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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

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03-21 学園最強の敵




少年─ナカムラ・シンイチの朝は表向きには7時の起床から始まる。
実際には転入初日と同じ手口で部屋を抜け出し都市や学園を調査し続け、
フォスタを通じてネットワークで調べ事をしているために睡眠時間は短い。
彼に張り付いている見張りを完全に騙して好き勝手に動き回れるのが
部屋にいると思わせられ、動きやすい夜から朝までの時間帯だけなためだ。
おかげでこの数日で学園と都市にある欲しい情報は手に入っている。
そのため結果として生徒としては過ごしにくい状態になってしまったが。



「いただきます!」

「キュイ」

相変わらず一人目立ってしまう黒い学生服で寮の食堂で朝食をとる。
メニューは焼き鮭定食(納豆付き)だけで初日や二日目のように暴飲暴食はしない。
あれは先月分を使い切るためで今は免除額内だけで済むように計算した食生活だ。
それでも毎日ある程度決まった食事をバランスよく摂取できるのはありがたい。
旅の中での不安定な食事事情を思えばそれだけで学園に来た甲斐がある。
ましてや。

「うっ、くそっ、またこみ上げてきやがる!
 噛めば噛むほど味が、ううっ、俺はこれを待っていた!」

何の変哲もない白飯を一口食すだけで毎回涙ぐむほど彼はこの味を欲していた。
白飯特有の甘味と旨みだけで白飯が進むという奇跡に感涙してしまうらしい。
最初は奇異な目で見ていた周囲も帰還者特有の反応と割り切って慣れたもの。

「ごちそうさまでした!」
「キュイ!」

そして今日も満足したとほくほくとした笑顔で朝食を終えた彼らは
その足で校舎へ向かうと自らの所属教室に向かって歩いていく。
すれ違う生徒は彼の制服の違いに不思議がる者がちらほらいるだけ。
別段なにか変った様子もなければ怯えている様子も何もない。
爆弾テロ事件の夜からまだ一週間もたっていないというのに。

「タフだねぇ」

「キュキュイ?」

“危機感がないだけでは?”とでも言いたげな声に苦笑する。
一歩間違えば確実に死傷者が出ていたほどの爆弾テロだったが、
大多数の生徒には怯える様子も騒ぎ出す様子もなく都市住人達も変わらない。
ある程度の情報は秘匿されたもののあの規模の爆発は隠しようが無く、
テロがあったことそのものは都市中に知れ渡ったにも関わらず、だ。
この都市や学園に来た時点である程度の覚悟はついている。といえば、
聞こえはいいが水際で食い止め人的被害を出していない保安部の働きゆえだ。
だからこの都市の住人たちは真の意味でテロの脅威を軽く見ている節がある。
目の前に輝獣という分かりやすい別の脅威がある事も要因ではあるのだが。

だがそれらは彼がそもそも関与すべきことではない。
ここに住む以上降りかかる火の粉は払うつもりのシンイチだ。
しかしながらここの保安部と生徒会が基本優秀なのも確かである。
初日の夜の事件は彼が関わったことでややこしくなった一面もある。
既に彼らの情報網は把握してもいるので最前線に出る意味はない。
何よりそれ以上に困難な相手がこの学校で彼を待っている。
いまはその相手をしなくてはいけない。余分な思考は持てない。

「………頑張ろう……」

「キュキュイ!」

教室にある彼の席で小さく腕を握って自分を励ます。
肩に乗っている彼女も励ますように鳴き声を上げる。
まるでそれを合図とするかのように“敵”が教室に入ってきた──



「トベ・アガロ・キレロレ・テン……?」

「違う、違うっ! 読み方があってないぞ。
 それだと“私はお前たちの金品を奪う”って意味になるぞ!?」

「ええ!?」

“君たちの果物を私にわけてください”この文章をガレスト語に翻訳せよ。
そんな問題を前にしてこれ以上ないほど彼は敗北感にさらされている。
シンイチの前に立ちはだかった一時限目の授業(テキ)はガレスト語だ。
ガレストという世界の言語を学ぶ授業。翻訳機があるとはいえ、
それを使わずに素で読み書きと会話が出来た方が便利でもある。
相手にも自分にも翻訳機がないという状況も決して珍しい話ではない。

