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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第一章「テストは利用するもの」

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04-10 ロマン武装、乱舞(後編)

予定通りにはいかないものだね……三日もずれるなんて。
できると思ったんだけどなぁ。

今回も前回並にいつもより長めです。



「おおっ、やっぱりわかってくれるか同士! まさにこれこそ男の武装だよ!」

「ぱいるばんかー?」

「え、杭の燃料庫ってなんですか?」

なぜか静かな面持ちながら驚愕しているシンイチと興奮するヴェルナーと違い、
女性陣にとっては完全に未知の単語だったらしく全く理解できていなかった。
翻訳ソフトの違いでそのまま聞こえたり直訳されたりしたせいである。
それを見てひとり楽しげに笑う男はロマンの技術者ヴェルナーであった。

「ふふふ、一度言ってみたかった台詞がようやくいえる!
 では、説明しよう(・・・・・)!! パイルバンカーとは───!」

───パイルバンカー。
それは蛇腹剣と同じく創作物やゲームなどで出てくる架空武器の一つである。
金属製の槍ないし杭をなんらかの力で高速射出させて対象に打ち込み、貫く兵器。
創作物の中では超近接兵器として扱いにくいが一発の威力が高い武器として扱われる。
蛇腹剣に比べれば構造は単純ともいえ一定の技術と材料があれば作成は難しくなく、
また実戦使用を考えなければ“使う”事に対する難点もほぼないともいえる。
なにせ目標に叩きつけて杭を射出させるだけでいいのだから───

「───けど兵器として問題点がまるで無いわけでもない。
 まず究極的に相手に接近しなければならないという射程の短さは問題だ。
 それに威力を追及するとサイズと反動が大きくなっていくのは避けられない。
 他にも構造(ギミック)にもよるけど使用後から再使用までのタイムラグもある。
 一度突き出た杭を元の状態に戻す。あるいは完全に射出する物なら補充する。
 そんな時間はこの超近接武器にとって致命的な隙なのは俺でも分かる」

彼は確かにロマンを追っているがそれらの架空武器の欠点を知らないわけではない。
だからこそそれを解決できる可能性を見出したガレスト科学に興味を抱いたのだから。

「仮に初撃を外したりそれで仕留められなかったらアウトなのですね」

一方でその話を聞いた彼女は自分がそれを使った所を想像して眉根を寄せた。
動作としては殴りつけるに等しいためブレードやランスの方が性に合うと考えた。

「一撃必殺系のロマン武器はたいていそうなっちゃうけどね。
 まあ反動とかサイズはガレストの技術でどうにかなったし、
 威力もこっちが想定した以上のものに…………なった、と思う」

顔に出ていたその感情を気にした風もなく一通り語っていた彼だが、
尻すぼみ気味に突然自信を無くした表情と声を出すと目を大きく泳がした。

「思うって、さっきあなた自信満々に貫けると仰ったではないですか!」

「シミュレーションではいけたんだけど……まだ試射してないから正確には」

よくわからないんだ、と正直に口にしたヴェルナーである。
ここまで未完成品を出した以上隠す気もないのか苦笑交じりに告白した。

「い、一応グレーということでセーフ……で、いいのでしょうか?」

「ハハっ、どっちにしろ未知数ってことで、いいんじゃない?」

元々問題視はしていたが告発まではする気はなかった彼女だ。
微妙に気勢をそがれてどうしたものかとこれまた微妙な表情を浮かべる。
自分の中でこの一件をどう処理すべきなのか決めかねているようであった。

「……かなり痛いんだがな、あれ」

そんな会話を聞いていたのかいなかったのか。
なぜか懐かしむ─そして痛みを孕む─ような視線でその武装を彼は見詰めている。
呟かれた言葉は小さく声を発した事は分かっても内容までは誰にも届いていない。

「シンイ……こほんっ、ナカムラさんどうかしたんですか?」

「あぁ、いや、ちょっとな。
 パイルバンカーには少し思い入れがあってね。
 こいつはたぶん……すごく強力だと思うよ」

「そうだろっそうだろっ!!
 これぞ男達のロマンの塊だよ!! なんでもぶち抜いてくれるさ!」

「……さっきと言ってることが違いませんか?」

「この子の現実と夢の境目がどこにあるのか本当によくわかんない」

同士の理解を得たと興奮するヴェルナーと苦笑いする女性陣を尻目に、
“なにせ直接食らったことがある”とはさすがに語れないシンイチだ。
その脳裏には左手に杭打機を装着して戦う金髪(ブロンド)女性(シスター)が浮かんでいる。
初めて見た時はファンタジックな世界の神の武具がなぜ杭打機風なのかと首を傾げたが
実際は神槍の投射機で彼女の使い方がおかしかったのだと知ったのは事件後の話。
あれは痛かったと思い返して衣服の下で揺れる三日月(形見)を押さえつつ口を開く。

「それで?
 これも未完成なんだろ、理由はなんだ?」

これまでの事もあってシンイチが確信を込めて聞けばヴェルナーは再度目を泳がす。

「え、あぁ、その、なんだ…………笑うなよ?」

「ヴェルブラくんの作った物の不備はたいてい笑えないから大丈夫だよ」

ミューヒの何気に毒の混ぜる言葉を可愛らしい笑顔でいわれて彼の顔は引きつる。
ただ彼としてはこれまでと方向性が違う問題点なため口に出しづらかったのだ。
とはいえ今更でもあり皆の意見を聞いてみたい欲求もあって悩みながら口にする。

