おっさんのいない日常 その2
ツヴェイト・ヴァン・ソリステア。
おっさん魔導士の教え子にして、ソリステア公爵家の長子でもあり、後継者でもある。
自身もその事は自覚しており、常に研鑽を怠らない真面目な所がある。
そんな彼は現在、所属している派閥【ウィースラー派】の戦術論議に参加していた。
だが今の彼には目の前で語り合う論争が、酷く現実から掛け離れたものであると感じていた。
「だから、この場に騎士団を配置し、魔導士団は左右に展開して魔法攻撃をすれば、敵は左右から挟み込める」
「だが、そう巧く事が運ぶのか? 敵も人間である以上は、こんな見え透いた戦術に掛かるとは思えん」
「状況によっては有用だが、騎士団がこちらの要請を受けるのか? 明らかに釣り餌だろ」
「消耗を考えると、奴らは動かんだろうな。それ以前に我等がこの布陣を行う場所に辿り着けるかも問題だ」
この論議会は特定の敵の陣営を想定し、そこを如何に攻略するかシミュレーションの様なものだが、互いの戦略知識を高め話し合う場である筈なのだが、やっている事は他人の揚げ足取りである。
言っている事も尤もらしい言葉を並べてはいるが、彼等は実戦を経験した事が無く、所詮は机上の空論に過ぎない。
「ツヴェイト、君はどう思う?」
「ディーオ、これは戦術を話し合う場だよな? なら、現場を知っている騎士を呼ぶのが筋じゃねぇか?」
その一言で、場の空気が静まり返る。
騎士団と魔導士団は現在犬猿の仲であり、この手の話し合いに応じるとは思えない。
ましてやこの【ウィースラー派】は、騎士団は自分達に従えば良いとすら思っている者達が多く在籍している。
この一言は、彼等の矜持に対する裏切りにも取れるのだ。
「なぜ、騎士を呼ぶ必要があるんだい? 彼等は俺達の援護が無ければ何も出来ない連中だよ」
「戦争は個人でやる物じゃねぇぞ。多くの将がいて、綿密なやり取りを行い作戦を遂行する。個人の意見など参考程度にしかならず、時間と状況ごとに戦況が大きく変わるからだ」
「それは分かるけど、騎士達が俺達の話を聞くとは思えない」
「なら、そもそも此処でこうした話し合いをする意味はあるのか? 俺達がいくら作戦を考えたところで、それを遂行してくれるとは思えんし、何よりも想定された敵の動きは緩慢過ぎる」
「そうかな? 僕は良く考えられていると思うけど」
友人でもあるディーオですら、この戦略論争会の大きな穴に気付いていない。
国で最も危険な場所と言われるファーフランの大深緑地帯から帰って来たからこそ、ツヴェイトにはこの論議会が意味の無い物に思えていた。
「じゃあ、聞くがよ。何でいつも敵と味方の戦力が互角なんだ? 装備も兵糧数も、人員すら同じ数になってんぞ? 前の話の時は此方が圧倒的に有利な状況だったしよ」
「それは……戦争は敵と同じ兵力を集めるのが基本だからじゃないか?」
「あのなぁ~……そもそも、そんな都合が良い事態なんてある訳がねぇ! 政治状況や季節、更には国の規模によっても兵力数は変わるんだぞ? それを踏まえても作戦事態が大きく変わり、常に兵力数が互角で相手も同じように動くなんてあり得ねぇよ」
「結論を言ってくれないかな? 君の言っている事は分かるけど、君が何を言いたいのか分からないよ」
「この論議会は最悪の事態を想定していねぇ。自分達が勝つ事が最初から念頭に置かれ、敵の動きがそれに合わせてあるだけなんだよ。話し合う意味があんのか?」
これが現在のウィースラー派であった。
所詮は戦争を経験した事の無い学院生の集まりであり、地獄のような経験をしていないために、最悪の事態が思い浮かばない。
想定できないからこそ、必然的に勝つ事が当たり前の作戦内容になってしまうのだ。
「じゃあ、君は敵国の兵力をどう割り振るんだい? 俺はそこを聞きたいな」
「そうだな……隣国で飢饉が発生、食料の物価が高騰し民が飢える事になり兼ねない。全兵力を上げてこの国へ侵攻、略奪を開始。兵力には民衆も加わり、この国の全兵力の十倍と言うのはどうだ?
