おっさん、やっぱりグダグダに
突如として発生した強大な魔力反応に、断罪と言う名の死刑は中断された。
それもそのはず。彼等が感じた魔力反応は、今までに比べものにならないほど膨大であった。
その魔力を放つ何かは、現在超高速でこちらに向け急速接近中。
この場にいるゼロス達や三柱の女神達も、あまりのことに体が硬直してしまった。
「な、なぁ、ゼロスさん……。これって、まさかとは思うが……」
「【グレート・ギヴリオン】を倒しきれなかったか。だが、この魔力反応……【魔王ギヴロード】とは違う気がする。魔力がここまで感じられるほど……邪神レベルか」
「邪神に匹敵するほどの化け物ってことか、洒落にならねぇだろ」
ゼロスが感じた魔力の大きさは、これまでにないほど大きく、該当する魔物の姿が思い浮かばない。あえて言うのであれば【邪神】に近いだろう。
しかし、放出されている魔力の大きさからして、こちらに向かってくる存在が【邪神】以上の化け物であることだけが嫌でも分る。
いや、ゼロス達【殲滅者】が倒した【邪神】も、この世界にいれば強大な存在であったのかも知れないと思う。
だが【邪神】は現在、培養液の中でお休み中。つまりは天然で発生した【邪神クラス】の魔物であると断定できる。
「【邪神】と同格か、或いはそれ以上……参ったねぇ~」
「ちょ、【邪神】以上ってどう言うことだぉ!? そんな化け物が何で存在してんの!?」
「知りませんよ。おおかた、勇者召喚で魔力濃度が低い地域と異常に濃い地域が発生しましたからねぇ、恐ろしく高い濃度の魔力を膨大に溜め込んでいたのかも知れないなぁ~。それがたまたま【グレート・ギヴリオン】だったとか?」
「なぜ勇者召喚で魔力濃度が変わるのよ。世界の魔力は一定に保たれているはずよ? あなたの言っていることはおかしいわ」
「仮にも【神】なのに、知らないんですか? 異世界から勇者達を召喚すると、使用した魔力は向こうの世界に流れ込んで戻る事がないんですよ。召喚魔法陣から遠い地域ほど魔力濃度が薄くなり、逆に近い場所ほど濃度が濃くなる。あなた達は本当に【神】なんですか? あと千五百年ほどでこの世界は滅びるところだったのに」
「「……」」
どれだけこの世界に無頓着であったか判明した瞬間だった。
白い目を向けるゼロス達と、自分達がしでかしたことに対して誤魔化すかのように、あさっての方向にそっぽ向く三柱神。
【邪神クラス】誕生の真偽はともかく、世界が滅びる寸前と言われては口を黙らせるしかない。
何しろ原因は彼女達のせいだからだ。
「……来る」
ウィンディアがポツリと呟くと同時に、青空に一点だけ禍々しく光る存在が、猛スピードでこちらに向かってきていた。
その姿をなんと形容して良いか――。身長は170くらいと【魔王】にしては小柄だが、その体は異様なまでに分厚い甲殻で覆われている。
激しく羽ばたく二対の翅、凹凸のある堅牢そうな頭部装甲に唯一存在する薄い甲殻の中に、深紅に光る双眸が見えた。
かろうじて二つの長い触覚があることからゴキブリ系統だと分るのだが、この魔物の姿は明らかに異常である。あえて言うのであるとすれば―――。
「アレ……サ○ギマンじゃね?」
「似ていますが、ゴキブリは脱皮を繰り返して大きくなったような……。サナギにはなりませんよね?」
「見た目の印象通りなら、第二形態があると思うんだが……」
「あり得ますねぇ。イ○ズマンみたいに……」
昔の変身ヒーローが印象に近かった。
その懐かしきヒーロー擬きはゼロス達を睥睨すると、膨大な魔力を急速に押さえ次第に収束してゆく。
『ジョジョジョジョジョ』
「「喋ったぁ、どこの火星ゴキブリ!?」」
言葉は分らないが、明らかに知性が存在している。
この謎の生物は両腕を胸元でクロスさせると、収束させた魔力を腕に集め出す。
そして―――。
『ジョワッチ!』
―――ピィシャアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!
