挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第二章「テストを利用するモノ」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

93/183

04-30 邪を祓う邪

世に光が満ち、文明の利器が闇を照らしていって幾年も経つ現代。
昼夜を問わずあるいは夜にこそ働く者がいようとも、それでも。
やはり夜はどこにでも訪れ、そして大半の者は眠りにつく時間だ。

何の変哲もないこの家の寝床でも三人の家族が川の字で就寝中。
母親と父親に挟まれた幼い少女が眠るありきたりでどこか幸福な光景。
だが、その母の体を揺らす小さな影が一つ。目を覚ました幼い娘だ。

「お、おきて、かあさま」

「んんぅ、ふあぁ……どうしたの?」

どこかまだ寝ぼけ眼で、それでも娘の姿を確認した母は欠伸混じりに問う。
それに娘は少し困ったような顔をしながらも、はっきりとこう尋ねた。

「かあさま、トイレ、いきたくない?」

少しの間をおいて何を言われたのか理解した母は思わず吹き出してしまう。
一緒に眠気も吹き飛んだ彼女は「そうね、一緒に行ってくれる?」と返した。
そして娘の手を引いてトイレまで行くと形ばかり先に入ってすぐに出ると
入れ替わるように少女は急いでトイレの中に消えた。

「かあさまはオトナなんだからコドモをおいていったらいけないのよ!」

扉の向こうからおしゃまなことをいう娘に了承の返事をして喉の奥で笑う。

「まったく、暗いのが怖いならそういえばいいのに」

「こわくないもん!
 かあさまはこわいかなっておもっただけだもん!」

母は聞こえぬように呟いたつもりだったが娘には聞こえていたようだ。
中から響く気分を害したような不機嫌声に、されど母の笑みは深まるだけ。

「ふふ、でも残念。母さんは暗いのは怖くないわ」

用を足してトイレの扉をゆっくりと開けてきた娘にそう告げると
彼女は案の定恨めしい顔で口をへの字に曲げながらぶつぶつとこぼす。

「だってかあさまオトナだし、あたしよりジュツもじょうずだし……」

それなら怖くないに決まってると拗ねたようにいう娘に
苦笑を浮かべた母は幼子を抱え上げると、見て、と室内を指差した。

「っ」

電灯はすべて消され、夜の闇に閉ざされた空間がそこにあった。
いつも過ごしている見慣れたはずの家の中がまるで違う顔を見せる。
昼間明るく照らされている光景が今や先が見えない夜闇で満たされていた。
そこにナニカあるようで、いるようで、少女は知らず母にしがみつく。

「闇が怖いのはその奥に何かいるかもしれないと思うからよ。
 でも、あなたに見えないモノなんて何もないの。
 あなたが見えないならそこには何も無いわ」

「……ホント?」

「うん、でも暗いのが怖いのは当たり前。恥ずかしいことじゃない。
 けどお母さんはあなたにはせめて“夜”は好きになってほしいわ」

どうして、と首をかしげる娘に母は自分の想いや考えを
どう伝えれば分かってもらえるかと頭を捻りながら言葉を選んだ。

「だってずっとお日様が出てたら明るすぎてみんなお休みできないし、
 いつ明日になったかも分からないし……ああうん、えっとそれに、ほら」

「あ、わあぁっ!」

何かうまいことを言おうとしたがまとまらず苦し紛れに窓から空を見せる。
そこには夜空を彩る星々の目を引くような輝きがあって娘は声をあげた。
都会の夜ならこうはいかないがこの家族が住む土地はそうではなかった。

「……あのキレイなお星さまはね、じつはお昼も空にあるのよ。
 でもお日様がみんなにガンバレーって強く照らしてるから見つからないの」

「おひさまがオヤスミしてるからみえるの?」

「ええ、そうよ。母さんのお仕事もそうなの。みんなが見てない所で、
 暗くないと見えないからこそ、やらなきゃいけない事があるから。
 な、なーんて……」

そう娘にいいながらも母の顔には少し申し訳なさそうな色がある。
押し付けがましくなってしまった事とそれが避けらない運命を
我が子に与えてしまったという負い目がそこにあった。しかし。

「わかった。ヨルはすっごくやさしいひとなんだね!」

「へ?」

母のそんな心情を知ってか知らずか。
一人娘は大発見でもしたように目を輝かせて自信満々に語った。

「がんばったおひさまをオヤスミさせて、みんなもオヤスミさせて、
 かあさまがおシゴトできて、おホシさまをみせてくれるイイひと!」

予想だにしていなかった言葉に一瞬目が点となった母はしかし。
すぐに、これはまいった、と内心で両手をあげて幼い娘に降参する。
こういうことは子供の方が核心をついたうまいことをいうと。

「じゃあその優しい夜とお友達になってくれる?」

───いずれこの子は夜闇はそれだけではないと知るだろう。
自らに流れる血が闇と共にあることを強要さえしてくることだろう。
それでも今は夜の静寂さが持つ一面を的確に見抜いた事を称えたい。

「うん!」

夜を友とし共にある道を選ばざるを得ない子にどうか幸多かれ、と
無邪気の頷く娘の頭を褒めるように撫でながら母は祈りと共に微笑んだ。


「いい子ね……あなたは私の自慢の娘よ、(トモエ)









────────────────────────────









───奇妙な光景だった



海上都市クトリア。その約半分を占める野外フィールド側。
中間地点である学園から直線距離およそ10キロほど離れた海岸。
海岸といっても海水浴を楽しめるような白い砂浜のそれではない。
ごつごつとした岩石をまるで押し込んで作られたように見える磯。
激しい波しぶきが舞い、磯を濡らしそして人に気付けぬ範囲で削る。
ざぱん、ざぱん、と波が打ちつけられる音が永続的に響いては消える。
ここが異世界科学の粋を集めて作られたことを考えるとあまりに
普通な磯であるために妙には思えるがこの場の奇妙はそれではない。

磯の一角に正方形の真新しい木箱(・・)がぽつんと置かれていた。
漂着物にしては海水に濡れた形跡もなければ損傷も特に見受けられない。
また波打ち際からは僅かに遠く、打ち上げられたにしては不可解だ。
それだけでも充分に奇妙だが真の奇妙が起こったのはそのあと。
誰も触れていないというのに箱の蓋がひとりでに開いていく。

中には何も入ってはいない。
否、そこに入っていたのは“白”だけ。
内側の全面に白い紙が幾重にも張られペンキを塗ったかのように真っ白。
白は元来清潔さや純粋さをイメージさせる色だがその白はどこか違う。
その色濃さは見る者がいれば怯えさせる何か得体のしれない重さがある。
美しく清潔な白なのにどこか見ている者を不安にさせる白。
それが木箱の中にある“白色”が持つ妙な不気味さだった。

