挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

転章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

53/184

03-23 一つの結末








───トンネルを抜けたらそこは、




               異世界でした────




軽い気持ちでそんなことを思わず考えた()は存外ダメージを受けていた。
どこか懐かしいと思ってしまう揺れる電車に乗って見える街並みはされど異世界。
現在の本籍がある周辺はあれでもまだ良心的だったのだと知って苦笑する。
意匠が異なるビル群。いやビルと呼んでもいいのか迷う建造物まであった。
それを交流の結果と取るか浸食されていると取るかは各々の価値観だろう。
そも彼が乗る電車とてパンタグラフのないいわばフォトン電車といえる代物。
懐かしんだ“揺れ”でさえ予算不足で従来のレールを使っているだけという始末。

「……ついたか」

車内アナウンスも電子音声だがあの特徴的な伸びがあるので違和感がある。
それを感じているのは周囲を見る限り、その彼だけなのは明白だった。
ともかく目的地についたのだからと電車を降りて、その目的の駅に立つ。
さすがに地名や駅名までは変わっていなかったのはありがたかった。

───かえって違いが目立って悪辣だと感じる自分は根が歪んでいる

自虐的な笑みを浮かべた普通の(・・・)黒い学生服を着ている少年は
表情から一切の感情を消すと黙って独り、人波に紛れて消えて行った。




──唐突だが、ここでファランディアにおける魔法の種別を説明しよう。
大きく分けてあの世界の魔法は二種類に分けることができる。
魔力を属性に応じた術式に沿って動かしながら命令し属性名を呼ぶ。
これが『属性魔法』と呼ばれるおおよそ一般的に使われている魔法。
火・水・風・地・雷・氷・光・影・聖・闇・幻、重力、etc.
主だった物だけ上げてもきりがないほど属性の数が多いのが特徴だ。

一方で『儀式魔法』と呼ばれる一般的ではない魔法がある。
儀式と聞けば大がかりなものを想像するかもしれないが、
魔力と専用術式、そしてそれぞれに応じた事前準備を整えることで
無詠唱で、ある特定の現象だけを起こすものを儀式魔法という。

片や属性の多さと汎用性の高さで一般にも広まった魔法。
片や幅は狭いが価値の高さと難易度で専門性が高まった魔法。
行きたい場所に(マーキング)さえあれば“跳べる”『転移魔法』は後者である──




そこはいってしまえばニュータウンといえる街だった。
閑静な住宅街を中心とした真新しい建物が並ぶそこはより異質だ。
未だ日本では一般的であるはずの黒い学生服が少し浮く程度には。

それもそうであろう。この街はガレスト人を受け入れるための街だ。
交流の一環や仕事の都合でこの地への居住を望む彼らの受け入れ先。
そのために整備された街だ。ガレスト色が強く出るのは当然だろう。
いくらかの情報規制はあるが日常会話で漏れる程度は黙認されている。
そもガレストは役割分担の世界。立場や職業で知り得ている情報が違う。
ここに住める一般人が知り得る情報などとっくに世間に出回っているのだ。

とはいえ“街”として見た場合ここは至って普通の場所だ。
人々が住む住宅があり、子供たちを遊ばせる場所もある。
買い物を楽しむ店舗があり、警察も消防署も病院も役所もある。
ガレストにカルチャーショックを与えた食事を楽しむ施設もある。
彼が知る普通と違うのは建物の意匠と素材。各種機械類の高度さ。
住んでいる人達の人種といったところであろう。


そこには─当然だが─彼が知るモノはなにひとつ無かった。
少年はそれを何の感情もない顔で見回ると黙ってその街を後にする。
常のようにマーキングをしようとした指を止めて、静かに物陰で転移した。





────────────────────────────




「おお~、見事に釣れたな」

「いっそ清々しいくらい見事に釣れましたね」

男子寮の最上階のさらに上。解放されている屋上に彼らの姿があった。
転落防止の柵によりかかって空を見上げている一人と一匹はされど、
その美しい星空や輝く月をまったくというほど気にとめていない。
あちらで見慣れていたというのもあるが尾行者がいるためだ。