謎の怪光線を放った。
その光線を避けるゼロス達だが、運悪くフレイレスが直撃してした。
「アバババババババババババババババ!!」
「綺麗だなぁ~」
「良い攻撃ですねぇ。胸に滾るロマンがありますよ。童心に返りそうだ」
「……酷い。……助けてくれても良いのに」
「「なぜ助けなくちゃならないんだ? 死ねば良いのに」」
「こいつら……腐っているわ」
アクイラータ達が向ける白い目。しかし、ゼロス達が彼女達を助けてやる義理は全くない。
そもそも彼女達は転生者を始末しにきたのだ。ゼロス達もまた四神に対して恨みがあるので、彼女達と共闘してやる理由などどこにもなく、むしろ謎の生物を利用して抹殺する気であった。
お互いが元から敵同士なのだ。なのにいつまでも自分達が偉大だと強調するアクイラータ達が疎ましい。さっさと決着をつけるべきだと判断する。
「【ライトニング・シューター】」
「【黒雷連弾】」
結論が出たらゼロス達の行動は早い。
即座にアクイラータ達に向けて攻撃を開始する。
「ちょっ!? なんてことするのよぉ!!」
「……あぶない」
「俺達は最初から敵同士なんだよ。何でお前らと共闘しなくちゃならねぇんだ?」
「敵が一人増えたからといって、それで手を組めると本気で思っているんですか? いつ裏切るか分らないような関係なんて、こちらから願い下げですよ。ククク……
」
「チッ! なんて非常識な連中……」
アクイラータもまた、ゼロス達に謎の生物を押しつけ、この場を去ろうと考えていた。
しかし、元から手を組む気のない二人は真っ先に攻撃をしてくる始末で、彼女の目論見はあっさりと崩れ去る。
どこまでも尊大な態度を貫いていた彼女達は、人間が全て自分達に傅くと本気で思っているのだ。それが間違いであると露とも思わない。
「ジョアッ!」
謎のG生命体がどこかの宇宙ヒーローのごとき声を上げ、高々と飛び上がると、上空からアクイラータ目掛けて跳び蹴りを敢行する。
「きゃぁ!?」
「「おわぁあっ!?」」
彼女は間一髪避け切ると、G生物はそのままゼロス達に向けて高速で突っ込んできた。
膨大な土柱が天高く上り、大量の土砂がゼロス達に向けて降り注いだ。
「あぶねぇだろ、直撃しろよ! 【プラズマ・ランサー】!」
「ひぃっ!? 無茶言うんじゃないわよ!! 私達に死ねというの!?」
「死ねば良いんですよ。【サイクロン】!」
「にょわぁああああああああああああああっ!?」
アクイラータに放たれた風属性魔法【サイクロン】は、残念ながら彼女が避けられ、代わりに後方のフレイレスに直撃した。
巻き込まれたフレイレスは、サイクロンによって上空へと巻きあげられてゆく。
「楽しそうだねぇ。真似したくないけど」
「同感。アレで死んでくれたら楽なんスけどね」
「よそ見、……厳禁」
「「ぬおぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」」
いつの間にか背後にいたウィンディアによって、ゼロス達は強力な旋風に巻き込まれ身動きがとれなくなった。三柱の女神が戦いに慣れていないことで油断していた隙を突かれたのだ。
とどめを刺そうとしたウィンディアに、驚異のスピードで迫るG生物が右ストレートを叩き込む。
「あうっ!」
「ジョジョジョジョ、ジョアッ!」
ウィンディアを殴り飛ばしたG生物は、再び両腕をクロスさせて魔力を集め始めた。
「「あっ、ヤバイ……」」
「ジョアッ!」
放たれた怪光線。それを咄嗟に「「【リフレクト・ミラー】」」と、魔法を反射する魔法障壁で弾き返し、その怪光線はまたまたフレイレスに向けて照射された。
「アベベベベベベベベベベベベベベベベベ……」
哀れ、フレイレスは立派なアフロゴスロリ女神へと進化を遂げる。
