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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第一章「テストは利用するもの」

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04-23 ナカムラのキョウダイ


山の天気は変わりやすい。誰しも一度ぐらいは聞いた事があるだろう。
いくつもの山が連なった山脈ではその複雑な地形と気温の低さにより、
上昇や下降の気流がよく発生しその水蒸気の量で雲の誕生と消滅が
頻繁に繰り返されるために天候が変わりやすいのである。
そしてそれはこの野外フィールド内にある山脈とて同じ事。
ただしそこの場合は自然現象ではなく自然のコントロールだが。


Bランク試験領域として区分された一つの山脈。
あるクラスが“山登り”という首を傾げたくなる試験を受けていた。
だがそれを受ける生徒側に不満の色はない。よくある内容だからだ。
フィールドでの試験は総合力を試される機会がかなり多い。
輝獣の襲撃を時折受けながら集団で足並みを揃えての登山。
スキルや簡易外骨格の補助があっても、それだけでは成し得ない。
ましてや試験場として用意されたこの山の天気はよく変わる。
変わりやすい、ではなく、文字通りよく変わる(・・・・・)のだ。

「うひゃあっ、わかってたけど3分前は快晴だったよな?」

その時に見えていた青空を思い出しながらもその少年は
いま山肌を打つように激しく降ってくる水滴の群れに苦笑い。
外骨格越しな為に濡れることは無いが当たっている感触は伝わる。
濡れてないのに全身で感じる豪雨のそれに妙を覚えつつも
本当に脈絡もなく天気が変わる山だと呆れてしまう。
それがコントロールされたものなら尚更に。

「………お前は余裕だよなヨウスケ」

さほど標高は高くないが険しい道が続くその中腹で固まる生徒たち。
だがすぐ隣の人物の顔しか通常の視界では把握できない土砂降りの中。
緑髪のクラスメイトは彼の言葉をそう解釈して恨めしい視線を向ける。
他にも生徒はいるが雨音にかき消され隣にしか聞こえなかったようだ。

「いやだって、こっちは待ってるだけじゃないか。
 スキル準備して姉ちゃんたちの到来待ちだから手持無沙汰だろ?
 打ち合わせももう終わってやることもないし」

暇つぶしの雑談ぐらい付き合えというが彼にはその余裕がないらしい。
そこでヨウスケ──千羽陽介もこのクラスメイトの特徴を思い出す。
彼は2-Bで上の中ほどの成績だが試験という状況が苦手であった。
いわゆる本番になると緊張するタイプ、なのである。
だが話を聞くと緊張の原因は試験ではないらしい。

「そうだけどさ。
 今日のセンバ姉は、ちょっと、いやかなり機嫌悪いじゃん。
 前から怒った時の剣幕すごいけど今日は特にじゃねえか。
 あれじゃ………えっとああいうのなんていうんだっけ?
 ヒス? いや違うな確か地球だと……嫁の貰い手がない?」

「…………」

ガレスト人と話しているとたまに起こる事と分かっていても絶句する。
言葉と翻訳ソフトのチョイスが悪いとこういう問題のある表現になる。
本人はその言葉が持つ地球の女性への破壊力を全く把握していない。
言語の壁もあるにはあるが結婚に対する考え方が違うためだ。
個人ごとに担っている役割によって法や感覚に差もあるが、
男女関係における選択肢の一つなのがガレストにおける結婚だ。
日本に比べて結婚に対するこだわりが無いのである。

「……………お前それ絶対に姉ちゃんに言うなよ」

とはいえ日本生まれ日本育ちの少女に禁句なのは変わらない。
いうのなら自分のいないところでしてほしいと陽介は本気で思った。
ただあの気難しく脆い(・・)所のある姉をもらってくれる人がいるのか。
という問題はじつのところかなり昔から彼も悩んでいたりする。
16歳の男子の悩みではないが彼としては大真面目だ。
姉と婚姻生活を送れている男性が全く想像できないのである。

