挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第二章「テストを利用するモノ」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

99/179

04-35 その日、世界はアクマを知る

鬼は外!福は内!……………とりあえずいっておこうかと(汗

最初に、事件そのものは前回で終わってるつもりです。
こっから先はその後の処理のお話ですので。
だがいつも以上に長くなってしまった。
分割も考えたが、内容的に一気に読んだほうがいいかな、と。
今回もうちの主人公は、ある意味非道ですのであしからず。


転移魔法は本来目的地の座標や現在の状態を把握する為の(マーキング)が必要だ。
だが使い手の力量が優れており且つ他の要因が揃っていれば無くとも良い。
例えば何度も行ったあるいは長年過ごした等でよく知っている場所の場合。
これは転移魔法において既に印を付けたのと同義の状態になるためだ。
他にも転移先が目で見えている場合。これは印が必要ない状況ゆえだ。
そして、目的地に関係する正確な情報をいくつも知っている場合、だ。
これは不確定要素が多く、緊急時以外はあまり勧められない方法だが、
現在の地形や気象、風景、緯度・経度、現地点からの距離や位置関係など
それらを正確に知っていれば行ったことのない場所にも転移は可能となる。
ただあくまでそれは理論上の話であり現実的には難しいといえた。
通信技術があまり発達していないファランディアにおいては、だが。

現代におけるネットという文明の利器はその手の情報を簡単に集められる。
地球の電脳というネットワークの広大さと優秀さは他世界を凌駕している。
“感覚的に”そこから情報を探せる男にとっては本来問題になる真偽が
曖昧な情報でさえすぐさまその是非を調べ上げられてしまう。
それが意味することは明白だ。ゆえに世界は恐怖する事になる。



今から語る話は仮面(カレ)が海に巨大な空白を作った時刻から、
恐ろしいことにたった1時間以内に起きた出来事である。





────────────────────────





ガーエン義勇軍という組織が誕生し、地下活動を始めた当初から
当然ながらガレストの捜査機関はガーエン一族の末裔を調べた。

──ジェンキンス・ガーエン

彼はその中で直系の血を引いており、また最も疑わしい人物だった。
ガーエン家は代々軍人の家系であり彼もまたその例にもれず若き日に入隊。
最終的な階級は少将。中央政府のあるカラガルの防衛隊の一角を任されていた。
既に齢70に近い老人だが退役後、先祖たちが残してきた莫大な資産を
使って立ち上げた武装販売開発業の会社でさらに巨万の富を築いていた。

そんな彼は当然のように義勇軍との関係を否定した。
勝手に自分達の家名を名乗っているだけに過ぎないと。
疑わしい所はあったが確固とした証拠がない状況で踏み込んだ捜査はできず、
また軍に強いコネクションを持つ彼の発言は影響力が強く無視できなかった。
身近な脅威が常にあるガレストでは軍の利権や行動が優先されがちだ。
一捜査機関が証拠もない状況で調べるのは難しい大物といえた。

そんな彼の行動を制限することなどできず、彼はいま地球にいる。
表向きは観光旅行だが本命は別にある。自分の軍(・・・・)が齎した混乱を
出来る限り現地に近い所で見たいという歪んだ悪趣味な目的が。

「ふふ、よい酒じゃ……人間、一度この味を知ったら抜け出せんよ」

尤もそれすら方便かもしれない。
アメリカ大陸の某所にある高級ホテル。その最上階から望める夜景を室内から
一人占めしながらグラスを傾け、美酒と共に堪能する禿げ頭の老人がいた。

彼こそがジェンキンス・ガーエン。
地球との関係根絶を掲げる義勇軍の設立者兼出資者であるものの、
地球の文化や歴史に対して好悪どちらの感情も持っていなかった。
むしろ既に一度取り入れてしまった以上、離れられないと見ている。
そこに自分のビジネスチャンスがある、とも。

ローナン夫婦が現実が見えてない理想に燃えた似非革命家なら、
ガーエンは現実を金稼ぎの道具にしか見ない金銭至上主義者だ。

老人にとって義勇軍は自社製品の試験運用をかねた裏組織への宣伝であり
彼らが齎す破壊と混乱によって顧客の増加や兵装の回転率向上を狙うもの。
最終的に義勇軍が目的を達したとしても、それまでに起こる関係悪化でさえ、
立ち上げた自分の農産業や飲食産業にはプラスに働くと考えていた。

地球人が持つその手の技術やノウハウを貪欲に集めるガーエンは
まだまだ割高だがガレストだけで一定の食材と料理を用意できていた。
一度知ったうまい汁を人間はそうそう手放すことはできない。
悪化により輸入が滞ったり、値段があがれば安定供給可能な
自世界産のものが売れるだろうという考えが彼にはあった。
うまくいかずともどちらにせよガレストには必要な産業でもある。
先行投資と思えば、この老人にはさしたる出費ではない。
金は使ってこそ増えるというのが彼の自論だ。

「………ふぅ、それにしても報告はまだか。
 予定ではもう引き上げておる時間だろうに融通がきかんの……」

ローナン夫婦がガーエンを金儲けだけを考えていると知っているように
この老人も義勇軍を任せた者が理想に走っていることは知っている。
いつもなら若造の戯言と思い出しもしないが今日は楽しみにしていた
番組が臨時ニュースで潰れた苛立ちもあって少し機嫌が悪かった。

「世相も読めぬ愚図どもめ。
 何かといえばガレストのためだと騒いどるくせに仕事が遅い!」

正反対ともいえる価値観の違いを上も下も疎んじているが
下と違って人を動かすにはある程度必要なモノだと彼も理解はしている。
それでも成果が出なければあっさりと切り捨てる冷酷さをこの老人は持つ。
だから護衛たちはここが安全なのもあって彼から離れて別室に控えている。
些細なことで癇癪を起されてクビにされるのを避けるためだ。

「奴らのことを考えると折角の酒もまずくなるわい……」

戦果いかんでは一度釘をさす必要があるなとさらに苛立ちながら
酒のつまみが乗った皿に手を伸ばして生ハムを一枚掴んで食す。
口の中に広がる香りと舌を襲う旨味に一瞬前のそれらも消えたが。

「うむ、やはり良い……この味がわからぬとは所詮は無骨者よ」

どれもう一枚と伸ばした手がなぜか空を切った。手が皿に届いていなかった。
目測でも誤ったかと訝しみながら目元をこすって、もう一度手を伸ばす。が。

「ぬおっ!? な、なんじゃいったい!?」

さすればテーブルに乗っていた皿が宙に浮いた。
続いてつまみが空を舞って、落下する途中で次々と跡形もなく消えていく。
それを間近で目撃したガーエンは呆気にとられて固まっていた。そこへ。

『ふぅ、ごちそうさん。昼飯まだだったから助かったよ』

落とされた皿が割れる音と共に現れた黒靄の中で三日月が嗤う。
思わず声をあげて護衛を呼ぼうとしたガーエンだが即座に口を塞がれる。
訳の解らない黒い靄が自らのそれを塞いでる状況に軽く恐慌しながら
兵装端末を手にするが強い力で弾かれて、彼は床に叩きつけられた。

「うぐっ!?」

『お礼にいいことを教えてやろう。
 クトリアを襲っていた部隊は全員無事に逮捕された(・・・・・・・・・・)

「ふぐぅっ!?!」

なんじゃと、とでもいいたいのか。驚きで一気に目を見開くが、
同時にそれだけで相手が自分と義勇軍の関係を知っていると悟る。
だが、相手曰くお礼の情報はそれだけで終わらなかった。