勿論、こちらは敵の動きを把握できず奇襲を受けた形だ」
ツヴェイトとディーオの会話を聞いていた周囲の学院生達は、あまりにも突発的な敵侵攻案を聞いてしまい、論議の場が一気に騒めきだす。
今まで十倍の兵力など想定した作戦など考えた事は無かった。
しかも、ツヴェイトが上げた戦争想定兵の行動は、突発的に引き起こされた奇襲作戦でもある。
つまり、いきなり軍団規模で侵攻を開始し、食料などを強奪し始めると言う内容であった。
最悪な上に、咄嗟に作戦が思い浮かばない。
「あり得ない! それこそ空論の域では無いか!!」
「何で、あり得ないと言い切れるんだ? 敵からしてみれば民を飢えさせるよりは他国から強奪した方が早いし、何よりも領土が広がる。
同盟なんてものも所詮は紙の上での話で、信用なんて出来る訳ねぇだろ。いざと為れば他国を攻め滅ぼすだろうさ」
「そ、それは……」
「で? お前らはこの状況をどうやって打破すんだ。こうして俺の意見にいちゃもんしている間にも侵攻は進み、民は殺され財産は奪われて行く。即断即決が求められる状況だ」
ツヴェイトの立てた敵侵攻の条件に対して、彼等は意見を出す事が出来なかった。
勝てる戦いしか想像できなかった彼等は、こうした急を要する作戦を構築できなかったのである。
正に実戦と最悪を想定した作戦内容である。
「因みにだが、俺はラオス砦に兵力の半数を置き防衛。他の騎士達や傭兵を集めて民を避難させ敵を懐に入れる。避難と同時進行で奪われそうな食料を根こそぎ焼き払い、敵を飢えさせる方法をとるな。それで何割かの民が救える」
「それは、大半の領地を奪われてしまうではないか!!」
「国が救える訳では無いぞ!!」
「ラオス砦は攻め滅ぼすのは難しい。同時に食料を欲している奴らだから戦線は伸び、補給が出来ない状況下だから各個撃破は出来るだろ。国が滅ぼされる前に撤退させる事が出来る」
勝つための作戦では無く、国を滅亡さないための作戦である。
略奪を繰り返せば侵攻速度は落ちる為に、民を逃がす時間は取れる。
食料確保のために戦力を分散させねばならないから、何も全軍を相手にする必要も無い。
それを迅速に行うためには、常に国の情報を把握し、いつでも動ける戦力を保持していなければならないだろう。
また、この作戦では魔導士も前線に出て、強奪する食糧を焼き払う役割がある事を想定されていた。
「馬鹿な! なぜ、我等が前線に出ねばならない!!」
「敵を飢えさせるために食料を焼き払うんだ。魔導士の出番だろ? 何を言ってんだ、お前?」
「騎士団に油などの物資を持たせればよかろう!!」
「緊急時にそれが可能だと思うか? せいぜい一割が焼ければ妥当なところだぞ?」
「ならば、騎士団に魔法を……」
「おい、それは魔導士団が存在しなくても良いと言っている様なもんだぞ? 騎士団が魔法を覚えたら俺達がいる意味が無いだろ。第一、前線に出られない魔導士が信用される訳ねぇ」
全員が言葉を無くした。
ツヴェイトの出した想定戦争は、彼等にとっては考えられない最悪の事態であり、迅速性を要求される。
国王の命であれば魔導士団も前線に出ねばならない為に、今までの安易な作戦は受け入れられる隙が無かった。
「戦争は最悪の政治だが、その最悪の事態に後方からちまちま攻撃が出来る状況が続くと思ってんのか? 甘いんだよお前等は! 場合によっては此方が飢える事態も想定できるし、その為にも体力維持や食料確保が可能な技術も必要だ。
それを踏まえて聞くけどよ。この論会、やる意味があるのか? 自分達がまともに戦う術を持っていないのによ。その辺はどう思ってんだ? 敵陣に孤立する事もあるんだぞ」