「素人にしてはうまい尾行だったな」

「そうですか? 物音をかなり出していたと思うのですが?」

「おいおい、お前の聴覚で聞かれたら人は音の塊だよ」

彼女が求める及第点の高さに苦笑してしまう。
その聴覚に気付かせないなどプロの暗殺者でも難しいだろうに。

「そうでしたね………で、釣ってどうするのですか?」

「釣り上げて吟味する。当然だろ────おい!!」

「っ!?」

唐突に張り上げた声に陰に潜んだ彼が息を呑んだのが聞こえた。

「見えてるぞ。要件があるならとっとと言え」

どこか強気にも見える口調で正体を見抜いている影に問う。
逡巡するような気配を見せるそれにシンイチは溜め息と共に“投げた”。

「えっ、わっ、なに!?」

放物線を描いて自らに向かって飛んできた飲料缶を慌てて受け取る少年。
それにより月明かりの下なれど彼─千羽陽介は物陰から誘い出された。

「あ……」

その表情がこれ以上ないほどに『どうしよう!?』と雄弁に語る。
そしてその顔は決してシンイチの前でしていい表情ではなかった。
口許が一瞬笑ったのが見えたのは肩に乗る彼女だけであろう。

「何か御用ですか、千羽陽介先輩?」

「っ!?」

“先輩”という部分を強調しての硬い呼びかけに彼は激しい動揺を見せる。
男前と充分にいえる相貌を複雑な感情から歪めながら、絶句していた。

「…………い、や…その、俺………」

それでもなんとかすぐに声を発するが言葉にはならない。
視線はあちこちを彷徨い、口は開閉するだけで声を発しない。
しまいには悔しそうに唇を噛んで今にも泣きだしそうな目でシンイチを見る。

「くっ、くくくっ」

「へ?」

そこでついにというべきか。やっとというべきかシンイチが限界に来た。
口許に手を当てているが漏れ出ている声は明らかに笑っている。

「え、え、え?」

突然そんな態度になられても理解できない彼は疑問符をあげるだけ。
その様子にさすがにこれ以上は悪いと思ったシンイチは種明かしをする事に。

「あ~、悪い悪い。冗談だよ、冗談──────どうした、陽介」

笑みがこもった声をかけながら、最期に温かく柔らかな声色で名を呼ぶ。
それは彼の記憶にあるものと全く遜色ない自分を呼ぶ優しい声だった。

「っ、う、ううっ、あ……に、兄ちゃぁぁぁんっ!!!」

たったそれだけの呼びかけで彼が直前まで耐えていた涙腺は崩壊した。
シンイチを“兄”と呼びながら感極まって飛びつくように抱きついた。

「うわああぁっ、兄ちゃんっ兄ちゃんっ兄ちゃんっ!
 ぐずっ、ううっ、ごめっ、ひょめんっ、ひょめんなさいっ!
 ほんろわもっちょびゃぁくべんらくをっ!!」

「ああもう……泣くか話すかどっちかにしろ。何いってるかわからんぞ」

そうくる、と分かっていたシンイチは易々と受け止めると涙と鼻水で
ぐちゃぐちゃになった顔で自分を見上げてくる年上になった弟の頭を撫でた。

「ううっ、うわああぁぁっんっ!!」

「……………ど、どゆこと?」

泣く事に専念することにしたらしい彼の泣き声にようやく彼女の思考が戻ってくる。
だが号泣しているとはいえ陽介の前で人語を漏らしてしまう程度には混乱中だった。

「ああ、うん。言いたいことはわかるが…………うちの弟は元からこんなんだ」

「はい!?」

「だから、その……俺の口からは言い辛いんだが……こいつらお兄ちゃん子だったんだ」

「…………うん?」

後々振り返ってこの時ほど主人の言葉を理解できなかったことはないと彼女はいう。
帰還して直後に出会っているので彼らがシンイチの妹弟だというのは知っていた。
しかしながらヨーコからすれば最悪に近い出会いだったせいもあってか。
その情報はあまりにも信じがたく、しかし現状を示すには最も有力だった。

「4、5歳程度の差とはいえ、よく世話を焼いてたし。
 うちはもともと共働きだったから過ごす時間が長くなって自然とな」

そう教える彼の顔は複雑である。今にして思えばそれがいけなかったのだ。
さすがに両親の代わりといえるほどのことができていたわけではない。
しかし、同じ時間を過ごし、共に遊び、一緒に学び、並んで出かけた。
素直だった双子は当然のように兄を慕い、進んで後を追う妹弟になっていた。
当時まだ9歳だったそんな幼い妹弟がその兄を失えば不安定にもなる。
しかも生還は絶望的で両親の仲には致命的な亀裂が生まれた状況で、だ。

