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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

ガレスト学園・試験編 プロローグ

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03-28 残念な初体験

遅れて大変申し訳ない。
ひとえに年末年始の忙しさを軽んじていた私自身のせいです。
そのためほとんど書けていなかったわけであります。すいません。

なんとかなりそうになってきたので更新再開となりました。
今年もどうかよろしくお願いします。





何においても“初めて”というのは大事なものだ。
初めて〇〇をした。初めて〇〇をされた。それはとても印象に残る。
内容によっては良い思い出にも悪い思い出にもなるがそれも経験であろう。
だが今回シンイチが体験した“初めて”の微妙っぷりに持つべきは怒りか呆れか。
学園外にあるクトリア住人たちの憩いの場の一つである公園の一角にて。
彼はベンチを一つ占領する形で横になって複数の封筒を真上の太陽に翳す。
それぞれ白、薄桃、茶、黄緑、水色という五人揃っても弱そうな面子である。

「あ、あのぉ……」

そこへ届いた遠慮がちな声に視線を向ければ学園では初めて見る容姿。
されど、それ以前には一度だけ会ったことのあった少女がそこにいた。
しかしその真の意味に気付いた彼は思わず手にしていた封筒を落としかけた。

「私のこと、お、覚えていますでしょうか?」

どこか緊張した面持ちで不安げに尋ねられたが忘れているわけがない。
ベレー帽を深く被った眼鏡の娘。転入前に起こった事件で共にあった少女。
学園の制服姿を見てここの生徒だったのか、などという普通の感想は出なかった。

「………そこまで抜けてたのか、俺は……」

代わりに自分のあまりの間抜けさを見せつけられたようで頭が痛かった。
その様子により不安感を増した少女が伏し目がちに再度問いかける。

「あ、あの、やっぱり覚えてませんか?」

「え、あ、いや、ちゃんと覚えてるよ。義務より食欲を優先した子だよね」

「そ、そそそんな覚えられ方いやです!!」

にやり、ともはや癖の領域でからかうと少女は真っ赤になって否定した。
その反応がおかしくてもっと遊んでしまいたくなるがその欲求は抑える。

「冗談だよ、デパートの事件の時に一緒だった子だろ」

確信がありながら確認するように問いかけて身を起こす。
相手がはいと頷くのを見て、自然な所作で横の席を勧める。

「あの時は助かったよ。帰還したばかりでな。
 知識不足で君がいなかったらもっと色々手間取ってた。
 もしかしたら被害ももっと大きかったかもしれない」

──だから、助かった。ありがとう。
遠慮がちに隣に腰掛けた少女に臆面もなくそう告げた。
我慢したのは彼なりにそこに恩義を感じていたからである。

「えっ……あっそんな! 助けてもらったのはこっちです!」

しかし少女からすれば予想外の言葉に一瞬呆けて、そして恐縮する。
ここで学んでいたくせに何もできなかった自分がもらっていい言葉ではないと。

「そうか? 色々と武装について教えてくれたのは助かったし、
 利用されてた連中や残った人質を逃がしてくれたのもお前で、
 あの階層を閉ざしていた道具類の機能をカットしたのもお前。
 お前がいなかったらそれ全部何も知らない俺一人でする羽目になったぞ?」

ほらやっぱり助けてもらったと彼は言って、だからあまり気負うなと続けた。

「能力があることと対応できることは別物だよ。特にヒトとやりあうことはな。
 俺みたいに能無しなのに対応できる例があると分かり易いだろ?」

その言い方にくすりと少女が笑ったのを見て彼もまた少し笑みをこぼす。
だがすぐに彼女の表情には真剣さが増して彼を窺うようなものに変わる。

「……その、本当はすぐにご挨拶したかったのですが、
 転入初日からナカムラさんは、その、色々とすごかったので」

「ああ、確かに」

そんな自分自身より彼女の気を使った濁し方をおかしそうに笑う。
けれど少女はそれは気にせずにただいうべきと思っていた事を漸く告げる。

「それに雰囲気も違っていて声をかけづらく、ですがまずはお礼を。
 あの時は助けていただき本当にありがとうございます。
 おかげでとても大事なことを思い出せた気がします」