至極真っ当な意見である。
実戦を経験した事の無い学院生では、悲惨な戦況など思いつく訳が無い。
戦争は生き物であり、勝敗がハッキリ分かれる殺し合いなのだ。
国の防衛を担う者達がこれでは、先行きが不安でしょうが無い事だろう。
「ツヴェイト! 偉そうな事を言ってはいるが、お前だって戦争は経験してないだろ」
「戦争は無いが、実戦は経験してるぜ? 食料が魔物に荒らされて、四日もの間サバイバル生活だった。ファーフランの大深緑地帯でな……」
「「「「「!?」」」」」
「その時に思い知らされた。必要なのは知識だけでは無く、過酷な状況下で生き延びられる技術を得る事だってな……」
実戦を経験した事の無い者には分からない、ある種の凄味が備わっていた。
最悪の状況を知っているために、ツヴェイトはその状況に対して研鑽を始めているのである。
「騎士団への指揮権を獲得しようとしてるのは分かるが、今のままじゃ無理だな。後ろから魔法を撃ち込むだけの輩に戦場など分かる筈もねぇだろうし、使い捨ての駒にしかならない魔導士に権威を与える訳がねぇ」
「貴様は、我等が使い捨ての駒だと言うのか!!」
「砲台としてしか使い道の無い烏合の衆だな。それ以外は使えない足手纏いだろ、騎士が魔法を覚えた方がよっぽど使えるぞ? それに……この中で何人が自分の身を守れるんだ?」
「わ、我等には強力な魔法が在る! これでも身が守れないとでもいうのか!!」
「魔法攻撃で魔力を使い切っていたら? 若しくは撤退中に魔力を使い切っていたらどうなる。補給が滞り魔法薬も手には無い状況も想定できるし、近接戦闘が出来ない魔導士は死ぬだけだぞ? 実際に俺は死にかけたが、知り合いの魔導士のおかげで助かった」
「見ろ、やはり魔法が偉大ではないか!!」
「因みにその人は剣で魔物を葬っていたぞ? 同じ魔導士なのにな。俺が助けられたのも斬撃による攻撃だったし、大深緑地帯に行く前に『戦場で格闘戦も碌に出来ない魔導士は、死ぬだけですよ?』と言われた」
「「「「・・・・・・・・・・・」」」」
机上の空想論をいくら並べたところで、実際にそれが可能かと言えば全く違う。
戦略は重要だが、それを実行するのは人間自身であり、仲違いをしている様な防衛組織などにまともな連携がこなせる訳が無い。
戦場では綿密な連絡手段が無ければ孤立する事が多く、下手な用兵を用いれば被害が拡大してしまう。
ツヴェイトは今までに論議した疑似作戦内容を例に出し、そこで足りない物を詳細に指摘して、この場にいる学院生の案を全て論破した。
その指摘は彼等の自信を根元から叩き折り、真っ向からの否定案は正論で容赦なく潰す。
その激論は三時間ほど続いた。
「俺はな、戦場で戦う魔導士と魔法を研究する魔導士は分けた方が良いと思っている。今の儘では中途半端な魔導士しか生まれないからな、そんなのは戦場で役に立つとは思えん。
別に派閥を否定する気はねぇよ? だが、自分達の今置かれている状況を客観的に見直す必要もあるだろ」
「……クッ…たかが一度だけ実戦を経験したからと言って、偉そうに……」
「お前等から見れば偉そうに思えるだろうな。だが、お前等は夏季休暇の時に命の危険に曝された時があるのか? 俺の経験した四日間は、魔物を倒しても次々に襲い掛かって来る地獄だったぞ。
生き延びるために狩りに行けば別の魔物に遭遇し、それを倒せばまた別の魔物だ。見張りを一時間おきに交代させ、群れで現れたら全員を叩き起こして迎撃し、それを四日間に何度も繰り返した。