炎の女神は見事、笑いの神にジョブチェンジを果たしたのであった。
「お前らぁ~……さっきからこの機に乗じて、あたしを抹殺しようとしてるんじゃないかぉ!?」
「……き、気のせい…………プスッ!」
「そうよ、私達がそんなことするわけないじゃ………ブフッ!」
「俺達は、元からお前らを始末……ブハッ!」
「自意識過剰なんじゃないですかねぇ? ……失礼。ぶははははははははは!!」
「ジョッ!? ……………ジョジョジョジョジョジョ!!」
その場にいた全員に、マップ兵器【笑いのツボ】がクリティカル。
さすが笑いの神。殺意が渦巻く乱戦の状況下での突発ボンバーは、その場にいる者達の虚を突かれた。こみ上げてくる笑いを堪える事ができず大爆笑。
衝動の赴くまま全員が笑い転げた。
「仲……良いんだぉ、お前ら……。皆……皆、アフロになれば良いんだぁ!!」
「「「「キレた!?」」」」
そしてフレイレスは、怒りの衝動の赴くまま巨大な火球を生み出して投げつける。
一斉に回避行動する中、謎の生命体だけが笑い転げていたため、文字通り怒りの炎の直撃を受けることになった。
範囲魔法すら簡単に超える煉獄の炎、ダテに女神と呼ばれているわけではない。
「先ずは一匹……。皆こんがり焼けちゃえば良いんだぁ~」
「フレイレス、敵はあっちよ? なぜ私も標的にされるのかしら……」
「人の不幸を笑う奴は、全員燃えちゃえば良いんだぉ……」
「お前だって他人を不幸にしてんじゃん。今更アフロになったところで、罪が軽くなるわけじゃねぇぞ?」
「人間が不幸になったところで、あたしには知ったことじゃないんだぉ……。アフロなんて生ぬるい、ニグロのチリチリにしてやるんだぁ~……」
「同類を増やすことで、自分の不幸を軽減する気ですか? まったく、度がしがたいですねぇ。アフロのくせに生意気な……」
「好きでアフロになったわけじゃないんだぉ!? 何で最初からアフロだったみたいに言うんだぁ!!」
「……アフロ女神。アフロ女神は、ア・フ・ロ……」
「ウィンディア!? いつの間にかアフロ認定されてるぅ!?」
フレイレスはアフロという認識が、この場にいる全員に認識されていた。
彼女は気づいていない。自分がアフロになったことで、この場にいる全員の心が一つに繋がっていたことに……。
そんな彼女は益々短絡的になり、ただ同類を増やすべく狙い定めて威嚇していた。
「なぁ、ゼロスさん……アレ……」
「何かね、アド君。今僕達は、ゴスロリアフロにニグロ化される最大のピンチに陥っているんですが?」
「いや、あの火の海の中……なんか、動いてないっスか?」
「……えっ?」
ゼロスが視線を火の海に向けると、確かに人影が炎の中で動いていた。
それはゆっくりと立ち上がり、悠然と歩きながらも、ただならぬ気配を体から立ち上らせいる。
「馬鹿な、あの炎の中でも無事だとぉ!? あの外装甲は火属性に耐性があるのか……」
「昆虫型は、特定の環境に適応したやつ以外は火に弱かったはず……。ゴキブリ系は火が弱点だったよな?」
「そのはずなんだけどねぇ……。アレはやはり【ギヴロード】じゃないのか? マジでサ○ギマンなのか?」
謎の生命体G、彼(?)は炎の中でも悠然と立ち上がり、高温をものともせず火の海から生還すると、その分厚い装甲が突如として爆発、ゼロス達に砕けた装甲は散弾となって襲いかかった。
それは装甲パージという言葉が生やさしいほどの威力を持っており、直撃を受ければ人間はただでは済まないだろう。下手をすれば即死するほどのあり得ない殺傷力を秘めていた。
「ぎゃぺっ!?」
「きゃぁああああああああっ!?」
「……緊急待避」
「キ、キャストオフしやがったぁ!? のぉおおおおおおおおおおおっ!!」
