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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

ガレスト学園・試験編 プロローグ

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03-29 戦力分析



公園でベレー帽の少女と別れたシンイチはひとりクトリアの街を歩く。
あまり来ないせいか未だ和洋折衷ならぬ異世界折衷な街並みは違和感が強い。
いつか見た動物型のドローンをペットのように連れている人達もいれば、
クトリア内でのみ所持が認められる装備品を売っている店もよく見かける。
けれどその店の隣では喫茶店や洋服店が並んで奇妙な街並みを作っていた。
いつぞや爆弾に模倣された長方形型の掃除ロボもあちこちで働いており、
車道では車両サイズの四足型警備ロボットが走行し都市をパトロールしている。
普通自動車と共に走っているその姿は今が何時の時代か忘れてしまいそう。
本当にここは地球の海上にある都市なのだろうかと今更ながら強く思う。

「慣れるべき、なんだろうけどなぁ」

住んでいる人達の顔にはどれも驚きも困惑もない。当たり前の風景という顔だ。
むしろ黒い学生服の少年というシンイチの方が彼らの顔に困惑を与えている始末。
通りすがる人達ほぼ全員が不思議そうにシンイチを眺めていた。

「理解はするが正直納得いかん」

彼らからすれば違和感のある格好なのはわかっている。
だが両世界の特色が混ざった街の風景とどちらが奇異だというのか。

「お待たせしました主様、ってどうしたんですか?」

ある事情で離れて行動していた“彼女”が合流を喜ぶように肩に飛び乗るが、
そこにあった若干不愉快そうな横顔を見て、瞬きしつつ訝しんだ。

「いや、理解と納得は別物って話だよ。それよりそっちの首尾は?」

「なるほど………はい、ばっちりです」

周囲の状況と顔色から意味を読み取りつつしっかりと頷く。
昼休みヨーコがシンイチといなかったのは彼から仕事を頼まれたからだ。
彼はご苦労と労いの言葉と共にその頭を撫でたが途端その瞳に剣呑さが宿る。

「──────女の匂いがします」

「……お前は犬か」

そりゃがっちり握られてたからなと胸中でごちるが口には出さない。
五感が人間より優れているのは知っていたがそんな事で発揮するなと思う少年だ。
しかし彼女はよよよっと芝居がかった泣き真似で泣き落としを仕掛けてきた。

「私が主様に不届きな(ふみ)を送った連中の顔を見に行っていた間に、
 まさか女と逢い引きなさっていたなんてひどいじゃありませんか。
 しかもこの匂いはおそらくあのゴージャス髪の……」

「ははっ、それ以上は言わないのがお約束だ。黙っててやれ」

けれども彼は気にした風もなく、ただその名を出すなというだけ。

「え? まあ主様がいうなというなら別に………あれなんか流された?」

隠したいというのならその意志を尊重してやろうという気遣いだが、
事情を知らないヨーコからすれば意味不明だが基本彼に忠実なため従う。
なんとなくさらりと誤魔化されたような気がするが。

「それで顔は見たのか?」

「ええ、五か所全部回って待っていた相手女役から周囲を固めていた者達も。
 あとで見せますので主様に名前を割り出していただければ」

「顔の情報(イメージ)だけでも調べられるとは便利な世の中だ」

くすりと企み顔で笑う。
どうせ釣り上げるのだ。顔や名前を先に知っておけばより先手を打ちやすい。
今回は魔力ハッキングではなく元々あった顔認識システムを利用するだけ。
尤もその情報(イメージ)を打ち込むのは魔力ハッキングなので同じことだが。

「じゃあそろそろ校舎に戻るか。ふあぁ、昼休み寝れなかったから眠い」

学園外に出ていたのは彼らと偶然鉢合わせするのを防ぐため。
手紙で指定された場所はどれも学園内のどこかであったから。
その用件も終わった以上は戻って寝るだけだと足を進めながら大あくび。

「え、まだ寝るんですか?
 午前中ほとんど寝てましたし最近は朝のあれもないのに?」

その必要性を理解しているとはいえこうも続くとヨーコですら呆れる。
テスト準備のために色々と仕事が増えた彼女との模擬戦は一時休止状態。
早起きする必要が無くなったことで登校時間ギリギリまで寝ていられる。
今日は一日通してガレスト関連なため授業中も完全に眠っている。
それでも足りないというのには切実なある問題が関わっていた。