そして突然“白”が一斉に噴煙のような勢いで飛び出した。
白紙は元からそうであったのかその勢いのためなのか。
細かくバラバラとなって宙を舞い、箱の周辺に落ちていく。
どうしたことか。その一つ一つがすべて同じ形状をしていた。
上部は丸く切られ、左右は突出し、下方は真ん中に切れ込みがある。
それは人形(ヒトガタ)と呼ばれる紙で作られた人を模した形代。
誰も見ていない所でそれらは舞って、落ちる。ひらひらと。しんしんと。


───奇妙はそこで終わらない


舞い落ちた人形は20は下らない。
それがひとつ、またひとつとひとりでに起き上る。
薄っぺらい紙のそれがまるで肉と意思を持つ生き物かのように。
否、真実そうなっていくのをここに誰かがいれば目撃したことだろう。
紙の人形はふわりと宙に浮くと辺りにあるモノをさまざまに引き寄せた。
時に土くれを、岩を、葉を、木々を、海水を渦を巻くように集める。
そうして次の瞬間に現れたのは人形の数だけの“ニンゲン”だった。

「…………」

しかもどれも(だれも)編笠を被り僧服を着込み手には錫杖を持つ修行僧のような姿。
息遣いはあったがどこか生気の足りない様子も合わさり不気味の一言だ。
幸か不幸かその様子を目撃した者は誰ひとりとしていないが。

「……状態はどうじゃ?」

「あと10分もすれば熟すかと」

一人がしゃがれた声で問えば周囲の者たちが答える。
彼らの視線の先には白を放出しきった空の木箱がまだ口を開いていた。
もはやそこには何もないはずだが彼らは薄らと口元を歪ませている。

「して、義久はまだか?」

「まだ連絡はございませんがじきに合図がありましょう」

「我が孫ながら相変わらず時間に無頓着な男よ」

溜息混じりに頭を振るはこの集団の頭目らしい老人声の男だ。
待つしかないと息を吐けば、周囲も追従するように頷きを見せた。

「………っ!」

そしていくらか箱を見守るように眺めていた一人の顔色が変わる。
咄嗟に彼は木箱の前に立つと手にした錫杖を回すように振るった。
響く金属音と周囲に空いた小さな穴──そして只人には見えぬ矢。

「そこか!」

不可視の矢を弾いたのとは別の者がその発射地点を見抜くと
右手の人差し指と中指だけを密着させたまま立てた形で振り下ろす。

「うそっ!?」

それもまた只人には見えぬ不可視の刃だが双方ともに只人ではない。
転がるように這い出た人影の後ろでそれが隠れていた大岩が爆散する。
しかしその人物は突然日光が遮られたことに気付き、空を見上げた。
襲い来るは四つの僧の影。鋭く尖らせた錫杖の穂先が狙っている。

「っ、禁!」

半ば以上咄嗟に近い動作で不可視の壁を築き、侵入を“禁”じる。
だが突き立てられた錫杖と壁はまるで稲光のような閃光を放ち、
互いに相手を拒絶せんと拮抗する。

「吹っ飛びなさい!」

壁を築いた方──女は懐から符を取り出して投げつける。
『爆』の文字が浮かんだそれは。不可視の壁に張り付いた途端。
爆発を起こし、襲いかかってきた僧たちもろとも吹き飛ばした。
だが粉塵と爆風が吹き荒れる中、紛れるように彼らは後退していた。

「げっ、やっぱたいして効いてない!」

代わりに自らのそれをもろに受けて悔しげな声を出したのは女の方。
今のは身に纏うプロテクター頼りの自爆攻撃にも近い行動だった。
だが直前に飛び退いたのだろう。僧服に若干の乱れと汚れはあれど、
爆発の直撃を受けていないのは見ただけで明白であった。

「なかなかの隠形だったが、まだ青いな。戦意が前に出過ぎだ」

「その鎧はここの生徒か……しかし」

それは女─少女もまた同じことで簡易外骨格には汚れすらない。
だが僧の集団はその格好よりもそれを着込んでいる少女の外見を訝しむ。
ヘッドギア越しでも異人然とした整った相貌は、その青い瞳は見て取れた。
普通科2-B所属のトモエ・サーフィナがそこにいた。

「異邦の化け物が我らと似た術を?
 馬鹿な、いったいどこから秘伝が漏れたというのだ」

「おい娘、貴様何者だ?」

「……不法侵入者のあなたたちがそれをいうの?」

そこは彼らが問われるべき言葉だろうと呆れながら返すが答える声はない。
そしてトモエの方もまた自分の名を彼らに告げる気は毛頭なかった。
彼らの正体にいくらかの心当たりがあったからである。

「いいわ、でもその格好とこの術の感じ。土御門本家じゃないでしょ。
 分家の日下部に近いけど……今の当主さまは穏健保守派だって聞く。
 なら5年前に『家』諸共破門されたっていう過激派の大津家かな?」

「小娘、貴様っ!」

「……どうやら我らと無関係な娘ではないようだな」

その反応から推測が当たったことを確信しつつ拳を強く握る。
トモエの視線の先にあるのは彼らが持ち込んだらしい何もない木箱。
否、只人には何もないように見せている箱型の『呪具』である。

「そんなことはどうでもいいわ!
 こんなところにそんなものを持ち込んでどうする気!?
 その禍々しさ、見てるだけで吐きそうになってくるわよ!」

トモエと彼らの間でのみ見えている力。
これまでの矢や壁など可愛いものだと思えるモノがそこにある。
彼らが守るようにして庇っている木箱。その内部で蠢く黒く昏いナニカ。
立ち上る湯気のような真っ黒な邪気だけでも見ているだけで悪寒が走る。
そして際限なく不安にさせられ、胃液が逆流しそうな不快感まで覚えた。

「なるほどのぉ。
 だから真っ先にこれを仕留めにかかったか。良い勘をしておる」

「正気なの!?
 ここにいるのは霊力なんて皆無な子たちばっかりよ。
 そんな人たちに向けてそれを解き放つつもり!?
 仮にも本家の教えを受けてきたあなたたちが!!」

アレがなんであるか。それはまだトモエも正確には分からない。
だが、こと霊的なものに限っていえば勘を疑うべきではない。
少なくとも少女はそう教わった。敬愛すべき自らの母から。
アレは人を害するモノ。術者であるなら祓わなければならないモノだ。

「ふん、惜しむらくは異国の汚れた血か。
 それさえなくば我が一門に迎えてやらんこともないものを」

「我らが祖国を荒らすことしかできん鬼子どもめ。
 ついには我々の秘術まで盗みとる気か浅ましい!」

だが彼らにとってそんな意識は皆無らしく聞く耳さえ持たれない。
それ以前にぶしつけに向けられる視線には解りやすい嫌悪がある。
そしてもう話すことはないといわんばかりに顎で指し示せば、
残りの者達が一斉にトモエに襲いかかってきた。

「っ、あんたらは本当にっ……いつの時代の人間よ!
 異世界人までいる時代にいつまで錯誤なこといってるの!」

持てるだけの呪符を両手に持ち、周囲にばらまくように投げつける。
とびかかってきた無数の影が小爆発の壁に阻まれる中、
4つの影がその爆炎を超えてトモエに迫ってくる。

