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おっさん、首を突っ込む

 欠食児童は食い意地が凄まじかった。

 食事中の礼儀などと云う物は存在せず、ただ目の前の料理を片っ端から手を付けて行く。

 屍に群がるハイエナの如く、四人の子供達の食いっぷりは実に野性的である。

 対してカエデの食事姿は実に静かなもので、見ているだけでも気品の様なものが感じられる。


 そこに一切の会話は無く、ただ一心不乱に目の前の料理を胃袋に収めている。

 

「何と言いますか……野生児ですね」

「教育が行き届かないみたいで……すみません」


 よほど恥ずかしいのか、ルーセリスは身を縮こませて俯いてしまう。  


 食える時には徹底して食う。

 孤児院に入る以前、路地裏生活を送っていた四人は、飢えの所為で暴食の習慣が身についてしまっていた。

 腹が減っては戦は出来ぬと言うが、この子供達は野生の本能でそれを理解しているようである。


「君達は普段、何をして遊んでいるんですか? 畑仕事をしている時は見かけませんが?」

「モガ? ンギョ、ハマギョハヒ」

「ヒョウヒ、ホハヘハホハヘフハハ」


 ハムスターやサルのように頬に食べ物を溜め込んで喋るので、何を言っているのか分からない。

 少々困り、ルーセリスを見ると彼女は苦笑いを浮かべていた。


「最近、領主様の始めた慈善事業で街のお掃除に行っているんです。僅かにお金が貰えますし、ゴミの量次第では少しお小遣いが増えますから頑張ってますよ」

「なるほど、自立を促すには良い方法です。他人に寄生するようになっては人として終わりですからね」

「何でも多額の寄付をしてくれた方がいるそうで、その寄付金でこうした慈善事業を行っているようです。子供達を利用してお金を巻き上げる大人には懸賞金が懸けられるそうで、犯罪奴隷になってしまうそうですよ?」

「徹底してますね。慈善事業を悪用するばかりか、子供を利用する大人なんて禄でも無い人間が多いですから当然の処置でしょう」


 その慈善事業の金はゼロス自身が寄付したもので、序にアイデアも幾つか出したのだが、その事を本人はすっかり記憶から忘却していた。

 これは、余計な金を持っていると身近な禄でも無い人間が近づいて来るのを、身を持って体験していたからだろう。

 特に、彼は姉のような人間が来るのを無意識に避けるようにしている。


 大金を持つ事をゼロスの本能は病的レベルで拒絶し、無意識に必要な金しか持たない様になっていた。

 ある意味では健全と言えるが、貯金も人並み以下にする為あまり貯まる事はない。

 それでも一般人が数年は暮らせる金を持っている所為か、彼は質素な生活を貫いている。

 節約生活でも七年は暮らせるだろうが、本人が自覚していないだけに実に不憫な体質である。


「既に何人かが捕縛されて、取り調べられた後に奴隷にされたようです。中にはお酒に溺れた親を子供が通報して、衛兵に捕まえさせたとか……。親の責務を放棄するなんて信じられません」

「大方、仕事で暴力沙汰を起こしいたり、奥さんに逃げられて自棄を起こしていたんじゃありませんか?」

「ですが、子供が実の親を売るなんて……間違っている気がします」

「子育てを放棄して、子供を虐待していたのかも知れませんね。恨まれていたとしたら自業自得だと思いますが?」


 他人の親子関係で胸を痛めるルーセリスと、物事を極端に悪い方向から見るゼロス。

 彼女の純粋な優しさは聖職者としては立派ではあるが、その家庭に対して何もしていない以上は偽善になり、ゼロスはどこにでも悲劇は転がっていると現実的に達観して見ていた。

