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 おっさん、再び無職に……

 その日、ゼロスは部屋で机に向かい合い、ある物を製作していた。


 机の上に広げられた複雑な魔方陣と、傍らに置かれた魔法式の束。

 その魔法陣の上には、掌サイズの小さな金属の塊が置かれている。


「準備は良し、ではさっそく始めますか」


 長年続いた独身生活から来る、彼の癖となった独り言を呟き、自分以外に誰もいない一室で作業に取り掛かる。

 手を添え魔力を魔方陣に流し込むと、魔法陣は淡い光を湛え、決められた役割を果たすために起動する。

 魔方陣の上に置かれた金属が浮かび、コンソールパネル叩くたびに金属はゼロスが思う形に変化を始めた。


 彼が行っているのは錬金術の最高秘匿技術である【魔導錬成】だ。

 この技術は機材を使わず魔導士の思う形に金属などを加工する為の技だが、魔法陣を構築する技術と同様に製作する物の工程を充分に理解していなければ失敗する、難易度の高い高等魔法技術であった。


 魔法制御と魔力操作、金属の錬成工程の知識に薬品などの精錬知識、凡そ全ての能力をフル稼働して行う魔法の極致の一つである。

 魔法陣の前に展開するパソコンのキーボードの様な映像端末に、そこをまるでピアノでも弾く様な流れる旋律を奏でるが如く動く指先。そこから出される命令に応じて、中央の金属は次第に形を変えて行く。


 彼が作っているのは指輪が二つと、腕輪が一つだ。


 金属はミスリルで、魔力との相性が金属としては比較的に高い。

 そこに限りなく近い性質のマナライト鉱石を加えて合金化し、強度不足を補う事で多少の事では潰れない魔法媒体が出来上がる。

 ミスリルは確かに魔力と相性が高いのだが、金属としては些か強度が不足している為に行う工程であった。

 魔導士が杖を好んで使うのは、自身の魔力を集積し易くするための媒体として杖を使うのであるが、魔力との相性が良ければ別に木製の杖を使う必要は無い。


 杖を使うのは植物が、特に樹木が魔力を溜めやすい性質があるからなのだが、使われている木材の種類によっては強度も魔力集積力も異なり、更に年代によっては安定性にバラつきがあるので魔法行使に問題がある。

 同じ技量の魔導士でも個人の資質によって魔法は安定せず、そこに魔法媒体である杖の材質により威力の面での格差が生まれ、やがてそれは魔導士の序列に差を生む事に繋がる。


 実際、イストール魔法学院では貴族出身の魔導士が良質の杖を持ち、一般出身の魔導士の実力面ではそれほど優劣の差は無い。

 結果として見れば、良質の杖を持つ貴族側が威力面で上位に上がり、安い杖しか手に入らない一般の魔導士は下位に定着される事になる。

 実力では差が無い筈なのに、手にする杖の為に格差が生まれ、同時にそこから差別が生まれて来るのである。


 だが、金属製の魔法媒体は常に安定しており、木製杖の強度不足以外それほど威力に差は出る事は無い。

 威力も常に安定し、寧ろ木製の杖よりは信頼性が高いと言えるだろう。

 強度面でも木製の杖より硬く長持ちであり、劣化するような粗悪品を掴まされる以外では、これほど有用な媒体は存在しなかった。

 金属も木材もいずれは劣化し壊れるが、寿命の面では金属の方が遥かに長持ちで、木製の杖を使うよりは遥かに安定しているのである。


 しかしながら、この世界での魔導士は杖を持つ事が主流であり、金属製の魔法媒体を使おうと思う者は少ない。金属は需要も多く、特に騎士達の武具の類に利用されるために価格が上がり、魔導士達に出回る事が低かった。

 そこには未だに金属が魔力を弾き返すという、根も葉もない噂が蔓延しているからだろう。

 こうした噂は実用性を見せない限り払拭されず、証拠を示さない限りいつまでも定着するのである。


 だが、ゼロス本人にはどうでも良い事なので、気にしてすらいなかった。


「次は、魔法式を刻むか……初めてだから緊張するな」

 

