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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第二章「テストを利用するモノ」

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04-33 アクマの蹂躙

注意として、うちの主人公が外道なことしてます。
(一応これでも肉体方面はマイルドにしたんだが、他は……)
今まで片鱗だけだった部分をここでそれなりに発揮してますので、
まあ、いうほどではないかもしれないが、念のためご注意というわけです。



高度なステルス性と光学迷彩で人と機械の目からその身を隠す船舶。
その隠された外観は有り触れた小型タンカーだが内観は全く違う。
人員運搬のために広く用意したコンテナ部分を除けば異質な造形。
意匠から質感まで地球由来の物が徹底的に省かれている異世界感。
本来その技術を有する世界に海が無い事を考えるとそれらを使い、
地球のタンカーに偽装して地球の海に浮いているというミスマッチさ。
果たしてそれを乗員たちは感じているのだろうか。

彼らの主要人員が詰めているのはその艦橋。
正確には船橋というべき場所だがその様相は戦艦といえる。
地球にあるどの船舶とも違う操縦装置や探査機器等が設置された指揮所は
武装した制服姿の者達が操作や警備をしているのもあって軍艦を思わせる。

「…………きな臭い」

そのいわば艦長席に当たるイスの前であえて直立不動でいる男が呟く。
分厚い筋肉の鎧を着込む浅黒肌の偉丈夫、オメガ1ことジョイス・ローナンは
各所の戦況報告やモニター映像を前に首の裏が焦げ付くような感覚を抱いた。

「隊長、なにか問題でも?」

そばに控えていた赤髪の女性副官。
オメガ2ことシェリー・ローナン(・・・・)は上官の言葉に首を傾げる。
各隊、各人員からの報告にさして問題があるように彼女は思えなかった。

囮として使っていたアルファチームは大方の予想通り既に敗色が濃厚。
援軍要請を繰り返しているがそこまでして助け出す必要性は薄く、
他チームがまだ活動中である以上アルファを下げる事も出来ない。
実質的に見捨てたのだが、元々そうなるだろうという予測はあった。
アルファは積極的に失いたいわけではないが失って困る人員でもない。
ベータは潜入工作員が用意していたフィールドバリアの穴から侵入。
そして各所にスキル阻害装置の設置に成功しスポンサーの要求にも答えた。
フィールド全体に散ったため学園側の抵抗で1割の戦力を失っているがそれだけ。
教員と特別科の面々を各所で抑えつつそれ以外を幾人か拘束する事に成功。
デルタは一時戦場を引っ掻き回していたが運悪くフリーレと遭遇し討伐された。
ガンマは未だ待機中。隊長であるローナンの指示を待っている状態にある。
だが途中、潜入工作員であるアリア・バンスレットとは連絡がとれなくなった。

「オメガ3──バンスレット中尉の口からここがバレる可能性はありません。
 例え捕虜となっていようと口を割るような人物ではありませんし、
 そもそも人員の運搬方法と進行ルートは教えていませんので」

既に彼らの中で連絡が途絶えた時点で逮捕された可能性は想定している。
元より潜入工作員である以上万が一正体が露見した際の保険はかけていた。

「ああ、それはわかっている……それではない、のだが……」

何かがおかしい。されど、どれのことなのかが分からない。
万事うまくいっているとは言い難いが全体として勝敗は決していない。

「ではやはり予定より時間がかかっている点でしょうか?」

現状はっきりした問題はこの作戦が未だ続いていることにある。
この広大な敷地を持つ海上都市での作戦とはいえ開始からもう5時間以上。
軍同士の衝突ならいざ知らず、学徒を押さえるには時間をかけ過ぎている。

「それはそれで悩ましいところだがな。
 まさか防衛側が即座にゲリラのように潜伏するとは思わなかった」

「おそらく結果的な話だと思われますが」

彼らの想定以上に生徒達がばらけすぎていて中々発見できない。
そして何としても確保したかった特別科の生徒は固まって抵抗している。
緊急事態に全員を集合させると踏んでいたが裏をかかれた形だ。

「緊急時の連絡の不備がこちらにとって不利に働いたか……」

シェリーが語る通りそれは結果的な話だと推測された。その為に一般生徒は
広大なフィールドに隠れるように分散され、人質にしたい特別科生徒は
逆に団結して徹底抗戦されてベータは苦戦する羽目になっている。

「隊長、副官として意見具申させてもらえばもう撤退すべきかと。
 欲をかいて戦力を消耗するのは指揮官として最たる愚行です」

「わかっては、いる……だがこの状況での撤退はどの道に次に支障が出る」

これが普通の戦いならば彼はとっくに撤退指示を出している。
時間をかければかけるほど総合的な勢力で劣るこちらに勝ち目はない。
だがこれは世界に異を唱えるために結成されたガーエン義勇軍の初陣。
最悪クトリア本土まで攻め込んだという戦果でも充分かもしれないが、
学生と交戦しておいてろくに制圧できずに撤退した汚名だけは被れない。
戦士階級である自分達が戦場で一般人に勝てなかったとなれば、
それはもう主義主張や戦果の問題ではなくなってしまう。

「それではもう俺達の負けだ。
 ここまで準備した襲撃で非戦闘員にも勝てない組織の主張など
 誰も耳を傾けることも、期待することもない……」

それは元とはいえガレスト軍人が構成する組織ゆえの思考と言えたが、
その考えのために他チームの支援部隊の任務も持つガンマを動かせない。
押さえられた生徒数が少ない現状で他チーム支援や校舎破壊は難しい。
他の侵攻部隊の存在が防衛隊に露見し、分散しているベータチームを
彼らに各個撃破されてしまう危険性がある。アルファと違って、
一定以上の実力と最大の人員を誇るベータを義勇軍は失いたくない。
また人員数では少数であるガンマではベータの援軍には向かない。
それにこちらに届く兵士達の声もまだまだ士気の高さが垣間見える。
ここで撤退するのは内部の支持も失う可能性があった。

「話がそれたが、それらはもう解っていることだ。
 違和感とはいえん、が………並べてみると妙に仕組まれているな」

「仕組まれている?
 いわれてみればこちらが動きづらく決断を渋るような状況ですね」

「ああ、気に入らんなこの感覚。確か以前にもこんな……」

見えない手と目をどうしてか頭上に感じる。
戦略シミュレーターの中の駒になったかのような錯覚さえある。
それほどまでにこの戦況は妙にバランスが取れすぎているといえた。
まるで自分達の行動を停滞させようとする設定がされた戦場のよう。

「……そうだ。思い出したぞ!
 昔、模擬戦でオルティス将軍とやった時と同じ嫌な感じ。
 常に奴の手のひらの上のようなこの空気は、いったい……」

無意識に感じ取っていた作為性と意図性を彼はやっと言葉に出来た。
この戦場は誰かに作られている(・・・・・・・・・)と。



─────ほう、なかなかに鋭い、といいたいが遅過ぎたな



しかし、彼が自身の違和感を適切に理解した時、
この場にいる誰とも違う老若男女さえ不明な声が不気味に返った。
同時に誰かの苦痛の声も合わさって、その位置を全員が把握する。