「やはり第二形態があったか……どこの仮面のヒーローだぁ!? おうっち!!」
フレイレス、またも直撃。
アクイラータやウィンディアは即座に急速離脱し、ゼロスとアドも魔法障壁を展開して必死に逃げ回る。
それほどの威力が込められた装甲解除は、十トン爆弾弾並みの爆発力と衝撃波と共に、装甲の破片を派手にまき散らした。
辺りは砂煙に覆われ前を見ることすらできない。
「なんて威力だ。奴の存在そのものが生物兵器だぞ!」
「大自然とは、時としてあんな生物も産みだしてしまうのか……。むっ!?」
砂煙が立ちこめる中、唯一目立つ深紅の輝き。
そして――。
「漆・黒・流・星、ギヴリオン!!」
―――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
砂塵すらも引き裂き、流れるような動作でポージング。
背後に発生した爆発エフェクトが実に香ばしい。
「「流暢に喋ったうえに、正義の味方だったぁ!?」」
磨き抜かれた黒曜石のように美しく輝く装甲、魂を揺さぶる力強いフォルム。
そして、ゴキブリとは思えないほどに洗練されたデザイン。
まごう事なき正義の味方がここに爆誕した。
紅に輝く双眸でゼロス達を見据えると、均整のとれた直立姿勢のままその指先を突きつける。
二人のオタク達に芽生えたものは――。
「………イ、イカス」
「Gなのに……元がGであるはずなのに、心が……クッ!」
「駄目だ。俺は奴と戦いたくはない」
「そうですねぇ。彼と戦えば、なにか大切な物を失う気がします」
胸に滾る熱いもの。男なら一度は憧れた正義の味方に、幼き少年の心が呼び覚まされた。
二人は、『『ヤック、デカルチャー……』』と口にしていた。
まるで、どこかの巨人達みたいである。
「自然を破壊する邪神共、ついでに人間達よ! この美しき世界を滅亡へと追いやる邪悪な悪事も、この私がいる限りここまでだ!」
「誰が邪神なのだぁ!!」
「ふざけるんじゃないわよ! ただの魔物の分際で」
「……不本意」
「あれ? 俺達も邪悪なのか?」
「まぁ、人間の歴史は創造と破壊だからねぇ。ある意味では、これほど邪悪な生物はいないんじゃないかなぁ~」
正義の味方の言葉は、あながち外れているわけではない。
人の文明は自然を破壊し、長い時を懸けて発展してきたことは事実である。
多くの森や山を切り崩し、そこに住む生物たちの生態系を破壊し、様々な技術を開発して更なる発展を遂げようとする。
それは同時に戦いの歴史であり、自然界のような弱肉強食の摂理とは関係ない、ある種のイデオロギーによって多くの命を弄んだ。
戦争を正義と語り、宗教、文化、或いは為政者の野心によって大地を血に染めてきたのだ。
世界そのものに意思が存在するなら、【漆黒流星ギヴリオン】は大自然の怒りそのものなのだろう。
「まぁ、だからと言って、裁きを受ける気にはならないですがねぇ」
「ですよね。俺達も生きているわけだし、文明の発展と衰退は常に抱えているわけだからな。けど、戦いたくはないなぁ~」
「同感。まぁ、人間が滅びても自然の摂理。長い時間を掛けて大自然に戻るわけですし、完全に世界を壊さない限りは救いはある」
生きてゆくということは戦いの連続である。
たとえ世界が文明を滅ぼそうとしても、環境に適応して生き抜く強さを持つ。それが生物の頂点に君臨した人間なのだ。
正義の味方に『滅びろ』と言われても、『はい、そうですね』と受け入れるはずがない。
「人間は複雑に進化してきた生物だ。今ここで結論を出すつもりはない。発展した技術も、使いようによって自然との調和も可能である。しかし邪神共、お前達は違う!」
「なんでだぉ!?」