ただ彼にとってこの授業はかなりの鬼門であった。
元々外国語を覚えるのが苦手で中学一年の英語ですら低評価だった男に
全く別の世界の言語というのはそもそも難易度が高すぎるのである。
さらにもう一つの不安点が彼が別の異世界からの帰還者である事だ。
彼があまりにもさらに別世界のファランディア語に慣れ過ぎてしまったせいだ。
そしてこの二つの世界の言語は似た発音や単語のものがやたらと多い。
意味まで同じモノもあれば逆にまったく違う意味のモノまであって判別しにくい。
文字の形も微妙に似ているのだが読み方がまるで違うので混乱を呼んでいた。
彼が順当な手段でファランディア語を身に着けたなら何とかなったかもしれないが
その習得過程は片言をなんとか自力で覚えたあとの強制的な知識の植え付け。
そんな反則にも近い裏ワザめいた手段だったおかげで即座且つ流暢に
ファランディア語を使えるようになったが似て非なる言語の前では逆効果。
中途半端に読めてしまうためかえって混乱してしまい、また覚えられない。
彼お得意の技量の高さは勉強面においては何の役にも立たないのである。

「お前どっかで独学で勉強しすぎたな。一回忘れろ」

「あはは……」

それができたら苦労はしない、と地味に的確な指摘に苦笑いだ。
典型的な日本人なところもわずかだがある彼はそれでも真面目に頑張った。
しかし理解しきれない言語が飛び交う授業というのは寝不足の彼には子守唄。
開始から20分程度でシンイチは机の上に顔を沈めて寝息をたてていた。
普通ならそこで教師の叱責が飛ぶところだが彼の頭にいた生物が問題である。
起こそうとするたびに激しく威嚇してくるため誰も近づけない。
理解できないことに従事するより足りない睡眠をという彼女の気遣い。
あるいはそれを想定できなかったシンイチの落ち度ともいえよう。
結局授業が終わるまで彼は寝続け、居眠りしても起こされないと誤認する。
勘違いした彼はそれならとガレスト語の授業を捨てる事を早々に決める事になる。
そして彼は数日間この学園の授業を受けた結果、これ以外も早々に切り捨てた。
原因は各々微妙に違ったのだが。




まずはガレストの社会。今日の内容は地理である。
ここでも差された彼は今度は間違うことはなかったのだが、
教師やクラスメイトたちから怪訝な顔をされてしまう。

「お前、どうしてまだやってもないところを知ってるんだ?」

「え!?」

それは教師なりの冗談だった。授業の進みなど知らない転入生の緊張をほぐそうと。
たが普通の出題と受け取ったシンイチは知識のままバカ正直に答えてしまったのだ。
これが世間に出回っている情報なら問題などなかった。ただの予習になる。
しかしこの学園で教えるのは世間に出回ってはない知識と情報なのだ。
その場は図書室で読み漁ったのだと誤魔化したが懸念を持たれかねなかった。

じつはもうガレストの地理や歴史は調べ終えてしまったために頭に入っている。
語学と違って歴史は流れと出来事を、地理は位置と特徴を覚えるもの。
旅をし続け帰還の方法を探るためには過去(れきし)を調べる必要もある。
自分に植え付けられた情報がどこまで正しいのかを実地で検分する必要も。
だからシンイチはそれらを覚えることが何の苦にもなっていなかった。
元々それらの教科が得意であったことも影響したのだろう。しかし。
それを授業進行に応じて知らないふりをするのがどうにもうまくいかない。
彼は授業で習ったわけではない。学園のホストコンピュータから読み取っただけ。
授業がどう進んでどこまで習っていて、どこまでなら自分は知っていても良いのか。
そんな細かい調整をしてまでまともに授業を受ける必要性を感じなかった彼は
ガレスト語学と同じように社会系の授業も切り捨てることになった。


このように先に覚えてしまいそれを隠すために捨てられた授業は多い。
スキルについても制限がされて彼が使えないものまで含めて学園にて
公開されているものはすべての効果とエネルギー消費量をおおよそ把握している。
戦闘関連に限定すれば彼の技量の高さは記憶力にも影響を及ぼす効果がある。
その使い手と敵対したことを想定して先に覚えたのだが授業では悪影響。
スキル授業は社会系と同じ結論に至ったのだった。