それはとても素直な感謝の言葉。
一部覚えのない言葉もあって彼は一瞬目を瞬かせて戸惑うものの、
すぐにどういたしましてと柔らかな声で返事をして礼を受け取った。
ただその返答に少女は面食らったようで次の言葉がすぐに出てこない。

「…………あの、すごく不思議だったのですけど、
 どうしてそういう対応を学園でしないんですか?」

デパートの時のようなフランクさかあるいは今のような柔らかさ。
そこでのやり取りだけを見るならばまだ問題もない受け答えだ。
しかし実際の学園生活で彼はまともな交流をほとんどやっていない。
彼女が声をかけるタイミングを逃していたのはそれも理由の一つだ。

「あはは……単に人付き合いが苦手なんだよ。壊滅的にね。
 一対一ならまだしも不特定多数とかになると、もうお手上げ。
 無難な態度をとろうとするとどうにも長続きしないし気疲れする。
 どうせ悪目立ちするのは分かってたから、なら最初からあれでいいかなって」

苦笑いを浮かべて釈明するような声色なれど。
その内容は改善する気もこれから交流する気もないと言外にいっている。
少女はそれをどう受け取るべきかでとても困った表情を浮かべていた。

「………な、なんというべきでしょうか。
 豪胆というべきか横着してるというべきか悩みます」

「いや、それどっちかというなら後者だからな。苦手過ぎて開き直っただけだぞ?」

そのどこか難しい顔で真剣に考えている様子に思わず彼も笑いながらいう。
実際それが事実だ。確かに動じていない点で豪胆だろうがその本質は横着者だ。
だが彼女はその言葉に衝撃を受けたような顔をして固まってしまう。

「開き直る。苦手を克服するのではなく、開き直る。そ、そんなことが……」

「おいおい、そんな深く考える話かよ」

本当に真面目な娘だと半分感心しつつも半分は呆れている。
しかしそのフレーズに引っ掛かるということはつまり。

「もしかして、何か克服したい“苦手”でもあるのか?」

「え、ええっと、それは……」

「前にいってた自分がリーダーやってるっていうグループの悩みか?」

「え、なんで……あ、覚えててくれたんですかあんな話!?」

シンイチはあの時の会話からそう推察したが少女はその発言にこそ驚いた。
偶然再会しただけの名乗ってもいなかった自分が零した些末な悩み事。
その後にあれだけのことが起こって彼女自身ですら今まで忘れていたのに。
だがその驚きは彼は少し違った意味で彼に受け取られた。

「あのな、何年も前の話ならともかく。
 たかが一か月半程度前のことを覚えてられないと思われるのは心外だ。
 そりゃ確かに勉強の記憶力はたいしたことないけどさ……今日もダメだったし」

そこまでバカされるいわれはないと軽く不機嫌な顔をしたかと思えば、
すぐさま勉強面においてそれが優れていないと自分で反論して落ち込む。

「そんなつもり無かったですけど……ふふっ、普通そこ自分でいいます?」

その拗ねた子供のような態度とそれを長続きさせられない気弱さ。
即座に変わる表情の落差とそれが見せた意外な素顔に少女は笑う。

「う、悪かったな。こうやって自己完結して自己嫌悪するんだよ俺は。
 どうせ空しいうえに非生産的な一人芝居で一人相撲だよ、フンだ!」

そんな態度かその指摘か。どちらかが癇に障ったのだろう。
またもシンイチは不機嫌そうにいじけながら今度はそっぽを向いた。
聞いていた実際の年齢よりも幼く見えるほどそれは子供っぽい仕草だ。
どこか歴戦の勇士。自分が追い求める理想地点のように見えていたのに。
そこに幻滅ではなく親しみを覚えて嬉しがっている自分に気付いて笑みがこぼれる。

「………………で、結局大丈夫なのかそっちの方は」

「はい、今は頑張ってなんとか分かってもらおうと思ってやってます」

そしてそんな態度をとっても結局こちらを気にかけてくる言葉がまた嬉しい。
それがどこまでも少女自身を見て、そして案じている言葉だからだろう。
自然と返事をする声にいつも以上に力と覇気が宿っていた。