 冷徹にも思えるが、単に病んでる現実主義者なだけである。


「君達は将来、何になりたいとか夢などを考えているのですか?」

「アタシらは、カエデに剣を教えて貰ってるよ? 強くなってぇ~、そんでお金を貯めて毎日ゴロゴロ寝て暮らすんだぁ~」

「将来は傭兵になって、ダンジョンへ行くのさ。そして金を貯めてぇ~嫁さん十人は欲しいかな?」

「一攫千金、男の花道。甲斐性無しに明日は来ないさ」

「そして儲けたら肉を食う。肉の為に俺達は働く」


 全然子供らしくなかった。

 かなり博打的な考えで、しかも欲望に忠実。

 ある意味で凄く強く、そして逞しい。


「腕白でも良い。逞しく育ってますね?」

「うぅ……何故か不安になります。いつか、とんでもない事をやりそうな気がして……」

「某は腕を上げて、世界中の強者と死合したいと思ってます。強くなくては義は語れませんから」

「こっちはやけに物騒……いま、『死合』と言いませんでしたか?!」


 侍ハイ・エルフは冥府魔道の道を夢み、子供とは思えない物騒な笑みを浮かべていた。

 ハイ・エルフとは到底思えない、実に血生臭い危険な将来である。

 むしろ、ダークエルフに近いかもしれない。


「『火花散る、冥府魔道に生きるとも、侍魂刃に秘めん』が我が家の家訓です。己を鍛えるのは実戦が一番良い」

「どこの侍ですか……。修羅か羅刹の道を突き進む気ですか、君は」

「それで剣が極められるのであれば本望です。刀など人を斬ってなんぼですから」

「それは既に侍じゃありませんよ。只の人斬りです」

「それもまた、一興。前に進むだけが道じゃありません。時には裏街道を全力で駆け抜ける勇気も必要」

「ロックですね。それでお尋ね者になったら洒落に為りませんけど……」


 既に修羅の道に落ちた子供には何を言っても無駄だった。

 親の顔が見たいとも思ったが、会った途端に死合を挑まれそうなので思い止まる。

 おそらく、まともなエルフでは無い事が予想で来てしまうからだ。


「『死して屍拾うもの無し』など、子供が考える事では……」

「あ~~っ! おじさんだ」


 若い身空で野ざらしで死んでいる姿を思い浮かべ、苦言を呈して自重を促そうとした矢先、どこかで聞いた声で遮られてしまう。

 振り返ると、其処にはイリスを含む三人の傭兵パーティーの姿があった。

 ただし、見た目が可成りボロボロであったが……。


「ジャーネ!? どうしたのですか、そんなにボロボロになって……」

「仕事で失敗した……。恐ろしく手強い相手でな…新調した剣が叩き折られた」

「何と戦えば剣が折られるんですか……。怪我はしてませんね?」

「あぁ……心配かけてすまない」


 ルーセリスとジャーネは知り合いの様であった。

 ただ、今は余計な事に口を挿まず、おっさんは傍観を決め込みパンを口に運ぶ。


 三人の頬などに薄く残る紅葉型の痣が気になったが……。

 