『それに今しがた義勇軍の地球にあったアジトを壊滅させてもきた。
 ローナン夫婦が全部喋ってくれたからね。各国の捜査機関に通報した。
 ガレストにあるものも所在を含めて証拠や情報を送っておいたから
 近日中には一網打尽だろう。勿論あんたとの関係を示す物も、な』

「ふぐっ、ふがっ、うううっ!!」

くすくすと楽しそうに語る相手に老人は抵抗する。
一方的に齎された情報を鵜呑みにするなら彼はここまで成功していない。
今はそれよりもこの状況をなんとかすべきだとのしかかる黒靄を押し返す。
されど靄のような見た目に反してそれは異常に重く、まだBランクを
維持していた筋力でもびくともしない。

『しかしお前は解りやすい守銭奴な商人だな』

それどころか相手は何かをされている風もなく気軽に話を続けている。
見た目以上にその中身がカイブツであると理解してしまった彼は怯む。

『現実を見てない奴よりは良いがそれゆえ現実への影響力が強い。
 叩けば埃がわんさか。裏帳簿、脱税、違法製造、労働基準法違反。
 そのうえ今回は大規模なテロの実行を画策か。私も官憲ではない。
 多少なら目を瞑るがお前は…………ちょっとやりすぎだよね』

「んんぅぅっっ!?!?」

これまでどこか軽い調子だった声が、そこで一気に下がる。
同時に聞こえたにやりと笑う声と共に何かが砕け散る音を彼は聞いた。
それが自らの両足の骨が砕かれた音だと気付いたのはその一瞬の後。

『脆いな。きちんとカルシウムとってるか?』
「んぐぅぅっっ!!??」

衝撃と痛みで絶叫するも塞がれた口からではくぐもるだけで響かない。
大きく見開いた目は自身を見下ろす白き仮面を捉えるがその奥の瞳は
おどけた声と違って驚くほど静かで敵意も憎悪もなく平静としていた。
まるでこんな事はただの日常的な作業だとでもいわんばかりに。

──殺される

彼はこれでも若き日は軍人として輝獣やテロリストと命懸けの戦いをしていた。
起業した後とて、様々な形で脅しをかけられたことも一回や二回ではない。
だがそんなモノとは比べ物にならない無慈悲で無関心な暴力がそこにあった。
この相手は決して自分の命をなんとも思っていない。
そもそも生き物として見られているのかどうか。

──殺される

『運がないな、お前。普通ならしかるべき所に突き出すだけなんだが、
 いまは見せしめが欲しくてな。だからここで消えてもらうぞ
 ジェンキンス・ガーエン』

抑揚のない声は最後通告であり死刑宣告だ。
怨恨でも義憤でも損得でもなく、ただ邪魔だったから消す。
時期が悪かったから、自分の都合にいいから消すと淡々と告げられた。
それは圧倒的な強者がもたらす理不尽で不条理な絶対的な事実(ことば)

──殺される!

間違いないとガーエンはただ我武者羅に暴れたが腹部に強い衝撃を受け、
感情のない笑い声を子守唄にするようにゆっくりと意識が闇に消えた。
数分後、様子を見に来た護衛たちが雇い主の姿がないのを訝しみ、
慌てて探すが以後その老人の姿を見た者はいなかったという。






────────────────────────





地球の某国の首都。クトリアから遠く離れたこの都市は当然ながら
そこで起こっていた騒動など知らずに平穏な時間を過ごしていた。
高級住宅街のさる屋敷に集った老人たち以外は、だが。

「これはいったいどういうことじゃ!」

ボリュームある白髭を蓄えた老人が自らの歳も考えずに興奮していた。
円卓に並べられた写真を前にしてそれを持ってきた一人の紳士に唾を飛ばす。
真っ赤になった顔と合わさって財界にこの人ありと言われた者とは思えない。

「見ての通り、としかいいようがありません」

この場で唯一の例外ともいえる三十代後半の紳士は
一人立ったまま顔面を蒼白にしながらも簡潔に事態を報告していた。
内心にある想いは正確には恐怖以外にもあるのだが。

「これが我が国の衛星がとらえた作戦の顛末です」

怒気をあらわにした老人以外にも円卓についている年老いた男達は皆、
表裏を問わない形でこの国を動かせるだけの“力”を有した権力者。
それが不機嫌極まりない様相で集まっているだけでも恐ろしいが
今はそれよりも彼らの思惑を打ち破った存在の方が彼は恐ろしかった。

「発射した巡航ミサイルは2機が国連軍の妨害によって。
 残り8機は……写真にあるアンノウンが放った攻撃で蒸発しました」

連続写真のようなそれが見せるのは人型の黒い靄があの極光を放った時の物。
光はミサイルどころか長さ1800kmもの間の海を消し去る威力を見せた。
しかもどう見ても人間サイズの存在からだ。これが脅威や恐怖の対象で
なければなんだというのか。彼はこれを見た時から震えが止まらない。
だが。

「ふざけるなよ、おぬし!
 年寄りだと思うてこんな作り物で誤魔化そうというのじゃろ!」

「ふん、ギリギリまでワシらに盾突いておったからのお前さんは。
 大方ワシらをあしらうために従ったフリをしたか。
 あの坊やが随分と偉くなったじゃないか」

「誰のおかげでその地位にいられると思っているか痴れ者め!」

幾人かの老人たちはこれをまともに取り合おうともせず罵倒し始める。
それに彼は激することも動揺することもなく冷静に言葉を返す。
さもありなん。彼とてそうだと思いたかった側の人間なのだ。

「そうであるならもっとうまく、そして現実味のある方法をとります。
 お疑いならば皆様方のつてで他国の要人に聞いてくださって結構です。
 私もこんな馬鹿げた光景は信じたくありませんよ」

その返しに一理あると思ったのか動揺せずに青い顔で答えたせいか。
怒り狂う老人たちもこれが“本当”であると理解せざるを得なかった。
それでも。

「最初からそういわぬか!
 まったく、無駄に叫んで疲れてしまったではないか!」

年老いたがゆえの頑固さと見栄、プライドに凝り固まった人格は
自らの非を認めずにさらなる苛立ちをぶつけてくるが紳士は無言で流す。

「まあ、落ち着け。撃墜されるのも計画の内じゃったろう。
 これをガレストの新兵器と世に広げればよいだけじゃ」

代わりに不機嫌ながらも比較的落ち着いていた老人がなだめに入る。
尤もそこには自分達が世界を思い通りにできるという傲慢さが見え隠れする。

「その通り。むしろ良かったではないか。
 このような驚異的な兵器をあちらが“持っている事になる”のだ」

「ガレストに尻尾振っておる連中もこれでは庇い立てできぬじゃろう。
 ようやく異世界の化け物どもを駆逐する準備が整うというものよ」

「戦いは質ではなく、数だと教えてやるわい」

上機嫌に笑う軍の制服を着込んだ老人は自信満々の笑みを見せる。
これから簡単に打ち崩される程度の薄っぺらいものだが。

「おそれながら、この状況でそれは難しいといわざるをえません」

「………どういうことじゃ?
 元々こうなることも考えて準備はしておったであろう」

「確かに、ですがそれは彼らの通常兵装によって、です。ですが
 実際は正体不明の何なのかさえ解らないモノによってでした。
 しかもこの極光は解析中ですがフォトンとは確実に違うものだそうです」

