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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-20 科学VS幻想4

一応戦いはこれで終わる……そしてこんだけやらかせばそうなるというオチ


事件の現場となったデパートから逃げられた客たちは
建物の道路向かいにあった空き店舗や急設のテントに集められていた。
対策室や警察が人数の確認や軽めの事情聴取と心身のケアも行っている。
先程外壁の一部で爆発があったことで一部の女性や子供たちが怯えだし、
落ち着き始めていたここも再び慌ただしくなっていた。

「もうここはいいから行ってくれないか?」

その隅にて眠る赤子を抱いて妻と息子を待っている男性─信彦は
独り言のように、されど頼み込む熱を持って足元の生物に訴えた。
そう頼むしか自分にはもう出来ることがないというかのように。

「キュイ?」

しかしなんのことだといわんばかりに首を傾げた“彼女”に信彦は
僅かばかりの苛立ちを覚えたが、それ以上に強く感心していた。
アマリリスの知能が人間並みに高いとは聞いていたし実際彼女は
人の言葉を理解していたがこんな演技までできるとは思わなかった。

「信一の所に戻ってくれないかな。
 君が……多分私らを守るために残ってくれたのは分かってる。
 でも、もう大丈夫だから、信一を助けてやってくれないか?」

止める暇もなく飛び出していった彼の息子はどうしてか彼女を置いていった。
そしていつもシンイチから離れないはずのこの小さな生物はそれを追わなかった。
理由はそれから凜子に促されるまま避難していく最中で教えられる。
外に出るまでに二度ほど、武装した男たちに襲われそうになったのだ。
これまでペットの小動物のようだった彼女はそこで初めて野性を見せる。
保護区の上位に君臨するアマリリスの力の片鱗は人間では相手にならない。
10名を越える武装した男たちは呆気ないほどにこの小さな生物に倒された。
つまり彼の息子はあえて自分達の護衛として彼女を残していったのである。
彼女はその意図を言葉もかわさず正確に汲んであえて追わなかったのだ。
しかし、ならば外に出れた時点でそれは終わるはずである。
だが不思議なことに彼女はそれからも自分達から離れなかった。

「こういう状況じゃ私は役に立てないけど、君はそうじゃないだろ」

状況を聞きに行った妻も中に残った息子も戻ってこない。
先程さらに大勢の人が脱出できたようだがその中にシンイチはいなかった。
何人かが対策室の仮設本部に呼ばれたらしいが特徴を聞くと彼ではない。
そして道路を挟んでいるこの場所にまで時折デパートから轟音が聞こえる。
口調はなんとか冷静さを装っているが内心は飛び出してしまいたいのを
腕の赤子の重さで信彦はギリギリのところで抑えている状態だった。

「…………」

けれどアマリリスは無言で首を振った。
そして小さな前足でデパートに指差して、次は耳を動かす。
どうして行ってくれないんだという苛立ちが強くなるが、
ジェスチャーで必死に伝えようとしている態度を無碍にはできない。
自分なりにその動きから連想されることを考えていく。

「……デパートから聞こえるこの物騒な音が、どうかしたのか?」

「キュイ!」

頷くと両前足を構えて彼女はボクシングの真似事を始める。
どこで知った知識なのか。ワンツー、ワンツーと左右の前足を繰り出す。
そしてまたデパートを指差して、大きく耳を動かして訴える。

「えっと………あれは戦ってる音だってことかな?」

「キュイ!」

またも頷いて今度は彼女自身がずっと入っていたバッグを指差した。
それが指し示すモノが何かと考えて、最初に浮かんだ人物に戸惑う。
まさかと思いながら端末に最近撮影したばかりの息子の写真を出した。
すると彼女は興奮したようにその画像を指差す。

