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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第二章「テストを利用するモノ」

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04-30 本物の戦場


突然、背後から襲っってきた衝撃に少年の体が宙を舞う。
されどそこで体を捻って振り向きながら背後に銃口を向けた。
陽介が地面に再び降り立つまでの短い間隔で四発放たれた光弾は
確実に襲撃者を捉えていたが防御スキルの前に弾かれてしまう。
そして追撃を仕掛けようにもすぐさまその姿が掻き消える。

「姉ちゃんっ!」
「はああぁっ!!」

弟の声に応えるように違う場所に現れた襲撃者に切りかかる姉・陽子。
手にしているのは新たに取り出した大太刀のような片刃の長剣。
上段から振り下ろす鋭き一閃を前に男は咄嗟に手甲で受け止めた。

「ぐっ、硬い!!」
「外も中も性能が違うんだよ、民間人風情が!」

刃が装甲に弾かれる。衝撃に逆にこちらの腕が痺れて少女は苦悶する。
そしてさすがは元軍人か。弾いたのとは逆の腕で反撃を仕掛ける。
襲いかからんとする刃を見るや少女は即座に飛び退いて躱す。
空ぶった男は舌打ちするがすぐさまその場から消えてしまう。
途端、金色の大剣がその場に突き刺さって粉塵を巻き上げた。

「ちっ、伊達に元・軍属じゃねえか。気付いてから動くまでが速い!」

姿を現した直後を狙った二段構えの攻撃は反応の差で決まらない。
くそったれと毒づいたリョウと双子の姉弟はすぐに合流して固まった。
10分という時間が提示されてからもう何分戦闘が続いているのか。
三人はそのカウントを見る余裕すらないほど戦いに集中していた。
そのおかげか彼らの息は合い始め、相手のパターンも読めてきた。

敵は一度姿を消すとまず誰かの死角へ現れて一撃を与えてまた消える。
だが、その間に攻撃を受けると一旦それが途切れるまで消えない。
そしてまた消えると離れた地点に現れ、すぐには仕掛けてはこない。
それがいかなる理由によるものか解らなかったがそれらを狙うしかない。
だが。

「……さっきからずっとこの焼き直しだよね。
 あっちも少しは疲弊してるといいけど、こっちは……」

「いうな、余計に嫌になる!」

集まることで死角をいくらか潰すことで攻撃が来る方向を減らせても
どこからどんな攻撃が来るかわからない緊張と恐怖は精神を摩耗させる。
また攻撃後、再出現後を狙う場合はあえて隙をさらす必要がある。
容赦なく襲ってくる相手に自ら狙われるように無防備にふるまうのは
彼らが考えていた以上に恐ろしく、それが一度も成功しない落胆は重い。
肉体より先に心が疲弊している。それも三人が自覚している以上に。

「少しは動きが読めてきたけど、当てるのがやっとなんて!」

「お前らの外骨格じゃな、初心者用の練習機だろそれ」

「簡易よりは遥かにマシなんだけどね」

苦々しい顔でリョウが指摘した事実に陽介は苦笑する。
所詮は特別科に上がる予定の生徒に外骨格を慣れさせる為の機体。
純粋な出力(パワー)は比べるべくもなく、相手が軍用外骨格では荷が重い。
また根本的に男の消える速さと別の場所に現れる速度についていけない。
足止めの為の攻撃が外骨格に軽く当たるのがいいところであった。
それも性能差のためにまともな一撃足り得るかといえば首を振るしかない。
それでもまだまがりなりにも抵抗できているといえる状態でもある。
だからか、彼が気にしたのはそうではない戦場。

「……やばいよこれ。下手すると俺たちよりみんながもたない」

崩れだしているのはむしろ双子のクラスメイトたちのほうだ。
全身装甲型の簡易外骨格を纏う部隊。計算された陣形と動きで
対人集団戦の経験がまだ少ない2-Bの生徒達を追い込んでいた。
最初の奇襲じみた攻撃から何とか隊列を組んで抵抗していて彼らだが
その初めの躓きが、一糸乱れぬそして息の合った動きの前では致命的。
派手さはないが堅実な戦術の前に急ごしらえの陣形では立ち向かえない。
迅速で的確な攻撃に手も足も出ずにもはや防戦一方といえた。
互いに同数程の部隊規模なのだがそれゆえに練度と装備の差が歴然。
教師も既に参戦しているが大勢を覆すことはできていない。

「かといって、あいつをつれていくわけにもいかないだろ」

追撃を警戒してか空中に立つ襲撃者を睨みながらリョウはこぼす。
三人が移動すれば必ず敵もまた追いかけ、仕掛けてくる。よしんば
その攻撃をしのげて合流できた所で2-Bをさらに窮地に追い込むだけ。
対処法が分からない神出鬼没な敵など隊列を組んで攻めてくる敵より厄介。
リョウたち三人にできたのはもしもの時に誰か一人でもカバーに入れるように
戦場の位置を徐々に2-Bに近づけつつ近づきすぎないようにした事だけ。

「ふん、相談は終わったか?
 もっとも素人の浅知恵などプロたる俺達には無意味だがな」

「はぁ………ただの挑発なんだろうけどさ」

「ちょっと大人気ないわね」

勝ち誇ったような嘲笑まざりの声を聞き流しつつも不快感を覚える双子。
ただ一人リョウだけはそれが本気と知るために余計に内心苛立っていた。

「くそっ、あんな反則使っておいて!」

2-Bプラス一名とガーエン義勇軍の1チームとの戦いは
生徒たちがほぼ一方的に劣勢のままで徐々に追いつめられている。
既に10分後の救援の話など三人の頭の片隅からも消えていた。
何せ自分たちはろくな反撃ができないまま劣勢の膠着状態。
クラスに至っては今にも制圧されてしまいそうな状況である。
これをどうにかしなければと考える中で細かい事は失念している。
それも具体的な案を思いつけているわけでもないのが現状だ。
スキル封印は彼らの想像以上にその戦術の幅を狭ませていた。
だからもしこの状況を時間経過以外で動かせるとしたら────


「子供相手にずいぶんのんびりなことで……所詮は賊軍か」


────第三者の介入に他ならない。
嘲笑混じりの声がいやに場に響いて襲撃者の男ですら視線を向けた。
その出現もまた突然だった。双方のセンサーすら捉えていなかった存在。
まるでいきなりその場に現れたかのようにその接近に気付けなかった。
だが、それ以上にその姿格好の方に日本人たちは驚きの声をあげる。

「……え、誰、ってかなにあの格好?」

「しゅ、修行僧のコスプレ?」

錫杖と僧服。いってしまえばそれだけだが場の状況にあまりにそぐわない。
顔を隠すモノは何もないため30代後半と思える男の顔がはっきり見える。
無精髭を生やし、色が黒くほりの深い顔は生気はないが不敵に笑っている。