「私が突然自己主張を始めたので賛否でグループは真っ二つですけど、
 そうなるのは分かってましたし自分でやったことです。自分でなんとかします」

「そうか……まあ、ほどほどにな。あんまり気負うとこけた時、痛いぞ」

彼女が自分で背負うと決めた以上行動の是非は彼が関与することではない。
だから少女自身が意気込み過ぎて途中でくじけた時を案じて忠告する。
今度は彼女がそれに気を付けますと丁寧に、されど嬉しそうに返す。

「けど、それじゃお前なにを克服したかったわけ?」

そして最初の疑問に話が戻り少女は苦笑をうかべてしまう。

「ああ、ええっと、じつはあれから特訓したのですが対人戦が未だ苦手で。
 ぶ、不躾ですが、その、ア、アドバイスしていただけませんか!?」

──多勢に無勢ながら一人で奮戦し鎮圧したあなたならば!
そんな期待の眼差しを向けながら彼の手を取って両手で握りしめる少女。
気付けば封筒の持ってない空手を握るようにして祈るポーズで懇願されていた。
少しだけ顔が赤くなっているのはなぜだろうかと頭の片隅で考えながらも
鍛えていても女の子らしい柔らかい手だ、などとぼんやりと感触を楽しむ。

「アドバイス、ねえ?」

とはいえそれを乞われて少し悩む。彼女は全てではないが彼が戦う所を見ていた。
学園生徒で唯一その実力を実感している娘である。ことさら隠す意味はない。
しかし“アドバイスもできる”と思われるのは厄介事の匂いがどうしてもする。
具体的には毎朝わが身にも返ってくるある兄妹の相談事と似た気配がするのだ。

「ダ、ダメでしょうか?
 もちろんあなたの事は誰にも言いませんから!」

握った手をさらに強く握り、不安げな上目使いで再度懇願してくる少女。
一見するとあざとい仕草と暗に取引をもちかけているような発言なのだが、
決してそれが意図してでないのが簡単に見てとれるほど少女には邪気がない。
それはそれでこれが素という事になるので末恐ろしいといえば恐ろしいのだが。

「ま、いいか」

しかし彼は無駄に入っていた逡巡と緊張の力を抜いた。
事件の際に彼女から受けた助力への報酬という事にしておこうと。
その了承の意思を伝えると途端に少女は表情を輝かせて喜んだ。
きっとそんな風に喜んでくれるから頷いたのだという事は彼だけの秘密。

「じゃあまず苦手って一言でいうけど、どの程度の話?
 人間に攻撃するのを躊躇ってしまう程か人間の動きに対応しきれないのか」

「あ、はいえっと………ど、どちらかといえば後者だと思います。
 私は精神ランクが高いので上級スキル連発での殲滅戦は得意なのですが、
 一対一の個人戦になると逆にそういうのは範囲が広すぎて使い辛いのです。
 だから、こう、手持ちの武装で戦うのですが手一杯になって、つい……」

彼女は説明がてら掴んだままの手で何かを振るうような動作をすると苦笑いする。
思い返したのかあるいはその想像の中ですら追い込まれてしまったのか。

「ついドカンッと自分ごとスキルで一掃してしまう、と」

「は、恥ずかしながら。
 私は耐久ランクはそこまでじゃないのでそれだと問題が……」

「確かに耐久が高ければそういう戦い方もありだったんだろうが。
 そうなるとまずお前は普段何を基本兵装にしてるんだ?」

そこを知らなくてはいくら彼とてどんあ助言をすればいいのか解らない。
鍛錬や訓練の様子はよく見かけているシンイチだが生徒同士の模擬戦は
初日のそれを見てからクラスメイトを除けば偶然見ることもなかった。
だから学園内で有名な(・・・)彼女でも何を主な武器にしているのかは知らなかった。

「いえ、特には決まってないのです。これまた恥ずかしいのですが、
 私は一種の器用貧乏といいましょうか。どれもある程度使えるんですけど
 何かだけに邁進している方には遠く及ばないので、たまに武装系統が被ると……」