「心配せずとも、いずれ異邦の民など一人残らず狩ってやろうぞ」

「何を!?」

その数を、向けられた錫杖の輝きを見て体を簡易外骨格に委ねた。
四対一での近接戦闘が難なくできる自信は彼女にはまだない。
肉体から力みをできる限り抜いて、鎧の補助のままに動かされる。
霊力の刃を纏って振るわれる四つの錫杖をセンサーが捉え、
肉体の動きも吟味して次の動きを予測して装着者を適切な動きに導く。
卓越した連携での流れるような棒術と体術も機械の目には予測は容易い。
岩を砕く錫杖の一撃を紙一重で避け、抑え込もうという腕を弾き、
突き出された杖を掴んで折ると持ち主の腹を蹴り飛ばす。

「ぐっ、おのれ忌々しい異邦の技術め!」

生身としては十二分に速くとも所詮はヒトの領域の速さと動きだ。
数で勝っていてもBクラスの生徒とその簡易外骨格はそれを上回る。

「貴様、術者のくせにそんな物に頼って恥ずかしくないのか!」

「生徒のあたしがここの装備使って何が悪いの!
 よってたかって襲いかかる卑怯者がズレたこと言ってるんじゃないわよ!」

「貴様、薄汚い異邦人の分際で! なんという物言いだ!」

「おとなしくしておればすぐに楽にしてやるというのに、愚かな」

少女の正論はあまりに手前勝手な理屈ではねのけられる。
なんて自分勝手な人たちだとトモエは素直にそう思った。
彼女は自身にもそういうところが多少はある自覚があったが、
けれどここまで物わかりの悪い愚者ではないとも思っている。
それ以前にこの目の前の差別主義者たちと比べられたくもない。

「ホント腐った連中っ」

こんな奴らのために自分たちはあんな理不尽な目にあったのか。
話の通じない。道理を弁えない愚か者たちのせいで母と、父は──
そう思えばこそ知らず突き出した左手には強い力が込められていた。

「地球の裏側まで吹っ飛ばしてあげる『エアバースト』!」

風属性の上級スキルで彼方まで吹き飛ばしてやろうとそれを放った。けれど。

「───────え?」

あったのはしんとなった妙な空気。
一瞬身構えた彼らもその様子に嫌な笑みを浮かべている。
何十体もの輝獣を吹き飛ばせるスキルを使ってそよ風一つ起こらない。

「なん、で……」

その困惑が致命的なまでの“隙”をそこで初めてトモエは作ってしまった。

「奴らうまくやりおったか……やれ」

一人ほくそ笑むしゃがれた声の誰か。その指示に頷きの声を返すと
全員がたった一人の少女に向けて霊力の刃を躊躇いなく放った。
複数のそれが大地を走る波のように迫り、彼女は咄嗟に手をかざす。

「っ、しまっ、カムナギ!」

呼んだ刀を盾にするように受け止めたがそれだけでは全ての
霊刃を防ぎきる事は叶わず大半がその肉体に裂傷を刻み、吹き飛ばす。
悲鳴混じりの苦痛を漏らしながら岩石だらけの海岸を少女は転がった。

「くっ、うっ……いったぁっ!
 ははっ、そういえば受けるの初めてだったかも」

力無く、わざとふざけたような調子で笑う。
体中には赤い線のような傷が浮かんでいる。
傷は浅いが霊力による攻撃は人体よりもその根幹に響く。
凹凸の激しい磯を転がった物理的な衝撃は全て簡易鎧が防いだが、
その力による攻撃にだけはこの鎧は何の防御効果もなく素通りだ。

「生物や自然物には当たるけど人工物はすり抜けるって
 ホント相変わらず謎な理屈よね……境目は曖昧だし、つぅっ!」

知識では知っていたそれを痛みと共に実感しつつ苦笑を浮かべる。
入念な準備と作戦も無しに対決していい数と相手ではなかった。
思えば他の霊能力者と実戦形式で戦うという時点で初めてである。
自らの見込みの甘さを痛感するも、膝を屈する事など少女はできない。

「甘かった……けど、でもっ!!
 あたし以外できないんだからあたしがやらないと!!」

痛みと霊力消耗の疲労感を訴える肉体の声を無視して自らに活を入れる。
同じ力のある幼馴染は修行をつんでおらず、別の役目を与えられていた。
創作物からの知識だけで真似た上官には守るべき他の生徒達がいる。
彼らの気配に感付いた少女には自然と頼るという選択肢が消えていた。
今の通り外骨格が鎧にならない以上下手をすれば教師達でも負ける。
ましてや彼らの存在をどう説明してよいかさえ彼女は分からない。
そして彼らが守るようにして設置した箱には恐ろしく禍々しい気配。
抗える力と知識を持つ自身がここで退くわけにはいかなかった。

「こっ、のぉっ!」

立ち上がった彼女を襲うさらなる霊刃をカムナギで切り払う。
その第二波は見事凌いだ彼女だが動きの精細さは明らかに落ちていた。
経験不足を自覚した緊張。使命感による力み。積み重なっていた疲労。
悪いものが重なったため簡易外骨格の補助にうまく合わせられない。
また霊力のみによる攻撃をその鎧は認識できないため返って邪魔となる。
動作補助システムは解除せざるを得なかった。

「所詮は小娘か」

そしてそれを見抜けぬほど彼らの目は残念ながら戦闘面で節穴ではない。
嘲りと共に再び襲いくる複数の影。振るわれる錫杖と鍛えられた連携。
最初のそれと似た攻防となるが紙一重だった一撃が少女をかすめだす。
彼らも物理的な攻撃が簡易外骨格に通じないのを理解したためか。
合間を縫うように霊力を放って少女を徐々に徐々に追い込んでいく。

「はっ、やあぁっ!」

「ふんっ、ただの道場剣術だな!」

「腰が引けてるぞ!」

意を決して切り込むもあっさりと二の太刀まで読まれ、かすりもしない。
動きが真っ直ぐ過ぎた事もあったが生身の人間に真剣は容易に向けられない。
結果迷いを持った剣筋の隙を突かれ、霊力を近距離から直接叩きこまれた。
目の前で大爆発が起こったような衝撃をもろに受け再び海岸線を転がされる。

「きゃっ、あっ、がっ、う、うぅぅ……」

悲鳴をあげる暇さえなく、受け身さえ取れないまま大岩に激突した。
堅牢そうな岩に人の形の窪みが生まれ、稲妻のような罅割れが走る。
簡易鎧のおかげでその衝撃は緩和されたが霊力を伴う衝撃は直撃だ。
全身を襲う痛みと痺れからその場に倒れ落ちた少女は立ち上がれない。

「小娘ひとり、よく持ったほうか」

「我らに逆らったのだ楽に死ねると思うなよ」

「くっ」

そこへ日光を遮るような影が差す。
見上げれば、もはや人数もいらないと判断されたか。
二人の男が彼女を見下ろすように立って錫杖を構えていた。
見下された視線に悔しげに歯噛みしながら刀を持つ手に力を入れる。