「…………これは信一が戦ってる音だっていいたいのかい?」

「キュキュイ!!」

まさかと思いながら尋ねればこれまで以上に大きな頷き。
そしてそれが彼女が行かなくてもいい理由らしいと信彦は判断した。

「もしかして……戦えてるってことは、生きてる。
 だから大丈夫だ、っていいたいのかな?」

「キュ!」

少なくとも彼女はそう思っているらしい。
なんとも斬新な考え方ともいえるが同時に強い信頼も見える。
シンイチの彼女に向ける目は真治に向けるそれとはまた違った柔らかさがあった。
この二人(?)の間には自分が知らない強固な信頼関係があるのだと今更に感じる。

「負けることは考えてない、んだね……絶対信一が勝つの?」

「キュイキュイ」

さして大げさでもなく当然のようにアマリリスは頷いた。
この生物からこれほどのお墨付きをもらうとはどれだけ強いというのか。
やはり8年前までの息子のイメージは思い切って捨ててしまった方がいいのか。

「いや、でも親としてはできれば行ってほしいんだけどなぁ」

「キュ、キュイ」

それでも父親としての願いを口にすると彼女は今度はこの場を指差し、
きょろきょろと周囲を見回すと腰に前足をあてて胸を張ったポーズを取る。

「ここを見て回る? 私偉い? あ、違う?
 うーんと……もしかして私はここで頑張る? あ、いや、守る?」

「キュイ!」

「でもここは……あ」

正解だといわんばかりに大きく頷く姿に信彦はハッとした。
結局この騒動がなんだったのか。武装した者達の真意はわからない。
そうである以上、じつはここも絶対安全とは言い難いのだと気付いた。
犯人たちはみんな客や店員に紛れていたのだからここに避難客として、
紛れ込んでいる可能性は決して無いとは言い切れないのである。
彼女が警戒しているのはそこなのだと分かって溜息がこぼれる。

「……信一もだけどさ、どうしてそういうことすぐに気付けるの君ら?」

「キュッ!? キュキュウ……キュ?」

これはジェスチャーでは説明しづらいのか。
はたまたまったく別の理由で説明できない(・・・・)のか。
困ったような鳴き声と共に頭を抱えてあちらこちらに視線を泳がす。
どこか可愛らしくも思える仕草に少し胸の中でホッとする信彦。

「キュ、えっ!??!」

「──────ッッッ!!??」

しかしそれを一気に打ち崩すかのように視界がぐわんと音を立てて揺れた。
それは一瞬で通り過ぎたのでそう錯覚しただけと理解できたが衝撃は本物。
意味もなく動悸が激しくなって、眠っていた真治が急に起きて大泣きを始めた。

「ふぎゃああぁぁっ!!」

避難所の子供らもより強く怯えて泣きだし大人たちも顔色を悪化させていく。
いまの錯覚のような衝撃をこの場にいた全員が感じていた証明だった。

「いま、のは?」

けれどよく見れば周囲の物には衝撃を受けた様子が見られない。
なんだったのか。この胸を突き上げるような気持ちの悪い衝撃。
まるで本能的な恐怖を煽ってくる不気味な衝動と焦燥。
信彦は腕の中に息子がいなければ取り乱していた自信があった。
それぐらい今の衝撃は不気味で恐ろしいと本能が訴える。

「キュッ、きゅっ、キュア!?」

けれど足元で誰よりも取り乱している彼女を前に彼が冷静だったのは
ひとえに何かが起こったらしい現場に息子がいる父としての責任感だ。

「………信一になにか、あったんだな?」

「キュッ………キュウゥ……」

信彦自身が驚くほど静かな声で尋ねると彼女は一度びくりと反応したあと
いくらか悩む素振りを見せたものの、仕方ないとばかりに小さく頷いた。

「行ってくれるかい?」

「キュイ!?」

「大丈夫、私たちは凜子の所に行ってるから、ね」

それは、とでもいいただけに逡巡する彼女にそういって説得する。
この小さくとも強いアマリリスにとっても想定外のナニカがあったのだ。

「信一を……“助けて”くれ」

我ながら卑怯な物言いだと思いながらそう口にした。
息子がその言葉に激昂しながらも見捨てられなかった言葉。
何があったのかをまだ自分には知るすべはない。
もしかしたら知ることはないのかもしれない。
だからこそ、その言葉の無責任さを背負ってでも、
父親として信彦は息子の救助を彼女に頼んでいた。