「……………………重たいんだ、すごく」

「は?」

「だからっ、簡単には持ちあがらないくらい重たいんだよ!
 俺のBランク筋力じゃ全力で力んでも数センチしか上がらないぐらい!」

恥ずかしそうにそう叫ばれて見てみれば置いてあるだけで地面にめり込んでいた。
否、現在進行形で沈み続けているのがはっきり見て取れて三人共目を瞬かせる。

「どんだけ重たいのよ、それ?」

「くっ、はっ、これはっ……わたくしの筋力Aでは抱え上げるのが限度です」

物は試しとアリステルが両腕で持ち上げればふらつきながらようやく抱えていた。
ガレスト基準の場合筋力のみならBで楽に(・・)持ち上げられる限界は150kg前後。
Aランクともなれば200kgを楽に持てるといわれているがそれでもこれだ。
彼女としては500kgを越えているのではないかと考えながら下ろしていく。
余談だがランクごとの限界となると個人差が生じるため数値としては明記できない。
同じAランクでもA+に近い者とA-に近い者とでそれなりの差が存在するためだ。

「うっ、はぁはぁっ……どうしてこのようなとんでもない重さに?」

持ち上げるのも下ろすのも息を乱して苦労した様子の彼女は素直な疑問を口にする。
抱えられた事に内心さすが特別科だと感心しつつも彼は苦笑を浮かべて答えた。
あまりにも、おい、と言ってしまいたくなる理由を。

「さ、最初は威力と使いやすいサイズを追及して設計してたんだけど、
 そうすると普通の材料じゃ強度不足になるのが途中でわかったんだ。
 で、元々俺は学園生徒が使える材料や施設でこれまで以上の金属が作れないか。
 っていう研究もずっとしてて今年完成したそれを使ってみたんだけど……」

「それが恐ろしく重たい金属だったのでこうなった、と?
 そんなの作る前にわかるでしょうにどうしてお作りになったのですか?」

「い、いやぁ、これでようやく完成するかと思ったら興奮しちゃって。
 夢中になって作り始めたら重さの事は頭から抜け落ちてて……こんな事に」

おい。
あははと乾いた笑みをこぼすヴェルナーに周囲から一斉に冷たい視線が注がれる。
どうにも彼はロマンとアイディアを先行させ過ぎるため何かが抜けていた。

「そのおかげで確かに頑丈さはとんでもないレベルになってるけど、
 比重も同じくらいとんでもない数値になってそうだぞ、これ」

呆れた顔のまま地面に沈んでいるパイルバンカーをノックするように軽く叩く。
その感触に大まかにだが“硬さ”を感じ取ったシンイチはこれならとさえ思う。
しかしさすがにこの重さでは自分の全開の筋力でも使い辛いだろうと苦笑いである。
それほどの労力をわざわざ使うぐらいならその力で殴った方が手っ取り早い。
その辺りは現実的な思考をしているシンイチであった。

「なんか解決案、ない?」

だからかヴェルナーにストレートに案を求められ、思わず渋い表情を浮かべた。

「………なぜに一番知識がない俺に聞く?」

「だってこれまでも解決案出してくれたじゃないか。これもって思うだろ?」

既に調整作業を終えたのか赤い圧縮空気銃を手元でくるくると回しながらいう。
その視線には期待と確信めいた感情が透けて見えている。何もないとさえ思ってない。
小さく溜息を吐いたシンイチは困ったように頬をかくと───瞳を怪しく輝かせた。

「蛇腹剣とその銃、それとこれを無償でくれるなら思いついた事は言う」

パイルバンカーを含めた武装を三つ指差した彼の言動に皆が一瞬絶句する。
確かに彼の言葉はそれらが抱えていた問題点の解決の一助になっていたが、
それで明らかにとんでもないコストがかかっていそうな武装を寄越せという。
かなり法外に近い要求だが既に彼はシンイチの解決案を受け取り過ぎていた。
無論、シンイチはそれを見越したうえでこんな要求を出している。
それに勘付いたヴェルナーはやられたと手で顔を覆った。

「あちゃあぁ………そこでアイディア料の請求とはやられた。そう、だな。
 うまくいったら構わない。もしダメでも剣と銃はやる。それでどうだ?」

しかしそれでも存外に早い決断にシンイチはわずかに驚いてしまったが。

「随分あっさり決めたな。壊されるのにはあんなに抵抗したのに」

「自分が作った物にはやっぱり愛着はあるからね。けど、折角作ったんだ。
 十全に使いこなせる奴に渡して活躍の場を与えたいのが親心ってもんさ」

全部寄越せといわれたら渋ったけどね、と肩をすくめて笑いながら手を差し出す。
取引成立だと固く握手したシンイチだがあれ全部は世話しきれんと笑って返した。

「けどまあ、Dクラスの俺じゃ活躍の場があるかは疑問だが」

「はは、確かに」

「ではそれなら試験運用(テストプレイ)契約をしておいてはどうでしょう?
 仰られる通りDクラスとでは珍しいですが違法ギリギリアウトな武装です。
 正規の手順を出来る限り踏んでいた方が後々を思えば良いと思います」

生徒間の武装の譲渡や貸し借りにも厳しい取決めがあるため彼女は助言した。
しかし聞き慣れない単語に彼が眉を寄せたためミューヒはまたかと呆れた顔を見せた。

「イッチーはどうせ知らないだろうから説明するけど、
 技術科が作った物を他の科の生徒がテストできる制度があるんだよ。
 学生が作った非正規武器の拡散や技術漏洩とか色々と問題があるから
 不特定多数で試すのは禁止だけど特定の個人と試験運用の契約をして
 使用の感想や運用データを得る事は許可されてるの」

「まあ謝礼金を多少出す必要はあるんだけどね。
 正規の所に頼むよりかなり格安だし、同じ学園内だ。
 報告や結果がすぐに返ってくるのは俺達としてはありがたい」

「他の生徒にとっても良い経験になりますし、
 試験した物を気にいれば報酬代わりにもらう事もできます。
 ですがその、言い辛いのですが入学案内に書いてあったと思うのですが?」