「まだ抵抗するか往生際の悪い!」
「うっ!」

しかし即座に腕を踏みつけられてしまう。
鎧のおかげで痛みはないが痺れと倦怠感からうまく動かせない。
必死で全身に動けと命じるもどこにもまともに力が入らない。
その無駄な抵抗をどこかほくそ笑むように見下ろしていた彼らだが、
ふと少女が握っている刀に目を奪われると感嘆の息を漏らした。

「ほう、娘どこで手に入れた。なんという力を秘めた霊刀か」

「確かに! これほどの大業物は滅多にないぞ!
 かわいそうにこんな紛い者に使われて、我らが使ってやらねば」

無遠慮に、そして恩着せがましい物言いで刀を奪おうと手が伸びる。
本気でそう思っていそうな相手の言動よりトモエはその行動の方が怖かった。

「さわ、るなっ!!」

口さえうまく動かない中で精一杯に叫びながら腕に力を込める。
引き離そうとする男たちの手が刀を掴むが彼女の意志のなせる業か。
意地でも手の平は開かぬとその柄を強く握りしめていた。

「ん、離さぬか無礼者。
 これは我らが使ってこそ意味があるものだ!」

「どうせどこぞから盗んだのだろう。持つべき者に返せ!」

ふざけるな。
全身の痛みさえなければトモエはそう叫んでいただろう。
実際胸中ではそう叫びながら意志の力だけでカムナギを掴んでいた。

「なんだその目は! 盗人猛々しいとはこのことか!」

「ええい、離せといっている! うおっ!?」

彼らはそれに苛立ちながら刀を奪おうと少女を踏みつけるが
所詮そんなものは物理的な衝撃だ。いとも簡単に防具に防がれ、
なまじ本気で蹴ったためにその防御機能によって衝撃が弾かれた。
その勢いで男らは突き飛ばされたようにその場で尻餅をついてしまう。

「ははっ、なにやってんだお前ら!」

「……小娘ひとりに手間取りおって」

「はぁ、情けないのぉ」

途端にどっとわいたように仲間達から嘲笑やため息がもれる。
それを聞き届けて生気のない顔がわずかに歪み、怒号をあげた。

「恥かかせやがってこの白ブタが!!」
「ガキが大人に逆らってんじゃねえっ!!」

余裕ぶった化けの皮がはがれ、激情のまま罵声を発する。
即座に彼女の腕を力尽くで掴みあげるが少女は刀を離さない。
声だけが激昂している不気味さなどいまトモエは気にしてられない。
視線だけで射殺さんばかりに睨みつけながら刀身さえ掴んで抵抗する。
なにがあろうとこれだけはこんな連中になど渡さない。
もはや────これしか自分に残った物はないのだから。

「くそったれ、無駄な抵抗しやがって!
 てめえらはどうせこのあと死ぬんだ。おとなしくいうこと聞いて
 俺たちの役に立つのが最後の役目ってもんだろうが!」

「まったく、身の程を弁えろ。手間ばかりかかる!
 もう面倒だ。両腕とも切り落としてしまおう。
 事前の考察通り、我らが霊力の前にこんな鎧は役に立たぬ」

「こ、の、ゲスども!」

身勝手で自分本位すぎる言い分。
乱暴で残虐な考えとそれを当然とする態度。
今まさに振り下ろさんとする今まで以上に鋭き霊刃を前に、
恐怖よりも少女はこらえきれない怒りがふつふつと沸き上がる。
なぜ、こんな者たちのせいで自分と父母たちは苦しめられた。
なぜ、こんな者たちが生きているのに正しかった父母たちは死んだ。
なぜ、こんな者たちを前にして自分は無様に大地に転がっている。
なぜ、自分にはこんな非道で外道な者たちに抗う力がない。
持っているはずだった。ここで得ているはずだった。なのに、なぜ。


「──────っ!!」


高く掲げられた腕が振り下ろされる。
ここで恐怖から目を閉じるのも、我が身かわいさで腕を離すのも、
トモエは半ば以上意固地になってそれら選択肢をすべて拒絶する。
悔しげに歯噛みしながらも男達を射殺さんばかりの視線を向けた。
例え腕を切られようが殺されようが屈するものかと彼らを睨み付ける。

「は?」
「へ?」

だからトモエもまたその光景を目撃することになる。
誰かの間の抜けた声もこの時は耳に残らず通り過ぎていく。


──少女と彼らの間が黒く長い影によって遮られた


それが何かを考察する間もなく、少女()にあったモノが落ちる。
刀を奪おうと伸ばされ、少女を切り裂かんと振り下ろされた男らの腕。
ごろり、とまるで冗談のように軽々しくそれは地面に転がった。
その“黒影”はカムナギを少女側の物と判断したらしい。

「……ほえ?」

刀を掴む腕がなくなって地面に倒れこみながらも
それを目撃した少女の第一印象は“なんだこれ”である。
トモエも平時であったなら、さすがに悲鳴をあげていたはずだ。
しかしどうしてかその落ちた腕に現実感がなく目が点となっている。

「なっ!?」
「ひっ!!」

ただ腕を黒い影によって切断された彼らの反応も妙といえた。
驚いてはいるが痛みを訴える様子はなく目前の黒影を驚愕で見詰める。
しかしその“黒”は彼らに考える時間など一切与えず、もう戻ってきた。

「馬鹿者! 逃げぬか!」

目の前だけを見ていた男たちと違った周囲の仲間が慌てたように叫ぶ。
そして仰向けに倒れこんでいたトモエはその黒影の全容がほぼ見えていた。

「オ、オロチ!?」

それはもはや黒い大蛇としかいいようがない存在(モノ)だった。
詳細はどうしてかピントがズレた(・・・・・・・)ように視認が一切できないが
2、30m程度ではきかないほど長く伸びた黒い胴体と尾をしならせて
こちらに戻ってくる動きは獲物を狙う大蛇(オロチ)をトモエに連想させた。

「がっ!?」
「げっ!!」

そしてあまりにあっけない。あるいは体格差を考えれば当然の話か。
いとも簡単に男二人の肉体が大蛇の激突で空へと突き飛ばされる。
続くように響いた彼らの悲鳴の中、追いかけるように天に上る大蛇。
そのまま両者の胸を食らい付くように軽々と貫くと───肉体が四散した。

「っ……え?」

さすがに彼女も一瞬目を瞑ってしまうが次に目を開ければ首を傾げる。
塵が宙に舞っているのだ。肉片や血飛沫が、ではない。塵芥が、だ。
その中に真ん中に穴の開いた人形の形代を見つけて彼女は勘付く。

「紙の人形(ひとがた)
 あっ、そうかあんたたち全員紙で作った式か!」

(しき)とは術によって操り従える霊的存在の総称である。
彼らは紙の人形を媒介にして形作られた人モドキでしかない。
大元の術者は遠地から術を使って感覚を共有し操っているに過ぎない。
見れば最初に切り落とされた腕も形代から離れたために塵と化していた。
尤もその的確な指摘も突然現れた大蛇に意識を奪われていて反応はない。
が。