「あんたはこの世界が生み出した生物でしょ! なら、私達に従ってそこの転生者共を始末なさい!」
「……依怙贔屓?」
「否、否否否、否!! お前達は自分達の欲望のために異世界召喚を強行させ、この世界を滅ぼそうとした大罪人だ。たかが代行神の分際で、全能なる存在と同列と思う自体、実に烏滸がましい」
仮にも神と呼ばれた存在が、謎の進化を遂げた生物に痛いところを突かれた。
しかし妙に事情通な正義の味方である。
『やけに詳しいな。これは外部からの干渉によるものか? だが、この生物は【グレート・ギヴリオン】から進化したわけだし、大自然の自浄作用なのだろうか? 分らん』
正義の味方の存在は不可解である。
そんなゼロスの疑問とは裏腹に、正義の味方と悪の組織幹部のアクイラータ達は、問答無用の戦いに突入した。
片や、大自然が生み出した正義の味方。
片や、欲望のままに、我が儘に世界を壊し続けた神。相容れるはずがなかった。
「大自然に代わり、この俺が制裁してやる! ギヴリオン・ソード!」
「これでも食らいなさい!」
アクイラータが生成した超高圧縮の水球は、数十トンにも及ぶ質量を持つ。
それを高速で投げつけるが、ギヴリオンは腕の装甲を伸ばした剣で難なく斬り捨てると、そのまま勢いに任せて急速接近。回し蹴りで彼女を吹き飛ばす。
その瞬間に次なる標的、ゴスロリアフロに向けて胸部の装甲を開く。
対してフレイレスは再び極大の火炎球を生み出し、ギヴリオンに向けて放とうとする最中であった。
「虫は焼却なのだぁ!!」
「【ギヴリオン・スマッシャー】!!」
二つの高熱量攻撃が正面からぶつかる。
凄まじい衝撃波と熱量がゼロス達に迫った。
「うぉああああああああああああっ!?」
「クッ、【静謐なる氷結の世界】!」
ゼロスは対炎系防御魔法を発動させ、衝撃波と爆炎を防いだ。
【静謐なる氷結の世界】は周囲を結界で覆い隠し、内部の気温を瞬間的に絶対零度に下げる魔法だ。
無論、術者が仲間を凍結してしまう可能性を踏まえ、任意に別の防御魔法で覆う二重構造になっている。
火炎ブレスなどを使うドラゴンを相手にするときは重宝するが、あまりに魔力を消費するので燃費の良い魔法とは言えず、使う機会がなくて腐っていた魔法であった。
何が、どこで役に立つか分らないものである。
「頼むから、どこか別の場所で戦ってくんねぇかな……」
「アフロ女神が錐揉みしながら墜落したみたいだねぇ。そういえば昔、中学の時にやけにボンバーした髪型のヤンキーJCがいたのを思い出した。化粧もケバかったなぁ~」
おっさん達は既に観客になっていた。
【漆黒流星ギヴリオン】が自分達を保留にしている時点で戦う意味がなく、傍観者二人には、大自然から生まれたヒーローの戦いぶりに心躍るものがあった。
そんな中でおっさんは思わず中学生時代を思い出し、時代の流れというものしみじみと語る。
「ゼロスさん……ヤンキーや暴走族が粋がっていた時代の人?」
「当時のドラマも不良学生が良く登場してねぇ、喧嘩して学校の備品を良く破壊していたシーンが多かったな。アレ、普通に考えたら退学ものじゃね? なんで卒業するまで学生でいられるんだろ」
「最近の学園物じゃ、陰湿で粘着質な虐めが多いな。かなりエグいやつ……。特に女子がひでぇ」
「時代も変わったねぇ。大手を振って喧嘩するか、影でコソコソ嫌がらせを楽しむか。どちらにしても碌でもない話だけどね。実際問題、なんでも学校の不手際にするのはどうかと。親はどんな教育をしているのか、その辺りも追求するべきだと思うがねぇ」
「知識の幅は広くなったけど、精神の成長が幼稚だからじゃないですか? 甘やかされて育ったから直ぐにキレる。どのジャンルでも表現規制が多くなったし、社会的な問題をテレビドラマに交えて放映するにしても、表現方法で監督さんや脚本家が死にそうな時代なんですかね?」
