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 おっさん、同郷の者と邂逅する

 少女は近くの中学校に通う、ごく普通の学生であった。

 ただ、友人と呼べる交友関係は皆無に等しく、毎日をただ決められた通りに生きていた。

 日常は平凡、何の変化も無く続く世界に圧迫感を覚えるのも、さして時間は掛からなかった。

 そんな彼女がお年玉で買った最新鋭ゲーム機、【ドリームワークス】


 同時に発売されたオンラインゲーム対応ソフト、【ソード・アンド・ソーサリー】にハマるのも、当然と言えるだろう。

 彼女はお年玉を全て注ぎ込み、ソフトと筐体がセット販売された初回限定特典セットを購入する。

 ちなみに筐体は三度目のバージョンアップした物で、性能や処理速度も格段に上がっていた。

 そして、彼女はさっそくゲームを始め、そして変わらない日常に変化を求める。


 デジタル世界の中には刺激が溢れ、自分の生活している日常が一気に吹き飛び、やがてこの世界だけが彼女の居場所となって行く

 多くの友人も出来た。頼もしい仲間も出来た。しかし、現実に戻れば彼らは傍にはいない。

 その孤独感が、彼女を逸そうこの世界に縛り付ける要因となったが、それでも別にかまわなかった。


 そして―――彼女はその日も、仲間と共にクエストを受けて戦っていた。

 突然、視界が闇に染まる前まで……。


 気付けば、自分は平原の真ん中に立っていた。

 そこに誰もいないが、同時に彼女の日常が変わった事を予感する。

 その予感は当たり、ステータス画面を展開した時に発見したメールの内容を読み、現実を再確認する事となる。


 メールの内容から、この世界の神が異世界である前の世界(しかもデジタル世界)に邪神を封印し、その邪神が死ぬ間際に放った呪詛により大勢の人が死んだという事だった。

 元の世界の体をベースに、ゲーム世界でのステータスを加えた形で蘇生させたようである。

 過程はどうあれ彼女は死に、そして別の世界に転生を果たした。


 元より、家族間の交流が希薄な彼女にとって、どこの世界も大して意味は無い。

 ただ、元の世界よりは退屈しない世界である事が、彼女の冒険心を湧き立たせる。

 インベントリ―から道具を取り出し、近くに村があると分かるとそこへ向けて歩き出す。


 彼女の名は、入江 澄香。

 傭兵登録時の名は、イリスである。


 この世界を満喫するため、ゲーム時の名称で彼女は傭兵となった。

 傭兵ギルドは、ゲーム内での冒険者ギルドと組織構造が酷似しており、世界を廻るのには好都合であったからだが……


 そんな彼女は現在、盗賊団に捕まっていた。


「どうしよう、イリス……?」

「今は、チャンスを待つしかないわね。大丈夫、直ぐにその時は来るから……」

「本当?」

「たぶん……」


 ゲーム時のステータスから、彼女の傭兵としての実力は中級に入る。

 ランクで言えばCになるが、商人の護衛くらいは簡単な仕事のハズであった。

 問題は、盗賊達の数が多い事と、護衛対象の商人一家が人質に取られたのだ。


 所詮は現代社会で生きていた少女であり、どこかの賢者のように世界を斜めから見ていない。

 その認識不足が、彼女を窮地に追い込んでいた。 


 盗賊達は女性だけでなく子供も攫い、その子供を人質に肉親である女性を目の前で脱がすという、正に下衆の行為を行っている。

 おそらくは母親だろうが、その女性は怯えと羞恥に打ち震えながら、静かに着衣を脱いでゆく。

 女性を下卑た目で見る男達は、とても同じ人間には見えなかった。


(必ず……殺してやる)


 生まれて初めて芽生えた純粋な殺意。

 傍で脅える仲間の女性から、出来るだけ離れない様にしながらも、周囲の状況を見渡す。

 彼女は索敵系のスキルを使い、魔力の反応が上空にある事に気付く。


(アレは……使い魔? 魔導士がここを見ている?)