「ああ、一気に追いつめられて焦ってしまいドカン、と?」

はい、と自らの未熟さを明かしたせいか赤い顔で頷く。
しかしそれでシンイチが吟味するには充分な情報は手に入った。
完全な偶然だがそれはこの少年がかつて通った悩みであり思考でもある。
その性質は全く違うものの彼もまた一種の器用貧乏といえる存在なのだ。
少女の場合はどれにも一定以上の才能を持っていたからであったが、
少年はどれにも才能が無いのに技量ランクだけが上がり過ぎたせいだが。
よって提示できる案というのはとっくの昔に出来上がっている。

「すぐにできる解決策の一つとしては複合型の武装を使うこと。
 実際に使用経験がないからあれだけど十徳ナイフ的な武器ってあったよな?」

生徒が持つ武装品の出自は主に二つある。個人の所有物と学園からの貸与だ。
前者の性能を把握するのは難しいが後者の武装は全種類の情報が開示されている。
その中に単一で複数の武装の機能を併せ持つという特殊な兵装があった。
傍目には長方形の箱に見えるが形状を変化させるとあらゆる武装となる。
剣にも槍にも大砲にも狙撃銃にも鈍器として使うことも可能という代物が。

「えっと……ああ、確かにありましたね。
 あまりメジャーじゃないので言われるまで忘れてました」

少女は自身の記憶を遡ってそれがあったことを思い出したが少し渋い顔をした。
学園で使用者がいないそれは文字通り“扱いが複雑”で好まれていなかった。

「入学する前の訓練の中で一度だけ触ったことがありますけど、
 変形パターンを把握してないとおかしな状態で持ってしまうんです、あれ」

剣状態から柄を離さずに銃器に変形させると銃口を握っていた。
などということがよく起こって次の行動に支障をきたしてしまうらしい。
複数の兵装形態を所持するためにはそういう構造にするしかないとのこと。

「え、なにその面白そうな武器。一回使ってみたいな!
 って今はそういう話じゃなかったな。お前の武器選びの話だった。すまん」

一瞬顔を輝かせたかと思えばすぐに申し訳なさそうな顔で自己完結させる。
少女がそれを見て、また少しおかしそうな顔をしていたが彼はスルーした。

「ならやっぱり力技だがあらかじめ全部持っておくしかないだろう。
 普通ならできないが幸いここの武装はそういうのが可能だからな」

フォスタに一定まで収納できる(・・・・・)ため持ち運びや整備の問題は少ない。
そのため“数多の武装を持ち歩く”ということが現実的に可能になっているのだ。

「どれかに絞れないなら全部……そうか開き直りの発想ですね!」

「おいそこは逆転の発想っていうところだぞ」

なぜか嬉しそうな笑みを浮かべる彼女に即座に突っ込む。
貪欲に相手から何かを吸収しようという意欲は買うのだが相手は選んでほしい。
自分から吸収すると最終的にろくでもないことになる気がするシンイチだ。
尤も少女からすると学ぼうとしているのはシンイチだからこそなのだが。

「まあいいけどね。
 器用貧乏はメインの武器を選びにくいがその多様さが本領でもある。
 次から次へと武装を変えての波状攻撃って結構相手は混乱するぞ」

「な、なるほど」

実経験に基づく発言なためか少女はしきりに感心したように頷いている。
ただ彼がいう光景は実際にはそこらの日常の品を次々と取り換え使い捨てるもの。
武器の種類以前に武器ですらないものを使っているので相手の困惑は当然の話だ。

「あっ、でもフォスタの容量あるかな?
 外骨格一式とそれぞれいくつか…………あ、入るものなんですね。ぎりぎりですけど」

自身のフォスタを操作してどれだけ積み込めるか(・・・・・・)を計算して頷く。
兵装容量はそれぞれの所属科と成績順によって違っている。彼は当然最低量だが。

「さすが特別科。フォスタも特別製か。
 俺のだと簡易外骨格と剣一本程度しか入らんぞ?
 まあ未だに色々な兵装がこれに仕舞える(・・・・)のはよく理解できんが」

ファランディアにも見た目に反して荷物が多く入る鞄等もあるにはあるが
それは中の空間を儀式魔法で広げて固定しているので原理は分かり易い。
一方でフォスタが物を仕舞える原理はそれとは逆らしいが彼は理解できない。

「武装や外骨格限定ですがパーツごとに分解して、さらに縮小。
 一部はデータ化して収容し取り出す時はこれとは逆の事をする。
 ……のですが、さすがに技術的な説明は私ではまだ……」