『……ふむ、かなりオートメーション化されているな。
 道理でほとんどの乗員がゆっくりと休んでいたわけか。
 ここまで警邏中の奴と3人しか遭遇しなかったのも頷ける』

「あ、がっ、ぐ……たい、ちょうっ!」

艦橋にある一つの端末の前に黒い靄が人型を模して存在していた。
そしてその腕らしきモノが一人の兵士の首を掴み、締め上げている。
苦しげな声をあげ、助けを求めるように仲間に腕を伸ばしていた。

「何者だ!?」

怒声混じりの問いかけは、しかし光弾を伴った暴力的なもの。
正体不明の、そして仲間を攻撃している存在への反射的に近い発砲。
それによる端末や計器類の損壊よりも敵の排除を優先とした行動は──

「ぎゃっ、がっ!?!?」

──仲間の悲鳴という結末に終わり、次弾は続かなかった。
艦橋内の兵士達が放った銃撃を黒靄は掴んだ兵士を盾にして防いだ。
兵装端末によるバリアはあったが放たれたのは対外骨格レベルの銃撃。
その前ではそれは拳銃に対する薄い板程度の防御力しか期待できない。
伸ばされた腕は力をなくして落ちて、そこを赤いものが滑り落ちていく。

「…あ、が……」
「マイク!!」
『あーあ、ひどいことをする』

一瞬にして穴だらけとなった制服の下から鮮血が零れ出て床を汚す。
息はまだ漏れているので死してはないがすぐに治療がいる状態ともいえる。
だが他人事のように評しながら端末に触れる黒靄に沸き立つ兵士達。
手でそれを制したジョイスは努めて冷静に問いかけた。

「貴様、4月末の爆弾騒ぎに現れた奴だな。
 俺達に何の用だ……そして“今”なにをしている?」

『一度に複数を尋ねるな。どれから答えていいか分からんが、そうだな。
 今はデータの吸出し。こういうのは先にやっておかないと面倒だからな』

「な!?」

「あ、ああっ、隊長本当です!
 あらゆる情報が取り出されて……くっ、ダメです止められません!
 こちらの操作を全く受け付けないっ、なんでこんな!?」

別の端末の前にいるオペレーターらしき女性兵士が悲鳴をあげた。
彼女は必死に目の前それを操作するが黒靄の暴挙を止められない。
ならばと赤髪の副官は素早く考えを切り替えて指示を出す。

「各員白兵戦用意、何を破壊してでも止めなさい!」

手にした武装を屋内を考慮してナイフ系に切り替えた彼らが走る。
だがそれに慌てた様子もなく迫る兵士らに掴んでいた一人を投げつけた。

「ぐぅ、無事かマイク!?」

「うっ、あ、ああ……」

『そうそう。先に言っておくと地球の海は塩水で出来ている。
 そんでもって、傷だらけの体にそれは………多分すごく痛いぞ?』

先頭にいた男が彼を受け止めつつ仲間の状態を確認している中。
その後ろにいた別の兵士たちがそれを飛び越えるように迫る中。
黒靄は、そこ初めて白き仮面を見せると脈絡のない事を告げた。

「なにを……っ!?」

何の話だと訝しんだジョイスだが次の瞬間まさかと息を呑む。
データの吸出しをアレは、先にやっておかないと、と言わなかったか。
果たしてそれは何の、前、のことだ。そして急に出た傷と海水への言及。
それにジョイスはある可能性を思い浮かべてしまっていた。

「各自アーマー起動! 脱出だっ、急げ!!」

「隊長なにを!?」

『いい読みだ────これまた遅いがな!』

見れば見る程、姿がぼやけるような濃くも不可思議な黒靄。
その腕らしき物の先端が突如極光に包まれ、そして振り下ろされた。
多数の色が混ざった閃光が視界を焼き、艦橋から船底までをあっけなく斬った。
まるで、もともとそんな形であったといわんばかりの断面を一瞬だけ曝して
入り込んでくる海水の勢いに呑まれるように真っ二つとなった残骸(ふね)は沈む。
轟音を響かせ、潮を渦巻かせながら異世界の船は海の藻屑と化していく。

「………………」

それを外骨格を纏った集団が空から愕然と見下ろしていた。
ジョイスの突然の指示に、しかしさすがは彼らも元・軍人たちか。
唯一出撃せずに船に留まったオメガチームの“ほぼ”全員がそれに応えた。
即座に外骨格を起動させると船外に飛び出して無事に脱出したのだ。
しかし。

「……くっ、オメガ2、何人いない?」

艦橋にいた者。警備についていた者。設備の点検をしていた者。
交代して休憩や食事、仮眠をとっていた者たちがあの船にはいた。
彼の指示は端末を通じて全員に届いたが、ここに全員はいない。

「確認しました。私と隊長を含めて現在ここには27名います」

「3人いないか……おい待て、3人だと!?」

「はい、巡回中だった3名です。おそらくあの黒い靄が言っていた者達かと」

「そうか…………答えろ、あいつらをどうした!!」

隊を預かる者としてジョイスは自分達の前に同じように浮かぶ影。
否、漂う黒い靄そのものに怒声を浴びせたが返ってきたのは困惑の声。

『さて、どうしたのだったかな?
 首を捻じ曲げたような、気絶させて縛って放置したのか。
 あるいは意識のないまま海に落としたような、はて?』

忘れてしまったとでもいいたげな態度。
黒い靄はどこか笑みさえ感じる楽しげな声で軽く語る。
元よりまともな返答は期待してなかったが感情を逆撫でしてくる返答だ。
そのどれであってもこの状況では命の保証など無いに等しいのだから。
ジョイスは軍人としての思考で脳裏に浮かんだ三つの顔を消した。

「報告ではお前は以前クトリア侵入を図った地球のテロリストを排除し、
 爆弾の犠牲になりかけた学生を助けたと聞く……やはりクトリア側の者か」

『ふふっ、広義においては間違ってはいないが、
 想像力に乏しいともいえるなジョイス・ローナン元大尉。
 世の混乱を望む君達のような勢力がいるなら、その逆がいるのも道理だ。
 そしてそれは……必ずしも公になっている合法的な勢力とは限らない』

「なに?」

暗にそれは自らを、非公式・非合法だが混乱を望まぬ勢力だと告げている。
それは一見、なんでもない当たり前の主張とも受け取ることはできる。
だがそれが持つ別の意味に隊を預かる隊長、副隊長は一気に顔を青くした。

「各員っ、フォーメーションGM4!
 ありとあらゆる武装の使用を許可する! なんとしてもここで倒せ!!」

「死力を尽くせ! 最低でも絶対に殺すんだ!
 こいつは存在するだけで脅威だ! ここで消さねばならん!」

躊躇いは生じても疑問を殺して一瞬で散開し、黒靄を取り囲むオメガチーム。
ただ本来GM4とは小型の高ランク輝獣と戦うためのフォーメーション。
その指示だけで全員がそれに匹敵する相手なのだと緊張感を走らせた。