一週間の実戦訓練の積りだったが、頭の二日間が運が良かったんだと思い知ったさ。帰ってきた時に始めて生き延びたという実感を得たが、一度地獄を経験したら、少しの物音で完全に目が覚めるようになっちまったよ。最近になって漸くまともに眠れるようになったくらいだ」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
凄まじい経験だった。
ただ一度の戦闘経験が、実はとんでもなく濃密で地獄のような体験だったのだ。
学院生が体験するような内容では無い。
騎士団が行う実戦訓練と称した魔物狩りよりも危険に満ち溢れ、少しの油断でも致命的な命取りになり兼ねない状況であった。
「訓練前に接近戦を経験しておいて助かったぞ? おかげで魔力が切れても戦えたし、状況判断も誤らずに冷静に対処できた。何事も経験してみる事だ」
思い出すのは、師である大賢者が行った地獄の様な訓練。
倒しても再生して向かってくるゴーレムの戦闘訓練が無ければ、自分が生きてこの場にいる事は無かったであろう。
ファーフランの大深緑地帯でその経験が生かされ、苦戦はしたがそれ以上に強くなったと実感できた。
最終日前には、敵が来るのを待ち望んでいた程に気分が高揚していた事を思い出す。
「ふん! 確かに実戦を経験した魔導士は貴重だろう。だが、我が派閥で研究している広範囲殲滅魔法があれば、有象無象など恐れるに足らん」
「アレか……たぶんだが、使い物に為らんぞ? 一人の魔導士であの膨大な魔法式は処理できねぇだろうし、そもそも起動させるにしても魔力が足りねぇだろ。廃人を量産するだけだから止めておけ」
「貴様に何が分かる!! あの魔法式は我等派閥の最高傑作だぞ、それを愚弄するかっ!!」
「いや、冷静に考えてみると、人間の魔力だけでアレを動かすのは無理なんだよ。それに、よしんば起動出来たとして、あんな馬鹿でかい魔法陣をどうやって運ぶ気だ?」
「それは、脳内に刻み込んで……」
「無理だ。人が魔法を覚えられる数には限りがあり、魔法式の密度によって覚えられる魔法の数も減る。魔法を覚えられる数を増やすには、格を上げなければならなが、実戦を経験してない魔導士は格が低いだけでなく保有魔力も低い。少なくともあの魔法は格が千は無いと使えん。誰が使うんだよ」
広範囲殲滅魔法の研究は、根柢の部分から間違っていた。
人の魔力で起動させるには魔法式が膨大、更に魔力が足りず、仮に起動出来たとすればレベルが1000以上の魔導士である事が条件であった。
研究が無駄とは言わないが、理論そのものが最初から破綻していたのである。
おっさん魔導士の魔法は、そもそも製作過程が異なる。
元の世界でゲーム筐体と自作のパソコンを繋ぎ、容量の足りない部分は知り合いのサーバーを使って処理し製作していた。魔法が使えたのも、ORGのマスターシステムである超大型コンピューター【BABEL】の処理能力があったからで、実際にこの世界で製作する時間と手間は彼の元いた世界の数倍にも及ぶだろう。
転生の際にこの世界で再生された折、ベースとなったアバターの情報が顕在化し、脳内に刻まれた魔法式が使えるだけで、実際に制作するとなると相応の労力と時間が必要となる。
それ以前に、この世界の殲滅魔法術式も人間の脳内で処理できる情報量では無い。
おっさんの殲滅魔法は、魔法式の処理を内部に組み込まれた高速処理術式で行う為に、術者はただ必要な魔力を込めて魔法式を顕現させ、敵陣に向けて撃ち込むだけなのだ。
事実上、この世界で01術式を製作するのは不可能なのである。
それを可能に出来るのも、実のところおっさん魔導士だけなのだ。
既存の魔法文字で製作した処理術式を魔法陣形式で組み込みコンピューターを製作。後に01術式で高速処理のCPを製作し、それを繰り返す事で膨大な処理能力を持つシステムを生み出せる。
