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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第二章「テストを利用するモノ」

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04-32 悪党が勝てる道理無し

だって、相手は邪悪ですからねぇ。


というわけであけましておめでとうございます。
まあ、もう年明けから二週間近いんですけどね(汗

とにかく、今年もよろしくお願いします!
あと本当に今月中にはこの事件は終わりますので!


多分。
白き仮面を被る黒い靄の人型と学園生徒の少女達。
そんな彼らを取り囲む鬼たちを従える僧服姿の男。
対峙する両者は果たして“この視線”に気付いているのか否か。

「マスター、アレは何なのでしょうか?」

小さな体躯の生物がその細い目で彼らの状況をつぶさに観察している。
だがそれは距離でいえば彼らが向かい合っている地点から直線で5km。
木々の緑に隠れ、その頂点近くに居座ってそれでもそこが見えていた。

「私の目でもあの黒いのは……見れば見る程にぼやけていきます」

そんな常識はずれな視力の良さも黒い靄の前には無力。
覗きこめば覗きこむほど、その先にあるのは底なしの闇のような錯覚。

「正直にいえば気味が悪いです、あ、はい」

男の声を発する生物はよく見れば体躯に合わせて作られたインカムを
頭部に装着し、それで繋がる誰かと会話のやりとりをしているようだ。
だが、翻訳機も使わずに発しているその言語は全て日本語である。

「……そういわれましても。
 以前聞きましたオニという空想上の存在と特徴が一致しています」

この生物にはどうやらあの鬼面が見えているらしい。
だが霊力の産物はあらゆる観測機器に映る代物ではない。
通信相手はその存在にどこか懐疑的な態度をとっているのだろう。

「そういってもらえて恐縮です………しかしそうですか。
 マスターの機器でもアレがなんであるか解りませんか」

どうまとまったのか。最初の声には嬉しそうな色が、
されど後半には落胆と困惑に満ちたそれが混ざっている。
黒い靄は感知こそ出来ているものの正体は全くわからないらしい。
生物()がそれら不明の存在を発見したのはおよそ数分前の話である。
鬼面と義勇軍に嬲られる生徒たち。そしてそれを救った謎の白き仮面。
それをその生物は木々の葉に隠れながらずっと覗きつつ報告していた。
距離を考えれば恐ろしいことだがその眼は詳細に状況を把握している。
それどころか会話の内容さえその特徴的な形状の耳でとらえていた。

「はい……はい……え、ですがそれは!」

相手の言葉に驚く様子を見せる生物()
何せそれは事前に指示されたものとは反する内容だったのだ。

「最優先事項は依然として見つかっておりません。
 その状態であの仮面を監視するのは………はい、わかりました。
 マスターがそれでいいと仰るなら、現状はそちらを優先します」

だがそれを解った上での指示となればこの生物が断る理由はない。
見えないながらもマスターと呼ぶ相手にカレは頷きを返した。

「これよりナカムラ・(・・・・・)シンイチの捜索(・・・・・・・)を一旦中止し、
 アンノウンの監視任務へと移行します、では!」

そうと決まれば少し距離を詰めるべきだと生物は木々を跳び移って進んだ。
文字通りの目にも止まらぬ速さのそれは1分もかからず距離を埋める事だろう。
だがそれでも一瞬影となった形は“四尾の狐”のような生物ではなかったか。






─────────────────────────








『全部で15体か……何体なら確実に仕留められる?』

背を向い合せたまま数を把握した仮面は少女(トモエ)に訊ねた。
それには彼女らしくない申し訳なさそうな気落ちした声が返ってくる。

「ごめん、多分3体が限度かも」

式鬼たちは彼らを囲みながら軽く飛び跳ねながら輪を作っている。
その動きは鬼面が疑似的な人型なために余計に変則的に見えていた。
確実にとらえて攻撃できるといえるのはそれが限界だと彼女は感じた。

『ふむ、では6体任せる───来るぞ』

「えっ、うそ!?」

まさかの二倍に困惑する暇さえ彼女には無い。
言葉通り式鬼達は手足をまるでバネのように使って一斉に飛び掛かってきた。
殆ど咄嗟に近い動作で両手に三枚ずつ呪符を掴むが、目で追える数は三か四。
これでは6体に当てるなど無理だと考えてしまったトモエに声が届く。

『君の目はそっちじゃないだろう』
「っ!」

そんな呆れとも助言ともいえる言葉で彼女は自然と六枚の呪符を投げた。
弾丸もかくやという速度で式鬼に張り付き、その面を爆発四散させる。
視覚ではない霊的な感覚を頼りにしたその精度は想像以上だった。

「よし! やった、わ……よ?」

一瞬拳を握って喜びを表現したが、すぐに項垂れるように肩を落とした。
感覚を集中させたせいで背後で起こっている事を正確に認識出来たのである。

「助けてもらっておいてなんだけど……それ、なんなのよ?」

見えていない陽子にはただ黒い大蛇がうねっているだけの光景だが、
実際には残り9体の式鬼がまるで数珠のように連なって貫かれていた(食われていた)
捉えきれない数を捕捉し撃破した喜びもその1.5倍の数をこうもあっさりと
攻略されてしまうとそうだろうとは思っていてもがっくりくるものがある。