三人での説明は分かり易くシンイチはしっかりとその制度を理解できたのだが、
周囲からはどうしてそんなことも知らないのだという困惑の視線が集まっていた。

「……俺、ここに来るまで端末らしい端末持ってなかったからな。
 簡単な諸注意が書かれたプリントはもらえたけどそれ以外は……」

薄いパンフレット程度しかもらえなかったと語ると皆がああと納得した。
基本的にこの学園では様々な資料や連絡はデータで各々の端末に送られてくる。
簡易版フォスタであるアイ・フォスタが普及しているため入学前でも普通は問題ない。
だが帰還直後で簡単なPDAすら所持してなかった彼はその弊害をもろに受けた。
学園内の情報は機密扱いなため家族の端末に送る事もできなかったのである。
そういった立場の生徒はたまに出てくるため彼女らもすぐに納得していた。

「まあ実際に契約するかどうかは後で考えようか。今初めて知ったわけだし。
 それよりもパイルバンカー改善策で思いついたことってなに?」

一見気遣った風に見せかけて表情にあるのは前面に押し出ている好奇心。
せめてもう少し隠してこいといいたくなるが取引なため彼は律儀に答える。

「そうだな、方向性は一緒だが案は二つある。
 ようはこのパイルバンカーを軽くすればいいんだろ?」

「ま、まあそうだけど……」

それが出来ないから困っているんだという言葉を遮るようにシンイチは続ける。

「だったらフロート系のスキルを使えばいいんじゃないか?」

float─フロート。
物が浮くという意味の言葉が示す通りそれは物を浮かせるスキル。
用途や対象の大きさによって派生しているためフロート系と纏められている。
スキルを習い始めたばかりの1年生には制御が難しい部類に入る物だが、
幼少期から使い慣れているガレスト人には比較的お手軽なスキルであった。
手が足りない時の荷物運びから高い所の物を取る。逆に高い所に物を置くなど、
ちょっとした日々の場面で使われることが多い所謂日常系スキルである。
しかし。

「そ、それはムリですわ。
 こんな重たい物を浮かす事をフロート系は考えてプログラミングされてません」

そのために逆をいえば日常的に動かす必要が生じる物以上の重さを想定していない。
せいぜい標準的な成人男性ひとりを数メートルほど浮かすのが限界なのである。
とてもではないが問題のパイルバンカーを浮かせられるほどの力はない。

「浮かすことはね。でも浮力そのものは発生している」

「あ」

それに頷きつつもシンイチはその盲点を指摘した。
完全に浮かび上がらせる事は無理でも浮かせようとする力は働いている。
そして限界が大人一人分でもそれを宙に浮かすにはその質量以上の力が必要だ。

「そうか。確かにフロート系を使えば“結果的に”重量はいくらか軽減する。
 装着時に自動で使うように設定しておけば使用時の手間も省けるか。
 いや待て、例えそうしてもまだ人が腕に装着して振り回せるほどでは……」

「じゃあ二つ目の案だ。正式名称は知らないが、
 外骨格の飛行システムを組み込むことはできないのか?」

一定の効果はあると認めつつも、しかしヴェルナーはまだ重いと首を振る。
それならばとシンイチは外骨格の特徴の一つである飛行能力に可能性を伸ばした。
浮かすのが無理なら、飛ばして軽くしろ。と。

「まさか慣性制御、いやこの場合は反重力スタビライザーか?
 あ、違う! それも含めた重力制御装置の方か! なんで気付かなかった俺!?
 行ける、行けるぞ。確か昔、破棄された物からパクったのがあったはず!」

問題のある発言を何気にしつつ例の箱を引っ繰り返す勢いで探し始める。
シンイチはこれで役目は果たしたと蛇腹剣と圧縮空気銃を手にして満足気だ。
逆にその流れに唖然となっているのはガレスト人の少女たちである。

「よ、よくもまあそんな無茶苦茶な意見が出てくるよね。
 軍事技術の塊だからガレストでも一般には技術公開されてない代物を、
 たかが重たい物を軽くするために使うなんて……さすがのボクも驚きだよ」

「確かに全身展開した外骨格の重さはおよそ200から300kg以上。
 身体強化機能があるとはいえそのシステムのおかげで軽々と動けるのですから 
 フロートと合わせればあれを使える重さにできるのでしょうけど……非常識です」

そこまでするならいっそ外骨格の一部に組み込む。
あるいは外骨格着用時を前提とした武装にするべきだと彼女等は考える。
実際シンイチの意見がなければヴェルナーはいつかそこに辿り着いたはずだ。
ズレたのは彼の“いま使えるようにする”を重視した考え方のせいであった。

「まあ、あの方はこちらの常識を良くも悪くも知らないのでしょうがありませんが。
 ……ところで翻訳されなかったのですが“パクッタ”とはどういう意味なのです?」

「ああぁ、アリちゃんの翻訳ソフトってそういう俗語にあんまり対応してないよね。
 でも、うん、たいしたことじゃないから知らなくていいんじゃないかな?」

「そうなのですか?」

首を傾げながらも引き下がった彼女を横目に内心根が素直な子で良かったと思う。
正確な意味を知ればさすがに彼女は見逃せないだろうと察して濁したヒナだった。
本来、自分は引っ掻き回す側だったのになぜフォローに回っているのだろうか。
と、内心では大きく首を傾げながらだったが。

