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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第二章「テストを利用するモノ」

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04-34 アクマの威光



脅迫、恫喝、恐喝、拷問。
そんな言葉が生温く思える惨劇というショーに心が折れた彼女(シェリー)
知る限りの情報を求められるがままに口頭で告げ、端末のデータも渡した。
息も絶え絶えな夫にそれを止める体力も、ましてや意思さえもなかった。
さらにスキル阻害及び通信阻害装置も停止させ、彼女はあらゆる事を饒舌に喋る。
そこに嘘はない。言い回しで誤魔化すことも、罠にはめようという意図もない。
船の端末から奪い取ったデータと比べていくらか裏付けもしているが、
黒靄─シンイチは経験上態度だけで全てを吐いていると分かった。

否、そも当然の話であろう。
もはや彼女の望みは愛する夫と共に生き延びる事だ。
そのためにはもう絶対にコレの逆鱗にだけは触れるわけにはいかない。
尤もそんな冷静な思考をしているかといえば怪しいぐらいに目に光は無い。
もはやこれでは知っている知識を語るだけの人形といってもいいほどだ。
相変わらず外道だな、と他人事のように評しながら情報を彼は頭に入れた。

学業と違って不思議とこういう情報は自然と記憶する事ができる。
おそらくは戦いに必要な敵の情報という認識があるからなのだろう。
技量ランクによる恩恵はどういうわけか戦闘面に偏る傾向にあった。
それは彼が技量ランクを大きく上げてしまった要因である得てしまった
莫大な知識と経験値がそちらに偏り過ぎていたせいでもあるのだが、
元々彼が非常に不器用であり要領の悪い子供だったせいでもある。

「えっと、えっと他には、他には……何か、何か……。
 あ、ありますからジョイスを殺さないで……」

感情を失った表情と淡々とした声ながら。
強迫観念に突き動かされるようにまだ語っていない事を探す彼女は知らない。
自分達を全滅させた相手が因数分解もろくに理解できない残念な成績だと。
目玉焼きひとつ満足に作れないほど壊滅的な不器用さだったことを。
戦いに関連付けられない分野において彼は誰かに勝る事は難しい。だがそれは
戦いに必要であればどんな高度な事も扱えるという怖さも孕んでいるが。

『もう充分な情報は聞けた。心配せずとも約束は守ろう。
 おめでとう、君達の命は無事助かった……』

もう脅す意味もないため彼は抑揚のない声で語りかけながら
拘束していた両名を解放した。すると力無くも彼らは抱き合う。
助かった安堵か。はたまたとにかく他人の体温(ねつ)が欲しかったのか。

『……そういう相手がいるならこんなことしてんじゃねえよ』

他に見る物がないためだが、興味の無い冷めた視線を送りながら呟く。
余談だが、この夫婦が反政府活動に走ったのは聞き出した話によると
地球の歴史と文化に対する嫌悪感と拒否感。されどそれに影響を受ける故郷(ガレスト)
交流公開による地球側が受けたデメリットや反ガレストという思想(てきい)
それら等から両世界の交流は互いに悪影響にしかならないと考えたため
双方を“元の状態に戻すべきだ”という思想を持ってしまったのだという。
元々、中途半端に力と立場があったゆえに世を憂う気持ちが暴走したのだ。
なんてことはない。よくある─傍迷惑な─話である。

『ヒトは自分の隣近所を幸せにできればもう上等だ。
 それ以上を背負おうとするから道を踏み外して戻れなくなる』

世界のためにヒトが頑張る必要はない。それはヒトの生き方ではない。
そんな生き方ができるのは、方向はともかく元からズレている者だけ。
自分の腕が届く範囲を読み間違えれば待っているのは自らと周囲の破滅。
ましてや彼らの場合そもそもの思想が勘違いの上に成立している。
ソレを気付かせなかった政府の方針が上策だったのか下策だったのか。
ソレに気付けなかった彼らが間抜けだったのか仕方のない事だったのか。
判断が難しい所である。

『失態か、面子か、策謀か……今さらだが気が重い』

彼らだけではない。
大半のガレスト人が勘違いしている事実。
そうなってしまった原因はいったいなんなのか。
どれにしろ、それ以外にしろ。考えるだけで憂鬱だ。
何せヒトの社会の闇はそれだけ広く、深く、複雑で、不気味だ。
凶悪で外道ではあっても種類としては単純な邪神(アクマ)とは相容れない。

『はぁ………っ!』

またあんなものと関わるのかと溜息を一つ吐いて、舌打ち。
海面を蹴るように跳び、瞬きより速く彼らに肉迫し腕を振り上げた。
それに訳が解らないながらより互いを強く抱きとめた夫婦は、しかし。
来たるべき衝撃が来ず、代わりに何か生暖かい液体をわずかに被った。

「え………血?」
「これはっ、おまえっ!?」

自分達を覆う黒い影。そこから赤き液体と、鋭利な刃が吹き出ていた。

『久しぶりだな、この姿の時にケガを負ったのは』

それを他人事のように評する声は驚愕する二人には聞こえていない。
何せ黒い腕を貫く実体型の長剣は彼らの眼前で止まっていた。
攻撃を通そうとした彼らが庇われた形で流血を見れたのは何の皮肉か。
そんな背後の驚きも左腕の痛みも思慮の外のシンイチは即座に動く。

「っ!?」

刃の持ち主は相手の怯みさえ見せない行動に逆に怯んだ。
右手から放たれようとする貫手をろくに視認できずも危険と判断する。
即座に武器を手放し跳び退ると“彼”がいた海面に腕程の穴が一瞬開いた。