『ヨルムンガンドという名前だそうだ』

「名前なんて聞いてないわよ!
 というかいくらなんでもスケール違うでしょ、それ!?」

世界より巨大という神話の蛇の名はさすがにサイズ差がありすぎる。
自分もそう思うと頷く仮面だがその動作は周囲には認知されないので
急に黙ってしまったように感じられていた。

「トモエも、見えてるの? えっと、その、ナニカを」

「え、うん。あとで説明はするから、陽子は動かないで」

そのタイミングと考え、親友に声をかける陽子だが
にべもなく話は打ち切られる。トモエは今彼女に意識を割けない。
式を放った張本人が姿を見せてきたのだから。

「ちっ、あの役立たずどもめ消耗させることもできなかったのか」

彼はその惨敗という結果に不機嫌を隠す気もなく悪態をついた。
15体もの式鬼が一撃も入れられずに散った事実に苛立っている。

『よく言うものだ。漁夫の利を狙って傍観していただけのくせに。
 しかし愚かな。そのまま怯えて隠れていればよかったものを』

軽く挑発しながら、自然に少女らと義久の間に立つ仮面。
この男の動向も常に気を配っていたが何もしてこなかったため、
監視するに留めていたが義勇軍が敗北したことで姿を見せたようだ。

「はっ、好きに言ってな!
 あいつらを倒せても、俺たち大津家の勝利は揺るがねえ!
 余裕綽々な所悪いが最初からこれは勝ちが決まってる戦いなんだよ!」

『ああ、当然だとも。私が味方した方が勝つに決まっているからな』

あまりに普通に、さも常識のように語られた勝利宣言(それ)
内容に反して尊大さも傲慢さも皆無で皆が一瞬聞き逃したかけた程だ。

「え、ええっと……」

「……あたしは突っ込まないわよ」

どう反応すべきか困る陽子と反応したくないトモエ。尤も。
前者は戸惑いゆえだが後者は事実のような気がしているからだが。

「………はっ、ハハッ、自信過剰もそこまでいくと立派だな化生風情が!
 だが、てめえがいくら強かろうとこの地はもう終わりなんだよ!」

全く想定していなかった返答にしばし呆気にとられていた義久は
我に返ると軽く嘲笑いながら大仰な手振りで自らの勝利を謳う。

「ここには我が大津家が用意した特性の呪具がもう運び込まれている。
 俺が発動させることもできるが時間がくれば自動的に起動する特別性だ。
 そうなればそれらが一斉に凶悪な呪詛をまき散らしてこの地を汚染する!
 少なからず霊力を使えてるならその意味が解らないとは言わせないぜ?」

彼はじつに楽しげに、嬉しそうに、醜悪な表情を見せる。
聞くに堪えない不快な笑い声で哄笑して抵抗できない者を嘲笑う。
自らの勝利を一片も疑わずに悦に浸る男は────白けた視線に戸惑った。

「……お、おい、なんだその目は!?
 俺のいっていることが解っているのか!!
 お前らが何をしようとこの島は地獄と化すといってるんだぞ!!」

どういうことだと困惑しながらも再度叫ぶが彼らの視線の色は変わらない。
それどころかふたりは互いに顔を─片方は見えないが─見合わせて
無言で見つめあうと互いに意味の違う笑みをこぼしていった。

『くっ、くくくくっっ』

「あはっ、あはははぁ……」

一方が完全なる嘲笑ならばもう一方は完全に苦笑いである。
義久が自信満々に語れば語るほどそれはあまりに滑稽であった。

「なんていうかこうなるともう哀れに思えてくるわ」

『そうか?
 ならば君が引導を渡してやればいい。結構癖になるぞ、くくくっ』

「遠慮する。あたし、あんたみたいに性格悪くないもん」

『それは結構なことだ』

お前は性格が悪いといってるも同然の言葉だが仮面は軽く笑う。
むしろ自覚したうえでトモエがそうでなくて良かったとのたまう。
だが完全に自分を蚊帳の外に置いた会話に義久は苛立ちまじりに叫ぶ。

「何を言っている!?
 いっておくが例え俺を消したところで手遅れだ。
 しかも貴様らの前にいるのただのは式。俺自身は安全な場所にいる。
 ここで何をされても本体の俺は痛くも痒くもないんだよ!」

ほら、もうお前たちが抵抗する手段などないだろう。
まるで誇るように再度そう訴えるが仮面は笑いを、少女は哀れみを向ける。
義久は大いに戸惑いながら彼らの余裕の意味を考え、一つ思いついた。

「ふん、なるほどな。
 ハッタリか何かだと思っているのだろう。これを見るがいい!」

翳した手から放出されるように現れる黒い影。
仮面のもやと比べると見劣りする“黒さ”だが邪気としては充分濃い。
生命を傷つけ、呪い殺すには充分な邪念がそこにある。

「どうだ! これがこの地を覆う呪いの力!
 全ての生命はこの前にひれ伏し誰もが恨みを吐き出すだけの屍となるのだ!」

悦に浸るように自慢げに説明しながら義久は盛大に哄笑する。
呪詛。呪言。憎悪。怨嗟。怨念。表す言葉を全て混ぜ込んだ人の手による呪い。
それは確かに生命と大地を汚染するだけの力を秘めているだろう。さらに。