『なかなか根性の据わったお嬢さんだ……』

「え?」

そこへ“ありえない”方角から人の声が響いて、全員が息を呑んだ。
信じられない。そんな馬鹿なと誰もが我が耳を疑いながらも彼らは
聞こえた以上声の在り処を確認するしかなくゆっくりと視線を向ける。
その流れがまるで大蛇の体をなぞるような動きだと気付くと
言いようのない不安に彼らは襲われるが、ソレを視界に入れた。

『ただ、もう少し我が身を大切にしてほしいね。
 あとほんの数秒でも遅れていたらと思うとゾッとする』

大蛇の根本。そこにいたのは人の形を模したような“黒い靄”だった。
黒煙とさえいってもいい不確かさ。そんな物が人の形をして声を発している。
知らず誰かが息を呑んだ音がした。“いったいコレはなんだ?”と。
中に何かが隠れているのかさえ本来鋭いはずの彼らの目でも判別がつかない。
ぼやけて見える大蛇以上にその輪郭は見ようとすればするほどぼやけた。
そして逆に不気味な程はっきりと見える白い仮面の位置と役目を信じるなら、
大蛇だと今まで思っていた影は黒煙の右腕が伸びたように存在している。
人か蛇か。もはやそんな二択で解決できる存在ではなかった。

『まったく、毎度のことながら心臓に悪いよ』

しかし当人は周囲の重い沈黙を気にした風もないばかりか。
はあ、と解りやすい盛大なため息を吐いたのでトモエは目を瞬かせた。
老若男女かさえ判別できないその声はどこか呆れているようなのに
なぜか明確に少女の無事への安堵があったのを感じれてしまう。
そこへパチン、と指を鳴らしたかのような音が響いた。
見えなかったがおそらくは黒い靄が出した音だろう。

「っ、なに!?」

途端何かが自分の体にまとわりついてきたのに驚いてしまう。
されどそれがどこか“夜”と同じ気配と感じると不思議と恐怖はない。
同じ色を感じさせつつも霊力とは違う力が少女の体を優しく撫でた。

「ん、あっ……傷が、ふさがっていく」

全身にむず痒い感覚を覚えて見下ろせば、裂傷がみるみる消えていく。
それどころか体中の倦怠感や疲労感すら完全ではないが回復していた。

『動く分にはもう問題ないだろう』

「あ、うん、ありがとう……さ、さっきのも含めて!」

慌てたように窮地を救われた事も混ぜて礼を言った。
されどトモエはなぜか自身が回復した感覚に違和感を覚えている。
何をされたかはわからないが治癒術の類であろうことは明白だ。
しかしどうして自分はスキルのそれと似たモノを感じているのか。
思考の渦に入りかけたがそれを余所からの怒号が乱す。

「な、何奴かっ!!」
「貴様いつのまに!?」
「それを返せ!!」

ようやく我に返った僧服の集団による一斉の叫び声だった。
トモエはそれをまるで動物の威嚇のようだと胸中で思わず評する。
彼女の目から見ても彼ら全員が慄然とした様子なのは明らかだった。
それはその不気味さや気付かれずにソコにいた事だけが理由ではない。
彼らが守っていたあの不気味な木箱を無造作に持っていたからだ。

『ふむ、気配でそうだろうとは思っていたが……やはり呪詛の類か』

「ちょっ、ちょっと危ないわよ!?」

開かれたその中を白い仮面はこれまた無造作に覗き込む。
慌てて叫ぶトモエに黒いもやは肩をすくめた──ように見える。
気付けば伸びて蛇のようになっていた右腕らしき部位は縮んでいた。
しかしそれが気にならないぐらいに別の違和感を少女は覚えた。
遠くから見ているだけで不安で不快になる不気味な気配の箱。
そこから放たれる禍々しいまでの邪気が、なぜか今は矮小に感じる。
まるでその黒い靄を前にして萎縮してしまったかのように。

「ば、馬鹿な! 開かれたあれを触って無事な者など!」

「面妖なっ、あやかしか!?」

「お、おぬし、何者だ! 人間などではあるまい!」

『しかし薄い(・・)
 せいぜい20年物といったところか、安物だな』

だがその考えをトモエはすぐに否と首を振った。
皮肉にもその答えは慌てふためく彼らの態度で解った。負けているのだ。
周囲の動揺を無視した呟きにある侮蔑の色は虚勢でもなんでもない。
箱が放つ禍々しさや狂気より黒い靄が纏う漆黒の方が圧倒的に濃い。
単純に色の話だけではない。何よりも“存在の濃さ”が勝っていた。
あれほど気味が悪かった箱も見比べてしまうと児戯にさえ思える。
薄い、という表現を誰もが思わず納得してしまう程に差があった。
禍々しかった箱でさえ黒い靄に怯えているかのように邪気が揺らめく。
そんな存在の登場にもはや僧服の男達は誰も少女を気にしていない。
否、いられなかった。

『これで………なにをしようというのかな諸君?』

黒い人型の靄はそこで初めて彼らをその視界に入れた。
どこか笑みさえ浮かべていそうな朗らかな声を発しながらも
全員を見据える仮面の奥の瞳は全く笑ってなどいなかった。

「っ……!」
「くそっ、なんだ勝手に体が震えっ」
「ワ、ワシともあろう者が式がいうことをきかぬ!?」

熱さも冷たさもない無の視線に抗えない圧迫が混ざる。
抵抗しようにも、対峙しようにも、体が──式の躯体が鈍る。
それは術の不手際というよりは術者の心情を表しているようだった。
登場も見え方も不可思議で不気味なれどそれ以上にその存在に怯える。
彼らが只人であったのならこれほどまでに恐怖することもなかったろう。
皮肉にも“視る”力がある者にはその漆黒は深すぎて覗くだけで足が震えた。
黒を消し去る黒。闇を飲み込む闇。理屈など関係なくアレはそういうもの。
人形を通してそれを見た彼らはいま遠地にありながら汗だくとなっている。

「………………」

ただ一人。
その恐ろしき深淵の黒い靄を静かに見据える者がいた。
怯えもなく不安も不快感もないまま見惚れたように目を奪われる。
彼女─トモエの本能的な部分の囁きがどうしてもアレを拒絶しない。
恐ろしいモノであることも同じように直感的に理解している。それでも。
どうしてか。あの“黒”を見ているとほっとしている自分がいた。

「あれは───」

窮地から助けられただけではない。
アレはそんな敵味方の単純な識別で判断できるものじゃない。
あの全てを覆ってしまうような色濃い漆黒はもっと大きな存在(もの)だ。
それをトモエはずっと昔から知っていると己が魂が訴える。そうだあれはきっと。

「───夜の、色だ」

かつてのあの日、母に友となってほしいといわれた存在(もの)
陰陽の調和を願う自分達が常に共にし友とするべき隣人(もの)
闇は払う。邪も祓う。だが夜はそこにあるべき(もの)だ。
ならば過度に恐れる必要などあろうはずがない。

