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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第一章「テストは利用するもの」

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04-24 嵐の前の……?

たいへんお待たせしました。すいません。
これからは、前みたいな間隔で更新…………できたらいいねぇ(汗
トモエはその瞬間まで(・・・・・・)多少なりとも苛立ちの中にいた。
とはいえリョウほど─彼のは恐怖心からだが─補佐役に拒否感はない。
昨夜彼女が自らの意志でなくとも他者に襲いかかったのは事実。
その贖罪の為に働けといわれたらその拒否など彼女は考えもしない。
襲った相手の下につくのはむしろ当然の話であるとさえ感じている。

苛立っている理由の一つは自身の不甲斐無さゆえだ。
同じミスを繰り返したうえに助けられた相手への攻撃的な態度。
赤面どころか蒼白になってしまうほど酷いと少女自身が思っている。
後者は前々から自覚している性格的な問題だがどうにも直らない。
勝気や強気なだけなら良いのだが攻撃的過ぎる自身に嫌悪がある。
前者のミスもその攻撃的な性格が災いした結果ともいえた。
努力が足りない。鍛練が足りない。素質がない。才能がない。
そんな話なら我慢や納得はできるが“能力と性格の相性が悪い”は
あまりにもどうしようもなく、そして情けない理由であった。

そしてもう一つは彼女をまるで当然のように抱えて運んでいた(・・)男。
今まで彼女の攻撃的な態度に返ってくる態度は概ね決まっていた。
同じく攻撃的な憤りか無礼の不快さか取るに足らないとした嘲笑か。
あるいはこちらの強気に及び腰になってしまうかのどれかだった。
だが彼のはどれとも違う。では何だと聞かれると彼女は答えに困るが、
どうしてかシンイチの目には暖かさが、好ましいモノを見る色がある。
それがどうにもむず痒くてどうしていいか解らずトモエは苛立っていた。

正確にいえば、戸惑っていた、なのだが。

だがそれさえもその瞬間まで(・・・・・・)の話。
トモエはその時『我が目を疑う』という言葉の意味を実感した。
初見で霊術を見抜き、暴走した自分達をこともなげに制した男が。
生徒を脅すように試験を仕掛け、滅茶苦茶な補佐を命じた男が。
わざわざあんな運び方をして自分の反応を楽しんでいた男が。

「すまなかった」

目の前で深く頭を下げたのである。
それもむき出しの大地の上に正座した状態で。
あれから彼はトモエを輝獣避けを張った空間に運び込んでいた。
途中までは少女の羞恥からくるわめきや抵抗を楽しんでいた彼だったが、
休息のために彼女を木陰に下すと神妙な面持ちを浮かべて頭を下げた。
しかしトモエは何について謝られているのか分からずただ困惑していた。

「お前やその両親に向けた暴言を全て撤回し謝罪する。申し訳ない」

頭を下げたまま、下げた理由を告げるも彼は頭を上げない。
樹木を背もたれ代わりにして休んでいた彼女は半ば呆然としつつも
声色やその態度から形ばかりの謝罪ではないと素直に感じていた。

「……生まれて初めてナマで土下座見たかも……」

感じていたのだが、それとは別の感想が口から出てしまっていた。

「………………謝罪側がいうのもなんだが、
 最初に出る言葉がそれなのは如何なものだろうか?」

変わらず頭を下げたまま、されどその声色には苦いものが混ざっている。
あの凄まじいまでの怒りはどこに行ったのだとそれは語っていた。
だからだろう。若干の苦笑も入った表情でトモエは自らを語る。

「うん、もちろんいま同じ事いわれたらブチギレる自信はあるわ。
 でもあたしあんまりそういう感情引きずらないタイプなのよねぇ」

良くも悪くも怒りや憎悪等の感情に火が付きやすいが長続きしない。
昨夜の事は勿論覚えているが当時の想いが再燃しないため平静である。
その様子に思い当たる節があったのか上げられた彼の顔は渋面だった。

「……ああ、確かにそうだったな。
 怯えてたと思ったら盛大にツッコミ入れた人でしたね」

変わらず声には呆れが入ったままであの瞬間を思い出す。
しかしそれに対するトモエの声はどこか晴れやかなものだった。

「だって目の前でビームを刀で斬られたらねえ?
 他にもいろいろとあの時は、ホントびっくりしたんだから」

彼女にしてみればその恐怖が吹き飛ぶ程の衝撃がそこにあった。
他人がカムナギを使うのも、それが異世界の攻撃を裂いたのも。
誰かに“守ってもらう”のも、彼女にはとても衝撃的だったのだ。
だからその気持ちはずっと胸の中にはあったのである。
彼の言動のせいで気付くのに一晩必要だっただけで。

「も、もちろん! 助けてもらったことは、その、えっと。
 あ、あ、ありがとう……ってちゃんと思ってるわよ、うんっ人として!」

けれどそれを伝えるにはこの少女には素直さが無かったのだが。
照れ臭さからか赤い顔で捲し立てるように誤魔化していた。

「いや、その感謝は必要ない。
 それで俺が吐いた暴言を相殺する気もない」

「……………」

普段のシンイチならばきっとそれをからかったろうに。
自分が全面的に悪かったと彼は静かに感謝の言葉を拒絶した。
そんな姿にトモエは紅潮した顔を一気に冷まして胡乱げに問う。

