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 おっさんのいない日常 その1

 イストール魔法学院。


 比較的に裕福な階層の若者が集う、魔導士の育成機関である。

 建国時から三百年にも渡る長い歴史から名門とされ、多くの名だたる魔導士を輩出した実績を誇り、ソリステア魔法王国では最も有名な学術機関であった。


 広大な広さを誇るその敷地内には、数多くの魔法研究機関が軒を連ね、更には学生達の生活を支える街まであるのだから学園都市と言っても過言では無い。

 国民の多くがこの場所で学ぶ事を望み、その願いは一部の者にしか開けない場所であると知るには充分なほどに、学歴が左右される狭き門である筈だった。

 現在この学院は多くの派閥からの影響を受け、事実上は各エリア事に権力争いが繰り広げられている。


 それが学生達の意見の衝突ならまだ良いが、事実上は魔法貴族達による代理戦争に近い有様である。

 OBとなった貴族達は自分の子供達を操り派閥を形成、更に意に沿わない者達を貶めて排斥するなど、自分達の権威を上げる事にしか頭が無い。

 その大半が継承魔法や血統魔法を受け継ぐ魔導士達で、殆どが貴族出身の魔導士だ。

 中には元貴族で一族の復権を狙う者達もいる。


 継承魔法とは威力を問わず一族に伝わる魔法で、戦いに役に立たない様な魔法でも保有しているだけで優遇される。中にはどう使えば良いのかわからない変な効果をランダムで引き起こす魔法も存在する為、魔導士一族の研究資料としての意味合いが強かった。

 まぁ、研究するあまり、おかしな風に作り変えてしまった一族もいたりするのだが……。


 血統魔法とは字の示す通り一族後に受け継がれる魔法で、生まれながらに親から受け継がれる特殊な魔法である。

 様々な意味合いの特殊な効果を発生させる魔法が多く、その魔法を受け継いだ者達が制御できない事が多い。

 知らず知らず精神に作用させたり、詠唱も無くいきなり魔法を発動させる事が可能なのだが、様々な意味合いで危険な魔法が多く揃っていた。

 特に【魅了】や【視認発火】、【未来予知】などの特殊魔法があるが、自分の力を制御する事が出来ず威力自体も大した事は無い。

 

 例えば視認発火なのだが、ほんの僅かな火種を生み出す程度で戦闘には使えない。

 しかも生活するには邪魔な能力で、良く小火騒ぎを引き起こす事が多かった。

 一睨みで敵を焼き尽くす事など出来ないのだ。

 未来予知に至っては当たるも八卦、当たらぬも八卦である。

 この様な特異な魔法が多く、役に立つのかどうかいまいち信用が置けない地味に暴走気味の魔法なのだった。


 そんな多くの魔導士が集う学院の一角に、学力順位で決められた魔導士学生の寮が存在する。

 建物自体は初期のゴシック様式、正面玄関を入ると直ぐに二つのかまぼこを交差させたような天井が特徴の交差リブ・ヴォールトのフロアが広がり、左右に学生達の住まう部屋に続く通路と正面には左右対称の階段が目に付いた。