「仕方ないだろ、魔力がちっとも回復しねえんだ。
 魔素がないこの世界じゃ食うか寝るかして回復させるしかないからな」

「普通魔素がなくともDランクなら一晩寝れば全回復するんですけどね」

「それをいうなよ」

普通ではない状態にしたのが自身であるためかその点をつかれると渋面になる。
魔力とは一種の生命エネルギーでありランクは体内に溜めこめる最大量である。
消費した魔力を回復させる方法は彼が述べた通り外部からのカロリー摂取か。
睡眠による休息かファランディアでは空気中にある魔力の元たる魔素を取り込むかだ。
回復できる量の割合としては睡眠、食事、魔素の順で多くなっていくのだが、
魔力Dという低いランクならばどれかだけでもすぐに回復できるのだ。本来ならば。

「魔力の圧縮保存って便利そうですけど天井が低いDでも面倒なんですよね。
 だからやり方知ってもリリーシャたちは真似しなかったんでした」

「Dだと量が全然足りないから圧縮してため込むのを思いついた時は
 俺すごいこと考えた! って思ったんだがな……助かってはいるけど」

「実質主様専用の方法で回復に難ありですからねぇ」

ため息交じりに遠い目をするシンイチと苦笑するヨーコだ。
その発想は魔力量が少ない彼にすれば天啓にも等しいアイディアだった。
実際DランクでありながらAランク並の魔力量をため込めるようになっている。
それも技量ランクの高さのおかげで寸分も無駄にすることなく使用できるため、
実質的にはもっと上位ランクに等しい魔力量を持つことに成功したといえる。
魔力を消耗し続ける魔装闘法術や消費が多い転移魔法を頻繁に使えるのは
この圧縮魔力を必要に応じて解凍し適切に運用しているおかげであった。
そんな方法は魔力量の常識を書き換えるかもしれないとさえ彼は思った。

あとになって三つの問題点が発覚するまで、であったが。

ひとつは使い切った場合の回復にかかる時間が長期化すること。
圧縮しなければ通常スピードで回復するが圧縮しつつとなると時間がかかる。
魔素がないせいだが転入してからの約一ヶ月で二割分しか回復していない。
しかも頻繁に魔法を使ったせいでその半分を消費していて合計ではまだ三割。
完全に回復するまで単純計算であと四か月弱必要になってくる話である。
それとてこの先一切魔力を使わなかった場合の話。先はまだ長い。

ふたつめは技量がありえない高さであるため成功していたこと。
体内に許容量をはるかに超える魔力を溜め込んでいることになるのだ。
はっきりいえば危険極まりない行為であり圧縮やその維持を失敗すれば、
内側から圧縮魔力が大爆発を起こしかねないという危険性を常に孕んでいた。
いとも簡単にできてしまっているのは彼の技量ランクの高さゆえだったのだ。

みっつめが使用時における力加減の難度が跳ね上がってしまったこと。
魔法の威力調整は込める魔力量や命じる内容で行われるが圧縮魔力には
少量を解凍して節約する方法と圧縮したまま使用し威力を高める方法がある。
前者はごく少量を放出しつつ解凍するという別作業が必要になってしまい、
後者は量を僅かに間違えただけで威力が大きく上下してしまい扱いが難しい。

結局のところ回復スピード以外は彼の技量ランクに依存した方法だったのだ。
それを知った魔法使いの国の姫があまりに非常識な手法に眩暈を起こした程。
そして“技量だけが高いくせにやり方が力尽くだ”と方々から叱られた。
現在も続けているのはDランクの魔力量では戦いにおいて“足りない”のだ。

「せめて魔素があればな。大量に取り込んで一気に回復させられるんだが」

「この世界なら仮にあっても他に使う人いないからいいんでしょうけど、
 以前それやって一つの国から一週間魔素が消えたって大騒ぎになりましたよね?」

「別にいいじゃねえか。
 おかげで邪神教の儀式を潰せて奴らを一網打尽にできたんだし」

忘れたのですかと窘めればそれすらも思惑のうちだとしたり顔。
この男は本来別々の問題をわざとまとめて解決しようとする傾向がある。
いま学園外にいるのもテストと偽恋文の犯人への対処を一緒にするためだ。