「ひょめんっ、ぼれっおれっ! なんひょかしたきゃったけど!
 があざんもねえぢゃんも、ぼろぼろで! うぉれ!」

シンイチと彼女の会話は耳に入ってないのか。
相変わらず非常に聞き取り辛い涙声での言葉をシンイチは正確に聞き取る。
“ごめん俺、なんとかしたかったけど母さんも姉ちゃんもボロボロで”だ。

「わかってるよ、お前が守ってくれたんだろ。二人を」

「だってもうおれしかっ、おどごいなかったっから!
 にいじゃんにいばれてたからおれがっ、おれがなんとかしなきゃって!」

だと思ったと内心でひとりごちるシンイチ。
昔、自分が父からそうされていたように偉ぶって語っていたことを思い出す。
もし自分も父もいない時は男の子はお前だけだから二人を守ってくれ、と。
両親が離婚し姉と共に母に引き取られたものの不安定な二人を前にして、
唯一の男子だった陽介は彼なりに必死に家族の心を守ろうとしていた。
だから彼女たちの感情や思い込みたかった事を否定できなかった。
肯定せざるをえない情報しか手に入らなかったのもあったが。

「よく頑張った。偉かったな陽介、ありがとう」

「う、ううっ、兄ちゃぁんっ!!」

そのことを誰にもいえないまま影で耐えてきた弟に兄は優しく声をかける。
生存を諦めていながら心のどこかで待ち望んでいた言葉に彼の涙は止まらない。
学生服が汚れるのも構わず抱きとめながら昔に戻ったような弟の背を撫でる。
しかしそのために彼からは見えないシンイチの瞳には複雑な色が浮かんでいた。




「落ち着いたか?
 ほら顔をふけ、せっかくの男前が台無し過ぎるぞ」

どれだけ泣き続けていたのか。
ようやく泣き止んだ弟にシンイチはハンカチを渡す。
素直に受け取った陽介は涙と鼻水のあとをぬぐっていく。
それでもあとはかなり残っているが先程までと比べればマシである。

「拭いたらそれでも飲んでもっと落ち着け。話はそれからだ」

「う、うん……あ、俺がリンゴ好きなの覚えててくれたんだ……」

当たり前だろ、と頷けば喜色満面の笑みで開けて口をつけた。
最初に投げ渡したそれは果汁100%のリンゴジュースの缶だ。
彼がそれを嬉しそうに飲んでいるのを見守りながら彼も自分のを一口飲む。

「……それで、兄ちゃん。いつから俺のこと気付いてたんだ?」

「ん? それは男子寮限定でのストーキングしてたことか?
 それともお前が本当は俺を拒絶していなかったことか?」

「ス、ストーキングって……ああ、いやそうなるか。
 どっちもだよ、なんか最初から解ってたみたいだけど……」

久しぶりに彼の兄としての顔と声を投げかけられ、感極まったが
少し落ち着いて考えるとどちらも見抜かれていた事がかなり意外だった。
だがシンイチからすると弟の態度はあまりにもわかりやすかったのである。

「そりゃな。昔と変わらずに後ろからじっと見詰められればな。
 お前、言いにくい事や頼みにくい事があるといつもそうだったろうが」

「え、そうだったっけ?」

「そうなんだよ。だからすぐに気付いた。どっちもな。
 それでよく考えてみれば最初の再会も二度目のここでの再会も、
 母さんや陽子の態度と比べるとお前の態度は妙だったからな」

一度目は感情を無理して抑えながら言葉を選んでいたように見えた。
二度目は一切動揺せずに姉のそれを落ち着かせることだけに終始していた。
そこへ本人から男子寮限定での縋るような視線を向けられれば推察はできる。
さらにいえばここに誘い出してあえて突き放した物言いをしてみればあの表情。
本心がなんであるかは難しく考える必要もなく簡単な話だった。

「男子寮だけだったのは陽子に知られることがないように、だろ?」

それにここならば人目さえどうにかすれば接触しやすい。
厳密には違うとはいえ『副風紀委員』とまでいわれている陽介だ。
仮に男子寮内をうろついた所を見られてもあまり不審には思われない。
その近くにシンイチがいても注意しようとしていると思われるだけ。
万が一その話が陽子の耳に入ってもそれならば問題はない。