「とりあえず普通の人でいいんだけどなぁ。
 女の子を弄んだり、暴言吐いたりしない人であればいいんだけど」

最低限そんな人としてのマナーが出来てれば高望みはしない。
ただそんな人に気にいってもらえるかとなると陽介は考え込んでしまう。

「おっと、結局雑談しちまったな───来たぞヨウスケ」

「え、あ、うん、みんな打ち合わせ通りに!」

モニターの情報に頷きを返して、声を出しながら周囲に通信を送った。
まだ豪雨は続き、視界は悪く声も届かないが身に纏うは異世界科学の鎧。
彼らにはその程度の状況はハンデにもならない。声は通信で行き届く。
視界は各種センサー類が周囲の地形と味方・敵の接近を知らせる。
山の下からまるで自分達を追いかけてきたような輝獣の群れと
それを引き寄せる陽動を買って出た一人の風紀委員率いる囮部隊。

「陽介!」

「わかってる! いくよ『アースグレイブ』!」

「おう『アースグレイブ』!」

「『アースグレイブ』!」

その先頭から短い通信が届き、陽介は指示と同時にスキル名を叫ぶ。
続くように生徒達は一斉に打ち合わせ通りに同じスキルを使った。
例え視界が雨のカーテンで遮られていても位置はセンサーで解る。
囮に釣られて登ってきた輝獣群に向けて一斉にそのスキルが牙をむく。
山の斜面から次々と隆起していく大地の槍がその群を貫いていった。

───アースグレイブ
大地を操って硬い槍状にして目標を突き刺す下級攻撃スキル。
消耗の低さと天候状態が何であれ影響を受け難いための選択。
炎や風、水系では天候によっては威力が発揮し辛くなるためだ。
一回の使用で一本の槍が発生するだけだがその人数分である。
まとめられてしまった輝獣群はひとたまりもなく貫かれ霧散した。

「残敵確認! 一体も見逃さないで!」

「了解! 全員撃て!」

僅かな撃ち漏らしも囮部隊が討伐して彼らはひとまずの安堵を得た。

「周辺確認! 残敵反応に気を付けて結晶回収を!
 雨で流される前に素早く拾ってしまうよ!」

待ち伏せ部隊を任されていた陽介は周囲にそう指示を出して、
囮部隊と位置を入れ替えるように輝獣がいた場所に足を進める。

「引き付け役お疲れ、姉ちゃん。回収してる間休んでてよ」

「いいわよ別に、これぐらいで疲れてなんかいないわ!」

険しい山道を身体強化と簡易外骨格の補助があっても駆けずり回り、
周囲に拡散していた輝獣達を引き付けてこの一か所に集めてきたのだ。
並大抵の労苦ではないと労うが彼女はなんでもないと一蹴した。
その声には弟でなくともよく分かるほど不機嫌さが滲み出ている。

「それでも、だよ。トップが休まないと下が休めないでしょ?」

だがそう返してくるのは解ってたとばかりの陽介の指摘に押し黙る。
自分の事だけならば無茶が出来る彼女も周囲を出されると弱い。
彼女は2-Bのクラス委員ではないが外骨格持ちであるという点で
戦闘力が必要な集団行動の際はその指揮を任されているのである。

「う…………わ、わかったわよ。
 でも、こんな土砂降りの中で休めっていってもねえ」

うっとうしげに目元を手で覆うような仕草をしつつ天の雨雲を睨む。
バリアのおかげで実際には濡れないが雨が当たり続けている感覚と
土砂降りの雨が視界を塞いでいることの不快さはあるのだ。
そのためこの状態で“休む”のは心情的にいくらか難しい。

「うん、そういうと思って洞窟作ってみた」

「…………はい?」

何を言い出すんだこの弟はと言いたげな陽子に彼はある一点を指差す。
訝しみながらもその方向を注視した彼女は豪雨の向こうの山肌が
くり抜かれているのが見えて思わずその目を瞬かせた。

