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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第一章「転入初日」

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03-01 彼から見た学園(外)

突っ込まれる前にいいますが、時々出てくる○○年前の数字が
合ってないように思われるかもしれませんが、間違いではありません。

また冒頭で書かれている通り、
主人公の精神状態はまともではなくそれがかなり続きます。
 “彼”が『地球』に帰還してもう数週間が経過していた。
その直後から予想外の出来事の連続で彼はまだ頭の中を全く整理できていない。
知識面ではなくあくまで情緒面や感情的な部分が色々とぐちゃぐちゃになっていた。
考え込むと暗い感情が湧き出して際限なく沈み込んでいく自覚があるので、
ある程度を棚上げして今は新しい生活環境に慣れることを無理に優先させた。
落ち込むのも引きこもるのも自暴自棄になるのもその後にしておこう、と。

そんな後ろ向きな考えしか浮かばない時点でダメな事は本人が一番分かっていたが。

だからこそ面倒事の予感しかしないこの話を受け入れたともいえる。
いくつかの問題から逃げるためというこれまた後ろ向きな理由だが、
彼からすればその個人的な問題と世界的な自分の微妙な立場を
比べた場合、重たいのは前者で面倒なのが後者だったのだ。

異世界交流をしていた(・・・・)ために特殊な帰還になってしまった彼。
その存在はそこに“あるだけ”で落ち着き始めた世界を揺らがしかねない。
元々それを避けるのが帰還しようと思った一因であるのを思えば何とも皮肉な話。

「そのせいでここ(・・)に来るしか選択肢がなかったとしても、
 むしろ運が良かった。ついでにいえば都合もよかったしな。
 俺が一方的に家にいづらい、なんてどんな顔で言えばいいんだよ、なあ?」

それを自覚しながらも彼にとって重たいのは家族のことだった。
異世界との交流が彼の家族にもたらしたものはいま彼の胸を痛ませている。
ぐちゃぐちゃな頭でそんな痛みを抱えたまま家族と過ごすのは難しかった。
だから都合が良かったのだと自分に言い聞かせて彼は今日から通う建物を見上げた。



       ───UN=ガレスト合同特殊高等学校───



通称・ガレスト学園。
校門からは全形は見えないがその巨大さと従来の建築物とは違うデザイン性の校舎。
主にガレスト側の技術で作られたと匂わす機械的な建築は違和感しか覚えない。
特に石造りが基本のファランディアから帰ってきた彼にとっては余計に。
しかしながらその通称には思わず内心でだけだが失笑してしまう。
UN─United Nations─が示す通りここは国連との共同出資で出来た学校である。
それにも関わらず呼び名が片方だけを強く押し出したかのような『ガレスト学園』。
言いやすさやそのための学園である事などを考えれば適切といえる通称ではあるが、
その一方に寄り過ぎな外観もあって彼には存在を食われてしまったように見えていた。
残念だが一般にはガレスト側が作ったと思われているだけに的外れとはいえない。

「はぁ、中身もどうなってることやら……」

面倒事の坩堝にさえ見える校舎を見上げながらも彼はそこから動かない。
校門のすぐ横にあった守衛の役割もある受付の人から案内役が来るまで
ここで待つように言い渡されているためだが、手持無沙汰である。
暇潰しにと学園案内(パンフレット)を流し読みしていくがその謳い文句に笑いを必死で堪えた。

“最先端の科学技術を学べ”

“次世代を担うのは君たちだ”

“みんなで異世界交流しよう”

“その力が未来を拓く”

“世界を背負える若者を育てる”

こういったものが物事の正の部分だけを強調しているのだと理解はしている
しかし彼にとってはあまりに胡散臭い内容にしか見えず、また興味もない。

「これなら幸運の壺とかの方を信用するぞ、俺は。だろ?」

読むだけで疲れてしまいそうだとパンフをしまうと校舎とは反対方向を眺める。
今しがた自分が歩いてきた道のりであり、ここがどこかを示す光景。
思わず遠い水平線だけを見ていたくなるが間近の物が目につくのは当然だ。
街路樹が植えられた並木道。広がるのはどこか近未来と近代を混ぜた街並み。
彼が帰還する前の建物と異世界の技術で建てられた物とそれらが混ざった建物。
その三種がそれぞれ主張しながら異様な『街』を形成している都市。
ここからでは彼が乗ってきた船どころか港も距離と建物に阻まれ見えない。
何せこの都市は四国地方の半分ほどの面積を誇っているのだ。