「あはは……全部お見通しか。
 どういったらわかってもらえるか。許してもらえるか。
 ずっと悩んでたけど、やっぱり兄ちゃんにはかなわないな」

この数日はそればかり気にしていたがふたを開ければこれだ。
あれこれ考えていた陽介からすれば拍子抜けであり安心した話。
やはり自分達の兄は変わらず兄だったのだと嬉しそうに微笑む。

「8年前まではあれでも兄貴だったんだ。それぐらいはわかるさ」

「今でも兄ちゃんだよ! 俺にとっても、本当は姉ちゃんにとっても」

けれど今はもう違うような言い方をされて彼は即座に反論していた。
そして自分の本意を分かってもらえたら話そうと思っていた事を口にする。

「だからさ。昔みたいな兄弟に戻れないかな、俺達。
 間には俺が立つよ。姉ちゃんも意固地になってるだけなんだ。
 俺、8年うまくやってたんだ。姉ちゃんのポイントはよくわかってる。
 うまく誘導して少しずつほぐしていけば……」

「やめとけ」

「え?」

関係を修復することも可能だといいたかった陽介の言葉を彼は遮る。
抑揚がなく、どこか冷たくも聞こえる声で提案を一刀両断にした。

いずれは(・・・・)そういうこともできるかもしれない。
 けど今はまだ不味い。その理由は俺よりお前の方がわかってるだろ?」

そういわれ、漠然と夢見ていた兄弟揃った光景が陽介の中で崩れる。
兄の帰還と入学をなんとか好機にしようと焦り過ぎていた、と。

「お前の目から見て帰還(アレ)から母さんと陽子の様子はどうだった?」

さらにそれを一番聞きたくない立場であるはずのシンイチから
尋ねられて陽介は少し言葉に詰まりながらも答えた。

「……………姉ちゃんは動揺をいま強引に抑え込んでると思う。
 姉だからって、自分が俺や母さんを守るんだって強くあることで自分を守ってる。
 母さんはあれから二、三日動揺したままだった。いまは落ち着いているけど、
 兄ちゃんの話題は出せるような雰囲気じゃない」

出来る限り陽介はシンイチがショックをうけないように言い換えているが、
どのみちその内容は彼の帰還が引き金になったと言っているも同然だった。
申し訳なく思っている陽介にされどシンイチは、だろうな、とあっさりと返す。

「そんな状態でお前が俺の味方をしてはだめだ。一人ずつ関係を修復するのもな」

「………どっちかが独りになってしまうから?」

「それは成功すればの話だが、どっちにしろ。
 お前という味方を失ったと思われたら余計に不安定になる」

だからお前は今まで通りに振る舞えといわれて、陽介は唇を噛んだ。
シンイチの言葉は正しい。今は様々なタイミングと状況が悪い。
だがそれでは結局またシンイチに嫌な意味で頼ることになる。
しかも今度は本人が生きてそこにいると誰もが知っている状況で。

「そんな顔するな。いまは時間が必要なだけだ。俺にもお前らにも。
 それまでは互いに出来る限り接触しないようにしたほうがいい」

「………それは、俺と男子寮(ココ)でもってこと?」

「お前だってそれを恐れてたから積極的に動けなかったんだろ?」

例え陽子本人の目がなくとも他の男子生徒たちの目がある。
そこから彼女に情報がいかないとは絶対にいえないのだ。
一回や二回なら注意しただけと誤魔化すことも出来るが、
幾度も続けばいくらなんでも不自然に思うだろう。

「お前あいつに強く追及されたら誤魔化せるのか?」

「うっそれは………わかった、よ……うん。兄ちゃんのいうことが正しい」

痛い所を突かれたものの納得しきってない様子だが反論も代案もない。
しかし彼は即座に気持ちを切り替えて別のことを兄に求めた。

「でもメールぐらいはいいよね! アドレス交換しようよ!」

その方向性と期待に満ちた眼差しに思う所あるシンイチだが溜め息と共に頷いた。
登録名や内容を誰かに見られた場合を考えてある程度偽装しろと忠告しながら。
無論その裏で彼が各所にハッキングし誤魔化す準備は話ながら終えていたが。