『…………そんな表現は初めてされたな』

「えっ、あ!?」

そこで少し意外そうな声と視線を向けられ、ドキリとする。
口からこぼれ落ちた呟きを相手に聞かれていたと知り、気恥ずかしい。

「っ、くっ、はぁはぁっ!」

一方そのおかげか仮面の視線が外れて全員が知らず大きく息を吐いた。
仮初の肉体で生気のないそれですら冷や汗を流し、肩で息をしている。
彼らを圧迫していた何かが消えたのだ。否、消してくれたのだ。
まるで彼らの挙動や言葉などはなから興味ないといわんばかりに。

『……では面白い表現をしたお嬢さん、問題だ。
 この箱と同じ気配があとどれだけあるか解るかな?』

代わりに仮面の目はトモエを試すように、されど優しげに向けられる。
この程度のこと君なら解ると無条件に信頼されているように感じられた。
戸惑いながらもそれ以上にその発言はあまりに恐ろしい事実を示唆していた。

「そ、そんなのが他にも……っ、うそでしょ!?」

疑いながらも半ば反射的に探った気配に少女は愕然とした顔で立ち上がる。
その視線はまるでここから見える海岸線をなぞるように動いていくと
ついには背後の人口自然の─その奥─を眺め、一周してこの場に戻った。

「………あんなのがたくさん、しかもフィールドを囲って!?
 こ、こんなのもうテロですらない。ただの虐殺よ! 正気!?」

一般には知られていない力を用いた怨念めいた邪気の込められた箱。
それに取り囲まれた土地。彼女の知識と霊的な勘はその意味を正確に理解する。
彼らの目的が達成された時にこの地と人々がどんな被害にあうのかを。

『正しく狂っているよこいつらは。
 霊的防御が一切ない地で、それができない人間がいると解っていて、
 これだけの数の呪いをまき散らせばあとに残るは地獄絵図のみ。
 まともな人間の死ですらこの地にいる者には与えられない』

トモエではまだあの呪いがどういう類のそれかまでは判断できない。
されど白い仮面が伝えんとする光景は嫌というほど解ってしまう。
呪いによる死は種類にもよるが、そこに人の尊厳などない。
肉体だけが先に醜く朽ち果てていく生き地獄になる事もあれば、
死後その魂すら苦しみ続ける怨念と化す事もあるだろう。
霊力も知らない者達にそれを防ぐ事も解呪するのも不可能だ。
知らず、カムナギを握る手にさらなる力が込められた。

『そうして邪気に汚染されれば人の手は入れない。
 ガレストの科学も、地球の科学も、それを理解や解決もできまい。
 だが─────お前達ならそれができる』

「まさかそれってっ!?」

『一気に君たちは名をあげ、存在は表舞台にあがる。
 例えそこまでいかなくとも各国政府はその力を欲するだろう。
 お前達の仕業ではないかと疑っても他に対処できる者がいない以上はな』

当たらずといえども遠からずだろう、諸君。
嘲るような声色で再びその視線が彼らに向けられる。
ただそこには先程までの威圧するようなそれは混ざっていない。
おかげで彼らは計画を見抜かれたといわんばかりに舌打ちをした。

「信じられない……本当に腐ってる! 
 いくら破門されたとはいえあんたたちそれでも
 人の世を影から守ってきた退魔一族の一員!?」

「黙れっ、だからこそだ!
 誰が今まで助けてやっていたと思っている!」

「それを我らのために使ってやるのだ。ありがたく思え!」

「ワシらにはそれが許されるだけの力と歴史がある。
 本当に人の世に隠れようなどと世迷言をいう土御門や日下部の
 恥知らずどもとは違う。力あるワシらこそがこの世の守護者じゃ!」

糾弾してきたのが彼らが気にも留めぬトモエの方であったからか。
悪びれる様子もなく当然の事だと主張する姿に怒りを通り越して呆れる。
そして仮面もまた同意見であったのか彼らを鼻で笑った。

『ふん、使い古された自作自演に、余所のテロ計画におんぶにだっこ。
 自分達ではこれをクトリアに運び込むことすらできない愚図が偉そうに』

「貴様っ、よもやそこまで!?」

『現実を見てないアホな主義でも奴らはまがりなりに自ら攻め込んできた。
 五十歩百歩だが、策士ぶった他力本願の臆病者よりは五十歩分マシだな』

くくっ、と彼らを盛大に馬鹿にしながら喉の奥で笑う仮面。
その侮辱に殺気だった視線を送るがそれさえも仮面は笑った。
あえて威圧していない事に気付きもしない愚か者といわんばかりに。

「……あれ、なんだろう。この感じどこかで?」

自分に代わり敵意と憎悪を引き付ける仮面を冷静に観察しながらも
どこかこの嘲り方に覚えがあるような気がしてしまうトモエである。

『そんなお前達の何が特別なものか。
 ただその手の一族に生まれがちな思想に染まっただけの愚者。
 現代風にいうのなら、痛くて寒い勘違い野郎、といったところか』

迷惑な話だがな、と黒い靄は肩をすくめた──ように見える。
より殺気立つ男たちを前にされど仮面の嘲笑は止まらない。

『と、一通りおちょくってる間にロックオン完了、だ』

何せそれらはすべてただの時間稼ぎにすぎなかったらしい。
その声には楽しんでいるふりをして相手を挑発する色があり、
思わずトモエの脳裏にはある少年の嘲笑うような顔が浮かぶ。
されど。

「なに?」

『────穢れを灰と化せ、(ゴーガ)

一転して声の色が変わって緊張が走った。
静かに、そして短くも意味のわからない言葉(・・・・・・・・・・)を呟いた白き仮面。
どこか神秘性すら感じさせるそれは真言か祝詞(のりと)のように聞こえた。
だからこそトモエまで含めた全員が何かが起こると察して身構える。
唱え終えると同時に仮面が木箱を軽々と真上に放り投げた途端。


      ──“轟”──


と鮮やかなまでの真っ赤な炎が晴れ渡った空で燃え上がった。
仮面の色だけをそのままに周囲すべてを赤で染めるほどの炎が覆う。
誰もがそれを呆けたように、驚愕したように声をなくして見上げていた。
スキルが使えない中、霊力も使わずにこれほどの炎をどうやって、と。
その熱を肌で感じ取りながらも、しかし理解すると彼らは嗤った。

「………ふ、ふははっ、馬鹿なことを!
 焼いてしまえばそれで済むと思っているのか?
 箱の封印が完全に解かれてここら一帯が汚染されるだけの、ッ!?」

───アアアァッ、ガアアアアァァァッッッ!!

愚かな行為だと逆に嘲ってやろうとした彼らの頭上で不気味な絶叫が上がる。
この世のものとは思えない音ながら、どこか人の声にも聞こえるそれ。

───ガガガッ、ウグガァァッ、ヤメロォォッ!!