 姿を隠そうともせず飛び交う、鷹と隼。

 だが、それはどう見ても生き物では無かった。


「レナさん、もしかしたら……助かるかも」

「本当? でも、どうして……」

「魔導士が、ここを発見したみたい。近い内に、救援が来るかもしれないけど……」

「いつ救援が来るか、分からないのね?」

「うん……」


 使い魔は、確かにこちらを見ていた。

 しかし、救援がいつ現れるかは未知数だった。


「最悪……酷いこと、されちゃうかも……」

「助かるなら構わないわ。そのお礼は、アイツらに返すから……」


 この世界で初めての仲間は、盗賊達を呪い殺すかのような目で睨んでいた。

 他にも三人ほど護衛の傭兵はいたが、二人には初対面で柄が悪かった。

 死んでくれて清々したが、今の状況は戦力が欲しい所である。


(助けに来るなら、さっさと来なさいよ! これ以上は……)


 下卑た欲望に満ちた視線が、彼女達に集められている。

 盗賊達に犯されるのが早いかもしれない事に、ただ嘆くしか出来なかった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

 川を上流にさかのぼり、痕跡を追い続けて三十分。

 ゼロス達を含めた騎士団一行は、盗賊達のねぐらを発見していた。

 川の傍には船があり、コレで荷物を運んだようだ。

 

「奴ら、河賊だったのか……」

「となると、モーバス一家でしょうか?」

「分からん。だが……噂では、ガラの悪い連中が離反したと言う話だ」

「本家から裏切り扱いを受けて、ここに逃げ込んだんですかねぇ?」

「なんにしても、デストロイだ!」

「今、良い悲鳴を上げさせてやんよぉ~ヒヒヒ……」


 どっちが賊だか分からない。

 騎士達の殺意の波動は、もはや嵐程度では生温いほどに高まっていた。


「人質はどうするんです? 女性は中央に集められて、子供達(一部男性)は彼らに捕まっていますが?」

「奴ら、あの子供達を人質に脅迫して、女たちを脱がせてやがる」

「兄様……覗いてませんよね?」


 セレスティーナの冷たい視線はスルーされた。

 何しろ、今は緊急事態である。

 時間が過ぎるほどに、人質の人命は危険に曝されるのだ。


「魔物の時みたいに痺れさせるか?」

「だな。後は、どうにかして奴らの注意を惹きつけて……」

「周りを囲んでタコ殴り、へへへ……生まれて来たことを後悔させてやる」

「毒も盛るか?」

「子供達がいるんだぞ? それは不味い」


 考え方が悪辣だったが、賊が相手では彼らに正々堂々の文字は存在しない。

 元より卑劣な連中であり、手加減してやる理由はどこにも無い。

 こうした犯罪者の取り締まりも彼ら騎士に与えられた仕事だが、大抵の騎士達は搦手は使わず摘発に赴くので、盗賊のボスに逃げられる事が多かった。


 元より騎士は大人数で動くため、作戦準備期間や前日までの行動を見ているだけで、いつ襲撃して来るかが分かってしまう。

 これは大規模な盗賊団で良く見られる失敗例なのだが、小規模な盗賊でもある程度は予想が可能であった。

 何しろ、騎士団が動く時には物資の購入などで金が動き、戦争中では無いにしろ、武器や食料などが駐屯地や砦に運び込まれるからだ。

 更に連絡員である騎士が頻繁に目撃されれば、盗賊達も警戒するのは当たり前である。

 