 魔法媒体の装飾品の形が定まると、今度は魔法式を刻まねばならない。

 この魔法式は魔力の運用効率を高めるものであり、負担を軽減するだけで威力や効果を大幅に上げる能力は無い。

 しかし、負担が減れば魔導士の能力も向上し、威力効果も大幅に底上げされる事になる。


 これは魔導具を製作する上での必要な事であり、どれだけ省エネで纏め上げるかが腕の見せ所なのだ。

 この作業が成功するか否かにより、魔導士としての技量が問われると言っても過言ではないだろう。

 まぁ、魔法行使の媒体として使うなら別に必要は無いのだが、そこは生産職の拘りと云う物であろう。

 ゼロスは作ると決めたら徹底的に拘る生産マニアなのだった。


 魔法紙の束から魔法式が解放され、作り出した装飾品に流れるように文字を刻んで行く。

 例えるなら、アニメで音楽を奏でた時に楽譜と音譜が出て来るような、一種の視覚効果の様なものであろう。

 ただその魔法式は確実に金属の指輪や腕輪に刻まれ、複雑な模様となって形として残される。

 仮にこの場で作業を中断しても、刻まれた魔法式は模様となって残るのである。


 どれだけ時間が流れたかは分からない。

 しかし、その作業が恐ろしく手間が掛かる事は確かである。

 現にゼロスは額に汗を浮かべ、疲れながらも魔力で構築されたコンソールパネルを叩き、長い魔法式を小さな指輪や腕輪に刻み続けている。

 

 やがてはその作業も終わりを遂げる。

 全ての魔法式を刻んだ事を確認すると、ゼロスは魔導錬成の魔法陣を解除し、深い溜息を吐いた。


「…思ってたよりも苦戦するな。ゲームの時とは大違いだ」


 作業工程自体は問題ないが、魔法陣や刻み込む魔法式を用意するのに時間と手間が掛かる。

 同じ要領で回復薬などの魔法薬も精製できるが、この場合は入れ物となる瓶などの器が必要になる。

 魔法薬を生成する最中に、入れ物である瓶を作り出す事が出来ないのだ。


 そのためゼロスは、周囲から掻き集めた酒瓶を回復薬の器として利用している。

 本人はリサイクルの積もりでも、傍目から見れば体裁が悪かった。


「……魔導錬成が使える事は分かったが、コレ……どうしようか?」


 目の前にある白銀の指輪と腕輪。

 魔導錬成の実験で製作したのだが、ゼロスには必要のない装備だった。

 そもそも上等な装備を既に持っているので、今更中級魔導士の魔法媒体を持つ必要はどこにも無い。

 

 しばらくの間、このアイテムの使い道を考えていたのだが、途中からどうでも良くなってベットに潜り込む事にする。

 長時間の実験をして、精神的に疲れたので一眠りする事にしたようである。


 興味深い事には率先して行動するが、それが終わればいい加減なようだ。

 しばらくして、おっさんの寝息が聞こえて来た。


 彼の行動には意味があるように見えて、実は全く無い……。

 


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 セレスティーナとツヴェイトは、後数日後には夏季休暇が終わり、イストール魔法学院の寮生活に戻る事になる。

 現在はその準備を整え始め、その日が来る事を二人は待ち望んでなどいない。


 彼等の休暇は二ヶ月だが、再びこの地の戻って来られるのは四か月後の冬期休暇である。

 それまではゼロスからの魔法講義を受けられず、再び鬱屈とした日々に戻る事になるため、二人の気は重い物であった。


 それでも知りたい知識を教えてくれるゼロスに関しては信頼度が増し、今では畑違いの魔法薬調合にも手を出している。

 ゼロス曰く『常に準備が万端と思わないことです。状況によっては孤立し、魔法薬も使い切る事も考えられるでしょう。そんな時に簡単な魔法薬が製作できれば、生存率は格段に上がる事になる』だそうだ。