 飾り気の少ない様式で、悪く言えば地味な建築物なのだが、セレスティーナにしてみれば別邸の雰囲気に近い構造なので落ち着くのである。


 建物の左右には小さな尖塔が建ち、おもに懲罰房として利用されているがあまり使われた事は無い。

 作りの古い建物なので、商家や一般の民出身の学生達がここに住んでいた。


 彼女の姿を目撃した者達は、あからさまに嫌そうな顔を向ける。

 彼等にとって公爵家の生まれであるセレスティーナの印象は、『有能だが無才』『権力だけでここにいる無能者』『依怙贔屓』である。

 多額の学費を払い、必死になって学力を身に着けた彼等にとって、セレスティーナの存在は腹立たしく映るに違いない。

 彼女自身もその事は理解しており、以前は学院内の書庫にひきこもっていた。

 彼等に対して申し訳ないと思う一方で、何とか魔法を使えるようになろうと必死だったのだ。

 結果は思わしくなかったが――だがそれも今までの話である。


 今のセレスティーナは魔法を行使する事が可能で、単発の魔法なら無詠唱で行使できる。

 詠唱は何も口に出す必要は無いので、わざわざ声を立てて魔法を使う必要は無い。

 要は魔法をどれだけイメージし、魔法式と重ねる事が出来るかにある。


 魔法式は魔法自体を円滑に行うための基盤であり、その魔法を行使する引き金となるのが詠唱であるが、詠唱は魔法の形をイメージさせるたもの副次的な物で魔法を充分に理解していれば詠唱は必要ないのだ。

 例えば銃を撃つとき、敵対する相手に『弾を弾倉に詰め安全装置を解除、撃鉄は引いた。さぁ、これから撃つぞ!!』と教える必要があるだろうか。

 銃の使い方を知っていれば、わざわざ引き金を引くまでの工程を口に出す必要は無い。

 魔法の詠唱も似たようなものである。


 だが多くの学生達は今の彼女の事を知らない。

 彼等は今も変わらずセレスティーナが無能と思っていた。


「お嬢様、あまりお気になさらないでください。彼等は今のお嬢様の事を知りません」

「わかっていますが、二か月前の私は良くこの様な場所にいられたものです。正直、不快でしかありません」

「御心に余裕が出来たからこそ、今までの周囲の事が見えるようになったのでしょう。これからが本番ですよ?」

「分かっています、ミスカ……。先生の名に恥じない魔導士として、この学院を卒院してみせます!」


 やる気と決意に満ちた表情で彼女は毅然と歩きだす。

 セレスティーナの右腕には、師でもあるゼロスが制作した腕輪ブレスレットの魔法媒体が輝いていた。


 これから彼女の新たな日々が始まるのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  



 決意を胸に秘め、苦難に挑むような心意気で学院の講義を受けてはみたが、現状がそう変わる筈も無い。

 ただ二か月前の現状が繰り返され、侮蔑や嫌みのこもった視線が常に付き纏う。

 正直逃げ出したい気持ちにも駆られるが、セレスティーナは何とか自制し講義を受ける。


 学院の講師達も彼女には見て見ぬふりの状態で、余計な事は一切口にしない。

 下手に授業課題の質問をぶつければ、逆に異なる視点からの理論を突きつけられ回答に困るからだ。

 彼ら講師陣営にとってセレスティーナは鬼門であり、知らない事を知ろうとする姿勢は好感が持てるが、自分達も分からない事を詰問して来るのだからタチが悪い。


 魔法は使えないが優秀なだけに、講師陣営にとっては厄介な相手だった。

 そのため彼等がとった行動は無視を決め込むもので、人にモノを教える筈の教師としては問題がある。

 だが、彼等の立場からしてみれば、セレスティーナの才能は恐ろしい物であった。


 魔法が使えれば優秀な魔導士となる筈と思っていた彼等だが、自分達よりも優秀なのは困る上に、何よりも魔法が使えない事が彼等の矜持を傷つける。

『無能者』よりも自分達が劣るという事が、彼等は認めたくないのだ。

 彼等はそれぞれが派閥に属し優秀な人材を引き込む目的もあるが、優秀だが魔法も使えず更に自分達よりも知識面では上と来れば、彼等がしてきた事が無意味に思えて来るのだ。

 今の学院では派閥に属する事が一種のステータスとなっているため、何処にも所属せずに一人で知識をあさり、知り得た疑問をぶつけてくる彼女を苦々しい思いで対応しなくてはならない。


 そんな講師の思いを他所に、セレスティーナは講義内容を紙に書き綴っていた。

 この世界にノートの様な便利な道具は無い。

 紙は独自に購入し、買えなければ暗記するしか方法が無い。

 その為に彼等学院生は真剣に講義を受けるのである。


(この講義内容は以前に図書館で調べましたね。先生は予習も大事だと言っていましたが、魔法文字の一つを意味のある言葉と捉えている時点で誤りなのではないでしょうか?