座学の成績の良い者でも説明には難色を示す高度な技術なのだそうだ。
対象は限定だが物体を縮小するフォスタと物は選ばないが限界量が低い魔法鞄。
どちらがより便利なのかは何に重点を置くかで変わるので一概には決められない。
ただ前者が武器の側面が強く後者は日常品なためそも比べるのもおかしいが。

「いいよ、別に。説明されてもきっと理解できん。
 授業で聞いてても謎の呪文を聞かされてる気分だったよ」

「うふふ、よくわかります。私も昔はそうでした。
 ああでも実はこの制服も装備品と同じ素材同じ原理が用いられてるんです。
 外骨格を装着する時は専用のボディスーツと入れ替わるように収納されて
 その上に装甲を展開していくというガレスト軍と同じ仕様になっています」

「……だから後から注文した俺はすごく遅れてるというわけか?」

意外な所から制服が特別製という言葉の真の意味を知らされ愕然とする。
誰もが彼が外骨格を装着することはないと考え、教えられていなかったのだ。

「そういうことになりますね。
 あとフォスタそのものはどの科でも同じスペックです。
 個人個人の成績や順位でリミッターがかかってるだけなんです」

「なるほど、考えてみればランキングがあがってから交換するより、
 それを解除していったほうが安上がりで楽だよな」

感心したように納得するシンイチを見て、少しは役に立てたかと一人安心する少女。
尤もその裏で彼がしているのは魔力ハッキングでリミッターを外すという行為だが。
露見すると危険なハッキングだが便利な反面存在を欠片も知らない物には弱い。
自分を監視するシステムはあると思っていたために見つけられたが、
リミッターはそもそも知らなかったために気付いてもいなかった。
というのはそんな微妙に困った特性があるために起こった現象だ。

「教えてくれてありがとな。自分でも色々読み込んでいるつもりなんだが、
 そういう当たり前の知識って奴はなかなかどうして、調べるのが大変でな」

「いえそれは帰還者が誰しも直面する問題だと聞いていますし、
 この程度では以前の事も、今日の助言のお礼にもなってません」

「そんなのもらうほどの事じゃないだろ。参考程度に受け取っておけよ。
 どの道お前は特別な事をしなくても経験をつめば勝手に一流になれそうだが」

「そ、そんなことはないですよ……」

半ば確信。彼の中では決定にさえ近い事柄に少女は首を振る。
謙遜というよりは不安と自信の無さがその表情に強く表れていた。
普段の(・・・)自信溢れる姿や態度はそれを隠すための虚勢以外の何物でもない。
だからだろうか。シンイチは少し語気を荒げてその本音を否定する。

「生まれ持ったモノに驕らず、鍛え続けたことは絶対にお前を裏切らない」

学園に来た初日に“彼女の努力”を称えたのは紛れもない本気の言葉だ。
彼女のそれが言葉だけの薄っぺらいものではないことは彼には見えていた。
生来の魂の輝きとそれを磨き続けた輝きは似て非なるものだが共に見えたのだ。
だから、とシンイチはしっかりと彼女の顔を見詰めながら言葉を続ける。
その瞳はともすれば彼女自身よりもその周囲の誰よりも彼女を認めていた。

「ちょっとでいいからそこを信じてやれ、誇ってやれ。
 演技やポーズじゃなくて、本気でな」

「───っ」

自信の無い顔をするな。体を縮まらせるな。本気で胸を張れと。
いったい自分の何を見て彼がそこまでいうのか少女はまるでわからなかった。
けれどそれによって胸に暖かなものが差し込んでくるのを彼女は感じている。
憧れる強さを持つ彼に認められるモノがこの自分にあるのだという事が嬉しい。
これまでやってきた“当たり前”に価値はあったのだという言葉が暖かい。

「はい!」

ならそう思えるようになろうとだから少女は力強い返事をした。
それに満足気に頷いたシンイチはしかし、すぐに少し困った顔をする。
表情の変化にどうかしたのかと彼女が不安に思った時、彼がにやりと笑う。