「よしっ、出来た!」

「はやっ!?」

「これ、構造は単純だから実は余剰スペースが多いんだ。
 フロートもフォスタの設定少しいじるだけだったしね」

これでようやく完成したと笑みを見せながら片手で易々と持ち上げて振り回す。
まるで待望のおもちゃを買ってもらった子供のようでシンイチは笑みをこぼした。

「だいぶ軽くなったみたいだな」

「ふふふ、しかもどっちも使い手にとって軽くするものだから
 武器としての重量はそのまま相手に向けることもできるのだ!」

「ほう」

「………わぁ、今更だけどすっごい凶悪な兵器に見えてきた」

「あははは………絶対に受けたくありませんわ」

狂気一歩手前のような笑みを浮かべながら語る彼に彼女らは引きつった笑みを見せる。 
特に実際に持ったアリステルはその質量を実感しているだけに青くもなっていた。
その間にテキパキと男達は武器の設定や権利の譲渡などを進めている。

「───これでよしっ、と。問題ないかい?」

「ああ、羽みたいに軽いわけじゃないが武具の重みとしては許容範囲だ」

左手(・・)に装着したパイルバンカーの感触と重さを確かめるように腕を振る。
同じく左手に装着していたフォスタはその下に覆われる形で存在している。
彼の利き手は右手だが使用に器用さが必要なく、性質上大振りになる事から
利き手の逆に着けて右手を残し、露出しているフォスタのカバーにもしたのだ。
記憶にあるシスターの姿にあやかったといってしまえばそれまでだが。

「なら、そうだな……あそこにある硬そうな大岩を目標に試射してみてくれ。
 自動式か手動式かは任意だけどとにかく目標に叩きつけてしまえばいい。
 フォトンが生み出した強烈な運動エネルギーによる一撃、見せてくれ!」

「わかった」

熱い声を背に受けて彼が見据えたのは5mほど先に鎮座する縦横2mを越えた岩。
パイルバンカーを装着した左手を引いた状態でおよそ中段の高さで構えると
鋭さではなく太さと頑強さを誇る杭の狙いをつけて、今更ながらスキルを唱えた。

「『アクセル』」

脚力強化を目的とした補助スキルの効果を伴ってシンイチは強く大地を蹴る。
一足での踏み込みは易々と彼を岩の前に運び、左手を思いっきり突き出す。
杭先と岩が激突する刹那、自動で杭が射出され岩を貫き───爆音と共に粉砕した。

「………貫くどころじゃないな、これ。けど、これはもしかして……」

ぱらぱらと粉々に吹き飛んだ岩の破片が降り注いでいる中で、
射出され突き出たままの杭と内部から爆発したような岩を交互に見る。
彼の視覚は杭が突き刺さったのを見たがその衝撃に岩が耐えられなかった。
そしてその威力をもたらしたフォトンの爆発が彼の発想力を刺激していた。

「んんぅ、射出時のフォトンバーストを強く設定しすぎたかな?
 それともあの程度の岩じゃ試射の対象として強度不足なのかそれとも……」

自慢の武装がなした結果にされど開発者は興奮するよりも考察に入っていた。
ぶつぶつと呟き今の結果の意味と課題を考えている姿は冷静な技術者に見える。

「バランス悪いよね、この子。
 この冷静な所に偏ってくれれば技術者として一線級だろうに」

「ナカムラさんも思い入れがあると言ったわりには妙に静かですよ」

突き出た杭を元の状態に戻しつつも何かを確かめるように腕を動かしており、
またパイルバンカー越しにフォスタを操作している素振りが見えていた。

「なんかあれ、また非常識なこと思いついた顔じゃない?」

「………聞いてみたいような聞きたくないような」

あははと苦笑いを浮かべるしかなくなったアリステルである。が。

「お前ら、警戒しろ」

「え?」

一瞬聞こえたのかと勘繰ったがすぐに自分達のフォスタがけたたましい音を発した。
耳障りで人の焦燥感を煽るような音は敵性体(・・・)の接近を警告するものだった。
───輝獣だ。

「っ!
 わたくしとしたことがここがフィールド内だという事を失念していたなんて!」

周囲の木々の奥から近寄ってくる動体反応に彼女等は戦闘態勢に入る。
画面に映る光点を見る限り、徐々に囲むように集まってくる輝獣の群と
一直線にこちらに向かってきている群が存在することが即座に分かった。

「ボクも失態だった!
 けどフォスタより早く察知するとか盛大にツッコミたいんだけど!?」

笑顔ながら苦々しい表情を浮かべるもヒナの視線は最初に警戒した彼に向く。
輝獣の宝庫であるフィールドに入る際フォスタの警戒範囲は通常時より狭まる。
平時の範囲では鳴りっ放しとなり警告機能として逆に役に立たないからである。
だがそれでもそれは人間の感知能力の外の範囲。彼が先に気付いたのは異常だ。

「気にするな、伊達に森や野山での生活が長かったわけじゃない」

「それ言われちゃうと反論が浮かばないから卑怯だよねぇ」

はぐらかされたように感じて愚痴るがその点を追及できたのはそこまで。
向かってきた最初の一群の姿が木々の奥に目視した彼女等は外骨格を装着する。

「一番ボク、あとよろしく!」

「了解ですわ!」

短い受け答えで役割を決めた彼女等の行動は速かった。
細長い円錐状のランスを構えた小柄な騎士を背面スラスターが押し飛ばす。
最初に接敵したのは馬の体とサイの頭を合わせたような不格好な輝獣だった。

「これならゴラドの方が可愛い、よっ!」

ガレストの生物を連想させる頭部に槍の穂先を突き立て、手元の引き金をひく。
途端、円錐の底。笠状の鍔が開くとずらりと銃口が並び現れて光を放った。
ガトリング砲のような連射音が響いた後、穴だらけとなった輝獣は消滅する。
その背後から迫る別の輝獣を今度は左手に大鎚(ハンマー)を出して弾き飛ばす。

