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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第一章「テストは利用するもの」

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04-14 教師として



アリステルらと別れたフリーレとシンイチは共に夜の森を歩いていた。
1-Dの試験エリアへ向かっているのだがなぜ徒歩なのかといえば、
いま必要なのは速度でなく自分達だけで話し合う時間であったからだ。

「───なら1-Dの生徒に精神スキルはかけられてないんだな?」

そして彼女はまず気になっていた事を彼に確認した。
センサーの感度をフォトンに特化させないと解らない彼女らと違い、
見るだけであのリングの有無が分かる以上彼の意見は重要だった。

「ああ、そんなのあったらさすがにもう気付いてる。
 誰一人そんなものはついてなかったし今はあいつをつけている。
 何かあれば今頃派手に雷か炎か氷の柱が見えてるだろうよ」

試験エリアを離れる際に彼は彼女を護衛役として置いてきていた。
連れてない時点でそう推測してはいたが確認できて素直に安堵する。

「やっぱり甘い先生だねぇ」

ホッと息を吐いた所へどこか嬉しそうに彼は声をかけてきた。
からかわれているように感じたフリーレは渋面で怒鳴り返す。

「うるさい。教師が生徒の安否を気にして何が悪い!」

「いや、まったく。ところでその生徒の一人としては
 いいかげんどうしてこういう扱いになったか知りたいんだが?」

「うっ」

嬉しそうな顔は崩さず、されど言い逃れは許さない鋭い眼光に怯む。
事情をろくに話せないまま彼に1-Dの試験官代理を要請した。
彼女としては仕方のなかった面はあるが同時に押し付けた感もある。
そのために少し言い出しづらいのが本音なのだ。

「………怒るなよ?」

だから思わず口に出してそれを懇願してしまう。
少年の目には明らかに呆れの色が出始めていた。

「内容次第だ。さっさと話せ」

「う……け、今朝、突然冷や汗まみれの学園長が私の所に来たんだ。
 試験の総合監督をやるはずだった先生が体調不良になったから
 私にその代わりをやってくれないかという話だった。前置きだがな」

「本題は……冷や汗をかいていた理由は別にあった、か?」

そもそも前日にはもう起き上がれないほどの高熱を出していたのだ。
当日の朝になるまで代理を決められなかったのは本題のせいだろう。
少なくともフリーレはそう推測していた。

「ああ、おそらくどこかから圧力があったのだろうな。
 『ナカムラ・シンイチを絶対に試験に参加させろ』
 学園長からかなり遠回しだったがそう強要されたよ」

「あちゃあ、ついにそう来たか連中」

厄介なといいながら目元を覆うが表情はたいして困っていない。
十二分に推測できていた事なのだろうと驚きもなく彼女は受け入れた。
そしてそれを行った相手のだいたいの見当も先程ついた。

「それはお前に渡るはずの情報を取捨選択してる連中か?」

彼女自身は今朝突然いわれた話なため学園長に圧力をかけた相手の
候補こそいくらか浮かんだが完全には特定しきれていなかった。
他の者達の前で少年が意図的に追及を避けた話題を聞くまでは。

「可能性としては一番高いね。生徒会のどっちか(・・・・)か。
 そのさらに上辺りが怪しい。奴らとしてもはっきりさせたいんだろ。
 俺自身は(・・・・)果たして普通なのかそうではないのか。試験にかこつけてな」

そうだろうと頷く。彼女は少年の実力の一端を知っている。
だが他からすればステータスの低い開校以来の問題児でしかない。
少年の事情を知る者にすれば何か秘密があるからこその態度にも思える。
それを暴く。実力を見る。ためならばこの試験はうってつけだろう。
参加させることができれば嫌でも実力を発揮せざるを得なくなる。
あるいは意図的に危機的状況を作り出す事も可能且つ学園内より簡単だ。
人の目は他にクラスメイトしかおらず、輝獣はそれこそ腐るほどいる。
事前にランクごとに選り分けているが他から連れて来る事は可能だ。
今日の試験終了後に送られてきた報告書で少年が1-D相手に
それをやっていたのを知った時は本気で卒倒しかけたが。

「そういう目的がさすがに見え透いていたからな。
 教師としては黙って従うわけにはいかない話だった」

隠す手伝いをする約束をしているから、だけではない。
それに他の1-Dの生徒が巻き込まれる可能性が高かったからだ。
シンイチ自身への心配はなかったが彼女はそこが心配だったのだ。