「おじさんは、何でシスターと食事してるの? それ以前に知り合いだったの?」

「収穫の手伝いをしてもらいまして、そのお礼に食事に誘っただけですよ。それより、何と戦ったらそんなに激しく破損するんです? ドラゴンとでも出会いましたか?」

「ある意味ではドラゴンだった……『アチャ―――ッ!!』の方だけど…」

「格闘家? 賞金稼ぎにでもなったのですか?」

「違う……【ワイルド・コッコ】……」


【ワイルド・コッコ】――見た目は鶏だが立派な魔物である。

 防御力は低いが俊敏で、主に蹴り技を多用して来る格闘型の鳥であった。

 進化すれば【コカトリス】に変貌するが、其処まで行くのには複数回の進化を遂げなくてはならず、比較的弱い魔物に分類されている。

 卵が美味で重宝されているが、気性が荒い事で有名な魔物である。


 少なくともイリス達が負ける様な魔物では無い。


「鶏ですよね?」

「鶏よ。凶暴だけど……」


 大剣を叩き折る様な鶏を果たして鳥と言えるのか疑問だが、少なくともゼロスは鶏を飼う心算であった。

 だが、ここまで容赦なく傭兵を叩きのめす鶏を飼う事が出来るのか、養鶏計画を練り直す必要性が出て来る。


「そんなに凶暴なのですか? 鶏ですよね?」

「鶏よ。ただ、集団で攻めと来るのよ……連携して……」

「それは怖い。カラスみたいに集団で襲い掛かるのでしょうかねぇ?」

「そんな生易しい物じゃないわよ! アレは鳥じゃない……鳥でありながら龍の道を行く生物だわ…」

「カンフーバードですか? まぁ、異世界だからそんな魔物もいるのかも知れませんが……」

「カンフーバードじゃないわ。アレはヌンチャクも使うし、三節棍も振り回していたわよ?」

「別にいるんですか……」


 何故かパンダがカンフーハッスルしている画面が脳裏を過る。

 それは兎も角として、どうやら紅葉型の痣はワイルド・コッコの足型であったようである。

 異世界は変な生物がいるようだ。


 不思議がいっぱいのファンタジーワールドは、時折摂理を無視した非常識な生物を生み出していた。

 だが、この世界ではそれが当たり前であり、摂理である事が頭の痛い所だろう。

 特に狂った猿などが印象的である。


「せっかく新調したのにあっさりと……。ミスリルも使ったのに……」

「鍛え方が雑だったからじゃないですか? 背中に背負うほどの重量武器が、そう簡単に折れるとは思えませんけどね」

「それなんですけど、ゼロスさん……。ワイルド・コッコは武器破壊技の【ブレイカーキック】を使ってたのよ。どう考えでも亜種だったわ」


 レナの供述で、相当格闘能力が高い事が判明した。

 武器破壊技は【格闘師範】のスキルに到達していないと覚えられない技である。

 これが【格闘鬼】に変化すると、同じ技でも武器を破壊した瞬間に威力が衝撃波となり、相手に直接的なダメージを与える技に変化する。


 ORGではレベルが低いとスキルも低く、例えスキルレベルを上げてもアバターのレベルが上がらなければ一定のレベルでスキルは成長を止めるが、現実は低レベルでも鍛錬を続ければスキルは上位になる事がある。例えレベルが低い魔物でも、スキルが上位であると侮れないの強さになるのがこの世界の現実であった。

 つまり、ワイルド・コッコはそれ程までの鍛錬を積んできた事になるのだが、魔物がスキルの鍛錬をするとは到底思えない。


「それ、野生の魔物なのですか? 明らかにおかしい気がしますが……」

「元傭兵の依頼人が育てていたらしいけどね、手に負えなくなったから始末して欲しいと依頼が来たんです。人に育てられた所為か言葉を理解しているみたいで、殺されると思ったのか反旗を翻したみたいです」

「卵を売るためにですか? それにしては格闘スキルが高い気が……」

「卵を集めようとすると襲い掛かって来るので、応戦してたら強くなってしまったとか……」


 環境に適応した結果、自然にスキルが鍛えられ飼い主よりも強くなってしまったらしい。

 一羽自体はそれほど強く無くとも、集団で襲って来るとなると脅威になりうる。

 

「また稼がないと……けど、予備の剣じゃ心許無い…」

「ジャーネ、元気を出してください。命が無事でなだけでも良かったと思わなきゃ駄目ですよ」

「だが、アタシは傭兵だぞ? まともな武器が無ければ仕事にならない……」


 剣を叩き折られ意気消沈のジャーネは、ルーセリスに宥められていた。

 傭兵の仕事は決して楽な物では無く、ランクが低い三人には余計な出費は生活に大きな影響を与える。

 まして、武器や防具は手入れや修復など何かと金が掛かり、生活費よりも遥かに高くつく。

 新調して直ぐに叩き折られるとなると、もう『ご愁傷さま』と言う他ない。


「おじさん、何とかならない? 剣を折られてから、ずっとあの調子で……」

「思ったよりメンタルが弱いですね。何なら僕が直しましょうか? 作る物がありますから、物のついでに新しく作り直しますけど?」

「ホントか?! けど、払う金が無いぞ?」

「材料は折れた剣と魔石があれば属性付与が出来ますし、大した手間でもありませんよ。どうします?」

「うぅ……タダで直して貰えるのはありがたが、何か悪いような……」


 一見、男勝りなジャーネだが、彼女は実は気が弱い。周りに知り合いがいる時だと強気に出れるが、内面は小心者なのだろう。

 こうした状況で人の好意に甘える事に対して、罪悪感を感じる程に臆病だった。

 