「え、待ってる間に掘ったの?」

「ううん。いま出来た。スキル使って」

「いま? スキル?
 あっ、だからアースグレイブ(地属性)?」

そうだよと満面の笑みで頷いた弟を見て姉は少し頭を抱えた。
スキルには地球人からすれば空想の中の魔法染みた力がある。
自然干渉型は特に大半の人間が想像するファンタジックな魔法に近い。
たいていが干渉型といっておきながらフォトンがその現象に成った。
といった方が正確なのだが地属性スキルは殆どが現地調達なのである。
スキルはフォトンを炎や風に変えられても大地には変えられない。
スキルによる物質の創造は現時点ではまだ研究段階の代物だ。
そのために地属性スキルは使用する岩や大地を操るモノとなる。
輝獣を貫いた大地の槍はその場にあった土や岩を原料として操り、
構成を組み換えて圧縮・硬質化させて誕生したものなのである。
つまり。

「待ってる間にみんなで相談してね。
 全員が同じ所から岩やら土やら持ってきて形成すれば、
 姉ちゃんたちが小休止するぐらいの横穴は開くかなぁ、って」

地属性に限っていえば使った分で周辺のどこかから土や石、岩が減る。
その“どこか”をコントロールすればこんなことも可能なのだった。

「………最近あんたスキルを妙な形で使うようになったわね。
 水属性で水分補給したり、シールドでぶん殴ったり」

「えっ!? いや、その、折角色んなことできるんだし、
 系統に拘った運用をするのは惜しい気がして、あはは……」

急にどうしたのだと問えば途端に陽介の様子がおかしくなる。
どこか誤魔化すようにまくしたてながら笑う彼に訝しむが
言っていることは間違ってはいないと思うので彼女は流した。

「ふぅん、ま、助かったからいいけどね。でも、
 先生によっては良く思わないかもしれないからそこは気を付けて」

どこであろうとも人が集まればマニュアルを絶対視する者はいる。
独創的な発想や運用を嫌う者もいるのだと姉として注意し、
彼がそれに頷いたのを確認して彼女はスキル製の疑似洞窟に
自分を含め囮役だったクラスメイトを伴って入っていった。

「…………忘れたわけじゃないだろ姉ちゃん」

それを見送りながら豪雨に遮られるのをいい事に一人呟く。

「俺たちの兄ちゃんが一番得意だったことをさ」

Aのために使う道具にBという使い方を思いつく発想力。
日常のあらゆる雑貨をとびきりの玩具にして遊んでいた彼らの兄。
彼にかかれば異世界科学の産物さえおもちゃ(意のまま)でしかない。

「さすがだよな。目から鱗だよ」

多分な身内贔屓もあったが陽介はそれを疑わない。
目線を落とした先にあるフォスタの画面を見て笑みをこぼす。
そこには偽名で登録したある人物から『スキルについて』という件名で
“こういう使い方はアリ?”という形で様々なアイディアが書かれていた。




スキルの副次的効果で山肌に開けられた横穴。
そのアイディアが元々誰の物なのかは弟しか知らない中。
20名ほどの2-Bはほぼ全員武装を解除し休息をとっていた。
出入り口にて唯一外部を警戒しているのは外骨格持ちの姉弟だけ。

「さすがにこれは進めないよね」

「全員外骨格ならともかく簡易では無理よ」

穴の内と外の境目に腰を下ろす両名はその先を見て首を振る。
結晶回収の間の小休止であったはずなのだが全員が休んでいた。
その原因は空洞の外の白すぎる光景。もはや白だけといえる空間。
ごうごうという風音に乗って、真っ白な存在が吹き荒れていた。

「土砂降りの次は吹雪(・・)、か」

豪雨の中で山中を動くのも危険だがそれは囮が動いた後の話だった。
だが既に吹雪いている以上そこから登るのは得策とはいえなかった。
ましてや相手は雪だ。通常の登山以上の労苦を与えてくる存在である。
彼らは学園では優秀な部類に入る生徒たちだが当然登山家ではない。
無理をせず天候変化を見越して『待つ』のが最善であった。