 実に偉そうな事を言ってはいるが、本人の心の中はウサギさんだった。


 いつもの日課である実戦想定の『ゴーレム凹り祭り』終了後、使われていない空き部屋に陣取り、試験管やビーカーを眺め続ける日々。

 それを記録し最良の効果のある調合法を調べ、訓練中にその効果を確かめては記録し再び調合する。

 今では低級の【ポーション】や【マナ・ポーション】が作れる程に上達しており、売り物として販売してもそれなりの値段で取引される事だろう。


 考え様によっては、二人のこの二月は殺伐とした戦闘訓練と、引き籠りの薬剤研究である。

 健全な若者のする休暇の仕方とは異なるが、この二ヶ月近くにも上るこの時間は実に濃厚で、充実した楽しい物であった。

 それももうじき終わりを迎え、退屈な日々に逆戻りとなる。


「ハァ……」

「なんだ、また溜息かよ。まぁ、学院に戻る日が来るんじゃ仕方ねぇけどよ」

「分かってはいるのですけど、心の整理がつかないと言うか……憂鬱です」

「確かに戻りたくはねぇよな。ここの方がよっぽど研究が捗るし、発見する事も多い」

「そうなんです。特に積層魔法陣方式など、自分で研究したい事が多くて……」

「分からない所も聞けばヒントは教えて貰えるからな。学院の教師はツッコんで聞くと『自分で調べろ』と来るし、今思うと知らねぇんだつー事がバレバレだった」

「学院の教師は卒業生ですからね。教えられた事しか、知らないんですよ……」


 学院で教えている事は魔法文字五十六音と記号を現す十文字に、それぞれ一文字に意味があると考えている。それ自体は間違いでは無いが、一つの文字を繋げて言葉にする事により、理解できる意味を与える事を知らない。

 それだけに残された既存の魔法を分解し、文字一つづつを組み込んでは効果を確かめると云う方法を、彼等は延々と繰り返してきた。

 これは魔導士達が悪いのではない。邪神戦争の折に優秀な魔導士が全て戦場に行き邪神による直接攻撃を受け、彼等は一撃の元に消し飛んだからである。


 勇者と呼ばれた戦士達も、彼等に力を貸した賢者達も四神に与えられた神具が無ければ邪神を倒し、封印する事は出来なかっただろう。

 多大な犠牲を払って戦いは終息したが、今度は人材不足が深刻な問題となって来る。


 残された魔導士は見習い程度の半人前ばかりで、当時は一般的だったカリギュラムをこなすだけで精一杯の彼等は、師でもある魔導士から魔法式の手解きを受ける事が出来なかった。