「そもそもそこがおかしいのよね」

「……なにがだ?」

「あんまり馬鹿にしないでよ。
 感情的な女なのは自覚してるけど一晩経てば冷静にもなるわ。
 あたしらの暴走に他の子達を巻き込まないように動いてたあんたが
 突然あんなことを言い出した。今考えると不自然極まりないわよ」

だからあれはわざとだったのではないかと考えたのは当然の流れ。
何よりその直後、わずかな記憶の空白のあとに彼女の肉体は
その意志の下に戻っている。関係がないと思える事実ではない。

「これでもこの学園に入学してBクラスに居続けてるんだからね。
 Cに落ちかけなのは認めるけど、決してバカではないつもりよ」

自信満々ではないが“何か間違ってる?”といわんばかりに胸を張る。
入学試験の難度や上位クラスに居続ける苦労を知らないシンイチには
実感として彼らの学力や知力というものに対する理解が足りない。

「それに謝罪の意思を示したいというのなら
 あたしには暴言を吐いた理由を聞く権利があると思わない?」

だからその予想外にして致命的な反撃に白旗を振るしかなかった。
謝罪したいという気持ちそのものを揺さぶられては答えるしかない。

「うぬ………そこを突いてくるか。悪かった。侮ってたよ。
 話すよ。言い訳っぽくなるから言いたくなかったんだけど」

苦い顔でそういった彼は『精神スキル』は伏せて言動の裏を話した。
あの暴言は故意にトモエを怒らせてその意識を完全に術中に落とし、
あえて暴走状態にする事で隙を作って彼女を止める為だったと。
中途半端に抵抗できている事が彼女の精神や脳に悪影響であり、
動きの精細さや技術を保っていた原因であると考えたからだと。
そんなシンイチの説明を聞いたトモエは即座に叫んでいた。

「────あんたが謝る必要どこにあるのよ!!」

「うおっ!?」

再びの予想外にシンイチが驚いている中彼女は頭を抱える。
説明しなかった点を差し引いても彼には多大な恩があったのだ。
とてもではないが先程の感謝紛いの言葉で済ませられる事ではない。

「むしろあたしが感謝して色々謝る話じゃない、それ!
 ううっ、こんなんじゃ母さまや父さまに叱られる!」

彼女の攻撃的な性質を『照れ隠し』として寛容に見ていた両親だが、
不義理や無礼には厳しかった姿を思い出してトモエは肩を落とす。
草葉の陰で怒っていないだろうかと、呆れていないだろうかと。

「いや、お前たち家族を貶めた発言を俺がしたのは事実だ。
 それは謝るべきだしその裏にあった事情は些末事でしかない。
 ことさらお前が気に病むことでも、ない」

それとこれは話が別なのだと真剣な面持ちで彼はいう。
その態度にトモエは目を瞬かせて意外そうにシンイチを見た。
これまでの飄々としたマイペースで強引な人物像とは違った姿で
そこだけ抜き取ってしまえば誠実で真面目な人間に見えてしまう。

「ふ、ふふっ、あんたって変なところ頑固で生真面目なのね」

それが妙におかしくて、からかうように言えば彼は眉根を寄せた。

「たまにいわれるが、毎回意外そうなのがすさまじく癪だ」

どこか偏屈ともいえる態度で元々自分はそうだと彼は訴える。
それにトモエは共感を覚えながらも笑ってしまう。
これは自分以上に難儀な性格をしている、と。

「そしてだいたいそういう顔するんだ……なぜだ?」

「アハハ、今までの人たちの気持ちすごく解る」

強引でありながら誠実でマイペースながら真面目。
飄々としていながら細かいところを気にして譲らない。
そこを指摘されると拗ねたような顔を見せる姿はどこか微笑ましい。
尤も当の本人はその視線にばつが悪いようにしながら頬をかく。

「お前ほどじゃないが俺にも両親に良く思ってほしい願望はある。
 父さんと母さんが真面目で誠実であれと願って育ててくれたんだ。
 だからせめて出来る範囲でそんな人間でありたいってのもあるがな」

他はまるでダメだったからな、と自嘲気味に笑うシンイチに
トモエは、そう、と言葉少なに返しながらも自然と頬を緩めた。
あり得ない強さを見せつけた彼に少なくない畏怖はあったが、
彼にも年相応の顔があると知れて、当然だが親がいるのだと知れて、
少女はさっきまであった距離を忘れ少年をとても身近に感じていた。
そこにはもう戸惑いの色は無く、トモエが彼に向ける視線には
つい少し前まで彼女自身が戸惑わされたものとよく似た色があった。



残念ながらその感慨は後々10分ももたなかったのだが。





──────────────────────────────




時計の二つの針が共に頂点を僅かに通り過ぎた頃。
午前の試験を終えた生徒たちは激しい疲労感の中。
試験官から通達された地点に報告のために集まってきていた。

「ゼェゼェ……」

「ハァハァ……」

全員が肩で息をしながら生ける屍のようにふらふらと。
上空から落ちてくる輝獣の群れ。エリアに蔓延るCランクの輝獣。
奪い、奪われ、互いに人と輝獣に注意し続けなければならない緊張感。
それは彼らの心身を確実に削っていき、疲労困憊させていた。
昨日の経験である種の耐性が出来ていた1-Dですらそれだ。
初体験となった2年生組は見た目以上に精神面の疲労が強い。