「な、なにそれ、おうっ、うえっ……!」

それを“見た”少女は胃液が逆流しそうな不快感と悪寒に震えて蹲る。

「陽子!?
 あれって只人にも見えるレベルなの、ごめんっ!」

常時視えている者には解り難いその境目。
耐性のない人間には視界に入れるだけで悪影響を及ぼす程の代物か。
気付かなかった事に謝りながら嘔吐く親友の背をトモエはさする。
そうしながら短く呪を唱え、邪気祓いと簡易的な結界を周囲一帯に張った。

『……その手際の良さを普段から出せればもう一歩進めると思うのだが』

「ちょっと、なんか言った!?」

よく聞こえなかったがけなされているように感じた少女は怒声を飛ばす。
なんでもないと口にしながら顔の仮面を左右に振って首振りのアピール。
一瞬訝しむ視線を送るトモエだがすぐに陽子自身に防御術をかけた。
それを尻目に仮面はひとり前に出て、注意を引くように義久に語りかける。

『悪いがそれはもう知っているんだ、名もなき術者よ。
 私が笑っていたのは最後の一人であるお前が何も気付いていないからだ』

「アハハ、ハハッ?
 ………最後の、ひとり? いったい何の話だ!?」

『貴様の仲間がフィールド外周部に設置したモノは全て滅したよ。
 残るはお前が持っているそれだけだ……というか、探知能力が低いのだな。
 仲間の式や肝心の呪具が全部消されている事にも気付かないとは』

所詮、名も無き術者(その他大勢)かとくすりと笑う仮面。
本当の表情を視認できないだけにその声は嘲笑う顔を容易く連想させた。

「な、に!? た、戯言をいうな!!
 例え事前に知れても我が家の者達が全てやられるなど!
 おいっ、義久だ。誰か聞いてないのか!? 返事をしろ!!
 爺、いまどこだ! ふざけてないで答えろ!!」

信じないと叫びながらも慌てて懐から出した一枚の符。
トモエの物とは全く違う不可思議な紋様と文字で構成されたそれに
向かって彼は一心不乱に呼びかけているが返答はまるでないようだ。
声をいくら発しても返事がないことに生気の薄い式特有の顔は
それでも愕然となって青くなっていくのが見て取れた。

「あれ、同じモノを持ってる者同士で連絡が取れるの。
 まあ霊力をある程度使えるのが前提のツールだけどね」

『多分、全部燃えたと思うが』

「でしょうね………そもそも燃やせるのがおかしいんだけど」

その所業に今さらながら渋い表情を浮かべるトモエだ。
確かにあれほどの火柱に紙製の符が耐えきれる道理などない。
しかしそれ以前にカレは見える範囲など遥かに超越した距離の先で、
さらに離れた複数の地点を同時に業火で焼き尽くしているのだ。
霊能を操る彼女にとってもそれはもう人間業とは思えない所業である。
尤も彼女も同距離で全ての邪気を把握する感覚の持ち主なのだが。

「冗談、だろう……そんな、ことが!?」

一方で青を通り越して白くなった顔になった男がひとり。
誰からの声もなくやっと自分以外が滅された事実を認識したのか。
それでも信じられないと喚く彼にトドメを差すべく仮面は告げた。

『嘘だと思うなら見てきたものを教えてやろうか?
 お前のいう呪具っていうのが立方体の木箱だったとか。
 お前以外の式はみんな編笠被って錫杖を持っていたとか』

「っ……くそったれ!」

その証言に間違いなく自家の者と遭遇したと義久は全てを認めざるを得なかった。
また彼らが五体無事である以上、仲間たちがどうなったかは考えるまでもない。
そしてこれにより自分達の計画はこの正体不明の仮面に打ち破られたのだと。
ここまでの自らの語りが道化そのものの滑稽さであったことを。

「よくも……よくもよくもよくもっ!! 俺達なんだぞ!
 今までこの世を守ってきたのは! それを怪しげな異世界の技術に頼り、
 闇に潜む化生を全て輝獣扱いしてなんとかできると思いあがって!!」

『だから報復の意味も込めた自作自演でかつて以上の立場を得ようと?
 世間知らずのお坊ちゃんが……そんな都合よくいくか戯け!
 だいたい、言ってることがダダをこねる子供と一緒だぞ』

悪いのは、間違っているのは社会だ、政府だ。異世界だ。
だって自分達はこんな扱いを受けていい存在じゃない。
だから、こんなことをしてもいいのだと喚く姿はただの我が儘な子供(ガキ)
本当の子供ならば仮面とて寛容に接し軽く仕置きする程度だったろう。だが。