 いや、手解きを受けた魔導士はいたが、その後に猛威を振るった疫病によりその魔導士達も死に絶えてしまった。

 原因は戦場の死体であり、遺体を埋葬する者達がおらず放置されたために疫病が蔓延したのである。


 多くの魔導士達は必要に駆られ錬金術師に転向、結果として魔法式の解読が始まったのは、それから数百年後の事である。

 魔法式の現物はあったが、彼等が解読を始める時には全てが手探り状態。

 その意味を理解する者はおらず、作業は難航する事になる。

 運の悪い事に数年おきに何処かの国が戦争を起こし、同盟国と云う理由や自国が戦争に巻き込まれ、或いは戦争を引き起こしたなどと云う騒ぎで、研究は一向に捗らない。


 偶々完成した魔法は強力で在ったが、結果として使い手を選ぶ不完全な代物になってしまった為、その魔法を行使できる者を優遇するようになり魔法貴族が誕生する事になる。

 その魔法を代々受け継ぎ、国の防衛を担う一族が現在の貴族達の先祖である。

 ソリステア公爵家に伝わる秘宝級魔法【ドラグ・インフェルノ・ディストラクション】も、そうして伝わってきた魔法の一つである。


「ウチの秘宝魔法も、どうやら欠陥魔法みたいだよな」

「無駄に魔力消費が大きいですし、術者の負担がかなり酷いですよ。今効率化を進めていますが、難航しそうです」

「全てを術者の魔力に依存するのは問題だよな。魔力変質にもムラがあるし、威力はデカいが三回放てればマシじゃねぇか?」

「保有魔力の消費率効率化を図らないと、直ぐに戦場で倒れてしまいますよ。積層魔法式では無いですし、単一魔法陣形式ではイデアの許容量が……」


 広範囲攻撃魔法であるのだから、魔法式は複雑化し魔力が大量に必要とする事は分かる。

 問題は魔法を行使すると余計な魔力も奪われ、いざと云う時に戦えなくなってしまう。

 実戦を知ったからこそ解読作業中に二人は一族の秘宝魔法の欠点に気付き、それを改良する作業をしているのだった。


 そんな二人を嬉しそうに見つめるクレストン老。

 孫達の成長具合を確かめられ、実にご満悦の様である。


(あぁ……儂の可愛いいティーナ。この二ヶ月でこれほどまでに逞しく…儂は嬉しくて泣きそうじゃ。

 しかし、ここまで優秀になると婚約を求める有象無象も……いかん、いかんぞ! ティーナは儂の物じゃ!!

 一生、儂の傍におるんじゃ!! この子に近付くケダモノ共は、儂がこの手で地獄に送ちゃる!!

 ケダモノには死を、婚約を申し込んで来る連中は戦争じゃぁあああああああああっ!!)


 ……前言撤回。


 どこまで行ってもこの老人は孫馬鹿のイカレた爺だった。

 そして、まだ見ぬ求婚者に殺意を滾らせていた。


「あっ、クレストンさん。この間、頼まれたヤツですが完成しましたよ?」

「なに? もうか、さすがゼロス殿。早いのぅ」

「結構無駄が在る魔法なので面倒でしたが、できる限り効率化しておきましたから、負担も無い筈です」

「すまんな。出来れば儂の手で最適化したかったのじゃが、歳をとると物覚えが悪くなってのぅ」

「でも、良いんですか? 秘宝魔法の魔法式を部外者に見せて……」

「「!?」」


 ゼロスの言葉に二人は一斉に振り向く。

 秘宝魔法の効率化は彼等が課題にしている物で、今現在難航している代物である。

 それをまさか、祖父であるクレストンがゼロスに依頼して、効率化を果たすとは思わなかった。


「これがあれば、有象無象共を……クククク…」


 爺の目がヤバかった。


「「御爺様っ?!」」

「な、なんじゃい?! 脅かすで無いわ、心臓が止まるかと思ったぞ?」

「なに、秘宝魔法を師匠に見せてんだよ!! 一族の秘匿すべき魔法じゃ無かったのか?!」

「それに、その魔法は私達が……」

「ゼロス殿の魔法は儂らの魔法を既に超えておるのじゃぞ? 今更見せたところで大して意味は無いじゃろ」


 秘宝魔法はソリステア王家を守る四大公爵家に伝わる魔法であり、決して他人に見せて良い物では無い。

 それをあっさりとゼロスに見せるクレストンに、二人は常識を疑うほどだった。


「せ、先生……この魔法の事は、くれぐれも…」

「分かっていますよ。いやぁ~、僕も調子に乗って威力を増大させてしまいましたからね、他の人に教える気は無いですよ。危険すぎて…」

「アンタも、何してくれちゃってんの?!」

「威力増大て……この魔法、悪い意味で絶妙なバランスで構築されているのですけど…。意味不明の術式が、なぜか根幹部分で重要な役割を果たしているのですが…」

「こ、これなら、これなら……殺れる…グフフフフ♪」

「「御爺様?! 誰を殺す気だよ(ですか)!!」」

 

 ヤバい人に刃物を与えてしまったゼロス。


 既に魔法式を脳内にインストールした爺さんは、狂気の笑みを浮かべていた。

 婚約を求めて来る貴族達の命は、もはや風前の灯火である。

 いや、暖炉にくべられる薪木みたいな物であろうか?