「行きますわよ!」

そこへ届いた呼びかけに即座にヒナは頭を下げればそこを薙ぎ払う一閃。
長大に形成された巨大な刃が迫りくる背後の集団を根こそぎ真っ二つにした。

「……なるほど、大剣が生み出されたのは単独でも大群を薙ぎ払うためか。
 しかし銃槍、いやこの場合は槍銃か? そんなものまであるとは」

手助けする暇も意味もないため観察していた彼は感心したように呟く。
正確にいえば銃槍は銃剣の種類なのだがあれは単に槍に銃口がついた物だ。
それを器用に右手で扱い、左手で巨大な鎚を振り回す姿は十分に頼もしい。
一掃できるタイミングを見極めて、大剣を振り回した彼女も見事といえる。

「俺の武器も色々いわれるけどああいうのや大剣なんかがある辺り、
 ガレストの武器ってのもたいがいロマン武装の系列だよなぁ」

「まったくだ。それこそパワードスーツなんてまさにだからな」

「あの、まだ最初の群を一掃しただけなのですが?」

呑気に歓談しているかのような雰囲気の男子組を咎めるように睨む。
しかしそれに対して片方はわざわざ手を上げて早々に撤退してしまう。

「技術科の俺に戦闘力は期待しないでよ。
 自衛はできると思うけどBクラス相手だと十中八九、邪魔だと思う。
 人間並のサイズだとグランファイザーじゃかえって戦い辛いし」

「ならヴェルブラくん囲む形で待ち構えようか。
 どんどん輝獣の群れがこっちに向かってきてるから」

「けれど、どうしてこっちに寄ってくるのでしょうか?
 確かに騒がしくしていたので目立つのでしょうがそれだけにしては……」

まるで挟み込むようにこちらに輝獣が向かってくるのはおかしく思えた。
現象である輝獣に知能はない。ただ無機物より有機物を狙う傾向にあるだけ。
人がわずかとはいえ集まっているこちらを優先的に襲うのは自然ではあるが、
離れた位置にいる輝獣たちまでこちらに寄ってきているのはやはりおかしい。

元々輝獣が跋扈するフィールド内とはいえガードロボ同士の戦闘の余波により、
この一帯の輝獣が激減した状況だったために彼女らは警戒を緩めていたのだ。
その範囲の外の輝獣が移動してきたのだとしてもこの行動はおかしかった。

「こんなことなら輝獣避けのフィールドバリア張っておくんだった。
 ルオーナやらパデュエールやらの登場で完全に度肝抜かれたからな」

他にも驚愕や興奮させる出来事に失念してしまったと彼は軽く後悔を口にする。

「わたくしたちのせいっ……のような気がしてきました」
「ボクたちのせい………かもしんない」

それを遠回しに自分達のせいにしている風に聞こえた彼女等は怒りかけるが、
ほぼ同時に似たような言い回しでやってしまったと額を押さえていた。

「アリちゃん、ボク先生たちを隔離した檻周辺に張ってきちゃった」

「わ、わたくしも野ざらしにはしてきましたが輝獣避けは張りましたわ」

それは謎の暴走をしたとはいえ拘束されている対象を守るための処置。
正しい判断であり行動だったのだが自分達のいる場所が問題であった。

「ああ、なるほど。
 ここはその輝獣避けと輝獣避けの間の空間か。挟み撃ちにあうわけだ」

互いに確認するような会話に意味を察したシンイチはおかしそうに笑う。
離れているとはいえ近距離に位置する地点で張られた輝獣避けのバリア。
彼女達はあの時慌てて移動したがその辺りの配慮を忘れてはいなかった。
しかし偶然か必然かグランファイザーが吹っ飛ばされた場所はその中間地点。
二つの輝獣避けにまるで誘導されるように輝獣たちは集まってきたのだ。

「め、面目次第もありません」

「なんですぐにこっちでも張らなかったかな、ボク」

気付いた時点でバリアを張ったが既に向かってくる個体には効果がない。
輝獣避けは彼らを構成する次元エネルギーに干渉するエネルギー波を放つ物。
これを輝獣は人間的感覚で表現すれば“嫌がる”ため基本的に近寄らない。
だが一度破壊行動に出た輝獣は止められないため絶対の防衛策ではないのだ。

「ま、新しい武器の試運転には都合がいいってものだ」

「イッチー?」

三人で非戦闘員に近いヴェルナーを囲んで立っていた中、彼は一歩前に出た。
変わらず左手にパイルバンカーを装備したままで右手には蛇腹剣を握っている。
そして彼が見据える先には挟み撃ちの先方が迫ってくるのがもう目視できた。
巨大なダンゴ虫が丸まったような黒い球体が木々をなぎ倒しながら転がってくる。
他にもそれに遅れてはいるが今にも接敵する存在を彼は感知していた。

「というか俺達のせいじゃないか?
 グランファイザー談義に熱をあげすぎてたからな。
 あれは知らない奴から見ると呆然としちゃう光景だろうし」

それらを前にしつつそもそもの原因を苦笑交じりに指摘して右手を振った。
解き放たれた鋼の大蛇がダンゴ虫を空高く弾き飛ばすとさらに刀身を伸ばしていく。
シンイチは休みなく右手を僅かに動かしながら操ると次に接近した輝獣をまた弾く。
ほぼ両サイドから迫る輝獣の行動を阻害するように大蛇はうねり、空間を這う。

「だからじゃないけどここは俺にやらせてくれ。どこまで使えるか試したいし」

顔だけを彼女らに振り返らせて見せた微笑はとても戦闘中のそれではない。
言外に何もするなといわれたからか。何をする気なのかという興味か。
三人は自然と黙って自分達を中心にして回るように空間で踊る刀身を見上げる。
それは次々と襲いかかろうとする多種多様の姿の輝獣たちを弾き飛ばしていく。
まるで彼女達を守っているかのように蜷局を巻く大蛇の動きは止まらない。
渦巻く刀身に弾かれた輝獣たちは落ちてくるたびに再び弾き飛ばされる。