義勇軍(あの連中)と一緒だ。いい歳した大人がみっともない!
 母親の(はら)から人生やり直してこい、この痴れ者が!』

それがもう大人であるならば、それはもう救いようのない愚者である。

「っ────雷電神勅、急急如律令っ!!」

侮蔑した集団と同列にされたからか。人生を全て否定されたからか。
露骨な挑発に、されど彼の強すぎる自尊心は耐えきることはできなかった。
雷を呼ぶ呪文は晴天だった空に僅かな曇天を作り疑似的な神雷を落とす。
まさに雷光の速さで迫るそれの前に、別の世界の呪文が紡がれる。

『断ち切れ、(ジバルド)

義久のが落雷ならばソレは空間を横切る雷で形作られた刃。
その一閃は天の雷を断ち切るように霧散させると大地に突き刺さった。
雷光の剣は役目を果たしたというようにその後すぐに消失していったが。

「き、貴様っ、俺の術を同じ雷で!?」

「あははぁ……人相手に雷神召喚するあいつもあいつだけど、
 それを同じ雷で防ぐあんたってホントなんなのよ……」

一方は驚愕、もう一方は呆れにも近い感情でそれを目撃する。
雷を防ぐならアース代わりに土の壁でも木の根でも作ればいい。
極論をいえば物理的な結界を張ってしまうのが一番確実といえるだろう。
同属性をぶつけて相殺といえば聞こえと見目はいいが難易度は跳ね上がる。
より安易な手段があるのだから余計に“力”を消耗する愚策といってもいい。
逆をいえばその手段を瞬時に取れるほど技術と力に自信があるのだろう。

『ふむ、これでこれか……実験相手にはなるかな』

「何を!? これならどうだ!」

短くなんらかの真言を唱えた義久の周囲で影が揺らめき、放たれると
波打つように大地を走って雷光にも劣らぬ速度で黒いもやの下部に絡みつく。
そして刀印を結んだ指を大地に叩きつけるように仮面目掛けて振り下ろした。

「────斬!」
『では私も、斬、とでも言ってみるかな』

それは腕の動きに応じた力強い声だったが仮面のそれはあまりに軽い。
大地を走るように迫る霊刃は同じ動きで放たれた黒い魔刃と激突する。

「な───!?」

驚きは残念ながらか当然ながらか。義久のものであった。
渾身の一撃がそんな明らかに気負いのない一撃と相打ったのだから。

「今のっ?」

「くそっ、そのまま絞め殺せ!!」

誰かがナニカを訝しむ声を漏らすが思考する暇なく、
絡みついた影は黒いもやを締め付けるように蠢いていた。
当初は確実に当てるために動きを制限する拘束術だったのだろう。
例えそんなものが無くとも背後に動けない少女(イモウト)がいるのだから
この仮面が避けることなど万に一つもあり得なかったのだが。

『黒い靄と称される私を影で縛るか……下手な冗談だ』

小さな笑い声をこぼしたのと同時に。
否、その程度の感覚で仮面は己が黒い魔力を解放した。
周辺を漆黒一色で呑み込みかねないその奔流による圧力に
縛りの影は耐え切れずに吹き飛ばされ、黒い力と共に霧散した。

「っ、これやっぱり!?」

間近でその“力”を感じ取ったトモエは何かを確信するが、
義久はただただ自らの術を打ち消された事実に驚愕し狼狽えるだけ。

「……………お、俺がっ、伝統と歴史ある大津家の跡を継ぐこの俺が!
 こんな訳の分からん奴を相手に術比べで互角だと!?」

負けてるとは意地でも考えない辺りは高潔(プライド)と取るか狭量(おろか)と取るか。
後出しでほぼ同属性の術を繰り出されて競り負けている事の意味を
彼は無意識に考えようとしていない。

『節穴というべきか可哀想というべきか、判断に悩むな』

「くそっ、馬鹿にしやがって馬鹿にしやがってっ!!
 殺してやるっ、ここにいる全員皆殺しだぁっ!!」

これを見ろ、と義久は自らの僧服の胸元を開いてソレをあらわにする。
短く怯える声と慄く声が少女たちからもれ出た。当然であろう。
そこにあったのは愚かしい男の胸板などではなく巨大な異形の相貌。
目もある。鼻もある。口もある。が人の顔ではない猛獣のような貌。
それはどこか仮面の業火の中で浮かんだそれをより明確にした物に見えた。

「あっ、そうか。式と融合させてたのね!
 だから探っても探ってもこの辺呪具の気配だらけだった!」

『手から出した時からそうだろうとは思っていたが……』

仮面は当初から、トモエも思い出してからそれの探知はしていたのだが、
どうしても周囲一帯に気配が充満していて正確な場所が分からなかった。
それを宿した状態で使った術の残滓にも邪気が混じり、予想外にも
彼女らの鋭敏な感覚を邪魔して最後の呪具の場所を隠していたのだ。