だが、本人が作る気があるかどうかは別の話である。
長くはなったが、要するに広範囲殲滅魔法を使える人間は現時点では誰もいないという事だ。
おっさんを除いてはだが。
ツヴェイトは、なまじ超高レベルの魔導士を身近に見てしまったが為に、彼等の未熟さが嫌でも目に付いてしまっていた。
「使えるかどうかも分からん殲滅魔法に固執するよりは、自身を鍛えた方が建設的だと思うがな」
「うぬぬ……これは我が派閥に対する反逆では無いか!!」
「違うな、俺はこの国を担う一人の魔導士として言っているだけに過ぎねぇ。この程度で反逆だの、裏切りだの言ってたら底が知れるぞ? サムトロール」
「貴様……!」
「それに一つ間違っている。我が派閥じゃねぇ、我等の派閥だ。ここはお前の所有物じゃねぇんだよ、自覚しろや」
サムトロールは厳つい顔を赤らめ、怒りを必死に耐えていた。
彼はウィースラー侯爵家の次男であり、後にこの派閥を背負う重鎮となる野望があった。
しかし、好戦的な性格が災いしてか、彼には人徳と云う物が無い。
一族の権力を笠に着てやりたい放題だが、ここに来てソリステア公爵家の長男が壁となってしまったのである。
本来ならその権力を利用して派閥の力を強める筈が、逆に有能さを見せつけられた。
ツヴェイトを取り込むために色々と裏で暗躍していたが、夏季休暇の時間がそれを全て無駄にし、それどころか強力なライバルとして台頭して来た形となってしまっていた。
このままでは派閥が乗っ取られると焦りを覚える。
「弱い魔導士が何の役に立つ、研究はサンジェルマン派に任せりゃいいだろ。俺達は実力を底上げして国内の組織化を円滑に進めた方が良いな。今の儘じゃ、戦争が起きたら潰されんぞ」
「我等が負けると言うのかっ! それは少し過小評価が過ぎるぞ」
「事実だ。この国の中で派閥争いをしている間に、他国が力を付けていないと何故言える?」
睨みつけるサムトロールと、平然と受け止めるツヴェイト。
この時点で明らかに格の違いが現れた。
「権力に目を奪われ先を見ない奴に、国の防衛を任せられるわけがねぇな。サムトロール……現実を見ろよ、広範囲殲滅魔法が完成はしていない以上、お前の言っている事はただの理想論。妄想と変わりは無い」
「貴様は、このウィースラー派の秩序を乱す気か!! さては貴様、ソリステア派に傾倒したのだな! そうであろう!!」
「まぁ理想は近いが、あの派閥は妹が中心になる予定だぞ? 俺は四大貴族の役割を果たすだけだ」
「うぐっ……」
ソリステア家とウィースラー家とでは家柄が違い、ソリステア家では国の防衛を任された王族から別れた魔法貴族の直系なのだ。発言力の高さで言えばツヴェイトの方が優先される傾向にある。
国の防衛を任された一族の為に、サムトロールは口を出す事が出来ない。
何よりもツヴェイトは正論を言っているのだから、サムトロールの言葉はただの難癖にしか見えなかった。
「さて、そろそろ時間だな。俺は寮に戻るとするか」
「待ってくれ、ツヴェイト。俺を置いて行くな」
派閥内の話とは言え、彼等のやっている事は部活に近い。
時間が来れば、例え白熱した議論であっても中断して寮に戻らねばならない決まりであった。
この辺りが実に学生らしいところである。
学院生達はツヴェイトが退室したのを機に、一斉に寮に戻り始める。
後に残されたのはサムトロールを含む、ウィースラー血族主義一派でだけであった。
「どういう事だ? なぜアイツは元に戻っている……。ブレマイト、お前の魔法が効果を失っているぞ」