「…………お前、本当に人間か?」

それが海の底まで届いた気配に“彼”は唖然としながら尋ねていた。
海面に立つように浮いているのは二十代前半程の整った相貌を持つ長身。
美しく長い金髪を背に流し外骨格を背と手足だけの待機展開状態(スリープモード)で纏う男。
ボディスーツで素肌は隠しているがその均整のとれた肉体は黄金比の見本のよう。
行き過ぎた美。完成された存在はそれだけで鋭さを持つが彼はどこかまだ柔らかい。
生き物としての柔軟さや活力に満ちているためだろう。それが余計に目を惹く。
こんな状況でなければ同性でも感心してしまう見事な芸術品がそこにある。

『その言葉そっくりそのまま返すぞ』

されどそれほどの造形に見惚れる事もなく即座に言葉を返すシンイチだ。
ヒトの外見を本人の素質と努力の賜物だという認識をしている彼にとって
人外にも近い美だろうとそれに惚けるという事は相手の性別問わず、無い。
何より状況と相手の姿に頭の中で警鐘が鳴ってそれどころでもない。
まず優先すべきはこの敵への警戒と自身の痕跡の消去である。

『……洗い流し、深く沈めよ、(ワータ)

囁くように唱えながら腕に刺さった長剣を引き抜く。
より一掃激しく出血するも治癒魔法で強引に傷口を塞ぎ、
周囲では海水がそうと気付かれぬように吹き出た全ての血液を流していく。
その流れは誰の手も届かない海底まで続き、彼の血を拡散さえ紛れ込ませる。
血液は科学的にも魔法的にもあまりに本人の情報を持ちすぎている。
仮面を被っている最中の出血を彼は可能な限り即座に消していた。

魔力(フォトン)を裂くのに特化した武器を使ったとはいえ、
 私に傷をつけたのはお前自身の力によるもの……人間業ではないな』

その動作をさらに誤魔化すように引き抜いた剣を眺める。
彼は技術や構造は解っていないが貫かれた感触からそう推察した。
魔力の鎧とクッションがあまりにあっさりと裂かれ突破されたのだ。
そして引きあげていたはずの耐久値は力尽くでもって貫かれている。
それはどれ程の膂力か。剣の刀身は耐え切れず罅が入っていた。

「お褒めにあずかり光栄だ、とでもいえば満足か?
 こちらはまるでゴラドに切りつけたのかと思ったぞ」

切れ長の目をさらに細めながらこちらを睨む男は苦々しくそう語る。
僅かにその腕が痺れるように震えているのを目敏くシンイチは認めた。
ゴラドとはガレストに生息する最も頑丈な皮膚を持つ生物の名である。
あちらの慣用句や諺に硬いモノ、絶対に壊れないモノの代名詞として
たびたび登場するほどその外皮は鉄壁の防御力を持つという。

「フォトンを裂く武器に、ゴラドだと。
 はっ、なんだそれ……なんなんだこのステータスはよ……」

「次元が、違う……」

知らない武器。適切と思えてしまった表現に笑うしかないジョイス。
そして黒靄と違って見えてしまったステータスに彼らはただ震えた。


--------------------------------------


筋力:S

体力:S

精神:S

耐久:S

敏捷:S


--------------------------------------


オールSランクという破格以上の冗談のようなステータス。
それはガレスト人である彼らには文字通りの化け物レベルのランク。
もし、こんな輝獣が一体でも現れれば近隣の都市を放棄したうえで
万単位の軍と十大貴族の当主を集めて決死の覚悟の討伐戦となるだろう。
黒靄の何も解らない恐怖とは違うランク化された解る恐怖がそこにあった。

『常識外のステータス。金の稲穂を思わせる毛色。何よりこの気配。
 はぁ、どれだけ引きが悪いんだ……ここで神獣を引き当てるか普通?』

罅の入った剣を投げ捨てながらシンイチはその恐怖を溜息一つで済ませる。
それは貫録の余裕か諦めの入った慣れか。だがその愚痴のような言葉は
男が持つ雰囲気を一気に殺気立たせ、敵意をむき出しにさせた。

「神獣、だと?
 きさま何者だ……なぜ私を獣だと思った!?」

『ふっ、そんな態度では認めているようなものだぞ。
 それではせいぜい四尾(・・)といったところかな、若造』

「こいつっ!」

鼻で笑った嘲笑は、されど的確に真実を射抜いている。
本能的に敵と判断した男はそれこそ獲物に飛び掛かる獣を
思わせるように腰を屈めて無手のまま構えると────消えた。

『一度で諦めろというに』

それは全身のバネを使った超高速の跳躍による移動。
異世界の機械と元・軍人が全く把握できない速度も彼には慣れたもの。
愚痴のような呟きをもらしながらも自らの背後に回し蹴りを叩き込んだ

「ぐっ!?」
「きゃっ!?」

轟という空間を割るような衝撃音。
大気が震え、その中心地にいた夫婦も怯えながら互いをより強く抱いた。
海面に座るように浮いているだけの彼らの頭上で蹴りと蹴りが交差している。
彼が止めなければそれは死神の鎌となってこの夫婦の首を刈り取っていただろう。
脚部を覆う装甲は耐え切れずに砕け散るが男は気にした様子もなく吠えた。

「マスターの(めい)だ! 邪魔をするな!」

『助けるといった私の決定を邪魔するか!』

互いに相手を邪魔だと怒鳴った瞬間その姿が掻き消える。
その動きを全く追えず何が起こっているのか解らない中で夫婦は、
自分達の周囲で頻発する大気の爆発のような音と震動に怯え震える。
時折、残像のように黒か金色が覗くため二人の激突は推測できた。
だが彼らの目と耳ではまるで両者が複数存在しているのではと思える程
二色の残像はあちこちに見え、音は重なり、海面は全方位から波立った。