「………恐るべき智謀とまでいわれた実態がただの面倒くさがりだとは
 これまで主様にはめられた人たちは夢にも思ってないでしょうね」

「あははっ……っ」

尤もそれは突きつめていけば彼のそういうところが原因なのだが。
ご愁傷様と彼女が哀れむのを横目に彼はただ笑うだけで否定も肯定もしなかった。
代わりに何かに目聡く気付いた彼は黙って路地裏に身を潜めヨーコもそれに倣う。
そして先程までいた歩道を生徒たちが走って通り過ぎるのを待つと再び顔を出す。

「……ここで気を使うなら普段から使えばいいじゃないですか」

「普段はできないからこういう時ぐらいはするんだよ!」

呆れている彼女の方が正論だが性格的に無理なことを頑張る気概は彼にはない。
そういうと思いましたとヨーコはおかしそうに笑って同じように彼らを見送る。

いまこの道を通り過ぎたのは一応シンイチのクラスメイトたちである。
学園の底辺であるDクラスの彼らには学園訓練施設の使用権限が低い。
自主的な鍛練も学園内では十分な場所を確保することは難しい立場。
そのため走り込みというものですらわざわざ学園の外に出るしかない。
そこで呑気に歩いている自分を見るのは不快だろうと隠れたのであった。
本当にここで気を使えるなら普段から使えといわれてもしょうがない話だ。

「……歯車が合えば一皮むけると思うんだがな」

「ここでは一生通ってても無理そうですけどね」

肩に乗る彼女の辛辣な意見をシンイチはしかし苦笑するだけで否定はしない。
それよりも視線ではなく意識だけを周囲に向けて魔力(フォトン)の流れを感じ取った。

「ふっ、学園外に出るだけで俺もあいつらもばっちり見張られてるな(・・・・・・・)

街中にある防犯用のカメラは勿論の事。掃除ロボットも警備ロボットも。
空には鳥を模したものさえ飛んでいるのだから力の入れように感心する。
主な存在理由は防犯、対テロであるのは解っているため不快感は薄い。

「けどなんか普段より数が多い気がするんだが?」

「この前爆発事件が起きたばかりですしねぇ」

「………ああ、そうだったな……」

にこやかにそれを指摘する言葉にシンイチはがっくりと肩を落とす。
警備が厳重になってもおかしくはない話だ。実際生徒も巻き込まれた。
それを思えば外に出ている間の彼らを警護するという意味もあるのだろう。
監視の意味が全く無いかといえば、それはまた別の話であるが。

「ま、結局頑張れとしか言いようがないか。
 一応先生に助言はしたが俺の案は使われないだろう」

「模擬戦だけでなくそんなことまでしてましたか。
 まあ予想通りですけど……そういえば彼女の実力ってどれほどでしたか?
 周囲からの評判はよく聞きましたが主様の評価は聞いてませんでした」

小さく予想通りと呟きながらも気になっていた点を尋ねた。
ずば抜けた実力を持つという周囲の評価は聞こえるが自分達と比べてどれほどか。
模擬戦時には部屋で念のための留守番をしているため直接見聞きしてはいなかった。

「う~ん、そうだな。
 言ってしまえば好敵手に恵まれなかった天才かな」

「へえ、それはそれは」

シンイチの評価としてはなかなか無い高評価に興味深げに笑うヨーコ。

「戦闘狂なくせに判断は冷静。振るう剣は力強く、踏込は速い。
 剛剣使いとしては間違いなく優秀だが良くも悪くも独学でやり過ぎた。
 基礎能力が高いせいで相手になる奴が少なかったんだろうな。
 名声や軍歴といった実績に比べてあまりにも経験が浅い」

模擬戦の一戦目や二戦目時において。
簡単なフェイントに引っ掛かりカウンターが入った時は彼の方が呆然とした。
いくら能力重視の戦い方だとしてもこれはおかしいと話を聞けば納得した。
それまで彼女が戦っていた相手ではそれらをする前に倒されていたのだ。
そのために対人戦での駆け引きや読みあいという経験を彼女は積んでいない。