「おそらくは、精神的に強い衝撃を受けたのだろう。俺の血統魔法は少しづつ精神を掌握する物だが、精神の大きな揺らぎで効果が破られる事があるらしい」
「公爵領に戻った時に、何かが起きたと言うのか? 精神が揺さぶられる程の何かが……」
血統魔法とは、一族の血筋に生まれながらに受け継がれる魔法だが、その効果はさほど強くは無い。
ブレマイトの血統魔法は会話の中に魔力を混ぜる事により、対話の相手の精神を徐々に掌握する洗脳魔法である。
この魔法の欠点を上げるとすれば、強い魔導士には全く効果が無い事と、精神に受けた衝撃の大きさで洗脳が解ける可能性が高い事だろう。
他にも幾度と無く同じ魔法を掛けなければ体内魔力によって洗脳が解ける。長い時間を掛けて精神を変調させるために、効果が出ているのかが分からないなど、細かい欠点も複数存在する。
彼等は公爵家の権力を利用する為にツヴェイトを派閥に誘い込み、数年の歳月を掛けて洗脳を施したのだが、その苦労が水泡に帰していた。
その洗脳が解けた理由が、実は初恋による発情期【キューピッドの悪戯】と洗脳魔法による効果が重複暴走を引き起こし、そこに素手で秘宝魔法を潰した大賢者の存在が、洗脳されていた彼の精神を徹底的に揺さぶられた。
更に父親と尊敬する祖父に叱責されて完全に洗脳が解けたのである。
まさか初恋の所為で計画が破綻するなど思いもしないだろう。
サムトロール達には予想外の事態であり、その事実を知らないでいた。
ツヴェイトが馬鹿ドラ息子になった原因が、実は彼等の暗躍によるものであった。
また、派閥に属する学院生にも同じ事をしていたが、ツヴェイトの衝撃論破の所為で大きな揺らぎを与えられてしまった。
これではいつ洗脳が解けるか分かったものでは無い。
「再び洗脳を施す事は可能か?」
「無理だ。あの議論の最中に何度か試したが、俺の魔力が全て弾かれた。恐ろしく強くなっているぞ」
「クソッ! 厄介な奴め、大人しく洗脳されていればよいものを……」
「しばらくは大人しくしていた方が良い。もしかしたら俺の事がバレた可能性もある」
「それでは洗脳が破られ、支配した奴等が向こうに付きかねん」
「事が公けになれば俺達は極刑だぞ。今は自重するべきだ」
サムトロールは忌々しげに舌打つと、論議会の場となった部屋を不機嫌そうに出て行く。
今まで巧く行っていた悪巧みに亀裂が入り、下手に手出しができない状況に変化した。
それよりも極刑になる事が恐ろしい。
公爵家に手を出したため、悪事がバレるのを恐れたのだ。
小悪党はどこにでもいるようである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ブレマイトの奴、あの場で何かしてやがったな……」
「彼がかい? 俺は何も感じなかったが?」
「奴が何かを話す度に、魔力が俺に向かって来てやがった。恐らくは精神系の魔法、あの場で出来る事と言えば……洗脳か?」
「まさか! 学院内で他人に魔法を行使したら犯罪だよ。それが事実なら何のために……」
「何となくなら解るけどな」
論議会の中で、サムトロールの出した案に対してだけが否定意見が出なかった。
今までの記憶を思い出してみれば、彼の出した作戦案だけが常に受け入れられているのである。
何度も思い返して見て、これは明らかにおかしい。
普通であればどれだけ優れた案を出したとしても、一人くらいは否定する者が居るのだが、彼に関しては全く居ないのである。
まるで、それが正しいと言わんばかりに簡単に受け入れられていた。
「奴等、派閥の連中全員を洗脳している可能性がある。俺を含めてだがな」
「もしかして、俺もかい?! 信じられない……」