「人間すべての思考を統一化することなんてできないし、個人の思考力の成長具合なんてバラバラだからなぁ~。未成年の犯罪も増えてるし、エログロナンセンスの文学時代が懐かしいですよ」
「いつの時代の人間だよ!?」
のんきな二人の上空では、今も激しい攻撃の嵐が続いている。
「ウィンデイア! 少しは助け……いない?」
激しい攻防の間、攻撃しているのはアクイラータとフレイレスだけで、風の女神が参加する様子がないことに気づく。
見渡せば、この場にセーラー服を着た女神は消えていたのだった。
「うきゃぁ~~~~~~っ、ウィンデイアが逃げたぁのだぉ!!」
「ガイアネスといい、あの娘といい……とことんマイペースね。マズいわ、どうにかして逃げないと……」
だが、このわずかな隙を逃す正義の味方はいない。
太古の力を秘めた英雄【漆黒流星ギヴリオン】は、天高く上昇すると翅を広げ、体の装甲を展開し太陽の光を収束し始める。
「アレは、まさか!?」
「【グランドクロス・アタック】!?」
二人のオタクが激しく食いつく。
目が純粋な少年のように輝いていた。
「ギヴリオォォォォォン・ノヴァアアアアアアアアアアァァァァッ!!」
胸部と両肩、両足の膝にある蒼い宝玉から眩い光が放出され、二柱の女神を呑み込んだ。
その威力は止まらず、地上に直撃すると大規模な爆発となって周囲を消し飛ばす。【闇の裁き】に匹敵するほどの威力を秘めていた。
「ヒャッハァ―――――――――ッ!! すげぇ威力だぁ!!」
「年甲斐もなく熱くなりますねぇ。ヒーローはこうでなければぁ――――――っ!!」
爆発に巻き込まれながらも、おっさんとアドはなぜか嬉しそうであった。
少年の心を失わない二人は、『良いもの見れたぜ』と言わんばかりの満足感を味わいながら、爆風によりかなりの距離まで吹っ飛ばされた。
だが、彼等に後悔は微塵もない。オタクスピリッツもまた、度がしがたいものようである。
巨大なクレーターを一つ造ったギヴリオンは、その場で香ばしい見得を切る。
この攻撃によりメーティス聖法神国へ続く街道は寸断され、益々復興の兆しが遠くなることとなった。
その結果、民衆と神殿との間に亀裂が入り、やがて大規模なデモへと発展してゆく。
デモを鎮圧するために聖騎士達が駆り出され、武力による攻撃を行なうようになる。
それがやがて、内乱へと急速に向かうことに繋がってゆくのだが、今はまだ関係のない話であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だいぶ飛ばされてきたみたいだねぇ……」
「良く生きていたよなぁ~、俺達……。普通なら死んでるだろ」
「改めて自分の頑丈さに驚きますよ。超人レベルだねぇ」
普通なら百回死んでもおかしくはない攻撃に曝され、それでも生きているのだから驚きを超えて呆れるしかない。【極限突破】した者は、人という生物の枠組みから離れてしまったようである。
何度も非常識加減を体感し、『もう、考えるのをやめようか』と諦めのようなものすら感じている。
レベルがものをいう世界において、常識とは何であるのか考えることは無意味に思えるのだ。実際において彼等の規格外な体力と魔力は兵器レベルだからだ。
「この世界の一般人が、オリンピックで金メダルを取れるレベルだからなぁ。僕達の強さは核兵器に匹敵するだろう。一般魔導師はイージス艦くらいかな?」
「基準が分らん。どこの魔法先生だ? ファンタジー世界の人間は、総じて化け物かよ」
「まぁ、ドラゴンとガチで戦える種族もいますし、地球の常識はあまり当てにならないのは確かかな。この世界の騎士でも、地球では一国の軍隊を相手に無双できると思うよ」