「まぁ、軽く作り直すだけですが……折れた剣を見せて貰っても良いですか?」

「別に良いが、こんなのを見てどうすんだ?」


 ゼロスは少々気になる事があり、折れた剣を鑑定する事にする。


「武器破壊を受けたと言っても、真新しい剣が多少刃毀れする程度で、いきなり折れるなんて普通では考えられないんですけどねぇ~。幾度も同じ攻撃を同じ個所に受ければ別ですけど……」

「手抜きの剣だったと言うのか? 一応ミスリルも含まれている筈だぞ。アタシは素材をちゃんと渡したんだから」

「尚更おかしいですよ。僅かでもミスリルが含まれているなら、武器破壊技を二・三十回は受けないと折れませんて。直すにしても、実際どの程度の剣なのかを知る必要がありますからね」

「これなんだが……」


 ジャーネが背中の鞘から引き抜いた大剣は、中央から綺麗に折られていた。

 折れた剣を手に持ち、断面や重心などを丁寧に鑑定し始める。


 ===========================


【屑鉄の大剣】

 鉄で鍛えられた大剣(劣)

 ミスリルは一切含まれていない見た目だけの武器。

 鍛え方も甘く、正直三流以下の作品。

 耐久度も低く無居に等しい、最悪一度の武器破壊技で砕ける。

 付加能力は一切無い。

 商品としては手抜きレベルで、飾りとしてしか使えない。

 武器としては信用できない。


 ===========================


「この剣、ミスリルは一切含まれてませんよ。どこの工房で作られた武器ですか? 武器としては使い物に為らない出来損ない剣みたいですが……これは酷い」

「嘘だろ!? アタシは、確かにミスリルも渡した筈なのに……なぁ、イリス……」

「うん。お金も払ったし、職人さんが『ミスリルを加えて頑丈にした』て、確かに言ったし」

「騙されたんじゃないですか? これじゃ詐欺ですよ。実用性が全く無い武器のようですし、これを実戦で使ったら死にますね」


 鑑定の結果は只の飾りにしか使えない剣だった。

 こうなると、他にも犠牲者がいる可能性が高い。


「話は戻しますが、どこの工房なんですか?」

「あぁ……確か、職人通りの一番端にある工房だったかな? クソ! あの親父、騙したな!」

「「「「何ぃ―――――――――っ!?」」」」


 背後で食事をしていた傭兵が、一斉に立ち上がった。

 彼等は女性ばかりのパーティーが気になり、こっそり此方の会話を聞いていた様である。


「おっさん、あんた【鑑定】できんのか? 俺達の武器も見てくれ!!」

「俺達も、あの武器屋で武器を作ったんだよ!!」

「頼む、調べてくれ!! 俺達もミスリルを使った剣なんだが、今の話で不安になった」

「俺は楯と防具だ!! もしかしたらと思ったら気になりだしてよぉ、頼む!!」

「まぁ、良いですけど……」


 調べてみれば、彼等の剣も工房を持つ鍛冶師が作る様な剣や防具では無く、多少鍛冶仕事をかじった程度の者が鍛えた劣化製品の物だと判明。更にミスリルはどの武器や防具にも使われておらず、身を守るための道具としての価値あまりに低い。

 傭兵が必死に集めた希少金属を、どうやら裏で売捌いている可能性が出て来た。


「あの親父……ふざけた真似しやがって!!」

「ぶっ殺してやる!!」

「殺すのは後だ。その前に生まれてきた事を後悔させてやんねぇと……」

「ククク……たっぷりお仕置きしてやんねぇとな…」 


 傭兵達は怒りに任せて食堂を出て行く。

 無論食事の代金は支払ったようだが、彼等は殺意を隠さず勢いよく飛び出して行った。


「衛兵を呼んだ方が良いですね。下手をすれば殺されますよ、これを作った鍛冶師は……」

「そうね。じゃぁ、私が衛兵を呼んでくるわ」

「頼んだレナ、アタシは先に武器屋に行く。一発殴らなきゃ気がすまない」

「ジャーネ一人じゃ不安だから、私も一緒に行くよ。あの鍛冶師が逃げられない様に裏に回って、退路を塞いでおかないと」


 疲れている中、三人も急いで外へと出て行く。


「大変ですねぇ~……」

「ゼロスさんは行かないんですか?」

「僕が? 何故?」

「いくら犯罪を犯した人でも、下手をしたら殺されてしまいます。誰かが冷静になって止めないと、罪を償わせる事が出来ません。万が一ジャーネが人を殺したりでもしたら……」