「あ、あなた!」
「くっ、シェリー!」

バケモノ同士の戦いに巻き込まれた哀れな観客。
ほんの少し前まで世界のためにと息巻いていた者達の現在がそれだ。
しかしその立場に屈辱を感じるよりも早く終わってほしいとただ耐える。
それはさながら天災が通り過ぎるのを待つ人間の心理にも近かった。
そこへ一際大きな轟音を立てて拳同士をぶつけ合わせた両者は
弾かれるように元の位置に戻って互いを睨み付けた。

「くっ、ハァハァ……動きがとらえにくい姿とはいえ、
 この私と互角の速さとパワーを持つとは……マスターの勘は正しかったか」

申し訳程度に纏っていた外骨格はもはや完全に邪魔だと収納してあった。
生身と目視されないが生身の二人は異世界科学を超えた先で戦っていた。
されどその異常といえる戦闘力を持つ者同士にも、差というものはある。

『互角? 若造が、片腹痛いってんだよ』

「なに───を!?!?」

突然、男の視界が落下する。がくりと膝が沈んで力が入らない。
備えている能力のおかげで海面に浮くことは出来ていたが、
生まれたての小鹿のように両足が震えて満足に立ってられなくなっていた。

『同じと思っているからそうなる』

海上を舞った速度か。いくらか受けた攻撃か。あるいはその両方か。
それらを同等と誤認していた結果想定以上のダメージが下半身にきていた。
またよく見れば息が荒い彼と違い、シンイチの息はまるで乱れていない。
時間にして僅か数秒程度に過ぎなかった先程までの攻防において
どちらが優勢だったかなどもはや語るまでもないことだった。

「こんなことがっ……まさかお前は我が同胞なのか!?」

根拠があるというよりそうでなければ納得ができないと叫ぶ男に、
口の端を吊り上げたシンイチは慣れた言い回しで煙に巻く。

『残念ながら、それ以上の邪神(ナニカ)だよ』

「っ!」

言葉は軽くとも放たれる眼光の鋭さは空気が重くなったと錯覚させる程。
夢かうつつか幻か。靄とは違う黒い後光さえ彼は視た気がして息が苦しい。
神秘的でありながら問答無用でこちらに畏怖を強要するような威圧感。
理性であり得ないと考えるが本能はその言を認めて、後退りさせた。
直接それを向けられていない背後の二人でさえさらに震えあがっている。
本気で睨むだけでシンイチはこの場を支配していた。

『────いやはや、まさかうちのがこうも簡単に追い込まれるとはね』

ゆえにそこに介入できるのはこの場にいない者だろう。
どこか呑気な声をここに流したのは突如開かれた黒一色のモニター。

「マスター!?」

サウンドオンリーを示す英字のみが表示されたモニターに男は驚くが
返答はなく、こちらからは見えない視線をシンイチは感じて睨み付けるが
さすがの彼の威圧もモニター越しでは効果はないらしい。

『答えないだろうが一応聞いておく……誰だ?』

『いやあ、目だけよく見えるってのも怖いものだねぇ』

あはは、といっそ朗らかに笑う若い男の声は飄々としている。
そして質問に対しては一切なんの返答もしていない豪胆さである。
しかし彼はある意味自己紹介をする必要がないと解ってもいたのだ。

「おい、この声はもしかして……」

「はい……あ、あのっ、あれが外部協力者のドクターです」

『こいつか……あの悪戯の発案者は』

彼女から聞きだしていた情報の中にあった外部協力の科学者兼技術者。
偽装タンカーや精神スキル、人に偽装させたアンドロイドの提供者。
反政府組織間ではドクターの通称で知られる優れた知識と技術力を持つ男。
名前も顔も不明ながら両世界で指名手配を受けているテロリストの一人。

『ええぇ、速攻で売られたぁ!?
 あれだけ便宜を図ったのにそりゃないぜ副隊長さん。
 まあ……あんな仕打ち受ければ誰でもそうなるけどさぁ』

若い男の声は別段残念そうでもないのにおどけて、おかしそうに語る。
その語りにシンイチはどうしてか一気に鳥肌が立って、されど無視した。

『けど驚いたな。
 アレをイタズラと思ってくれる奴がいたなんて』

『余分なことを全力で行うのが悪戯というものだからな、違うか?』

『へぇ…………ホント、キミ誰?』

「マスター?」

今の返答に何の意味があったのか。声のトーンが突如として下がる。
彼の琴線に触れる言葉だったのかその問いかけの声はいやに強い。
否、どこか慌てて焦っているような色さえ存在していた。

『力尽くで聞きだしてみるか?
 その従者が死力を尽くせば万に一つぐらいはこの身に届くかもしれんぞ』

それに対してシンイチもどこか苛立ったような声で露骨な挑発をする。
指名した金髪の男ではなくモニター越しにいる見えない相手を睨み付けながら。

『…………』

『…………』

空間を超えた無言の睨みあいは不穏な気配のままいくらか続く。
その裏で従者たる男は力の入らぬ下半身を気迫だけで奮い立たせて
主の指示を待つように臨戦態勢のまま構える。蚊帳の外となった夫婦は
ふたりの間にある剣呑な空気にさらに怯え、震えていた。

『………ふ、ふふふっ、いや、やめておくよ。
 こいつぐらいしか生きてる部下はいないんだ。失いたくない』

そんな空気に最初に、まいった、と白旗を上げたのはドクターだ。
一方その発言にいっそ可哀想なぐらいに動揺した者が約一匹。

「う、マスターそれはっ、あ、いえ確かに、いやしかし!」

主人からじきじきに戦えば負けるといわれて存外に動揺する男。
事実としてそうなる予想が自分でも立っているがそれはそれ、である。
先程までの緊迫した顔つきが一転して捨てられた子犬のような表情に。
頭の片隅ながら男の正体をさらに確信したシンイチだ。
やはり主人への入れ込みっぷりは本能レベルのものらしい。