「…………キュイ」

気持ちをわかってもらえたのか。
小さく頷いた彼女は一目散に飛び出していった。

「ふ、ふぎゃあああぁっ!!」

「ああっよしよしっ! 大丈夫、大丈夫だぞ真治。
 すぐにお母さんも兄ちゃんも戻ってくるからな」

腕の中で泣きわめく息子をあやしながら、
まるで自分に言い聞かせるようにそう口にしていた。
だが8年前も下の子に似たような事を言っていたことを思い出し、
思わず表情が苦々しいものへと変わり、意味もなく天井を睨んだ。



──どうして、お前ばかりこんな目にあうんだ!






────────────────────────────








「───────ま、て」

呼び止める声にシンイチは慌てた風もなく振り返った。
見れば這うようにこちらに追いすがってくる元“紅”がいた。
無視する事も出来たが、彼はある懸念もあって耳を傾けることに。
それを相手もまた好都合だと感じて、言葉を続けた。

「われ、われと……うっぐ……同盟を、結ばないか?」

『……倒れている奴のいうことではないな』

痛みからか時折言い淀みながらも(ソレ)が言い出したことに
実のところシンイチはさほど驚いても呆れてもいない。よくあることだ。
追い詰められた者が高待遇を提示して敵対者を買収する。
敵の予想外の実力を買って自陣営に取り込もうと勧誘する。
相手によっては有効な場合があるだけに馬鹿にできる一言ではない。
それでもこういう言い回しをしたのは彼自身は全く興味がないからだが。
紅からしてみてもこの発言は興味を引ければそれで構わなかった所がある。

「負けたからこそ、だ……お前も裏側(こちら)の人間ならわかるだろう?」

『…………』

そう勘違いされているのかと無言で肯定してるように振る舞う。
彼が聞き出してみたかったことは自分をどう見ているか、だ。
発せられた声は機械越しではないが低く硬く、男のものに聞こえるが、
女性がなんとか男のような声色を出しているようにも聞こえる。
事実、この紅はそう思わせられる絶妙な声を使って会話していた。

「私の外骨格の色と、槍で正体がわかっていたろうに、
 こちらにとって未知だったとはいえ正面から戦い、打ち勝ったのだ。
 その勇気と実力を私たちの閣下はきっと高く評価するだろう……」

『………ならばなぜ、仲間にならないか、ではなく同盟なのだ?』

紅は相手がこちらの裏社会について無知である事を知らない。
また外骨格どころかそれらしい武装も持っていない素手であることも。
だから結果として自分は有名であり組織に所属しさらに上がいる事。
不可思議な攻撃を外骨格(パワードスーツ)の装備と思い込んでいるという情報を与えていた。
その勘違いにほくそ笑みながらシンイチは無難に会話を続けて外の気配を探る。

「弱小組織相手なら引き抜きも辞さないがそれだけの技術を秘匿していたのだ。
 対等な相手として我が『無銘』はそちらと実りある交渉と取引をしたい……」

この提案は紅からすれば時間稼ぎの意味もあるが本気の誘いでもある。
だが彼は盛大に面倒な方向に勘違いされていると眉間にしわを寄せている。
マスカレイドによる認識阻害と彼の魔力攻撃はそういう解釈がされていたのだ。
ファンタジックなものだと思われるよりいいが評価が高いため微妙である。
未知の武装だと勘違いしているからこそ、それを下手に出ても欲しい紅と
どう対応するのが良いのか悩むシンイチの根がズレている会話は続く。

『即座に、わかった、と頷く者なら奴らを叩きのめしてはいないと思うが?』

既に主犯を捕えた事と人質に何もせずに逃がした事は互いに周知。
裏の人間としてはかなり甘い行動であり何もせずに脱出するのが適切である。
そうしなかった相手を誘う裏組織所属の人間の思惑を彼は問うた。