 情報網は、何も国だけが所有している訳では無い。

 商人や盗賊も、独自のネットワークを構築しているのは当然の事である。

 その情報統括機関がギルドと呼ばれ、各職業に合わせて独立した情報網を持っていた。


 皮肉な事だが、その情報網が全て一つに纏るのは戦争のときだけだろう。

 傭兵も、商人も、盗賊すら金の流れに過敏になるからだ。

 情報は高く売れ、傭兵は稼ぎ場を求め、商人は物資を売り、盗賊は他国の裏情報までも売りつける。

 どの情報網も自分達の利益のためにしか使わないのが、この世界での在り様であった。


 当然、商人を襲った元河賊も国の防衛に関する情報は手に入れている。

 それを基準にしてこの辺りに縄張りを作ったが、彼ら盗賊達はミスを犯した。

 情報は、複数を集めて分析する事により、より深く現状を考察できる。

 だが、一つの情報を鵜呑みにしたために、自分達にとっての天敵が傍にまで迫っている事に気付いていなかった。


 ファーフランの大深緑地帯に護衛任務で向かった騎士の存在である。

 しかも、彼らはこの一週間で馬鹿みたいに強くなっている。

 凶悪な魔物と戦い続けて……。


 血に飢えた野獣の目で盗賊達を楽しそうに見つめ、如何に殲滅するか作戦を練っている。

 そして、その作戦はようやく決まった。


「ゼロス殿、出来るだけ奴らの注意を惹いて下さい。我らが包囲するまでの間で構いません」

「状況に応じて臨機応変で良いですか? 攻撃されたら殺しますが」

「人質は? できるだけ助けたいのですが……」

「相手の出方次第ですね。思いっきり悪役を演じてみせますよ……」

「その辺りは、お任せします。では、行動に移しましょう。時間がありませんから……」

 

 先陣を切る役割は、最も強いゼロスが請け負う事になった。

 まぁ、妥当な人選であろう。


「じゃぁ、先に行ってますよ? 早くしないと、獲物を全て狩っちゃいますんで~♪」

「我らの分も残しておいてください。恨みを晴らしたいので……」


 平穏な時間を潰された彼らの恨みは深い。


「……人間を相手にするんだよな?」

「彼らにはもう、人と魔物の区別が無いのかもしれません。どちらも狩る対象になったようです」

「奴らも不憫な……死ぬな。全員……」

「デストロイです。今の彼らを誰も止める事は出来ないでしょう……レベル的に…」


 わずか一週間で、凶悪なまでに強くなった騎士達。

 当初はセレスティーナ達二人の実戦訓練だったはずが、いつしか生きるか死ぬかのサバイバルと化した。

 レベルは三倍近くまで跳ね上がり、スキルレベルも半端なく増加している。

 今の騎士達は、この国で最強と言っても過言では無い、少数精鋭部隊であった。


 些か、人間性が壊れ始めているのは問題ではあるが……。

 ともあれ、こうして盗賊殲滅作戦は敢行されたのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 盗賊に身を落す者には複数のパターンがある。


 先ずは農家の生まれでありながらも、相続問題で家から追い出された者達。

 次に、街で職に就くも、性格の問題からクビになったチンピラ予備軍。

 裏家業から鞍替えした犯罪者。

 どのルートでも食い詰め者の集まりである事には変わらない。


 同類は同じ境遇の者達と群れる事により組織化し、犯罪行為を行う事で自分達の生活を安定させる。

 迷惑な事に、彼らはマトモに働く気は無く、他人から奪う事で収入を得るのだ。

 汗水を流して働く事が馬鹿らしく、楽して金が入ればいいと思って居る為に、強奪行為が効率が良い無難な商売だと勘違いしている。


 大概の犯罪組織には掟が存在するが、学歴すら最底辺のチンピラにそんな物は無く、ただ奪い・犯し・売るの行動でしか判断できない。

 獣の方がまだマシで、彼らには生きる以外には愉悦を得る為だけが生を実感できた。

 特に女をいたぶる時が何よりも楽しい。


 恋人を、夫を、兄妹、姉妹……そんな被害者の目の前で女を犯す。

 怒りと屈辱・絶望と嘆き・悲哀と懇願、まるで神になったかのような気分で女を犯し、悦楽に浸る。

 そして、女は奴隷商に裏で売り払い、金品は知り合いの闇商人に頼み裏で売りさばく。

 金が入れば酒場で豪遊し、金が無くなれば再び罪を犯すのだ。

 

 しかし、裏であろうが表であろうが、職と云うものは簡単に上手くはいかない。

 たまたま運が良かっただけで、今日が最悪な日となる事もあるのだ。


 今、彼らの目の前には家族や恋人を助けるために、自ら素肌を晒した女性達がいる。

 そんな彼女達をこれから犯し、楽しい時間が来る事に喜悦の笑みが隠せない。

 

 この時までは、だが……。


「すみません……ここは、どこなのでしょうか?」

「あん?」


 盗賊の頭が声の下方向に顔を向けると、見すぼらしい身なりの魔導士が一人立っていた。


「いやぁ~、街道から外れひと月ほど森を彷徨いまして、出来れば町までの道を教えて貰いたいんですがねぇ~?」

「おい、俺達は見ての通りだぜ? 状況が分かってんのか?」

「えぇ、自分も裏の人間ですからね。今の状況は理解してますよ? お互い、持ちつ持たれずじゃないですか」


 魔導士である事自体は問題では無いが、目の前の魔導士は胡散臭過ぎた。

 薄汚れたローブに、中肉中背の中年男。

 目元が見えないほど伸ばしたボサボサ髪に、無精髭。

 だが、とても堅気には思えない気配が滲み出ている。


(灰色ローブか……。実力は、大したこたぁ~ねぇな…)