『試作品の稼働データは得られたんだ。これ以上はやめとくよ。
 でもまさかそいつらを庇うとは思わなかった……くれない?』

『断る。経緯は見ていたのだろう。
 私が命は助けるといった以上それはもう絶対だ』

どこか気軽な様子で暗に命を寄越せという相手に間髪入れずに否と返す。
敵意を消したのは実はドクターだけでシンイチが発する空気は未だ不穏だ。
戦意の有無など知らぬと受け答えを間違えれば襲い掛かってくる危うさ。
それを感じ取ってか男は怯むように黙り、ドクターもまた沈黙を選んだ。

『………でも僕たちに構っている余裕はないんじゃないかな。ほらあっち』

否、その手札が切れる最高のタイミングを見計らっていたのだ。
黒一色のモニターにでかでかと矢印が表示され、シンイチは視線を動かさずに
意識の一部だけをその方向に際限なく飛ばしていき───体ごと向き直った。

『な、なんだあれ?
 海面から高速の飛翔体が8、いや10飛び出してきた?』

自らに確認するように呟いた中身に彼自身がよく解らなかった。
高速飛行するその物体の存在を彼は確かに感知しているが正体が掴めない。
他に解るのは無機物である事とフォトンを使っていないことぐらいだ。
しかし、なぜか言いようのない不安にかられている自分がいて内心焦る。

『………うっそん、マジか。この距離でもう解るのかよ!
 どんなレーダーだよ、それ。うわぁ一度分解してみてぇ!』

そんなシンイチとは裏腹に子供のような無邪気な声を出して、
素で興奮している様子のドクターにさすがの従者も呆れたような声を出す。

「マスター、早く詳細を。
 ……でないと戦闘になります。こいつはまだやる気です」

『おっとすまない。今からリアルタイムの映像を見せるよ、ほら』

そういって開かれた別の複数のモニター。それが映す光景の意味。
一番に理解したのは無意識にソレを推測していたシンイチであった。

『おい……おいっ、冗談だろう!
 これもお前の計画か! 世界間戦争でも起こす気か貴様!?』

そこで初めて少年が素の怒号をあげると今までの比ではない眼光を向けた。
されど本人がこの場にいないおかげで返ってきたのは飄々とした態度。

『いや、僕は関わってないよ。けど君はよく理解しているね。
 確かにこれの対処を間違えると戦争に一直線かもしれない。
 うまく対応をしても嫌な火種は残ってしまう……よく考えたものだよ。
 どこぞの愛国心が無駄に溢れてる老人って奴はさ』

他人事のような物言いにさらに憤りかけるがそれを即座に律する。
いまの発言に嘘はなく、むしろその首謀者たちへの不快感があった。
どの道ここでモニター越しの相手を怒鳴っても何の意味もない。
むしろ時間の無駄である。

「シェリー、なんだあれは。前にどこかで……」

「あ、あれは……もしかして……」

ガレストで見慣れないためか。8年に及ぶ地下生活のためか。
即座にそれが出てこない異世界の軍人夫婦を尻目に再度それを見る。
映像を構成するフォトンを覗ける彼はそれが偽りでない事を見抜いていた。

『どれだけ火種を抱えてたんだこの場所は、世界は……!』

海上を飛ぶ白く細長い形状をしている飛翔体。
主翼と尾翼のような物があるため小さな航空機にさえ見えるが
大半の地球人ならソレが何なのかは軍事に明るくなくとも理解できる。
ご丁寧なことに開いたモニターには何がソレを発射したかも映していた。

『各国の潜水艦がここを見張っていたのは知っていたがどこの馬鹿だ!
 いきなり巡航ミサイル(・・・・・・)なんてもんぶっ放しやがって!!』

クトリアからおよそ1800km以上離れた海中を泳ぐ複数の原子力潜水艦。
そこから放たれたのは地球人類が持つ長距離兵器の代名詞である巡航ミサイル。
この状況、そして進む方角からそれの狙いは間違いなくクトリアだった。
どこぞのテロ国家でも軍事基地でもなく普通の人々が暮らす街がある島へ。

『だよなぁ。
 権力を握ったどっかの老害がアホな軍人たちを唆したらしいよ』

『くそっ、コントロールしてる文民が暴走してやがるのか!
 そいつら絶対義勇軍(こいつら)のテロ計画を知ってただろ!』

「え?」

「な!?」

指揮をとっていた両人は驚くが、でなければタイミングが良すぎる。
戦乱を望む勢力の息がかかった原潜の航行中にたまたまテロが発生するなど。

『察しがいいね、たぶん正解だ。
 世間的には全部テロリストに押し付けて真犯人たちは雲隠れ。
 今でも原潜の動向とか所属国とかって調べ難いからねぇ。
 けどガレストだって馬鹿じゃないから地球への懸念を抱いて関係悪化。
 大雑把にそんな脚本だったんだろうけど君がテロを“無かったこと”に
 しちゃったものだから、こじれるよねぇ。嬉しい誤算ってやつだ』

最悪だと舌打ちまじりに吐き捨てる。
おかしそうに笑う声も腹立たしいが今は相手をする余裕がない。
この先どんな結果になろうとこのままでは両世界の反発感情が爆発する。
しかも表立ってスケープゴートになるはずだったテロを隠蔽してしまった。
後から公表してもその事実を知る、勘付いた人間は少数で全員がクトリア側。
どこまでその話を信じてもらえるかは怪しいところにある。
実際彼らはこれに関わっていない以上ガレスト側の反発は必至だ。
過激派たちに格好の餌を与えてしまうことになる。