「う、あ、くっ………え、なに、あれ?」

「うるさい。話しかけんな……って、見たまんまじゃねえのか?」

もはや会話すら、話を聞くのすら億劫だという彼らさえも目を引かれた。
そこにはニタニタとした笑みを浮かべている試験官(シンイチ)
不機嫌極まりない顔で彼に食って掛かっている補佐役(トモエ)の姿があった。
ただ生徒達が首を傾げたのは彼らではなく傍にある巨大な物体に対してだ。

「鍋、だよな?」

「炊き出し?」

「そんなレベルかよ。
 なんかのイベント映像以外で見たことねえぞあんなデカさ」

突如全員のフォスタに送られたテキストオンリーの指示書には、
午前試験終了後にこの地点にまで来るようにという言葉と共に
こちらで用意するので昼食は考えなくてもいいという一文があった。
その答えといわんばかりに鎮座する黒い巨大な鍋を目にして
別の彼らもまた唖然とした顔を浮かべていた。ただし片方だけだが。

「………用意しておくってそういうことか。
 お前の主人はやることがナナメ過ぎて頭がついていかねえ」

「キュキュキュッ」

そりゃそうでしょうとなぜか自慢げにすら聞こえる鳴き声だ。
2m以上の高さと6mほどの直系を持つそれは異様な存在感を放つ。
地面からは中は見えないが立ちあがる湯気と漂う匂いで察しはつく。
大自然の中というマッチしているのかしてないのか微妙な雰囲気だが。

「ハァハァハァ、普通疲れてる人にやらせる!?
 す、少しでも共感したあたしが馬鹿だったわ! この鬼!」

「アハハ、でもちゃんと出来てるみたいだが?」

「ええっお望みどおりにやってあげたわよ!!」

隆起した岩の上に立つトモエは鍋の中身をかき混ぜながら
眼下のシンイチに向かって文句を飛ばすが意に介されない。
それだけでなんとなく事情を察する生徒達である。
“ああ、彼女も無茶振りされたんだな”と。

「し、試験官、ご指示通り1-D来ました。全員います。
 これは奪った結晶です。計92個あります、か、確認を……」

「はぁはぁ、2-Dも全員いる。います。
 結晶はチームごとに提出させ、ます。いいですよね?」

「2-Cも同じく、だ……はぁ、ああ……その、あう、ぐ。
 い、色々気になるが………それは食べてもいい、のでしょうか?」

仲間意識と同情心を覚えながらそれぞれのクラス委員が報告しつつも
全員の総意であるという雰囲気で一人が鍋を指差しながら問う。
消耗しきった彼らの前で食欲を刺激する匂いを漂わされては
巨大な鍋の出自などどうでもいいといわざるをえない。
取ってつけたような敬語はここでお預けなどされてはたまらないと
正直にその顔に書いてあってシンイチは思わず苦笑する。

「ああ、みんなに配るからとりあえずクラスごとに並べ。
 じゃあ補佐役ども、2年生組をよろしく」

「まだ働かせる気!?
 ああもうっこうなったら最後までやってやるわよ!」

「ぐっ、オ、オレは補佐役。
 指示に従うだけの補佐役なんだ。仕方ないんだ」

嘘くさいとルビを入れたくなるさわやかな笑みで。
もはや完全に試験とは関係のない雑事を指示されたことに
トモエは不満ながら、リョウは仕方ないと言い聞かせるように動いていく。

「ちゃんと人数分あるからな。
 味見してないからそっちの保障はしないけど」

「人にやらせといてなにそれ! ちゃんと食べれる味よ!
 まあこんな場所だから高望みしても文句は聞かないわよ!」

「………ほら受け取ったらさっさと次に変われ。
 はぁ、なんでオレがこんなこと……」

試験官と補佐役。三者三様の態度で鍋の中身を、
これまたどこにあったというのか木製の椀によそって配る。
直接大鍋からよそうのは手間であるのは最初から解っていたからか。
配膳用に用意されていた標準的なサイズのそれに中身を移していた。
彼女が作ったのは群生している食材を煮込んだいわばごった煮汁だ。
どれも地球では見ない形や色をしているが全て食べられる代物である。
それらが椀の中で湯気を立たせながらそそる匂いと輝きを発していた。

「しかしあんだけ無作為に取ってきたのによくまともな一品にしたな」

「ええそうねっ!
 作る方の事なにも考えてないラインナップだったわね!」

これだけの量を一人でやらされたうえに
調理法や吟味に四苦八苦したこともあってか。
トモエの顔にはわかりやすい不機嫌さが浮かんでいる。
とはいえシンイチの方にも言い分はある。彼なりの、だが。

「無茶をいうな。
 俺に料理を含めて家事方面の才能はない。
 マイナス補正の才能なら絶対にあると思うがな」

「………ドヤ顔でいうことじゃないでしょうが。
 第一スキルのナイフでお椀やらおたまやら作った奴のセリフ?」

「おい、これ全部手作りか!?
 もうそれ器用とかいうレベルじゃないだろお前」

「敵を切り刻んでいると思えば造作もない。
 けど殺菌とか乾燥とかはスキルに頼ったから安心してくれ」

そんなこと聞いてない。
配りながら声を揃えて訴える幼馴染両名だが彼は笑うだけ。
実際問題、彼がそれらを苦手としているのは大いに事実である。
切る。焼く。煮る。その一工程程度ならばそれなりに誤魔化せる(・・・・・)が、
あくまでそれは食材を食せる状態にするだけであり味の保証はない。
彼もそんな料理モドキを頑張った彼らに出す気はないのである。