 魔法文字で魔力に対して変質する指令文字を形成し、それを連ねる事で魔法式が成立するのは先生が言っていた真実のはず。ですが、誤った魔法文字の認識をこれ以上広げてしまって良いのでしょうか?

 派閥対立が激しい現状で、私の為すべき事っていったい……)


 彼女にとって今の学院で学ぶべき事は無い。

 魔法文字や魔法式の本質を知っているだけに、今この時点で講義を受けるのは無駄と言っても良いだろう。

 だが、誤った教えを広げるのも不味い気がしていた。


 今後の魔導士達のためにも、ここで誤った講義内容に歯止めをかけねばならないと思った。

 そして彼女はやらかす。


「サマス講師、質問が在るのですが宜しいですか?」


 講師のサマスは内心『来たぁ―――――っ!!』と叫んだ。

 彼にとっては来て欲しくない事態なのだ。


「なにかね、セレスティーナ君。講義に何かおかしなことでも?」

「いえ、前々から思っていたのですが、魔法文字は五十六音で別の魔法文字が十音で宜しいですよね?

 その一つ一つに意味があり、それを複雑に組み合わせて魔法式が形成される。現在の魔法理論では一般的にそう思われている。これは間違いない筈です」


「そ、それの何が問題なのですか?」

「素朴な疑問なのですが、この魔法文字は文字としての意味合いで言葉を形成して使うのではないでしょうか?

 文字の一つに意味があるのではなく、文字を連ねる事により意味のある言葉にする事で魔力を変質させる命令文字が形成されるとしたら、今学んでいる事に意味があるのでしょうか?」


 それは衝撃発言であった。

 現在の魔法式解読は難航を極めていると言うよりは、むしろ停滞していると言っても良い。 

 多くの魔導士が魔法式は魔法文字の連なりで、魔法を行使する上で魔法文字による連鎖によって発動するパズルの様なものと認識されていた。

 だが、それ自体が言葉の羅列となると意味合いは変わって来る。


 魔法の発動条件を言葉として文字を使い式を形成、それが魔法と云う物理法則に添う形で具現化させる事で様々な効果を生み出す。

 だが今の一般的な講義では文字の一つ一つが魔力に連鎖的反応をし、それが物理現象へと転換すると思われていた。


 もし仮にセレスティーナの言った理論が正当な物であったとしたら、自分達の学んできた物が全て意味を失う事になる。

 現在の魔法も失われた時代の魔法を改良して生み出された物だが、下手をすれば使いやすい魔法を使いにくい魔法に変えてしまっている可能性が出て来るのである。


 現にセレスティーナは魔法式を刻む事が出来るが発動自体に至らない。

 仮にこの理論が正しいとして、それを容認できるかと言えば無理であろう。

 多くの魔導士達が魔法文字の解読に躍起になり、今まで多くの魔法作成の成功と失敗を繰り返して現在に至っているのだ。

 その苦難の歴史を思えば、セレスティーナの理論は受け入れがたい物であった。

 彼等はすべからく自尊心が強く同時に頭の固い連中であり、彼女の柔軟な発想は受け入れる事が出来ないと言った方が正しい。


「な、何故そのような考えに至ったのかね。実に興味深いのだが」

「ご存知の通り私は魔法が使えませんでした。だからこそ多くの知識を知る事で原因を探ろうとしたのですが、そもそも現在の魔法が古き時代の物よりも劣っていたらどうなのかと思い至ったのです」

「なるほど……あり得ない話では無い」

「現にこの世界の人々は魔力を持っていますが、古き時代に比べて今の時代は魔導士の数が少ないのは何故でしょうか? 

