当たり、ソリステア公爵家の異様さが改めて窺えた。

 

「それより、早くロープを解いてくれませんか? また倒れると、起き上がる事が出来ないんですが……」

「だねぇ……少々お待ちを……。ナイフはと……、これじゃないな……これは毒の効果が高いし、え~と……」


 インベントリーを漁ってナイフを探すが、どれも追加効果がヤバイ物しかない。ロープを切るだけで危険な魔法が発動しかねないナイフばかりであった。

 コンバットナイフだと剣身が肉厚で鋭利過ぎるため、ロープの隙間に差し込む事が出来ない。他のナイフも面白愉快に改造した物騒な武器で、こうした単純な作業には向いていないのだ。込められた魔法の威力が高い上にどれも失敗作の売れ残りだったのだ。


「……いっそ、思い切ってミリ単位で斬りつけてみますか? 失敗すればケガをしますが、幸いにも僕は回復魔法も使えますしねぇ。どうします? 仮に指が斬り落とされても、くっつける事は出来るが……?」

「……普通にロープを切ってください。話を聞く限りだと、貴方が武器を振るえば失敗しなくても死にそうな気がします」

「即死じゃ治療は出来ないからなぁ~……どうしたものか」


 ロープは匠とも言うべき技で、隙間なく巻き付けられている。小さなナイフでもロープを切るのが苦労しそうな感じだ。しかも、良く見ればロープに鋼線が仕込まれていた。

 ナイフで切るにしても相応の切れ味が無ければ解く事は不可能だろう。


「ゼロス殿? これほどの数のナイフを持ちながら、まともな物が無いので?」

「無い。比較的まともな奴でも、中範囲の攻撃魔法が発動しますしねぇ~。冗談半分の嫌がらせに製作した物しか残ってないだなぁ~これが。普通にマトモなナイフはみんな売っちまったしなぁ~……」

「仕方がありません。私が愛用しているナイフをお貸ししますが、後で返してくださいよ?」

「持ってたんかい! それより、ミスカさんがロープを切れば良かったのでは?」

「この芸術的な梱包をした私に、自らの作品を壊せと仰るのですか? ゼロス殿は残酷です……」


 ロープで縛り付ける事に、何か拘りが在る様であった。

 仕方が無くナイフを借り、結び目のすぐわきを少しずつ切って行く。

 恐ろしく隙間が無く、ロープ自体も鋼線が編み込まれ以上に頑丈であった。


「いつかはお嬢様を亀甲……ゲフン! 聞かなかった事にしてください」

「……いま、何気にとんでもない事を言い掛けませんでしたか? それよりも、このナイフの形状がやけに物々しいんですが、何に使うんです? それ以前に、何故にナイフを常備してんですか?」

「それは、乙女の秘密です」


 借りたナイフは何と言えば良いのか……異様に物々しい形状をしていた。

 刀身は無駄に歪な形状をしており、辛うじてナイフだと分かるだが、どこかの民族が儀式で使用する様な異様なまでに邪で不気味な気配を醸し出している。

 明らかに血を吸っており血錆が染みついており、髑髏や蛇などの不気味な装飾が施され、一目で暗黒の気配が漂ってくる形状である。絶対に呪われている様にしか思えない。

 本当に何に使うのかが謎である。


「……どうでも良いですが、早くロープを切ってください。さすがにこの状態は苦しいのですがね?」

「これ……何処から手に入れたんでしょうねぇ? いかにも悪魔に捧げる生贄に、止めを刺すような代物なんだが……」


 禍々しいナイフを手にし、おっさんは色んな意味で戸惑っていた。

 クロイサスが解放されるのは、それから15分かかる事になる。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 おっさんは、ロープによる雁字搦めから解放されたクロイサスと共に、バイクの装備変更を行っていた。