「うわぁ、まるで輝獣がお手玉みたいだ」

それを繰り返している光景をヒナはそう表現するしかなかった。
本当に鋼の大蛇がいて輝獣で遊んでいるかのようなそれに開いた口が塞がらない。
だがまだ呆れが多かったその驚きは輝獣達の最終的な行き先に勘付くと凍りつく。

「っ!」

息を呑む声は誰かのものだったのか。全員のものだったのか。
予定調和のように、まるで輝獣自身がそうしたかのような自然さで。
弾かれ続けた輝獣たちは彼の前に縦一列に並ぶように落とされた(・・・・・)
そして彼の右手が剣ではなく既に銃のグリップを握っていた事に三人はゾッとする。

「7:7で受けてみる?」

冗談のような軽い声と共に圧縮空気の弾丸は一直線に放たれた。
そして彼らの肉体には先程の樹木と同じような穴が連なる形で開いた。
胴体に穴が開いた輝獣達はそのダメージで消滅しようとする中彼は再び動く。
視線を前方に向けたまま左手のパイルバンカーを突然空に向けて突き上げた。

「っ!?」

ガンと射出された杭。貫かれた黒い球体は原型を保てずに即座に爆散する。
それでもこの場にいる人間ならそれがなんであったかなど見間違う事などない。
最初に空へと弾かれていたダンゴ虫状の輝獣がこのタイミングで落ちてきた。
否、最初からこれを狙って弾き飛ばされたのだと誰もが察して再び息を呑む。
そこへゆっくりと振り返ったシンイチを見る目は三者三様である。
訝しむ者と目を輝かせる者と驚愕に固まっている者。

「ねえ──」

「ちっ!」

誰かが声をあげようとした瞬間に彼のわざとらしいほど大きな舌打ちが響いた。
彼に僅かに遅れながらその接近(・・)に気付いたのはミューヒとアリステルのみ。
見上げれば上空から外骨格に覆われた人型が一直線に突っ込んできていた。
一本のブレードを握ってそれを上空から振り下ろす一閃は気付けばもう目の前。

「待てもできんのかこの見境なしの猛犬が!!」

反射的に外骨格を装着している自分達が、と動こうとした彼女らより速く。
不機嫌そうに悪態をついて叫んだ彼は杭を戻していたバンカーを突き上げる。
それが相手の刃を受け止め──たように見せかけて剣先をいなしていた。
バンカーの表面を滑り落ちていくように刃は押し出され、目標をずらされる。

「っ、しまっ!?」

“いつもの手”だと慌てた声は、だが遅い。
明後日の方向へ行く剣先に釣られるように開かされていた片腕。
胴に出来た僅かな隙を縫って突きつけられた赤い銃口は容赦なく空気の鎚を振るう。

「吹っ飛べ」

至近距離からの拡散モードで叩きつけられた空気の塊がその相手を殴り飛ばす。
頭部形状の違う教師用(・・・)とはいえ学園量産型の外骨格では衝撃を殺しきれなかった。
鎧を覆うバリアごと吹き飛ばされたソレは生い茂った木々にその身を叩きつけられた。

「ぐっ、まだだ!」

しかし相手も然る者。
吹き飛ばされながらも姿勢を整え、木をクッションにして着地する。
緩衝材にされた木々は哀れ、ただの廃材のように粉砕されてしまったが。
だがそれでも衝撃は殺しきれておらずその外骨格は即座に動き出せなかった。

「なっ!?」

それを黙って見逃すほどシンイチという少年は甘くはない。いや。
こんな行動に出た彼女(・・)に苛立っているので容赦がないというべきか。
銃を剣に持ち替えていた彼の意を受けた大蛇は既に外骨格の全身に巻き付いていた。

「躾けてやるから、来い」

刃の蛇に縛られ身動きの取れない彼女に凄惨な笑みを見せると剣を引き戻す。
伸びた刀身が戻る勢いの強さに抵抗する間もなく彼の眼前へ引き寄せられ──

「鉄拳制裁だ。お嬢ちゃん」

「がっ!!??」

──鉄拳(パイルバンカー)を叩きつけられた彼女は地面にめり込むように倒れた。
杭を射出せずにただの鈍器のように使ったこともあって中身に外傷はないのだが、
あの重量で殴られた胸部装甲には大きな罅が入り、周辺では火花が散っていた。

「…………」

「…………」

「…………」

我が目を疑う。その言葉の意味を体験させられた三人は絶句してしまう。
襲ってきた相手が誰なのか。なぜ襲われたのか。今日の事件と関係があるのか。
そんな浮かぶべき疑問を何もかもすべて吹き飛ばす光景が繰り広げられてしまった。

「あ、あれ?
 昨日遅くまで撮り溜めしたアニメのチェックしてたから目が疲れてるのか?
 いま目の前で外骨格着た奴を生身の生徒がボッコボコにしてなかった?」

「アハハハハハッ………はは、はは……イッチーそれ冗談きついってっ!!
 どういうことどういうこと!? なんで今日に限ってサービス過多!?」

「な、生身で、しかも今日初めて持った武器でそこまで!
 ぁぁ……ど、どうしたことでしょうか急に胸も顔も熱くなってますわ!?」

若干1名頬を赤く染めてずれた感想を述べているが彼らの驚きは当然である。
いくらヴェルナー作の規格外武装を使ったとはいえ生身で外骨格を圧倒した。
絶対にあり得ないとはいえないが一対一で外骨格側が奇襲したうえでこれだ。
呼び方は様々あれどその異世界科学の鎧は強力な武器を持っただけで
撃破できるほど脆弱でもなければ浅い歴史の代物ではない、はずなのに。
ヴェルナーが思わず現実逃避をしてしまっても無理はない。