『おい、式とはいえあんなのと融合していて問題ないのか?』

「たぶん防御壁ぐらい用意してると思うし、数時間程度なら。
 それに結局あのタイプの式は術者の末端でしかないから」

『問題があれば切り離せばいいだけ、か。ふむ』

やはりそうかと何かを考えるような素振りを感じさせる仮面。
呪具を、その邪気を完全に曝してもなお仮面の変わらぬ態度は
激昂している義久の怒りにさらに油を注ぐ。

「どこまでもふざけた奴めっ、その余裕もこれまでだ!
 邪気邪念の波に呑まれて生きたまま死ぬが────っっ!?!?」

その激情のまま怒鳴りあげ、呪詛を解き放とうとした瞬間。
義久の視界は突如として漆黒に染まって何も見えなくなった。

『……確証を得られればお前はもう用無しだ』
「な────きさ、まっ!?」

否、それは仮面が彼に肉迫した結果起こった錯覚だ。
視界いっぱいに広がる黒いもやは現在を夜と誤認させるほどの濃さ。
彼なりに警戒して取った距離を一瞬で縮め、目と鼻の先に白い仮面。
咄嗟に離れようとした義久は、しかし動けないことに愕然とする。

「くっ、なっ!?!?」

左右にも後ろにも行けない。手足は動くが、体が移動できない。
違和感に視線を下せば、そこには黒いもやの腕が胸部に突き刺さっていた。
そこに浮かんでいる異形の相貌さえも貫くように胴体を通り抜けている。
痛覚を遮断し臓器類を再現してない式の体はそれに気づかなかった。

「くそっ、抜けっ、放せ!!」

『下手に追い詰めて逃げられたりしても面倒だったからな。
 軽く挑発してやれば自分から出してくれると思ったよ。
 小者そのものの性格をしててくれて助かった』

「─────っっ!!」

喚く言葉を無視して侮辱してきた真の意味を語って嗤う仮面。
手の平の上で転がされただけと理解して言葉にならない声で叫ぶが、
それよりも仮面の嘲笑の方がいやに響いて耳に残る。

『さあ、このまま消えろ───徐々に滅しろ、(ゴーガ)

「ひっ、うっ、わああああぁぁっっ!?!?!」

一瞬で我が身を覆う業火。
例え痛みを感じずとも炎が全身を覆ったのだ。その恐怖は計り知れない。
そして密着状態の仮面には一切燃え移らず義久だけを包んで滅していく。
まるでそれは真綿で首を絞めるようにゆっくりと式の肉体を崩壊させ、
内包されていた呪詛もまた声なき声をあげて苦しみもがいていた。

「言ってるコトとやってるコトがなんか悪役よね、こいつ。
 あ、陽子。あれ遠隔操作してる人型ロボットみたいな物だから。
 影になって見えてないけど悲鳴とか気にしなくていいよ」

「え、ええ……」

男の恐怖の叫びに怯んだ友に一応の弁解をしつつ嘆息するトモエ。
仮にも味方として紹介した自分の立場をもっと考えてほしい、と。
自身を壁にして人体発火の光景を隠しているので考えてはいるのだが。

「て、てめえっ、くそ、くそっ、くそぉぉぉっっ!!!」

全身を覆う炎。末端から焼け落ちていく肉体。
その光景に錯乱しかけた彼だが式の体は痛みも熱も感じない。
気付いていくらか正気に戻るも情けなく悲鳴をあげた事実に、
その原因をもたらした目の前の仮面に恥をかかされたと激昂する。

『……………』

だが、もはや仮面の奥にある瞳に彼への関心の色はない。
確かに見てはいるが、興味はなく道端の石ころを眺める目であった。
なにをいくら喚いても相手の口から皮肉や侮蔑の言葉さえ出てこない。
完全にもう“用無し”なのであろう。その扱いに苛立って我武者羅に抵抗する。
だが肉体でいくら暴れても仮面は意に介さず拘束は緩むことさえない。
術を使えるだけの集中力という冷静ささえ彼はもう無くしている。
けれどこの男にはもう一つだけ凶悪な武器があった。

「おいっ、行け! それでも我が家が用意した最上級の呪いか!?
 人ひとりも殺せない役立たずめ! 誰でもいいから殺してこい!!」


─────ウオオオオォォォッッッ


獣の遠吠えのようでいて、生物の息吹に聞こえない不快な音が響く。
宿主の侮蔑が聞こえたのか。あるいは強引に使おうとしたからか。
その邪気は式の肉体を飛び出し、真上に立ち上って邪気の塊を形成した。
間近から舌打ちが聞こえただけで義久は満面の笑みを浮かべる。

「やれっ、殺せ!!」

今回の戦いは完全に自分たちの敗北だろう。
それは認めざるをえないことは彼とてもう理解している。
だがならば一矢だけでも、この余裕綽々の化生に吠え面をかかせてやる。
激情と屈辱にまみれた義久の心にあったのはもはやそんな考えだけだった。

「ぁ、いやっ!」

異形の相貌だけの呪詛。濃紺な煙が模った獣の顔がにたりと嗤う。
醜くも異形が見せる人間のそれのような表情は本能的におぞましい。
その姿に最も耐性のない少女が悲鳴をあげても誰が責められようか。
しかし、それで呪詛の標的が決まってしまった。