「それがどうした。
 不明なのは結構、好きなだけでっちあげられるというものじゃ!」

「未知のエネルギーとやらも奴らが隠し持っておっただけじゃろう。
 それぐらいのことをいわれずとも思いつかぬか青二才め!」

「………皆様のご意見は一理あります。
 ですがエネルギーの枯渇問題が彼らの交流理由である以上
 他にもエネルギーを持っていた、などというのは些か信憑性が薄いです」

何か問題のあるエネルギーだったのか。
あるいは交流理由そのものが嘘だったのか。
そういう可能性もあるにはあるがそれを信じさせる土壌や情報がない。
未知のモノをイコールでガレスト技術と結びつける一般人は多いものの、
むしろ政治の世界に住む者達はそれ以上に地球の他国が異世界技術で
新たに開発した未知の兵器なのではないかという事を疑うだろう。
ガレストへの信頼ではなくその裏の開発競争を自分達もやっているから。
なのが、今の世の悲しいところではある。

「そしてこの光景は他にも多数の国家が確認しています。我が国だけでは
 でっち上げるのは不可能です。むしろ事実を捻じ曲げ、反ガレストの
 気運を高めようとすれば我らが実行犯だと告白するようなものかと」

老人たちは少なからず他国にも影響力を持つ。
今回の一件で自分達に有利に動くように根回しもしていた事だろう。
だがさすがにそれは国全体を問答無用で従わせられるものではない。

「な、なんということじゃ」

「……各個たる証拠か世論もなく行動に出れば怪しまれるか。
 それで痛い腹を探られると厄介なことこのうえないのぉ」

年老いて思考が凝り固まった者達とはいえここまでの地位を築いた人達だ。
それぐらいは簡単に読めた。今は事態を静観し、隠蔽するべき状況だと。
苛立ち、不機嫌さを隠せずとも認めざるを得ない。

「失敗か……」

「かえって状況が悪くなってしまいましたな」

「おのれっ、どこまでも我が国を貶めるかガレスト!」

その発言に沈鬱か激昂を見せる老人たちの中で紳士だけは複雑な顔だ。
相変わらず青い顔をしているが僅かにほっとしているようでもあった。

「それで、肝心の原潜の方はきちんと離脱できたのであろうな?」

こうなればどれだけ自分達の痕跡を消せるかだ、と。
鋭い視線を向けてきた眼光鋭い老人に本心を悟られぬよう、彼は首を振る。

「いいえ、この攻撃はちょうどこちらの原潜をも狙っていました。
 おそらく直撃したか急激な海流の変化に飲み込まれて沈んだかと。
 今の所どこからも何の連絡も入っていません」

何せあれだけの海水が突如として蒸発したのだ。
周辺海流は乱れに乱れ、潜水艦といえど無事だったとは思えない。
また現状、あの現場はクトリア防衛隊と国連軍がひしめき合って調査中だ。
無論その中には自分達の息がかかった工作員もいるが原潜の痕跡を
消せるほどの数や権限を持つ者ではない以上、対処は急ぐ必要がある

「なんだ───おい、それは本当か!?」

だがそこへ、最悪の情報が届けられた。
イヤホンのような通信機から聞こえてきた報告に彼は戦慄しつつ、
訝しむ老人たちを無視して部屋に備え付けられていたテレビの電源を入れる。
画面に映ったのはこの国ではよく知られたニュースキャスターだった。

「────の西海岸に巨大な潜水艦が突如現れた事を先程お伝えしましたが
 続報です。乗組員がどうやら我が国の軍人ではないかという情報が──」

「は?」

「なんじゃと!?」

にわかには信じがたい、されどおふざけなどしない真面目な報道番組が
伝えてくる言葉と画面に映る映像はそれを肯定するものばかりだった。
この国ではない他国の海岸線。しかも人目が多いビーチに異物がある。
陸にあげられた丸みを帯びた横に長い特徴的な葉巻型と呼ばれるフォルムは
間違いなく潜水艦であり、自分達がクトリアに差し向けたものでもあった。
野次馬やテレビ局が撮った映像には連行されていく自国の軍人たちの姿もある。
どういうわけか潜水艦の出入り口は解放されていたらしい。

「い、いま官邸からも報告が……ホットラインが鳴りやまないと。
 他の二隻もそれぞれ別の国で発見されて、乗組員は密入国扱いで捕まったと。
 各国にある大使館にはこの事態の説明を求める抗議の連絡がっ」

まるで悲鳴のような悲愴な声で耳から入る報告をそのまま口にする。
彼は先程までとは違う意味で顔を青く、否、もはや白くさせていた。

「馬鹿な! なぜこのようなことが起こる!?
 場所が全く違うのじゃぞ! どうやってそこまでいったんじゃ!!」

「そうじゃ! だいいちなぜこんな大事がわしらの耳に届かん!
 テレビ局が先に知って、なぜ勝手に放送までしておる!」

「すぐに止めさせろ!」

「もう無理です! 無意味です!
 各国ですでに大ニュースになってますよ! ネットでも大騒ぎでしょう!
 ああ、なんてことだ………これでは各国には誰が下手人か勘付かれた!!」

発見場所はどこも人気の多い所で目撃者は多く、相手政府も隠しようがない。
そして凶行の証拠でもある潜水艦と証人でもある軍人たちは他国の手の中。
証拠隠滅も口封じもできないどころか他国に最悪のカードを握られた。
内外の反発感情を刺激しないために表立って発表はされなくとも、
これから長きにわたってこの国は国際的に白い眼で見られるだろう。

「もう終わりだ……いったいどんな無理難題を押し付けられるか!」

そんな過酷な未来が簡単に想像できたのだろう。
力無くその場に崩れ落ちると頭を抱えて絶望に打ちひしがれた。

「も、もとはといえばお主がこんな計画を考えるから!」

「なにをいうか。真っ先に賛同したのは貴様じゃろう!」

「落ち着かぬか。
 軍部の勝手な暴走にして傷を出来るだけ小さく……」

「貴様っ、ワシに責任転嫁する気か!!」

そんな彼の頭上で飛び交う老人たちの責任の押し付け合いなど、
彼にはもう遠い国の出来事にしか思えない。あまりにも滑稽だ。
これがこの国のトップに位置する権力者たちの集いなのか。
愛すべき祖国を影で統治している者たちの言動なのか。

「これは……老人どもの暴走を止められなかったこの国への罰なのか」

『───そんなの当然だろう。
 これぐらいのペナルティは受けてもらわないと割に合わない』

思わず本心を吐露しつつ自らの無力を嘆いた瞬間、不可思議な声が響く。
咄嗟に上げた顔の先には猛禽類を模したような白き仮面が浮いていた。
夜闇より濃い漆黒の中にある白はどこか笑っているようにも見えた。

「ッッ───ひぃやああぁぁっっ!?!?」

仰け反りながら大の男が恥も外聞もなく悲鳴をあげて腰を抜かした。
只でさえその見た目は不気味であり、気色が悪いというのにコレは
単体であれだけの破壊を行えるのだ。怯えるなというのが無理な話。

『こういう反応の方がホッとするのはなんなんだろうか?』

「ひぃっ!」

だから黒靄が何かを呟きながら仮面を僅かに傾かせただけで悲鳴をあげた。
そんな些細な動きすら恐ろしく、体を震わせながら逃げる事もできない。

「貴様っ、おめおめとよくも我らの前に姿を見せられたな!」

「ワシらの計画の邪魔をしおって! 異世界の化け物がっ!!」

されど彼にとってはそんな存在であろうとも、
この勇ましくも血の気の多い老人たちにとっては格好の攻撃の的。
これまで他に行き場がなく仲間内で対流していた様々な感情が
分かりやすい標的を得て、銃弾という凶器と共に向けられた。