最良は全てを撃墜した上で世間に情報が流れないようにしたいが、
注目されるクトリアの外海で起こった以上殆どの国は事態を把握しただろう。
それでもなおこの事実をもみ消すにはこれを超える劇薬が必要になってくる。
思い当たるモノが、無い、わけでもないのがシンイチを渋い顔にさせる。

『ふふふ………で、君はどうするのかな?』

まるでその内心の思いつきを見抜いたようにドクターは語りかける。
それを自分に見せてみろというような感情が透けて見えた。しかし。

『いっておくけど僕はテロリスト側だからね。
 こういう手は嫌いだけど世の混乱はどんとこいなんだ。
 でも君は非公式・非合法な混乱を望まない勢力、なんだろ?』

『っ』

苛立ちが募る。だがそれは話の内容や状況についてではなかった。
モニター向こうの男の喋り方そのものが何よりも少年を苛立たせる。
この故意に相手を嘲笑し、相手の痛い所を突きながら話を誘導し、
実際は選択肢になっていない選択肢を提示する。

『約束を守るために二人を守って都市を、世界を見捨てるか。
 それとも二人を見捨てて、君というまだ誰も知らないジョーカーを切るか』

それは聞くまでもない話でありシンイチは悩むことさえしていない。
もう彼の中でどうすべきは既に決まっている。何を誰にいわれても関係がない。
されど、この口調はあまりにも、そうあまりにも自分と似すぎている(・・・・・・・・・)

『じつに不愉快な喋り方だ。
 ……いつかぶん殴ってやるから首を洗って待っていろ!』

指を鳴らす。海面を蹴る。
同時に行われたそれの意味を正確に理解できた者は誰もいなかった。
それはそうだろう。彼の背後にいたはずの夫婦は一瞬で掻き消えて、
開いていたはずのモニター越しの通信は切られてしまったのだから。

「なっ、ぐっ!?」

そして残された一匹(カレ)は飛び込んでくる影を途中までしか追えなかった。
気付いた時には視界いっぱいに広がる闇よりなお黒い空間に支配される。
敵に顔を掴まれたのだと理解した時には海面に叩きつけられていた。
それは速いというよりは突然そこにいたとしか言い表せない動き。
されど叩き伏せた勢いは海面を一種の凶器のような硬さにするほどで
その衝撃は内部で響いて脳を揺らした。

「あうっ、がああああぁぁっ!?!?」

一瞬の前後不覚の隙を見逃さぬように顔を掴む腕が万力のように締め上げる。
殆ど反射に近い動作でその腕を掴んで引き離そうとするがびくともしない。
Sランクに到達している耐久と筋力がどういうわけかまるで意味がない。
先程の誤認による激突しあったのとは根本的に違う単純な圧倒的な差。
知識ではなく本能がそれ以上の“力”が振るわれていると察して震える。

「あがっ、うっ、ぐはぁっ!?」

『時間がないからこの程度で済ませてやる……』

締め上げを続けながら男を持ち上げ、がら空きの腹部を殴りつける。
傷口を塞いだだけの腕は痛みを訴えるがいつものように無視して、告げた。

『……6月14日だ』

「な、なにが?」

『挨拶をしにいくとお前の主人に伝えておけ!!』

「なっ、わあああぁぁーーーーーっ!!」

今からたった11日後の話を一方的な伝言として押し付けると
頭部を掴んだまま振り回し、まるで陸上の円盤投げのように放り投げる。
絶叫を響かせながら人体が水平線の彼方まで飛んでいき、見えなくなった。
それを半ばまで確認しつつ自らを転移の光に包むと、空間を超えて消えた。





────────────────────────────






クトリア防衛隊がその事実(ミサイル)を認識したのはそれが800kmまで迫った時。
国連の哨戒機が巡航ミサイルの群れを発見。少し遅れて防衛隊に一報が入る。
だが同時にその位置は地球の軍勢による迎撃行動が覚束ない海域だった。

クトリアの内の警備はガレスト軍からの出向で構成された防衛隊が。
外海の警備はそのために編成された特別国連軍が主に請け負っている。
無論それが全てではないが“海”はガレスト人にとってまだ未知の領域。
装備と経験が充実しているという点で担当が地球人側になるのは妥当だった。

しかし今回のミサイル攻撃は完全にこの日の警備体制の穴を突かれた。
どこかから情報が漏れていたのだろう。元々巡視船やイージス艦、哨戒機、
外骨格による警邏隊等をこの広大な海上都市の外海全域に配備するのは
物理的にも懐事情としても現実的ではなく、どうしても隙間があった。
それを日々配置状況を変えて対応していたがそのシフトを読まれ、狙われた。
即座に迎撃行動に出ようと動き出したが果たしてクトリア到達に間に合うか。
間に合ったとして全てを撃墜できるのかは不明瞭な状況だといえた。

そうなれば防衛隊、国連軍ともに縄張り争いをしている余裕はない。
残り700kmにまで迫った時には沿岸部から約100km離れた海上には
狙撃銃等で武装した防衛隊のチームが並んでいた。尤も彼らは運良くか運悪くか
その日該当方向の近海を警邏していた人員を集めた即席のチームでしかなく、
巡航ミサイルという兵器の脅威に対する理解度も各々バラバラだった。
過度に緊張している者から過剰な防衛体制に呑気に首を傾げている者もいる。
だがどちらにせよガレストの兵士や武装にミサイルの迎撃経験は皆無に等しい。
海上警備用のガードロボも並べ、そこを境界線にフィールドバリアも張ったが
それは巡航ミサイルという異世界の兵器に対してどこまで対応できるのか。
発射された10機ものそれを全て撃墜することが実際にできるのか。
理論上可能であっても経験が無い不安要素はあまりに大きい。