全て武装の力と受け取れなくもないが初撃をいなしたのは彼の実力だ。
あれはただのDランカーならうまく受けた所で吹き飛ばされる攻撃だった。
いくら技術畑の人間であろうとそれが解らないほどヴェルナーは節穴ではなく、
アリステルはそれを本能的に察しているからこそ惹かれて胸を高鳴らしている。
ミューヒはいつもと方向性の違う人目を気にしない行動をする彼に戸惑っていたが。

「はっ、くっ……ま、まだ!」

衝撃に肺から空気を吐き出させられたような感覚に陥るもソレはもがく。
起き上がろうとするものの抜けきらない体の痺れ“も”あって出来ない。

「その意気や良し───とでもいうと思ったか?
 鉄拳制裁でもダメならもうお仕置きするしかないな先生(・・)

「っ、あ、いやっ、待て!」

その冷めた声色とにっこりとした笑みの迫力に外骨格の中の人は我に返った。
だが当然とでもいうべきか。それは些かというかかなり後の祭りというもの。

「確か武装には安全装置があって登録した者以外は使えないんだったな」

「な、なにを?」

突然学園では誰もが知る常識を語り出した彼に鎧下の冷や汗が止まらない。
ガレスト武装には相手に奪われるのを阻止する機能が標準搭載されている。
引き金がロックされる程度の物から完全に機能停止するものまで多種多様で
ヴェルナーの武装を皆が使えたのは誰も登録されてない初期状態だったため。
しかしシンイチに譲渡された武装は彼を登録した瞬間それがもう作動している。
そして安全装置として最もポピュラーなのは高圧電流を流すタイプだ。

「お前いま俺の武器を持ってる(・・・・)よな?」

「っっ!?」

心底楽しそうな笑みと共にかけられた言葉に彼女は背筋が凍ってしまう。
わざわざその常識を語った上でそう告げたことの意味に勘付いてしまったのだ。
そして外骨格越しとはいえ自分はいま確かに彼の剣に縛られたままである。

「あ、取られちゃった」

白々しい言葉と変わらない笑みと共に剣の柄を放したシンイチ。
それを登録者が所持しておらず登録外の他者が所持したとシステムは認識した。
結果──

「うみゃあああああぁぁぁっっっ!!!???」

──中の人は外骨格の防御機構があるとはいえ激しい電流の仕置きを受ける。
本来なら一瞬流れただけで反射的にその物を手放してしまう程のそれを受け続け、
異世界科学の鎧はまるで陸に打ち上げられた魚のように飛び跳ねるのだった。

「……標準機能をちゃんと搭載してたんだね。ちょっと意外」

「いやいや、俺だってそれぐらいの常識はあるよ!?
 むしろああいう使い方するナカムラの方が非常識だよ!!」

軽く逃避したい感情から出た言葉への反論に納得はするも言葉にはしない。
あくまでその機能は武装奪取阻止のためであり攻撃のためのものではない。
敵を打倒するための武器を故意に渡して痺れさせるなど本末転倒だろう。
ましてやたいていはその電撃に驚いて手放してしまうのだから
対象に巻き付かせる事が可能な蛇腹剣ゆえに有効な攻撃法だった。

「普通、初めて手にした日に思い付くことじゃないんだけどねぇ」

ミューヒとしてはその発想力と応用力の高さになぜか頭で警鐘が鳴っていた。
初対面時に感じた黒いモヤと似た気配をそこからどうにも感じてしまう。
あの戦いで垣間見えたいくつかの非常識さもシンイチと通じるものがある。
また隣でうっとりとした顔で彼を見詰める令嬢の様子に点が繋がっていく。
あの日彼女は都市の外に出ていた。戻ってきてから急に変わった様子。
シンイチと学園で最初に会った時とステータスを知った時の動揺。
実力者へと心惹かれやすい傾向が特に強い貴族令嬢が向ける熱い視線。
間違いなくどこかでシンイチが戦う所を見たのだと彼女は結論付けた。
ただ転入後のアリバイと事件の被害者名簿に彼の名前が無かった事から
即座に彼女は黒い靄やデパートの事件との関係を否定してしまったが。

「おい、少しは落ち着いたかこの猛犬」

三者三様の視線や絶叫。かなり惜しい推理をされている事なども知らず。
シンイチは背後を気にした風もないまま動かなくなった相手の頭部を叩いた。
外骨格の表面を焦がした電流からは蛇腹剣を彼が回収した事で既に解放されていた。
そしてそれで終わったと判断したのか。これ以上は戦う気はないと表明するためか。
外骨格が分離・変形・縮小していくと粒子化するようにフォスタに消えていった。

「はぁはぁはぁ…………くそ、また負けた……」

倒れたままの姿勢で鎧の下にあった白髪をさらすとその美貌を悔しげに歪めた。
即座にいつものジャージ姿になったが一瞬だけ胸元が豊かなボディスーツ姿を
見れたシンイチは素直に眼福と思ったが同時に出てきた発言に大きく呆れた。
よく知る女教師の登場に再び背後で悲鳴のような絶叫が上がるが彼は無視した。

「何がまた負けた、だ。
 お前じつは奇襲が好きとかだろ。また襲いかかってきやがって」

彼女が暴走した生徒や教師の回収班より先んじて来る可能性は考えていた。
しかしそこで他の生徒の前だというのに奇襲を受けた事は全くの想定外であった。
互いの姿勢ゆえに見下ろす形になるのをいいことにシンイチは彼女を鋭く睨む。
彼に怒気混じりの視線で睨まれたフリーレは思わず怯えるように動揺した。

「え、だ、だってお前見たこともない武器使ってあんなすごいことするから。
 背筋がゾクゾクしてしまってな。そしたら体もカッカッと熱くなってきて。
 ほら、そうすると我慢できなくなってくるだろ、だから………つい」