「…………ところで俺のこの手はいつまでこの状態なのかな?」

そして未だ強く彼女が握っている片手を彼女自身に見せつけるように動かす。
僅かに朱色がさしていた少女の顔は一気に茹蛸のように真っ赤に染まった。

「あっ、いえっ、これは!?」

単に助言の懇願を受け入れてもらえた嬉しさから握り続けてしまっただけなのだが、
異性の手を自ら強く握っていたという事実を認識した少女の思考は停滞してしまう。
そんな狼狽える姿は残念ながら彼の悪戯心をどうしても刺激する。

「このままお姫様にするみたいにキスすればいいのかな?」

「へにゃっ!!??」

握られたままなのをいいことに彼女ごと引き寄せるように手を口許に寄せた。
それに再起動した少女は真っ赤な顔のまま手を離して、万歳のようなポーズで固まる。

「くくくっ、可愛い反応するねぇ」

案の定こちらの反応を見て微笑を浮かべる少年は先程とは違う意味で満足気である。
一方で少女は変な声を出し変な姿勢で固まった事によってより顔が熱くなっていた。

「い、いけません。ここで狼狽えては前回の二の舞っ」

見られまいと顔を伏せながら小さく呟いて冷静さを保とうとする。
顔の赤はすぐに引かないが息と声色は普段に戻し必死で別の話題を探す。

「か、からかわないでください。まったく……えっと」

主導権をとられるとなし崩し的に攻められると二回目(・・・)でもう理解した。
だから微妙な色の五つの封筒が目に入って一目散にそれに飛びつく。

「さ、さっきから気になっていたのですが、手に持っているそれは?」

なんでしょうかとできる限り普通に尋ねた。
強引な話題転換だがこのまま続けられるよりはと推し進めるように指差す。
思惑に勘付きながらもシンイチは変わらぬ表情でその流れにあえて乗った。

「これ?
 ふふふ、開けて読んでみればわかるよ」

手元にあるカラフルというには微妙な色合いの封筒を少女に投げるように渡す。
反射的に受け取った彼女は僅かに悩んだが持ち主からの許可があったので目を通した。
内容は日本語だったが“あれから”猛勉強した少女はもう読む分には支障がない。
だからいくらか読み進めた辺りから音を立てて少女は固まる。少年の顔は笑っている。
そして最終的に少女の手に無駄に力が入ってくしゃりと音を立てて潰れた。

「あ、白と茶色が死んだ」

「な、ななっ、なんですかこれはーーーーーっ!!??」

他人事のような声色で潰れた封筒を彼が見詰める横で彼女は立ち上がって叫んだ。
顔は変わらずに赤く、落ち着かせたはずの呼吸は一気に荒いものになっていた。

「なにって………ああ。
 ガレストにはそういう文化ないよな。紙が無いって話だし」

「そ、そういう話ではありません!
 こ、ここっ、これはもしやその話に聞くこっ、こここっこいぶっ!」

どこまでも落ち着いている少年と違って彼女はまともに口が動いていない。
こうはいっては身も蓋もないが純粋培養の“お嬢様”にはそれは多少刺激が強かった。

恋文(・・)か?
 あんたどこでそんな古い言い方を……まあラブレターも今じゃ死語か?」

分かっていてトドメを刺すようにあっさりと正解を口にされて少女は唖然とする。
一方シンイチの思考は『手紙』という存在が生き残っているかに移っていたが。
連絡手段は映像での通信やメールに移行している。彼がいた8年前以上に、だ。
そうなれば手紙はかなり古めかしい連絡手段になっていてもおかしくはない。
実際にどうなのか調べてないため分からないが減少しているのは間違いないだろう。
などと、恋文という存在に慌てふためく少女を観賞しながら埒もなく考える。

「…………じょ、冗談、ですよね?」

「ハッ、書いてる連中は別方向にマジらしいがな」

どこかそうであってほしいとも取れる発言に鼻で笑いながら返す。
これが例えばイタズラで書かれたものなら面白いネタ話として彼も受け取れるが、
そうですらないこれを前に彼は怒ればいいのか呆れればいいのか本当に迷っていた。