『さすがあんなアホみたいな脚本を書く方々だ……じつに頭が悪い』

それに対して黒靄がした動作はせいぜい仮面がある方を向けた、程度。
襲い掛かってくる鉛の弾もろともまるで相手にせずに嘲笑していた。

『せめてガレストの銃器にすべきだろう。まあ、それも効かないが』

くくっ、と笑みをこぼす黒靄に弾丸は甲高い音を立てて弾かれていた。
身動きひとつ取らないソレはまるで強固な鋼鉄の壁のようで弾丸は跳弾し、
次々と室内の調度品たちに突き刺さっていくばかり。

『もうそれが旧式化した骨董品なことぐらい知ってるだろうに』

かつて地球で個人が携帯できる最も手頃な武器だった銃器の類は
異世界の端末が持つお手軽な防御機構の存在で簡単に無力化された。
銃そのものがそもそも一般人に出回っていなかった国ではまだ少ないが、
既に銃社会だった国々ではその手の装備は飛ぶように売れたという。
何せ銃で身を守るより簡単で無暗に人を傷つける事も暴発の心配もない。
またそれは武器ではないので子供に持たせるのも安全で簡単だった。
結果、銃器による死傷者が出る事件や事故は激減。
むろんそれに伴って生産や販売数も、だが。

「黙れっ、そんなよくわからん怪しげなもののせいで我が国は!」

『銃器関連の企業が軒並み倒産して大ダメージ受けたというんだろ。
 あとそれは主にここのご老人方の懐が、であってこの国が、ではない』

「同じ事だ!」

『……本気でいってる辺り、呆れるよホント。
 経済的損失の穴埋めや失業者の再就職もここはうまくやっている方だろうに』

そもそもそれだけが国の経済を支えている産業というわけでもない。
単に権力者たちにとって、そうではなかった、というだけの話。

『こんな老人にはなりたくないものだ。
 なんとなく………紙一重のような気もするが』

ははっ、と乾いた笑みをもらした黒靄はそのまま老人たちに近寄っていく。
無駄と知りつつも認めたくないのか反射的にか発砲するが結果は同じだ。
銃声と金属音と室内の何かが壊れる音が無意味に続いていく。

「おのれっ、おのれぇっ!!」

「な、なぜだ……これだけ騒ぎがあってなぜ誰もこん!?」

『音も通信もさっき完全に遮断したからな。
 まあ例え護衛が万人来ようが敵じゃないが、面倒だからな。
 戦いは確かに数だがそれは総合的な数値であって兵数だけの話じゃない』

そういって床を滑っているのか歩いているかさえ分からない人型の靄は
軍服姿の老人に近寄るとあっさりとその手から拳銃を奪い取った。

「なっ! きさま返っ、ぐおっ!?!?」

そして威嚇どころか忠告もなく簡単に老体の両太腿を撃ち抜いた。
この中では最も体格の良かった老人は呆気なく苦悶の声と共に崩れ落ちる。
そこからは陳腐なパニック映画のワンシーンのような光景が繰り広げられた。
あるいはB級のホラー映画だろうか。正体不明の黒い靄の化け物が
わざわざ拳銃を老人たちから奪って逃げ出した彼らを撃っているのだ。

「は、はは……なんだこれ、ははっ」

腰を抜かしていた男は目を離す方が怖いと一部始終を目撃するが
その光景には恐怖を通り越して、いっそ笑ってしまっていた。
他を押しのけて我先にと扉へと逃げ出した老人らは背後から撃たれ、
弾切れになれば倒れた誰かからさらに銃を奪って発砲していく黒靄。
扉に辿り着いた誰かも溶接されたようにびくともしないそれを前に
絶望しきった顔を浮かべると足を撃たれてその場に崩れ落ちた。

『じっとしてれば撃たれることもなかったのに……』

手にした銃を握り潰すように処分しながら語る声は他人事だ。
そこには年老いた者へのいたわりも気遣いも微塵も感じられなかった。
銃弾は急所こそ外れているが痛みを長引かせようとする意図しか見えない。

『……なあ?』
「ひっ!」

動けなかったゆえに撃たれなかった男にソレは視線を向ける。
またも短く悲鳴をあげてしまうが気にした風もなくソレは続けた。

『答えろ。
 ここで軒並み誰か(・・)に撃たれた老人たちの中で
 一番世界に名前と顔が知られている奴はどれ(・・)だ?』

逆らってはいけない。嘘を教えてもいけない。
彼は自然とそのルールを理解して倒れている老人の中から
ボリュームある白髭を持つ人物を黙って指差して答えた。

「そ、そいつだ……あちこちの大企業と繋がりを持ってる。
 自身も莫大な資産を持っていて他国の財界とも密接な関係にある。
 注目されるのが好きだからマスメディアにもよく出ていた」

『丁寧な説明どうも。それじゃ、あいつだけもらっていくよ。
 残りは君がうまいことやって片づけておいてくれ、あとは知らん』

「……は?」

一方的にそう告げられた彼が困惑した間に止血を施した老人を担ぐ黒靄。
そのまま去ってしまいかねない雰囲気に思わず男は待ったをかけた。

「いや、待ってくれ。こんなの私にどうしろというんだ!?」

『…………これは報復だ。厄介なことをやってくれた連中へのな。
 下らん自尊心を満たすために世界を危険にさらした行為は許されない。
 その点でいえば例え脅されて(・・・・・・)いたとはいえ(・・・・・)君の罪も許しがたい』

「っ!」

仮面の奥の無関心の視線が、されど責めるように注がれて息を呑む。
なぜそれを知っているのかと基本的な疑問さえ口にする事もできなかった。
だが顔には出ていたのだろう。微笑の声と共に黒靄は種明かしをする。

『君の態度を見てればだいたい察せられるさ。
 事前にここにいる全員の家族の様子は軽く見てきたからな。
 まあ、人質にする前に人質になっていたのは軽く驚いたが』

「っ、まさか妻と娘に!?」

一瞬、彼は最悪の事態を連想した。
脅してくる相手がコレに変わっただけなのではないかと。

『心配するな、あんたの奥さんは狙われていたとも知らずに
 今日もボランティア活動に勤しんで、娘は苦手な数学を学校で勉強中。
 監視してた怪しげな連中も今頃は全員手術台の上だろうよ』

「……………」

杞憂であった事に安堵しつつ絶句する。あれからまだ数十分だ。
この国までの移動だけでも驚愕だがその発言にはこちらの情報を
ある程度掴んでいるのを匂わしている部分もあって冷や汗が流れる。

『だが、だからといってお前のしたことが許されるわけでもない。
 しかしながら物事には後処理をする者が常に必要となってくる。
 特にこういう表沙汰にできない事に便利なストーリーをつけられる奴が』

脅しのニュアンスを交えながらも、後処理やストーリー。
そんなどこか聞き慣れた単語に彼は慣れた思考で考えてしまった。
この国家的窮地を乗り切るためには何を犠牲にすべきなのか、を。

「…………裏も表もすべて老人たちに押し付けろ、と?」

『君なら十や二十知っているんじゃないか。老人どもの後ろめたい部分を。
 実際原因はこいつらなんだ。人身御供にしても罪悪感はないだろう?』

「確かに……そうですね」

頷きながら頭の中でだいたいの道筋とそのための算段をつけていく。
どちらも彼らの暴走のせいにして世間的に葬り去る事で禊とする。
必要とあらば彼らが持ついくつかの個人的利権を差し出す事も考える。
それでもペナルティは免れず、この国は外交的に苦難の時代となるだろうが
このまま彼らをのさばらせておくより膿を一掃した印象を与えた方がいい。
あるいは原潜の件はともかくミサイルについては話を大きくしたくないはずだ。
表立って責められることはないのだから逆に開き直るのも一つの手か。