 高級宿なだけに部屋が充分に広く、幸い部屋が一階だった為にバイクをインベントリーから出す事が出来た。しかし、床が悲鳴を上げているのには間違いないだろう。

 現に、今も床がミシミシと音を立てている。オプション変更は時間との勝負になりそうである。


「そこ、後輪のフレームを水平のままにしておいて。今、カバーを取り付けてから固定ピンを差し込みますんで……」

「素朴な疑問なのですが、なぜに後輪の骨組みが左右に動く様になっているんです?」

「サイドカーを取り付けると、実は真っ直ぐにしか走れないんだよねぇ~。で、湾曲した道を曲がるには、どうしても重心移動が出来ないといけないんだなぁ~これが……。

 後輪のフレームを稼働するようにして、サイドカーも曲がる方向に車輪が稼働する。これが無いと、この魔導具……魔導機かな? は、曲がれないんだねぇ~」


 バイクはその構造上、サイドカーが両サイドにあると重心移動で曲がる事は出来ない。

 だが、この魔導バイクは後輪のサスペンションの先が独立しており、留め金と固定カバーを外す事である程度左右に稼働する事が出来る仕掛けになっている。

 その後輪フレームにサイドカーが固定されたカバーを被せ、ボルトでを固定する事で、見た目はやけに長細い三輪バギーの様に見えるだろう。実際は四輪なのだが……。

 サイドカーがバランスを安定させる事で転倒を防いでいるが、サイドカーはカーブでは可動式固定フレームが浮き沈みするため、曲がる際には車体が振られる事も無く安定して曲がる事が出来るの筈だった。

 しかし前輪にもモータが仕込まれ車体の形状バランスも最悪なため、カーブでサイドカーが浮き上がる事もしばしあった。

 車体のシートを交換するのは元よりこのバイクは一人乗りであり、バイクシートの後ろに人を乗せる仕様になっていなかった。その為に別のシートカバーを変更せざるを得ないのだ。

 元より多人数が乗る設計では無いため、付け焼刃のオプション機構の所為で作業を面倒にしているたのである。


 ちなみに、サイドカーと二人乗り様のシートは、チェーンで繋がれた状態でインベントリーから取り出す事になる。

 これは別々に取り出すのが面倒なので、予め一つに纏めたのだが、大きさの問題から意味の無い配慮になっていた。インベントリーから引っ張り出さなければならないのである。

 軽量化しているが、大型の装備は邪魔以外の何物でも無かった。


「……この、盾か剣の様なパーツは何ですか? 見るからに武器の様な気がしますが……」

「ここでは秘密にしておくよ。何処に誰の耳があるか分かったもんじゃないし、このバイクを量産する気はないからねぇ。欲しければ、自分で作ってください。少なくとも、僕ぁ~作りませんよ?」

「……武器ですね。おそらくは内蔵されているのでしょう……。いったい、どんな武器なのか気になりますね……分解して見たいのですが?」

「駄目……。解体すると組み立てるのが面倒なんだよなぁ~、ソレ。装備に手間をかけすぎて、他が手抜きなんだよねぇ……。その分、単純構造だから無駄に頑丈にしてあるけど。

 未完成だから、人に見せるのも恥ずかしい代物だから、あまり深く追及しないでくれるとありがたい」

「これで未完成品ですか? ……素晴らしい技術です」


 おっさんから見れば玩具を大きくした程度でも、クロイサスから見れば未知の技術である。

 好奇心が刺激され、クロイサスは年齢よりも幼い子供のような表情であった。


「魔導錬成で適当に作ったから、見た目と外装以外は手抜きも良い所だし、外部武装に力を入れ過ぎて安定した性能じゃない」

「今、武装て言いましたが? それでもここまでの物を作り上げるとは……待って! 今、魔導錬成と言いましたね? 使えるのですか!? 魔導士の目指す到達点の一つですよ!?」

「え? 魔導錬成は錬金術と【魔力操作】、他にも【鍛冶師】や【彫金】などの職業スキルや創作系スキルをあるていどレベル上げれば覚えられるけどねぇ?

 寧ろ覚えてからの方が問題があると思うが……。不良品や欠陥品が大量に出来るし、望んだ性能や効果が出る品を作るのに、いったいどれだけの素材や鉱物を使い潰す事か……」

「魔導錬成は、魔導士が極める到達点の一つでは無いのですか? 私はそう聞き及んでいましたが……」

「簡単ではないにせよ覚えられるけど? 極めるには、かなりの素材を捨てる覚悟が要りますねぇ。僕は素材を集めるのに【採掘】や【採取】【薬師】のスキルも獲得しましたし、スキルが統合されて職業スキルに発展しましたね。最近、【神仙人】なんて職業スキルも出ましたが、いったいどんな理屈なのかさっぱりだ」


 元より大量のスキルを獲得し職業スキルに発展させたおっさんは、今ではちょっとした事で職業スキルを獲得してしまう。その事実を知ったときから、ゼロスは自分のステータスを見るのを止めた。