「────というわけだ。転入生、わかったかな?」

「あ、え、その………日本語で喋ってください……」

そしてフォトンのエネルギー工学やガレスト技術に関しては高度過ぎた。
中学二年になったばかりの頃に異世界に流れた少年には未知との遭遇に等しい。
ガレストでは初歩的で専門的でもない分野の基礎学習ではあったのだが、
慣性の法則もオームの法則も習っていない人間に理解できる話ではない。
武装や外骨格の仕組みを大雑把に覚えるのが彼の限界点であった。




「おらっ、はっ、やっ、どうした中村! これがDとCの違いだ!」

「え、あ、はい、うん、すごいんじゃないかな?」

そして唯一最初から気を使って望んだのが戦闘関連の授業。
スキルの実践に外骨格(パワードスーツ)の使い方や戦い方を教わる授業。分類は体育。
机があるわけでもないので出席する以上寝て誤魔化すわけにもいかないと。
初日のスキル使用で目を付けられた事を知っているのもあって注意した。
ただそこで初めて露見したのが実力を隠す手加減の難しさだった。
一年生のDクラスということもあってかやらされるのは基本的なこと。
全員のフォスタに簡易外骨格は配布されているがそれを使った授業は少ない。
ステータス上昇のための理路整然としたマニュアルにそった鍛練。
そしてスキルへの慣れとクラスメイトとの組手が基本となっている。

その中でもっとも彼が苦戦(・・)しているのが組手だった。
軽く反撃するだけで吹っ飛んでいきそうな相手が延々に殴ってくるのだ。
苦ではないが同時に苦でもないという姿が問題であり彼は苦労していた。
ファランディアであまりにも強者と戦いすぎた弊害ともいえる。
あちらではそも実力を隠す理由もなかったので殺さない手加減はしても
相手を倒さない手加減なんて考えたこともないうえにクラスメイトは脆すぎた。
思わず本気で反撃しそうな肉体を抑えながらも無抵抗過ぎるのもおかしい。
“こちらが苦戦しつつ必死に抵抗している”という演技は初めてではないが、
相手の実力ありきの話であって素人相手にそれをする難しさに彼は辟易とした。
例えるなら指を少し動かすだけで片手で針に糸を通すほどの集中力がいる。
授業の組手如きでそれをやるのは無駄に精神を消耗する行為だった。
精神療養の意味が多分にある転入で精神を消耗させては本末転倒だ。
結果、彼は数日後には見学という名のサボリを選択することになる。
クラスメイトは露骨に罵倒してきたが元より聞いてない彼には柳に風。
担当教師であるフリーレが何も言わなかったためその行為は黙殺された。




このようにガレスト関連の授業に出席はするが参加しない事にした彼。
最初から学園で学ぶ気など全く無かったからこその早期の決断だったが、
逆に元から強い興味でもって勉強しようと意気込んでいたものがある。


「これだけは、これだけはなんともしても人並みに覚える!
 だから、もし寝たら……電撃でもなんでも使って起こしてくれ!」

「キュ、キュウ!」

戸惑いながらもわかったと頷いた彼女に頷き返して受けた授業は主要五教科。
つまりは国語、数学、理科、社会、英語。これだけはしっかり勉強する気概だ。
だが忘れてはいけない。彼は中学二年になった直後に異世界に迷い込んだ。
当然のことながら中学で習うことさえ満足に習得しきっているわけではない。
そんな少年が一足飛ばして高校生レベルの勉強など出来るだろうか。

「なにひとつ理解できんだと!?」

「キュ! キュイ!」

一連の授業を受けて、散々な結果を出したシンイチは愕然としていた。
肩に乗る彼女が慌てたように必死に慰めるが表情は固まったままである。

もともと彼が苦手だった教科の数学と英語はより酷く。
平均的だった国語は古文を除けばそれなりというレベル。
得意だった社会では優秀なのは日本史ぐらいでそれ以外は忘れていた。
理科にいたってはガレストの技術授業並に何をいってるか理解できない。
そのうえこの学園のメインはガレスト関連の授業であり五教科はおまけに近い。
授業時間が少ないために授業が駆け足になっており余計に理解が追い付かない。
元よりそれらを受験のさいに徹底的に勉強した他の生徒たちには復習に近いため
そんな時間数と授業スピードでも問題ないのだが彼は追いつくのに必死だ。
それとて、焼け石に水な抵抗であったが。


「まさか、勉強がここまで厄介だったとは思わなかったっ………」


ファランディアで誰にも屈しなかった少年がいとも簡単に膝をついた瞬間だった。
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