「……それに対しては、彼らとこちらとで認識の違いがあった。
 彼らに依頼した者の同僚としては迷惑をかけたと謝罪するしかない」

しかしそれを紅は襲われたことに対する嫌味と受けとり、
震える腕でわずかに上体を起こすと頭部をぎこちなく下げた。
じつはこれは本当に紅もまったく知らなかった話である。
同僚が用意した爆弾を自ら食らって初めて気付いた話。
そのダメージで満足に動けないのだから笑い話にもならない。

「そして誘ったのは人々を見捨てず、守ったその行動ゆえだ。
 わが身可愛さだけで逃げる身勝手な者ではないと判断する。
 どこの所属は問わないが、その心根には正義があると見た」

『………………』

正義ときたか、と返す言葉が無くなって黙る。
マスカレイド状態になっていて良かったともシンイチは思った。
まず間違いなく自分は演技では庇いきれないほど疑心を表情に出していると。
相手の発言が悪かったのではなく正義という単語が持つ胡散臭さのせいだ。
主にそんなことを声高に叫ぶ者達と戦ってきたからだと自己分析しているが。

無銘(コチラ)の悪名は知っている。実際我らは悪で間違いない。
 だがわかってほしい。今は手を血に染めてでも力を蓄えねばならないのだ」

その沈黙を自分達を知るがゆえの困惑と解釈し中性的な声が苦々しいものに変わる。
声を作りながらも隠しきれない怨嗟と怒りは疑心を持った彼すら納得させるほど。

『なんの、ために?』

相手が本気であることを感じ取って続きを促す。
だがそれを分かった上でシンイチはこれはお決まりの文句だと苦笑いしている。
話に乗っかっている風を装いながらも仮面の下のその瞳はひじょうに胡乱だ。

「薄々ならわかっているだろう?
 この異世界交流の裏にはガレスト政府の陰謀がある」

『……………』

まことしやかに流れている話だという発現に沈黙する。
だが彼はそれに対して紅が考えている以上に全く驚いていない。
そんな陰謀論など彼は可能性の一つとして既に思いついている。
それよりも外部の気配がどれも動かず建物内に誰もいない事が驚きだ。
何かあったとみるべきか何かあるから入れないとみるべきか。
様々な決断をするのに情報が圧倒的に足りない中、話は続く。

「地球にある資源と労働力を根こそぎ食い尽くそうとする者達がいるのだ。
 そしてその手は既に同胞であるはずのガレスト人にすら向けられている」

シンイチはどうしたものかと考えていくがうまく考えがまとまらない。
これから先の事を考えるべきなのだがどうしてかこの一件で見た顔が浮かぶ。
夢を見失いかけた友の暗い顔。人種だけで暴力を受けた少女の怯え。
交流の結果ナニカを失った人々の怒りと憎しみと、嘆きの顔。
彼は結局それかと声に出さずに自嘲気味に笑って、拳を握る。
阻害され見えようがないその動きに気付かぬまま紅は語る。

「現在の大統領さえその実情を知らずにいる。
 閣下はそれを知られたからあえて栄光の道を捨てて、
 茨だらけのこんな道を選ばれた……私はその道の半ばで拾われた者だ」

『……その道に付き合え、と?』

ぐるぐると浮かんでは消えていく顔たちに苛立ちながら彼は演技を続ける。
もはやタイムリミット。お互いに話を続ける理由は消えようとしていた。
紅はもう準備が終わり、シンイチはもう外が動くことはないと判断している。
だから紅にとって次が最後の説得の言葉となるだろう。
それを知ってか知らずかそれは激しいものとなった。

「そこまで殊勝なことを頼む気はない。
 交渉と取引をしたい。いずれくる決戦のための力を手にするために。
 このままでは地球の民も、ガレストの民も、奴らに物のように消費される!
 私たちはそれだけは避けたいのだっ、奴らの思い通りになる事だけは!」