 もし研究の最中に古い時代の魔法を誤った形で変質させ、発動自体に個人差を生み出してしまったとしたら、今の魔法研究は誤った方向に進んでいる事になります」


 旧時代の魔法が既に完成された物であり、それを研究によって破壊してしまったと言われれば、決してあり得ない話では無かった。

 セレスティーナの言った通り、今の世界は魔導士の数が限られている。

 文献によれば民の全てが少なからず魔法を使え、生活基盤も魔法を利用した物が多いと言われていた。

 的を得ているだけに反論が出来ず、同時に彼女の言葉に気になる点がある事に気付く。


「セレスティーナ君、今『魔法が使えませんでした』と言ったね? なぜ過去形なのだ?」

「今の私は魔法が使えます。この二ヶ月で修練を果たし、魔法を使用できる事が可能になりました」

「なっ?! あり得ない。この短期間で修練しただけで魔法が使えるなど…、それが事実ならどのような方法で」

「実戦訓練を毎日続け、その合間に魔力の運用訓練を続けました。本当の実戦も経験してきましたが?」


 衝撃発言第二段。

 セレスティーナが戦闘を経験したとなれば、当然レベルも上がる事になる。

 レベルが上がれば身体がその力を効率良く運用するために最適化をはじめ、身体能力や魔力保有量も格段に上がる事に繋がるのだ。

 彼女の言葉を信じるなら、魔法行使が可能なレベルまで戦い続けた事を意味する事になる。

 夏季休暇で学生が行う事では無い。


「そうとう無茶をしたようだね。急速なレベル上げは体に変調を与える事になり危険だ」

「ですが、生きるか死ぬかの瀬戸際でそんな事を言っている暇はありませんでした。食料を魔物に襲われ失い四日ほど狩りをしながら生き続け、数時間おきに魔物が襲ってきましたから」