「まあ、彼女の『相手に何かされる前に斬る』。
 っていうスタイルはぶっちゃけ剣士の理想というか奥義なんだが」

「それを最初に身に付けちゃったら『戦い』をろくに経験してないわけですか。
 ううん? 待ってください。それってつまり……主様またやらかしました?」

「やらかした言うな!
 お前が考えた中身は正解だけどさ………現時点でこんな感じだよ」

何やら察したらしい彼女に渋い表情ながら頷くとフォスタの画面に触れた。
そうしてディスプレイに現れたのは彼が調べた件の彼女のステータスだ。


------------------------------------------------

名:フリーレ・ドゥネージュ 性別:女

地球年齢:26歳

身長:170センチ 体重:50キロ

筋力:AAA+(限界値)

体力:AA

精神:AA+

魔力:C+

耐久:AA+(限界値)

敏捷:AAA(限界値)

技量:D+


------------------------------------------------


「わあ、技量が半月で一段階上がってるとか笑うしかないんですけど?」

棒読みのような喋り方で暗に何をしているんですかとジト目で睨む。
以前に調べた時はE+という学園内では高いランクだったのでよく覚えていた。

「それ以上はいうな。俺だって予想外だったよ」

一応の協力者とはいえ技量ランクの存在も彼の強さの理由も教えてはいない。
彼女の要求も単に戦うことであり強くしてほしいということではなかった。
この先にどういう間柄になるか解らない相手を強くしてどうするのだ。
ましてやこの上昇スピードはファランディアでも常識外れですよ、と。
短い発言の中でそうヨーコは苦言を呈しているのである。

「もともと色んな部分は出来上がっていたから、
 続けていけばいつか上がるのは予想してたが半端なく早かったんだあいつ」

まるで乾ききったスポンジが水を吸収するがごとく。
彼女の戦闘への飢えは同時にまともに戦える相手の渇望でもあった。
シンイチがそれらの早さと貪欲さに気付いた時にはもう引き返しようがなかった。
取引をやめるわけにはいかず、既に彼女のランク上昇を調整できる段階でもない。
手を抜けば模擬戦といえど大きなけがを負う未来が待つことだろう。

「そんな調子ならあと半月もしないでCまでいっちゃうんじゃないですか?」

呆れた声色で指摘するとシンイチは眉根を寄せて黙ってしまう。
そこまで上昇した彼女との模擬戦をイメージしているのだ。そして。

「……魔装闘法無しはそろそろ限界だな……ああ面倒なことになった」

大変そうですねと他人事のような顔で笑う彼女に今度は顔が渋面となる。
また完全回復が遠のくのかと溜め息交じりに呟くが表情に暗さはない。
こちらに戻ってきてからの溜め息にはどこか陰があったが今は薄れつつある。

「そういいつつ楽しそうですよ」

だからずっとおかしそうに笑うヨーコの言葉にそうかと短く彼は答えた。
どんな事情から始まった関係だろうとも遠慮なく接せられる相手は貴重だ。
それは決して彼の精神が安定しだしている事とも無関係ではないだろう。

「まあ、あの白髪教師や狐娘、ゴージャス髪にはご愁傷さまな話でしょうけど」

尤もそれはこの男に色々と弄ばれてしまうということでもあるのだが。
現場を見ていなくとも彼女にはその光景が容易に想像できていた。

「お前………いま絶対俺に対して失礼なこと考えてるだろ?」

「いいえ、まさか! そんなことはありませんよ?」

絶対的な確信を持って問い質すがうふふと上品に笑って誤魔化される。
しかし無理に聞き出すのも疲れそうだと肩をすくめて流すことにした。
が。

「別に、この女の敵っ、とか。見境なしのたらしっ、とか。
 このセクハラオヤジっ、とか………考えてませんよ?」

「やっぱ考えてんじゃねえか!!」







────────────────────────────────────






その日の朝はいつもより生徒たちの登校の動きは遅かった。
通常の始業時間よりその集合時間が後に設定されているからだ。
これは今日から三日間続く実力テストが全生徒で、しかも外で行われるため。
教師たちには事前準備の最終チェックを。生徒達には最後の準備をさせる時間。
そのため教師のほとんどは生徒と違っていつもより早くに学園に出勤している。
まだ来ていないのは今日の実力テストにおいて何の役割もない留守番組だけ。