そんな目先の問題とは別に、どちらに転がっても発生する問題がある。


迎撃出来なければ犠牲を出してしまうと共に対応できなかったという
個人兵装の範囲の戦術兵器に特化したがための弱さを露呈させてしまう。
技術力コンプレックスによる勝てる訳がないという思い込みの抑止力が、
例え敵意や悪意があっても暴挙には走らない理由の一つが消失する。
実際にその露見がされる前の現状で発射させた愚か者がいたのだ。
世論を操りそれをガレスト人のせいにでもされればどうなるか。
少なくともそうなった時の用意は既になされていると見るべきだ。

迎撃出来てしまえば一時の安堵の代わりに地球国家との間に緊張が走る。
ガレストの武装が地球の兵器に対抗できる前例を作ってしまうからだ。
やはりガレストには勝てないのかという劣等感が過剰な怯えとなって
やられる前にやれと先制攻撃という暴走に走らないとは言い切れない。
これまた発射させた者達がいる以上そんな脚本が用意されているだろう。

今はまだ実際は不明という名のグレーゾーンを維持して、
曖昧な内に相互理解を進めていかなくてはいけない時期なのだ。
これはその灰色を明確にしようという狙いが透けて見える攻撃だった。

それでも発射された以上迎撃する以外に取れる選択肢などない。

国連軍が迎撃できればまだ事態は楽に終わるが厳しい所であった。
彼らの迎撃兵装が届く距離にまで近づくにはまだ時間がかかる。
間に合ったとして巡航ミサイルはそも誘導システムによる回避能力が高い。
公的に異世界技術が使えるようになって既存のシステムも向上している。
迎え撃つのならともかく裏をかかれた状況でどこまで迎撃できるか。
一分一秒ごとに事態は切迫していくも彼らは出来る限りの手を打っていく。


それはクトリアの中にいる者達とて同じことだ。
都市部では事態を知ったというフリーレ教諭からの提案に乗る形で
抜き打ちの避難訓練と銘打って住民たちをなんとか避難させている最中だ。
沿岸部にも部隊や迎撃兵装を展開させて、最悪の事態に備えていた。

そしてそんな通信を“入れた覚えのない”フリーレはフィールド内で
残った生徒達を山脈の裏─ミサイルの進行方向から見て─に集めていた。
名目上は突然の指示変更による迅速な行軍が可能かという試験として。

「確かに好きに私を使えとはいったがな……」

整列し点呼を取る彼らを尻目に額を押さえる。
あくまで戦場の駒。一振りの剣としてのつもりであった。
最低でも事後報告がなければ口裏合わせができないと内心愚痴る。
そのせいであちら側との通信で齟齬が生じそうになっていた。

「ドゥネージュ先生、全員揃っています!
 あとはもうゴール地点かあちらの方が近いクラスだけです!」

「わかりました、そのまま待機させてください!
 ああ、サランド先生ですか。校舎から出れるようになったんですね。
 ではゴール地点や付近にいる生徒達を校舎へ誘導してください。
 説明している時間がないんです、急いで!」

報告にその思考を片隅に置いて学園へと指示も飛ばす。
そうなって欲しくはないが最悪の事態になった時、
あの建物はそれ自体が頑強なシェルターとなると彼女は知っている。
少なくとも外にいるよりは安全性は増すはずだと校舎の教師陣に
その誘導を半ば強引にお願いすると通信を切って次を考える。

「出来ることはやったが……私もいくべきか……」

教師としてはもう出来ることはない。だが彼女個人としては
クトリアで最強といわれる戦力であり、その力を持つ責任がある。
もう一度なら、そしてこの状況なら『不可侵の剣』は使えるのだ。
あれで薙ぎ払うという攻撃手段があると無いとでは対応の幅が違う。
迎撃出来てしまう問題は解っているが市民の犠牲を許容する訳にはいかない
防衛ラインから離れているが短距離転移を連続させれば彼女には問題ではない。

〈マスター、テキストオンリーの通信が入っています〉

防衛隊本部に進言してみようと思った瞬間に、
それも文字だけという通信に訝しみながら自らの愛機に問う。

「誰からだ?」

〈発信者は不明、ですがウイルス等は検知されていません〉

「……開け」

〈ラジャ〉

不明という言葉にむしろ確信を抱いたフリーレはそれを開かせた。
そこには翻訳ソフトに訳させたような教科書通りのガレスト語で一言。


─────お前は動くな、何もするな


「…………ナカムラ、か」

どうしてか。あるいは当然か。
フリーレはそれが彼からの通信に思えてならなかった。だがそれは。

「おい、待て……私は何もするなだと?
 ならお前は何をするつもりだ……白雪、通信は!?」

〈相手方のフォスタが圏外か電源が落とされていて通じません〉

その報告に半ば以上反射的に飛び上がって山脈の影を超えて空に立つ。
自らの視線の先から誰かの悪意と敵意を乗せた兵器が向かってきている。
まだ目視では勿論、外骨格のレーダーでも捉えられないがフリーレは
この先にはあの少年もいるような気がして仕方がなかった。



────────────────────────────



巡航ミサイル到達まで残り400kmを切った時。
数隻のイージス艦や駆逐艦がそれを射程に収められる地点に到達した。
彼らは敵ミサイルを狙って次々と艦対空ミサイルを発射させていく。
我が物顔で低空を進む巡航ミサイルの群れを襲う攻撃は海面を爆発させ、
いくつもの水柱をあげていくが、されど敵を捉えきれず突破されてしまう。
無情にも彼らの前を、まるで得意気に巡航ミサイルは通り過ぎていった。