「どんな過酷な状況ですかっ、そんな状況で生き残れる筈はありません!!」

「生き延びたからここにいるのですけど……。私の兄や騎士団の方々も一緒でしたから、確認してくださっても宜しいですよ?」


 思い出すのはファーフランの大深緑地帯でのサバイバル生活。

 騎士達を含め常に警戒態勢を余儀なくされ、空腹を癒すために狩りをするべく魔物の徘徊する森に入り、人格が些か変調をきたすような状況化を生き延びた。

 礼儀正しかった騎士達は数日でワイルドな戦士に変わり、尊敬する師でもあるゼロスは容赦なく魔物を殲滅し、兄は錬金術の楽しさを知り狂喜乱舞。

 セレスティーナ自身もレベルが上がる事が楽しくなり、魔物が来ないか待ち望むようになっていた。


「戦いは……人の心を壊すものでした」

「な、何故に君は、そんな虚ろな目を向けるのかね?」

「今の魔導士ではあの森は生き残れません……。あの地は地獄です、過酷すぎます……」

「まさか、ファーフランの大深緑地帯で苦行を行ったのか?!」

「あの森の奥の魔物は獰猛で、もっと強いそうです。今の私では死に行く事になるでしょう」


 想像を絶する内容だった。

 ファーフランの大深緑地帯は魔物の強さが奥に行くほど強力になる魔境である。

 例えその端の森でも、魔物の強さはこの辺りとは比べる事が出来ない程の差がある。

 そんな中で戦い続けるなど地獄でしかない。


 また、その様な実戦での訓練を行うのは騎士団しかおらず、随行して戦闘を行うなど各派閥には無理であった。

 ただでさえ騎士団とは仲が悪い事で有名であるのに、政治的敵対組織に随行するなど正気の沙汰では無い。

 それが可能な魔導士となると新たな派閥の【ソリステア派】となる。


 サマスの背に冷たい汗が流れた。

 彼が所属するのはウィースラー派だが、ソリステア派が実戦訓練を他の魔導士に行っているなればと状況は一変する。

 実戦派であるウィースラー派が存続意味を失い、同時にソリステア派は騎士団との繋がりが強固となる。

 そうなれば念願の魔導士による軍事権掌握が不可能となるのだ。


「ソリステア派は戦闘経験豊富な魔導士を揃えているのか?」

「それは分かりかねませんが、少なくとも私は他の派閥に入る気はありません。他の派閥の方々が私の状況をどうにかできた訳ではありませんから、その程度なのでしょう」

「だ、誰かの指導を受けたのですか?! いったいどこの派閥の……」

「御爺様の知り合いですから判りかねます。その事を公表できる権限もありませんし」


 セレスティーナを指導できる魔導士など、どこの派閥にも存在していなかった。

 だが、実際に魔法を使えるようになったとなれば、それを指導した魔導士がいる事になる。


 この事が切っ掛けに、ソリステア派の背後には強力な魔導士の影があると噂されるようになった。

 名だたる【煉獄の魔導士】の知り合いともなれば、その実力も同等の強力な魔導師と推察できる。

 この事を機にウィースラー派内部で激震が走るのだが、それはまだ少し先の話である。


 そして、この爆弾発言は周囲に大きく影響を及ぼす。

 彼女のことを無能と侮っていた学院生達であった。


「マジかよ……無能が魔法を使えるようになったらどうなるんだ?」

「おい、俺達…あの子の事を馬鹿にしてたよな?」

「公爵家の娘よね? 私達ヤバくない?」

「どうしよう。以前あの子の前で無能と笑った事があるわ…」


 公爵家に生まれながら才能の無かった彼女を嘲笑っていた者達は、一斉に蒼褪める事になる。

 面と向かって馬鹿にした事は無いが、わざと聞こえる様に侮蔑のこもった言葉を投げかけた記憶があるのは確かだ。

 本来なら許されざる行為なのだが、この学院は表向き権力とは無縁の方針をうたい文句にしていた。

 全ての学徒に門戸を開き、多くの者に学びの好機を与える事を吹聴していたのである。

 事実上は権力と派閥の横行が激しい魔窟であった。


 そんな中で、公爵家の令嬢であるが魔法の才が無かった彼女が人柱になるのも時間は掛からない。

 日頃の鬱積を彼等はセレスティーナにぶつけていたのである。

 それが不可能となった場合、彼等はどうなるのであろうか?


「ど、どうせハッタリだ。二ヶ月で実力が上げられるなら苦労は無いだろ」

「だよな。大した事は無いだろうさ」

「そうよね。そんな事はありえない……」


 中には現状を否定する者もいる。

 彼等は成績が底辺であり、魔法を使えないセレスティーナを馬鹿にしていた連中だった。

 彼女自身も顔に覚えがあるが、今となってはどうでも良い存在に成り代わっている。


 講義の場が騒然と化した頃合を見計らったの様に、講義時間終了の鐘が鳴り響く。


「今日の講義はこれまで。セレスティーナ君、君の疑問的学説は実に興味深い。私なりに検証してみようと思う」

「そうですか。何か分かればお教えください、楽しみにしていますサマス教諭」


 この時サマスは彼女が結果を知っているのではと思った。

 短期間で魔法を取得できた事自体があり得ず、レベルが上がっても魔法が苦手な者は確かに存在するからだ。

 自分達の知らない何かを知り、それを得た事で実力を伸ばす事に成功したと思わねば、今までの自分を否定される事に繋がる。

 魔法講師として、彼にも譲れない矜持と云う物がある。

 

 真偽は判断できなかったが、サマス教諭は今まで感じた事の無い不安を抱え込んだ。

 自分達が教わり当たり前と思っていた魔法の常識、それが静かに崩れかけるような不安である。


 結局サマス教諭はセレスティーナの言った仮説を実証する事は無かった。


 魔法文字を言葉として並べ使用するという方法は、現在知り得る研究成果を全て捨てる事になる。

 同時に言語解読などの事を考えると、学院設立当初の時代と同様に一から手探りで調べなくてはならない。

 安定した給料がもらえる職場故に、彼はそんな面倒な事を検証する気が無かった。


 それがやがてどんな結果を生むのか、彼はまだ知る由も無い。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 学院は何も魔法ばかりを教えている訳では無い。