『正解だジョイス・ローナン。
 私を放っておく危険性を今のでよく推測した』

「冗談じゃないぞ!
 こんなのが量産、いや一人いるだけでどうなるか!」

誰にも気付かれずに、どの警備システムも反応させずに忍び込んだ黒い靄。
たった一撃で小型とはいえ一隻の船(タンカー)を沈めてみせた謎の極光による攻撃。
会話ができる以上なんらかの装置を用いた何者かだと彼らは想定しているが、
それゆえに、コレ、あるいはコレを持つ勢力が非合法である事実が恐ろしい。
諜報、暗殺、破壊工作。それらがこれほど簡単に行える存在はない。
だというのに本来非合法な存在が持つ不自由さがないのだ。
国家権力による監視と警戒は果たしてコレの前に意味があるのか。
そしてその牙がガレストに向けられないとは決していえない。
ジョイスとシェリーが警戒心を跳ね上げたのはそれが原因だ。

『褒美だ。さっきの問いかけに答えてやろう。自分達に何の用か』

上下左右。360度全てを25名の外骨格の兵士達に囲まれて、尚。
尊大ながら緊張感のない声色で語られるそれは苛立ちよりも不気味さがある。

『じつは名をあげようと思ってな、悪いが………踏み台になってくれ』

にたりとそんな音が今にも聞こえてきそうな笑み。
造形どころか輪郭さえ分からずともその顔の表情が理解できる声。
仮面が見える位置にいた者たちはその下に歪な三日月を見た気がした。

「っ、かかれ!!」

対象を包囲しての一斉射撃。
射線に仲間が被っている等という下手をやる兵士などひとりとていない。
乱戦ならともかくこの状況で流れ弾を仲間に当てる間抜けはそも素人だろう。

『……これだけでもお前らが元軍人だと思えるよ』

軽口を叩く黒靄に一斉に襲い掛かった光弾の雨は────全てがすり抜ける。
誰かの驚きと当惑の声があちこちで起こり兵士たちの動揺を示していた。
まるで自身は本当に靄なのだと訴えるかのように彼らの銃撃は着弾しない。

「狼狽えるな!
 ぼやけているのを利用して紙一重で避けているだけだ! 弾幕を増やせ!」

果たしてそれは考察しての推察かただの動揺を収めるための当てずっぽうか。
どちらにせよ、黒靄からは喜色の混ざった声で、正解、を告げられる。

『ふむ、事前に報告を受けてるとはいえ初見で見抜くとはなかなか。
 だが……何を慌てている。そんなに私をここに足止めしたいのかな?』

くすっと笑う声。
そして唯一視認できる白き仮面、その奥にある目が何かを捉えた。
ジョイスは息を呑む。気付かれていると。そしてそれを狙っていると。
気付いた途端、声より先に思念通信で各員に指示を飛ばしていた。

「っ、消え!?」

それぞれがそれに従って動いた瞬間に、されど黒靄を見失う。
続くように響いた誰かたちの苦痛の声と衝撃音。宙を舞う鋼の破片。
3人の部下が漆黒の残滓に弾き飛ばされていたのをジョイスは見た。

「く、来るんじゃねえっっ!!」

黒靄が向かう先。そこにいた一人の兵士は語気は強くとも
どこか弱気にもとれる発言と共にハンドガンを乱射した
彼の肩には担がれる形で運ばれている先程の負傷兵がいた。
外骨格は纏っていても意識があるかも曖昧な彼を背負っての撤退。
彼は戦闘不能の仲間を戦闘空域から離脱させようとした衛生兵(メディック)
先に吹き飛ばされたのはその後方支援をするはずだった者達だ。

「うおおおぉぉっ!!」

ショットガンのスキルを加えたフォトンの弾丸は散弾と化して襲う。
それは光弾の雨どころではなくむしろ壁とさえ言える密度であった。
避けるなり耐えるなりしてくれるならその間に距離が取れる。
その衛生兵が考えたのはそんなことだった。だから。

「へ?」

何かをする素振りもないまま突っ込んでくる“黒”に意表を突かれた。
一瞬の足止めを期待した散弾の壁はそれの足を全く止められなかった。
そんなものなど無いかのようにただ猛禽類を模した仮面は突破する。
外骨格に搭載された補助AIによる着弾判定は全てミスショット。
防御でも回避でもなく弾丸の壁に突っ込んで当たらなかったという不条理。
それでも弾幕に開いた穴はあり、まるで食われたようにも彼の目に映る。

「あ、あ、わあああぁっ!!」

半狂乱になりながらも迫る影に銃を放棄して、短剣を取り出す。
もはや大型あるいは長柄武器で抵抗できる間合いではなかった。
そして半ば自棄のように襲いくる闇そのもののような靄に突き刺す。
相手もまた迎え撃とうというのか腕─らしきもの─が伸びてくる。
双方の攻撃がまさに正面衝突したその瞬間。強烈な炸裂音と共に
衛生兵の短剣は、否それを握っていた腕は肘から先が消し飛んだ。

「がっ、あ──!?!?!?」

その衝撃は慣性制御システムを持ってしても御しきれず、
二人の体はまるで砲弾のように弾き飛ばされていく。

「カインズ、マイク!」

何が起こったのか把握できないまま仲間の名を呼ぶジョイス。
近くにいた別の兵士たちは救助に向かおうと空を駆けるが、
その際、何かの合図のようなフィンガースナップの音が響く。
途端に救助に向かった彼らの目の前で、他の者達のモニターの中で。
不可思議な光に包まれた二人の体が徐々に、徐々に足元から消えていく。

「いま行くぞカインズ!」

「うぐっ、あっ……へ、なんだ、これっ……うわぁっ!?」

腕が無くなっていることさえ気付かず狂乱しながらそれを必死に伸ばす。
それをせめて掴もうと必死に手を伸ばした兵士の腕は、されど空振った。

「っ!? くそっ!!」

「あ、ああっ!! いやだっ、こんなっ、体が、俺の体が消えっ────」

ついには口さえ消えて、助けを求めるような悲愴な瞳を仲間に向けながら
担いでいた負傷兵もろとも彼らは跡形もなくその場から消されてしまった。

「な、なんだ……いまのは?」

「っ、わかりません。
 フォトンを感知しましたが何をされたのかは全て解析不能です。
 ただオメガ9と24のシグナルは完全にロスト、しました!」

常に沈着冷静なはずの副官が声を震わせながらそれを報告する。
それが余計にことの深刻さと不気味さを浮き彫りにさせてしまう。

「では何か……見たままに、ただ消されたというのか!?」

そのまるで冗談のようでいてお伽噺に出てくる魔法のような凶悪さ。
定められた条件か同じ力でなければ覆られない究極の絶対の力(ルール)
そんなものを幻視して、オメガの面々に浮かぶとのは驚愕と、畏怖。
あるいは。