見れば空を赤く染める炎の中で、歪な形をした顔が苦悶に叫ぶ。
溜め込まれた呪詛か怨念か狂気か。それらを業火が燃やし尽くさんとする。

───グルジイィッ、キエル、ワレガキエルッッ、ウギャアアアァッ!!!

呪いそのものを苦しめながら、彼らの目の前で消し炭にした。
残ったのは僅かな灰だけで、それさえも風に吹かれて舞い散った。
呆気ない“焼”滅に式たちの口は皆開かれたまま思考が停止する。
その様子を見ることもなく自らの炎を眺めた仮面は一人こぼす。

『久しぶりに見たのがこんな汚い花火とは……風情もなにもないな』

残念だ、と心底そう思っているかのような声は他人事のそれだ。
自らがしたことの非常識さを理解しているのか否か判別が難しい。

「……恩人だけど性格の悪い奴がここにもいた……」

トモエはどことなく解ったうえでとぼけているように思えた。
なにせそちらの方が相手への精神的ダメージが大きくなる。

「ば、馬鹿な。あれは我らが何年もかけて用意したものなんだぞ!」

「それがたかが炎に燃やし尽くされただと!?」

「ふざけるな! そんなバカな話があってたまるかっ!!」

案の定、彼らはその事実を認められずにみっともなく喚き散らした
少女は見えないはずの仮面の顔に三日月が浮かぶのを幻視した気分だ。
おかげでトモエ自身はわりと平静でいられたのだが。

「ええいっ、落ち着け! まだじゃ!
 こやつさえ足止めすれば他の者たちが!」

「あ、ああっ! 頭領あれを!!」

狼狽える部下たちを諌めようとした男に情けない声が届く。
なんだと苛立ち混じりに彼が示す方を見て、さすがに頭目も息を呑む。
そこには彼らの望みを打ち消すかのように燃え上がる火柱がいくつもあった。
地上20mはあろう高さのそれは海岸線に沿うように点々と存在する。
その位置ゆえ誰が何のために起こした物かはすぐに察せられた。

「ま、まさかお前!?」

『全てロックオンしたといったぞ』

ここからでは発生した火柱の全てを目視することはできない。
されど気配で呪詛の位置を把握していた彼らには察知できていた。
次々と自分達の切り札たる呪具が灰と化して消えていくのを敏感に。

「と、頭領、皆の気配も消えていますっ。一緒に燃やされて!」

「わかっておる! 貴様ぁっ、我らの悲願を邪魔しおって!!」

計画を台無しにされた怒りが先程までの恐怖を忘れさせたのか。
彼らは憎悪と殺気をまき散らしながら一気に仮面を取り囲む。

「やれぇっ!!」

号令のもと全員が一斉に錫杖を大地に突き刺し頭部の輪を鳴らす。
金属製の音がまるで輪唱するかのように響きながら地面に円が浮かぶ。
仮面を取り囲むそれは中心点にいる仮面を縛るような複雑な線を描く。

「れ、霊縛式の圧殺陣!?」
『捕縛圧潰型の魔法陣か』

ほぼ同時に少女と仮面はそれがなんであるか術の構成を読み取る。
大地に描かれたような霊力の線は直後に飛び出て黒い靄にまとわりつく。
それで動きを封じたと判断したのか頭目の式の顔がほくそ笑んだ。

「無残に潰れるがいい!」
「危ない!」

術の発動を訴える声に呼応するように円から霊的な波動が走り出す。
それを感じ取りながら仮面は溜息を吐くと───動かしかけた腕を止めた。
投擲されたソレが視界に入ったからだ。

『ほう』

感心した声の下。仮面の足元に一振りの刀が突き刺さる。
途端、円の外周部に溜まっていた力が爆発し外に向かって(・・・・・・)放たれた。
予期していない現象を前に彼らは一人残らず吹き飛ばされ、転がる。
痛覚まで術者は共有していなかったがその衝撃に思わず苦悶した。

「がっ、だっ、くっ……な、なんだ!?」

「ううっ、ぐぅ、馬鹿な。我らが失敗した、だと?」

『………愚かだな。
 自分が失敗したのか。他者の介入で失敗させられたのか。
 その違いすら分からない未熟さで自らを誇っていたのか』

呆れたものだと溜息を吐きながら仮面は足元に刺さった刀を引き抜く。
それをやっと認識した彼らは誰が自分たちの邪魔をしたのか悟った。

「女ぁっ!! 何をした貴様っ!!」

『何をって、術の起点を見極めてそこに自身の霊力を込めた刀を
 突き刺すことで術式に介入しその力の流れを逆転させた、だけさ』

それも解らなかったのかとさらに溜息まじりに仮面が解説する。
だから内部を押し潰すはずだった術は外部を吹き飛ばす術と化した。
彼らの術は少女が一投した一刀によりいわば乗っ取られたのである。

「これで借りは返したわよ!」

自慢げにVサインを見せるトモエに仮面は苦笑気味の声をこぼす。
一方で自分たちの術をたった一人の少女に使われたことを知り、
男たちはただただ愕然として大半が放心していた。

「あの一瞬で、そんなっ!」

「なんだ、いったい……俺たちは何を相手にしてるんだ!?」

残りもまたその事実を前に心が折れたように崩れ落ちた。
自らが絶対的に自信のある分野で卑下している者に負ける。
あらゆる“魔”を知ると自負していた彼らの知らない凶悪な“魔”。
それらの事実と存在は彼らが抱いていた誇りを無残に引き裂いた。

「あ、あり得ん!
 歴史ある我が大津家の血筋と知識を受け継ぐ我らが!
 得体の知れない怪異に無様に負けるというのか!?
 汚れた血の小娘などに我らが劣っているなどぉ!!」

その中で一人。しゃがれた声であり得ない。間違いだと叫ぶ老人。
怒号をあげればあげるほど惨めになることさえ気付かぬ愚か者。
それを哀れに思ったのか。それではまだ手緩いと思ったのか。

『───それが鍍金(メッキ)を張っただけで満足した石ころと
 生まれながらの(ぎょく)を磨き続けた者の違いだ。
 努力し続ける天才に、血筋に胡坐をかいた者は追い付けんよ』

集団の頭目。それが操る式の前に立つとそう切って捨てた。
本物の輝きの前では劣悪な模造品のなんと醜い姿であろうか。
本気で蔑み見下ろす瞳は人が知るどんな闇より濃く、深かった。
間近でそれを覗き込んだその男は怯えたように崩れ落ちる。

「ひっ、これが……本物の化け物っ!」

『残念だが、それ以上のナニカだよ。
 まあ今さら気付いた所でお前は色々手遅れだがな。ご老体』

声だけで判断するならおそらくは高齢の老人であろうその男。
その仮初の体へ容赦なく、仮面は言葉と本物の刃を振り下ろしていた。
後に残ったのは肉体を構成していた塵と左右に分かれた紙の人形だけ。