「うそ、だろ……な、なんでこんな所にあいつが!?」

「なんだてめえは?
 そんなふざけた格好で出てくるとは死にたいのか!」

ひとりその顔に見覚えがあった少年の驚きを余所に、
簡易外骨格どころかただの布きれの服装でしかない男の登場を
空の襲撃者は不機嫌さを隠すこともなく苛立ちまじりに吠えた。

「ふん、スポンサーに対する口のきき方がなってないな。
 しかも指定した位置に物を届ける事もできんとは運び屋以下か」

しかし修行僧姿の男にあったのは余裕だ。そして変わらない嘲笑と嫌味。
バイザーで見えていない襲撃者の額に青筋が立つのが見えた気がした。
それでも感情を抑え込んだのは言葉の内容に心当たりがあったからだろう。

「お前達かっ!
 わけのわからんモノを運び入れろと命じたスポンサーは!?」

「それを満足に指定した位置に運べず、適当に放置しやがって。
 おかげで計画の肝だった俺が一番遅れちまったじゃねえか役立たずが」

不満げに文句を口にするが襲撃者は鼻を鳴らすだけで気にした風もない。
口にしないが“知ったことか”という空気すらそこにはあった。
そしてそれ以上を囀ればどうなるか解らないという殺意も混ざる。

「自力で運び込むこともできない奴が偉そうに。
 ああ、そうか。お前も敵ってことでいいのか下等種族」

「スポンサーだといってるだろうが野蛮人め。
 手間取ってるお前ら役立たずへの援軍だよ、ありがたく思え」

始まった睨みあいは互いに譲るということを忘れたように険悪だ。
一転していきなり蚊帳の外にされた双子はただただ戸惑っている。

「なにこれ? 誰よあれ? どういうことよ!?」

「知り合いみたいではあるけど、敵同士なのか味方同士なのか。
 素でか設定でか……いやだとしてもなんでそんなことに?」

これが試験であるという前提がある二人は満足な推測もできやしない。
できたところでそれはかなり的外れとなってしまうだろう。
もう一人いる少年と違って、だが。

大津(おおつ) 義久(よしひさ)っ!!
 まさか今回の一件を企んだのはてめえら大津家かっ!?」

自らの名を正確に呼ばれたためか。
僧服の男─大津義久はそこで初めてリョウたちに視線を向けた。
少年の目に宿る怒りと憎悪の意思は強く、彼にも覚えがあったのだろう。
即座にそれが誰であるか解ったように、にたりと口元を綻ばせた。

「ん、誰だ俺の名前を……へぇ、いるとは聞いていたが本当にいたのか。
 神宮寺家を終わらせた疫病神。あのアバズレが生んだ忌み子よ。
 まだ惨めに生きていたとはな。とっくに世を儚んでいたと思ったよ」

「黙れっ!!
 もとはといえばお前達があることないこと言いふらしたせいで母さんは!!」

「どこの誰ともわからぬ男との間に許されぬ子を産んでおいて
 その男に捨てられて呆気なく病で逝ったあいつの自業自得だろうが」

少年の訴えなど聞く耳もなく悪気の欠片もなく。
むしろ彼やその母ですらまるで汚らしい物でも見るような
侮蔑の視線と言葉を無遠慮に向けて、義久という男は笑っていた。

「─────っっっ!!!」

自分しか看取る者のいなかった母の最期がフラッシュバックする。
その原因の一つであった者が悪びれもせずに母を嘲笑っている。
誰にも悪意を向けずに一人で息子を育てていた人が死に、
傲岸不遜に振る舞う男がのうのうと生きてその死を嗤う。
彼の頭の奥で何かが切れた。

「……ざけ…なっ」

「あ?」

「ふざけんなぁっ!!」

今まで抱えてきたものすべてを吐き出すような叫びと共に
リョウはただその怒りのまま激情に任せて大剣を振り上げた。

「バカよせっ、シングウジ!!
 怒るのは当然だけど、それはダメだって!」

だが突貫しようとする彼を陽介は咄嗟に羽交い絞めにした。

「離せ、センバ! あの野郎はぜってぇっぶっ殺す!!
 生身だろうがなんだろうが知ったことかっ!!」

筋力でも外骨格の性能でも勝る相手を止めるのは本来至難の業だが
冷静さを失った彼は陽介を振り払うこともできていなかった。
生身の人間を襲う云々よりそんな状態の彼を放置などできない。

「あなたもよ! それでもいい歳した大人なの!!
 どんな関係か知らないけど子供に向かって親をけなすなんて最低よ!」

だからか。
まるで庇うように弟と彼の前に立った陽子は指を突きつけて訴える。
身を粉にして育ててくれた母の為にとここまでやって来た双子にとって
目の前で友人の母をあからさまに侮辱されていい気分な訳がない。
それに対し義久は忌々しげに表情を歪めると不機嫌そうに怒鳴り返す。

「……神宮寺のガキもだが口の利き方を知らんガキどもだ。
 只人風情が我ら一族のことに首を突っ込むな、身の程を弁えろ!」

「はぁ? 口の利き方がなってない非常識はそっちでしょうが!
 あんたがどこのどんな立派な家系の方かは知りませんけどね。
 礼儀と常識を弁えてから口を開けってのよ! 恥を知りなさい!!(・・・・・・・・・)

だがそれで怯むどころか瞬間的に火が付いた彼女はそう啖呵を切る。
まさか即座に言い返されると思わなかった義久は呆気にとられていた。
それを後ろから見ていた弟はリョウを止めながらも苦笑まじりに呟く。

「ホント、そういう所も妹だよ姉ちゃんは」

納得がいかないこと。理不尽なこと。一方的過ぎる言い分。
それらを前にすると逆に強気になっていく性格も、毒を吐きだす口も、
そして最後の決め台詞のような口癖もいったい誰に似たというのか。

「はっ、学生に言い負かされるとはたいした援軍だな」

「っ! ケツの青い小娘如きが! この俺に意見するか!!」

一瞬でも少女の迫力に呑まれて二の句が継げなかったのが屈辱だったのか。
生気のない顔を怒りで真っ赤にしながら義久は右手で刀印を結んだ。
それを口許に寄せてなにやら呟いた後、屈むと刀印で大地をなぞった。
ただそれだけの動き。何も起こっていない。何も変わっていない。
それでも彼の顔には笑みが浮かび、激高していた少年は青ざめた。