『いい表情をしてきたな。悪巧みをする立派な政治家の顔だ』

「よくいいますね。
 シナリオの骨子は全てあなたではないですか……あ、いやっ」

褒められているのかけなされているのか判断が難しい話に思わず愚痴が出た。
どうやら黒靄曰く、悪巧み、をしていてコレへの恐怖を失念したらしい。
短くも会話をして想定より理知的だと感じていたのもあったが、失言だ。

『ふんっ、お前達の脚本がひどすぎたからアドリブで修正してやったんだ。
 そこを間違えるなよ……周りの老人達のようになりたくなければな』

「…………肝に銘じます」

最後にそんな警告とも脅迫とも取れる言葉を残して黒靄は一瞬で掻き消えた。
常にこちらを圧迫してくるような威圧感が無くなり、安堵の息を彼は吐く。
しかしほっとしたのも束の間、問題が何一つ解決してない現状を思い出す。
まずは騒ぎにならぬよう信頼のおける者を呼ぶことから彼は始めた。
それが後々この国を背負って立つことになる政治家が権力者たちの
傀儡から解き放たれて最初に行った事だった。




────────────────────────



太平洋北西の沿海部にある列島の国・日本。その某県某所。
時代の流れから取り残されたような趣のある日本古来の町並みが有名な地。
そこに伝統的な手法で建てられ、現在も維持されているとある屋敷があった。
『大津』と堂々と達筆な字で書かれた表札を出しているのは個人の邸宅。
住んでいるのはこの一帯の土地を持つ大地主の一族である。

その住人たちはいま屋敷の母屋にある大広間に集まっていた。
なぜか昼間だというのに襖を締め切り、行灯だけに火をともして。
光源がそれだけとはいえ集まった者達は皆、夜闇の中で生きる者だ。
その程度の灯りでも男達は互いの顔がよく見えていた。

ただその表情は大別すればおもに二種類存在していた。
憤然気味に苛立っている者達と鎮痛な表情を浮かべている者達。
人数としては前者の方が圧倒的に多く、後者は点々と存在している。
しかしどちらも事態に困惑し頭を抱えていた点は同様だった。
それは何も彼らの計画が阻止されたことだけが原因ではない。

「どこもかしこも潜水艦の出現騒動ばかりで
 クトリアについては何のニュースにもなってません」

「ネットでも調べましたが、
 かの地で何かが起こったという噂すら流れていません」

「あそこに知人がいる者に連絡をとらせてみましたが
 誰も彼も突然の避難訓練ぐらいしか無かったといっています」

「保護者のふりをして学園に連絡をいれてみましたが、
 不気味なほどに普通の対応をされてしまいました」

各々があげた報告が場に集まる者達の表情をさらに硬くした。
おかしい。確かに自分達は義勇軍に便乗する形で介入したはず。
スポンサーという立場で大まかな計画と規模を知っていた彼らには
その静けさは不気味であり、まるですべてが夢幻だったかのよう。

「いったいどういうことだ!?
 隠蔽のために情報操作しているのだとしても、これは……」

「まるでキツネやタヌキに化かされた気分だ」

確かに自分達はあの仮面の術によって何かをする前に全滅させられた。
だが彼らが援助した組織が進撃したこともまた確かであったはずなのに。
あまりにも“何もなかった”という雰囲気が強すぎてただ困惑する。

「あれは、そんな可愛げのあるものではなかろう。
 ワシらは逆らってはならぬ存在に盾突いたのやもしれぬ」

「頭領、いえ義和様」

大広間の上座。
それも一段上の場所に一人座る老体。彼らをまとめる当主・大津義和。
老齢の身なれど“本来ならば”そうは見えない背の伸びた肉体と
鋭き眼光を持つ人物だが今は年齢以上に老け込んでいるかのよう。
疲れ切った顔で力無く肩を落として常の覇気は微塵もない。

「アレと敵対してはならぬ。このまま矛を収めるのだ。
 さすればあるいは慈悲があるかもしれぬ……」

「何を腑抜けたことを!
 それでも大津家を背負う当主ですか!」

その弱気な発言に“苛立っている”側にいた青年が声を荒げた。だが
すぐに“沈鬱な表情”側の中年の男性が戒めるように厳かに告げる。

「口を慎め。
 お前達は奴と対峙しておらんからアレの怖さが解っておらぬ」

力無く首を振れば憤然している男たちが次々と血気盛んに吠える。

「なにをいうんですかあなたまで!
 昨日までの豪胆さはどこに消えたのですか!」

「大津家、ひいてはすべての退魔一族の復権のために
 ここまでやってきたのだ! それを今さらやめるなど!!」

沈鬱なの重鎮は哀れむようにあるいは羨むようにそれを見据えている。
これが表情が二分していた理由。直接あの仮面と対峙した者達と
訳も分からず突然燃えされた者達とではあまりに認識に差があったのだ。
得体の知れなさと異質な気配に本能で怯えてしまっている者がいる。
自らの腕があるのを確認するかのように触り続けている者がいる。
あの目を思い出すだけで勝手に体が震えあがっている者がいる。
黒い影がゆらめくだけで悲鳴をあげそうになっている者がいる。
血筋に胡坐をかいた鍍金という表現に返す言葉もない者がいる。
それが昨日まであったはずの様々な想いや願望、熱意を折っていた。

「大津家当主として、この考えは変わらぬ。
 このままではワシらはアレに消されるじゃろう。
 邪魔だからと石でも蹴飛ばすように。アレはそういうものだ。
 ワシの術者としての勘がそう囁く。お前達も術者の端くれなら解るだろう」

霊能術者は己が直感を疑わない。只人と違う感覚を持っているために
本人が気付かぬうちに霊的な警告や異変、脅威を察知しているからである
だから老人は当主として仮面を刺激しないために即、活動停止を命じた。
この集まりにはそれへの不満を抱えた者達の直談判の側面もあった。
そのためか当主直々の言葉でも納得している者は少ない。

「どういうことだジジイ!
 ここまできておいて、もうやめるだなどとついに耄碌したか!」

まだ言葉を尽くさなくてはいけないかと腰をあげかけた時、
襖を破らんばかりの勢いで彼の孫、大津義久が駆け込んできた。
義久は最後に式を破壊されたために事情を知るのが遅れたのだ。

「義久っ、黙らぬか! いくら後継とはいえ口が過ぎるぞ!」

その登場に沸き立つ反対派の声すら一喝するように怒声が飛ぶ。
しかし彼は止まらなかった。

「うるせえっ!
 今日までどれだけの手間と時間をかけてきたと思ってる。
 それをたかが一度の失敗で諦めろといわれて納得ができるか!」

「義久、お主の言いたいことはわかる。
 だがアレと戦ってはならぬ。お前も彼奴にやられたのであろう」

ならばわかるはずだと諭すようにいうが興奮しきった彼には届かない。

「知るか!
 只者じゃねえのは認めてやるがこの俺を馬鹿にした奴は必ず叩き潰す!
 今までだって何度もそうしてきた! いくらジジイでも邪魔は許さねえっ!」

この場にいる者達は皆その気質をよく知るために一部は頭を抱え、
大半の者たちはそれを煽るように声を張って義久を乗せていく。

「そうです義久さま! 一緒にやりましょう!」

「怖気づいた老害どもなど、もう必要ありません!」

そこには大津家の重鎮たちへの暴言も混ざっていたが、
彼らはもう諌める意味もないと力無く首を振って諦めていた。

「ふっ、そうだな。
 あのふざけた仮面野郎だけじゃねえ、あの異国のガキも同罪だ!
 どっちも殺された方がマシって目にあわせてやる、お前らついてこい!」

大広間に集っていた何十人もの男たちが雄叫びと共に立ち上がる。
当主の老人は頭を抱えていたがもはや声が届かないと悟ってか。
苦々しい顔を浮かべるだけ。だから。

『────想像通りのわかりやすい男だ』
「なっ、おごっ!?!?」

一部には怖気の走る。
その他には聞き覚えのない不可思議な声が響いて、義久は吹き飛んだ。
下座から上座へ。その奥の壁に叩きつけられた彼はそのまま畳に落ちる。
あまりに突然の登場に誰も彼もそれこそ祖父でさえ義久を気遣えない。