 頭はこの男が危険と判断し、部下に解るように合図を送った。


「うさんくせぇな、こいつら見てそんな事を言えるのかよ?」

「中々に、上玉がいますね。出来れば一人くらいは欲しいですよ、実験材料にねぇ~……」


 盗賊である故に、彼らは女をボロボロになるまで犯すが、それでも商品になり得るので殺しはしない。

 しかし、目の前の魔導士は全裸の女性達を見て『実験材料』と言った。

 想像以上に危険な人間であると判断する。


「そうか……何なら、一人くらい持っていくか? 俺達が楽しんでからだがよぉ」

「かまいませんよ? 生きていればどうでも良いですから……色々と試したい事がありまして」


 闇魔導士が人間を実験に使うのは知っていたが、まさか本物に出会うとは思わなかった。

 こうした魔導士は実験以外の事はどうでもよく、魔法の実験結果しか興味が無い。

 逆に言えば、ここで自分達の存在が知れて、情報を売り渡す可能性も高かった。

 何しろ魔法研究は金が掛かり、わずかな研究資金の為に雇われ、大勢を虐殺する事もあるのだ。

 

 ここで始末する方が無難である。


「まぁ、俺達が楽しむ間は暇だろ? 酒でも飲んでろや」

「良いですねぇ~、最近はまともな物を口にしてませんでしたから。何か良い酒でも?」

「あぁ……商人共からくすねたヤツだが、上物だぜ?」

「それは楽しみですねぇ~、ククク……」


 怪しさ大爆発である。

 だが、どの道やる事に変わりは無い。

 盗賊の一人が魔導士の傍に近寄る。


「こっちが開いてるぜ?」

「すみませんねぇ~、お楽しみの最中に……」

「かまわねぇぜ? 何ならアンタも楽しむか? 地獄でよっ!!」


 予め決められた手順で、盗賊が背後からナイフで斬り付ける。

 しかし、倒れたのは盗賊の方であった。

 胸元に深々と刺さるナイフと、冷徹な笑みを浮かべる魔導士。


 何が起きたのかが分からなかった。


「おやおや、随分と眠るのが早いですね? さっそく永眠ですか?」

「なっ?! テメェ、何をしやがった!!」

「プレゼントをお返しして差し上げただけですが? それより……死にたいんですか?」


 空気が急激冷え込むような錯覚。

 背筋に冷たい汗が大量に流れだし、自分達が何か、途轍もない間違いを犯したのではと疑問が過る。


「こちらは交渉したんですよ? だが、あなた方は武器を向けた…これは殺されても文句は言えないですよね?」

「なっ?! 違う!! そんなつもりは……」

「さっきほど、この男に合図を送ったのは分かっています。バレないとでも思ったのですか? 素人が……」


 超然とした態度で盗賊達を見据える魔導士―――ゼロス。

 彼の内心はと言えば……


(いきなり襲いますか、普通!! いい加減にしてくださいよ、こっちは気が起ってるんです!!

 そりゃあ、最初から殺すつもりだけどね。けどねぇ~、こっちにも色々と段取りがあるんですよ!!

 もういい、死ね! 殲滅します、これは決定事項)


 ひと月ぶりの肉生活で、かなり精神がおかしな事になっていた。

 口調もやや若い頃に変わり、短絡的思考で行動している。

 本人の気付かない内に、精神がヤバい感じで暴走していた。


(人質が無事なら、後はこいつ等より優位に立てば良いんです。お嬢さん方には怖い思いをさせるが、後で謝ればいいでしょう。あぁ~、米が食いてぇ~っ!!)


 普段の胡散臭さを吹き飛ばし、かなり豪快な思考に変化している。

 いや、後先の事を考えていないと言った方が正しいだろうか?