「知ってたけど本当に好き勝手変わるよね、ここ」

「普段は環境変化への対応力を鍛える場だもん。当然よ」

2-B・二日目試験に選ばれた山脈はそういう用途のエリアだ。
ガレストの天候もここほどではないが安定してはいないという。
いずれはその地での活動もある彼らに事前体験させるのは当然の話。
天候がランダム変化する領域を作ったのはそういう理由からである。
今回はそこを試験場として利用しているに過ぎない。

「まあね、そこはいいんだけどさ……うん」

「何よ、その物言いたげな顔は?」

意味ありげな視線を姉に送りながら陽介は内と外の境界線を撫でた(・・・)

「いや、姉ちゃんも人のこと言えないよなぁ、って」

「なにが?」

「………普通バリアとかシールドをこんな風に使う?」

そういって彼は空洞の内と外の境界線に作られたシールドを小突く。
エネルギー製だがガラスのようなそれは確かにそこに存在していた。
これにより外部で吹雪いている風も雪も内部に入り込んではこない。
また内側にも視線を向ければ内壁を覆うようにバリアが張られていた。

「そう?
 これって要するに透明な壁やドームでしょ。
 すごく頑丈で、少しなら柔軟性もある。
 支えや柱、内部からの補強……普通じゃない?」

即席の横穴であるため彼女がその崩落を懸念したのは正しい。
しかし内部から膜を張るようにバリアを使って補強したのは脱帽だ。
少なくとも彼は言われるまでそれをそんな風に考えた事はなかった。
おかしいかしらと首を傾げる姉の姿にけれど弟は嬉しそうに笑う。

「ううん、やっぱ俺達兄妹弟(きょうだい)だよねぇ」

「は? なに当たり前のこと言ってんのよ?」

訝しげな陽子に陽介はなんでもないと首を振って吹雪く外を眺める。
今はそれを再確認出来ただけでいいと彼の横顔はどこか楽しげだ。
その表情に彼女も深く追及はせずに同じく吹雪の空を見詰めた。
変わりやすい天候もどうやらまだしばらく変わる気配はない様子。

「…………」

「…………」

いくらか無言でそれを眺めていた姉弟は視線はそのままに口を開く。

「……気持ちは落ち着いた?」

「うん、ごめん……朝から私、態度悪かったでしょ?」

「悪かったというか怖かったというか。
 でも仕方ないよ。仲良かった相手がああなれば、さ」

「うん」

彼女には入学時から今日まで交流を深めていた友人がいる。
風紀委員になっても成績に差が出来ても変わらず接してくれた同級生。
実力主義の学園だからこそ貴重なその友人を陽子は大事に思っている。
だからこそ納得がいかない。受け入れられないとその横顔は語る。

「………疑問は当然だよね。
 俺も、なんか変だと思うよ……サーフィナさんの逃亡は」

「トモエが逃げる訳ない!
 もう後がなくて、だから誰よりも本気だったのに!
 病み上がりだったけど頑張って、評価だって悪くなかった!」

一日目の試験においてトモエ・サーフィナは結果を出している。
文句なしの高評価とはいかずともクラスの真ん中には位置していた。
しかし日が落ちた頃に突然行方知れずとなり試験中の逃亡と扱われた。
陽子は充分な結果を出した彼女が逃げるのはおかしいと抗議したが、
その決定は覆されずトモエのクラス落ちが事実上決定してしまった。
だが、どうしたことか話はそこで終わらなかった。

「そうかと思えば今朝になって発見と再試験の知らせ、だもんね。
 たぶん何かあったんだよ。先生ら妙にピリピリとしてたし。
 去年の輝獣発生数をミスした時よりはまだマシだったけど」

「あれは……もう別格じゃない?
 数の暴力って言葉を実体験させられたのよ、ほぼ全生徒が」

昨年の12月に行われた二人からすれば二回目のテストの際、
エネルギー集束装置で調整されていたはずの輝獣たちの数が
何故か大幅に増加されておりそのため全クラスが苦戦させられた。
あの時は生徒たち以上に教員たちの方が気を張っていたと思い返す。
それに頷きながらも陽介はその時と対応が違う事が気になっていた。