「き、貴様ぁっーーーーー!!!」

「よくもふたりをっ!!」

「どこにやった! 返せぇっ!!」

狂おしいまでの激昂。伸ばした腕を掴めなかった三名の兵士たちは
隊長たちからの制止も聴かずに漂う人型の黒靄へと一心不乱に突撃する。
それでも三人がそれぞれ複雑な機動を空に描いてソレに肉迫したのは
さすが元軍人ゆえの思考か身体に染み付いた空戦機動のおかげか。
黒靄を中心に囲む位置につくと勢いそのままにランスを構えて突撃。

『フッ』

全く違う三方向からの刺突に対して返ってきたのは嘲笑うような声。
そして武器同士(・・)が激突する金属音と苦痛を訴える三つ(・・)の声。
彼らそれぞれのランスは違う誰かの体に突き刺さる形で止まっていた。
痛みと衝撃と疑問に兵士達の思考は混乱する。いくら激昂していたとはいえ
同一対象への同時の近接攻撃だ。仲間の位置は考えるまでもなく外していた。

「な、なんで?」

思わず考えていたことが口からもれ出た。
それなのになぜ突き出した武器はあらぬ方に向かって、
あまつさえ仲間を突き刺しているのか彼らは全く理解が及ばなかった。

『さて、なんででしょう?』

相手に問答無用でぼやけて見えてしまう黒靄の利点がそこにある。
例え武器を反らされただけであろうと攻撃側が受ける衝撃は大きい。
そしてその混乱という名の思考停止はただの隙でしかない。

『ハッ!』

短い息と共に黒靄の手足らしき部位が一斉に三人に伸びた。
胸部装甲が砕け散り、腕はあらぬ方に曲がり、顔を覆うバイザーが潰された。
外骨格の守りは通じない。それを力技で突破した一撃が鮮血を飛び散らせる。

『───墜ちて沈んで沈め、重力(ガ・ゴルガ)

そこへ呟かれる解読不明の言葉の後に強大な力に殴られたように
三人の体は急激に落下する。外骨格は全性能でそれに抗っているが
それを上回る重力によって自重を支えられずに海面に叩きつけられた。
大きな水柱が三つ立ち上ったが浮かび上がってくる影はない。

「────っっ!!」

誰もが息を呑んだその一瞬の静寂。
それを突き破るような言葉になっていない気合いの声が黒靄に迫る。
振り下ろされた大槌が、ガンと響くような音と共に靄に当たった。

『……また正解だジョイス・ローナン。
 撃つ、斬る、突くのような点や線の攻撃は私には当てにくい』

「くっ、いってくれる!」

振り下ろした大槌を握りしめながら悔しげに呻く。
ジョイスは確かにその考えでハンマーを、それも頭の面積が広い物を選んだ。
しかし命中した一撃は空中に漂う黒靄を散らすどころか揺らがせも出来ない。
手応えから肉体ではなく腕か何かで受け止められてる感触もあって
彼はただただ歯噛みする。それでも彼は聞かなくてはいけない事がある。

「カインズとマイクを! あの二人をどうした!?」

『見てただろ、消滅したじゃないか』

簡潔でそれ以上はない、またどうでもいいような返事に憤る。
が、それで我を忘れるようではこの偉丈夫に人をまとめる才はない。

「負傷兵や衛生兵にまで手を上げるか貴様!
 地球のあのふざけた戦場でもその手の条約はあるというのに!」

彼らの世界にも地球にもそれらを保護する条約というのは存在する。
とはいえ戦場だ。故意が事故かは別として絶対ではないのは彼も分かる。
しかしこの黒靄は明らかに意図して、しかも彼らを真っ先に狙ったのだ。
その是非は軍人だった彼は問わねばならなかった。しかし。

『ふんっ、守るべき子供に武器を向けた奴が一丁前に何をいう。
 いつまで軍人気取りなのかなぁ、テ・ロ・リ・ス・ト、さん?』

「なっ!?」

驚きの声は侮辱に対してではない。
止められていたハンマーの頭が突如砕け散ったからだ。
咄嗟に近い反応で武装を放棄して距離を取りながら確信する。
言葉には嘲笑の意志があり、しかも同時に怒りの感情さえもある。
コレは間違いなく人間だと確信するが“どちらか”までは分からない。
言葉はガレスト語だがそれが素なのか翻訳機越しかは判別不能だった。

『それで隊長自らが行った時間稼ぎはもういいのかな?』

「っ、やれっ!!」

声が向けられたのは下方。そこで輪を形成した兵士が15人。
各々手にする武器は違えど、狙いは同じく漂う黒い靄ひとり。
もう既に黒靄に肉迫しようと迫る最中で距離はもう20mもない。

「『ブロウインパクト』!!」

誰かの叫びが合図となって攻撃系打撃型上級スキルを全員が同時に使う。
全員が自動的に同じ動きをする15人の編隊はそれゆえの美しさがあった。
されど、その各々の武装に込められたのは必倒を誇る衝撃を持つスキル。
その打撃がエネルギーの壁となって、漂う黒靄に突貫していく。
これは点でも線でもない面で使われる衝撃だ。
タイミングも外れておらずその姿を見失ってはいない。
取った。誰もがそう思った。

『ああそうか。
 同じ動きをするから発動が合えばあとは勝手に動きが合うのか。
 なるほど、集団戦闘が前提だったのか…………』

「っっ!?!?」

炸裂した複数の衝撃が空でこだまする。確実に当てたという手応えを
感じていた彼らの背から、なんでもないように聞こえてきた感心声。
隊長が放棄したハンマーは巻き込まれて粉砕されていたが、しかし。
便利だな、と他人事のような独り言に知らず彼らは震えた。

「ど、どうやって……」

見るのが怖いと振り返る事もできずに問いかける。
当然として彼らも相手が避けることは勿論想定していた。
だから残った他のメンバーはその予測範囲に砲身を向けて待ち構えた。
しかしそんな砲撃役たちも突撃役の真後ろは想定外にも程がある。

「ベ、ベティっ!?」

そこへ珍しく副官がナンバーではなくその本名を叫んだ。
そしてそこでようやく自分達が既に14人になっていた事に気付く。
反射的に振り返った先で彼らが見たのは黒靄に掴まれている一人の仲間。

「ひっ!」

その惨状に誰かが悲鳴をあげる。無理もない。
彼女の姿はまるでブロウインパクト以上の衝撃を受けたかのように悲惨。
身体を覆っていたはずの装甲は大半が粉々に砕け散って原形がない。
あらわになった顔も白目をむいて意識はなく、元の造形が解らぬほど
醜く歪んだ顔はまるで何度も誰かに殴られた被害者のそれのよう。
アンダースーツもボロボロで両腕はあらぬ方に曲がって垂れ落ちている。