『なんだあの動き……どんな誘導システム使ってんだよ』

彼らの迎撃行動がほぼ失敗したことに少なからず肩を落とす影が呟く。
それでも10機を8機にしたことは褒めるべきだろうかと悩みながら。
フリーレの予感は当たっていた。沿岸部からおよそ300km。
国連軍も防衛隊もいない空白地帯の海上に黒い人型が立っている。

『予定通りといえば、予定通りではあるが』

出来れば国連軍の手によって無事迎撃してほしかった。
そんな気持ちが無いといえば嘘になるがこれはこれで使える(・・・)状況だ。
マスカレイドという存在の宣伝とその力の誇示という点だけ見れば。
そして対外的に正体不明である彼には迎撃に関する問題点は少ない。

あるとすればどうやって第三者だと思わせることができるか、である。
不明であるがゆえにガレストの勢力と判断される可能性は大いにあった。
だから彼は巡航ミサイルに向ける攻撃を選ばなくてはいけなかった。

彼はいくつもの攻撃手段を持っている。
また一度その動きを感覚で捉えた以上、残りの巡航ミサイルを
全て撃墜する自信は大いにあった。しかし、その殆どが今は使えない。

まず魔法は真っ先に思い浮かぶが傍目にスキルと大差がない。
それではミサイル迎撃を第三者の彼が行う意味がなくなってしまう。

魔力攻撃も同じ理由で却下となる。不可視状態でも可視状態でも
調べられればおそらく魔力(フォトン)の残滓は発見されてしまうだろう。
ガレストの新兵器か何かと思われてはこれまた意味がない。

彼がつい先日手に入れたトンデモ武装たちも技術的にはガレスト武装だ。
ましてやさすがに弾頭に何を積んでいるか解らないミサイルを相手に
近接攻撃を仕掛けるのはいくらシンイチでも無謀が過ぎるというもの。
1機だけなら攻撃後即座に転移して離脱という手段も使えるが相手は8機。
全てを一度に葬れる確証がなければそんな博打のような行動は取れない。
式鬼の群れを貫くのとは訳が違うのだから。


ならばもう手段はないのか。


ファランディアの魔法もガレストの武器も使えない。
複数のミサイル相手に肉弾戦などもってのほかとしかいいようがない。

『まさか、帰還してから使えるようになるとは思わなかったよ』

答えは、否だ。
彼は無茶をすることはあっても無策では動かない。まだ武器はある。
彼が持つそれらの中で最も強力ゆえにヒト相手にはろくに使えない剣が。
アイディアそのものはあちらにいた時から既に思いついてはいたのだ。
ただそれを実現するために必要な魔力を彼個人では用意する事ができず、
また、必要とされるあるいは使うことが可能な事態が無かったのだ。

『……………』

静かに無手の右腕を天に突き刺すようにただ掲げる。
そこへ三つの兵装端末を装着した左手をそっと添えた。
搭載されている三つのフォトン結晶から高速でエネルギーを抽出する。
装備の限界を無視したクイックエクストラクトは絞り尽くさんとばかりに
莫大なフォトンを彼に、その右腕に、その先端の小さな爪に流し込んでいく。
魔力(フォトン)を流すことでファランディア最強の硬度と特殊な力場(極光)を発生させるオロル鉱石。
それがいまかつてないほどまでの魔力を食らって光り輝き、黒を纏う彼を
包み込んでしまうほどの極光を生み出し、雲を突き破る程の柱と化す。
また一秒ごとにその幅も広がっていき、既に50mは超えている。

『まったく、存在を世に示そうと思った途端にこれだ。
 恐れられる───なんてぐらいで済めばいいけど……』

そんなことはきっと無いのだろうと苦笑する。
むしろそれで済んでもらっては困るといったところか。

『っ……さ、て、これだけ派手にやってるんだ。きちんと見ていけよ。
 地球世界に、ガレスト! お前達の知らない力がここにあるぞ!!』 

放つ極光は魔力を使っていながら魔力とは別の“力”となっている。
光柱の横幅が100mを超えた辺りからその力場は右腕どころか全身を軋ませる。
そのエネルギーのあまりの“重さ”に体がぐらつき気を抜けば崩れ落ちそう。
そんな間抜けな結末など御免だと気を張り、意地を張り、声を張る。

果たして。
その叫びは誰の耳にも届くことはなくともその光はあまりに強い。
巡航ミサイルの発射という異常事態に注目が集まっていた両世界の
公式・非公式を問わない様々な目はその巨大な極光の柱に引き寄せられる。
それがその根本で光を支える少年の思惑通りだなどとはこの時は誰も知らずに。

『二つの世界よ。存分に驚き、慄き、怯え、恐怖しろ!
 俺が新しい秩序(ルール)だ。お前達の力はもう通用しないと知るがいい!!』

自らを“乗せ”るために、あるいはその本性を曝すように吠える。
極限まで高まった極光の力はもう振り下ろすだけで全てを平伏させる暴力だ。
世界が見ている前でそれを使えば自分(マスカレイド)は双方から狙われ続ける事は避けられない。
それはその正体である少年の仮初の安寧すら失わさせるかもしれない。

『ハッ───!』

脳裏によぎった、本当にいいのか、という自問を鼻で笑う。
メンバーは違ったが久しぶりに家族の団欒という光景を体験できた。
一般的とは言い難くとも活気ある学校生活をそばから眺めることができた。
きっとそれは彼がかつて過ごし、いま望んでいる暮らしに近いのだろう。
だというのに。