「うん、わかってるって!
 姉ちゃんの行動予定とかも俺が知れる限り送るから役立ててよ!」

アドレス交換し終えると嬉しそうにフォスタを操作して偽りの名義を登録していく。

「助かるよ………けどそろそろ時間だろ、行かないと怖いぞ」

「え、わっ、まずっ! 今日も見回りだった!」

いわれて集合時間に遅れそうな時間だと気付いて青ざめる。
なぜ無関係のシンイチがそれを知っているかへの懸念は出なかった。
大慌てで屋上から走り去っていく陽介だったが急に立ち止まると振り返る。

「兄ちゃん、何か困ったことあったら何でも言ってね!
 俺、あれからすっごく強くなったんだ。今度は俺が兄ちゃんも守るから!」

「…………あ、ああ、ありがとう……早くいかないと陽子に殺されるぞ?」

もう既に彼らを一度助けたあとだとは絶対に口にできないシンイチである。
だから余計に慌てさせるような一言をプラスしてわざと急かした。

「わっしまった! また明日! おやすみ兄ちゃん!」

案の定先程以上に慌てた彼は一目散に階段を駆け下りていったのだった。
まるで台風一過だ。と苦笑いするほどの騒がしさが消えて一息つく。

「………子犬ですね」

「いうな。俺が世話を焼きすぎたのが原因だ……頭が痛い」

そこへ従者のヨーコからの鋭い指摘に額を押さえるシンイチ。
一瞬獣人のような耳や尻尾を幻視してしまっていた彼は渋面である。
懐かれ過ぎていることは当時から若干不安視していたのだが、
シンイチが長期間行方不明となり水面下で悪化していたのだろう。

「ふふ、ですが良かったですね主様」

最初はまたろくでもない事をいうつもりならろくでもない目に合わせてやる。
そう意気込んでいた彼女だが“そういうこと”なら納得だ。実に主の弟らしい。
それらを含んでの言葉だったのだが、返ってきた言葉の声色に首を傾げる。

「ああ、そうだな」

「…………主様?」

抑揚のない感情が見えない声に訝しむが彼は黙ってその場に座り込む。
肩から見えるその横顔には不思議なことに喜びを示す感情が見えなかった。

「どう、したのですか?」

「別に。ただ思っただけさ。
 あいつが慕ってた『兄ちゃん』は俺でいいのかなって」

「は?」

予想だにしない発言がさらに彼女を困惑させる。発言の意図や感情が読めない。
しかし原因には一つだけ心当たりがある。転移魔法の実験で一人転移した彼。
それが戻ってきた際に今のシンイチと似た顔をしていたのだ。
どうしては分からずともそこで何かあったのだと推察した。

「………転移魔法で……いえそのあとどこに行ったのですか?」

だが転移魔法は基本マーキングした地点に行ける魔法だ。
帰還してから彼が行ったことのある場所は全て彼女も知ってる。
そのどれも“今”シンイチをこんな顔にできる場所とは思えなかった。

「違うよ……行けなかったんだ。いや、もう無かったんだ」

しかし彼女の主人は首を振る。行きたい場所はもう無かったのだと吐露して。

「なにひとつ残っていなかった。面影さえどこにも見当たらなかった。
 家族で一緒に遊んだ公園も、よく買い物に行った駄菓子屋やスーパーも、
 立ち読みの常連だった古本屋も、みんなと通ってた小学校も、
 生まれ育った“俺の家族の家”も、なーんにも残ってなかったよ」

「っ……」

そんな衝撃的な話を彼はまるで他人事のような声色で語った。
だがその話を聞いていくらかその状況を想像した彼女はゾッとする。
ヨーコは自分の生まれ故郷について思い入れはあまりないタイプだ。
だからこそ彼の帰還についてきた。それでも、それは恐ろしかった。
今は亡き父母と過ごしていた森や川が突然跡形もなくなっていたら。
面影さえ無いヒトの街にでもされたのを想像すれば、怖かった。

「事前に地図見て知ってたが、実際に見ると思ってたより痛かったよ」

8年という時間と異世界交流という時代の変化を思えば珍しい話ではない。
しかしそこに参加できていなかったシンイチからすれば突然の出来事に等しい。

「なんで、そんな……」

だからこそ不自然だ。わかっていたのに見に行った。
いくら常日頃から自虐的な彼でもこれはやりすぎている。
しかも今日は弟と和解できると半ばわかっていたにも関わらずだ。