「でもあの時のトラブルは結局最後まで誰にもフォローは無かった。
 数が多かっただけ、それに対処できてこそ、って考えは解る。
 けど今回は個人の話なのに再試験がすぐに決まった。怪しいよ。
 総合監督は鬼教官として有名なドゥネージュ先生だし」

前回のトラブルとは別種のトラブルが起こっている。
そう考えざるを得ないが推察しようにもそれ以上の情報が無い。
これ以上は憶測にさえならないとその話題はそこで止まった

「なんにせよ首の皮一枚でも繋がったのは良かったわ。
 まあ、まーた焦ってテンパってなきゃいいけど」

「でも………あの時はむしろ俺たちの方がパニクったけどね」

皮肉気味に陽介が呟けば、小さく陽子はうんと頷いた。
トモエ自身の焦りが事故を誘発して彼女は大怪我を負った。
授業中の出来事でありクラスメイトはほぼ全員目撃している。
よく知る者が目の前で重傷を負う光景はあまりに衝撃的だった。

「なんにもできなかったのよね私たち」

「………物事の表現は正確にしようよ姉ちゃん。
 俺達はちゃんと彼女の救出と応急処置はしたじゃないか。
 ただ、動くのが……事態を把握して適切な行動を選ぶのが、遅れた」

その遅れが運良く致命的な事態を招くほどではなかっただけの話。
だがそれは当然の話といえる。誰であろうといきなりそれは難しい。
むしろ初動が遅れても出来ることが出来た以上褒められた行為といえる。

「まだまだ、よね」

「うん、まだまだだ」

それを頭では解ってはいるが彼ら姉弟は自分達を未熟だと評する。
幼さゆえの高い理想かそうなれるはずだという強い自信か。
ただこの姉弟の目指す所は成績がいいだけの生徒では届かない。
欲しいのは“力”とそれを使って生活の糧を得られる職だ。
子供である自分達が早くに一端の給金を得ようとしたならば、
この道を彼ら姉弟は進むしかなく、また運良く才能もあった。
地球人では珍しい高くバランスのとれたステータスと長い伸び代。
おかげで世間から注目され学園へは政府からの奨学金で通えている。
共働きだったとはいえあくまで家計の足し程度だった母の収入だ。
養育費がきちんと払われていても節約できる所はすべきだった。
ふたりの最終的な目的は母の頑張りを肯定できる世間的な評価と
その母に楽な生活を送らせられるだけの収入なのだから。

「さて、そろそろ次の天候に変わりそうだ。
 内容次第で出発するかどうか考えよう」

「ええ、トモエのことは心配だけど私達は私達。
 心配しすぎてこっちが失格しましたじゃ笑い話にもならないわ」

「人の心配は自分のことをきちんとやってから。
 昔から母さんに何度もいわれてるんだ。わかってるよ」

口酸っぱくいわれていたことを思い出して苦笑気味に頷く陽介。
苦しむ人を助ける行為を推奨してもあくまで自らに余裕のある時だと。

『自分を犠牲にして助けに来られても困るでしょう?』

そんな状態で助けられても重荷を背負わせるだけ。というのが母の自論。
それに陽子もまた頷いて立ち上がると目標の為の一歩をまた踏み出した。
いつか何でもない顔で無理せず母に助けの手を差し出せるように。




────────────────────────────────




がくりと大地に膝をつく。息が荒い。呼吸が追い付いていない感覚。
鞘に納めた刀を支えにしなければ上体すら地に沈むと動かせない。
許されるならそのまま意識を放り投げて眠りにつきたい欲求に襲われる。

「トモエっ!?」

輝獣に囲まれた状況でそれが許されるわけもないが限界だった。
体力ランクがC+である彼女がAAのリョウと同程度動ける訳がない。
攻撃系スキルで弾き飛ばしていれば話は別だったが彼女が選んだのは
身体強化を用いた投げ飛ばしであった。体力の消耗は避けられない。
ある意味リョウがやっていた小槌による打ち上げより激しい動きだ。
少女が誰よりも先に崩れ落ちたのはある意味当然の帰結であった。