「っ、義久てめえなにを考えてやがる!?」

その叫びに思わず振り返った陽子だがそれが彼をさらに叫ばせた。

「馬鹿野郎っ、逃げろ!!」

「え───?」

それは何の悪い冗談か。
彼女が言葉の意味を理解するより先にその体が木の葉のように宙を舞う。
何かの衝撃らしき音の後にまるで打ち上げられたように少女は空にいた。

「───あっ」
「姉ちゃんっ!?」

そして勢いが頂点まで達したせいか落ちてくる姉の姿に弟は咄嗟に
受け止めようとリョウを放して飛び出したが再び彼の叫びを呼んだだけ。

「よせっ俺の前に出たら、ぐっ!!」

なぜかそれが途中で止まったのと陽介の体もまた打ちあがったのは同時。
苦悶の声さえ上げられず、何なのかさえ解らない衝撃の直撃が突き抜ける。

「あぁっ!?」
「ぐわっ!?」

そして落ちてくる姉と打ち上がった弟の体が空中で激突する。
もつれあいながら落下して、受け身も取れずに大地に衝突した。

「センバ! このっ、邪魔するな!」

目の前の何もない空間を大剣で薙ぐと土煙を上げる落下地点に向かう。
小さなクレーターを作って倒れていた姉弟は意識はあるが呻いていた。
激突も落下も外骨格で緩和される。ならばこれは最初の衝撃が原因だ。

「義久てめえっ!」

双子を背にするように庇いながらその男に憤りの声と視線を向ける。
誰が何をしたのか。その張本人たる男を除けば理解できたのはリョウだけ。
その怒りに燃える目には男以外の不可視の存在も同時に映りこんでいる。

──鬼面

そう評するしかないナニカがそこに“いる”。
赤く巨大で上部に二本のツノを伸ばした恐ろしい形相の仮面。
大人ほどの高さのあるそれにはどういうわけか手足が生えている。
鎧武者を思わせる甲冑で構成された腕と脚は、されど中身のない空洞。
だがその脚で鬼面“たち”は音もなく走り、その腕で殴りかかってきた。
そう、千羽姉弟を殴り飛ばしたのはこの鬼面たちだったのだ。

「普通の人間に式鬼を使いやがって!!
 掟だ伝統だと口煩いお前達がそんな初歩の教えをなぜ破った!?」

それは彼らの流派で『式鬼』と呼ばれる霊力で鬼を模して作り出した式。
術者の手足となって“魔”と戦う術であり本来人に向けるモノではない。
そもそも霊力とは“只人に向けてはならない”という不文律がある。
緊急時における正当防衛ならばやむなしとされることもあるが、
霊力には霊力でしか抗う術がない以上その使用は慎重であるべき。
それが他の者にはない強い霊力を持った彼ら一族の基本のルール。
まともな修行を受けていないリョウですらそれだけは教わったほど。
それもあり彼は今までその力を制御はしても使用した事はなかった。
だが。

「はんっ、あんなもんただの名目上の話さ。
 第一どうせここがお前たちの墓場となるのだ。
 多少死に方が変わるだけの話よ、ぴーぴー喚くな鬱陶しい」

悪びれる様子もなくリョウの指摘を鼻で笑いながら相手にしない。

「っ、相変わらずどこまでも腐ってやがるな大津家は!」

薄笑いを浮かべる顔を憤りのまま今すぐ殴り飛ばしてやりたい。
そんな衝動にかられるも背後にいる双子を考えると動けなかった。
不幸中の幸いは正体不明の攻撃を前にもう一方の注意がそれた事か。

「………おい、オオツとかいったか。いま何をした?」

「ふん、お得意の進んだ科学とやらで頑張って調べてみな。
 そんな程度のもので理解できる我らが秘術ではないがな」

動揺が声に出た襲撃者の問いかけに得意げな顔で挑発する義久。
歯噛みする音さえ聞こえてきそうだったが空の襲撃者は動けない。
目視も感知もできない攻撃の脅威は考えるまでもないのだから。

「まあ一応は味方なんだ。仲良く見ていようぜ
 俺がガキどもを一掃する所をな………あ、見えてなかったな」

これは悪かったと形だけ謝って、くくく、と笑う義久に襲撃者は黙る。
この時ばかりは彼とリョウは同じような感情を抱いていたことだろう。
だが襲撃者は巻き込まれる危険を考えて、下手に動けない。
そう考えたのが解っていたのだろう。義久は得意げだ。

「ふふ、やれ」
「っ、やらせるかよ!」

言葉と共に動き出した鬼面を見て身構える。
式鬼の数は全部で四体だった。一体は彼の隣で護衛のように今も立ち、
残った三体は彼ら三人それぞれに襲いかかってこの現状を生み出した。
一体が無防備だった陽子を、別の一体が無警戒に前に出た陽介を。
リョウを襲った一体のみ斬り伏せられたが残った二体は健在だった。
重厚そうな手足のイメージと違って身軽なそれは軽快な動きで迫る。
飛び跳ね、入れ替わり、転がり、縦横無尽なそれは次が予測できない。
見えているのに─見えているからこそ─惑わされてしまう。

「ちょこまかと!」

苛立ちまじりに目前に飛び出してきた鬼面に大剣を振るう。
しかしそれは盛大に空を切り、式鬼は上体を反らして避けていた。
どこかその鬼面が笑っているように見えたのは目の錯覚か。

「なっ、ぐぅっ!?」

まるでバネ仕掛け。上体を戻す勢いでの鬼面の体当たり。
振り切っていた大剣は戻せず、咄嗟に霊力を放出できるほど慣れてもない。
直撃を受けてぐらつく肉体を、倒れまいと踏みとどめようとした時。
目前には二体目の式鬼が振り上げたスイカ大の拳が迫っていた。
もはやうめき声すらあげられずにリョウは殴り飛ばされ、
双子の上に叩きつけられた。

「単に放出するか武具に纏わせるのが限度のお前ではその程度だ。
 所詮はどこの馬の骨とも知らぬ下賤の種から生まれたガキ。
 いくら胎が優秀でも出来損ないになるというものさ」

「がっ、はっ……ち、ちくしょぉ……」

外骨格の防御を無視する衝撃はその恩恵に慣れていた彼らには重い。
せめて双子の上からはどこうともがくが痛みと痺れでいうことを聞かない。

「このっ、ぅ、え?」

「しっかりしろよ日本人トップランカー!」

「いつか私らが抜くまで勝手に倒れてんじゃないわよ!」

だがそれを押す声と力で彼の体はいきなり起き上がった。
その背と肩には双子の手が添えられ、リョウを支えている。
驚く彼を余所に苦しげながらも同じ顔が左右で不敵に笑う。

「感動的だな、麗しき友情って奴か────吹っ飛ばせくだらねぇ」

それを鼻で笑って式鬼に指示を飛ばす。
リョウが見えていても自力で動けなくては対応などできない。
一瞬で二体の鬼面が迫り、その巨大な腕で三人をまとめて掴みあげる。
そしてそのまま大きく前後に揺らされて、彼らは苦痛に呻いた。