「……だから俺を代理試験官に、か。
 確かに参加はしているが実際に戦う機会は無いに等しい」

「試験官として入らせればアマリリスを引き離せなくなるしな。
 あれが隣にいる状況で何かを仕掛けたところで意味はない」

最強の獣が護衛についていては実力を見るどころの話ではない。
生徒としての参加なら彼女を引き離す必然性が生まれてくるが、
試験官にすればそれは無くなり彼自身に1-Dを守らせられる。
多少の不安はあったものの彼女が思いつけた次善策はそれだった。
ただ、どうしたことか少年は疑いの眼差しを向けてきている。

「………突然聞かされたわりにはよく考えたじゃないか。
 若干場当たり的で結果論で、後付な理由づけな気もするが」

気が利きすぎていると胡乱な目で見据えられて言葉が出ない。
実は当初考えたのは1-Dの試験官を誰にするかだけだった。
シンイチなら問題ないかとかなり安易に選んでいたりする。
もろもろの裏事情はそれを当人に教える前に気付いたのだ。

「………………なんでわかった?」

半眼で睨まれ続けて、ついに彼女は白旗をあげた。
どうにも彼に隠し事をし続けられる自信がなかったのである。
だがその発言が癪に障ったのか少年は突然吠えて返した。

「これまでの自分を振り返ってみろ!
 後先考えないでここにやってきたお前がそこまで頭の回る女か!」

「うっ!」

痛い所を突かれて返す言葉がない。
どこかその対応よりもそこに自覚がない事を責められている気がして
フリーレは余計に彼の言葉に反論できなくなって萎縮してしまう。

「その対応で助かったのは事実だ。そこはありがとう。
 だが結果うまくいってるだけでいいかげんな考えで実行したろ!?」

「か、感謝してるならそこまでいうことないだろう!?」

けれど彼女は考えが足りないなりに考えて行ったつもりだった。
いいかげんとまでいわれるのは心外だと疑問に感じた事をぶつける。

「第一それをいうなら今日のお前こそいいかげんすぎるぞ!
 普段は私に聞くなと言っているような事をぺらぺらと!
 知られたくないのではなかったのかお前!?」

「う、ぬ、それは…………すまん」

「え?」

そしてそれは予想外な事に少年にとって気にしている事柄であったよう。
吠えた勢いは完全に死んでしまい、少し項垂れているようでもあった。

「ちょっと今日はあいつに釘を刺さなきゃいけなくなったから。
 でもそのためにはちょっと俺って対外的には弱い奴だからさ」

何らかの“力”を見せなければ脅しが成立しなかったのだと苦笑する。
この言葉と表情に彼女もまた感情が落ち着き、眉を顰めながら彼に問うた。

「……いくらか力量を見せるための暴露だったと?」

「若干のお礼もあったけどね」 

「お礼?
 ああ、懐かしい物を見せてもらったとかなんとか言ってたあれか。
 まったく、お前は時々大胆なのか考えなしか解らない時があるな」

最終的に脅すために隠していた事をいくらか先に教えるなど。
それも名目上はお礼代わりも含まれているというのだから笑えない。
この少年は果たしてが大物か途方もない馬鹿か判断がつかなかった。

「ははっ、たぶんどっちも正解だと思うよ」

「………よしてくれ、頭が痛くなってくる」

隣を歩くその少年本人が能天気に近い受け答えするので頭痛を覚える。
少し前までの自身のセリフはどこに行ったのかと言いたくもなるが、
どうしてかフリーレはそれを追及する気になれなかった。
彼の急な気落ちが引っかかっていたのである。

「だから今回は悪かったって。
 つい興奮して思わず、アレ、ぶん殴って倒しちまったからな」

「あれ?」

その申し訳なさそうな声と共に指差された先を見て、呆然とする。
装飾過多な赤い鋼の巨人が大地を闊歩する姿に彼女は目を瞬かせた。
ただそれはシンイチがそれを殴り倒せた程度(・・)の事が理由ではない。
そんなことは自分も出来るのだから彼にできてもおかしくなどない。
少なくとも彼女の中ではそういう結論があっさり出ていた。

「話には聞いていたが地球人は巨大人型ロボットが本当に好きだな」

だから口から出たのはそのわずかばかりの呆れだ。
実用性や性能より見た目を重視した機動兵器はナンセンスに思える。
開発者曰く威力の高い武装を内蔵しているらしいが見た者はいなかった。