「お、おまえっ、いえあなたさまは!?」

知る者達は後継を助ける事もできず。
否、そんな思考さえ生まれない恐慌状態となって震えていた。
彼を吹き飛ばしたのは人型の黒靄。顔と思われる位置には白き仮面。
自分達の計画を完膚なきまでに叩き潰した張本人がそこにいた。

「ひっ、な、なぜ!? どうやってここを!?」

『馬鹿かお前達は。
 式を遠隔操作するにしろ、一時的に精神を憑依させるにしろ。
 術者の肉体との繋がりを絶つことなどできない。ならそれを追えばいい』

それだけの話だろうと事も無げに語るがとんでもなく感覚的な理論だった。
実際はそんなことをしようというのならどれだけの手間と技術が必要か。
たった数十分でここを特定し、クトリアからここまで来たというのか。
普通ならば一笑に付す話だがコレの場合は説得力がありすぎた。
こんなのが各地に複数いると思うよりは精神衛生上良いだけだが。

「お、お前か! 我らの計画を潰したのは!」

「怪しげな化生め、退治てくれる!」

当主達の態度にコレこそが下手人と勘付いた者達が一斉に刀印を結ぶ。
一瞬で霊力を高め、術として編み上げて、放とうとした瞬間。

『有象無象は黙っていろ』

激しさなど微塵もない低音の声と共に黒い波動が解き放たれた。
爆発的なその力の波は男たちを吹き飛ばして次々と襖に突き刺す。
運良くその影響圏外にいた者達も波動に当てられたのか体が動かない。
だが当人は彼らの反応など気にもしないで、スッと上座まで近寄る。

「さ、さきほどまでの非礼、どうか」

『悪いがな、ご老体。お前達で最後(・・・・・・)だから時間がないんだ。
 別に後日でもいいかと思ったんだが血の気が多い奴がいたからな。
 一応念のために来てみれば案の定だった、というわけだ』

機嫌を損ねてはまずいと平身低頭して詫びようとする声を遮って語る。
だが仮面の視線は彼らの背後で痛みで悶えている男に向けられている。
その目の剣呑さに僅かな慈悲も期待できそうにはなかった。そして
時間がないという言葉はこちらの主張を聞く気がないとも取れた。

「もっ、申し訳ありませぬ! ですがどうかっ、命だけは!
 あのような未熟者でも血を分けた孫、どうか平にっ、平にっ!!」

だからだろう。
義和は即、上座から飛び退くと躊躇いなく土下座した。

「全ての責は当主たるこの爺が受けまする! ですのでどうか!」

必死に声を張り上げてそう訴える様子は血気盛んだった男達を冷静にする。
ここまで必死にならなければいけない相手なのだと気付いて、理解した。
何せ体の震えが止まらず自らの直感が逆らうなと告げてくる。
コレは関わってはいけないものだ。関わったが最後
その猛威が過ぎ去るのを待つしかない存在なのだと。

『よかろう。その言葉聞いてやらんこともない。
 だが、お前一人を罰しただけで済む話ではないぞ。
 どれだけの大虐殺を計画していたと思っている。対象は全員だ』

「わ、わかりました。その通りでございます」

『それほどの罪を命以外で贖おうというのだ。
 無論、お前も相応の覚悟の上での懇願だろうな?』

「もちろんです!」

ゆえにその尊大な物言いに誰も反感を持つことさえなかった。
当主の即座の了承にも全く迷いがなく、仮面は短く何かを唱える。
途端この場にいた全員が首に何かが巻き付くような圧迫感を覚えた。

「ぐっ、な、なにを!?」

呪刻(じゅこく)……罪人の行動を制限するための呪い、とでも思え。
 同じ呪刻を受けた者同士なら黒い首輪の刺青が見えるはずだ』

「なんと」

言われた通りこの場にいる全員の首に黒い刺青が入っていた。
まるで自分達の行動を縛るあるいは支配する証のような首輪として。

『科した制限は主に二つ。
 まずは殺人の禁止。これは教唆や自殺、未必の故意も含まれる。
 二つ目は使える術の範囲を狭めさせてもらった。呪詛はもちろん、
 精神操作、肉体操作、とかくヒトを傷つける術をヒト相手に使えない。
 ちなみにそれらを破ろうと考るだけで───』

「あ、がっ、ぎゃああぁっっ!?!?」

「義久!?」

『───こんな具合に全身に激痛が走ってそれどころではなくなる』

喉元を突然かきむしるようにして彼の体が畳の上でのた打ち回った。
早速かと仮面が溜息を吐きながら転げ回る彼に近づき、一気に掴み上げる。

「うっ、ぐっ」

「どっどうか平に!」

『心配するな。殺しはしないよ。殺しはね』

「て、てめえっ……よく、も……」

抵抗こそできないものの目だけは相変わらずにも反抗的だ。
怒気と憎悪がこもったその目で白き仮面を睨むが返る視線は無機質。
語る言葉は淡々としていて手を下す当人であるのに他人事のようでもあった。

『このような狭い価値観の家に生まれたのが不幸といえば不幸だが、
 それでも貴様がしたこと、しようとしたことは許されない。
 大量殺人の画策から殆ど抵抗できない子供達への襲撃、テロへの加担。
 そのうえ反省の色は無いどころかまだ企む厚顔無恥さ。
 ……情状酌量の余地はないな』

「ぐぅ、なにさま、のつも、がっ!?」

『とりあえず神様だ……悪とか邪とかつくほうだがな』

くすりと笑う声と共に黒い靄の腕が義久の胸部に突き刺さる。
苦悶の声を彼はあげるが不思議とそれだけ。苦痛を感じてはいるが
出血はなく既に充分に突き抜ける程に刺さった腕が通り抜けていない。
それをこの場にいる者達は物理的には触れていないと感じ取った。

「まさか霊体に干渉を!?」

『少し違う……よし、これだな……こんなもの、か?』

「あっ、がっ、ぎゃっ、ぐああーーーっ!!」

肉体ではなく霊的な中身をいじられているためか。
耳を塞ぎたくなるような悲痛な絶叫と共に彼は暴れるが意に介されない。
そして何かを抜き取るように腕を抜くとその場に落として解放した。

「義久大丈夫か!」

「あ、ああ……」

駆け寄り、抱き起しながらその体にやはり傷がないのを見て安堵する。
一方孫も解放された途端、全ての苦痛が不思議と消え去っていた。
だが、どうしてか穴など開いてないはずの胸元が気になってしまう。
祖父の手を借りながら上体を起こした義久は仮面を睨み付ける。