「あ、ああっ、返事をしてベティ!」

「そんな………馬鹿なっ……」

「まさか突破されたというのか!?」

それが示す事実はあまりにも単純明快。
なんてことはない。彼は避けて後ろに回ったのではない。
単に衝撃の壁の一点をぶち抜いただけだった。おそらくは力技で。
そのインパクトで自身のスキルごと跳ね返されたのが不幸にも彼女だった。

「くそっ、仲間を放せ!!」

『離せばいいんだね。うん、いいよぉ』

怒気まじりの、おそらくは叶わないまでも訴えたかった言葉。
それに返ってきた素直で優しい声色は逆にあまりにも不気味で、
実際それを実行する意味を黒靄はしっかりと解っていた。

『ほい』
「なっ!?」

何せ彼女の外骨格はもはやその体をなしていない。
なら、離されれば(・・・・・)浮いてさえいないのだから、墜ちるだけ。
ここは高度およそ1000m。生身での自由落下と海面への激突は果たして。

『彼女の耐久はもつかなぁ?』

「ちくしょう!!」

「間に合え!!」

呆気にとられた彼らが救助に向かえたのは数瞬のあと。
怨念さえまじってそうな怒号と共に追いかける二人の兵士。
残った兵士達はコレの動きを止めようと一斉に武装を叩きつける。
黒靄の全周囲から人の抜け出る隙間をなくすように十二の刃が襲う。
しかし途端に返ってきた感触にこれまでと違う驚愕を覚えた。

「なんだよこれ!?」

「き、気持ち悪い!」

避けられる事も反らされる事も無かったその手応えはあまりにも妙。
実体刃もフォトン刃も関係なくそれぞれの刃先は何か柔らかい物に当たった。
まるでクッションにでも打ち込んで包まれたような錯覚をしてしまう感触。
そうだというのに打ち込んだ武装は力強く掴まれ、どれ一つ動かない。

「おい離せよ、くそっ! なんなんだよ、なんなんだよこいつ!?」

『久しぶりの反応だな……こういうのでも懐かしいと思えるとは』

感慨深げな様子の黒靄の態度があまりに普通で、それが余計に恐ろしい。
相手は人間だ。人なのだ。そうである、はずだ。しかしならばコレは何なのだ。
人らしさを覚える態度とは裏腹にそれ以外の全てがあまりに不可解過ぎる。
これならば未知の知的生命体だと言ってくれた方がまだ良かった。
判別できない不明さがここまで不気味なのだと彼らは初めて知った。

「お前達どけぇっ!!」

その事実に怯え、固まる彼らに届いた怒号はその硬直を溶かした。
肉体に刻み込まれた反応が兵士たちに武器を手放させ、散開させた。
するとあちこちに武装が突き刺さったまま空中を漂う黒靄などという
世にも奇妙なオブジェが出来上がるがその存在を許さぬとばかりに光が迫る。
当初、避けた先を狙うべくスタンバイしていた砲撃役からの火力支援。

徹甲弾(スキル)使ってんだ。耐えられると思うなよ!」

放たれた光の柱ともいえる砲撃は黒靄を大きく覆うほどの幅があり、
今度こそ相手は防ぐか避けるしかないと考えられた。回避された場合も
他の砲撃役が今度こそはとあらゆる角度を狙えるように構えていた。しかし。

「へ?」

漏れ出た間の抜けた声はいったい誰のものか。
光の柱は相手に触れるか触れないのか距離でなぜか──曲がった(・・・・)
まるで砲撃を撫でるように腕らしきモノが伸びているがその意味を
ここにいる兵士たちは誰も正確に認識できてはいない。
曲がった方向がどこであるかでさえも。

『ひどいことをする………君たちは誤射が趣味なのかね?』

だからそれを指摘する言葉に彼らは誰もが顔を青くした。
曲げられた光の柱はほぼ真下に真っ直ぐに落ちていった。
それは誰かが落下していった軌跡と何ら変わらぬ角度()ではないか。
そしてそれに気付いた時にはもう彼らはその光に呑まれてしまっていた。

「ぁ、ああ……」

悲鳴や苦痛の声さえそれは遮った。
漏れ出るのは誰かの嗚咽にも似たものだけ。
落下した兵士(ベティ)の状態に気を取られすぎたのもあったが対黒靄用に通常以上に
幅を広げて放ってしまったそれを彼らは避けることができなかったのだ。

「う、うそだ……お、おれが、おれが撃ち落とし、うわあっ!!」

しかもよりにもよって徹甲弾のスキルが加わったそれは
無事だったはずの二名の外骨格さえ撃ち抜いて三人を海に落とした。
愕然とした顔の砲撃手はフレンドリーファイアの衝撃に震え、叫ぶ。

「きっ、貴様またしてもよくも!」

落とされた仲間の姿と撃った仲間の悲痛な声にジョイスが怒号をあげる。
されど黒靄に悪びれる様子などなく、厚かましい態度で言葉を返す。

『おいおい、撃ったのはそいつだろう。
 私はただ自らの身を守っただけだ。正当防衛だよ』

「詭弁を! 狙ってやったのだろう、貴様が!!」

「ふざけやがって!
 ベティはもう戦える状態じゃなかったんだぞ!!」

「傷ついた者をさらに痛めつけるかこの暴虐の徒め!」

故意に狙った。しかも二度目。彼らの怒りは頂点に達し罵声を吐く。
同志を墜とされた事もあるがその戦い方には一片の誇りも感じられない。
反逆者の立場に落ちようとも彼らの心は常に故郷(ガレスト)にある。
あの地の守護者たる戦士としての最低限のプライドを捨てたつもりはない。
否、この行動とてガレストの為であるのだ。その想いを同じくする者を、
戦い傷ついた者を狙った事はあまりにも目に余る。しかし。

『………それがなんだというのだ。
 実戦経験のない子供達を襲ったテロリストに比べればマシだろう』

それはそんな一言であまりにも簡単に切って捨てられた。
一転した口調にはふざけた調子は皆無で抑揚のない冷たさがあった。
この場にその言葉が誰らの事を指示しているのか分からない者はいない。

「な、に!?」

『軍人崩れが偉そうに喚くな。その立場を捨てて、
 守るべき民に武器を向けた時点で暴虐の徒はお前達だ───恥を知れ』

「っ、お前達構えろ!」

まるでその言葉が合図だったかのように、
黒い靄に突き刺さっていた12の武装その矛先が反転する。
そして指揮者のように大きく黒腕が振るわれると弾丸のように放たれた。

「舐めるな!」

驚きを覚えつつもそれがなんだと各々が構えた。
自慢の武器で迎え撃とうとした者。上級防御スキルを使う者。
頑強な大盾を出した者。回避行動に移った者。様々に行われた対処。