「あはは、全員ではないと思うけどね。
 俺も昔はグランファイザーに熱中してたから人の事はいえないけど」

「ぐらんふぁいざー?」

「あのガードロボの名前だよ。
 10年前に流行ったアニメに出てたロボットがモデルなんだ。
 そのせいで冷静さを完全になくして、気付いたら殴り倒してた」

「ん……」

かつて熱中してた物を実際に見て興奮するという話は彼女も分かる。
ただそのわりにしくじったと笑う少年の横顔にはどこか気落ちが見えた。

「……流れはよくわからんが、色々と暴露したのは
 その印象を薄くするのと脅しの効果をあげるためだったわけか」

「苦肉の策だったけどね」

失敗したよとこぼす少年の横顔は苦笑まじりだが疲れもまた見える。
自分との模擬戦ですら本気で疲れた顔など見せない彼のそれに驚く。
だが彼女は学園においてその理由を知っている数少ない者の一人だった。

「ん、10年前………そうか、お前からするとまだ4年前の話か」

彼を迎え入れる話が来た時に概ねの事情を彼女は知らされていた。
次元漂流で2年間異世界で過ごし8年後の今に帰還してしまったと。
短いとも長いとも言いきれない微妙な時間差の苦労は想像しがたい。
それを熱中した存在に示されては平静ではいられなかったのだろう。
彼がいなかった8年はただの8年ではないのだから。

「あはは、そうなんだよね。あれがもう10年前なんだもんな。
 他にもあいつ最近のアニメをモデルに武器とか作ってたけど、
 どれも種類は知ってたけど、どれも知らない物だったよ」

当たり前なんだけどと呟く微苦笑の横顔が彼女には痛々しく見える。
偶然無事だった生徒の武器にその流れを示される事を誰が想像できる。
だいぶ心乱されたのだろうとフリーレは感じた。

「………どんな感じなんだ、それは………言いたくないなら別にいいが」

それは疑問や好奇心というよりは生徒の悩みを聞きたい教師の言葉だ。
彼が模擬戦だけで彼女に厄介事を頼んだ事に負い目を感じていたように
彼女も生徒に模擬戦どころか相談までしている事に負い目と引け目がある。
教師として、大人として、何かしてやりたい気持ちは持っていた。
だから僅かに隙を見せた今しかもうチャンスはない気がしたのだ。

「………難しいな、言葉にするのは。
 知らないモノが多くて、知ってたモノは変わってて、
 それでもほんの少しだけ昔のままのも残ってたりして……
 当たり前なんだけど、うん、あれはけっこう来るんだよなぁ」

何を思って、そう答えてくれているのか。
何を思い出しているのか。初めて見る切なげな横顔に言葉が出ない。
それがこれまでで一番歳相応の顔に見えるのだから余計に痛々しい。

「先生には白状するけどさ。
 じつをいうと学園に来たのってそういう時間経過を匂わす物が
 ここが一番少ないから、っていう理由もいくらかあったんだ」

懐かしい人や物そのものが時の流れを残酷なまでに突きつけてくる。
ただ過ごすだけでその訴えが次々と重く、重く少年にのしかかっていた。
だから8年前(2年前)のシンイチが元より知る由もなかったこの場所なら。
彼がまだ何も知らないガレストについて教えている学園なら。
きっとナニも自分に訴えかけてくるモノはないはずだと。
そう思って、つい逃げてきてしまったと困ったように少年は笑う。

「……だからお前は時々周りを申し訳なさそうに見ていたのか」

「うわ、先生にもばれてた?」

夢や目標のために勉学や鍛錬に励む生徒たちはいわば前に進む者たちだ。
その中に後ろ向きな理由で逃げ込んだとなれば負い目を感じるのだろう。
似た経験があるフリーレにはその気持ちがよくわかった。

「私も、個人的な理由でここに来た口だからな。
 しかもここまで来ておいて兄さんの前で怖気づいた臆病者だ。
 全ては無理でも………少しだけなら、気持ちはわかるさ」

そんな類似点も気付けた理由の一つではあるが正確にいえば、
高い意欲や強い上昇志向の者が多い学園でそんな顔は目立つのだ。
強い負い目と引け目を抱えるその奥で見守るようなそれは他にない。