とてもダメージを受けて起き上がれないでいる者の弁舌ではない。
強く、熱く、本気の言葉を懸命に放ってそれは彼の耳に入っていく。

『………話が終わったのなら、さっさと立て』

「なに?」

だがそれだけだ。
残念ながらその弁舌は彼の苛立ちを収められるものではなかった。
これには否定や拒絶を当初から想定していた紅も困惑した声をもらす。

『今の主張がお前にとって本気のものであったことはいくらか信じよう。
 同時に反撃の準備(・・・・・)を進めていたのも戦術的判断として評価しよう。
 だが正直な話、それがどうした、というのが私の意見だ』

「な、ん、だと?」

その戸惑いの声ははたしてシンイチのどちらの言葉に反応したものか。
もはや仮面としての体裁もせいぜい自称が「私」であるだけ。
彼はあえて徹底的なまでに自分たちの間に亀裂を打ち込む言葉を吐く。

『ガレスト政府の陰謀?
 陰謀ひとつ企めない政府など存在する価値もない。
 奪い尽くす勢力がいる? 同胞さえ巻き込んで?
 そんなものはどこの世界のどの時代でもいるに決まってるだろ。
 倒す力を蓄えるために今はあえて手を血に染めている?
 それはどれもお前たちの血じゃないだろうっ。
 何語ってんだよ、馬鹿じゃねえの』

彼が出せる最高に相手を侮辱する声色での返しに敵意と殺気が膨れ上がる。
外見と同じく声の認識阻害機能もまたおかしな穴があり感情は普通に伝わる。
彼の言葉は“紅”自身とその所属組織、恩義ある上司すべてを侮辱したものだ。
当然の反応だとシンイチは頭の片隅で理解はしているが今は苛立ちが勝っていた。

『巨悪を倒すためにあえて悪に身を投じる?
 はいはいかっこいいね。そういう妄想はベッドの中で独りでやってろ』

そう彼が鼻で笑ったのと紅が爆音と共に装甲を飛ばした(・・・・)のは同時。
黒く焦げた表面の装甲が弾け飛んできたが当たる物だけを片手で弾いて防ぐ。
余分なそれらを捨てた相手の姿はより細く人型のラインを明確に見せている。
いまその紅さは装着者の感情を表しているようにさえ彼に感じさせた。

『貴様あぁっ!!』

先程までとは質の違う感情的な殺気と機械越しの怒声が放たれる。
素で会話したのは信用を得るためと再起動まで変声機が使えないため。
使い物にならなくなった外部装甲を切り離し素体フレームだけで突貫する。
まるで紅い弾丸のようだとそれをシンイチはわりと呑気に見据えていた。

抜いた武器は槍。柄が伸縮する形で腰部に収納されていた最後の短槍(ぶそう)
これ自体はビーム状の穂先を持つだけの槍でしかないが紅は地を蹴った。
彼に向かって一直線に進む姿は言葉にすると愚直に思えるものだが、
初速でもう弾丸の速度を越えたスピードは充分脅威といえるもの。
魔装闘法術で強化された動体視力でなんとか追える速さならば尚更。
そこまでの“速さ”を持つ存在は幻想世界であっても稀である。

この速さこそがこの新型外骨格の最後の切り札。
追い詰められた時の逆転の手段として用意されていた一手。
まさか試験運用の段階で実戦で使用されるとは誰も思っていなかった。
ただシンイチは重い装甲を捨ててスピードを上げるという漫画的な発想に
高い技術力が加わるとここまで現実的かつ実用的になるのかと感心するだけ。
つまりは─────微塵も動揺していなかった。

『──っ!?』

紅が息を呑む。
されどその驚愕を聞き流すように彼を抉り貫くはずだった槍は空を切った。
恐るべきスピードであろうとも直進でしかないのなら、いなすのは簡単だ。
文字通り、目にも映らぬ速さ、なら話は別だが彼は見えているのだから。
迫る槍を横から押すように手を当てながら体を流して相手の横に移動する。
こちらの挙動が視認できたなら反応できたろうが、仮面がそれを許さない。
紅からは突然黒靄が本当に水蒸気にでもなってすり抜けたように見えていた。
そして早過ぎたスピードはかえって紅自身の自由を奪ってしまっている。
感触から避けられたのを察せても突き進む身体は止まれない。曲がれない。
そのすれ違いの一瞬、無防備な背中に一撃いれられ本屋に突っ込んでしまう。
衝撃と余波で残っていた本棚は吹き飛び、紙片となった本が宙を舞う。