「試験官じゃなきゃ殴り飛ばしてやりたいわ、こいつ」

口にはしないため単にふざけているだけに見えてしまうのだが。
トモエはわりと本気で土下座した相手と同一人物か疑いだしている。

「だいたいね。
 種類はともかく状態や量からあんた素人じゃないでしょ!
 なのにわざわざ疲れ果ててる人間にやらせるってどういう了見よ?」

「お前が出来るって言ったからだろ?」

「うっ、それは……あ、あんなの詐欺よ!」

「残念、金銭を騙し取らなきゃ詐欺じゃないんだよね」

ああいえばこういう。
ぐぬぬと唸り声をあげるトモエである。
彼女が調理する事になった顛末を簡単にまとめればこうだ。
シンイチからの謝罪を受け取る形でその話を終わらせたあと。
体を休息させながら体力回復を目的とした治癒のスキルを使った。
たがそれは立てない程の疲労が長距離走を終えた程度になるというもの。
動けることは動けるがまだ立っているだけで気怠いといえる疲労感だ。
そこへシンイチはさらっとこんなことを問いかけてきたのである。

『お前、料理って出来る?』

気持ちがいくらか落ち着いた途端の問いかけであったためか。
意図が読めずに戸惑って返答が遅れた彼女に彼はさらにこう続けた。

『あ、悪い。お前に出来るわけないよな』

『なっ、出来るわよ!』

さも当然のことだったなといわんばかりに言われて、
思わずそう返事をしてしまった彼女を誰が責められるのか。

『うん、じゃあ調理は任せるよ。食材は俺が集めてくるからさ』

『ええあたしに任せなさ……って、なんでっ!?』

あまりにもベタといえばベタ。
誘導ともいえない誘導で“出来る”と言わされた彼女である。
しかし言ってしまった手前引けなくなったトモエはくたくたの
体に鞭打って莫大な量のそれを調理する羽目になったのだった。

「人使いが荒いにも程があるわよ、あんた」

「同感だがお前にいわれるとは大概だな」

「なにが言いたいのよリョウ」

「………自分の胸に聞け、女ガキ大将」

幼少期から続く苦い記憶を思い出したのかげんなりとするリョウだ。
一方何気なく自らの胸元を見下ろしたトモエの顔にすっと影が差す。
そこにはなだらかな丘があるだけで山は無い。

「へえ、それは育ってないあたしへの宣戦布告ってことでいいのかしら!?
 そこだけは日本人らしい慎ましさとでもいいたいわけね!!」

「被害妄想だ! いい加減血筋コンプレックス直せ!
 だいたいお前の胸の育ち具合なんてオレが知るか!!」

「…………ふむ、はて……いうほどか?
 それにまだ育つ余地は十二分にありそうだが、なあ?」

配膳は続けながらも器用に言い合う幼馴染たちの横で
彼女の胸元を堂々と凝視しての呟きは近くの生徒にしか聞こえていない。
順番で椀を受け取った男子生徒は曖昧な表情でそそくさと列から離れた。

「若いねぇ」

視線が一瞬同じく胸部に向いたのを察して微笑ましく呟く。
ここにいるのはお前とほぼ同い年の子供だと指摘する猛者はいない。
どちらかといえばヒートアップしてる二人の会話に意識が向いていた。

「ったく、なんだってお前はそう昔から何でも喧嘩腰なんだよ!
 それでいっつも人間関係に波風立てるから友達少ないんだよお前!」

「い、いまは関係ないでしょそれ!?
 だいたいそれを言い出したらあんたなんか自分だけじゃ
 一人も友達を作れなかったただのヘタレじゃない!」

「なっ、ふ、ふん!
 オレは選ばれたエリートだぞ。程度の低い連中となど……」

「………まだそのキャラ作りやってんの?
 いいかげん恥ずかしいからやめなさいよ。
 幼馴染の前で高校デビューとか痛いにも程があるわよ」

「っ、ああくそっお前も来てるなんて知らなかったんだよちきしょう!!」

シンイチが転入してくる前まで学園で『不遜』といえば彼だったのだが
あの態度は高校デビューのキャラ作りだったのかと周囲がざわつく。
そもそも面倒臭い奴としか思っていなかったシンイチは笑うだけだが。

「くくくっ、まあそんな所だと思ってたけどな。
 あ、ちなみに俺は作り方わからなくていなかったタイプな」

「聞いてないわよ!」

「知らねえよ!」

堂々としたボッチ宣言に二人が吠えたのを彼は楽しそうに笑って受け取る。
実際には幼馴染の友人はいたが物心ついた頃にはもう既に友人だった。
自主的に作った友というのはこちらにもあちらにも存在していない。
いたら大事にするのだがいないことを問題視しないタイプなせいだ。
ファランディアにいた頃はそれどころではなかったという面もあるが。

「まったく……あんたといると無駄に疲れるわね。はい」

「見た目と中身にギャップあり過ぎだろ、こいつ。ほい、お前で終わり!」

げんなりとした顔で最後の一人に椀を渡して彼らは一息ついた。
シンイチは既に終わらせているのでその様子を一歩引いて眺めている。
間違いなく彼が指示したことであるというのに。