 出来る事や使える能力が勝手に頭の中に浮かび上がるのだ。一々確認するのも面倒になり、普段はあまり使わないので気にする必要はないと判断したのである。

 事実上、器用貧乏になっているのである。


「【神仙人】て、神なのか仙人なのか理解に苦しみますね……。東方の魔導士ですよね?」

「この世界がどんな理屈で動いているのか全然わからん。一応武術と魔法関係の職業スキルを極めたから出てきたスキルだと思うんですがねぇ、僕には今更いらない職業スキルなんだよなぁ~。知らない職業だし」


 ケーブルの接続作業をながらも、会話を弾ませるおっさんとクロイサス。

 ミスカはソファーで寛ぎながら、優雅に紅茶を楽しんでいた。


 その後もバイクは装備を変更され続け、両サイドに巨大なブレード状(若しくは盾であろうか)のパーツが接続された姿に変わっていた。

 ブレード上のパーツは可動アームで固定され、バイクの見た目はどう考えてもダークヒーローが使うような禍々しくもカッコいい姿に変化している。

 形状がやけに好戦的に見えるのは気のせいだろうか?


 一仕事を終えた二人は、テーブルを挟んで魔法談議に突入するのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「……と言う訳で、これが私が独自に解読し、新たに再構築した魔法ですが如何でしょう」

「魔法自体は一般的なものだけど、安定しているねぇ……。独学で此処まで出来れば及第点ですよ、実に丁寧に魔法式が構築されていますし、魔方陣の形状も悪くはない……点数で言えば85点かな」

「85点ですか、残り15点の至らない箇所は何処でしょう?」

「先ずは、魔方陣そのものが大きすぎる事かな? これを出来るだけ縮小できれば、それだけ他の魔法を覚える事が出来ます。魔法文字自体は問題が無いのですが、邪魔なラインが二か所存在してますねぇ。これが無ければ一人前魔導士として認めても良かったでしょう。

 あと気になるのが、魔法式の甘い箇所がいくつか。まぁ、初めての魔法陣作成ですからねぇ、細かい事は抜きにします」


 クロイサスは独自に既存魔法を再編集し、その出来栄えをおっさんに見せていた。

 魔法式の構成自体はまだ甘いが、それでも安定した効果を出す事が確認されたらしく、クロイサスが生産職の才能にも恵まれている事が良く解る。魔法スクロールを売り出せばそれなりの財産は稼げるだろう。

 大賢者に及第点を貰え、クロイサスは御満悦のようだ。

 

「出来れば魔道具を作りたいですね。魔石に魔法式を刻むのは知っていますが、実際に製作した事が無いのですよ。何か、コツの様なものは無いのでしょうか?」

「魔石に魔法式を刻むなら、【魔法制御】のスキルがあった方が良いね。魔法式を刻む際にしっかりと構築された魔法式を制御しきれないと、魔石内で歪な魔方陣が形成される事になる。

 こうなると、おかしな効果を発揮したり、魔力が漏れ出して大した効果が出ない場合があるかな」

「成程……だからセレスティーナや兄上は【魔力制御】を鍛えていたのですか……。スキルを上位スキルに鍛える事で様々な分野で応用する事が出来る様になる」

「まぁ、どんな魔導士を目指すかはあの二人次第ですからねぇ。僕からは何も言いませんがね」


 クロイサスは研究者なためか、知らない事を淡々と質問して来る。

 その質問に答えるにしても、おっさんは説明するのに少し難儀する事があったが、実に楽しいひと時であった。まるでゲーム時代の仲間同士で会話をするような錯覚を覚えるほどである。