「陽子、下がって!!」

まずいと呪符を幾枚も掴んで立ちはだかって迫る獣顔の邪気塊を睨む。
果たして自分の術でこれを防ぐことができるのか不安が脳裏をよぎる。
それでも己以外に出来る者はいないのだから、自分がやるしかない。
持てる知識と霊力を全て注ぎ込んでやると意気込み、覚悟を決めた。

「──────は?」

されどその瞬間に間の抜けた声がもれる。
眼前で、より深い色を持つ黒い腕が呪詛の獣を殴りつけていたのだ。
煙状の邪気塊になぜかその拳打は命中し、呪獣を大地に叩きつけた。
呪いを─おそらく─素手で殴りつける。その行動の衝撃は知識を持つ者だけ。
唖然とするだけのトモエと違って、義久はその姿に一転して笑い転がる。

「……ハ、ハ……ヒャーーハハハハッッーー!!!
 触ったな! それでおしまいだよ、お前はもう呪われた!
 呪詛を殴って消せるか間抜けっ、ヒハハハッッ!!」

炎に包まれながらもやってやったと哄笑し耳障りな声をまき散らす義久。
殴り飛ばされた獣は濃紺の煙となって渦を巻くように黒腕にまとわりつく。
そして今度は狼にも似た姿を模ると仮面に食らい付かんとその大口を開けた。
本物以上の鋭き巨大な牙を持つ獣の顎門が一飲みにせんと襲い掛かってくる。

「に、逃げて!」
「あんた何をぼさっとしてるの!?」

悲鳴をあげる誰か達の声を背に仮面(カレ)はされど何の躊躇もなく、
獰猛にして呪詛の塊といえる顎門にもう一方の腕を軽々と突っ込んだ。

「ハハハッ、ハヒっ!?」

「………ちょっとは本気で心配したのに、すごい損した気分……」

それは殴打ではなく本当にただ口の中に腕を入れただけの行為。
たったそれだけのことでその偽りの獣は呆気なく霧散して消えた。
突き立てられたはずの牙も呪いどころか傷一つ残すことも出来ずに。
満足に触れることさえ、あの呪詛は許されなかった。

『得意気に、上機嫌になっていた所に悪いんだが。
 君らとしては残念なことに私は呪い等が効かない体質でね。
 その概念では私という存在に全く届かないのだよ』

「なっ、なっ、なにを………なんだそれ、何の話だそれは!?」

『お前らが知らないこの世の神秘の話さ。
 水鉄砲では洪水を押し返せないのと同じ理屈だよ』

くすりと微笑む声で彼の最後の抵抗だったそれをこき下ろす。
勝った気になっていたそれさえも、ただの思い込みであったのだと。
ああ、恥ずかしい。嘲笑う声と仮面の下の三日月に彼の誇りは粉々だ。

『─────だから自動的に返してしまうんだ、これが』

押し迫る大量の水に水鉄砲(そんなもの)で抵抗しても無意味でしかない。
それどころか少なからず相手の量を増やすのだから厳密には逆効果だ。
当たり前の常識を語るようなそれに、しかし二名の術者は凍りつく。
その言葉が事実であると示されたことで。

「はい?」

「は………なっ、がっ、なんだこれは!?」

炎に包まれている式による偽体。燃え落ちていく末端が、腐り始めた(・・・・・)
焼け焦げていくより早く、溶けるように異臭を漂わせながら腐敗する。
これもまた痛みも何も繋げておらず、防御壁があるため本体にも届かない。
けれどその光景が与える心理的な衝撃は燃やされること以上である。
それが自分達の用意した呪詛が返された結果なら余計に。

『人を呪わば穴二つ、だったかな?
 相手と自分の墓穴を掘ることになるが、私はその限りではない。
 呪詛返しの警戒はしていたようだが私のこれはそれとは概念が違う』

それを防ぐ術をかけていても所詮それは対水鉄砲(呪い)用の術だ。
洪水(邪神)に呑まれて跳ね返ってきたそれを防ぐにはあまりに笊な盾。
役に立たないなどという次元ではない。それに及ぶ効力を持っていないのだ。
防ぐにはそもそもカレを呪ってはいけないという反則の話。

『どうだい、自ら仕掛けた呪いで自らが朽ちていく光景は?』

「くっ、あ、ああぁっ!!」

「やっぱりあたしが引導渡してあげた方がよかったかな」

悔しさと屈辱と羞恥で意味のない言葉で声をあげる義久に憐みを向ける。
それはそれで彼のプライドは木端微塵であろうが、ここまでではない。
一人の術者としては彼らのやった事は到底許せることではないのだが、
仮面があまりに常識外な存在で且つえげつない言動なため同情したくなる。
だから。

「お……お、おぉおのれぇっ……おおっ、覚えていろ!!
 貴様がどこの誰だろうと必ず見つけ出、っ、がっ─────!?!?!」

生み出した霊弓から矢を放ち、式の核である人形を正確にトモエは射抜いた。
捨て台詞すら満足に言い残せずに驚愕した顔のまま男は即座に塵芥と化す。
崩れ落ちた偽りの肉体はそのまま大地に返っていった。