「くそっ、おい! さっさと下が、っ!?」

相手はCランク程度の輝獣。フォスタのバリアは解けていない。
攻撃を受けてもケガの心配は少ないが問題はその数である。
常に百体程の輝獣に囲まれている中でのスタミナ切れは危険だ。
袋叩きにあえばどこまでバリアが保てるかは予測がつかない。
咄嗟に駆けつけようとした彼だがその方法を頭で選んでいる内に
一人と一匹が今まさに襲い掛からんとした輝獣の群れを一掃した。

「キュイ!」

「ふんっ」

放たれた雷が結界のように周囲を覆って輝獣を貫き霧散させていく。
それを越えてきた個体は彼のソードによる見事な一閃が切り裂いた。
リョウはその登場と息の合った動きに呆然としてしまう。

「『ライトニング』」

その油断を叱るように鋭い視線と共に手の平から雷光が放たれた。
半ば以上一直線に進んだ雷はリョウの背後にいた輝獣を黒焦げにする。

「ぼけっとするな。まだ休む時間じゃないぞ」

「わ、わかってるよ! うるせえなっ!」

馬面の熊のような輝獣を小槌で打ち上げながら悪態をつく。
周囲の状況を忘れて動きと思考を止めた事に羞恥と悔しさを覚えた。
それが顔に出ている彼に苦笑いしつつ彼女の目の前で手を振る。

「おーい、意識はあるか?」

「あ、はぁ、はぁっ、あ、はぁ……あるわよ。
 ……う、くっ、余計なことして、誰が助けてっていったのよっ」

肩を激しく上下させながらも強がる彼女にシンイチは感心していた。
同時に気が強すぎて逆に本人の脚を引っ張っているのが惜しい、とも。
その評価を胸に、されどそれで手加減する気は彼に無かった。

「俺が無理だと判断した。お前の未熟な判断はどうでもいい」

「っ」

辛辣な言葉の突き付けにトモエは唇を噛んだ。
半ば反射的に言い返していたが体力配分を間違えたのは事実である。
未熟と評されても何も言い返すことができない程に自覚はあった。

「おい、そいつ一応病み上がりだぞ!
 気付いてたならオレにカバーしろって言えばいいだけだろうが!」

その事情を気遣ってか。似た目的と過去を持つ幼馴染への同情か。
輝獣の相手を続けながらもシンイチの言い方に腹を立てる。
苛立ち交じりに噛み付くが全く意に介されない。それどころか。

「へえ、この距離で異変に気付いてもいなかった奴がよく言う」

「それっ、はっ……っ、このっ!」

痛烈な皮肉が返ってきてまたも一瞬動きと思考が止まってしまう。
暴れる輝獣の対処に遅れが出た事で僅かに後手に回っていた。

「……まあ出来なくても当然だがな。
 能力が高いだけじゃ誰かを抱えるのは難しい。戦場では特に」

「なんだそれ、くっ!」

「手一杯な奴はまず自分をどうにかしろってことだよ。
 苦心してる奴が無理に伸ばした手なんて掴み辛いにも程がある。
 助けは嬉しいが精神的に後々辛くなるんだよ、助けられた方がな」

実際に体験するまで案外わからないものだが、と彼は苦笑を浮かべる。
その何かしら影を感じるそれが気にならなかったといえば嘘だ。
しかし同時にリョウはその発言には納得できない点もあった。

「小難しいこといいやがって……お前が試験官で忙しいから
 オレたちに輝獣ノックさせてるんじゃないのか!?」

言葉と行動に微妙な矛盾があるような気配をリョウは感じてしまう。
実際は試験官もこなしながらの救援は異世界科学の補助もあり、
シンイチにとってはさほど困難な作業ではない。
一般的には勿論、困難どころの話ではないのだが。

「………へえ、手一杯なわりに頭働くじゃないか」

そこに気付けた事に感心、感心、と頷く。
まんま子ども扱いのそれに感情が逆撫でされるが状況がそれを許さない。
外骨格を装着せずに輝獣を故意に倒せない制限は苦労どころではなかった。