「海上都市、ねえ。そういえば聞こえはいいけどな」

ここは太平洋上。日本の排他的経済水域から少し離れた公海。
そこに異世界からもたらされた技術で作り出された人工浮島がある。
およそ日本列島の四国地方と同程度の面積を誇る巨大海上都市。
それだけの大きさを誇るというのに海流や自然環境への影響はゼロ。
地球由来の技術では多数あった様々な問題点は軒並み解決されている。
そしてあえて島の半分は人が住む街として開発されきっているが、
残りは雄大な自然が作られて(・・・・)いるのだから驚愕するしかない。
何も知らない者に見せたら何百年も前からある島だといっても信じるほどだ。
これでガレスト世界にはもともと海がないのだというのだから、
彼らのこちら側への研究と理解、技術の応用力の高さが見て取れる。

「こんなの僅か数年で作れる世界と対等で友好な関係? 馬鹿言うなよ。
 技術力の差を見せつけられてそうするしかなかっただけだろうが……」

海上都市中央にそびえたつ巨大な建造物を見上げながら
当時の異世界交流反対派の人たちに少年はわずかに同情する。

───ディメンジョンゲート

次元の門とされた地面に立つ巨大な()はいま向こう側の景色が見えている。
これを起動させると枠内に次元境界が映り、そこを通り抜ければ“ガレスト”である。
そんなものを楽々と世界各地に作れたその技術力を見て抵抗できる者は皆無であろう。

「……ここ、本当に地球なのかなぁ? 私に聞くなって? 俺もそう思う」

疑ってはいない。理解はしている。だが疑いたくもある。
ゲート周囲には警護のためか翼のあるパワードスーツを装着して、
縦横無尽に空を舞う者達がおよそ二個中隊ほど集まっている。
ゲート正面には順番待ちをしているあちら側の航空機が浮いて並んでいた。
この光景を見て地球と思えといわれても、どう見ても『異世界』だ。
やっとの想いで帰ってきて故郷で見たい光景では決してない。
これならば“別の異世界に紛れ込んでしまった”ほうが精神的に楽であろう。

「いつものことながら俺って奴はどうして、こう……」

自分のタイミングの悪さに痛くもない頭が痛い。
自らの帰還がどちらかにズレていれば彼の頭痛の原因はだいぶ減っていた。
彼から見て厄介事の坩堝にしか見えないここに来る必要も無かったはず。
こんな不吉な名前を持つ都市になど。

「何が悲しくて栄光(クトリア)だなんてとこに来る羽目に。
 ファランディアだと生贄なんだよ。名前聞くたびに震えるわ!
 ああ、その通りだな。ぜんぜん笑えない一致だよ」

ガレストと地球を行き来するゲートの一つがある中立海上都市『クトリア』
地球にありながらどの国の物でもなくガレストにも所属してない。
両世界の交流と橋渡しを役目として互いの文化を学ぶ場所。とされている。
そして数少ないガレスト側の事を深く教える事が出来る学校がある場所。
旅行者は簡単に出入りできるが居住者が出るのにはいくつもの審査が必要で
学生は勉学に励むべしという言い訳でなかなか都市外に出る許可は下りない。
クトリアの意味があちらでは『生贄』なだけに深読みしてしまう少年だ。

「栄光ある生贄の都市か。ぶっちゃけただの鳥かごじゃねえか。
 そう思ってるのに入ろうなんていうのは俺ぐらいだろうけどさ……」

どんなお題目を聞かされても彼には絶海の孤島にしか思えない。
その意味を深く理解している者がどれだけいるのかと嘆きたい。
何があっても世間から離れた独自の自治権をもつ場所での出来事。
ありていにいえば、いくらでも、どうとでもなってしまうのである。
例えば異世界技術を難なく使える子供を集めて教育し次世代の戦力とする。
例えば公にはできない危険な研究を大手を振って人体実験する。
例えば独自の思想を植え付け洗脳し将来的に各国の中枢に送り込むスパイとする。
技術や知識の秘匿・勉学への集中、安全性の確保以上の何かを勘繰ってしまう。
その主導がガレストだろうと地球側だろうと彼には同じことだ。