「え、えっと……トモエ、終わったの?」

「……ええ、終わったわ。とりあえずここは」

見えてない陽子にそう答えるも仮面は半眼─のような─視線を向ける。

『もう少し甚振ってやりたかったのだがな。
 私が胸を貫いて無事だったことを疑問に思わなかったのか、とか。
 もしかしたら本体にもこの呪いは跳ね返っているかもな、とか』

「はぁ、あたしが始末して正解だったわね。
 そんなの見てるこっちが憂鬱になってくるわよ」

不満そうなカレに溜息まじりにそう返せばそれもそうかと納得声。
例え庇う余地のない極悪人でも罵倒や侮蔑され続ける光景というのは
善良な者にとっては視るに堪えないものがある。人によりけりではあろうが。

「あ、あの、また助けていただいて本当にありがとうございます。
 それで……その………大丈夫、なんですか?」

そこへ現状最も何が起こっていたのか不明な陽子が言葉を向けた。
彼女からすれば多くの疑問に答えてほしい所ではあったが、それでも
仮面(カレ)呪詛の獣(カイブツ)から自分達を庇ってくれたのは見えていた。
ならばまずはそのお礼と容体というものを確認しなくてはいけない。
が、体が黒い靄である仮面は一目見ても状態が全く把握できない。
だからこその、そんな問いかけであったのだが。

『無論だ。もうあの男もその仲間の気配もクトリアにはない。
 義勇軍との戦いももうすぐ終わる。安心して休んでいたまえ』

この仮面(オトコ)は盛大に外れた返答をして少女の思考をしばし止めた。

「え…………あっ、い、いえっ、それも気になりますがそのことではなくて!!」

「あのねぇ、陽子は呪詛を受けたあんたの体は大丈夫かって聞いてるの!」

『………え?』

「そこでなんで首を傾げてるのよ。
 あれだけ口が回る奴が何をアホな勘違いを、ったくもう。
 ……あれ、なんか最近どっかでこんなズレた返しを聞いたような?」

一瞬小首を傾げたようにも見えた仮面と誰かが重なって、まさかねと笑う。
ただそれはあり得ないと流したのではなくあり得ると思えた事に、だ。
その証拠にその笑みはかなり引き攣った苦笑であった。

『それなら問題はない。さっき奴に言ったが、
 ああいうのが効かない体質なんだ。心配することではない。
 だがその気遣いには心より感謝する。ありがとう』

「あ、いえ、これぐらい…ふ、ふつう、です」

こちらが気遣ったはずが逆に感謝された事に戸惑いながら言葉を返す。
その顔はどこか照れくささが混ざった赤みを帯びたものだったが。

「……あたしの親友を誑かさないでほしいんだけど。
 ────ねえ、あたしも心配なことがあるんだけど聞いていい?」

僅かに面白くない顔を浮かべて話題を強引にトモエは変えた。

『内容によるが、なんだ?』

「あれだけ大盤振る舞いしてあなたの“力”枯渇してたりしない?
 多分だけどあんたの力って────霊力と相性悪いでしょ」

ほぼ断定に近い確認するような物言いに、仮面は小さく笑った。
違和感はいくつかあった。自分達の使う術と仮面が使う術は気配が違う。
何度か見ればそれが霊力とは違う別の“力”に由来するものなのは勘付けた。
そして霊力とソレ、どちらが優位であるのかも。

『よくわかったな。私もさっき実験して確信したのだが』

「なるほど、あんたにとっては戦いじゃなくて実験だったわけね」

『もちろんだ。その方が相手には屈辱的だろう?』

なんて、どこかの誰かを連想させる性格の悪さだろうか。
そのことに頭を痛めながらも彼女は再度同じ事を問うた。

「で、大丈夫なの?
 10倍ぐらいでようやく互角っぽかったけど。
 もうやることがないなら休んでいきなさいよ。
 休憩場所を提供するぐらいの感謝はするわ」

同質の術に込められた“力の量”にはそれほどの差を感じていた。
本能的に霊力と同じく生命の内にある“力”だと感じ取ったトモエは
それほどの量を使用した仮面が実は疲労困憊なのではと心配しているのだ。
かなり、ぶっきらぼうな物言いなので少し解りづらいが。

『ふふ、君の気遣いにも感謝するよ。
 だが大丈夫だ。外部から補充する(すべ)はいくつかある。
 それに私と関係があると思われると君達が困る。折角だが遠慮するよ』

それはどういうことかと問い質そうとした時、呼びかけるような声。
耳を澄ませば姉を呼ぶ声があり、その後ろにはリョウも見えた。
さらにその後ろには原形が無くなる程損壊した外骨格を纏う誰かが
意識のない状態で引きずられていた。

「そういえばあのふたりもいたんだった」

『君な……仮にも幼馴染と親友の弟だろうに。
 どうやら後退しようとした相手を追う内に離れ過ぎたらしい。
 それでこちらで起こった事には気付いていなかったようだな』

「…………話す、べき?」

『既に両者ともにあの男と遭遇している。隠す意味がない。
 あと3分ほどで到着する救援隊には隠した方がいいだろうがな。
 簡単に口裏だけでも合わせておくといい』

白い仮面の位置が変わり、どこかを見据えながら告げた。
おそらくその方角から2-Bの報告を受けた援軍が来るのだろう。
だがしかし、その事実はある少女にとっては致命的な大問題だった。