「あいつと話す前にうだうだやってる俺を殺してやるべきだと思っただけだよ」

どこまでも他人事のような声色に、わずかに怒りの色が混ざる。
不甲斐ない自分自身を冷静に叱責するとき彼はそういう声色になる。

「変な期待かあるいは願望か。そんなもの持って今の会話してみろ。
 俺が冷静な判断でもってあいつの提案を断れたか怪しいものだ」

だから話す前に完膚なきまでに現状を認め切れない自分を殺す必要があった。
そのための方法として今の生まれ故郷の光景は実に役立ったと彼は嗤う。

「俺の帰る場所は……帰りたかった場所はもうない。
 それを突きつけてやる必要があったんだよ、弱虫の俺には」

どこまでも自虐的なことを不敵なほどの表情で口にするシンイチ。
その顔にどこか覚えがあって先程とは違う意味で彼女はゾッとした。

「さて、そろそろ部屋に戻るか。でないとあちこちの幻術にボロが出てくる」

そして恐ろしくあっさりとした態度で立ち上がると気怠そうに歩いていく。
彼を監視する者達は幻術と結界のために二人が屋上にいた事すら知らない。
効果があるうちに部屋に戻ってしまえばそれこそ誰も気付けないだろう。
予定通りとはいえそう告げる彼の肩でヨーコは大きなため息を吐く。

「………はぁ、主様らしいといえばらしいんでしょうけど。
 追い込まれた自分をわざわざ自分でトドメさして復活とか意味不明です」

わけがわからないと彼女がもらせばしてやったりな顔を浮かべるシンイチ。
それだけでヨーコは彼がファランディアにいた頃に戻ったと確信する。
良くも悪くも達観しているヒトをからかうのが好きな少年の顔だ。
『あえて希望を断つことで進める道を強引に絞る』
『痛みへの反骨心を利用して精神を強引に復調させる』
そんな独自の謎理論の合わせ技は彼の十八番なリフレッシュ方法だった。
世界広し、そして数あれどこんなやり方でどうにかなるのは彼だけだろう。

「けど、まだまだ父さんたちと気軽に接せられるほどじゃない。
 変なところで脆いのだから困り者だよ、俺は」

「ええ、“表面と根っ子だけが恐ろしく頑丈な精神”とはよくいったものです」

かつて誰かがいった言葉を反芻してわざとらしく額を押さえるヨーコ。

「それがまあ俺の利点というか都合のいいところというか。
 まっ、ヒトの心としては致命的にどっか壊れてんだろうけど」

言葉の内容と違ってその声はどこまでも他人事だった。
彼自身もそのおかしさは自覚しているがもはや治しようもない。
むしろ本心から都合がいいと思っている節があるのだから救いようもない。

「だから“そんな自分が兄でいいのか”ですか?」

「…………いまはそういうことにしといてくれ。
 突っつかれると今度はべつの事で悩みだしそうだ」

暗にそれだけではないとはいいながら追及を止めさせる。
もう自分がかつての自分と本質的に違う人間だと理解しているがゆえに。

「わかりました………ふふ、しかしまだ夜の屋上は肌寒いですね。
 今夜は大浴場でゆっくりと温まってはいかがですか?」

「…………お前、自分も入ってこようとか考えてないか?」

それを理解して彼女は即座に話題を変えたがその中身に別の考えが透けて見える。
だからこそシンイチの返しには言外に入ってくるなよという意志があった。

「そこはほら、お背中を流すぐらい………幻術で男子生徒に見せてしまえば」

しかし彼女もさる者。
例え他の人の目がある男子寮の浴場でも問題ないと言ってのける。
シンイチに非常識な面があるため気付かれにくいが実は彼女も相当なのだ。
気にもならないその他大勢への扱いが素でかなり大雑把なのである。

「おい、やめろ!
 目立たないのは諦めてるが変な噂が立つのを許容した覚えはない!」

他の種類の噂なら根拠ない陰口でも気にしないがそれだけは断固拒否である。
自分は至ってノーマルだと。そこだけは誤解されたくない辺りは彼も年頃だ。
年齢関係なく“そちら”ではない男にとっては嫌なものではあるが。

「ええぇ……主様って変なところ気にしますよね」

性別が違うせいかそれが解らない彼女はじつに不満げな顔をする。

「それは絶対変な所じゃねえっ!!」

そこだけはさしもの彼も声を張り上げて否定するのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