「あ、ぐっ、また、なによこれ!?」
「外骨格の機能が全然働いて、うわっ!」
「受け身を取れ、また投げ飛ば、ぐぅっ!!」

まるで振り子かブランコか。
三人はその勢いに乗せられるように式鬼に放り投げられる。
空に放物線を描き、大地に叩きつけられ再びクレーターを作った。

「ん?」

しかし今回はすぐに立ち上がった姿に義久は訝しんだ。彼は知らない。
式鬼による直接的な攻撃ならいざ知らず単に落下しただけの衝撃など
外骨格の前では毛ほどのダメージにはなりはしないのだと。

「ふっ、大層な秘術だな。所詮は下等種族の浅知恵よ。
 中身は素人で外も型落ちの代物でもアレは我らが英知の結晶。
 あの程度の衝撃など何の意味もない……知らなかったのか?」

たいした援軍さまだ、と。
先程の意趣返しか嫌味を口にすれば今度は義久が苛立ちに舌打つ。

「外骨格には外骨格をぶつける。初歩の初歩だ。
 貴様は何もせず見ているがいい。尤も………見えるならな」

「来るぞ!」

似たフレーズを使って言葉を返すと男はまたも姿を消した。
それに身構えようとした三人だが彼らはまだ立てただけの状態。
新たな武装を取り出す前に現れては消える男の連撃が襲う。
陽介を横合いから大槌で叩き伏せ、消える。
弟に気を取られた陽子を頭上から狙撃し、消える。
僅か数秒の出来事に身構えたリョウの背後で刃が走る。

「ぐっ!」
「あがっ、くそっ!」

だが聞こえてきた痛みに耐えるような苦悶の声は二つ。
少年は鋭い一閃を背に受けてうつ伏せに倒れこんでいる。
しかし襲った側の男もまたその左手を押さえて苦痛の声をもらす。

「うっ……やっぱ見えてねえとうまく当たらないか」

苦痛に顔を歪めながらリョウは手にした長槍を支えに立ち上がる。

「小僧きさま!」

「へっ、てめえみたいな卑怯者は背後を狙うのがお約束だからな」

最後に自分が残った時、咄嗟にそこから襲われると彼は山を張った。
そして取り出しが間に合った槍をただ我武者羅に背後に向けたのだ。
目測どころか相手がいるかどうかさえ分からずに放ったその攻撃は
男の腕をかすめるに終わったがそれでもリョウの筋力はAAAランク。
例え外骨格に差があろうとその一撃の威力は馬鹿にできない。

「肉を切らせてなんとやらだが……それでそれとは泣けてくる」

「こっ、この劣等種が! よくも俺の外骨格を!!」

情けないと残念がる彼だがその目の前で左の手甲が砕け散る。
動きを読まれ、明確なダメージを負わされた男からは怒気が上った。
だが直後に背中に衝撃を受け、たたらを踏みながら振り返るとそこには
倒れたままの双子がそれぞれ大口径ライフルの銃口を向けていた。

「俺らを忘れないで欲しいね、おかげで助かったけど」
「いいかげんあんたの動きも見慣れたのよこっちは」

撃たれたのだと男が察した瞬間、双子は再び引き金をひいた。
舌打ちしながら姿を消して避けると既に元の位置に現れていた。
痛むのか左手を隠すように抱きながら。

「凝り性だな、役者にでも転向したらどうだ?」

「っ、貴様っ!!」

「ふん、我ら一族は目が最も優れているのだ。
 お前らの手品の正体など初めから見えてるんだよ、粗忽者め」

鼻で笑われた男は義久をバイザー越しに鋭く睨み付ける。
その視線を感じ取ってか笑いながら彼も男を見上げながら睨む。
続く嫌味と皮肉の応酬を始めた彼らは互いが互いを罵倒し睨みあう。
謎の高速移動を何とか凌ぎ切った三人はそれを遠目に眺めていた。

「はぁはぁはぁ……なあ試験補佐官、ちょっといいか?」

「なんだ、いい作戦でも思いついたか?
 それともついに逃げだしたくなったか?」

荒い息を整えながら隣り立つ友人の問いかけに軽口を返すリョウ。
そんなことでも口にしなければやってられなかった心情からだが、
陽介の抑揚のない声での返しに彼はそれを少し後悔した。

「──────これ試験じゃないだろ、いったいなんだ?」

「え?」

「なっ、お前!?」

完全な不意打ちでの指摘にリョウは完全に動揺を見せてしまう。
もはやそれだけで彼の問いかけに対する明確な答えである。

「よ、陽介それどういうことよ!?」

「姉ちゃんも見てるでしょ。あれ、演技に見える?
 演技だったとして俺達無視していがみ合うのってなんか意味あるの?」

───これがもし本当に試験であるのなら。
そういわれてハッとする陽子を尻目に彼は首を振った。

「いくらなんでもおかしいとは思ってたんだ。
 他クラスの補佐官がいるのにお前もあっちも気にしないし、
 特別科相手ならともかく普通科の俺達にこれは苛烈過ぎる!」

「し、試験じゃなかったらなんなのよ! ドゥネージュ先生は試験だって」

「そういうことにしてパニックを避けた。そうなんだろシングウジ?」

「…………あっちの連中にはいうなよ」

もはやそこまで疑念を抱かれては隠す必要も意味もない。
リョウは苦々しい顔をしながらの陽介の指摘を遠回しに認めた。

「っ、じゃあこれって本当に……テロ?」

まさかという声にリョウは黙って頷く。彼女は息を呑んで固まる。
挑戦的で勝気だった表情もどこか強張って、その動揺が外に出ていた。
一方で弟はそうかと頷いて落ち着いてるため双子ながら対照的だ。
そして静かに彼は隣りに立つ姉に言葉を向ける。

「姉ちゃん、今の内にクラスの所へ行ってみんなを連れて撤退を。
 苦戦や敗北を味わうのもいい経験と思ってたけど、これはダメだ」

「え?」

本物のテロリスト相手に実戦で勝てるとは彼は全く考えられなかった。
実際に2-Bは追い込まれている。このままでは全員ケガでは済まない。
良くて捕縛されて人質、最悪そのままここで物言わぬ屍にされる。
どちらも避けたい以上いま優先すべきはクラスメイトの救出及び撤退。
それができるのは現在最も自由がきいて突破力もある陽子。
彼はそう判断した。

「全員で撤退すれば追撃を受けて結局やられる。足止めが必要だ。
 特に俺らが見えない攻撃が見えるシングウジは残ってもらわないと。
 でも一人だけじゃいくらなんでもムリだ。どっちかが残らないと」

「なら、私が!」

「シングウジと姉ちゃんは得意ポジションや戦い方が似通ってる。
 サポートするなら俺の方が適任だよ。よく知ってるでしょ」

「あ、それ、は……」

前衛・後衛で分けるならリョウと陽子は前衛型で陽介は後衛型。
リョウを残す必要がある以上サポート役は彼にした方がバランスがいい。
その恩恵を入学時から常に受けていた彼女はその妥当性に押し黙る。
しかしその顔は納得しておらず、だが弟はもうひと押しだと続けた。