「体力豊富なシングウジはともかく。
 お前は一ヶ月前は重傷患者だったとは思えない頑張りだな」

「働かせてるのはあんたでしょ!
 任されたからにはやるけど他に言い方ないの!?」

丁重に扱えとはいわないが神経を逆撫でる言動は慎んでほしいトモエだ。
尤もそれをこの男に求めるのは些か間違っていると思われる。なにせ。

「確か両手の複雑骨折とあばらが三本、右足も骨折。
 出血多量で内臓もいくらか損傷、だったか………よく助かったなお前」

それが彼流の“他の言い方”だったらしくさすがに彼女も絶句した。
どちらかといえば話を無視して聞きたい事を聞いているだけともいうが。

「……真っ先に救助してくれた友達の応急処置が適切だったのよ。
 あとはガレスト科学のおかげかしら。医療器具もとんでもないの。
 骨折だけなら数時間でだいたいは元に戻るのよ」

ここまで突き抜けられると怒鳴る気も失せてしまうのか。
当時を思い出すようにしながらもトモエはあっさりと答えた。
彼女の場合は複雑な複数の骨折と内蔵へのダメージもあって
一ヶ月かかったが地球医術と比べれば破格のスピードといえる。

「これほどの重傷が一ヶ月で完治しリハビリまで終わる、か。
 逆にどこまでやったら助からないのやら……地味に気になる、なぁ?」

「ひっ!?」
「っっっ!?」
「うぅぅっ!!」

そんなどこか末恐ろしい事を口にして周囲に散らばる生徒達を見る。
ニヤリと笑みを浮かべた試験官に彼らは本能的な恐怖を覚えて震えた。

「やめなさい食事時に! あんたも黙って食べてなさい!」

普通サイズのおたまでその頭を叩きながら椀を強引に渡す。
頭をさすりながらも受け取った彼はどこか不満げに呟いた。

「お茶目な冗談なのに」

「本気でいってるならあんた一生冗談を口にしないで……」

周りが不憫だとうんざりとした顔で告げるが彼はおかしそうに笑う。
その顔に、もうこいつやだ、とこぼしながら自身の分をよそいにいく。

「………本人にトラウマはなさそうだな」

その姿を眺めながらの独り言は口許を隠す椀によって誰にも聞こえない。
彼はそのまま椀を傾けて、一口、二口と暖かな煮汁を喉に流し込んだ。

「っ!」

「え、なに、何か失敗した!?」

途端に動きを止めた彼の様子に失敗したかと慌てた彼女だが、
即座にシンイチは残りを具材ごと一気に飲み干して感嘆の息を漏らす。

「んくっ、ああぁ………これは驚いた。
 さほど期待してなかったんだが、いける」

「言い方がすごく気になるけど、問題ないなら良かったわ。
 あんたが見つけてきた岩塩ぐらいしか調味料無かったけど、
 材料ごとの出汁がそれぞれ出ていい感じになってるでしょ?」

既に味見はしていたがそれが他者に受け入れられる味かは別の問題だ。
彼女は他の生徒達の顔も見回してそこにある表情に胸をなでおろす。
元々こんな環境でのごった煮汁だ。求められる水準は高くない。
それでも少しでも味を良くしようとしたのは生来の負けん気だろう。
結果が伴ったのは間違いなく彼女自身の料理の腕前によるものだが。

「ああ、すごくいい………おかわり!」

「それぐらい自分でしなさい!」

トモエは反射的に叱っていたが彼は気にした風もなく素直に従う。
嬉々とした顔で自分が作った料理をおかわりをする姿に
何ともいえない気恥ずかしさを感じる彼女だがすぐに消えた。

「けどお前、本当に料理出来たんだな」

「さっきからほんっとうに失礼ねあんた!
 これでも小さい時から母さまから手解き受けてきたんだから!」

これぐらいは朝飯前だと若干誇張気味に叫びながら胸を張れば、
シンイチの彼女を見る視線には暖かさが混じり感心した声がこぼれた。

「へえ、お前のお母さん料理上手だったのか」

「う、うん、まあね」

その好意的な目と柔らかな声に再び気恥ずかしさと戸惑いを覚えながら
調理環境が整ってないこんな場所での料理が特に上手だったと返す。
それが呼び水となったのか脳裏にはその思い出が溢れるように蘇る。

「もう本当にすごかったんだから!
 父さまが山で見つけてきた色んな食材をね!
 その場のものだけですっごく美味しく料理しちゃうの!」

喜色満面で表情を輝かせながら自慢げにトモエは語る。
それだけ彼女にとってその思い出は大切なものだったのだ。
もう二度と得ることできないがゆえに。

「確かにこれは……んく、おばさんの味に近い気がするな」

「なるほど、これは母親仕込みの味なのか。納得だ」

感慨深そうに二杯目の椀を傾けて一口、二口喉を鳴らす。
シンイチはそれ以上は何もいわずにされど満たされた顔で味わっている。
それが料理というよりは母への賞賛に見えて彼女は自然と頬が緩んだ。