 国の歴史や文学、数学や薬学まで幅広くジャンルは存在する。

 こうした講義は学院生の自由意思によって受け、興味の無い学課は決して学院生は行く事は無い。

 大学の講義と似た環境なのだが、一つの講義時限を休むと後が分からなくなるのが難点である。


 セレスティーナの受ける学課は主に魔法学と物理学、この新学期から錬金学にも足を運び、その内容を書き記しては図書館で予習する日が続いた。

 その間は誰も声を掛ける者が居らず、誰もが遠回し気に興味と恐れのこもった視線を送って来るのを感じていた。


 前者は無能呼ばわりされていたセレスティーナがどのような魔法を使うかの興味であり、後者は魔法が使えるとなれば今まで馬鹿にしてきた行為が罪に問われないか怯えており、ごく一部が裏切り者を見るような目で見ている。

 そのごく一部が俗に言う『落ちこぼれ』と呼ばれる最底辺学力保持者たちだった。

 彼女から見れば裏切り者扱い受ける謂れは無いのだが、彼等からしてみれば魔法が使えないセレスティーナは自分達の至らなさを慰める存在だったのだ。


『自分は魔法が使えるからマシ』『頭は良くても才能が無いんだから俺が上』と、歪んだ思いで彼女を最後の防波堤としていたのである。

 そうしなければ蔑まれる彼等が、実力優先の派閥争いが激しいこの学院でまともでいられる筈も無い。

 一方的に蔑んでおきながら、今更裏切りも何もない。


 そんな中、ある者は待ち望み、またある者は来て欲しくなかった講義がついにやって来る。

 魔法発動訓練である。

 学院性は修練場に集い、魔法を放つ訓練をする。


 この講義は一時間近く魔法を撃ちまくるだけのつまらないものだ。

 ただ的に向かって延々と魔法を撃つ続けるだけの物で、魔法行使でどれだけ学院生の魔力を消費したのか測る訓練なのだが、実戦では魔力が枯渇すれば戦場に置いて行かれる事になる。

 多少魔力が残ったとしても戦力にならなければ意味が無い。この訓練はそれらしい理由を上げてはいるが、実際の戦闘を想定してはいなかった。

 魔力運用を如何に上手く行うかが授業課題の筈なのだが、事実上は学院生のストレス発散の場である。 

 彼等の使う魔法は初期魔法の『ファイアーボール』であり、威力は個人の魔力総量で決まる。


 旧時代での自然界の魔力を利用すると云う概念が失われた今、彼等が使う魔法は全て自分自身の魔力で行わなければならない。

 魔力枯渇回数が増える以上、中には【魔力制御】や【魔力消費減少】などのスキルを覚える者もいるのではないかと思われるが、実際は魔法を撃ちまくるだけでそのスキルを覚える事は無い。