「さ、3分!? え、え、ど、どうするの!? どう誤魔化すの!?
 ってそういえばあたし本当はゴールにいるはずだった!!」

「ちょ、ちょっとそれ本当トモエ!?
 まずいわよ! 見つかったら折角うまくいった試験が!」

誤魔化し方を間違えれば、即座にご破算になることもありうる。
彼女は対外的には初日の終わりに試験を放棄した扱いになっているのだ。
それを試験官補佐の立場で担当クラスをゴールまで導いた功績で相殺。
試験官からの評価点がそこへさらにプラスされるという事になってはいる。
が、その彼女が一度ゴールしたとはいえクラスを放ってここにいるのは問題だ。
どうしようと慌てる少女にそこまで考えてなかったのかと溜息まじりの提案が。

『はぁ、隠行の術でやり過ごして何食わぬ顔で出入り口まで戻れ。
 君がいないことは試験官がなんとかしていた、はずだ。怒ってはいたがな』

「う……でもそうするしか、ないか……ああ、またあいつに借りが」

戻ったら何をいわれるかとがっくりと肩を落とすトモエである。
続けて仮面も自分がいるとややこしいだろうと少女らに背を向けた。

「あ、あのっ、せめて名前を!」

思わず呼び止めてしまった陽子は妙な事を口走ったと口許を手で覆う。
まるで大昔の漫画にでも出てきそうな台詞だと言ってから後悔した。
しかし二度も助けられた相手の名も知らないのは後味が悪いのも事実。
仮面はそれに対して、もったいぶるように答えた。

『君の立場なら近々聞くことになるよ。
 だが、できれば……もう会うことがないのを祈っている』

「え?」

それは否定的な発言ながら、どこか柔らかな声色の言葉。
彼女がもう事件に巻き込まれないでほしいと願う優しい想いだった。
そんなものを残して、黒いもやをまとった白き仮面は姿を消す。
仮面(カレ)がいなくなった場所をぼんやり見詰めている親友を尻目に
トモエは一転して厳しい表情を浮かべると小さな呟きをこぼす。

「まだ、終わってないのね」

カレはそれについてだけは何も答えなかった。



誰にも認識されない黒い影が岩の大地を、緑の森を走り抜けていく。
転移して消えたのではない。単に速く動いてそう見せただけだ。
本当ならば転移を使って“目的地”まで一気に移動したいがそうもいかない。

『さすがにこっち側か。痛い所を指摘してくる。
 くそっ……魔力残量がついに1割切ったか』

想定以上に霊力とそれを伴う術に魔力や魔法で対するのはコストがかかった。
圧縮していた魔力を解凍しつつ使っても全体でかなり消耗している。
1割以下でも実質的には自身の魔力容量の数十倍はあるが元々の総量値が
底辺なために、たかが知れている、ともいえる量だ。また別の問題もある。
トモエの勘は正しい。あるいは経験か。魔力の枯渇は存外に疲労する。
実際、1割以下となり気持ちだが手足の動きが鈍くなってきていた。

『魔王の瞳を使うか? いやあれはかえって逆効果だし、
 いつかファランディアに渡る為に多少でも減らすわけには……』

あの世界には返さなくてはいけない、残さなくてはいけないモノがある。
かの秘宝に蓄えられた高純度で多量の魔力はそのために使うべきだ。
また量が多く且つ微量の放出に向かないため個人の回復には使えない。

『最悪、ごり押しでもなんとかなるんだが……』

それでは仮面─シンイチの目的の半分も達成できない。
義勇軍や大津家を壊滅させるだけではもう駄目なのだ。
いま彼に必要なのは魔力を溜め込んでいるだけではなく、
現在の自分に必要な量を適切に抽出ができるモノなのである。

『そんな都合のいいものが………ん?』

頭の中でその条件を並べた時、ふと脳裏を横切るモノがあった。
そして彼はいくつかの“トンデモ”武装を使うためにさる手甲を装着している。
自らの左腕にあるその端末(フォスタ)を見たシンイチは、あ、と間抜けな声をもらした。


───もしかして世界一渡しちゃマズイ相手にフォスタ持たせちゃった?───


誰かがいったその評価は本人が返した言葉通り、正解であろう。
ガレストの英知が集結した優秀な兵装端末も今この瞬間だけは、
彼の目にはただの電池(バッテリー)に見えているのだった。


そんな─遅すぎる─閃きから1分も経たずに黒いもやは空。
大地の騒がしさなど知らぬとばかりの晴天に紛れる黒い点は違和感の塊だ。
無論、海鳥や異世界のセンサーでさえそれを認識などできていないが。

『さて、これで最後………だといいなぁ』

青く澄んで見える大海原の上に浮かびながら乾いた笑みをこぼす。
その眼下にあるのは一見するとただの穏やかな日中の大海である。だが。
仮面─シンイチはその偽りの姿を纏って隠れる船舶を確かに見詰めていた。
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