「……わかってるよ。ただの杞憂であることはさ」

希望的な意見の声に、彼も自覚はあるので頷く。
陰謀というものはじつに厄介なことに人が思うほどには存在しない。
しかしながら“ある”ところには固まって“ある”のも事実であり、
その固まった所と妙に縁がある少年としては当然の疑いである。

「折角憧れてた高校生になれたのにな。
 まあ最初から楽しむためじゃなくて選択の余地が無かっただけだけど」

短かった中学生時代に夢見た高校生ライフへの憧憬は見る影もなくなっていた。
その事実は彼にとっての2年が決して短く楽なものではなかった事が窺える。
物事の考え方がどうしても物騒な陰謀方面に寄っていってしまうほどに。
何せ例に挙げたものがファランディアで実際に起こったものだと知っている。
いくつかは直接見たことがあるだけに彼はどうしても懸念が消えない。

「……ありがと……まあ、どうでもいいんだけどね正直」

とはいえ、そんな杞憂を持ちつつも彼の本音はそれに尽きる。
帰還方法を探す旅の中、巻き込まれた事件や陰謀の数は十や二十ではない。
そのせいか時にマクロ的といえるほど妙に達観した考えを持っていた。
国を超えた世界同士の関わり合いで腹の探り合いや摩擦、駆け引きは当たり前。
直接火の粉が振りかかるなら払うが、そうでないのなら好きにしろ。
それが少年の基本スタンスである。それがどこまで保てるかは別の話だが。

「おい、やめてくれ。
 俺はもう面倒ごとに関わるのはまっぴらごめんだよ。
 卒業まで平穏に、そして静かに生きていくのが今の目標だ」

高校生になったばかりの人間がたてる人生目標ではないが、
いつ魔獣や野盗に襲われるか不安になりながらの野宿の日々も。
何日もの間、食糧にありつけずにさまようような旅路も。
陰謀、策謀、騒動、面倒に襲われて陥った命の危機の数々も。
何より、バカなことやらかす勇者も考えが足りない王女も、
奔放で大雑把な魔王も傍迷惑な教会騎士団も仇敵・邪神教団も、いない。
それだけでもう幸福だと彼は感じていた。安い、とは言ってはいけない。


───俺は、もう気楽に生きる!

   そしてこの学園で、平穏を手に入れるんだ!───


人目(・・)さえ無ければ彼は手を振り上げてそう叫びたかった。
もっともそれは決意表明というよりはかなり強引な現実逃避である。
そのためすぐに彼は現実を見るしか選択肢がなくなってしまう。

「やっぱ無理だよねぇ……そうですよねぇ……わかってるよ」

溜め息と共に渇いた笑みを浮かべながら肩を落とす。
そして視線をぼんやりと校舎を眺めた風を装って意識だけを周囲に向ける。
彼の感覚が球状に広がっていき周辺に不審な気配が存在しない(・・・・・)のを確認する。

だから隠れていた5人を視つけた。

その遠慮のない視線と隠れ方に「ド素人」と内心で毒づく少年だ。
受付の建物の影。街路樹の裏。植え込みの奥。校舎近くの大木。
最後の一人は移動しながらこちらを窺っているのが手に取るように解る。
最新鋭のガレスト流の気配隠蔽技術(・・)は視覚を誤魔化す光学迷彩と
ステルス性の高いエネルギーの膜で対象をあらゆるレーダから隠す。
普通ならばそれで隠れられたら見つけることは困難であろう。普通なら。

「へたくそ」

その原理に勘付くも彼は小さくそう吐き捨てる。
完璧に気配や姿を消せる技術はたしかに一流であろう。
だがそれで気付かれないと思っているなら二流以下である。
人がいる場や様々な生物がいる自然の中で完璧に気配を消すのは下策。
何せそこだけ気配が何もない空間が出来てしまうのだから逆に丸見え。
ましてやそれが人型サイズとなれば隠れていると告白しているようなもの。
そういう場では気配を消すのではなく周囲に同化させる別の技術(ワザ)が必要。

「相変わらず雑な運用……」

小さく呟きながら隠れるように息を吐く。
ファランディアでの生活で鍛えられてしまった彼の気配察知能力は
そんな不自然さに敏感ではあるものの、それにしても隠れ方が雑に思えた。
気配の消す技術が完璧であるがゆえに余計にその使い方の間違いが際立つ。
ましてや監視対象にその視線を悟られるなど問題外である。
監視している。見張っていると視線で語りすぎなのだ。