「効果はさほど大きくは無いんだろうな。何度も魔法を掛けられ続けて、初めて効果を発揮する遅延タイプだ」
「どうして、そこまで理解できるんだ? 魔法を掛けられた事すら分からないのに」
「今までの自分を振り返って、俺らしくない行動が多々あっただけだ。その時には必ずあいつ等が傍にいた」
「疑うには十分な理由だね。俺は然程違和感は無いけど」
「奴等が欲しいのは公爵家の権威だ。俺を利用しようとしやがったんだよ……ムカつくぜ!」
苛立たしい心を抑え、彼等は寮に帰宅する道を進んでいた。
一部の優秀な成績を修めている学院生達は、学業をある程度なら休んでも良い決まりになっている。
ツヴェイトもその一人であり、彼等の様な特別院生は自由に学院内ででるく事が許され、魔法研究を進める時間を確保する。
彼もまた寮に戻り、師より与えられた宿題に勤しむ積もりであった。
「ツヴェイト、少し寄りたい所があるんだけど、良いかい?」
「別に良いが、どこ行くんだ?」
「実は、気になる娘がいてね。声を掛けたいんだけど、連れのメイドさんが怖くてさ」
「あ~……良いよなぁ~。春が来た奴はよ…」
ツヴェイト君は、未だに失恋の傷を引き摺っていた。
春の息吹に誘われたディーオに連れられて来たのは、中等学院生の魔法訓練場であった。
そこには、魔法耐性を施された鎧に向けて魔法を撃ち込む後輩達の姿が見える。
「おい、ここは中等学課だぞ? お前の意中の相手って歳下かよ…」
「あぁ、書庫で彼女を見た時に衝撃を受けたよ。『あぁ……何て綺麗な娘なんだ』ってさ……」
「さよけ……で、どの子だよ?」
「あれ? いつもは見学席にいた筈なんだけどなぁ~……」
「なんだ、その子は落ちこぼれか?」
あまり気の乗らない態度であったツヴェイト。
だが、そこに実の妹であるセレスティーナの姿を確認した。
彼女の傍には御付きのメイド、ミスカがいつもの様に寄り添っている。
『ミスカの奴、何でここにいるんだ……てぇ待てよ、おい! 『連れのメイド』だと!? まさか……』
ツヴェイトの脳裏に嫌な予感が過る。
「あの娘だよ。ブロンドの長い髪の……」
「やっぱりかよっ!! ……アレ、俺の妹だぞ?」
「ツヴェイト……俺達、親友だよね?」
「あぁ? まぁ、そうだな……」
言うが早いか、ディーオはツヴェイトの手を両手で強く握り絞める。
一部の女子が喜びそうな、傍目にはあやしい光景であった。
「彼女を紹介してくれ!!」
「本気か? 殺される覚悟はあるのか?」
「君にかい? 意外に妹思いなんだね」
「いや…ウチの祖父にだが……」
「【煉獄の魔導士】っ!?」
ツヴェイトの祖父であるクレストンは、セレスティーナを男手一つで育てた所為か、彼女に対して並々ならぬ愛情を注いでいた。
変質的異常さと言い換えても過言では無いほどの可愛がり振りなのだ。
ディーオが無残な死体に変わるのは間違いない。
「けど珍しいね。彼女が訓練を受ける何て」
「あぁ~……まぁ、色々事情があるからな」
今まで魔法が使えなかったために、セレスティーナは見学に甘んじていたのだと彼は察した。
そして、彼女の出番が回って来る。
「まさか、彼女の実力が見れるかも知れないなんて……もしかしたら、何か力になれるかも知れないし」
「・・・・・・・・・・」
兄の心の中では『いや、あいつはお前よりも優秀だからな? 以前だったら何とか力になれたかも知れんが……』等と口に言えない事を考えていた。
そして……そんな二人の目の前でセレスティーナが魔法を行使する。
彼女の掌には小さな、それでいて太陽の如き輝きを放つ光球が生み出される。
事態が分からない学院生達からは失笑が漏れた。
「あの娘、才能が無いのか。これは俺にもチャンスが……」