「心苦しいからな。周りが一生懸命であればあるほど。
 自分が悪いわけではないと頭では分かっていても、居心地は悪い」

まるでズルをしたかのような罪悪感さえ覚えてしまう。
自分はともかくシンイチの場合は本当に彼が悪いわけではない。
帰還者になってしまった事にも時差があるのも彼のせいではない。
異世界交流によって世界が変化した事も当然彼の責任ではない。
けれど世界が変化した事と時間差を抱えた事に彼は追い込まれ、
帰還者であったためにここに楽に入学できたのもまた事実であった。
それを負けて逃げ出したように考えてないか彼女は気がかりだった。

「……私がいうのもなんだが、少し肩から力を抜かないか?
 お前に責任が無いことを気にする必要などないのだから」

「本当にお前がいうなだけど、うん。
 あんたやっぱり優しい(甘い)教師やってた方がいいよ。
 厳しい教師と同じくらいそういう教師も生徒には必要だと思うぜ」

それが似合うと薦める少年に渋面で考えておくと返したフリーレだが、
遠回しに自分の提案には拒否をされたような気がして目を伏せた。
彼女も分かってはいた。確かに彼に責任はないが、自由もない。
難儀な立場だ。彼の実力を体感しているため彼女は強くそう思う。
聞かない約束で欲求を解消させてもらっているため真相は知らないが
自分達(ガレスト)や地球の考え(ルール)では説明できない何かがあるのは確実。
だが新しいルールが世に広まったばかりの今の世界でそれは問題だ。
そのルールに則っていま努力している人々の事を考えれば、
確かに軽々しくその事実を公表することはできないだろう。
隠そうとしている背景にそれがあると彼女は睨んでいた。

だが家名に思う所はあれど根っ子がガレスト武人・軍人な彼女には
生身の白兵戦とはいえ自分より強い者が窮屈に生きなければならず、
且つその実力に応じた恩恵を受ける事もできないのは納得できなかった。
だから、前々からあったある懸念がこの瞬間顔を出した。

「一つ、聞いてもいいかナカムラ?」

視線を隣の少年に向けて彼女は真っ直ぐにそれをぶつける。

「お前は──────ガレストが憎くないか?」

ガレスト人の教師が日本人の生徒に問いかけるには非常識な問いを。
様変わりした世界に心乱された子供に大人が聞いて良いものではない。
けれど彼女はそれを聞いておかなければならないと思ったのだ。
自分を模擬戦で何度も下せる強さや異常事態への対応力もあるのに、
周囲を慮って実力を隠そうとする少年の自分達への本当の本心を。
ある種の覚悟を決めて、されどはぐらかしは許さないと
シンイチを真っ直ぐに見据えた彼女は、しかし。

「は? なんでそうなる?」

問われた少年の顔一杯に広がる『意外』を目撃しただけだった。
そのために困惑したのは問いかけたフリーレの方となってしまう。

「ん、いや、そのっ……ガレストが交流しようと思わなければ
 この8年でここまでの劇的な変化を地球にもたらさなかったはずだ。
 変化は避けられなかったろうが許容できる範囲だったかもしれない。
 それにお前も色々と気兼ねなく本領発揮できるんじゃないかと」

「はぁ?」

ひどく呆れられたような声を出されて何か思い違いをしたかと戸惑う。
その慌てた様子がおかしかったのかシンイチは屈託のない顔で笑った。

「ふ、ふふっ、ああそういうことか。あんた考えすぎ。
 あとストレートに聞きすぎ。俺以外だと多分答えてくれないぞ?」

他の子の相談を聞く時はもっと頑張れと言外に告げながら、
そういう考え方をしたことはなかったと笑いながら答えてくれた。

「そういう歴史のたらればはあんまり好きじゃなくてね。
 時々は考えちゃうけど自分の過去の行動とかだけだよ。
 だいいち交流してくれてて俺はむしろ助かったんだ」

「助かった?」

「だって俺は2年分しか成長してなかったんだぞ。
 次元漂流を認識してる世界でも説明しきれてないのに、
 それを知らない世界だったら俺はモルモットかパンダだよ」

「あ」

どこでどう時間がずれたのかはまだ誰にもわからない。
けれどこの結果が変わらないのなら元のままのあの世界は果たして。
時間差の異常を抱えたシンイチを平和的に受け入れられただろうか。
あろうことか当人である少年自身がそれはあり得ないと口にする。