自然とまた溜め息がこぼれてしまう。
彼の入学理由の一つである保護(・・)の観念から見れば当然の人員ではある。
しかしながら不躾な視線は護衛対象への視線ではない。監視・観察対象のもの。
これがもしずっとついて回るのなら平穏という言葉は遠い夢の話である。

「また選択ミスったかな……」

他に選択肢なかったけどね!と心で続ける。
誰も見ていないのなら盛大に舌打ちをしてやりたい気分だ。
正確には“別の選択肢はあるにはあったが選べなかった”が正しいのだが。
その苛立ちからくるちょっとした悪戯心で彼はタイミング良く突然振り返る。

「ひえっ!?」

かなりの近距離で両腕を広げた状態で驚きに固まる少女が一人いた。
作り物とは明らかに違う天然の桜色の髪と驚きに見開かれた大きな碧色の瞳。
どう見ても地球人固有の色ではなく人工物特有の不自然さがまるでない色合いは
彼女が地球の人間ではないことを無言で証明していた。

「…………初めて見たかも。「だーれだ?」の途中失敗」

いや、そんな馬鹿な事する奴いるのか。
そう思いながら彼はそこで初めて日本語(・・・)で発音した。
されど出てきた言葉はそれだけであり彼女の容姿については無反応。
ファランディアではありがちな外見であり珍しく感じなかったのだ。
その時点でこの世界では異質なのだという事に彼はまだ無自覚である。

「び、びっくりしたなぁ、もう!
 いきなり振り返るからボクびっくりしたよ!?」

一方固まった表情を笑顔にして飛び跳ねながら驚きを表現する僕っ娘。
元気そうな甲高い声は相手に不快感を覚えさせない朗らかさも混ざっていた。
ただしその口の動きと発音はまったく一致していなかったものの、
少年の耳にはっきりと日本語として聞こえた。

「そうか、すまなかった」

それを気にせずに彼は抑揚のない声でそっけなく返す。
内心ではしてやったりでガッツポーズをしているが億尾にも出さない。
例え彼女が他の連中と同じ気配の消し方(・・・・・・・・)で背後に立っていたとしても、
傍目にはガレスト学園の白を基調とした女子制服を着ている小柄な女の子。
160ほどの少年より身長が低くおおよそ150ほどの背丈。
そんな少女に警戒した態度をとるのもおかしな話なのだ。
“何も知らない一般人の少年”を気取るなら。

「君が転入生のナカムラ・シンイチくん?」

「はい、あなたが今日案内してくれる方ですか?」

どうしても見下ろす格好になるが言葉だけは丁寧に整えなおす。
日本語での敬語はかなり苦手だがこの場合それっぽく喋ればいい。
あとは少女が身に着けているインカム型翻訳機が行う仕事である。

「固いよシンシン! 緊張してる?」

しかし少女はその態度がお気に召さなかったのか不満顔。
一方彼は生まれて初めてされた呼ばれ方に余計に表情が硬くなる。
それを純朴“そうな”瞳で心配“そうに”見上げられながら返事に
窮している間に少女は勝手に自己完結してしまっていた。
少し、いやかなり予想外の方向性で。

「よし!
 なら今からこのボク、ミューヒ・ルオーナちゃんが肩を揉んでしんぜよう!」

「っ、なんでだよ!?」

言うが早いが素早く手を挙げて彼の肩を掴もうとするのを逆に掴み止める。
少女の中では緊張をほぐすのと肩を揉むのはつながっていたらしい。
だがその謎の関連より彼にとってはその名前がひじょうに問題だった。

「というかミュ、ミュ、ミューヒ・ルオーナだと?」
「そうだよムラシンくん」

その通りだワトソンくん、のようなノリで肯定する少女。
ころころ変えられる愛称と想定外に力強い腕力の前に調子が狂うが、
彼はどうしてもその名前を口にしづらく顔を顰めてしまう。

「なんて呼べば?」

「うん? ミューちゃんでもヒーちゃんでもミューヒさまでも好きに呼んで!
 あと敬語とかもなしね! 同じ学校に通うボクたち仲間なんだから!」

にっこりと嬉し“そうに”笑う少女。
無意味に高いテンションに思わず素で苦笑いするシンイチである。
だが、なんでもいいという言質をとったのをいいことに
仕返しなのか彼は勝手に彼女への愛称を作りあげると告げた。