「書いてる連中? 別方向?」

「お前なら何枚か読めばわかるんじゃないか?」

どういう意味だと問い返す視線に少年は初めて面倒そうに答えた。
そこでようやく何かあると察して冷静になると少女は即座に全てに目を通す。

「…………っ、これは────白と水色の封筒は同じ方?。
 黄緑とピンクのも別の同じ人。茶色のは、これもしかして殿方ですか?」

五つの封筒に入っていたのはすべてがいわゆる恋文といわれる内容だ。
そしてそれぞれに書かれている送り主の名前は全員違うものであった。
しかし少女はそれを一読しただけで正確に書き手の人数と性別を見抜いた。

「へえ、理由は?」

「筆跡と、文章の書き方でしょうか?
 ガレストでも契約などでサインをする時は画面に直筆しますし、
 文面も人が違えばよほど定型文でなければそれぞれの味が出ます」

だから意識して注意深く見ればそういった違いが目につくのだという。

「そんな勉強もするのかガレスト人は?」

「い、いえっ、一部の……そういった物に多く触れる立場の者だけです。
 しかし私“初めて”恋文を読みましたがこれはなんとも……嘘くさい?」

名前の数と書き手の数が一致しないこと以上にそこにあるべき感情が見えない。

「だろ。まさかこんなのに初めて奪われるとは思わなかったよ」

中身の文章だけを見れば、ただの恋文。ラブレターの見本といえるほど。
しかしそこには何の感情も乗っていない。恋慕も悪戯心も悪意も何もない。
ただ書かれていることは最終的には同じこと。“一度お会いできませんか”。
定番文句ではあるがそこに信用性は微塵も感じられない。

「それにこの送り主の名前には見覚えありません。偽名、ですか?」

「だろうね。けどその考察は惜しい。
 ファーストネームとファミリーネームの組み合わせを変えれば、どう?」

「え、あっ!」

「偽名なんてそんなポンポン浮かぶものじゃない。
 どこにでもありそうな名前になるか知ってる名前の組み換えが基本だ」

さすがに“自分達”の本名は出してきてはいないだろう。
随分と無駄に手の込んだ偽のラブレターであるとシンイチは苦笑するしかない。

「いったいなんでこんな………あれ?
 これ全部違う場所ですけど昼休みに来てほしいと書いてありますが?」

「ああそうだな」

「行かないのですか?」

書かれていた五つの場所のどれにもこの公園は入っていない。
それどころか学園外の公園などどれからも遠い場所である。

「こんな訳の解らんことをする連中が待ち構えてるって分かってる場所に
 なんでノコノコと自分から行かなきゃいけないんだよ、面倒くさい」

疑問に対して心底やる気のない声と表情が返ってきて少女は僅かに呆然とする。

「…………なんでしょう。それなりに正しい対応のような気がするのに、
 あなた特有のいつもの対応のように見えてしまうのはどうしてでしょう?」

意味も興味も見出せなければどんな存在が相手でも反応さえしない。
彼が学園で一部から強い敵愾心を向けられている原因の態度であった。
今更自分が気にしたところでしょうがないかと問題点を口にする。

「けれど行かないと続くのではないですかこの偽ラブレター」

何が目的にせよこんな呼び出し方をしている時点でまともな用件ではない。
だが無視を決め込むことで相手の行動がエスカレートする可能性は高い。
少女の言葉はしかるべき所に相談すべきではないかと暗に勧めている。
だが。

「ああ、そろそろ限界だろうな。煽り耐性ない連中みたいだし。
 今日まで無視し続けたら午前だけで五つも送ってきたからな」

「ふえ? こ、この五通、全部今日届いたもの!?」

シンイチは気にした風もなくあっさりととんでもない事を口にした。
少女の驚く言葉に答えるまでもないと何かを企む不敵な笑みを向ける。

「多分きっと苛立ちMAXだろうな。次は実力行使かな?
 そういえばもうすぐ全学年で一斉に動くイベントあったよね?」

確認するような言葉なれどあえてそうなるように放置したと語られ唖然。
彼はそこで何か仕掛けられるからそれを返り討ちにすると暗に言い放ったのだ。

「あの、それは明後日にあるテストですよね?
 一応あれ重要な実力テストなんですが……さしずめボイコットの言い訳ですか?」

どうせまともに参加しないならうまいこと利用しよう。
そんな意図が薄らと見えてしまうことが少女の眉根を寄せていた。
少年はその推察に満足したように頷いて正直な感想を口にする。