「ところで、この魔法式の束なのですがねぇ……。何処に持っていたんですか? 君、簀巻きだったよね?」

「ミスカが持っていたのではないですか? 私は彼女から受け取りましたが……」

「いや、僕が扉を開けた時、ミスカさんは何も持っていませんでしたけどねぇ……」


 二人はミスカに視線を向けた。

 そのミスカはクールに眼鏡を上げ、一言こう呟いた。


「ゼロス殿、クロイサス様、メイドのスカートの中は秘密がいっぱいなのですよ?」

「スカートの中って……この書類の束、かなりの厚みでなんですがねぇ!?」

「どうやってこの束を……。辞典並に厚みがあるのですが、歩くのに邪魔になるでしょうし……謎ですね」

「メイドの秘密は知らない方が良いかと思いますよ? もし知ったら引き返せなくなりますから」

『『……どんなメイドなんですか!? 引き返せないって……知ったらどうなるんだ?』』


 メイドは雇われて身の回りの世話などをする女給の筈であるが、ミスカの言うメイドは何やら得体が知れなかった。聞いてみたい気もするが同時に嫌な寒気を覚える。

 二人はメイドと言う職業に対して、何か不吉な気配を感じている。

 そんなミスカは眼鏡を光らせ、静かに微笑みを向けているだけである。正直怖い。


「……さて、ではそろそろ本題に入ろうか。先ずはコレを渡しておきましょう」


 おっさんが取り出したのは指輪とアミュレットである。

 どれも飾り気は無いが、指輪には良く見ると複雑な幾何学模様が刻まれ、小さな魔石が申し訳ていどにはめ込まれている。

 アミュレットも同様に、魔石のついたプレートに紐が付けられた簡素なものだが、信じられないくらいの魔力が封入されている事が分かる。

 クロイサスはそれぞれを手に取り、思わず息を吞む。


「こ、これは……魔道具ですか? どのような効果があるか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「アミュレットは攻撃に対して自動的に障壁を展開する効果で、指輪は僕の持つマスクに連動して居場所を伝えてくれる。危険が迫った時に魔力を解放すると、特殊な波動が出て僕に知らせる事が出来るようにした」

「三つ……。私達にそれぞれ用意したと言う事で宜しいですか?」

「あぁ……今回狙われているのは恐らくツヴェイト君だろうが、もしかしたら君達二人も狙われるかも知れない。念のために用意させて貰った」


 ウィースラー派を牛耳っていた血統主義派は、ソリステア公爵家が邪魔で仕方が無い事だろう。

 此処に跡取りを含む三人が揃う以上、全員を狙う可能性もあるのだ。

 学院の恒例行事にかこつけて、事故に見せかけて始末するなど浅はかな考えを起こす可能性を考慮し、万が一に備えて用意した魔道具であった。


「まぁ、三人同時に襲撃なんてしたら、自分達がやりましたと言っている様なものですがね。ですが、浅はかな考えで行動する連中のようですから、準備をしておくに越した事はありません」

「これは素晴らしい……ぜひ研究してみたいですね」

「……クロイサス君。君、ツヴェイト君たちに渡さず、懐に収めようなんて考えていませんいよねぇ?」

「ギクッ! ……な、何故そう思うのですか?」

「僕なら真っ先に懐に収め、知らん顔しているからですよ。君は性格が僕に似ていますから、何となく行動が読める……」

「・・・・・・・・・」


 もの凄い説得力だった。

 クロイサスは前々からゼロスと性格が似ていると言われていたが、まさか本人からも同じ事を言われるとは思ってもみなかった。そして、クロイサスは目の前の魔道具の誘惑に対して抵抗力が低い。

 間違いなく寮に持ち帰り、二人に渡す事無くそのままになる自信があった。

 クロイサスの背中に嫌な汗が流れる。


「ミスカさん、このアイテムを二人に渡しておいてください」

「かしこまりました、ゼロス殿。お二人には私からお渡ししておきます」

「お願いしますよ。これは護衛に必要な切り札の一つだから、確実に」

「ゼロス殿……私は、そんなに信用が置けないのでしょうか? 確かに魔導具には興味はありますが……」

「僕は自分が信用できませんからねぇ。趣味に関しては高確率でそちらを優先しますから、特に」


 クロイサスにとっておっさんは互いに天敵だった。

 行動が読まれるだけでなく、二人の人格がどこか似ているからか、クロイサスもゼロスの考えている事が分かってしまう。

 気は合うが、互いに敵に回せない間柄であると自覚するのである。 


「まぁ、この二つだけでも良いでしょう。ぜひ効果を試してみたいものです」

「本気で懐に入れる気だったか……やっぱり似ている。気を付けよう……」

「ゼロス殿は身の回りはきちんと整理されていると伺いましたが? クロイサス様は真逆に位置します」

「似てない所もありましたか……。それだけが幸いか」


 おっさんは自分そっくりな人間となど会いたくも無い。

 性格が似ていても、あくまで似ているだけで別の一面があると知り、正直安心していた。

 

 何にしても制作したアイテムはツヴェイトとセレスティーナの元に渡り、準備は整ったといえる。

 だが、この実戦訓練でツヴェイトの護衛に着けるとは限らず、後は運を天に任せるだけである。


  

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