教員たちは宿直以外はクトリア内に用意された住居で生活している。
広大な学園の敷地の中に職員寮を作ることができなかったわけではないが、
職員はクトリア住民の一員であるべきという考えから学園外に彼らは住んでいる。
これは学園に直接かかわることのない住人と閉鎖的になりがちな学園との間に
いらぬ軋轢や溝ができないようにするための数多ある政策の一環であった。
全ては寄せ集めの住民だらけで歴史も浅く閉鎖された都市を運営するためだ。
生徒達の見回りによる輝獣退治も住人への印象操作(イメージアップ)の側面がある。
都市側も学園側も互いに過度な干渉はしないが友好関係を築こうと影で努力している。
だがそんな裏事情は一教師に知れる話ではなく彼女に至っては今それどころではない。

「……………」

無言で朝の職員用玄関に腕を組んで仁王立ちしているひとりの女教師。
もはやトレードマークに近いジャージ服姿がその美貌とスタイルを台無しに。
そして腰元に携えた剣の存在が周囲を否応なく圧迫し恐怖感を与えてしまっていた。
ここにシンイチがいれば「お前はどこに殴り込みをかけるつもりだ?」という場面。
それほどまでにここ最近の朝の彼女は誰の目にも明らかなほどおかしかった。
それがテスト当日まで続くなど同僚達からすれば嬉しくない継続精神だった。

「っ」

そんな彼女が目的の人物の接近を敏感に感じ取り緊張感が増した。
直前に出勤してきた他の職員たちが挨拶もできずに逃げ出してしまうほどだ。
そして肝心の薄紫の髪を持つ男性教師を視認すると彼女は一歩踏み込む。

「お、おはようございますフランク先生!!」

「あ、ああ………おはようございますフリーレ先生」

職員用玄関で明らかに気負い過ぎな朝の挨拶をする女性教師(フリーレ)の表情は硬く、
この数日その挨拶で出迎えられるようになった男性教師(フランク)は未だ戸惑い顔だ。

「で、では今日もお互い頑張りましょう!」

ろくにその顔を見れないまま捨て台詞のように叫ぶと返事も聞かずに逃げた。
脱兎の如く走った彼女は職員室の机につくと溜め息と共に肩を落として項垂れる。

「あううぅ、どうしてただ普通に挨拶をするということができないんだ私は!」

今日は忙しくて時間がなかったんだという言い訳もあるがそれでもあれはない。
自分でも無駄に緊張し無駄に力んで無駄に威圧感を出していることは解っている。
出来る限りリラックスして挑もうと心がけているがどうしてもああなってしまう。
あれでは普通の同僚とさえ思ってくれるか非常に怪しいと本人でさえ思う。

「……嫌われているのと変な奴だと思われるのはどっちがマシなのだろうか?」

ついそんなことを真剣に考えだしてしまうほどショックであった。
愛用の剣を握っていないと─剣先は机の下に向いている─叫びだしそうになる。
じつは教師としての彼女がそれを持ち歩いているのは生徒を威圧するためでも
厳しい教師の演出でもなく、ただ彼女自身の精神安定のためだった。

「どうかされましたドゥネージュ先生?」

そんな様子を見かねたのか隣の席に座る地球人の女教師が声をかけてくる。
フリーレと親しい間柄ではないが兄と比べれば健全な同僚関係といえる相手だ。

「ああ、いえ、その……少し自分に呆れていただけです。
 お気になさらず、今日のテストには支障は出しません」

だがそれゆえに全てを語れるような間柄ではなくやんわりと拒否をする。
相手もそれを読み取ってか深く追求するような真似はしてこなかった。

「そうですか。
 ここ最近毎朝楽しそうだったのに急に落ち込んでしまったように見えたもので」

「い、色々と今年度は挑戦していこうと決意しまして。それでまあ色々と」

同僚の指摘が何を差しているのか理解しているがゆえに曖昧に誤魔化す。
彼女もフリーレが兄に対しておかしな挨拶をしているのは知っているだろう。
それ以前に理由は知らずとも距離がある関係になってしまっているのも。
生徒達からすれば興味のない話でも同僚ともなれば話は変わってくるが
そこは暗黙の了解的に踏み込まないでいるぐらいの良識は彼らにもある。
裏で勝手な推測をするぐらいは個人の自由となっているが。