 真剣の表情でジャーネ達を心配するルーセリスに対して、『嫌ですよ。めんどくさい』とは言えない。

 それ以前にジャーネは傭兵として既に人を殺している。恐らくは、ルーセリスには言っていないのだろう。

 いや、言えないのかも知れない。

 仕方なく溜息を吐きながら立ち上がる。


「お勘定は済ませておきますので、ゆっくり食事をして行ってください」


 そう言い残しカウンターに向かう。

 支払いを済ませた後に使い魔を放ち、イリス達の居場所を追跡させる。


「それにしても、ワイルド・コッコですか……飼ってみましょうかねぇ?」


 知らない鍛冶師よりも、美味い卵を産むワイルド・コッコに興味を持っていた。

 どんな味なのかを想像しながら、おっさんは件の武器屋に向かう。


 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 イリス達の後を追いかけ、おっさんは職人街に来る。

 石畳を敷かれた街道の左右には様々な工芸品や食器、更には武器や防具などの工房兼店舗が立ち並んでいる。時折変な臭いも漂って来るが、おそらくは革製品を扱う工房であろうと判断した。


 使い魔の視点から周辺の地形を把握し、裏に回る形でイリス達の後を追う。


「いましたか。まだ件の鍛冶師を殺してませんよね?」

「いや、殺さないぞ?! アタシはそんなに血の気が多い訳じゃない」

「おじさん……私達は盗賊相手でも人殺しはしないんだけど……」

「いつかは殺さないといけない時が来ますよ。命の値段が安い世界ですからねぇ」


 イリスは、未だに人を殺す事に躊躇いがあるようだ。

 人としては正しい事なのだが、命の値段が安いこの世界に置いて覚悟が足りないと言わざるを得ない。

 ましてや傭兵は護衛などの依頼も受ける訳であり、盗賊に手加減をして恨まれでもしたら、執拗に狙われる事になり兼ねない。


 例え魔物専門の傭兵だとしても、盗賊達は相手を選ばずに襲って来るのだ。その時に躊躇えば下手をすると自分が死ぬ事になる。

 実際、盗賊に捕まっていた事がある為に、おっさんはある程度は覚悟を決めておいた方が良いと言っているだけである。


「この先が、工房の裏手になりますが……随分と狭い路地ですね」

「この辺りは人気が無いだけでなく職人達の搬入口だからな、余計な広さは必要ないらしい。評判の鍛冶師だって話だったのに……」

「ひょっとして、噂を聞いて注文したんですか? 自分の行き付けでなく?」

「アタシらは拠点を構えないから、そんな店は無いよ。明日は別の街にいるかも知れないし」

「だとしたら、噂を流したのも仲間かも知れませんね。土地勘のない傭兵から希少金属を手に入れる為のデマの可能性もあり得ますよ」


 ミスリルと云った希少金属は高値で取引される。

 掌サイズの物があれば、農民でも節約して数年は遊んで暮らせるほどだ。

 例えそれが小さな欠片だとしても、数が増えればそれなりの重量になる事で価格は跳ね上がる。

 また、こうした希少金属は魔物などが生息する僻地でのみ採掘される事から、国によっては価格に極端に差が出て来るのである。


「こことは別の国で売り払い、かなりの儲けが出るでしょう。裏組織でもあるんですかね?」

「そんな事よりも、アタシが預けたミスリルが気になる。幸い傭兵ギルドで重さを記録しているから、あの詐欺師を捕まえれば戻ってくる可能性が高い」

「ジャーネ……騙された事よりもミスリルが心配なんだぁ」

「当然だ。武器は傭兵にとって命綱だぞ? 良い武器であれば生存率が高まる!」

「代わりに有象無象からつけ狙われますけどね。良い武器は自分で作るよりも奪った方が安上がりですから」


 おっさんは一般論を言っただけなのだが、二人には白い目で見られていた。

 そんなゼロスは涼しい顔で路地裏の小石を数個拾っていた。


「おじさん……何でそんな事を言うかな?」