「いま優先すべきは一番危険なみんなを逃がすことだ。
 それに風紀委員の姉ちゃんなら俺達より人を動かせる。
 あんまり長く足止めできないと思うから援軍呼んできて」

頼んだよ、姉ちゃん。
ちょっとした頼み事のように弟からいわれて彼女はため息を吐く。
滅多に我が儘を言わない弟の“お願い”にこの姉は実は弱かった。

「…………わかった。無茶するんじゃないわよ。
 シングウジ、勝手に話進めてごめん。あんたもそれでいい?」

「構わねえさ。
 むしろお前が援軍連れてくる前に終わらせてやるよ」

いつもの強気な言葉に一瞬微笑んだ彼女はすぐに表情を引き締めると
睨みあう敵達に注意しながら地表を滑空するように駆けていった。

「………おいこら、このシスコン。
 もっともらしいこと言ってたが姉を逃がしたかっただけじゃねえのか?」

「それ“も”ある………この状況は姉ちゃんにはまだ早い」

リョウは動揺させられた意趣返しだと軽口を叩くが彼の顔は真剣。
走り去る彼女の背を心配そうに見詰めている姿には不安も混じっている。
生まれた時から一緒だった姉の性質を弟は正確に把握しているのだ。
だからこそこの場にとどめておくことの危うさに勘付いていた。
しかしそのために自身に振ったこの役割もまた荷が重い。

「けど俺にも兄ちゃんの真似事はまだ早いよなぁ。
 家族を背にして立つのがここまで重たいとは思わなかった」

絶対に失いたくない家族を背に庇って戦うその重圧に震える。
後ろにいた自分が前に出るのはまだ時期尚早だと感じていた。
今さら変更する気も逃げる気も微塵もありはしないが。

「あ?」

「なんでもないよ。さて、悪いけど付き合ってくれ。
 姉ちゃんたちが逃げ切れるまでの時間稼ぎにさ」

そういうと彼は長い砲身を持つ砲撃武装をその手に出現させた。
身長以上の全長がある口径180mmの無反動キャノン砲を楽々と構える。
同時に周囲に実体盾の自立浮遊兵器(シールド・ビット)を浮かべて防御を厳重に固めた。

「とりあえず前衛はお願いするよシングウジ」

「……お前、そんなのあるならもっと早くに使えよ」

その完全に自分は動きませんよと訴える武装展開に渋面となる。
適任なのは認めるがにっこりした顔で当然のようにいわれると釈然としない。
だが状況はそれをどうやら待ってはくれなかったらしい。

「だって全周囲防御しちゃうとかえって攻撃が読み難いじゃない。
 ほら、ちゃんと前向いて、姉ちゃん移動したの気付いてこっち睨んでるよ!」

「ちっ、勝手に決めておいて人使いが荒い! どこの試験官だお前は!
 ったく、見えない攻撃はなんとかする。他は断言できないぞ!」

「OK、それでいこう! じゃあでかいの一発行くよ!」

リョウの言葉に頷きを返して照準を空に座す襲撃者に向ける。
そして再びの戦闘開始を告げるように彼の砲身が火を噴いた────






────背中で頻発する爆音を無視しながら彼女は大地を駆ける。
それはもう走るではなく前に跳ぶという表現が近い動きだった。
ウイングの破壊で高速飛行はできずとも外骨格の身体強化と
反重力システムは健在。それだけの動きを可能とするには充分で
そのスピードは空を高速で舞うのと遜色のない速さであった。

「どきなさいあんたたち!!」

「っ、なに!?」

それを維持したままクラスメイトを襲う部隊を背後から急襲する。
手にするは身の丈以上の大型実体剣。それを彼らへと大雑把に振り下ろす。
大質量の落下による衝撃と音に乱れた陣形をかき乱しながら突破する。
即座に大剣は捨てて、両手にそれぞれ片手剣を取り出し内側から崩す。

「第一班、撃ち方始め!」
「は、はい!」

クラスメイトたちは彼女の突然の登場に僅かに呆然としていたが、
指示を受け即座に敵部隊に混乱を助長させるように光弾の雨を降らす。
いくらかの苦悶と困惑の声が響くがそれでも半分は対応を始めていた。
陽子は内心さすがと思いながらも次の指示を飛ばす。

「一班そのまま、二班火力を集中させて動きを止めて!」

ばらまかれる光弾の中、乱れた陣形を整えようとする者たちへ
二班からの各個撃破を狙っての集中された射撃が注がれていく。
それを契機に2-B本隊に合流するとその大人に詰め寄った。

「三班、陣形を組みなおして! 四班負傷した子を連れて下がって!
 先生っ、このままだと一方的に負けます、一時撤退を!」

「っ、しかしセンバくん!」

いきなりの合流と撤退の指示に担当試験官たる教師はもしやと気付いた。
こちらを見る視線がいつもの授業で見ていた目と緊張感の度合いが違う。
だからこそその提案にすぐに頷けなかったが陽子はそれを押し込む。

「殿はしますが私も続きます。今はみんなを先に逃がしてください!
 私には撤退指揮の経験はシミュレーションでもまだありません!」

ならば一定の経験と知識を持つ試験官がそれを行うのが適切であった。
そして彼女からすれば残った敵部隊を弟の所へ行かせない目的もある。
続くとは口にしたが彼女はここでテロリストの相手をする気であった。
救援要請は彼らに任せ、皆の安全を確保するために自分が残るべきだと。
それが弟の気遣いを台無しにする判断だとは露知らず。

「わかった! 必ず続くんだぞ!」

試験官はそれだけ告げて、陣形を立て直した2-Bと共に戦域から離脱する。
追撃を避けるために後方への牽制射撃は続けるが止めきれるものではない。

「行かせないわよ! こんな武器だってあるんだから!」

暴徒鎮圧用のジェル弾を装備したバズーカを取り出し乱雑に連射する。
粘着質が高く、空気に触れるとすぐに固まるそれは2-Bの追撃に
向かおうとした兵士たちの体を様々な形で大地に接着させた。

「ええいっ、俺たちを一人で止める気か小娘!」

「うっさいわね! 止めなきゃいけないから止めるのよ!
 まさかその小娘一人ろくに倒せないくせにテロなんてしてるわけ!?」

挑発めいた発言と共に弾切れとなった武装を投げつけて注意を引く。
そして代わりに両手に再度取り出した片手剣を構えて、鋭く睨みつける。
一人で20名にも及ぶ元・軍人の部隊を本気で止めきれるとは思ってない。
だが今は最低でも2-Bが安全圏まで逃げ切れる時間を稼げればいい。
陽子はそれだけを考えて、その剣を彼らに突きつけていた。