「ちっ、このっ、手一杯な奴はまず自分じゃないのかよ!」

「俺はいいんだよ、俺は」

「言うに事欠いてそれか!?」

あっけらかんと勝手な言い分を持ちだされて吠えるリョウだが、
その叫びは輝獣の群れの中に響いて虚しく消えていく。

「俺は、死にさえしなきゃ無茶じゃないって事にしたからね」

その裏でさらなる都合の良い自己解釈を聞いた者は誰もいなかった。

「にしてもあいつはまだまだ元気だねぇ。
 で、お前の方は呼吸ぐらいは整ったか?」

これが体力C+とAAの差かと冷静にその運動量を測りながら、
未だ大地に突き立てた刀を支えに膝をついている少女を見下ろす。

「え、ええっ、おかげさまで!」

するとどこか敵意にも似た挑むような目つきで彼は見上げられた。
この数分の間シンイチとヨーコに守られていた事は彼女も解っている。
だからこそ出来た短くも絶対的に自身に必要だった休息は与えられた。
けれど無理にでもそうして自らを奮い立たせなければ意識が落ちる。
それだけは嫌だと歯を食いしばってトモエは意地で耐えていた。

「くくっ、負けん気の強い奴だな」

大方の者ならば、可愛くない、恩知らず、と不快に思う所だが、
シンイチという少年はそんな意地っ張りが嫌いではなかった。
どこか器用に立ち回れない自分と似たモノを感じるのだ。

「なにかっ、言った!?」

しかしその笑みを馬鹿にされたと勘違いした彼女は食って掛かる。
どこかそう噛み付く事でしか自分を守れない不器用さが透けて見えた。

「強情っぱりで負けず嫌いのこの女ガキ大将めっ、と言った」

「なんで増えてるのよ!?」

それを見抜いておいてからかうのだからこの男は始末に負えない。
輝獣を小さな体と三尾で弾きながら“彼女”は呆れた表情で首を振る。
リョウの方も会話は聞こえているのかどこか驚いた顔を見せていた。

「………あいつがシカトしてたのなんか正しい気がしてきた」

昔から彼女の喧嘩腰な態度に負け続け、余波を受けた事もある彼は
あしらうどころか次々と笑顔で油を放り込むシンイチに愕然とする。
ソレを学園全体で誰に対してもやった光景を思い描いて青ざめた。

「あははは、やっぱバレたか」

「あんた、っっ!?」

激しやすい彼女は咄嗟に飛びかからんとしたが眩暈に再び膝をつく。
それでも意地でも沈むかと鞘に収まった刀を握りしめて耐えている。
精神がいくら激していても肉体にはもうそれに追従する余力がない。
その様子を見据えながら一転して淡々とした口調でシンイチは告げた。

「少し調べたがお前が大怪我した事故も切っ掛けはスタミナ切れらしいな」

「っ、それはっ……」

対ガードロボの模擬戦中に力を示そうと彼女は積極的に動いた。
だがそれが授業中のスタミナ切れを招き寄せてしまい、
運悪く大破扱いとなって倒れたロボの下敷きになってしまった。
その時点で体力と精神を大きく疲弊していたトモエは避けることも
バリアでその質量を完全に受け切る事もできずに重傷を負ったのだ。

「あえて、口にしないが何を言いたいかはわかるよな?」

「っ………」

お前は同じ失敗を繰り返す未熟者だ。
誰の口からもそんな言葉は出てはいないが、
自身でそう思ってしまった事実が何より深く彼女に刺さる。

「……………」

トモエのようなタイプは外部からの叱責より自ら非難させた方が効く。
その証明か刀を握る手には力が入るが射抜くようだった青の瞳は伏せられ、
彼女の気持ちを代弁するかのように髪の尻尾(ポニーテール)が力無く胸元に垂れ下がった。

「………しかし、本当に俺は趣味が悪いな」

それを見下ろしながらシンイチは苦笑気味に呟く。
俯く彼女を前に憐憫ではなく、もっと底辺まで沈ませてやろうか。
などと思わず考えてしまった自分にさすがに彼自身が呆れてしまう。
同じくらい逆方向で遊んでやろうと考えていることにも。