 せいぜいわずかに魔力が増える程度であろうし、何よりも魔法を意識的に操る訓練はしていないのだから、彼等がそのスキルを覚える事は皆無である。


 時に【魔力増加】のスキルを覚える者もいるが、それは既にセレスティーナも覚えていた。

 胡散臭い姿のおっさん魔導士の訓練は、それだけ過酷で実りもある楽しい時間だった。


「ハァ~……」


 セレスティーナは溜息しか出ない。


「やる気が出ないようですね、お嬢様……」

「ゴーレムを相手にした方がマシです。あの訓練は心身ともに鍛えられますし、様々な要素で成長している事が解りましたからね」

「楽過ぎて逆に面白みがないと?」

「訓練だから真剣にはなりますが、命の危険が無いとなると遊びと同じです」


 仕える主人の変わり様に頼もしさを感じつつも、ミスカは同じように溜息を吐いた。

 本気でこの学院から学ぶべきものは無いような感じである。


「ですが、この学院には膨大な資料がありますし…できるだけ知りたい情報を集めなければなりません」

「『この世界の物理的な法則』ですか? ゼロス殿がおっしゃっていらした課題の一つですね」

「えぇ、魔法の構築には現象の意味を知る事が大事です。魔法式からも読み取れますが未だに漠然としものですし、法則と照らし合わせれば魔法発動の理を知り得ますから」


 魔法式を多少読み解く事は出来るが、新たな魔法を生み出せるほどでは無い。

 今は知識を求める事が彼女の最優先事項であり、この講義と名ばかりの遊びは遠慮したい所であった。

 そう言った意味では、魔法が使えなかった頃が実に有意義な時間を費やしていたと言える。


 そして今日で何度目かの溜息を吐いた。


「あら? そこにいらっしゃるのは、セレスティーナさんじゃありませんか。まだこの学院にいらしたのですわね」


 頭の痛い存在がもう一つあった。

 彼女に声を掛けたのはブロンド縦ロールの少女で、名をキャロスティー・ルド・サンジェルマン。

 魔法研究一派の総元締めであるサンジェルマン派の筆頭である一族、サンジェルマン侯爵の息女であった。

 彼女は何かにつけてセレスティーナに声を掛けて来る数少ない人物でもある。


「キャロスティーさんですか、お久しぶりです」

「えぇ、お久しぶりですわ。でも珍しいですわね、貴女がこの講義を受けるなんて」

「講義ですか? 私には遊んでいるとしか思えません。何も得る物がありませんし」

「そですわね。ところで、聞けば魔法が使えるようになったとか? いったいどのような手段を用いたのかしら」

「知りたいですか?」

「是非ともお聞かせくださいな。気になって夜も眠れませんわ」


 セレスティーナは彼女が苦手であった。

 本人は嫌みの積もりでは無いのだが、彼女の言動が周囲にはセレスティーナに絡んでいる様に見える。

 その所為もあってか周りもセレスティーナを蔑む行動を隠そうともしなかった。

 彼女は無自覚なのがタチが悪いのだが、悪い子では無いので無碍に扱う事も出来ない。

 色々面倒な少女であった。

 

「マッドゴーレムを相手に三時間戦い続けました。心身ともに鍛えられますが……お勧めはしません」

「・・・・・・そ、壮絶ですわね。ですが、それ程の数のゴーレムをどこから」

「御爺様の知り合いである魔導士の方が『ゴーレムクリエイト』で生み出した物です。強いだけでなく統制のとれた動きをしますので、ケガも良くしましたね」

「それほどの魔導士、聞いた事はありませんわ。もしかして<師>なのですか?」

「それ以上の実力者ですね。旅をしているので滅多にお会い出来ないらしいのですが、休暇の折に帰りで偶然お会いしまして二ヶ月間手ほどきを受けたのです」


 驚異的な実力の魔導士の存在。

 キャロスティーは驚愕する。


「その方は今、どちらにいらっしゃるのですか? ぜひお会いしてみたいですわ」

「残念ですが、夏季休暇の終わりと共にまた旅立たれて……権力は求めない方ですから」

「素晴らしい、素晴らしいですわ! この世界にはまだ、本物の魔導士の方がいらっしゃいますのね!」


 サンジェルマン派は研究資金のために権力を欲している。

 彼等は魔法研究が捗らないのは優秀な魔導士が少ないからだと思い、各国の実力ある魔導士をヘッドハンティングする為に権力を得る行動に出たのだ。

 事実錬金術に傾向する魔導士の方が圧倒的に多く、彼等は手軽に稼げる手段を求めていた。

 サンジェルマン派は研究優先の学者肌が多く、その研究の幅は広い。

 大賢者の存在を知ればスカウトするためにゼロスをつけ狙う事は間違いなく、平穏な生活を望む師のために彼女は虚実を交えて話を躱した。


 その一族の傾向はキャロスティーにも表れていた。

 何より彼女は古き時代の賢者に強い憧れを持っているのだ。


(私の師が大賢者ですなんて言えませんね。知れば真っ先に会わせて欲しいと言うでしょうし、断っても学院を休んで無理矢理会いに行く気がします)