「……いいだろう。その挑発乗ってやる!」

この部隊の指揮官か。中心的位置にいた男が意気揚々と応じた。
ヘッドギアと両目を覆うバイザーで表情は見えないが口元が笑っている。
舐められている。侮られている。屈辱を覚えるが憤る余裕が彼女にない。
彼は両手にハンドガンを構えて援護射撃を行う中、三つの影を突撃させた。
前面のバリア出力を上げて光弾を任せると襲い来る刃を受け止める。

「うぐっ、な、なんの!」

手甲から延びる三つのフォトンの刃はしかし彼女一人を押し切れない。
例え軍用でも例え型落ちでも簡易か否かにはそれだけの出力差がある。
装着者の筋力がAA+もあれば尚更だった。

「はあぁっ!!」

ゆえに単純な力押しでの斬り返しで三人は一旦距離を取らされる。
さすがに真正面から全員での突撃は愚直だと判断したのか。
指揮官らしき男の不気味な笑みは変わらないまま三つの影は別れ、
それぞれが別の方角から、それぞれの形による斬撃を向けた。

「こんな程度で!」

しかし、そんなものがどうしたと彼女は息巻く。
さんざん授業でやったと両手の片手剣を振り回して、受け止め、弾く。
それでも止まらない連撃は確かに同級生たちとは比べ物にならない練度。
だが、逆をいえば完成されすぎていて次の動きがあまりにも読みやすい。
外骨格のAIは動きを予測し、それに対して適切な対応を装着者に促す。
しかし、読みやすい動きに対処する動きとは───

「え、なに!?」

───相手にとっても読みやすい動きではないか。
彼らの連携パターンが急激に変わる。適切だった動きはハズレになった。
手にした剣での防御も攻撃もタイミングがずれてしまい空振りする。
予想してない一閃が左肩に入り、命中するはずだった一閃が外れた。
その驚きを突かれて装甲に覆われた脚が彼女の前で振り上げられる。

「ぐっ!?」

攻撃後の隙をついた複数の“蹴”撃は彼女を宙に浮かせた。
筋力というプラスアルファが介入できなかった彼女の外骨格は
三機の簡易が合わさった一撃を受け止めることができなかったのだ。
そして三人の攻撃はそれで終わってもいなかった。

「っ、がっ!?」

蹴り上げられ、舞った彼女に追い付き、拳と膝を上から叩きつけた。
三機が伸し掛かるように入ったそれらの衝撃が胸を突き抜け、息が詰まる。
次いで背中から大地に叩きつけられ、本当にその重量が圧しかかった。
小さな苦悶の声と共にその両手が力無く大地に横たわって動かない。

「ふん、口ほどにもない。
 所詮は俺たちの技術で遊んでいるだけのガキよ」

「外骨格はおもちゃじゃねえんだ。ふざけやがって」

その様子を指揮官らしき男とその周囲は鼻で笑うか憤慨を見せる。
それで興味をなくしたのか仕留めた三人を含めた他の兵士たちに
追いかけろと短く命じたがその一人が突如つんのめるように倒れた。

「なに?」

「がはっ、ごほっ、このっ! 行かせないっていったでしょ!」

先程のダメージゆえか。
激しくむせながらも必死に手を伸ばした少女が足を掴んでいたのだ。
そしてそのまま自身の筋力ランクの見せどころだと乱暴に振り回す。
上体を起こしながらのそれは追撃に向かおうとした集団を弾き飛ばし、
最後に掴んだ相手そのものを指揮官の男たちに放り投げる。

「くっ、おとなしく寝ていればいいものを!」

それを飛び退いて躱しながらも忌々しいとその声が告げる。
バイザー越しでも強い敵意と怒りの視線が向けられるが
彼女はそれを気にしてられるほどの余裕はもとよりない。

「はぁはぁ、はぁっ……これが、元とはいえ本物の軍人の戦技」

荒い息をもらしながらも自らの両足で立って相手を見据える。
手も足もでない、とまでは心情的にも思いたくはないが違いは自覚する。
経験値も練度も連携も対外骨格の戦術も自分たちはまだ遠く及ばない。

「最悪……勝ち目どころか負ける目しか見えてこないわ」

普通科トップ。風紀委員としての実績。それらのことから
過信がなかったといえば嘘になる。防戦に回れば時間を稼ぐぐらいはできる。
そういう甘い考えは今のたった数秒の攻防で完全に打ち砕かれてしまった。
口から苦笑がもれる。今さらながら手足に震えがきて挫けてしまいそう。
心の中で“逃げよう”と囁いてくる弱くて浅ましい自分もいた。
それでも立ってしまったのは、刃を構えているのはなぜか。
背後にいるクラスメイトのためか。風紀委員という立場ゆえか。
不当な暴力への正義感からか。弟という(じぶん)が守るべき存在か。

「ははっ、馬っ鹿みたい」

どれも正解のようで根本的に外れていると脳裏に蘇った光景に自嘲する。

「散々否定して罵った相手と同じことしてるなんて」

それは嫌悪か敬愛か。不快か不安か。
ない交ぜになった感情の中で少女はいつかの日を思い出す。
勝てるかどうかどころか話も通じない相手に一歩も引かずに
平然とした顔で自ら突っ込んでいって後ろにいた誰かを守った誰か。
今考えても無茶で無謀で一歩間違えばケガだけでは済まなかった行動。
だが、決して。そう、決して無駄でも無意味でもなかったその行動。
その誰かが稼いだ時間は助けの手が集まってくるには充分だったのだ。
いま自分がここで稼ぐ僅かな時間に意味があるように。

「来なさいよテロリスト。
 例え勝てなくても嫌がらせの一つや二つしてやるわよ!」

ならば今の自分に同じことができない道理があろうか。
自らを奮い立たせるように叫びながら最後のブレードを突きつける。
これまでの戦闘で多くの武装は破損あるいは手元から離れてしまった。
回収する余裕もなくフォスタに残ったのは特徴のない無骨な剣一本。
あるだけマシと構えたが無ければ無いで彼女は体一つでも邪魔する気概だ。

「黙って寝ていればいいものを。
 無駄だということがわからんのか下等種族め!」

「現実を知らないガキが粋がっているだけさ。
 例の策でいこう。平和ボケした地球人どもにはいい薬だ」

それを子供の粋がりでしかないと片づけて、口許を歪める。
顎で指し示すような動きで一人の兵士に命じれば一直線に少女を襲う。
真正面から迫る相手をしっかりと見据えてソードの一撃を受け止める。
いくらダメージを負っているといえど一対一では装着物の出力差がある。
だから、なぜ、と思ったその隙をつくように別の影が横を通り抜けた。

「っ、待ちなさい!」

まだ追撃を諦めていなかったのか。いくつもの人影が自分を通り過ぎる。
慌てた彼女は自分の足止め役らしい相手を蹴飛ばし、彼らを追いかけた。
型落ちでもこちらは真正の外骨格。加速力においても簡易には負けない。
トップを走る誰かを背後からの体当たりで転がして振り返るが、
続いて迫っていた二つの人影にそれぞれ腕を取られる。