「──────はっ!」

そこへ短い気合いの声と共に霊矢が放たれた。
霊弓から天に向かって射られた一矢は放物線の頂点で無数に別たれ、
雨の如き数と勢いの霊矢となると彼ら全員の形代を性格に射抜いた。
もはや抵抗する意志すら無くした男たちは身動き一つしなかった。

『……良いコントロールだ。その年齢でよくやる』

射ち漏らしがないのを確認するとその黒い靄は歩いているのか。
はたまた大地を滑っているのか分からない動きで近寄ってきていた。

『これ以上は(こいつ)がへそを曲げるから返す』

それには不気味さを感じたが腕前を褒められ満更でもない顔で受け取る。
バチバチと音を立てて黒い靄を拒絶する愛刀には怪訝な顔はしたが。

「あ、その……色々褒めてくれるのはうれしいけど、
 あたしあんたが来るまでほとんど負けてたのよ?」

『そんなものはあの状況を見れば誰でも分かる』

一応の謙遜だったがにべもない返答に内心がっくりとするトモエ。
けれど同時に自分はもっと別の言葉を聞きたかったのだと気付いて
彼女自身が少し驚きながらも続けた。

「な、ならなんであたしの方がすごいみたいな言い方したの?」

『は、何をいっている?
 そんなの本当にすごいからに決まっているだろう。
 たいして経験もないくせにあの一瞬で術を見破った奴が何を言う』

仮面は彼女を見ずに手近な紙人形の破片を拾いながら素っ気なく語る。
そこになぜか羨むような感情が見え隠れしているようで少女は戸惑う。
同時にその素っ気なさが本気でそう思っているのだと伝えてきて、
嬉しいやら気恥ずかしいやらトモエは少し赤くなった頬をかいた。
思えば両親以外にこの力について褒められたのは初めてだった。

『繋がりを焼き切れ、(ゴーガ)

一方仮面はまたも不可思議な言葉を呟いて残った人形の欠片を燃えす。
存在証拠の隠滅か。僅かでも彼らとの縁をここに残さぬためか。
後者に当たりをつけながらも照れている場合ではないと頭を振る。
本題の疑問をぶつけなくてはいけないのだから。

「もう一つ聞いていい?」

『手短にな、思ったより時間がかかった。次に行かなくては…』

「それはもしかして、一つだけ燃やさなかった呪具の所?」

あの仮面を信じるなら距離を取るように背中を向けている相手に
トモエはわずかに緊張した面持ちでその問いを投げかけていた。
答えによっては少女はこの“夜”に抗わなくてはいけない。

『…………さっき探知させたのは、失敗だったか。
 これだから天才は1教えると勝手に5や10を理解しやがる』

正体は分からないのになぜか乗せた感情がはっきりと伝わる声は
苦々しいものを含んでおり、トモエが気付けた理由そのものだった。
あれで全ての気配を把握した彼女はソレが現存している事を解っていた。
彼らがいる時はあえて黙っていたが全て倒した以上隠す意味はない。

「理由は聞かせてもらえるんでしょうね?
 反対側の海岸を燃やせたあなたが中にある(・・・・)呪具を燃やせないわけがない」

『……残念だがそれは周囲を度外視すれば、の話だ』

「周囲、っ!?」

責めるように問い詰め、返ってきた言葉にハッとさせられた。
反射的に振り返って、呪具の気配の位置をもう一度正確に探る。
そしてその位置を頭の中でフィールドマップと重ね合わせた。

「……フィールド後半の中ごろ。
 あのトンデモ山のふもと近く、あ、ああっ、まさか!?」

『普通科2-B』

自ら気付いた事とその言葉に少女は息を呑む。それは自分のクラスだ。
試験初日は彼女も一緒に受けていた為そのスケジュールを当然知っている。
初日はあの周囲での輝獣討伐。二日目はあの山を登る事だと聞いていた。
彼らの能力なら二日目で全員無事登頂しているのは楽に想像できる。
ならば三日目はそこから下山するところから始まったはずである。
開始時刻から今までの時間とあの山のトンデモさを考えて計算すれば、
ちょうど今2-Bがいてもおかしくない範囲に呪具の気配があった。
彼女の探知能力でこの距離では呪詛のような異物でなければ感知できない。
人の気配の有無さえ解らない。しかし、いる可能性はあまりに高かった。

「あたしもつれてって!」

そう思った瞬間に少女は恥も外聞も恐れもなく黒い靄に飛びついた。
意外にも人そのままの感触をトモエはいま完全に思慮の外に置いている。

「仲間なの! 命の恩人なの! 友達なのっ!!
 いまここで何もしないで待つなんてできない! お願い!!」

授業中の事故で大けがをした自分を助けてくれたのは彼らだ。
そしてその中には入学時から関係が続いている気が置けない友人もいる。
万が一ここと同じような術者たちに襲われたのだとしたら自分以上に
クラスメイトたちは抵抗らしい抵抗をすることもできないだろう。
トモエにはその脅威を知りながら何もしないなどという選択肢はない。

『今しがた自分が殺されかけていたのを解ったうえで、か?』

仮面の奥の─悩むような─瞳の問いかけに彼女は隙間なく頷いた。
この仮面が来なければ、遅れればトモエは殺されていたであろう。
よしんば命は助かっても後に残る重傷を負っていたのは明白だ。
怖くないといえば嘘だが、それ以上に待つだけの方が彼女は怖かった。
戦場に赴くのとは別種の恐怖が混ざった視線に仮面は何を思ったのか。

「え、きゃっ!」

『面倒だが、議論も説得もしている時間はないか。
 放っておいてまた一人で突っ走られる方が面倒だ、それに───』

───何もできずに待つだけの怖さはよく知っている。
呟きの中、黒いもやの腕─らしきもの─は彼女を一瞬で抱え上げる。
簡潔に同行を許可する言葉を紡いだがトモエはそれどころではない。
何せ、昨日今日の短期間でもう四度目(・・・)だ。

「え、あっちょっと、ねえっ、頼んでおいてなんだけど!
 お願いだからもうお姫様抱っこ(コレ)はやめてよぉっ!!」

人間に見え辛くとも感触が人らしいそれなのだとそこで気付き、
伝わる他人の体温と簡単に自分を抱え上げる力強さが落ち着かない。
どうしても自分を三度抱えあげたあの異性を思い返して気恥ずかしい。
だが仮面は答えず、一瞬で天高くまで跳躍して目的の方角を見据えた。

「っ、た、高い、高いっ!!」

下方を見れば人間の何倍の高さがある木々がまるでミニチュア。
いきなりその高さに連れてこられた彼女は動揺して仮面を揺さぶる。

『いずれ外骨格で空飛ぼうという生徒が何を』

「いくら外骨格でも一瞬でここまで上がれるか!!」

『こら、頭を揺らさないでくれ。視界指定がズレる』

「な、なんの話よ!?」

『もういい。固定完了、跳ぶぞ(・・・)。掴まっていろ!』

「え、ちょっ、な───」

展開についていけない少女の言葉は最後まで発せられる事はなく、
トモエと仮面の姿は不可思議な煌めきに包まれて跡形もなく消えていった───
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