「家族の前には、たぶん出れなかったろうな。
 異世界というある種とんでもない物を認識した後じゃなきゃ、
 父さん達も15歳の俺を受け入れることは出来なかったと思う。
 だって8年も前に原因不明で行方不明になった奴がさ。
 ほぼ当時と変わってない姿で戻ってきたんだぜ?」

多少背は伸びてるけど、と小さく主張しつつ普通は疑うと彼は言う。
気味悪がられるか似ているだけの別人と思われるのがオチだと。
各種検査や共有している記憶があるので客観的な証明は可能でも
心情として受け入れられるかはそれこそ別の問題であり難しい。
そしてそこまですればどうしてそうなったのか調べられる。
話が世にもれれば周囲から家族共々好奇の目で見られただろう。
現在でも異常な能力を見せてしまえばそれこそ化け物扱いだ。

「そうなるのは目に見えている以上。
 8年後だと分かった時点で俺は姿を隠しただろうね。
 だから、まあ、驚いて混乱はしたけど助かった面もあるんだよ」

「ナカムラ……」

家族と再会することができたのだからと屈託なく笑う。
それを感謝することはあっても憎むことはないと彼は続けた。
その土台がなければ再会さえも自分はしなかったと言って。

だが父親たち“も”という言い回しに彼女は懸念を抱いていた。
それは既に誰かに受け入れてもらえなかったことを暗に示している。
やっと再会できた兄に受け入れてもらえなかった時の事が脳裏に甦る。

『あなたほどのご高名な方が訪ねてくださるなど光栄です。
 たいした物はありませんがご滞在中は精一杯おもてなしさせて頂きます』

休暇を無理矢理取ると止めようとした家人たちを強引に黙らせて
漸く実現した再会は愛想笑いと客人への挨拶という名の拒絶で終わった。
あの時の衝撃と痛みをこの少年も受けたのかと思うとやるせなかった。

「…………すまない、考えが足りない発言だった」

「次元空間が身近なガレスト人だと解らないさ、普通。
 こっちだって海も宇宙もない大陸だけの世界といわれても
 正直まだピンときてねえしな、お互い様だよ」

だから気にするなと逆に励まされ立つ瀬がなくなり落ち込む。
次元漂流による時差は彼ほどの期間となると異常だが一ヶ月内なら、
充分にあり得ることだというのを今のガレスト人は誰もが認識している。
異世界が公表された45年前以降に生まれた若い世代には常識に近い。
それを知らない世界をフリーレはイメージしきれていなかったのだ。

「けどさ。
 俺がもし『憎んでる』って言ったらどうするつもりだったんだ?」

「え、それは…………どうすればいいんだろうか?」

「俺に聞くなよ」

おい、と呆れる少年の隣りでそれを考えていなかった自分に首を傾げる。
疑いを持ちつつもそんな答えが出てこないと思っていたのか。それとも。

「単に、お前の気持ちを知りたかっただけかもしれん。
 それを、変えようなんてそんな偉そうな事はいえないからな。
 ん、たぶん、それだけだ」

説得や説教が出来る程、自分は立派でも利口でもないのだから。
それでもせめて受け持った生徒の考えぐらいは聞いておきたかった。
そういうことなのだろうと彼女は自分の中で一応の結論を出した。

「なんかあんたらしくない意見に聞こえるが?」

「………お前の中の私のイメージが気になる所だが、お前が言ったのだ。
 こういうこと、つまり相手の負の感情ありきの事で一撃必殺はない。
 相手の不信を越える物をコツコツ積み上げていくしかないのだと」

それは兄との関係で悩む彼女に向けられた少年の言葉だった。
憎まれてるのは辛いし悲しいが、それを無くす事はできない。
時間をかけて誠意を見せていき受け入れてもらうしかないのだ。
例えうまくいく保証が一切無かろうともそれを本当に願うなら。

「だから、まずはしっかりと知りたいと思ったんだと、思う」

自分達に向けている感情がなんであるのかという事を。
それを知らなければどう行動すればいいのかさえ分からない。

「……あんたみたいな人ばかりなら良かったのにな」

「ん、何がだ?」

自らの助言をそう受け取ったのかと微笑を浮かべる少年は、しかし。
小さく溜息を吐くがどうも彼女に向けたものではないように感じられた。

「ここに来る前、俺はそれこそガレストを憎む人たちを見た。
 異世界交流の結果悪い方向に環境が変わってしまった人達だった」

「……そうか」

その告白に答えられる言葉は彼女にはなかった。
ただ帰還してすぐにそれを見たのかとやるせなさを感じている。
盲信も否定もなくこちら(ガレスト)を見極めているような言動に得心はしたが。
そのせいか際どい問題だというのに彼の顔は平静で声は冷静だ。