「じゃあ、ヒナ」

「え……わざわざ尻尾の文字つなげたの?」

その名に意表を突かれて腕から力が抜けて下ろされる。
同時に『なぜ?』といった顔で小首を傾げながら彼を見上げてた。
可愛らしい仕草ではあるがシンイチはそれどころではなく気分が悪い。
たった一度確認のためとはいえ、ミューヒもルオーナも発言するだけで嫌悪が走る。
似た発音の言葉がファランディア語にあるのだがかなり汚くて不快な言葉だ。
この2年親しんだ言語であるためその名ではかなり呼びづらかった。
だからほぼ適当に考えた結果終わりの文字をくっつけて読んだだけ。
偶然あちらの言葉で『明るい』や『暖かい』という肯定的な意味になったが。

「いやなら他にも考える」

「………ううん、ヒナ……うんそっか、ヒナ、か。えへへ……」

小さく首を振りながら適当につけられた名前を何度か噛み締めた彼女は笑った。
表情から溢れ出る嬉しさに信一は瞬間的に苛立ちを覚えるものの、
すぐに先程までの無表情と抑揚の無い声で隠して、次を促す。

「案内を頼む」

いまは他人様の問題に口出しできる余裕が自分にはない。
嬉しいならそれでいいじゃないかという言い訳をして彼は逃げた。

「うへ? あ、うん!そうだね!でも…………」

しかしミューヒは本当に不思議だという顔で彼の頭。いやその上を見上げて訝しむ。
その視線に彼もその存在を失念していたことに気付いて、呆れた。

「ん? あ!」

彼女が来るまでの間ほぼ“彼女”に向けて喋っていたというのに。
傍からみれば独り言を呟き続けるようにしか見えないとはいってはいけない。
とはいえそれだけ自分が抜けていることの証明であり別の意味で頭が痛い。
やはりいまの自分は正常な状態にはないと自分で気付いてしまう。
内心がっくりと肩を落としている彼にそうとは知らずミューヒが問う。

「その頭の上の、ナニ?」

「ヒナの頭の上にあるのと同じものだと思うが?」

「いやいやいやいやっ、イッチーそれは無理があるよ?」

手を左右に振ってさすがに呆れ顔となるが笑顔は絶やさないミューヒ。
なにせソレを“同じもの”とするのは少々、いやかなり無理があった。

「確かにボクの頭の上には狐耳(・・)があるけど、それはまんまキツネ(・・・)さんだよね?」

ピコンピコン。
まるで瞬きするかのように縦に動いた獣耳。

「キュキュッ!」

ガシガシ。
小さくも鋭い爪が黒髪の頭をかく。

「うっ、こら狭い所で暴れるなっ」

ズバリと指摘されて怒る頭の上のキツネ(・・・)さん。
その呼称が気に入らないのか頭の上の獣は小さく少年に抗議する。

「怒るな、前にいったろ?
 お前はどう見てもこっちだとキツネにしか見えないって」

「キュキュー………」

なだめると不満げながらも納得はしたのかおとなしくなる頭上のキツネ。
けれど器用にも慣れた動作で肩に乗り移ると甘えるように頬ずりをしてくる。
金色にも見える美しい毛並と細長い目に彼女の頭にあるのと似た特徴的な形の耳。
顔つきからしてもこっちのキツネを知ってたら小型のキツネにしか見えない。
キツネらしいあの特徴的な形の尻尾が三本も(・・・)なければ、の話だが。

「ラッシー、もしかしてその子アマリリス……フォックス?」

まさか、という顔で指摘するミューヒにシンイチは頷く。
アマリリスといえば花の名前だが当然それとは別のモノ。
同じ名前を持つ生物がガレストにいただけという話に過ぎない。
後付っぽくフォックスと付けたのは混同しないためにガレストがした処置。
同名別物があれば地球でそれに似たモノの名前を後付けして混同を防いでいる。
だからこの世界で“彼女”はアマリリスフォックスという学名をもつ。

「キュー!」

「……そんな名前で呼ぶなってんだろ?
 わかってるけどそれで我慢してくれ」

実際は見た目が似てるだけのファランディアのテンコリウスが正式な学名。
彼がファランディアで知り合った者の中で一番付き合いの長い相棒である。
本来こちらに連れてくる予定は無かったが、彼にとって
あまりに想定外のことが起こり過ぎて残すしか道がなくなった。
結果的にはその存在が自分を助けることになったのもあって。