「武器にミスリルが使われるなんて、誰もわからないだろ。誰が言いふらすんだよ」

「見ただけで判別できますよ。剣自体の輝きが違いますからね、偶然でもそんな武器を持っていた事を知られれば、それを狙って腐った連中が来るなぁ。ましてや持ち主が女性なら、別の意味でも狙われるでしょうし」

 

 モラルが成立するのは町や村の中でのみで、一歩でも外に出れば弱肉強食の野蛮な世界である。そんな危険な世界にいる事に対してイリスは危機感が低い。

 また、ジャーネも人が良すぎた。


「イリスさんも少し考えたらどうです? ゲームでは無いんですよ? 死んだら終わりの野蛮な世界なんですよ、ここはね」

「うっ……けど、人を殺すのはちょっと……」

「殺人を楽しめと言う訳ではありませんよ、生きる残る為には殺す事も視野に入れろと言っているだけです。実際、僕は盗賊を殺しましたしね」

「けど、魔物と人間は違うじゃない。殺意を持つ事はあっても、殺したい訳じゃないし……」

「奴隷にされそうになった被害者とは思えませんね。魔物とて生物ですよ? 人間と同じように生きて、生きる為の殺し合う。第一、モラルの欠如した人間に対して躊躇う必要は無いでしょう? 獣と変わりはありません」


 生きるか死ぬかの世界で躊躇えば死ぬのは自分である。

 ファーフランの大深緑地帯に落とされて嫌でもその事実を知り、敵と判断したら人間でも殺す覚悟を持ったゼロスに対して、イリスは少し恐怖を覚える。

 だが、文明社会歳て未発達なこの世界でモラルを持つ事は決して悪い事ではないが、そのモラルは比較的に低い人種が多いのも確かなのだ。


 おっさんはこれでもイリスの事を心配しているのである。

 まぁ、同郷のよしみ程度の物ではあるが……。


「ん? どうやら向こうは既に始まっているようですね」


 件の武器屋は外壁に面した場所で、裏道には先に文句を言いに来た傭兵達の怒号が響き渡っていた。


『何だよコレは、只の出来損ないじゃねぇか!! 俺達の金を返しやがれ、ヘボ鍛冶師!!』

『見た目は綺麗に出来ているようだが、実用性がねぇじゃねぇか!!』

『まさか、ミスリルを手に入れるためにこんな真似をしたんじゃねぇよな?』

『どうなんだよ。糞親父!!』

『そんな筈は無い!! お前等、変なケチを付けんじゃねぇ、証拠はあんのかよ!!』


 工房の主は非を認める気は無いようである。

 それどころか開き直り、まるで被害者かと言わんばかりである。


『鑑定持ちが言ったんだぜ? これ以上の間違いはねぇだろ!!』

『ふざけた真似しやがって、覚悟はできてんだろうな?』

『だから証拠を見せろって言ってんだろ!!』


 まるで取り合わない。

 確かに、剣にミスリルが使われているかなど熔かして見なければ判らないが、その間に逃げられては元もこうも無い。

 

『おう、そこまで言うんだったら衛兵を呼んでやるぜ。この剣を熔かしてミスリルが出て来なければ、あんたは有罪だからな』

『んじゃ、俺が呼んで来る。この糞親父を逃がすなよ?』

『工房の中にミスリルが残されてるかもしれんな、衛兵が来たら返してもらえるだろう』

『クッ! 好きにしろ。だが…この工房からミスリルが出なかったら、お前等にも責任を取ってもらうからな!』


 まるでミスリルはこの場に無いと言っている様な言い草であるが、そんな会話が成されている時に裏口が開き、四人のガラの悪い男達が木箱を二人がかりで抱えて出て来るところであった。


「なるほど。やっぱり裏から持ち出す気だったわね? その箱の中にミスリルが入ってるんでしょ!」

「逃がすと思っているのか? この詐欺師共め!」

「クソっ! 裏にも居やがった。しかたがねぇ、お前等!!」

「「「おうっ!!」」」


 男達はいきなりナイフを抜き、こちらに向かって走り出す。

 しかし……。


 ―――チュイィン!!