「けど交流(・・)の結果というなら、当然────その逆もいる」

互いに行き来するからこそ、それを交流と呼ぶ。
ならばその結果生まれる社会の闇が地球にのみ存在するわけがない。
少し考えれば誰にでも分かることだが想像できている地球人は少ない。
良くも悪くも大勢の地球人たちは自分達の事で手一杯なのである。
だがそれを少年が勘付いている事を全く不自然だとは思わない。
この察しの良さを彼女はこれまで嫌というほど体感している。

「ガレストからの悪意……いわゆる反地球主義者か」

「学園内だけでもそれなりにいる。
 ガレストにはきっとそれ以上の数がいるだろう。
 ここだと上位者だから偉ぶってるだけに見えてるがな」

彼女は頷き、その問題に教師として頭を悩ませていると告白した。

「パデュエールの筆頭従者を中心としたグループだな。
 主人と意見対立してるくせに本人達は諫言してるつもりだからな」

困ったものだとどこか同情的に語る。
意見の自由は尊重したいがほとんどが特別科に所属しているために
その特権と見るか行き過ぎた態度と見るべきか難しい言動が多い。
しわ寄せが仲裁と謝罪に走るアリステルに行くのは何とも皮肉な話。
同じ次期当主という共通項があるせいか他人事には思えないフリーレだ。

「だがそれはあの娘の管轄だ。本人が頑張ると言っている以上任せておけ。
 俺が知りたいのはそいつらの主義主張と過激な奴がどれだけいるか、だ」

言外に教えろと目で訴えられて、わずかに躊躇うものの口を開いた。
今しがた自分がまず知りたいのだと訴えたばかりなのである。
ガレストのその意思を知りたいという要求は断りづらく、
また彼になら教えても問題がないという信頼もあった。
この情報をただの情報として受け取ってくれると。

「主義主張は色々ある。主だったものでいえば、
 技術力の差から対等な付き合いに納得いかない者。
 地球から入ってきた様々な文化に拒否反応を起こす者。
 そして交流によって悪い方向に環境が変わってしまった者、だ」

技術力の大差や異文化交流に必ず付きまとう問題もある中、
あえてシンイチのした表現と似た言い回しを使って彼女は示した。
それは何も地球だけの現象ではない。ガレストにも変化はあったのだ。

「とくに顕著だったのは食文化関連だな。あれへの好き嫌いは極端だ。
 私は好きな方だからよく解らないが食に楽しみを見出すことの意味を
 理解できないガレスト人は少なからす存在している。少数派だがな。
 そのため栄養剤だけの摂取は文化としても産業としても縮小化した」

肉体に必要な栄養を効果的にそれだけで摂取できるサプリメント。
ガレストにおける食事とはそういった薬にも似た物の事だった。
だが大多数のガレスト人が地球の食文化を歓迎してしまった弊害で
それらを作成し世界的に配布していた産業に大ダメージを与えてしまう。

「そうなれば当然そこで働いていた人たちは職を失うわけだ。
 しかも新しく入ってきた食文化に適応できなかったら……」

「肩身の狭い思いも、しているだろう。
 しかも本格的にガレストに入ってきたのは8年前から。
 その文化が無かった私達では料理というモノはまだまだ未知の分野だ。
 今急激に広まっている地球食ブームは地球人たちの独占産業といえる」

ガレスト側から輸出できるモノが様々な制限から少ない現状で、
需要が多くとも材料どころか人材すら輸入しなければならないのだ。
稼ぎの大半は地球側に流れていってるといっても過言ではないだろう。
それに不満を持つ者たちも潜在的な反地球主義者といえるのだ。

「で、過激な連中は?」

しかしそれらは一般的な意見でそれも少数派でもある。
ならばそうではない過激な者達。直接的な行動に出た者達の意見はなんだ。
その問いかけに何度目になるのかフリーレは溜息を吐く。察しが良すぎる。
嫌になるほどに。

「過激派に属する反地球主義者たちの主流な意見は、世間とは少し違う。
 私達と地球人は技術や文化の違いはあるが体の構造や精神構造に
 大差がなく、生殖も可能なほど同種だと科学的に証明されている」