「地球での物理法則も加わると、魔法の威力は際限なく上がるんじゃないのか? なんか、大魔法の撃ち合いは最終戦争になる気がするけど」
「まぁ、攻撃魔法などの瞬間的な性質変換は危険だねぇ。持続型の魔法に関しては馬鹿みたいに魔力消費するけど」
「そうなんすか?」
攻撃魔法はわずかな魔力で多大な効果を発揮するが、それはあくまでも術者の魔力を媒体として世界に干渉する。だが威力自体は瞬間的なもので、一度使っても魔力自体は使用した魔法だけに限定され、魔力消費率はそれに依存する。
問題は持続型で、長時間発動する魔法は術者に多大な魔力を消費させる。
例えば以前に橋を工事したときに使用した魔法【基礎構築】だが、これは魔法障壁の型内部に周囲の土砂を集め、高圧力で固め一つの物体を生み出す魔法だ。
だが、複数の工程を同時進行で行なう魔法は、持続時間や外界の環境次第で魔力消費率が大幅に変わってしまう。
土砂内部の小石などの大きさは均等ではなく、それを集めて橋桁を造るにはそれなりの時間が必要。更に河の流れを遮る障壁を持続させるにも、流れる水の圧力を常に受けることになる。
そんな状況下で土砂に高圧力を懸けて橋桁を構築するとなると、秒間隔で大規模な魔力が消えてゆくことになる。
ある意味で、瞬間的に破壊効果を及ぼす魔法の方が魔力消費率は少ないのだ。壊すはやすく、作るは難しであった。
簡潔に言えば、攻撃魔法を使う方が効果の持続する障壁魔法よりも魔力消費率が少ない。障壁魔法は一定の時間まで魔力により構築されるが、攻撃魔法などで受けた威力の軽減には術者の魔力が常に消費され続けることになる。守るよりも攻める方が楽なのだった。
「そんなわけで、魔導師の戦い方は敵を発見したら即座に殲滅が理想なんだよねぇ。魔法障壁は一定時間展開するけど、受けた攻撃ダメージによっては術者の魔力が使われ続けるんだ。魔法の効果が消えるまでね」
「一定の威力を受けると、『パリィ~ン』と割れるバリアーみたいなものか? もし、敵の攻撃が魔力消費量を少しでも上回れば……」
「当然、『パリン』と割れることになる。たぶん僕達が今生きていられるのは、馬鹿みたいに魔力量が多いからだよ。咄嗟に障壁を展開したけど、五分の一くらいほど魔力を消費させられたし」
「どんだけの魔力量!? ホントだ。俺の魔力も半分くらいに減ってるし、どおりで体がだるいと思った。急速な魔力消費の副作用か……」
「周囲の魔力を集めたところで、相手の攻撃力次第では魔力収束率や消費率が極端に変わるし、高威力の攻撃である以上、外部から魔力を集めるより自前の魔力を使った方が早かった」
「その分、疲れるけど?」
結局、魔法は術者の能力と状況次第で変わるということだ。
どれだけ強い魔導師でも、断続して攻撃を受ければ魔力は消費する。自然界の魔力を利用して高威力の魔法を使っても、当然だが魔力を消費する。
戦う相手によっては、高レベル者でも決して安心できないのが現実なのだ。
「そろそろ帰ろうぜ。いつまでも荒野にいたところで仕方がないし、リサ達が待ってる」
「……そだね。僕もそろそろ家に帰りたくなりましたしねぇ」
「あっ、マジでユイの居場所を教えて下さいよ? 手伝ったんだから」
「僕は、約束は守りますよ」
グダグダで終わった【グレート・ギヴリオン】討伐戦。
結果はどうあれ危機は去ったので、二人はスライスト城塞都市へと帰るのであった。
インベントリー内に、大量の魔石を確保して……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【漆黒流星ギヴリオン】の【ギヴリオン・スマッシャー】によって穿たれたクレーターの底で、高温に加熱されガラス化した地表から小さな炎と水が湧きでる。