「こっ、のぉっ!」

行かせるわけにはいかない。ここで足止めされるわけにはいかない。
クラスメイトは既に離れているが安全圏といえる程の距離ではない。
実戦の事実に震える体に知ったことかと鞭を打って、腕を掴む相手を
力技で引き寄せるように目の前で叩きつける。

「がっ!?」
「ぐあっ!?」

苦悶の声と共に目元を覆っていたバイザーが破損して生身の顔が見える。
一瞬その痛みを訴えるような、そして敵意の混ざった視線に狼狽えるが
それだけに気を取られている暇が陽子には存在していなかった。

「しつこい!」

飛び掛かろうとする四つの影を前に叫びながら、まずいと頭で判断する。
四人で押さえ込まれてはさすがにこの外骨格では満足に抵抗できない。
そうなっては待つのは残りの兵士たちによるクラスメイトへの追撃。
今なら彼らの速度によっては追い付けてしまう目算はまだ高かった。
そして2-Bでは抵抗できないのは先程までの攻防で証明されている。
ましてや相手はテロリスト。仮に投降した所で最低限の安全も保障されない。
そこでクラスメイト達がどんな扱いを受けるか彼女は想像さえしたくない。
止める。絶対にここで止めなくては、という使命感が腕に力を込める。
既に腕に絡みついていた二人は地に落ちている。ならば、打ち払うのみ。
握る最後のブレードで彼ら全員をまとめて払うようにほぼ真横に一閃する。

「え?」

しかしその直後に味わった妙な感覚に戸惑う。
あまりにも手に返ってくる感覚が軽く─重く─陽子は事態が呑み込めない。
果たしてこの違和感は何なのか。簡易とはいえ外骨格に触れた感覚がない。
それでいて、既に知る輝獣に切りつけた時と同じ感覚に背筋が寒気を覚える。
そしてどこか呆然とした顔で、視覚による情報を拒絶していた彼女に
生暖かいナニカが大量に降り注いだ。

「あ」

ひどく間の抜けた声をもらしながら呆けたように自らを見下ろす。
心臓が跳ね上がり、脳が事実を認識し、されど心がそれを否定する。

「なに、これ?」

一色に染まる視界のなか逆に彼女は色を失ったようにぽつりと呟く。
だがそうやって自分自身を誤魔化せていたのはそれまでだった。
あらゆる“アカ”の中で最も強烈で不穏と不安を与える“アカ”。
知ってる。彼女とてそれに触れたことなど一度や二度ではない。
その特徴的な“アカ”も身の毛もよだつ生暖かさも彼女は知っている。
ついひと月前に親友がその中に沈んだばかりだったのだから。

「う、そ……これ、血……」

ようやくそれを鮮血と認識したが、ならばそれは誰の血なのか。
自分のではない。体から痛みらしい痛みなどどこからも感じない。
──それ以前に手足の感覚が遠のいているのは錯覚か。

「ぁ、あ、ああ……」

自分ではないのなら、それは他の誰かだ。
そしてさっき自分は剣を人に向けて振り抜いたのではなかったか。
ならばそれは、目の前のこの結果をもたらしたのは誰なのか。
その“かつて人体であった”ものを生み出したのは誰なのか。
考えるな。理解するな。認めるな。頭で響く悲鳴()は届かない。

「やだっなんでっ」

からんと空しい音を立てて最後の剣が戦意と共に大地に落ちる。
誰一人とて(・・・・・)動く者は彼女の前にはおらず残骸があるだけ。
胴が別れたモノがある。腕と別れたモノがある。頭が別れたモノがある。
そして彼女の落とした剣がぶつかって何か丸い物体が転がった。
そこには彼女を恨めしそうに見ている人の目があった。

「イ、イヤアアァァッッ!!!」





「姉ちゃんっ!?」

響く絹を裂いたような悲鳴に弟は咄嗟にそちらに視線を向けた。
スキルの類が使えない状況では通常の望遠機能しかなく詳細が解らない。
だから彼が見えたのは赤く染まった体を自らかき抱いている姉の姿だけ。
鮮血に染まるほどの重傷を負ったのかと彼が勘違いしても当然だろう。

「馬鹿っ、よそ見をするな!」

完全に意識が姉に向かったヨウスケは無防備としかいいようがない。
状況もリョウのことも二人の敵のことも頭から消え去っていた。

「まったくだな、素人め」
「がっ!?」

その背に襲う衝撃に彼は倒れ伏してしまう。
咄嗟に受け身を取ることさえできずにいいように男に踏まれた。
苦悶の声をあげ、ビットを操作する事も武装を取り出す事もできない。
否、それどころかそこに至っても彼の意識はそこにはなかった。

「姉ちゃん! ねえ、聞こえてる!? 返事して姉ちゃん!!」

必死に声を張り上げて彼女に聞こえるように呼びかけるが反応がない。
あれはまずい、と余計に焦れたように陽介は姉を呼び続けた。
だがそれは自らを踏みつける存在をおおいに無視する行為。

「余裕じゃねえかガキが、ふんっ!」

侮辱されていると感じた男は踏みつける足により力を込めた。
倒れ伏した陽介の体がさらに大地に沈み込んで埋まる。

「ぐあぁっ!?!?
 かはっ、ああっ、ねえ、ちゃん……待ってて、姉ちゃ、いまいく、ぐぅっ」

「てめっ! 舐めた真似をっ、調子のってんじゃねえぞ!」

「それはてめえだ! 汚い足をどけろ!」

当たろうが当たるまいが知ったことかと大剣を振りかぶる。
避けるにしろ消えるにしろそれで陽介を自由にできる。
そう思っての動作はしかしなぜか止まった。

「なっ、このっ、離せ義久っ!!」

陽介に気を取られて注意が散漫になったのはリョウもだった。
接近してきていた式鬼たちに外骨格や大剣を掴まれて動けない。

「はっ、所詮は甘っちょろいガキってことさ───潰せ」

「なにをっ、あっ、がああああああぁぁっっっ!?!?」

複数の鬼面から延びる巨大な腕が彼を握りしめ、押し潰していく。
その霊力を伴う剛力の前に外骨格は何の力もない布切れ同然だった。
自前の霊力での防御が間に合わない。激痛で意識が飛びそうになる。
ただ痛みを訴える悲痛な声を上げる事だけが彼の出来る事だった。