「あ、がっ!?!?」

それを十二の流星はいとも容易く破った。
鋼を砕き、肉を裂き、苦悶を訴える十二の音がほぼ同時にその空域に響く。
放たれた武装は持ち主のもとに戻るかのように皆の肉体に深く突き刺さる。
武器は消飛び、スキルの盾は粉砕され、実体の盾は貫かれ、回避は見切られた。
ブレードが肩を突き破り、ランスが脚を貫いて、アックスが腹に刺さる。

「え……ぁ、なん、で……」

外骨格の防御力も本人の耐久力も超越した攻撃。
元は彼ら自身の武器だったというのに彼らだけが一方的に敗北する。
黒靄に放たれた際に濃い純フォトンが全武装の刃先を覆っていたが
それは外骨格側の判断で重要視されずに感知されたが流されていた。

「おおおおぉぉぉっ!!!」

何が起こったのか。何をされたのか。
不明ゆえに固まった戦場に意識を引くような強い雄叫びが響く。

「た、隊長だめです戻って!!」

副官の制止を聞かずにただひとり突貫してくるジョイス。
その片腕には巨人のそれと見間違うようなナックルが装備されていた。
外骨格の全速力による突進と巨大な質量による単純ながら強力な拳打。
それは大槌以上の個人による面の一撃であった。

『判断は間違いじゃないが』
「ぐぅっ、くそぉっ!!」

漂うだけの実体さえ不確かな靄の前に容易くそれが止まる。
まるで全く同様の衝撃がぶつかり相殺されたような手応えの無さ。
されど、さっきの大槌のように腕で止められたのを彼は感じ取る。

「確かに俺達は無法者だが、悪逆非道ではない!
 世界のために立ち上がらなければならなかったのだ!!」

『思い込みだ。そんな行為は全く必要ない』

「ぬかせっ、そこだぁっ!!」

白い仮面とナックルを止めた腕の位置を把握すれば後は容易に推測できる。
大雑把でも目視より正確な輪郭を脳裏に描いてそこへ戦斧を叩き込む。

『無駄……ではないか。なるほどこれが目的か』

しかしそれさえも残りの腕に掴まれるような感触で止まる。
黒靄に呑みこまれているように見えるため人だと確信していても
一瞬こんな姿をした怪物なのではないかという錯覚をするが首を振る。

「どうでもいい!
 今のうちに負傷者を回収して撤退しろ!!
 こいつは死んでも俺が通さん!」

そう強い口調で指示を飛ばしながらいくつものスキルを発動させた。
相手を捕縛する系統のモノをあるだけ使い、身体強化をフルに使う。
フォトンの鎖、手錠、縄、足枷が不定形の黒靄を雁字搦めにする。
身動きは取れず、腕は両方ともに自分の武装を押さえている。

『けれど無意味だ────破壊の中に封じよ、(リント)

また翻訳できない謎の言葉を呟かれ、一瞬身構えたジョイス。
けれど彼に届いたのは攻撃ではなく自分が庇ったはずの仲間達の悲鳴。
視線をそらさずに周囲の映像を脳内に直接流し込んで確認して愕然とする。
深く己の武装に貫かれた十二人は光の球体に包まれていた。

「が、あっ、ぐああぁっ!?!?」

「どうした!? 何が起こってる!?」

「あうっ、ぐっ、なに……これ、ぎゃあぁっっ!!」

「おい大丈夫か! こんなものっ、ぐぅっ!?」

白き光に満たされた球体。その中に閉じ込められた傷ついた仲間。
内部は破壊の(エネルギー)で満ちているのか苦痛を訴える声が幾重にも重なる。
外部から破壊しようと武装を振り下ろすがそれは腕に痺れが走る程に頑強。
そして内側の者達の鎧はあちこちで火花を散らし小爆発を繰り返す。

「うっ、あっ、がっ……いや、出してっ……お願いここから出してぇっ!!」

「あっがっ、もう外骨格が、もたな、ぐっ、がああぁぁっ!!」

「どうして壊れない! このっこのぉっ!!」

痛みにこらえながら、あるいは光球が与える痛みが耐えがたいのか。
傷口からの出血など気にせず我武者羅に内部から球の壁を叩くがびくともしない。
そんな彼らを救出しようとする仲間たちから怒号と攻撃が飛ぶが効果はない。
隊を預かるジョイスはデータとして彼らの状態を認識して焦った。

「仲間を放せ! 俺達の排除が目的ならあいつらはもういいはずだ!」

外骨格のバリアが全周囲から突破され続けている。
攻性の方向を持たされた強力なフォトンエネルギーで満ちた檻。
全身隙間なくその攻撃を受け続け、彼らの鎧は崩壊寸前であった。
それが無くなった生身の体にそれが注がれればどうなるかは自明。

『ゴ……ヨン……サン』

だからこそ懇願にも近い訴えをするが返ってきたのは謎のカウント。
それに呼応するかのように球の光が強くなっているのは、気のせいか。

「おい、まさか……よ、よせっ!」

震えた声で拘束したはずの、自分が抑えているはすの黒靄に請う。
それが何のカウントなのか想像してしまった答えに彼は顔を青くしている。

『ニ……イチ』

されど相手は聞いていないのかカウントは淀みなく進む。
ジョイスは仮面の下に見えるはずがない歪な笑みを見た気がした。

「っっ、俺の部下達を放せといってるんだ!!」

何がなんでも止めると使えるだけの武装を、スキルを叩き込む。
刃は砕け、スキルは霧散し、たじろくこともない黒靄はただ呟く。

『……ゼロ』
「やめろぉっーーーーーーー!!!」

悲痛なまでの制止を求める叫びは無慈悲な爆音と閃光にかき消される。
人を包み込める程の十二の大型爆弾はその空域にあった全てを吹き飛ばす。
さながらそれは小さな太陽とさえ思える熱と光でその空域を埋め尽くした。
目も耳も、外骨格のセンサーでさえ空間を覆うそれらの前に役立たず。
何もかも吹き飛ばす爆風とかき乱される気流にさしもの彼らも為す術がない。
流されているのか上がっているのか落ちているのかさえ解らない中。
全身に襲い掛かった衝撃に意識が遠のいていく。

「ぐっ、はっ、うぷっ、がはっ!?」

それを呼び戻したのは叩きつけられた海水の冷たさ。
彼女は僅かに飲んでしまったそれを吐き出すように海上に浮き上がる。
見れば球体に囚われなかった仲間達は近い位置で同じように浮いていた。

「あ、あなた、隊長っ……ご無事、うっ、ですか?」

全身から訴えてくる痛みに耐えながらシェリーは海面に漂う夫に飛び寄る。
外骨格は原形こそ保っていたが半壊状態にあり、彼自身の意識もない。
されど小さく呼吸し大きなケガもないことに彼女は安堵した。
しかし、そこへ。

「ん?」

何か細かい破片が上から落下してくるのを目に捉えた。
そしてそれがいま自らが身に着けている物だとすぐに理解する。

「っ、あ、ああっ!!」

そんな悲鳴じみた言葉になってない声は誰のものか。
もはやどこのパーツかも解らない外骨格の一部が空から降ってくる。
けれど、そこにそれを装着していた者達の影は一切存在していなかった。