やがてそれは形を取り始め、幼女の姿へと変わった。
「酷い目にあったんだぉ……」
「ウィンディア……まさか、私達を見捨てて逃げるなんて、後でお仕置きする必要があるわね」
復活を果たしたフレイレスとアクイラータ、しかし大幅に力を消費したために、彼女達の姿は実に情けないものであった。この姿で女神と言っても誰も信じまい。
「けどさぁ~、勝てる気がしないよ? どう考えても邪神と同レベルの強さだぉ?」
「人間共を嗾ければ良いでしょ! あんな奴の相手だなんて二度とごめんよ」
妖精種がベースのため、核さえあれば簡単に再生ができる。
これを生物と言って良いか分らないが、存在自体がでたらめなことは確かであろう。
「なんか、女神を辞めたくなったぉ……。なんであんな物騒な連中ばかり……」
「それは向こうの連中に言いなさい! 私達の世界が好き勝手にされているのよ、悔しくはないの!」
「けど、敵はあたし達より強いじゃん! 勝てる見込みが全くないじゃん!」
「うっ……」
転生者と謎の生物の強さは圧倒的だった。
彼女達は神であるはずなのに、彼等の力はそれに匹敵するどころか、はるかに超えてすらいた。
「まぁ、良いわ。今回のことで、以前に見た破壊の跡は転生者の仕業と判明したし、私達を脅かす存在はいないことがわかっただけでも行幸よ」
「充分脅かされているんだぉ? アクイラータはアイツらに勝てるの?」
「………」
アクイラータも転生者に勝てるとは思えなかった。
明らかに常識の埒外な個体であり、この世界の理からかけ離れている。
彼女達は異世界でやらかした弱みがある手前、かの世界にいる神々による無茶は応えねばならない。それが予想以上の厄介な事態だとは思わなかった。
しかも転生者は明らかに敵意を剥き出しにし、真っ先に自分達の抹殺を実行してくる始末。しかし、人間は長く生きることはできない。
少なくとも百年頃には転生者も墓の下にいることになる。
「問題ないわよ。人間なんてそんなに長く生きられないのだから、なにもしなくても勝手に消えてくれるわ」
「向こうの連中が、何かの加護を与えているかも知れないぉ? ラノベ展開を嬉々として実行するような連中だと思うし」
「そこまで干渉はできないわよ。私達は創造神様から直接管理権限を与えられているわけだし、神の領域に手を出してくることなんて不可能だと思うわ」
「ん~~っ……けど、私達も高次元世界にある【神域】には行けないよね? 向こうは同類だし、何らかの手段があるかも知れないと思う」
「フレイレス……あなた、いつも以上に頭がキレているわね? 普段はお馬鹿なのに、どこかで頭でもぶつけたの? 熱はないわよね? 明日にでも世界が滅びるのかしら?」
「失礼だぉ!?」
自分達が楽しむことに全力なのが四神である。
世界の管理や生態系の維持、環境の安定化などの仕事はやらないくせに、遊ぶことにだけは頭が回るのだ。
それは時として意外に鋭いところを突いてくる。
「いつまでも、こんなところにはいられないわ。また、あの妙な生物が襲ってくるとも限らないし、さっさと帰るわよ」
「そだね。帰ってウィンディアをシメるんだぉ……一人だけ逃げるなんてズルいのだぁ!」
厄介な天敵の存在を、その身を以て確認した二柱神。
ちみっちゃくなった彼女達は、逃げるように自分達の拠点へと帰るのであった。
だが、彼女達は気づいていない。自分達の髪が、実にファンキーなことになっているなど―――。
珍しくマジな話をした二人は、見た目が凄いことになっていることに全く気づくことなく、聖域で爆笑されるまでこのままの姿であったという。
正義の味方はアフロ化の呪い持ちのようだ。ボンバーな女神は増えるようである。