「まあ、まだまだ母さまには及ばずだけどねぇ………ん?」

そこまで言ってのけて、はて、とトモエはどうしてか首を傾げる。
いま語った思い出と何かが妙に気になってしまうのだがよく解らない。

「あの娘、わざとかと思いましたが気付いてませんね。
 自分が主様と一緒に両親の共同作業(おもいで)を再現したってこと」

父親が食材を集め、母親が調理した。
シンイチが食材を集め、トモエが調理した。
偶然ではあったものの状況を含め見事に一致してしまっていた。

「さすがにそれはいってやるな。キャパオーバーして爆発するぞ。
 じつに見てみたいと思うが地平の果てまで走り去ってしまいそうだ」

「あはは……さすが主様。さじ加減も心得てますね」

肩に乗って耳元で意味ありげに呟やかれた中身に
隠しようもないトゲを感じるが藪蛇はごめんだと椀を傾けて流す。
そうこうしていると他の生徒達もおかわりを求めて、再び集まってくる。
量は十二分に作ってあるために彼らは問題なく二杯目にありつけていた。

「おいしかったですサーフィナ先輩!」

「こんな場所でまともなもん食えると思わなかったよ」

「う、あ……ま、まあね、当然よ!」

褒められ慣れていないのか戸惑いの赤面を見せつつも得意げである。
可愛いねぇ、と言葉にはせずに視線でそれを語るのは当然シンイチだ。

「あ、そういえば試験官。この鍋どっから持ってきたの?」

「言われてみれば、お腹落ち着いたら妙に気になってきちゃった」

皆、人心地つけたのだろう。
気にしてられなかったその疑問が今更気になってきていた。
当然の話だがこのフィールドに本来そんなものは用意されていない。
食材だけは自然に近い形でこのエリアでは群生しているが道具は別。
100名近くの人員を食べさせる量が楽々と入る大鍋などない。

「………だってさ、教えてあげれば?
 あのデタラメでトンデモなやり方をさ」

「そこまでいうか?」

くすくすと半分笑いながら半分呆れた顔でいうトモエだが、
本人はなぜそう思われるのかが解らないといった顔で首を傾げる。
だがすぐに平然とした顔でどうやってそれらを作ったか(・・・・)を語った。

「まず地属性スキルを色々組み合わせて大地から鉄だけを抽出するだろ」

「…………は?」

「それを集めて熱して叩いて鍋っぽい形にまとめたのがこれ。
 殺菌消毒して危険性が無いかのスキャンもしたから問題ないぞ」

「いや待てお前、本当にスキルで作ったのかそれ!?」

「ん、だからそうだっていってるじゃないか」

短い発言の中で一体いくつのスキルを使った結果を語っているのか。
衛生面を重視したシンイチは彼らが驚いている点を理解していない。
それ以前に“鉄を抽出”という点でもう大半がついていけてないのだが。
確かに地属性には結果として目的に応じた物質を現地調達する点がある。
ゆえに使い方を考えれば“そういうことも可能”というレベルの話だ。
スキルは多種多様ではあるがその用途は戦闘と日常に偏っている。
物作りはそれらに全く含まれていない分野であるために
ここで学ぶ生徒たちは誰もその運用を考えもしなかった。

「それで完成した奴を浮かせて岩で作った土台に乗っけて火にかけた。
 内側には大量に水を撃ち込んで、沸かせた後はそいつに任せたよ。
 しっかしスキルってのは自由度が低いのが難点だが使い勝手はいいな」

じつに便利だ。
と地球人からすると魔法に近い代物をキャンプ道具扱いである。
昨日を知る1-Dですらこれには別次元の驚きを受けていた。
あれは獲物や食料を得るための攻撃ゆえに目から鱗程度で済んだが
これらは完全に製鉄・製造に近く開いた口が塞がらない生徒が多数。
尤もシンイチにとっては魔法より手間がかかって面倒でもあったが、
自前の魔力を消費しないという点で確かに使い勝手は良かった。

「まじか」

「スキルってそんなこと出来たんだ……」

「なんか無駄に手間かけてフォトンを無駄遣いをしてないか?」

「これって希少なエネルギー物質じゃなかったっけ?」

ひきつった顔をしながら感心半分呆れ半分の生徒たちである。
前者は昨日のように思いもしなかった使い方の提示に対してで
後者は貴重なエネルギーを鍋作りに惜しげもなく使った事に対してだ。
実際は純粋フォトンがエネルギー切れを起こすのは経年劣化を除けば
一度に多量のエネルギーを抽出した際に限られるため滅多に無いが、
たかが鍋を作る為にスキルを多用すればそうも言いたくなる。

「そうか?
 俺はむしろお前らもっと使い方考えろと言いたいんだがな。
 こんな魔法染みた力を手にしたら色々試すもんじゃないのか?」

彼はずっとここの生徒達のスキルに対する従順さ(・・・)が気になっていた。
魔法に比べ用途や効果が限定されたモノが多いとはいえテキスト通りにしか、
それも限られた場面でしか使わない彼らがシンイチは不思議だった。
自身が魔法を使えるようになった時は色々と試す日々だっただけ余計に。

「あのな、試してるに決まってるだろうが!
 試射は授業や自主練でやってるし運用や組み合わせとかも毎日考えっ」

「いやいや、そんな真面目な話じゃなくてだな。
 マンガやゲームのワザを再現してみたいっ、とか。
 アニメのあの超人的な動きをやってみたいっ、とか、ないのか?」

リョウの言葉を遮っての問題提起というより素朴な疑問。
いくら彼の経験値のベースが他神(たにん)の実戦的なものであろうとも
その運用法におけるアイディアはむしろそちらからの方が多かった。
長年蓄積された知識があろうとも所詮はファランディア内のみの考えと
空想の類であろうとも数多の物語から発想を得ている人間の差である。
だからこその問いかけだったが何故か場が一気に静まり返ってしまう。
雰囲気の変化に彼は周囲を見回すが生徒達の表情には戸惑いがあった。
他には首を傾げる者。遠い目をする者。苦笑いする者がいる。