 金属が弾かれるような音と共に、一人の男がナイフを落す。

 いや、再び同じ音が響き、また二人の男が持っていたナイフが弾き飛ばされる。


「いっ! な、何だ?!」

「ただの石ですよ。【指弾】て技なのですが、知りませんか?」

「てめぇ……武闘家か!?」

「いや、ただの冴えない魔導士ですが?」

「嘘つけぇ、どこの世界に格闘家の技を使う魔導士がいるんだよ!!」

「ここにいますが?」


 ・・・・・・・・・・長い沈黙が流れる。


「マジか……」

「指弾て、確か……初歩の技だよな? スゲェ威力でナイフが弾き返されたぞ?」

「あぁ……とんでもねぇ手練れだ……」

「頭に受けたら死ぬぞ? どうせ安い金で雇われただけだし、降参するか?」

「こっちとしては、どちらでも構わないんですがねぇ。早めに決めてください」


 チンピラ風情の男達は顔を見合わせる。

 目の前には得体の知れない魔導士と、お子様と気の強そうな美人。

 女二人連れなら勝てるかもしれないが、胡散臭い魔導士は彼等には勝てる気がしなかった。


「お、お前等、まだこんな所に居やがったか!!」

「「「「ゲッ!? 雇い主の糞親父!!」」」」

「誰が糞親父だ!! さっさとそいつを届けて来い!!」


 裏口から出て来た壮年の親父が、チンピラたちを見て怒鳴りつける。

 頭は禿ており、見た目はいかにも金にガメツイそうなおっさんだった。


「けどよ、こっちも退路が塞がれてんだよ。荷物を持ったままじゃ進めねぇ」

「あん?」


 禿オヤジがゼロス達を睨み、舌打ちする。


「あんたら、そこをどいてくんねぇか? その箱は領主様に届けなきゃ為んねぇ物だ。それを邪魔したともなれば、あんた等はただじゃ済まねぇぞ?」

「領主様にですか? 何なら、僕が届けましょうか? 幸い彼とは顔見知りですし、お金が掛かりませんよ?」

「馬鹿を言うな。領主様が、お前みたいな胡散臭い魔導士と知り合いな訳ねぇだろ!」

「ところがどっこい、僕は知り合いなんですよねぇ~。何なら、前領主のクレストンさんに聞いてみますか? 案内しますよ、近所なのでね」


【煉獄の魔導士】の名を出された瞬間、禿オヤジの顔色が悪くなる。

 前領主を【さん】付けで呼び合うような人物がこの場にいた事が計算外であった。

 今の一言で嘘だと言うのがバレ、墓穴を掘ってしまった事に気付く。


「どうせ領主の依頼の物だと言っておけば、この場を切り抜けられると思ったのでしょうが……考えが甘かったですね。領主の名を名目に使った時点で犯罪ですよ? それに貴方はミスを犯しましたね。相手の交友関係を確かめず、とっさに嘘を吐いた事で自分の立場を悪くさせました」

「う、嘘じゃねぇ!! それは確かにソリステア商会の……」

「じゃぁ、僕が届けても良いでしょう? 幸いにも知り合いですし、デルサシス殿にも宜しく言っておきますよ」


 領主の知り合いがいる以上、ここで拒絶しては怪しまれる。

 しかし、荷物を渡す訳には行かない。


「そ、それは魔道具なんだよ! 極めて危険な奴でな……取扱いに長けたものでないと危険だ」

「安心してください。危険な魔道具なら、僕も数百個作ってますから慣れてます。遠慮せずに、どうぞ任せてください」

「あ~……確かにおじさんなら作りそう。それも、とんでもなくヤバい道具……」

「実際作りましたよ? レイドで数百人の仲間が吹き飛びましたけど……。アレは実に爽快でしたよ。ムカつくギルマスが一瞬で星になりましたからね。おかげで悪名が響き渡りましたが……」