だが……
―――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
魔法耐性を施された鎧が木っ端微塵に吹き飛んだ。
本来ならあり得ない光景である。
皆、開いた口が塞がらない。
一人を除いてはだが。
『やっちまった……セレスティーナの奴、派手にやり過ぎだろ。威力をもっと抑えろ!』
ここにいる者達全てが、無能者が才女となった瞬間を目撃したのである。
「アレは……『ファイアーボール』なのか? けど、威力が……」
「ディーオ……アレは『ファイアーボール』じゃない。ただの『ファイアー』だ」
「ハァ!?」
あり得ない答えに彼は驚愕した。
「アレのどこが『ファイアー』なんだ! 威力が桁違いじゃないか!」
「いや、正確に言うと『ファイアーボール』は『ファイアー』を球状にして撃ち出す魔法だろ? アイツはその球状にする魔法式を使わず、『ファイアー』の魔法を掌で球状に圧縮して撃ち出したに過ぎねぇんだ。
そもそも『ファイアー』と『ファイアーボール』の違いは、球状に炎を纏める魔法式が在るか無いかでな、『ファイアー』を自分で圧縮できて同等の威力を出せるなら、別に『ファイアーボール』の魔法式に拘る必要は無いんだよ」
付け足すなら、『ファイアー』の魔法を魔法式で纏め球状にする事で威力が高まるのだが、術者の能力でそれが可能であれば、わざわざ『ファイアーボール』の魔法式を使う必要性は無い。
むしろ使わない方がスキルのレベルも上がり、魔法制御や魔力操作が格段に上がる事に繋がる。
『ファイアーボール』は簡単に発動でき威力はあるが、魔導士としての技量を損なう魔法式が組み込まれていると言っても良いだろう。
まぁ、火球と言う意味合いでは『ファイアーボール』で合っているのだが。
セレスティーナは『ファイアーボール』を『ファイアー』で再現したのだ。
それも、より高威力にしたおまけ付きで。
「そんな事が可能なのか……天才じゃないか。俺が教えられる事なんてない……」
『あぁ~…こいつの予定をもふっ飛ばしやがった。セレスティーナ……罪な奴』
呆然とするディーオに対し、ツヴェイトは憐みの目を向ける。
彼は余程の衝撃を受けたのか、肩が小刻みに震えていた。
「ふつくしい……彼女は正に天使だ…」
「へっ?」
「少女の面影を残しながらも毅然とし、清楚で凛々しい姿は正に魔法の天使。いや、女神だ!!」
「そこまで言う?! つーか、惚れ直したのかよ!!」
「当たり前だよ! 俺は、彼女に相応しい男になってみせる!!」
ディーオ君は燃えていた。
そして萌えていた。
彼のやる気の炎は熱く激しく燃え盛っている。
親友のその姿に、ツヴェイトは祖父の姿を重ねるのである。
彼の脳裏には、親友が祖父に殺される光景がまざまざと浮かんでいた。
秘宝魔法でこんがり焼かれた親友の姿である。
なぜか、『上手に焼けたわい……ククク』と言う祖父クレストンの声が耳元で聞こえた気がした。
熱く滾るディーオ君だったが、彼の命の炎は風前の灯火である事を知らない。
【煉獄の魔導士】の魔の手は、近い内に彼に迫って来るのであろう……。
余談だが、デイーオの洗脳効果はこの時に解除された。
思いの力とは凄まじいものである。
学院編第二段 主人公はツヴェイトです。
バカドラになった原因の話になりました。
いずれは本編に絡めて行きたいと思っています。
まぁ、地道に行こうと思います。
誤字脱字の御指摘ありがとうございます。
このところ毎日文字とにらめっこ状態が続いております。
目がぁ~目がぁ――――――っ!!
この様な話の展開になりましたが、楽しんでくだされば幸いです。