「お、おまえっ、俺に何をした!」

これだけのことをされて怒声を浴びせられる浅慮を蔑むべきか。
声を震わせながらも必死に問い質そうとした勇敢さを褒めるべきか。
仮面が選んだのは淡々とした口調であるモノについて説明する事だった。

『この世の全ての存在や能力、現象、事象には因子という核がある。
 世界はこれらが干渉しあって常に大小様々な変化を起こしている。
 お前達には天命とか人の縁とか五行思想とかそういうのを
 全部ひっくるめた考えといえばわかるかな?』

「なんの話だ! 俺の質問に答えろ!」

直接的な答えではなかった声に苛立った様子に義久に仮面は一瞬、
肩をすくめたようにも見えたがすぐに彼に突き刺していた腕を向けた。

『ほれ、これがお前の霊力因子だ』

「は?」

眼前に差し出された腕には淡い光で構成された球があった。
野球ボール程度のそれは揺らめきながらも確かに存在を主張している。

「俺の、霊力因子だと? な、なにをふざけたことを!!」

「ぁ、ぁあっ、義久の霊力が!?」

そんな馬鹿なことがと言いかけたそばで義和の悲痛な声が響く。
見れば周囲の者達も愕然とした青い顔でその光の玉を見詰めていた。

『お前は永遠に失うんだ。霊力という力を。存在価値を。
 これを失ったお前は二度と術は使えんし霊を見ることもできまい。
 しかも因子が消えるという事はその素質も無くなってしまうのだ。
 要はお前がどれだけ頑張ろうともお前の子孫が霊力を持つ事はない』

「なんとっ!?」

淡々と語られる内容はあまりにも単純で、あまりに無慈悲だった。
自らに流れる血を、そこに宿る力を誇りとする者からそれを奪うのだから。
ましてや次代を作ることもできないと未来さえ奪われてしまうという。

「うっ嘘だ! このっ、おいっ、冗談やめろよ!
 くそっ、オン、オンッ! ナウマクサンっ、あっ、なんで、出ろよ!
 オンキリキリ、っ、出ない! 何も、術も式鬼も、出ないっ、ぁぁっ出ないっ!!」

刀印を結び、真言を紡ぐが内に宿る霊力を微塵も感じない。
そもそも霊力を感じ取る能力が彼にはもう無いのだから当然のことだ。
半狂乱になって慣れているはずの行為を繰り返すが何も起きる事は無い。
その必死さと失った恐怖に歪む表情を見た周囲は事実と悟り縮こまる。

「あ、あんな簡単に奪えるのかっ!?」

「霊力の残滓も感じられないぞ」

「こんな、ことがっ!」

誰もが逃げ出したい思いだったが動いて目立つ事もまた怖かった。
そのため心底から怯えていながらも誰一人微動だにできずにいたのだ。

「お、恐れながらそれはあまりに!」

『重いというか?』

それでも孫可愛さで声をあげた老人に存外に威圧的な声が返る。
これまで比較的抑揚が無いか軽い調子だったそれに冷たさが宿っていた。

『大量の呪詛をまき散らそうとしたお前達が何を言う。
 いいんだぞ、今ここで大津家の歴史とやらを終わらせてやっても。
 退魔の一族は他にもいる。お前達でなければならない理由はどこにも無い』

「それ、はっ……」

『これでも断腸の思いで譲歩したのだ。世にはまだ退魔の力は必要だ。
 他にもいるとはいえ出来る限り数を減らすべきではない、とな』

「し、しかしこれでは家を継ぐ者がっ!」

『そんなもの他の誰でもいいではないか。
 これまでもずっと直系だけで家を継いできたわけではあるまい。
 どの道お前たちは親戚同士なのだろう。血は繋いでいけるではないか』

ほら、どこに問題があるんだと。
老人が持つ家元としての常識を軽々と切って捨てた。
そこまではっきりと言われては彼が出せる反論はもうなかった。
生殺与奪はとうに握られている以上、命と存在を見逃すと決めてくれた時点で
それ以上を望むことはできなかったのだ。当人以外にとっては、だが。

「返せ……返せっ! それは俺のだ!!」

自らのアイデンティティの根幹を奪われ狂乱する男にそんな冷静さはない。
眼前の光玉を奪い返そうと手を伸ばすが仮面に軽々と躱され、つんのめる。
それでも食らいつこうと腕を伸ばして、偶然黒靄を掴めると返せと叫ぶ。

「返せ、返せ! 返せよ、返してくれよ!!」

ただそれだけを訴え、我武者羅に手を伸ばすが光玉にかすりもしない。
傍目には玩具を取り上げられて取り返そうと暴れる子供のようでもあるが
当人や周囲は絶望的な表情を浮かべているだけにシュールでもあった。

「俺は大津義久なんだぞ! この家を継ぐべくして生まれたんだ!
 その俺が霊力を失うだなんてそんなふざけた話があってたまるか!
 選ばれた、特別な存在なんだ、その俺がこんな──!」

『────選ばれた特別なニンゲンなど、この世にひとりもいない』

それを知るがいい。
懇願にも似た必死な叫びを仮面は冷淡に遮って、光玉を握り潰した。

「ぁ─────あああああああ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」

光玉は、彼の霊力は呆気なく霧散し跡形もなく消えた。
自らの半身そのものを失ったような痛みと慟哭が屋敷中に響く。

『そんな奴がいるのなら、私が生き残るわけがない』

だから、そんな仮面の呟きは紛れてしまい誰の耳にも届く事は無かった。

『………あの都市にいた何十万という未来を一方的に奪おうとしたのだ。
 その程度の罰ですんで良かったな、名も無き只人よ……』

「ぁ、ァぁ……」

最後まで名を呼ぶこともない嫌味と皮肉を果たして聞いているのか。
壊れた音を発しながら彼は力無く崩れ落ちると目を開けたまま気絶した。

「おおっ……よしひ、あっぐがあぁっ!?!?」

「義和さま!?」

その姿に悲痛な声を出した老人が一転して首元を掻き毟って苦痛を訴える。
それの意味する所は仮面が先ほど説明したばかりである。つまりは。

『いったはずだぞ。殺人や自殺、教唆、未必の故意も制限されるとな。
 孫の未来を儚んで、いっそ、とでも思ったか。だがそれも、立派な殺人だ』

「あ、がっ……そ、そうかこの呪刻とやらの目的は!?」

『くくくっ』

いかにもな笑い声に自分達を縛るだけではなかったのだと理解した。
それが禁止されていては義久は今の状態のまま生き続けるしか道が無い。
誇りとしていた力を失ったままこの家で生き続けなくてはならない。
自ら命を絶つ事も、誰かにそれを頼む事すら禁じられた状態で。
そしておそらくそれが見せしめであるのだと老人は気付いていた。

『……呪刻で貴様らは色々縛られているから悪さは出来ないだろうが、
 それでもしたと私が把握した時は全員を同じ目にあわせるとここに誓おう』

演技がかった声と仕草を見せた仮面の言葉に一層皆の顔に絶望が広がる。
もはや彼らに逆らえる余地など残っていない。その意思が残っていない。

『まあ難しく考えるな、退魔一族の使命をしっかり果たせばいいだけだ。
 そうすれば少なくとも敵として出会うことは無くなる。励めよ』

ゆっくりと仮面の視線が周囲を見渡すと全員が躊躇うことなく頷いた。
もはやそうする以外にこれ以上の被害を出さない方法はないのだから。
それを確認すると他にいくつか“頼み事”をして仮面は消えていったという。