「………俺は何かおかしなことを口にしたのか?」

「そんなもんここにいる連中が見てるわけねえだろ」

「帰還者だとは先生から聞いてたけど、あんた何時の時代の人間よ?」

どうやら、また、現代人にとっては常識の話だったらしい。
8年前の人間だといえば納得されそうだが笑って誤魔化す方を選ぶ。
ガレストに8年いたと思われるのもそれはそれでややこしくなるためだ。

「帰還者枠で入ってきたあんたと違って
 あたしたちはみんな入学試験を突破できた生徒なの。
 その意味、あんた絶対わかってないでしょ?」

「努力した正当な権利者と努力してない場違い者、とは思ってる」

「………その認識であの態度ってどんだけだよお前」

補佐役二名が呆れと苦笑を見せながら帰還者枠と通常入学の差を示す。

「ねえそこの君、最後にそういうの見たのいつ?」

「え、どうだろう。小学校の……2、3年ぐらいかな?」

「は?」

適当な生徒を一人捕まえて問えば予想外の答えが返ってきた。
それから何名もの生徒に同じ事を聞いても返答は似たようなもの。
人にもよるだろうが最もそれらに触れていてもおかしくない年頃。
一人か二人なら元々興味がないか家の教育方針という事もあるだろう。
だがこの人数が全員ほぼ同意した顔を見せているのは異常に見えた。
そしてその年代がおおよそ6、7年前である事に彼はまさかと呟く。

「そのまさか、よ。
 ここを目指すならそれぐらいから始めないと難しいの」

「マンガ読む時間さえ無いぐらいに、か?」

「片手間な勉強で入学できるならここはとっくの昔にマンモス校よ」

いわれてみれば、と学園全体の広さを思い返す。
その敷地規模に対して生徒数はむしろ少ない方といえた。
それはどのクラスも定員が30名であるがランクが上になるほど
合格基準を満たせるほどの入学希望者が減っていくためである。
ステータスにばらつきがある地球人では仕方がない話だ。
ならばランクにおいて同一とされた者の合否はどこで分けるのか。
公表済みのガレストの情報への理解度や一般的な学力や素行、
実技などという具合になっていくのは当然の話であった。
そしてそれらを学ぶための時間はそこから捻出されたのだ。

「それで想像力とか発想力が育ってないのはどうかと思うが、
 まあ異世界を学ぶ以上それを身に着けるだけで精一杯か。難儀な」

「まあ言いたいことはわからないでもないけど、
 趣味を持てるのは特別科や技術科の上の方ぐらいなのよ。
 普通科の大半が遊ぶ時間なんて完全に捨ててここまで来てるわ」

そして長年に渡る勉強漬け、ガレスト式の鍛練漬けの生活をして
無事に入学できてもその実力を上げ続け、維持し続ける事を求められる。
趣味の時間を持てるのはその中で余裕を持てる上位の人間だけなのだ。
一例をあげればあのヴェルナーはまさにそのタイプといえよう。
尤も彼はその背景に特殊な事情があるので例としては若干不適当だが。

「まあ、遊んでる余裕はないよな。
 オレたち特別科も授業以外の時間は鍛練が多いし、
 たまにやる息抜きもどっちかといえば骨休めだしな」

「………ステータス維持のためだけじゃなかったのか」

彼が思っていた以上に彼らはこの学園に入る事に賭けていた。
そして入ってからも上を目指すために我武者羅になっている。
ここに集まっている面々の多くはそれが実を結ばなかっただけ。
自身の気後れの理由は合っていたがその深さをシンイチは見誤っていた。

「そこまでして入りたい場所なのか、ここは?」

「そりゃ入学しただけでもステイタス、社会的な方のね。
 それを得られるしその前だって優秀なら優遇処置や援助もある。
 卒業したら便宜もはかってもらえてうまくすれば要職にも就ける」

ステータスの伸び代アリとされた子ならたいていは目指すと彼女はいう。
その話に眉根を寄せながらも明け透け過ぎると溜め息を吐く彼だ。

「やっぱそんな政策してたか。そりゃ広がるよなぁ」

最初に交流を始めた日本はその間にと交流政策に熱を入れていた。
それらはいわばその一環の制度であり誤解を恐れずに表現するなら
“目の前にニンジンをぶら下げて国民の関心を引いた”ともいえる。
ただでさえ格差や不況という問題がある国で異世界交流による変化だ。
将来を不安視した親たちが素質とそれを伸ばす努力さえすれば、
ある程度は安定が見込める道に食いついたのは道理といえるだろう。
例え不合格になってもそれまでに得たステータスと知識は
今の社会では高く評価されるため無駄にならないのも強かった。
そのため日本社会では高ければいいというステータスへの盲信と
それに伴うステータス格差がより広がってしまったのだが。

「なんの話をしてるのよあんた?」

「いいや、別に。
 ただそうまでして入ったここでお前らはどうなりたいのかと思ってな」

呟きを誤魔化すように発した言葉だったが口にした後から
思いのほかシンイチはそれが妙に気になってしまった。
社会を思えばここにいるのは交流の良き流れに乗れた子達だろう。
けれど入学できただけで彼らが勝ち組になれたかといえば話は別。
とくにここに集まっているのはそうは評せない立場といえる。