「つい、で人を襲うんじゃねえっ!! あと全然わからねえからな!!」

契約違反も甚だしいと怒声を浴びせるとさすがに悪いと思ったのか。
肩身が狭そうにしながらフリーレは素直に謝罪の言葉を口にした。

「す、すまん……お前に迷惑をかけるつもりではなかったのだが……」

徐々に小さくなってしょんぼりとする態度は大人と考えると似合わないが、
妹と考えてしまうと妙に似合う辺り外見と中身の齟齬を感じるシンイチだ。
軍人社会でもまれて多少は成長したかもしれないが根っ子は幼少時のまま。
そこを指摘したり育んでくれる奴はいなかったのかと彼女の周囲に軽く憤る。
その内面の幼さには兄としての自分が顔を出して、放っておけなくなる。

「はあ、もういいよ。ほらさっさと行くぞ。
 暴走した連中の様子を直に確認しにきたんだろ?」

ようするに彼は下には甘いタイプの兄貴なのである。

「あ、ああ、そうだ。助か───え、待ておい!?」

とはいえ、彼女は正確な意味で彼の妹ではない。
そして電流の痺れから普段の動きができない彼女はいいカモだ。
溜め息と共に差し出された手を掴もうとしたフリーレはしかし。
その手が自らの()を掴んだことに大いに狼狽えさせられてしまう。

「待たない。行くぞ」

「だからなにをっ!? こらっ、仮にも教師を引きずるな!!」

そしてシンイチはそのまま足を担ぐようにして彼女を引きずって移動し始めた。
仰向けのまま背中を地面にこすりつけながらずるずるとその教師は運ばれていく。
半ば取り残された三人はこれにあんぐりと大きく口を開けて呆気に取られていた。

「あ」

「………マジだったのか」

「思ってた以上の残念具合だよ」

「あ、憧れてましたのに」

そのタイミングで教師と生徒たちの視線がばっちりと重なり合った。
情けない話だがこの瞬間までこの女教師は他のメンバーの事を失念していた。
これにはさすがの彼女も一瞬で茹蛸になると彼から逃れようと暴れ出す。

「は、離せナカムラ! 見てる! みんなに見られてるっ!!」

「ああ知ってるよ」

しかし彼は動じた様子もなければ足を離す様子もなく素っ気なく返事するだけ。
誰にも見えていないがその表情は口角の上がった楽しげな笑みを浮かべていた。

「せっかく三年頑張って作った私のイメージをここで壊すわけには!」

「心配するな、お前が来る前に叩き壊しておいたから」

「なっ…………なんてことしてくれるんだお前!!」

あっさりとした口調で告白されて愕然とした表情で固まるフリーレ。
涙声混じりの絶叫をあげるがシンイチは笑うだけでそれ以上は反応がない。
彼女はまた遊ばれてしまったと羞恥と衝撃に混乱する自らを何とか落ち着かせた。

「う、く、ああぁ…………もういい、わかった。私が本当に悪かった!
 だからせめてもう自分で歩かせてくれ………ふ、服が汚れるから!」

「俺もスーツ姿ならこんな事しねえがジャージだからなぁ」

思いつきに近い言い訳は流されたがそれを伝えた彼の足がふいに止まる。
肩越しに顔だけを振り返えらせたシンイチは彼女を見下ろして目を瞬かせた。

「悪い、確かに汚れるな」

「へ?」

突然彼女の主張を認めたかと思えば彼は足を離して解放した。
それに戸惑っている間にシンイチは彼女の顔を覗き込むように近づくと──

「な、なに?」

──代わりに猫でもつまむかのように首根っこを掴んで背に担ぎ上げると
彼女の足を地面にひきずりながら再び歩みを再開してフリーレを運ぶ。

「い、いや待て!? なんだ、これ何が変わったんだ!?」

上下が入れ替わっただけで扱いが変わってないと文句をいうが取り合われない。
もっと強く抵抗したいがまだ痺れが取れずに弱々しい力しか出てこなかった。
しかし彼女の髪を一房掬っていじりだした少年は独り言のように呟いた。

「こんなキレイな髪を汚すのはさすがに俺でも忍びない」

「え、あ、うう、そ、そうか。それはありが……なら歩かせればいいだろ!」

初めて異性に髪を触られた感触にドギマギする彼女だが即座にそこに気付いて叫ぶ。
だがシンイチは、けど手入れがなってない、やれゴムで雑に縛りやがって、と。
彼女の発言を徹底的に無視しながら髪の毛の状態をチェックし始めてしまった。

「人の話の聞け! いや聞いてっ、お願いだから!
 いくら私でも男のお前からそんなに指摘されたら本気でへこむから!」

フリーレはもはや完全に涙声で懇願するが少年は気にせず歩みを進めるのだった。

「ハハッ、イッチーにかかると誰でも形無しだねぇ……アリちゃん?」

どうにも相手の素を引っ張り出すのがうまい彼をより難敵と判断する。
だが苦笑を浮かべて彼に続こうとした時、隣の少女の表情を見て訝しんだ。
先程までシンイチに見惚れて朱に染まっていたのに今は複雑なそれだった。

「こ、これはなんなのでしょうか?
 お二人のやり取りを見ていたら急に胸がむかむかしてきて。
 先程は鼓動が早まってましたし、わたくしどこか体調が悪いのでしょうか?」

「…………ホントに分かってなかったんだ、この子」

真剣な表情でそう問うてくる学年トップに軽い頭痛を覚えたミューヒだった。
尤もそんな彼女の獣耳や尻尾とて誰かを威嚇するように逆立っていたのだが。
果たして分かっていないのはどちらなのだろうか。

「……………」

───いま口を開いたら色んな意味で黙らされる(殺される)気がする
なんとなく彼女達の雰囲気を察したヴェルナーは賢く口を塞ぐのだった。

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