「すごいねラッシー。
 アマリリスは普通人に懐かないっていうのに」

「ああ、そうらしいな……てなんでラッシー?」

テンコリウスもそうだよ、と胸中で付け足すが
今度は完全に意味不明な愛称で呼ばれて戸惑うシンイチ。
しかし少し考えれば単純な由来。ナカム“ラシ”ンイチの真ん中である。
だがそうだとしてもあの超有名な名前をつけられると名前負けの感が強い。

「俺はあんな名犬じゃな………」

いぞ、と続けようとしてふと気づく。
かの名犬ラッシーは引き離された飼い主の下にいくつもの苦難を越えて帰る話だ。
一方、彼は異世界に流れてそこから必死の思いでやっとこっちに戻ってきた。
まさかの酷似だった。

「なんだよそれ、俺マジで人間版ラッシーかよ。あはは……。
 俺はハッピーエンドにならなかったけどね、あはは……」

乾いた声で投げやりに笑いながら聞きづらい程の声で一人呟く。
さすがに破天荒そうな彼女もそれには驚いて、目を丸くしている。

「ラ、ラッシー?」

「ごめん……それだけはやめて、本当にやめて」

非情に弱っている彼の精神が大きく揺さぶられる。俺犬以下か、的に。
どこか必死な形相の頼みに分かってくれたのか笑うのも忘れて彼女は頷く。

「わかったよイッチー、それじゃ案内するからボクについてきてね」

先に進んだ彼女を追いかけながら時折ニコニコした顔をして振り返る。
丈の短いスカートを翻しながら小さな尻尾も楽しげに揺れていて楽しげに笑う。
あの動きでその下が見えないのはもう一流のテクニックだ。

「ほら、早く早く! 急がないと今日が終わっちゃうよ~!」

「ああ……」

その有り余る元気を振りまくような動きに重苦しい何かが胸でざわめく。
異世界で生きるために鍛えられてしまった洞察力の高さは厄介である。
その元気も浮かべている笑みもただの仮面だと気付けてしまうのだから。

だからこそ一瞬だけ。
ヒナという名をもらったあの時の笑みが本物だと気付けて彼は頭が痛い。
今日あったばかりの他人からあんな名前をもらって本気で喜べてしまう。
そんな彼女はいったい今までどんな道を歩いてきたのか。

「厄介事満載の予感だよ、なあ?」

愚痴っぽく彼女に向けてファランディア語で呟く。
聞かれても問題ないようになのもあるが、そちらの方が話しやすい。

「キュキュイ」

「“そんなのいつものことではないですか”ってか?
 嬉しそうに鳴くんじゃねえよ。まったく」

そう。知ってしまったら、放っておくわけにはいかない。
見て見ぬふりをするのはこれまでの自分を嘘にする行為だ。
何より彼自身にそんな選択肢を選べる自由などない。
どの道調べるのは決まっていたのだ。ならば項目が一つ増えたに過ぎない。

「何してるの! 置いてくよ~~!!」

「ああ、いま行く」


──さて、それじゃ行きますか
噂のガレスト学園。その出来栄えというものを知るために。
そしてその結果、彼やその家族、世界にとって害悪なら潰す。
なんだかんだと悩んで後悔して、愚痴ばかりだった彼であるが
当初からそれが目的でこの都市に、この学園にやってきた。

「出来れば、潰されないでくれよ?」

彼からすれば都合がいい隠れ蓑。
三年間きちんと自分を保護して隠してほしい。
その程度しかこの学園に存在価値なんてないんだから。
そんなことを考えながらミューヒの案内で彼は校舎に入っていく。



奇しくもそれは彼が異世界に迷い込んだあの日と同じ日付。



まさに新たな生活の始まりにふさわしく、そして────






────なにより、最低に面倒な日々の幕開けにふさわしい日付だった

これが後々、信一が学校で浮く原因。

一般生徒→→よっしゃー!!超エリート校に入学できた!!俺はやってやるぜ!!

なのに対し

中村信一くん→→え、なにこの胡散臭い学校……怪しいわぁ……

なので、かみ合わない、かみ合わない(笑)


ここからしばらくは時系列通りに進んで学園とガレストについて
いろいろと説明していきます。
+注意+
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