 この爺さんは、殺る気だ。


「それより、薬草の色が変わって来てますよ? 魔力結晶のエーテル液を入れて、マンドラゴラの粉末を加えてください」

「「ナチュラルにスルーした?!」」

「別に、この爺さんが有象無象を殲滅しようとどうでも良いですし、権力欲の腐った連中など焼却処分する方が良いでしょう」

「フフフ、そうよ……汚物は消毒じゃぁあああああああああああっ!!」


 ゼロスは無責任だった。

 元から魔導士は世間に対して無関心で、研究以外に興味が無い連中だが、ゼロスもまた同類の気質の様である。

 自分に火の粉が飛んで来なければ、後はどうなろうと知った事では無いのである。

 多少は罪悪感を感じる様ではあるみたいだが…。


 今のクレストンは劫火の如くヤバい感じに滾っていた。

 最愛の孫娘の為ならば、この老人は魔王でも邪神にでもなる。


「早く火から逸らした方が良いですよ? これ以上煮込んだら、苦みが凄いですから」

「・・・・・話は後にしておく。火の傍だしな」

「御爺様…何がそこまで」


 火で炙っていたビーカーを耐熱手袋で掴み、テーブルの上に置く。

 透明な黄色の液体は、冷えて来る頃には緑色へと変わって行く。


「ここに、マンドラゴラの粉末を入れて……」

「マンドラゴラか……思い出したくもねぇな。アレは精神攻撃がひでぇ」

「・・・・・そうですね」

 

 二人は思い出す、マンドラゴラの精神攻撃を受けた日の事を……。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 ファーフランの大深緑地帯。


 クレイジーエイプに食料を奪われた一行は、食料を求めて狩りに出かける事になった。

 回復薬などの物資も根こそぎ奪われ、現地で調達しなければならなくなった。


『薬草はその辺りに生えていますが、【ドラック茸】や【ケミカルリーフ】も必要です。後はマンドラゴラでしょうかね?』

『先生、マンドラゴラの叫びを聞くと、死ぬと言われていますが?』

『ある意味、死にますね。精神が堪えられませんよ、あの叫びは……』

『死なねぇのか? なら、楽勝じゃねぇか』

『だと良いですけどね……フフフ…』

『な、なんで、そんな死んだ目をしているんだ? 』

『怖いです、先生……』


 その時はまだ理解していなかった。

 マンドラゴラの恐ろしさを……。


 狩を続け食料を確保し、森の中を散策する。


『あっ、マンドラゴラが群生してますね。さっそく採取しましょう』

『たかが植物だろ? 何が怖いんだ?』

『私は……嫌な予感がします』


 セレスティーナの予感は当たっていた。

 三人は手分けしてマンドラゴラを引き抜くと……


 ―――ウギャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 ―――ヤメテクレ…オレニハカゾクガ、ギャァアアアッ!!

 ―――タスケテ、パパ…ヒャグゥ!!

 ―――アッ……アァ…アクマメ……ヨクモムスメヲ……。


 二人は真っ先に挫けた。

 人の良心を抉るかのような叫びに、この二人は耐えられなかった。


『何だよこれ……心にグサグサ刺さってくんぞ?』

『頭がおかしくなりそうです。これは良心の呵責に苛まれますよ……』

『そうですか? 慣れればどうって事ありませんけど?』


 ―――ア……アァ…モウ、カンニンシテェ……コレイジョウ、ワタシヲヨゴサナイデ……

 ―――ヤメテクレェ――――――!! コノゲドウガァ―――――ッ!!

 ―――ヒドイ……コンナ、モウイキテイケナイ……

 ―――アァ…オノレ…キサマノチハ、ナニイロダァ―――――――――ッ!!