「叔父さんの二つ名が広まったのって、それが原因だったんだ。納得! それより、鍛冶師が魔導具を持っているのって、おかしくない?」


【殲滅者】の由来を知り、イリスが妙に納得している。

 確かにヤバい魔導具を無数に作り出し、その危険物は現在ゼロスのインベントリーに封印されていた。

 この世界に転生した時に、同時に危険物も再構築されていたのである。

 無論、使い道が無い【危険物】としてと言う意味だが……。


 嘘を吐き続けるたびに泥沼にはまる禿オヤジが、次第に焦り始める。

 その瞬間を狙ったかの様に、ゼロスは指弾を木箱に向けて撃ち込む。


 ―――バゴッ!!


 派手な音を立てて木箱は四散し、中から無数の鉱石が威力によって周囲に散らばる。

 散乱したのは白銀の金属を含んだ鉱石であった。


「ミスリル鉱石……騙して集めたこの鉱石を何処へ運ぶ気だったんですか?」

「てめぇ……やってくれたな!! 俺が奴等に殺されるじゃねぇか!!」

「知りませんよ。しくじったアンタが間抜けなだけでしょうに。まぁ、どの道、牢送りは間違いないでしょうがね」


 既に禿親父には後が無い。

 仮に逃げ延びたとしても、依頼主がこの親父を許す筈が無い。

 余計な事を言われる前に始末されるのが目に見えている。


 退路を断たれた親父は転がっているナイフに目を向けると、それを手早く拾い、ゼロスに向かって走り出す。


「そこをどけぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ナイフを握りしめ突き出された腕を軽く掴むと、勢いを殺さずに肩に掛ける様に巻き込みつつ、同時に腰のバネを利用して投げ飛ばした。

 見事なまでの一本背負いで、禿親父は石畳に勢い良く背中を叩きつけられる。

 体が麻痺して動けない所をすかさず鳩尾に掌底を叩き込まれ、そのまま気を失った。


「衛兵さんは、まだですかね……?」


 気絶した禿親父を無視し、ゼロスは徐に煙草を咥えて火を点けた。

 白い煙が裏道を漂い、静かに風に流されて行く。


「アタシ……何のために此処に来たんだっけ?」

「ジャーネ……ミスリルを取り戻すためでしょ? まぁ、出番が無かったのも残念だけど、おじさんが強過ぎるのがいけないんだから、気にしない方が良いよ?」

「ところでイリスさん、君達が討伐に失敗したワイルド・コッコがどこに居るのか教えて下さい」

「おじさん、ワイルド・コッコを倒すの? 凄く強いよ?」

「いえ、ただ飼ってみようかと思っているだけです。卵が美味しいらしいですからね」


 米を手に入れた以上、次は美味しい卵を狙うおっさん。

 日本酒を作るのに時間が掛かる以上、彼はTKGを求め動き出す。

 だが、彼は忘れていた――TKGを完成させるには醤油が必要である事を……。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後、レナが連れてきた衛兵により鍛冶師の禿親父は捕えられ、連行されて行った。

 チンピラたちは金で雇われた運び屋で、運ぶ荷物の中身は知らされていなかった為に、数日で釈放される事になる。ある程度ヤバい物であるとは思っていたらしいが、生活のために金が必要だったらしい。


 調べによると、この禿親父は裏組織の末端で、ミスリルを騙して集め裏組織の資金稼ぎに使われていただけである事が判明。

 数日後、芋づる式に組織関係者が捕らえられ、サントールの街から一掃される事になった。

 

 意外に大規模な組織であったらしく、商人が行き交うこの街から犯罪集団が激減した事により、街の治安の何割かが改善される事になった。

 また、他の街の拠点もある程度調べがつき、各領地で同時に一斉捜査が始り、資金調達の場が一気に消える事となる。

 犯罪組織にとっては大打撃に繋がる事となった。


 その切っ掛けに繋がった傭兵達とおっさんは賞金を貰い、暫く生活に困らない程度に懐が膨れた。

 そんなおっさんは、今日ものんきに煙草をふかしていた。

 

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