「ねえっ、ちゃん!」

「ちっ、そんなに姉が大事か。ならその姉が潰れる瞬間を見な」

それでも一心不乱に姉を呼ぶ彼に焦れた男はその眼前にモニターを開いた。
そしてその全てを映した光景に状況を正確に認識した彼は愕然とする。

「どうだい、愛しの姉が人殺しになった気分は?」




その事実を受け止められず悲鳴をあげた少女に口許を歪ませながら彼らは
いっそスキップでもしそうなほど軽やかな足取りで近づいて顔を覗き込む。

「いやあぁっ、だってさ。可愛らしい悲鳴あげちゃって。
 そんなにショックだったのかなぁ、温室育ちのお嬢ちゃんには」

「ひっ」

嫌味と皮肉まじりの視線と声が近づいただけで彼女は縮こまる。
その反応をせせら笑いながら怯えきった赤に染まる体を押した。

「ふんっ、こんなことでびびってる奴が俺達の誇りをまとうな!」

怒気のこもったそれは、されどたいした力は入っていない。
それでも戦意が折れた彼女は簡単に尻餅をつくように倒れこむ。

「知らなかったのかい、戦場は殺し殺される場所だ。
 そんな絶対的な戦場の掟も知らないで俺達に刃向うとはね」

「たった四人殺した程度でびくびく震えやがって。
 殺す覚悟のひとつも持たずに戦場に出てくるなカスが!
 お遊び気分で戦いやがって!」

「きゃっ、がっ……」

憐み侮蔑する視線と激昂する声と共に蹴り飛ばされ転がされる。
しかし防御も反撃もできず、ただただ陽子は体を震わせていた。

「お笑い種だ。何が嫌がらせの一つでもしてやるだ。
 下等種族は隅っこで震えて我らに従っていればいいのさ!」

「あっ、がっ!」

その体をさらに蹴ると投げ出されたような長髪を掴んで持ち上げる。
そこにはつい少し前まであった気概は欠片も残っていない。
怯えた眼で自らを掴む男を見詰め、抵抗さえできていない。
無様だなと鼻で笑った男は続けた。

「よく聞け、腰抜け女。
 有史以来ガレストは常に戦場と共にあり続けてきた。
 そして偉大なる過去の英傑達は皆が生き残るためその屍を積み上げてきた」

「お前らみたいな覚悟も信念も何もない平和ボケしたガキが
 交流だのなんだので浮かれ気分で入ってきていい場所じゃねえんだよ!」

わかったか、と思いっきり大地にその顔を叩きつけてもう一度蹴飛ばした。
悲鳴さえもれてこない様子ににんまりと笑った男たちはすぐに次を目指した。

「おい、逃げた連中にも本当の戦場ってやつを教えにいくぞ。
 二、三人始末すればきっと泣き喚いてごめんなさいって謝るさ」

「ははっ、違いない。地球人なんぞ俺たちの奴隷でもしてればいいのだ」

それはいいなと嘲笑する彼らは急ぐこともせずに足を進めた。が。

「あ?」

上げようとした足に妙な重さを感じて見下ろせば怯える重石があった。

「ひっ! あっ、いやっ、だめ!」

見下ろす視線に怯えて変わらず全身を震わせながらも
その手が、その体が、それでも腕を伸ばして男の足を掴んでいる。

「おいなんだそりゃ、話きいてたのかよてめえ?
 お前らは俺達のいうことやることにただ従ってればいいんだよ!」

罵倒する。腕が振るう。足蹴にする。
相手は戦場に出るに値しないただの子供。
それで終わる取るに足らない存在、だと男は思っていた。

「やだっ、やだやだ、やだぁっ!」

だがまるで駄々っ子のような叫びをあげながら。
その瞳から大粒の涙さえ流しながら、それでも彼女は足を離さない。
体は怯えている。頭は混乱している。心は折れている。それでも。

「う、ううぅっっ!!」

泣きながら歯を食いしばる。
ここで何もしなかったらもっと大事なものが壊れて崩れ落ちる。
あの日から網膜に焼きついたように消えない背中がそう教えてくる。
あれを見て覚えた恐怖と決めた願いが何もかもを超えて腕に力を込めた。

「このっ、いいかげんにしろ!」

「知らない知らない知らない!
 守るんだ! 今度は、私が守らないと!
 もう二度とあんなことさせないんだ! じゃなきゃだめなの!」

でなければ、いったい誰が守ってくれるというのか。
あの何かを致命的に間違えている愚かで馬鹿で痛々しい男を。

「訳の分からないことを。狂いでもしたか、哀れな」

「面倒だ、さっさと腕の一本や二本切り落としてしまえ」

「そうだな。感謝しろよクソガキ。
 ガレストの医療設備があればそんなのすぐにくっつく」

下卑た笑い声と共に握られる刃。離れた地から悲鳴と怒号が飛ぶ。
少女は恐怖したまま震えているが、その腕から決して力を抜かない。
剣が躊躇いなく振り下ろされる。悲痛な声が必死でやめろと叫ぶ。
だが声にそれを止める力はない。刃はきっと少女から腕を奪うだろう。





『随分とふざけたことをいってくれる』



────三日月が笑い、黒が奔る────




その前に男の腕があらぬ方向に曲がらなければ、だが。
気付けば、ぶらりとその腕は肘から先が垂れ落ちていた。

「あぎゃあっ、ぐがっっ!?!?」

一拍遅れてその事実を視認し、なぜ、どうして、誰が、痛い、嘘だ。
様々な感情が爆発しかけた口に宙に浮いた剣の柄頭が叩きつけられた。

『うるさい、黙れ。肘を砕かれた程度で喚くな』

否、剣は浮いていたのではない。
男の手から奪われ、少女を抱く“人型の黒い靄”が手にしていたのだ。
結果無残に前歯を折られ、口を血に染めた男はたたらを踏んでよろける。
いつのまにか彼女を男から離させていた“黒靄”は両者の間にいた。

「あっ、がっ……歯ぎゃっ、おひぇの、歯っ……ひゃんだへめえわっ!」

まるで、などとつける必要もなく庇うように立つ姿に、
歯が抜け落ち、情けない声を発しながらも怒鳴りつけた男は
即座にそれを後悔するほどのあからさまに見下す視線が注がれた。

『私は黙れといった』
「っっ!?!?!?!」

唯一はっきり視認できる白い仮面から覗く瞳はどこまでも冷たい。
視線を感じているだけで背筋が凍り続けて勝手に四肢が震えていく。
傍から見れば睨まれているだけでのことで男は言葉を失った。

『ふん』

無様をさらして興味を無くしてかその瞳は周囲の状況を見回す。
戦場は突然の、それも不気味過ぎる乱入者に一時の静寂に包まれている。

『耳は向けていたが、好き勝手してくれるものだな似非軍人どもめ。
 それでもかつてはガレストの民を命懸けで守っていた戦士かっ───』

憤る声と共に足元に転がっていた誰かの頭部を躊躇なく踏み潰した。
飛び散る欠片を気にせず、その深く、黒く、昏い眼光が彼らを威圧する。
そして、断罪するかのようにその言葉で切って捨てた。

『────恥を知れっ!!(・・・・・・・)

場を支配する一喝はまるで重量を持つかのように伸し掛かる。誰が知ろう。
それは誰かの言った10分のカウントがゼロになった瞬間だった。
+注意+
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