────────────────────────



以下はある映像の中で語られた何者かの発言を日本語訳したものである。

『ガレスト、地球、両世界の方々。
 突然このような形での挨拶となったことをお許しいただきたい』

そのメッセージが届けられたのは“あの光景”からちょうど1時間後。
クトリア及び学園上層部、ガレスト政府、地球各国の政府、そして
反体制組織たちまでもが“あの光景”に度肝を抜かれ混乱していた。
国によっては他国の原潜が突如陸地に現れてもいるので余計に、だ。
これは事実なのか。そうならコレは何なのか。自分達の敵か味方か。
どう対応すべきなのか。何も解らない。決められない中でのこと。

『私の行動を見て下さった方々、初めまして。
 私はマスカレイド……ああ、仮面舞踏会と訳さないでくださいよ。
 そういう名前だと思ってください。無論、本名ではありませんが』

人型の黒き靄。その頭部と思しき部位の白き仮面。
それが老若男女が全く判断できないながらも感情は伝わる謎の声で語る。
問題のその存在(じんぶつ)にモニターを占拠されて世界は固唾を呑んだ。
あれだけの破壊をしたモノが自分達に何を言おうと、求めようというのか。

『ちなみにこれは録画映像であり、質問には答えられません。
 またアレを見ていた各国政府や様々な組織には概ね似たような
 メッセージを送っていますので、あしからず』

それは丁寧な物言いながら一方的な説明でありどこか慇懃無礼といえた。
黒靄の怪物のきれいなお辞儀などかえって気色悪く見えるだけである。
だがそこで映像が引きの絵に変わってその背後が映るとその意味が変わる。
どこかの廃墟らしい崩れた汚れた壁。そこには凄惨な“赤”もあった。
映像を見ていた中には小さく悲鳴をあげる者や呻く者もいた。なにせ
二人の老人が手足を杭でその壁に縫い付けられていたのだから。

『さて、後ろの老人が気になるところでしょうが、なに。
 たいしたことではありません。私の実力を示すためのただの生贄です。
 彼らはある重大な罪を犯したのでちょうどいいので見せしめに使いました。
 犯罪の証拠は既に対応する複数の公的機関に届けてあります。
 身柄も後で適任な所に送っておきますのでお気になさらず』

それはあまりに笑えない冗談といえた。
仮面─マスカレイドも言葉通りに受け取られるとは思っていないだろう。
何せ片や某国の重鎮で片やガレストの実業家として有名なガーエンだ。
どこの政府も反体制組織ですら最低でもどちらかは必ず知っている人物。
それほどの大物が直前までどこにいたかなど、まともな諜報機関を持つ
大国はほぼ把握しており、だからこそ絶句した。
この1時間でこいつはどこで何をしてきた、と。
証拠を送られた組織の者達はさらにその徹底ぶりにも、だが。

『皆様は私の正体や目的がわからずきっと右往左往としているでしょう。
 いらぬ懸念や疑いで国家間に疑心暗鬼が広がっては迷惑ですし、
 正体不明なのをいいことに他国を責める材料にされてもたまりません。
 なのでこうして、皆様方全員にこの動画を送らせてもらいました』

その驚愕を無視するかのように淡々と言葉が紡がれる。
解ってやっているのなら相当に意地の悪い性格をしていると誰かが思った。
だがマスカレイドが持つ爆弾はそれだけではなかったのだとすぐに知る。

『まず最初に宣言をしておきましょう。
 私は地球人でもガレスト人でもありません』

それは世迷言や戯言と流すにはあまりにも問題のある宣言であった。
視聴者たちの中にはむしろどこか納得してしまっている者達さえいたが。

『第三の世界からの迷い人、といえばわかりやすいでしょうかね。
 証拠はありませんが私のしたことを誰も再現できない、のを証明としたい。
 特に海を割った一撃と原潜を転移させた行為は個人で出来るのでしょうか?』

投げかける形だが実質的にできないのを分かった上での発言とみられた。
どちらも戦艦程の大型装置を事前に設置すれば可能ではあるがそんな物が
現場にあれば発見できる。そんなものは持ち込むのも設置するのも難しい。
だいいち攻撃に至ってはどう解析しても行っているのはマスカレイドだ。
その極光とて既存のどのエネルギーとも違う力で両世界にとっても未知。
三つ目の世界といわれた方が納得できるといえばできるのだ。

『それでも納得できない。嘘だという人もいるでしょう。
 しかし、正直そんなものはどうでもいいと思いませんか?
 私がどこの誰であろうとそれが意味のある事ではないでしょう?』

問いかけの意味に気付いた者たちは蒼白となった。
あれだけの破壊を個人で行い、短時間で世界を駆け巡り、情報を集め抜いた。
そして政府の官邸や各種組織、違法組織の回線に侵入して一方的に動画を送る。
それが出来る個人ないし組織の正体がなんであれ脅威である事に違いはない。

『私のこと、ひいては事件のことそのものを隠していただきたい。
 これ以上この世界のくだらない争いに巻き込まれたくないのです。
 今回の事はさすがに見逃せず、人道的見地から介入しただけのこと。
 仮初とはいえ住んでいる世界で戦争など御免こうむりたいですしね。
 それに誰だって大量破壊兵器が発射されたのを知ったのなら、
 それを破壊できる力があるなら、これぐらいのことはやるでしょう?』

またも笑えない冗談である。
大枠の理屈としては解るが規模があまりにも大きすぎる。
個人レベルでそんな“力”を持つ者は果たして世界に他にいるのか。
力があってもこんな風に二つの世界に対して挑戦的に振る舞えるのか。
それをさも当然という口調で語るマスカレイドは大物か異常者か。

『まあ、こういう事をいうとお為ごかしだと下衆の勘繰りをする者も
 いるでしょうからそんな人達でもわかる言葉に変えて言い直しましょう』


────私に従わないのなら、君達の存在は地図から消えるだろう


形の上では丁寧だった態度がそこで初めて崩された。
抑揚のない、感情がまるでない声が威圧するように放たれる。

『それが物理的か社会的かは、その時の私の気分しだい。
 私はテロリズムが嫌いだ。武力でもって世界の情勢を変えよう、
 世界の覇権を握ろうという輩や国が嫌いだ。なので私自身のこの行為も
 あまり好きではないが、そうしてでも止めなければならない者が多すぎる』

嘆かわしいと演技がかった態度でやれやれと仮面が左右に揺れた。
それを実行できる能力を示されてはその嘘くささなど何の意味があろうか。

『なので私がそうだと感じたら勝手に介入させていただく。
 嫌なら暴力を訴えずに政治の世界でやりとりをしているがいい。
 戦争や軍事的示威も外交手段だという無能な奴の戯言を聞く気はない。
 これ以外に訴える手段がないというテロリストの泣き言もな』

果たしてそれは理想論か暴論か。
中身が抽象的すぎる恫喝はどこか当人も解った上で語られているよう。
時折もれる楽しむような笑い声がそういう印象を視聴者に与えている。

『それでも私の話を聞かない。暴力や武力に訴えるというのなら、
 その時は私という無慈悲で理不尽な力を知ることになるだろう』

彼らのように。
そういいたげに一度だけ仮面が背後の老人らを向いて、すぐに戻る。

『残念ながらこれはお願いでも脅迫でもありません───ただの命令です。
 どうかどの国も組織も個人も賢い選択をしていただきたい。それでは』

これが後に、世界の裏の歴史に刻まれる事になる最大規模の脅迫事件。
二つの世界の全てを同時に脅したその犯人による発言の全文である。
この脅迫についてやった当人の考えとかは後々。
では、西南西向いて黙って食べましょう!




………俺は食わないけどね!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