『……………』

代わりに漂う黒靄が何もなかったようにゆっくりと降下していた。
何人かが腰を抜かすように再び海面に落下するが気にする余裕は誰にも無い。
警戒か畏怖か何にせよ呼吸も忘れてその降下を目で追うことしかできない。
そうしてたっぷりと時間をかけて、いっそ穏やかにソレは海面に降り立った。
あんな爆発を簡単に起こして、そのほぼ爆心地にいながら平然とした様子で。

「こ、降伏します。
 おとなしく捕虜となり取り調べにも素直に応じます。
 ですので部下たちを───」

淡々とした感情のない語りでシェリーは告げるが否を唱える者は誰もいない。
もう相手が人か怪物かなど無意味だ。勝てるわけがない、程度の話ではない。
そもそも“戦いにすらなっていない”相手とどう戦えばいいのだ。

『なにか、勘違いをしていないか?』

「………え?」

抵抗するだけで被害を増やすと戦意の折れた声に返るは冷めた声。

『私は貴様たちを捕まえなければならない立場にはないし、
 投降してくる者を条約通りに扱う義務も帯びていない……違うか?』

最初にコレは自分は非公式・非合法な勢力だと評している。ならば、
例え敗北を、投降の意志を示した所で真っ当な扱いなど期待できる訳がない。

「ひっ、あ、ぁぁ…………い、いやだぁぁっ!!」

自分たちもまた他の者たちと同じような目に合うのか。
その間違いがない想像に誰かがついに恐怖に屈して我先にと逃げ出す。
しかし周囲は誰もそれに反応することもなかった。賢しい何人かは
それをコレが見逃してくれるなど全く期待していなかったからだ。

『我が意を受けよ、(ワータ)

海水が跳ねる。
最初に逃げ出した兵士も微動だにする気も起きなかった兵士も。
湧き上がったいくつもの細い水柱によって等しく縛り上げられた。

「あ、あなた!!」

鞭のようにしなるそれは抵抗も叫びも無視して四肢を封じる。
抱きとめていたはずの体を奪われ咄嗟に叫んで手を伸ばすが届かない。
ぐったりとした体が水の縄に縛られて自分と同じように吊るされた。

「いやだ、いやだっ、死にたくない! 放してくれっ、いやだ、いやだぁっ!!」

一人がみっともなく泣き喚いているが誰もそれを咎めることはなかった。
内心を吐露すればここにいる全員が程度の差はあれど似たような心境。
むしろそれを素直に吐き出せる者への羨望さえあった。

「っやめっ、がっぷっ、ぐばっ、たす───」

その彼が、海に沈んだ。拘束する水柱に引きずり込まれて、あっさりと。
ぶくぶくと気泡がそこにわいていたが徐々に数が減っていき、消えた。
どうなったかなど海を知らずともここに残った者達は理解できた。
気付けば30人はいたはずのオメガチームはもうたったの6人。
泣き叫ぶのも抵抗するのも無意味と悟って慄く者達がそこにいた。

『さて、うるさいのが消えた所で取引といかないか。
 オメガの副隊長シェリー・ローナン元中尉殿』

「とり、ひき?」

平時ならば部下を海中に沈め、それをなんでもないように語られれば
内心だけでも激昂するが今はもう怒る感情さえ諦観しきって失っていた。
むしろ取引という言葉に希望のものようなものを感じて耳を傾ける。

『ガーエン義勇軍及びそれに連なるあらゆる組織や個人の情報を渡せ。
 そうすれば、防衛隊に突き出すだけで命は奪わないと約束しよう』

「それっ、は……」

シェリーはそれがどんな取り引きでも応じるつもりだった。
それ以外にこの場に残った数名が生きて帰れる道は見えなかった。
しかしその要求には躊躇いが出る。それを話せば犠牲になる人数が多すぎる。
相手の自分達への苛烈な敵意は肌で感じている。きっと皆ただではすまない。
指揮官として、数名の命と数千に及ぶ構成員の命を天秤には乗せられない。

「きゃっ、あ、うぶっ、あがっ───」

その一瞬の躊躇いを咎めるように一人がまた海中に沈んで消えた。
愕然とした顔のままそれを見たシェリーはそのまま黒靄に視線を戻す。
仮面の奥に見えた人間の瞳は無感情で自分達を人と見ているかも怪しい。

『別に断っても構わない。その時は君たちの命運がここで尽き、
 義勇軍の寿命が二、三日伸びる程度の話だ。所詮は手間暇の問題』

その裏付けのように面倒くさそうな声色で単に手間を省くためと語る。
事実だろうと彼女は理屈抜きで理解する。コレにはそれができると。
ならば自分はどの道を選ぶのが正しいのか。最速で思考を巡らせて、答えた。

「断る」

『ほう、理由を聞いても?』

「ひっやっ、がはっ、そんなふくた、うぶぶっ───」

何の揺らぎもない感じられない声の裏で誰かが海に呑まれた。
一瞬の罪悪感とそれが夫ではなかった安堵を律するように唇を噛む。

「……軍人になった時から戦地で命を散らす覚悟は元より我らにはある。
 それに敵に利して助かった所で組織を失った我らに生きる道はない
 勝ち目がないならせめて生き様を残すのみ。例え死んでも貴様には屈しない!
 我らが決起した事は必ずや第二、第三の世界を憂う勇士たちを誕生させる!
 後に続く者がいる限り───」

「うっ、ぐっ、あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」

「───ジョイス!?」

彼女の決意の宣言を遮るようにこれまでと違う苦痛の声は夫のもの。
反射的に視線を向ければ四肢を縛る水縄がその首を締め上げている。
その苦しみが意識を呼び戻したのか血走った目で黒靄を睨んでいた。

『残念ながら君達の存在や今回の事件は表向きには記録されない』

「う゛あ゛……がはっ、ごほっ……ハァハァハァ……」

「なんですって?」

どういうことだと。
締め付けが一時緩まるも息も絶え絶えなジョイスさえ目で問いかける。

『君達の侵攻が判明した際フリーレ・ドゥネージュ教諭は生徒達にこう告げた。
 「これは特別試験だ」とね。そんなメッセージを送った意味は分かるだろ?』

「っ!」

声もでずに愕然とした顔でその意図を両名は察した。
試験にしてしまうことで生徒達の動揺と混乱を無くし、事実を隠す。
些か彼女らしくはないが彼らの分散と強い抵抗の意味を理解する。

『そしてお前達さえ消せば対外的に試験としてもみ消すのは簡単だ。
 忘れたわけではあるまい。なぜすべての報告に違和感を持ったかを』

これを見ろと黒靄はどこかから彼らが持つのと同じ兵装端末を取り出すと
画面を操作して複数の──二十は超える空間モニターを彼らの前に開いた。

「っ!?」
「え?」

それに映っている光景を彼らは理解できなかった。したく、なかった。
アルファチームは全員武装解除されて港から護送車で運ばれていった。
あちこちに分散したベータの面々が生徒や教師達に捕縛されていた。
デルタは全員が意識を失い、中でも一人は顔も外骨格も原形がない。
ガンマは息はあるようだが死屍累々の一歩手前の壊滅状態。
潜入工作員のアリアは縛られた状態で大地に転がされていた。