「『引き裂く風花』」


 盗賊達の間を一陣の風が吹き抜ける。

 瞬間、数名が自分達の体が引き裂かれた事に気付かず、組み立て前のマネキンの様にバラバラにされた。

 大量の血液が大地に赤い水溜りを作り、辺りを鉄錆の様な血臭が漂い鼻腔を刺激する。


「なっ……無詠唱?! 馬鹿な、そんな高位の魔導士が……」

「こんな所にいる訳がないと? 残念でしたね、お前らはもう……逃げられない」

「「「ひっ!? ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」」」


 逃げ出す盗賊達に手を向け、ゼロスは指先を弾くと、彼らもまた無残な屍と姿を変えた。

 瞬く間に広がる恐怖。


 目の前の魔導士が、決して手を出してはならない存在だという事に気付くには、あまりに遅すぎた。


「もぅ少し数を減らした方が良いか? 数人ほど生きていればいいでしょう。大人数だと連行するのも面倒ですしねぇ~」

「テメェ……国の魔導士か?!」

「いや、ただの通りすがりで、あなた方を使って実験しているだけですが何か?」

「なっ?! じゃぁ……闇魔導士…?」

「さぁ~ねぇ、死んで逝くあなた達には関係ない話でしょう? 答えてやる義務も無いですしねぇ」


 既に敵対した以上、そこに在るのは殺すか殺されるかだ。

 そして、彼らは殺される側に回ったのである。


「あなた方は、自分達が頭が良いとか思ってないですよね? 僕から言わせて貰えば杜撰すぎますよ。素人レベルです」

「あんな胡散臭い格好をしておいて、良く言えるな!!」

「僕がどんな格好をしていようが、あなた方には関係ないでしょう。見た目で騙された勉強不足が悪い」


 盗賊頭はゼロスのローブを見て、実力を判断した。

 だが、その理屈が通じるのはこの国の魔導士だけである。

 その判断が誤りだった事に気付いた時、既に彼らの命はゼロスの手に捕まれた。

 無詠唱で魔法を行使する以上、彼らには逃げる手立てが無いのである。


 盗賊頭は視線を周囲に向け、そこに小さな男の子が目に留まる。

 生き残るために、盗賊頭は直ぐに動いた。

 しかし、その子供は配下の盗賊に搔っ攫われる。


「こ、このガキが…」

「五月蠅い……死ね」


 言葉が終わる前に、盗賊の頭部は魔法攻撃により吹き飛ばされた。


「人質の心算ですか? 僕に、そんな物が意味があると思っていたののですか?」

「な、何の罪もねぇガキだぞ……こいつ事、殺す気だったのか?」 

「だからさぁ~、それに何の意味があるんですかい? 僕はねぇ実験できればいいんですよ、あなた方を標的にしてねぇ」


 盗賊頭は戦慄を覚えた。

 目の前の魔導士は、自分達を的にして魔法攻撃の実証実験をしていたのだ。

 そこに人質の意味は無く、ただ無残に殺されるという現実が広がっていた。

 狩る側から、狩られる側に回っただけであり、盗賊達が行っていた行為と何も変わりはしない。


 そんな心境の盗賊頭とは別に、ゼロスはと言うと……


(危なかったな……危うく子供ごと殺すところだった。【魔力操作】、マジで感謝!)