「………できるんだ、子供」

まず気になるのはそこなのかと呆れつつも少年の目線が、
自身の腹部を凝視しているのを彼女は全力で意識の外に出した。
彼の場合純粋な疑問なのか意図的なセクハラなのか分かり難い。
藪蛇になる前に話を先に進めようと言葉を紡ぐ。
似ているがゆえに、危ぶまれている点を。

「だからこそ歴史の違いに地球人を危険視する者達が出てきた」

「歴史の違い………もしかして同胞同士の戦争の数?」

「その察しの良さをどうにか人付き合いに回してくれまったく。
 はぁ……私も最初に地球の歴史を知った時は我が目を疑ったよ」

溜め息混じりに、されど知った時の衝撃を思い出してか頭を振る。
教師であり元・軍人である彼女にはそれらを知る機会は多かった。
ガレスト人からすれば異常と思えるその歴史を。

「地球人の歴史はそれこそ戦争の歴史といっても過言じゃない。
 ああ、勘違いするなよ。勿論ガレストでも人同士の戦争はあった。
 少ない資源や領土を奪い合うためのぶつかり合いはいくらかあったが……」

「世界の広さや人口の差を考えても、数が違い過ぎたんだな。
 道理で不自然に思えるぐらい戦争の記述が少ないわけか」

「隠してるとでも思ったのか?
 あれで全部だよ。少なくとも名を残すほどの戦争は指の数で事足りる。
 地球人からすると逆に信じられないのは嫌になるほど知っているが」

これでもここで3年も教師をやっていたのである。
その手の疑問を何度か、それも同僚からでさえ向けられたことがある。
彼女が地球を最も異世界なのだと感じたのは実はその点だったりする。

「あとは後先考えない環境破壊や汚染。
 輝獣という脅威が無いに等しい世界で潤沢な資源を抱えてるくせに
 それらを浪費する地球人たちを同じヒトだと認識したくないのだと」

「はぁ、地球人の一人としては色々耳が痛い話だな」

反論する気も起きないと溜息を吐きながら少年は頭を振る。
だがそれを横目に少なからずフリーレは感心をしていた。
日本はそれらと比較的縁遠い国だというが情報は入る国と聞く。
13歳までの教育で自分達の世界の問題を知っているのだと感心した。
最近の生徒達が妙にその手の知識に疎いのが気になってしまうほどに。

「……それらは事前調査で判明していたから各国政府と交渉する前から
 地球と交流してこの戦争の歴史に私たちが巻き込まれるのではないか。
 この凶暴性が伝搬しないか。こちらに残る自然も破壊されないか。
 他にも様々な疑心から先に私たちが地球を侵略し支配・管理すべきだ、
 なんていう超過激派が残念ながら今でも根強く残って活動している」

広報課へ移動する前に何度かそういった者達と彼女は対峙した事がある。
その不安には一定の理解はするが短絡的としか思えないフリーレだ。
彼女としてはそれが切っ掛けで全面戦争になる事こそ恐ろしかった。

「なんかそういうところ相性悪いよな地球とガレストって。
 しかし30年以上も時間かけて何の交渉をしてたのやら」

遠回しな“相互理解する気あったのかお前ら”という少年に返す言葉がない。

「い、一応理由はわかってはいるんだぞ。
 輝獣という共通で交渉不可な外敵がいないせいだということや
 世界が広すぎて多種多様な人種や文化が生まれ過ぎたせいだと。
 まあ、ガレスト人にはよく分からない状況だから理解はされ難いが……」

輝獣がほぼいない世界も多種多様な人種や文化も。
人間以上に輝獣の数が多く、こちらで獣人と呼ばれる者さえ
同一種族と考えるガレストでその理由では多くが首を傾げてしまう。

「本当に相性悪いな」

「あははは……」

呆れたような目をする彼に乾いた笑みをこぼすしかないフリーレだ。
しかし少年は即座に顎に手を当てて考え込むような仕草をすると
ニヤリと口許だけを歪ませて不敵に笑う。壮絶に嫌な予感がした。

「ねえ、先生。聞きたいことがあるんだ」

「……………………なんだ?」

そしてそれは残念ながら外れず、その生徒は厄介な質問を投げかける。
まるで答えをもう自分は知っているといわんばかりの満面の笑みと共に。




「もし今、ガレスト世界が侵略を選んだら────勝てる?」
+注意+
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