「う、うそだ……あいつらが子供相手に……」

「ぜん……めつ、した? そんな、嘘です!
 さっきまでの報告とまるで状況が、っ、まさか!?」

『そのまさかだよシェリー・ローナン。
 君達の通信網は途中からずっと私に掌握されていた』

報告も指示も、どちらも都合がいいように捻じ曲げていた。
そう教えられて彼らは拘束されながらも体と心から一気に力が抜ける。
それはもう戦いなどといえるものではない。目の前のコレがひとりで
戦場の駒を敵味方問わず操って勝負を演出しただけの話ではないか。
されどそんな心境を見越したようにコレは否定した。

『いっておくが私が直接手を出したのはデルタの一部と
 お前達の計画に乗っかって攻め込んできた別の勢力だけだ。
 お膳立てはしたが手柄は当然直接戦って勝った生徒達のもの……』

そこで一旦言葉を切った黒靄は残った四人の顔をひとりひとり覗くと
断罪するように、侮辱するように、されど抑揚なくただ事実を告げた。

『……そう、お前達の力は子供達の未来を求める必死さに負けたんだ』

「っっっ──────!!!」

がらがら、とあるいは、がしゃん、と。
反逆者にまで落ちても持ち続けたガレストの戦士としての誇り。
それが音を立てて崩れていくのを彼らは感じながら声なき声をあげた。
演出された戦場でもその勝敗は当人達の物。ならば自分達は、負けたのだ。
政府の決定に異を唱え、地下に潜ってまでも耐えて準備した8年が、終わる。
こんな正体もよくわからない謎の存在(かいぶつ)と軽視していた子供達によって。

『さて、それでもなお、教えてはもらえないのかな?』

自分達の主義主張及び存在を世に示すことさえ、もうできない。
そしてこのままでは間違いなく自分達はこの怪物によって消される。
全てが無に帰して、矜持を示すことも敵に嫌がらせ紛いの抵抗もできない。
大きな絶望と無力感が先走って頭がうまく働かない間に、また一人海に沈む。

「あっ!」

『決断は早くしてくれ。私はお前達と違って暇じゃないんだ。
 それによく考えろ。いま義勇軍で生命の危機にあるのは君達だけだぞ』

それ以外は全員負傷の程度はあれど逮捕され、法に則った扱いとなる。
だが、ここに残された僅かな者だけがこの黒靄(かいぶつ)に命運を握られている。
その不公平、天と地を超える格差に最後に残った部下が喚く。

「さっさと話しなさいよ! こんな所で無駄死になんて嫌!
 もうそれしかできないんだから機密でもなんでも喋りなさいよ!
 私まで見殺しにする気!?」

「そ、そんなつもりでは……」

「ね、ねえっ、実行部隊(わたしたち)の本拠地とか他の構成員の情報じゃダメ?
 スポンサーも少しなら知ってるし、それで私だけでも見逃してよ!!」

何が何でも、自分だけでも助かろうと必死に声を張り上げて訴える。
ローナン夫婦はそれにショックを受けたような呆然とした顔をしていた。
彼女は周囲をよく気にかける仲間想いの人物ではなかったか。
絶対的な存在を前にはそれまでの日々の繋がりは意味がないのか。

『じつに人間らしい態度だ。世界の違いなど所詮、些細な事と思えるよ。
 少しも嫌いにはなれないが…………やはり、気分が悪い』

「ひっ! あっ、やっ、沈っ、いやっ、いやあぁっ!!
 こんなところでっ、わたしっ、うぶっ、ぶあっ、んぶっ───」

必死に声をあげてもがいた彼女もこれまでと同じように呆気なく沈む。
姿はすぐに見えなくなり、吐いた息の気泡を海面を小さく揺らすのを
シェリーは最後まで見続けることはできなかった。

『……ついに君たちだけとなってしまったな』

軍人時代から苦楽を共にしてきた仲間が全滅させられた。
たったひとりの、されど訳の分からないカイブツによって簡単に。
そして次は自分達の番なのだと彼らは問答無用で理解させらていた。

『ああ、心配するなジョイス・ローナン。次は奥さんではない』

仲間達が沈むのを見送るしかできなかった彼の血走った眼に対して、
黒靄が語った言葉に誰よりも先に悲鳴を上げたのは彼女の方だ。
だってそれはつまり。

「いやっ、やめっ」

「ぐっ、がっ、あ゛あ゛っっ────!!!」

再び首に巻きついた水の縄が縮まり、彼女の前で夫を苦しめる。
先程よりきつく締めつけられているのか漏れ出る息さえ少なく
その口は酸素を求めるように、苦痛を叫ぶように無駄に開かれた。
なぜか解放されている腕が必死に水縄を外そうともがくが相手は液体。
首をかきむしるような動きは水をかくだけで何の意味もない行為。
シェリーは一秒ごとに彼の命が消えていくのを確実に目撃させられていた。

「いやあぁっっ、ジョイス!!」

『どうする奥さん?』

いつのまにかその距離にいたのか。
耳元で囁かれた楽しげな声に驚愕する余裕さえ彼女にはなかった。
それが分かっているのかそのカイブツは甘い声で彼女を惑わす。

『知ってるかい?
 窒息死は醜いんだ……のたうちまわって痙攣し、糞尿を垂れ流す。
 あんたの人生最後に見る旦那の姿がそれでいいのなら私も付き合うが。
 選択するのはあなただよ………ねえ、私にどうしてほしい?』

それはこれまで発せられた声で一番柔らかく優しい声。
されど、それゆえに最も背筋の凍るアクマの如き囁きだった。
もうそれを突っぱねられる覚悟も意思も意味も彼女には残っていない。

「は、話します!
 知っていることを全て話しますから────彼を、助けてください!!」

もうそれだけでいい。それだけを叶えて。
何を必死になっていたのか数秒前の自分など思い出せもしない。
とにかくもうこの悪夢が終わってくれるならどんな代償でも安く思えた。

『うん─────その言葉が聞きたかった』

緩まる水の縄とまだ呼吸が続いていてくれた夫の姿に安堵しながら、
地球の伝承や伝説にあるアクマとはそんな無邪気な声を出すのかと
ぼんやりと考えたのを最後に彼女はすべての思考を放棄した。



きっといまこいつはすっごい素敵な笑顔を浮かべている。

という、うちのえげつない主人公でした。

あれだね。
命を殺せないなら心を折ってしまえばいいじゃないか理論。

もうこんなことをする気もおきないほどの恐怖を刻み込む。

そうやって、彼は異世界でひとり戦ってきたのです。
+注意+
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