 内心、ビビってた。

 次第に化けの皮が剥がれて来ている。


 ゼロスの普段の口調は後付けされた癖みたいなものであり、実際はこんな物である。

 しかし、現時点でそれがバレる訳には行かなかった。

 その心配も杞憂で終わる事に気が付き、ゼロスは不敵な笑みを浮かべ煙草に火をつける。


「……どうやら、逃げ場も無くなるみたいですね。頃合です」

「なにっ?」


 ゼロスの言葉の意味は理解できなかった盗賊頭。

 彼が訝しんだ時に、自分の体に違和感が出始めている事の気付く。

 次第に体の感覚が痺れたように震え、まともに動く事が出来なくなってゆく。


「何を……しやがった……」

「何も? 僕は、ですけどね……」

「『僕は』だと?! ま、まさか……他に、仲間ぎゃ…」

「滑舌が悪くなって来ましたね? まぁ、どうでも良いですが」


 盗賊頭が見ると、他の盗賊達も同じように痙攣し出し、やがて地面に倒れて行く。

 余程強力な麻痺毒を使用したのだろう。


「い……いじゅにょはひ……」

「なんて言っているのか分かりません。解り易くハッキリと言ってくれませんか?」

「むひゃほひひゅは……ひほうらほ…」

「卑怯? クハハハハハハ! あなた方がそれを言うのですか? 笑わせてくれますねぇ!」


 盗賊は弱い物を襲い、金品や女を強奪し犯す。

 元から卑怯な連中に対し、こちらが卑怯な手段を使わないなんて道理は無い。

 相手が卑怯なら、こちらもそれ以上の卑劣な手段を行使する事も兵法である。

 戦わずして相手を無力化できるなら、その手段を使わない手は無い。


「これは戦争ですよ。あなた方犯罪者と、それから民を守る者達のねぇ。

 あなた方はその戦争に負けたんですよ。犯罪者風情が、今更そんな事を言える権利があると思っているのですか? 

 どうせ似たような事をやって来たのでしょう? それを別の誰かが、あなた方に使っただけに過ぎません。

 勝敗に綺麗事は要らない。殺すか、殺されるかの何方かです。それがあなた方の流儀だったでしょう?」


 因果応報。

 盗賊達は、自分達が行った卑劣な行為に対し、更なる卑劣な攻撃を受けたに過ぎない。

 ただ痺れ毒を撒かれただけだが、結果的には無力化されたのである。

 他人の命と財産を奪う様な連中に、道理で答えてやる義理は無かった。

 ましてや命の保証をしてやる理由も無いだろう。


 そして、騎士団もまた突撃して来る。

 辛うじて動ける者も、無駄に抵抗した事により命を散らす羽目になった。

 こうして調子に乗っていた盗賊団は、完全制圧されたのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇


「チッ! 手応えのねぇ連中だ」

「制圧できたんだから、良いでしょ? 何する積もりだったのよ」

「殲滅に決まってんだろ? まさか毒を撒いただけで無力化するとはな……」


(こつら……狂ってる…)


 イリスの騎士達に対する印象はこれだった。

 人質ごと敵を殺す魔導士を送り込んで来るだけでは無く、平気で毒物を利用する彼らに対し、騎士のイメージが見事に打ち砕かれた。

 これでは地球での大戦時、某国の軍隊とやっている事は変わりなく、勝つためにはどんな卑怯な手段も厭わない姿勢に戦慄を覚える。

 実際、人質の女性達にも麻痺が出ているが、麻痺を打ち消す薬も用意していたようである。

 一応、人質にも気を使った事が分かるが、手口が酷い。


 彼女は大勢のゴロツキ共の目の前で、衣服を脱ぐ羽目になっていた。

 いやらしい笑みを浮かべる男達の目の前で、全裸にならねばならない事に、怒りと恥辱に耐えた。

 最後の一枚を脱ぎかけた時、そこに現れたのが如何にも怪しい雰囲気の魔導士。


 最初は助けに来たのかと思ったが、盗賊の会話から禄でも無い魔導士だと知り絶望しかけた。

 しかし、その魔導士は盗賊達に殺されそうになったが、簡単に返討にする。

 更に魔法で盗賊の何人かを無残に殺し、その後に騎士が突入して来た。

 この事から、この魔導士は最初から自分達の救出に来て時間を稼ぎ、騎士達の突入準備をカモフラージュしていたのだと知る。

 