『ハイハイ、どうせ外道ですよ。それが何か?』

『『何で……平気なの?』』

『孤児院でこれを栽培してますので、いい加減に慣れましたよ。ハハハハ♪』

『・・・・・・それ、人としてどうなんだ?』

『罪悪感が……心が痛いです』


 所詮は植物だけに、ゼロスは既に考えを改めていた。

 生きるか死ぬかの瀬戸際に、そんな余裕は一切ないのだ。

 それを理解しているだけに、彼は平然とマンドラゴラを採取して行く。

 仕方が無く二人も続けるが……。


 ―――アァ……ママ、ドコ……クライヨ……タスケ…

 ―――アンナオサナイコニ……ノロワレロ、ゲドウドモメッ!!


 しかし教え子の二人は、立て続けに自分達を責め苛む叫びに完全にノックアウト。

 ギブアップするのにも、さして時間が掛からなかった。

 

 この良心を直接攻めてくる攻撃に、二人は耐える事は出来なかったのである。

 拠点に戻った時の二人の目は虚ろで、俯き何やらブツブツと呟く、精神的に追い詰められた末期症状であった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「アレには……慣れたくねぇよな? 耳を塞いでも直接響いて来るしよ」

「でも、誰かが同じ事をして採取しているのでしょう? 心は大丈夫なのでしょうか?」

「同じ人ならともかく、所詮は植物です。弱肉強食は世の常ですよ」

「俺は師匠が悪魔に見えるよ」


 孤児院で収穫作業をしていたゼロスには、もはや精神攻撃は通用しなくなっていた。

 人は環境に適応できる生物であり、どこまでも残酷になれる生き物でもある。 


「植物相手に何を言っているんです? 奴らに人の感情なんてわかる筈も無いでしょう……(たぶん)」

「いや、アレに慣れるのは人としてどうかと……言いたい事は分かるけどよ」

「心を極端に抉って来るんですよ? 精神的に参ります」

「牛や豚に感情が無いとでも? それを食べて生きてる自分も同罪だと知る事だと思いますがね。今更植物如きで何を言っているんです?」

「「うっ……」」


 どれだけ精神論を言ったところで、他の生物を糧として生きている以上は偽善である。

 ただ屠殺の現場を見ていないだけで、死肉を糧にして生きている事には変わりは無い。

 この時点で既にその精神論は破綻しているのだ。


「結局は割り切れるかどうかの問題でしょうねぇ。糧になる者には感謝を、敵には殺意をですよ」

「「・・・・・・・・・」」


 マンドラゴラがなぜ叫びを上げるのかは未だに解っていない。

 だが、精神攻撃に曝され無力化されるより、割り切って採取できるようになる方が錬金術を学ぶ上で重要である。

 必要な時に自分で採取できない様では魔法薬を作る事など出来ないだろう。

 素材とて簡単に手に入る訳では無いのだ。


「お喋りはここまで、今は手を動かして下さい。今日中に中級の魔法薬を作る工程は覚えて貰います。

 調合のレシピは大まかな所は同じでも、他の錬金術師と比べると微妙に配合か異なりますので、後は自分で配合の調整を試してみてください」


「中級の【マナ・ポーション】は、魔導士には欠かせないよなぁ~。直ぐに魔力が尽きるし」

「魔法の運用もそうですが、自身の魔力消費を管理できなければ、倒れて足手纏いですからね」

「魔力を回復できる手段が在るのは大きいよな。飲み過ぎるときついけど……」


 ポーションの類は飲み薬なので水分が殆どである。

 回復に必要なのは薬効成分なのだが、その成分を固定保存するのが水分の役割だ。

 しかし、飲み過ぎると胃に溜まりやすい。

 戦場で腹痛を起こす原因が過剰なまでの水分接種によるもので、その大きな要因が回復薬によるものであった。


 飲み易い事は良い事なのだが、使いどころを誤ると戦力を落しかねない事態に陥る。

 適度な利用法を知るには結局は経験を積むしかないのだった。

 

 その後、二人は回復薬の成分を濃縮する方法を伝えられ、今日の【ゼロスおじさんの錬金術講座】は終了した。

 