「楽しそうだったのは日課の朝の鍛練で何か変化が?」

「え、ええ、少し内容を変えてみたらこれがうまくはまりまして」

隠すのが約束であり取引条件でもあるので前もって考えていた言葉で濁す。
ある意味鍛練内容を変えたといっても間違いではないためまんざら嘘でもない。

「なるほど先生ほどの方がいうとなるとすごいことのようですね。
 生徒たちへの教育には使えない鍛練なのでしょうか?」

「あれをあの子たちにするのは…………うん無理。絶対無理。
 というより全員病院送りになってしまうじゃないか」

毎朝自分と彼が行っている模擬戦に生徒達を入れる光景を思い浮べて身震いする。
自分が指揮をとってその通りに彼らが動いた所で一撃入れる状況すら思いつかない。
そも自分一人でさえまともに入れられないのに数だけ増えても勝てる気がしない。

「なにが得意なのは一対一だ。お前のそれは一対多が念頭にある動きだろうが」

20戦前後も動きを見ればさすがにクセぐらいは見抜けてくる。
彼にとって対峙した相手が放った攻撃ですら敵性体扱いなのだろう。
避けつつも注意を怠っていないのが分かるだけに余計なことができない。
あの年齢で何をどうしたらそれができるほどの経験がつめるというのか。

「先生?」

「あ、いえなんでもありません。授業への応用は残念ながらできないようで。
 それよりもすいません今日のテストの最終チェックがありますので……」

「ああ、ごめんなさい気付かなくて。頑張ってくださいね」

柔和で大人の女性らしい笑みで励まされ「どうしてこうなれなかったのか」と
わずかに落ち込んでしまうがすぐに気持ちを切り替えて仕事を始めた。
実際に今日から三日間を使ってのテストで彼女はその監督教師の一人だ。
話を切り上げるための言い訳に使ったのもまた事実だが。

そのためかこの数日やれていない彼との模擬戦に心が向く。
事前準備のためにテストが終わるまでは再開できそうにないため
できる限り思い返さないようにしていたのだが話すとつい考えてしまう。
ただそれは模擬戦そのものではなく、その相手について、だ。つまり。



──ナカムラ・シンイチという生徒の戦闘力について



毎回微妙に違うルールで行われた20戦前後の模擬戦でいくらかは知れた。
ただ彼女の場合は“結果的に”という言葉を頭につけるべきではあるが。
探ろうという意志が皆無ではなかったが最初に勝てない事に心奪われ、
そのために得た情報をまとめようという思考が中々生まれなかったのだ。

まず彼の特出すべき点はあらゆる武装への柔軟性とその無軌道な使い方だ。
どう頑張っても武器という物には得手不得手が出るものだが、それがない。
何を持たせても器用に使いこなし初めて持ったという射撃兵装すら自在。
ただ腕前はそこそこで“上手い”のはその使い方(・・・)のほうだった。

なにせ常道・邪道を混ぜた不規則で全く先が読めないものだったのだ。
ついさっきまで普通に切り結んでいたかと思えば、柄頭を当てられていた。
鋭い刺突を槍で繰り出したかと思えば、棒高跳びに使われ上空から蹴られた。
逆に銃を投げつけられたかと思えば、弾いたそれを受け取り正確な銃撃を放った。
ここにさらに他の者にはない発想力で使われるスキルが加わると手におえない。
彼の前では攻撃系や防御系、補助系といった分類は無視して使用される。
補助を用いた攻撃、攻撃を用いた防御、防御を用いた補助をしてくる。
かと思えば真っ当な使い方もしてくるため武装と同じく次が予想しにくい。

シンイチの戦術がカウンター狙いなのは単純な力比べでは勝てないからだが
フリーレにとっては彼に攻めに回られると対応できないための対策でもある。
積極的に彼を攻め続けてカウンター狙いにさせるという戦術をとるしかなかった。
受けに回ると予想できない攻撃で追い込まれて有効打を入れられ敗北するのだ。