「い、いきなりどうなりたいっていわれても……」

「なんでもいいさ。
 卒業後の希望の進路でもいいし目の前の目標でもいい。
 希望する方面ぐらいならともかく細かくは知らないからな」

だから聞いてみたい。知ってみたいのだとシンイチは問いかけた。
戸惑った表情を浮かべた彼らは誰かが言い出すのを待っているようだった。
そこは社会が変わっても変わらない目標(ユメ)を語る気恥ずかしさといえよう。

「じゃあ、全員語れ。内容はなんでもいいから一つユメを語れ。
 言わなかった奴は試験官権限で目一杯減点してやる」

だから伝家の宝刀をシンイチは清々しい─嘘くさい─笑みで抜いた。
誰もそれを冗談だとは思わず、愕然とした表情を浮かべて固まった。

「ちょっ、あんたそれ職権乱用しすぎでしょ!!」

「はいそれじゃ補佐役の二名から、どうぞ!」

「え、えっ、あたし!? え、えっと、とりあえずBクラス残留よ!
 そんでもって無事卒業して世に名を残すような仕事をしてやるのよ!
 ……………具体的には、とくに決まってないけど……」

「というような感じで具体的じゃなくてもいいし、
 別段この学園と関係なくともいいから語れ、では次」

「す、少しはなんか言いなさいよ!」

自分でもどうかと思う内容を軽くスルーされたばかりか例にされ、
彼女は顔を真っ赤にして吠えるが笑う彼には相手にされなかった。

「………オレはガレスト軍に入るつもりだ」

「素朴な疑問だが地球人でも入れるのか?」

「………お前、無知過ぎるだろ。交流政策の一環だよ。
 ちゃんと地球人枠って奴が用意されてるんだ。当然審査は厳しいし、
 待遇面や出世とかで差はあるけど、俺が出たいのは最前線だ。関係ないね」

むしろ好都合だと強い決意を見せる目はその先にいる誰かを見ている。
彼が倒したいと願う相手。彼が強くなりたい理由がそこにいるのだろう。

「ほい、じゃあ次はお前」

「わっ、わたし!?
 えっと、対策室に入って捜査官になりたい、と思ってます……」

一人の女子生徒が恥ずかしげにそう語ればおおっと歓声があがる。
周囲にいた友人たちも知らなかったのか驚いた顔を見せていた。
そこから順番に隣りへ隣りへとシンイチはそれを聞いた。

「クトリアの防衛隊とかいいなぁ、って思ってる。
 単にここでもっと暮らしたいだけなんだけどさ」

「私は世界間の外交官、かな。
 戦闘系は苦手なんんだけどここを卒業した方が確実だし」

「俺はもっと上のクラスに行きたい! いや、行ってやる!」

「明確な進路は決めてないけど自分がどこまで行けるか試したい、かなぁ」

次々と語られるユメをシンイチば黙って見守っている。
彼らには彼らの想いと背負うモノがあって未だあがき続けている最中。
格差といえば悪く聞こえるがどの場所にいようと種類の違う苦労がある。


きっと彼らすべてがそのユメを掴むことはない。


全員が叶わないとはいえないが全員叶うともいえない。
それが人が持つユメというものの厄介なところである。
だからこそ、せめて、とシンイチは思うのだ。
せめてその挫折がその挑戦の最中であってほしいと。
本人の頑張りや運ではどうにもならない横槍が入らないで欲しいと。
その願いすらきっとまともに叶うことはないだろうと知りながら。

「ああ、なんかいいな。ヒトのユメを聞くのはさ。
 やっとお前らをちゃんとした人間として見れた気がする」

全員のそれを聞いて満足気な顔での問題発言に皆の顔が引きつる。
無論、半分はただの冗談─残り半分は本気─なのだが。

「……………今までなんだと思われてたんだろうか?」

答えを聞くのが怖くて誰もそれを聞く事ができなかった。
尤も聞くまでもなくすぐに全員が戦々恐々となってしまうのだが。

「さて、もういい時間だ。昼休憩はここまでとしようか」

悪魔のような笑みを浮かべて試験官が地獄の始まりを告げる。

「うへ!?」

「ひっ!」

「つ、ついに来た!!」

どこか穏やかで暖かな昼食の時間は終わりを迎えてしまった。
もはや彼がにやりと笑うだけで怯えが走ってしまう面々である。

「……し、試験官。午後の試験の内容は?」

一番彼のやり方に慣れてきていた1-Dのクラス委員が問う。
それでも若干声が震えている辺り簡単に拭えるものではないようだ。

「はてさてどうするかね。Bランクエリアにでも行くか。
 それとも上位クラスの試験に殴り込みでもかけるか。
 はたまた外骨格装備(フルアーマー)シングウジとの90対1のバトルもいいか」

「とんでもない内容だけど、こいつならやりかねないわね」

まったくもって笑えないとトモエは渋い顔で額を押さえていた。
それに凶悪な笑みを返した試験官により彼らはまた地獄を見る。
騒がしくも平和でもある試験二日目はそうして過ぎ去っていく。
それは嵐の前というにはあまりに激し過ぎる静けさであった。
これにて二日目終了。次回から一気に事態が動きます。
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