「おい、俵か猫か姫かセカンドバックか、好きなの選べ」

「……は?」

「5秒で選べ、5、4、3」

「あ、えっ、ひ、姫!」

突然提示された訳の分からない四択。
有無を言わせない雰囲気にトモエは思わずそれを選んでしまうが
瞬間じつに楽しそうに彼が笑ったのを見て彼女は誤ったと悟る。

「へ、ひゃあっ!?」

不意に身体すべてが地から離れるような浮遊感を味わった。
手も足も支えにしていた刀さえ大地と繋がっていない不安定さ。
されど同時に揺らぎもしない力強さと確かさの安定の中にいた。

「あ、あああっ、あんたまた!?」

「自分で選んだ癖に文句をいうな」

溜め息混じりに、ワガママだな、とでも言いたげに首を振る。
そんなことをする異性の顔が近くて勝手に彼女の頬は朱に染まる。
トモエはいま再びシンイチにお“姫”さま抱っこをされていた。

「意味がわかってたら別のを………結局似たようなもん!?」

俵。肩に担がれる。
猫。首根っこを掴まれる。
セカンドバッグ。脇で抱えられる。
他の選択肢の意味に勘付いてトモエは愕然とした。
結局の所どれも程度の差はあれ羞恥と戦う事に変わりなかった。

「お、お願いせめて猫かバッグにして!」

「昨日と同じじゃ芸がないかと思ったが本人の希望なら仕方ない」

どうせならそれらの方がまだマシだと訴えるが相手はシンイチだ。
そんなもっともらしく聞こえる言葉で彼女の文句は聞き流される。
猫のように運ばれる事も脇に抱えられる事もトモエとしては屈辱だが
肩に担がれたり、お姫様抱っこされるよりは遥かに良かった。

「お、下ろしてぇっ!!」

顔が向かい合っている上に近い。
体が異性の温もりに包まれているようで全く落ち着けない。
名の通りお姫様のように大事されてるような感覚がくすぐったい。
昨夜が緊急事態でありそれどころではなかったのが今は逆効果。
同じ事をされていたのかと思い返して彼女の顔がより熱くなる。
その他様々な言い表せない感情から暴れ回るが意に介されない。
そもそも疲れ果てた肉体での抵抗など幼子の駄々より弱々しい。

「はっ、自分で歩けないくせして何をいう。
 シングウジあとは任せる。まずこいつを休ませてくる」

「お、おう………」

抵抗し続けるトモエを抱えて彼が離れていくのを目で追いながら、
半ば以上反射的に頷いていたリョウは終始愕然としていた。
体は輝獣の相手をしていたが心はいま見た光景を信じられない。

「誰だよ、あの乙女?」

同年代の異性に抱え上げられ真っ赤になったトモエの顔。
腐れ縁な付き合いゆえに初めて見た表情に驚きが隠せない。

「キュ?」

その態度に、おやもしやこれは、とでも言いたげな顔を見せるヨーコ。
彼女の脳内では幼馴染、近づく異性、恋心発覚という“お約束”が浮かぶ。
期待する眼差しが彼女から向けられているとは知らずにリョウは
天啓を得たとばかりに嬉しそうに叫んでいた。

「はっ!
 そうだ、あいつらくっついたら俺トモエから解放される!」

「キュキュ~!?」

想像の斜め上の発言に人知れずその場でずっこけそうになった狐。
しかしリョウからすれば腐れ縁のいじめっ子など御免こうむるだろう。
幼少期の恥ずかしいエピソードを知られているのも大きなマイナスだ。
親戚や幼馴染としての付き合いなら100歩譲って仕方ないと割り切るが
異性としてはかなり「無し」であった。

「まったく!
 主様のとこに集まる女たちはどうしてこう厄介物件扱いなんですか!?」

あのメイドたちも、あのマゾ姫も、狐娘も、白髪戦闘狂も、と
自分は棚にあげてファランディア語で愚痴るヨーコであった。



一応二日目は次で終わる予定。予定ったら予定!
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