また最も恐ろしい点としてはその洞察力と空間認識能力の高さがある。
些細な動作で彼女の狙いを先読みされ対策を用意されてしまう事はざら。
あれでは初見の相手でも少し見ただけで得意不得意を見抜かれてしまうだろう。
というより実際最初の模擬戦の時に途中ではっきりと指摘されたフリーレだ。
またショートランドのようなどこからくるか、次がどこかわからない攻撃。
あるいは全方位を囲むような攻撃(スキル)を認識するのが異様に早い。
動揺も驚きもなく死角からのそれを躱された時は背中に目があるのかと思った程。
このために彼女の一撃はまともにシンイチに入った試しがない。

本人が語る通り地上白兵戦は彼の独壇場といえるだろう。
模擬戦中何度もフリーレは自分を囲む数多の敵を単独で打倒する姿を幻視した。
だがどうしてだろうか。そういう時に限ってシンイチの手には何もないのだ。

「どの武器も使えるくせに一番圧迫感があるのが素手というのはな」

武装やスキルを使うのが前提のガレストの戦い方から見れば異様。
だが考えてみれば最初に襲撃をかけた時も彼は素手であった。
また模擬戦ではあの時ほどの恐怖はこれまで一切感じていない。
手抜きをされているわけではない。ただ性質が違うからだろう。
模擬戦はフリーレ個人を意識した考えて行われる『戦闘』であるのに対し、
最初の襲撃は誰か解らない襲撃者を文字通り『撃退』する反射的な行動だった。
どちらがシンイチという少年の本気に近いかは指摘するまでもなく感じ取れる。
ただ前述する通り少なくともそれを彼女は手抜きだとは思っていない。
それを言い出せばこちらだって相手に大けがさせない程度の加減はしている。
ここに件の少年がいればどこがだと反論されそうだが彼女の中ではしている。
それが模擬戦の限界だがそれで勝てない相手にそれ以上を求める権利は自分にはない。

では何かシンイチ打倒のための情報。弱点はないのかといえば実はいくつかある。
ただあくまでフリーレ自身が見たモノが全てであった場合の推測でしかないが。
まず火力がないため多数はまだしも大軍を相手にするには圧倒的に殲滅力がない点。
これは本人も認めており一度に一気に万の敵を吹き飛ばすような術はないらしい。
その数の単位がいささか大きすぎる気がするがこの際彼女はスルーした。
次は体力ランクが低いため持久戦に持ち込めれば体力差が露呈する点だ。
実際の模擬戦では戦いのイニシアチブをとられないように攻めに回るため、
体力を使い果たしているのは彼女になっているがスタミナがないのは弱みだ。

尤も個人対個人であり時間制限がある彼らの模擬戦では意味がない弱点だが。
あとは耐久が低いために一撃で致命的なダメージを受ける可能性が高いが、
模擬戦においては彼女が気を付けなくてはいけない点であり有利に働いていた。
おそらくその辺りを計算したうえでの“模擬戦”だったのだろうと推察する。
勝てる状況に持っていくのも実力の内だと考える彼女はそれを卑怯とは思わない。
それにその“模擬戦”の中において決して届かない相手だとも思えない。
最初にあった距離を徐々に詰めていけている手応えのような感覚がある。
互いの経歴を考えればおかしな話ではあるが彼女は気にしていない。

それよりも彼女にとっては最初に剣を持った時と似た高揚感の方が重要だ。
毎日自分が伸びているのを感じられて楽しかった日々のそれがまた戻ってきた。
模擬戦を重ねているだけでこれまで自分に無かったピースがはまっていく感覚。
ずっと求めていた何かを手にしていると日々実感していた。

それもテスト準備で少し遠のいてしまったが仕事である以上仕方がない。
どうせかの少年はまともにテストなど受けないだろう。採点が終われば元通り。
次こそはお前に土をつけてやると意気込みながら彼女は仕事に邁進していく。

「あ、そのドゥネージュ先生。チェック中すまないんだが……」

「はい、なんでしょうか?」

「じつは─────」

「え?」

だがそこへ突然やってきた冷や汗まみれの学園長の話によって、
彼女の決意と思惑は大きくずれていってしまうことになるのだった。
+注意+
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