 二人は明日から、学院に戻る準備を始めなければならない。

 充実した日々も、あと数日で終わりが来るのである。

 


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 楽しい時間と云う物は直ぐに過ぎ去って行くものである。

 充実しているからこそ時間の流れを感覚から忘れ行動に没頭し、気づけば日が傾いている事が多い。


 二人の教え子達の時間も同様で、イストール魔法学院に戻る日は明日に迫っていた。

 早朝に出発するので二人は早く就寝に着く事になる。

 盗賊が現れる事を踏まえ今回は船で王都に向かい、そこから馬車で学院のある王族直轄地【スティーラの街】へ行く事になる。


 ファーフラン街道を行けば距離的に近いのだが、行くだけなら船を使った方が早く着く。

 馬車は馬を休ませねばならず、村や街の距離が不均等なために、野営もせねばならない。

 しかし、船なら迂回する形にはなるが川の流れに任せるので、船員を交代するだけで休み無く王都近くの街にまで行けるのだ。

 そこから馬車で半日で、学院のあるスティーラまで安全委行く事が出来た。


「あれ、初めて会った時は馬車で移動してましたよね? 何で街道を利用したのですか? 船の方が早いのですよね」

「行きはともかく、帰りは河を遡る事になる。風任せでいつ帰って来れるか分からんのじゃよ」

「あぁー…帰りは自然任せですか。季節によっては吹く風向きは変わりますし、時間が掛かるわけですね」

「うむ。それさえなければ、儂も船で早く帰って来れたのじゃが、自然の風は気まぐれじゃからな」


 行きは流れに身を任せれば自然に目的地に辿り着くが、帰りは河の流れに逆らう事になる。

 船は帆船だけに風任せであり、良い風を捕まえられなければいつまでも立ち往生。

 また、船は風向きに合わせてジグザグに蛇行して進むため予想以上に時間が掛かり、予定の日数で帰って来れる保証は無い。


 ゼロスは一瞬だが蒸気機関にすれば良いと思ったが、石炭や魔法で補ったところで人員が不足する事に違いない。  

 蒸気機関は整備する者が必要であり、また動力部であるボイラーを常に監視していなければならないのだ。

 さすがに技術チートをする気は無く、この世界の影響を出来るだけ与えたくはないと思っているゼロスは、余計な事は口にせずに心の中に押し込んだ。


 求めるものは平穏無事なのである。


「なるほど、自然の摂理には逆らえませんからね」

「魔法がもう少し発展すれば可能かもしれぬが、今はまだ無理じゃな」


 ゼロスは心の中で『すみません。実は今直ぐにでも技術改革は可能です』などと言えず、その言葉を奥底に飲み込む。

 だてに工業大学は出ておらず、単純な蒸気機関の構造や異世界チートおなじみの知識は既に持っていた。

 だが、下手な技術革命は混乱を呼び、必ず戦乱が起きると言っても過言では無い。

 下手にこの世界の技術改革を引き起こす訳にも行かないので、ゼロスはあえて黙して語らずを貫いている。


「なぁ、御爺様よ。学院を中退したら駄目か?」

「気持ちは分かるが、それでは我が家系に汚点を残す事になる。あんな学院でもそれなりに名門じゃからな」

「正直、学ぶべき事が見えません。戻る必要性があるのでしょうか?」

 