『────欠片も迷わないんだから本当に可愛げのない奴だな俺って』

あっても気持ち悪いだけだが、とシニカルに笑う。
事の重大さをまるで理解してないように嘯いて、その右腕を振り下ろす。
天に刺さっていた極光の柱は腕の動きに従うように倒れて海を割っていく。
700mを超えた横幅のそれの前でミサイルの運動性能など意味はない。
光柱に押し潰されるように地球人類の戦略兵器は一瞬で蒸発した。
されどそれだけで終わらない。極光の柱は“その程度の長さ”ではない。
彼がこの一撃に求めたのはミサイルを撃墜する事と世界に見せつける事。
こんなことが出来る者がお前達の生きる世界にいるのだと教える事。
光の速さで海を割った一撃は文字通り世界をも割る一撃となる。


───その日の静寂を彼らはきっと生涯忘れることはできないだろう


ありとあらゆる“目”でそれを見ていた世界中の者達は誰もが絶句した。
極光の柱に包まれ、その根元にいながらも黒い靄の存在感は強い。
隠れるための人型の漆黒は極光の中で際立って、観客達に理解させた。
これは人間が齎した破壊だと。少なくともそのサイズの存在が放った攻撃だと。

100km、200kmを超えても極光の柱の先端は見えない。
観客達は映像をズームアウトさせていき全容を捉えようとした。
そして光の柱がどこまで続いているのかを把握した時、限界に達した。


ある者はあり得ないと根拠なく否定した。

ある者はカメラの故障だと現実逃避をした。

ある者はその光景が理解できずに呆然とした。

ある者は常識外の攻撃範囲にただ怯えた。


されど腹を抱えて大笑いしたのは二つの世界を探しても彼女だけだろう。
この事態の渦中のクトリアにいながら傍観者で居続けた一人の女教師。

「アハ、アハッ、アハハハハッ!! すごい! すごいよ、君!!」

子供のような無邪気な声で興奮しながらモニターを見入るは城田奈津美。
衛星軌道上からの個人的な目を持つ一人の狂気の科学者マッドサイエンティスト
彼女はずっと見ていたのだ。かの少年が三クラスをゴールに導いたのも。
それから一度完全に消えてフィールドの中にどうやってか戻ったのも。
あり得ない速度で駆け出して海岸を目指していたのも。
そして無論────その姿が黒衣に包まれたのも。

「異常なほどの認識阻害能力に、完全未知のエネルギー波!
 それだけでもたまらないっていうのにそこまでやっちゃう!?」

独りで目を輝かせながら未知のエネルギーを解析しているのはさすがだが、
そのキラキラとした眼差しはある海域の現在を俯瞰したモニターに釘付けだ。
ただ海原が広がるだけのはずの衛星映像に、長方形にも似た“穴”があった。

「人間サイズで1800km(・・・・・・)も海を割っちゃった!!
 しかもわたしでもよくわかんないよ、このエネルギー!!
 ねえねえまだあるのかな! あるのかな!!」

それが心底おかしいと机を何度も叩いて椅子から転げ落ちても笑い続けた。
視線はそれでも変わらずにモニターを、平然とする黒靄─シンイチを見据える。
これだけの大破壊を起こしておきながら静かに海面に立っていた。

「知りたいことが増えちゃったよぉ………さいっっっこう!!
 ああぁっ、待っててね中村くん、絶対に君の全てを調べてみせるわ!!」

地球。否、二つの世界で最高峰といえる頭脳は今かつてない歓喜の中で、
それでも冷静にこれ程の戦闘力を持つ相手を調べる方法を計算し続けている。
少年の知らない所で最悪の捕食者が彼を完全に狙い定めた瞬間だった。


一方でその当人は黒い靄の見た目ほど平然といえる状態ではなかった。
全身からは反動ゆえか強い痺れと痛みを訴え、逆に右腕は感覚がない。
黒衣に包まれ、そして黒衣だけが無傷なために解りづらいが、
何にも包まれていない指先はまるで炭化したかのように真っ黒。
焦げ付いた腕はほぼ感覚がなく肩と繋がっているのが奇跡といえた。
その爪先だけが余剰魔力で極光を淡く発しているのはある種不気味。
それを。

『めっちゃ(いて)ぇ……』

率直なれど非常に軽い調子で彼は表現した。さもありなん。
体の状態はともかく本人が平然としているのは正解だった。
慌てもせずに左手を右手に翳して残りのフォトンで治癒魔法をかける。
余剰のフォトンとはいえ個人にとっては莫大な量の魔力ともいえる。
その力技による治癒はまるで時間を巻き戻しているかのようでもあった。

『うっわっ気持ち悪っ』

再生していく感覚よりも視覚的な不気味さにひとりおどける。
彼にとって肉体の損傷などどうせ治せるのだからどうという事ではない。


───違うでしょう、あなたは治せなくても同じことをするバカです───


『…………うむ、否定できる要素がどこにもない。
 ステラが見ていたら間違いなく殺されるな、俺』

その時と似た返答を口にしながら、怒気に満ちた無表情を回想して苦笑する。
だが今回は許してほしいと思う。これが一番面倒事を遠ざけられる策なのだ。
しかもそれはまだ完了していない。

『さて、と……とりあえず動くは動くか』

動作に問題はないと手足の感覚を確認すると即座に魔法の術式を走らせる。

『いまの攻撃で下準備はOKだろう。
 原潜も跳ばしたし、あとは仕上げにかかるだけだ。
 よし、それじゃ世界の一つや二つ脅してくるとしますか』

くくくっ、と心底楽しそうに笑ってシンイチは転移の光に包まれて消えた。
二つの世界が仮面の本当の恐ろしさを思い知るのはこれからの話である。
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