「イリス……この騎士達、何だか怖いわ」

「うん、気持ちは分かるけど……助けてくれた訳だし…」


 痺れて動けない盗賊を容赦なく殺し、『多いから間引きだぁ――――――っ!!』なんて言っていた連中である。

 それも、実に良い笑顔を浮かべてだ。人を殺す事に喜ぶ連中がまともである筈が無い。

 警戒心も出るものであろう。


 何よりも気になるのが、異常な強さの魔導士である。

 盗賊を倒した時に使ったのは体術で、相手の腕を即座に捻り、そこから動きを止めた瞬間にナイフを奪い、心臓に目掛けて冷徹に突き刺した。

 この世界に来て約一ヶ月だが、魔導士が格闘戦をするなんて話は聞いた事も無い。


 なぜか、この魔導士から目が離せなかった。


「おっ、ルーンウッドの杖ですね? これは誰の物ですか?」

「あっ! それ、私の杖……」


「「えっ?」」


 ゼロスとイリスの目が合う。


「……コレ、課金装備ですよね? ガチャで貰えるヤツ……」

「初心者ボーナスで、ガチャ券を貰って出たのよ…。破格の性能よ?」


 二人は再び見つめ合う。


「初心者ボーナス?」

「課金? ガチャ?」  


 二人の間だけ時間が止まった。

 その言葉の意味する事は……つまり。


「もしかして、同郷の方ですか?」

「おじさんも、プレイヤーだったの?!」


 ドリームワークスはネットに繋げると、自動的にメーカーのマザーシステムにアクセスし、広大なフィールドの中を冒険する事が出来る。

 家庭用ゲーム機としての性能も高いことながら、真価を発揮するのはオンラインの時である。

 細かい説明は省くが、そのオンラインプレイの時に出来るのが、【ガチャ】であった。

 課金してガチャを回せば強力な装備が手に入り、その分プレイが楽になる。

 しかしハズレも多く、中には一度にタワシが六十個出てきた時もあったほど、確率が低い。

 イリスは運が良かったようだ。


 そんな装備を持ち、この世界に無い単語を知る人物が、元からこの世界にいた住民である筈が無い。


 ―――ゴフッ、ブホッゴフゴフ ブキィイイイイイイイイイイイイイ!!


 何かを言いかけた二人は、突然のお雄叫びに反応して振り返る。

 そこには、一匹のオークの姿があった。


「ぜ、ゼロス殿……アレは……」

「オーク、なぜ奴らがここに……しかも二回り大きいぞ」

「認めたくは無いですが、あの森から出て来た群れの斥候ですね……」


 騎士達の顔色が一瞬にして蒼褪める。

 盗賊達を相手にしていた筈なのに、魔物まで相手にする事になるとは想定外であった。

 おそらくこのオークは斥候で、後方には群れが存在する筈である。

 捕らわれた民を安全な場所に連れて行かねばならない時に、魔物の襲撃など流石にアーレフも頭を抱えたくなった。


 盗賊は連行しなければならないが、被害者の護衛も含めると手が回らない。

 だが、オークは次第に数を増やして行く。

 色んな意味でヤバイ事態である。

 

「仕方が無い。盗賊達を置いて行きましょう……」


 ゼロスが呟いた瞬間、騎士達がスンゴイ良い笑顔を浮かべた。


「そうだな、被害者を守る事が最優先だ」

「こいつらの尻がどうなろうと関係ないしね。早く撤退するわよ!」

「ちょ、私はまだ、話したい事が……」

「そんな物は後回しです! 今は、この場を離れる事が重要なんですよ」


 喚くイリスの手をを強引に引き連れ、ゼロスを含めた騎士達は一斉に撤収を開始した。

 彼らの去った後には、麻痺で動けない盗賊達が残される事になる。

     ・

     ・

     ・

「助かったぜ……まさか、オークに助けられてっ、何を!?」


 未だに身体の自由が利かない盗賊頭は、彼のズボンに手を掛けたオークに驚愕した。

 そんな彼のズボンを、オークは思いっきり引き脱がす。

 

「何でオークが男を襲うんだよ!!」

「待て、こいつ等、乳房が四つある……」


 このオークは雌であった。


 下半身丸出しにされた盗賊達は、喜悦交じりの豚の顔を凝視した。

 何が起きているか理解できないのだ。

 いや、理解する事を拒絶している可能性が高いだろう。

 そんな彼らに応えるかのように、オークは『キュオォオオオオオオ』と声を上げる。


 オークが多種族の雌を襲うのは繁殖のためであるが、雄は常に戦い続け群れでは消耗して行く事が多い。

 だが、稀にオークの雌たちが繁殖のために他種族の雄を襲う事もある。

 何らかの事情によって性欲の強い雄が不足し、別の場所から確保しなくてはならない事態が起きたのだ。

 雌もまた繁殖能力が高いのだから、後は種を見つけるだけである。

 その種とは……言う必要も無いだろう。


 その後、盗賊達の姿を見た者は誰もいない。

 ただ、ゼロス達が逃げる時に『アァ―――――――ッ……』と叫びが聞こえたのが最後であった。

 彼らは……獣の習性による自然摂理の犠牲となり、今後は繁殖のための道具となるのだろう。


 ……魔境の恐怖は、まだ終わりではなかった。

 むしろ、コレが始まりなのかもしれない。


 白い猿もそうだが、奴らはどこにでも現れる

 群れで行動し、常に移動を繰り返しているのだから……。

 


  

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