「察しが良くて助かる。あんたリーダーよりも補佐役に向いてるかも」

「それ、褒められてるかどうか微妙です……」

どこか複雑な顔で苦笑いを浮かべる少女はそれの受け取り方に悩む。
シンイチはそれは残念と呟くだけでそれ以上は語ることをしなかった。
それは彼女の立場を慮った気遣いでもあったがそれとは別の存在()のため。

「っ、あ、そうか。今日のお昼休みは飛行訓練でした」

「へえ、さすが特別科。うまいこと飛ぶものだ」

空を裂くような音が上空から落ちてきてふたり見上げた先にある集団。
こちらの声が届く程の距離ではないが人の集団が青空を舞っているのが見えた。
外骨格で完全に全身を覆ってない事もあってこの二人なら顔の判別はつく距離だった。

「あれってさ。やっぱ難しいの?」

「ええ、たいていは機械がやってくれますが動きの微調整は装着者任せ。
 存在しない操縦桿を意識や体捌きだけで動かすようなものですから
 慣れないと思い通りに飛ぶこともあんな追いかけっこもできません」

当たり前だが人はそもそも空を自在に飛ぶ回るようにはできていない。
また身に纏う鎧の機能で飛行するのは知っていても想像しにくい感覚だ。
とかく慣れるのに時間が必要でまた空戦ともなればそれ以上かかってしまう。
特別科に入れてもこれに時間がかかってしまう生徒は存外に多いのである。

「ましてや装甲を完全展開せずに顔を露出させたままというのもまたかなり」

「ああ、守られてるとわかっていても庇いたくなってしまうよな」

「はい」

「あれだけやれるようになるにはどれぐらい?」

「問題なく飛ぶだけなら個人差はありますが平均で合計100時間ほどかと」

「ふーん、それを無事やりきった先があれなわけか。
 編隊飛行だけでなくきりもみに空中クイックターンとは……きれいな軌道を描くものだ」

10人を超える集団が空で描く軌道の線を鑑賞するように見上げるシンイチ。
戦闘機等が行う空中戦闘機動(マニューバ)とは一線を画する人型の動きに感心している。
少女もまた一緒に眺めていたがふと視線をさげて彼のその横顔に視線を移す。
発言もそうであったがその横顔もまた色んな意味でおかしい。

「……質問をしていいでしょうか?」

「答えられることなら」

見上げたままのその顔を見ながら彼女はその疑問を投げかけた。

「ナカムラさんはどうしてそういう顔をしていられるのでしょうか?」

「なにが?」

「あなたは意にも介していないのでしょうが、それでも
 あんなにつっかかってくる者達をどうしてそんな優しい顔で見れるのです?」

いま空中飛行を見せている彼らこそ特別科で最も彼を問題視する集団だ。
しかしシンイチの彼らを見る目にあるのは敵意どころかいつもの無関心さでもない。
暖かさと柔らかさを持った例えるならば親が子を見守るような視線であった。

「…………そんな顔、してるか?」

その指摘に心底意外そうな表情でシンイチは少女に視線を戻す。
しかし彼女がしていたと頷けばそうかとあっさりとそれを認める。

「深い意味は別にないんだがな。
 ただ努力してる奴が結果を出すのは、認められていくのは嬉しいさ。
 出来れば、あのまま頑張って上に行って夢や目標を掴んでほしいよ」

努力をし続ける辛さもその末に達成した喜びも自分は知らないから。
おそらくこの先も知ることはないのだろうと思いながら懸命な彼らを見上げる。
ステータスを上げて維持しこれらの装備を使いこなす努力を続けている生徒たち。
その姿には彼にしか解らない輝きと価値と尊さがあるのだ。

「ならどうしてそんな申し訳なさそうな顔もしているのですか?」

「…………黙秘する」

少女のどこか心配そうな問いかけをそう誤魔化して苦笑する。
きっとそれを自分は簡単に打ち砕くのだろうと分かるのが恨めしいなど、
その先頭で最も頑張ってもがいている少女に対して言えるわけが無かった。
自分のそれは努力でも才能が開花したのでもない汚れた力なのだから、と。
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