 実も蓋も無い言い方だが、いくらゼロスより劣っているとは言えどイストール魔法学院は数々の功績を残してきた名門である。

 正当な理由も無しに中退する事は一族の名に傷をつけ兼ねないほどの影響力はあるのだ。


 クレストンは無言でゼロスを見つめ、『何とかしてくれ』と訴えて来る。

 ゼロスは深い溜息を吐くと、インベントリーからある物を取り出した。


「ツヴェイト君、セレスティーナさん。君達にコレを与えましょう」

「これは?」

「指輪と、腕輪か?」

「これは僕が作った魔法の媒体で杖の代わりです。これの使い勝手を学院にいる間に確かめてください」

「「!?」」


 魔力媒体―――つまり魔導士の杖が師から与えれるという事は、一人前とみなされる証でもある。

 それは、教えられた魔法を自由に行使しても良いという、言わばお墨付きの様な物であり、弟子二人にとっては名誉と同時に責任が伴う物であった。

 この行為自体が、二人を一人前とみなす儀式なのだが、ゼロスはそんな事を知る由も無い。


 この魔法媒体は、特殊効果を一切持たないただの魔法杖の延長に過ぎない性能なため、さほど気にしてすらいないのだ。

 だが、売ればそれなりの値が付けられる事に間違いは無いだろう。

 金属製の魔法媒体など、滅多に見る事が出来ないからである。


「腕輪はセレスティーナさんが、ツヴェイト君は指輪を使ってください」

「師匠、指輪が二つあるのはどうしてなんだ?」

「もう一つは君の弟君に与えてみてください。出来れば使い心地のレポートを出してくれると、こちらとしてはありがたいのですがねぇ」


 作ってはみたが使い道が無い。

 箪笥の肥やしならぬインベントリー内の肥やしになるなら、誰かに使わせて使い心地の程を確かめて貰いたかった。

 自分でこの装備を使ってもあまり意味が無いため、レベルの低い者に使わせた方が効果が解り易いからだ。

 要するに試作品の実験のようなものである。


「クロイサスの奴にか? アイツが受け取るとは思えんがなぁ~」

「その時はその時ですよ。それと、宿題も出しましょう」

「「宿題?!」」


 二人が顔を見合わせる。

 この非常識な大賢者が、どのような無理難題を言ってくるか分からないのだ。

 どんな過酷な試練を言い渡されるか、皆目見当もつかない。


「二人には、秘宝魔法の効率化と威力強化を学院にいる間にやってもらいます。無論、共同でも構いませんし、個人で研究するもよし。

 他の魔法も改良できたなら尚良い。もし成功したら、僕が最高の魔法媒体を用意しましょう」

「「!?」」


 賢者の作る魔法媒体がどれほどの物かは分からないが、もしそれが叶うなら国宝級の魔導具とみて間違いは無い。

 それを自分達が与えられるという事は、賢者の後継者とみなされてもおかしくは無いのである。

 二人は俄然、やる気が出て来た。


 ゼロスは、この宿題が失敗すると分かっている。

 クレストンの依頼で秘宝魔法を改良した為に、基礎をかじった程度の教え子が改良できるほど簡単な魔法では無い。


 言わば自分の手で研究して貰う為の布石の積もりだった。


「オッシャアッ!! やってやんぜ!!」

「この宿題、必ず成功させてみせます!!」


(あれ? 何でこんなにやる気が出てんですかね? おかしくね?)


 しかし、別方向でやる気を刺激させてしまった様である。


 ゼロスにしてみれば『装備を作ってやる』と言う、やる気を上げるだけの吊り下げられたニンジン程度の意味なのだが、二人からしてみれば賢者の作る魔法媒体。

 しかも最高の物となると、魔導士として国王に表彰されるより名誉な事である。

 いや、名誉どころか神に祝福されるのと同意義なのだ。


 ここに、異世界の常識と現代人の意識の齟齬が発生していた事に誰も気付く事は無い。

 ただ一人、クレストンだけが満足そうに頷いていた。



 翌朝、サントールの街が霞みがかる中、二人の魔導士が馬車に乗り込む。

 賢者に与えられた課題と、それを成し遂げた証の魔導具を得るために。


 馬車は静かに走り出す。

 目的の場所は、スティーラの街。

 世代を担う若き魔導士二人は、意気揚々と学院に戻るのであった。



 それは同時に、この日ゼロスが再び無職になった事を意味する。

 職を失ったゼロスはこの日、一人で頭を抱え悩んだと言う。

 分かっていたとは言え、いざこの日が来るとやるせない物があった。


 おっさんの無職生活が、これから始まるのである。


 

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