 彼女は無駄に行動力もある様だ。


「次っ! セレスティーナ・ヴァン・ソリステア」


 セレスティーナは講師の声で我に返る。

 どうやら順番が回ってきたようだ。


「では、行ってきます」

「加減をなさいましね。お嬢様」


 気乗りしない足取りで行使の待つ場所へと向かう。


「セレスティーナさんは本当に魔法が使えますの? 正直、以前と変わらない気がしますけど…」

「見ていればわかりますよ。今のお嬢様は並の魔導士よりも強いですから」

「ところで、何故ミスカさんは此処に? メイドは寮にいる筈では無いのですか?」

「私は此処の卒院生ですから」


 理由になっていない。

 いくら卒院性でも好き勝手に学院内を歩き回って良い物では無いだろう。

 だが彼女は悪びれもせず、しれっとのたまった。


 観衆の視線が集まる中、セレスティーナは的に向かい距離を測る。

 的はダマスカス鉱とミスリルの複合素材で、対魔法耐性の魔法式を組み込まれた鎧である。

 鎧は簡単に破壊できない為、正確な魔法による射撃と威力を見分するのがこの講義の目的だった。


「よし、では参ります」


 セレスティーナの掌に小さな火球が生まれた。

 ファイアーボールなのだが、学院生の物よりはるかに小さい。

 それを見た者達は失笑する。


 だが、講師は別の意味で驚愕していた。

 セレスティーナは無詠唱で魔法を行使していたのだ。


「発射」


 鎧に向かって閃光が奔る。

 超高速で打ち出された火球は鎧に当たると高熱で装甲を溶かし貫通。

 内側からの爆発で鎧は粉々に吹き飛んだ。


 例え同じファイアーボールでも火球を圧縮した方が熱量も威力も上がり、更に火球が爆発すれば破壊力も段違いに跳ね上がる。

 圧縮され増幅した分だけの熱量が破壊力に転換されるのだから、その威力は他の学院生の魔法よりも遥かに高い効果を発揮したのだ。

 魔法自体は同じでも、魔法式と【魔力制御】【魔法操作】スキルの複合で此処まで威力が上がるのである。

 よくよく考えてみればセレスティーナの魔法はゼロスの改良したもので、旧時代の物と遜色は無い。

 彼女自身の魔力消費率は低く威力も高いため、これはある意味で狡いと言えるのではないだろうか? 


「な、何だとぉ―――――――――――っ!?」

「ありえねぇ、何だよあの威力はっ!!」

「同じ魔法よねっ、どこが無能者よ!!」


 修練場は騒然となった。

 対魔法耐性を組み込まれた鎧が粉砕されたのだ、今までに無かった珍事である。

 しかもそれを行ったのが学院では有名な『無能者』の少女。


 この日、『無能者』と呼ばれた少女は学院の『才女』として名を馳せる事になった。

 しかし、彼女にしてみればそんな称号など何の意味も無い。


 彼女が目指す師の背中は、遥か彼方の高みにあるのだから……。



  セレスティーナ達の学院生活は別に書くようにしました。


  できればおっさんの話と絡める様にしたいと思っていますが、上手く行くのか不安です。

  まぁ、メインはオッサンの日常なんですけどね。

  次はファンタジーぽく洞窟でのバトルをと考えてますが、上手く表現できるのだろうか?

  おっさんは米を求めて行動を開始しましたので、いずれは味噌や醤油も……。

  そして販売はしない事でしょう。

  予定ではそう考えていますが、果たして……。

  ころころ変わるからなぁ~設定が。

  できる限り人は増やしたくないんだけど、何か事件も起こしたいし……悩みます。


  今回はこの様な話になりましたが、楽しんで頂ければ幸いです。


  最近、メンタルダウン中……悩みが多いス

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