『……まだっ、まだだぁっ!!』

舞い上がる粉塵、紙片を吹き飛ばすようにまた撃ちだされる紅の弾丸。
だがその穂先はシンイチをとらえることはなく何度もいなされ紅は墜落する。
そのたびに背中や襟首、腕、足に一撃入れられ徐々に動きも鈍くなる。

一か八かで能力を一点特化させる。絶体絶命時においての最終手段。
だがそんなものは彼にいわせれば危ない賭けであると共にいいカモだ。
シンイチのランクはオールD。評価は底辺でも能力としては均一なのである。
極端に高い技量でそれらを十全以上に引き出せる彼は言い換えれば万能型。
特出した長所がなければ致命的なまでの短所もまた能力値(ランク)としてはない。
そんな相手に他を捨てての一点特化はそれ以外で必ず負ける選択だ。
ましてや紅はその速さをまるで活かせてはいない。ただ速いだけだ。
急激な加速力ゆえの限界なのだろう。柔軟な軌道ができないでいる。

『な、なんで、当たらない!? こんなっこんな奴に!!』

それでも何度内壁や店舗に突っ込もうとも相手は起き上がってくる。
だが内心ではなぜ自分がそこまで怒っているのか理解できていなかった。
否定や拒絶をされることは紅とて予想していたのだ。馬鹿にされることさえ。
しかしどうしてか。この目の前の相手だけはそれが許せなかった。
既に動きに冷静さは全くなく侮辱された事への怒りに突き動かされる。

『貴様にいわれずとも非道の道を歩んでいる事など解ってる!
 それでもそうするしかなかったんだ! そんな道しか進めない者もいるんだ!』

なぜそんなことまで喋っているのかという疑問と止まらない激情。
それを子供の癇癪に等しいと冷静に何度もいなす彼はどこまでも静か。
一回の突撃のたびに紅が体力とエネルギーを大幅に消耗している中、
シンイチの動きはごく小さいために攻撃され続けていても消耗はゼロに近い。

『私は閣下がこの道を進んでくれなければ今でもどこかでモルモットだ!
 あの地獄を地獄と知らず、外にこんな世界があるとも知らずに死んでいた!
 その恩を返すことの何がいけない! どうせ私に他に生きる道などない!』

その歯牙にもかけない態度が余計に紅の激情を刺激する。
されど隠された胸中では彼もまた苛立ちの炎が渦巻いている。
感情的な攻撃と叫びに対して、どうしてもその感情が強くなる。
頭の片隅にいる冷静な自分が八つ当たりにも等しいと呆れていた。

『あの方の苦悩も世界の闇の深さも知らずに勝手なことをいうな!!』

半ば自棄にも近い突撃はもう最初の頃ほどの速さも威力もない。
それでも当たればシンイチの体に風穴が開くそれに対して彼は短く呟く。

『……どっちが勝手だ』

吐き捨てるようなそれにあるのは変わらず苛立ちだ。
突撃しながら突き出された腕を掴むと背負い投げの要領で床に叩きつけた。
それに受け身をとることもできずに背中を打った紅は苦悶の声をもらす。
極限まで装甲を外したこの状態は簡易外骨格より防御力が低下していた。

『ぐっ、がっ……』

そこへ沈黙したまま腕を伸ばした彼はまるで胸倉を掴むかのように、
魔装闘法で強化した握力で胸部装甲を破壊しながら紅を片手で持ち上げた。
苦し紛れに繰り出される槍の一刺しは速度の加算無しでは薄い魔力に弾かれる。
これもまた一点特化した弊害。純粋な腕力を強化する出力が落ちていた。
そしてシンイチはそんな攻撃を完全に無視してメット越しの顔を睨み付ける。

『何が苦悩だ。何が世界の闇だ。そんなものどこにでもある。
 さっきまで、ここにもあったぞ。お前たちが利用した人々の苦悩と闇がな。
 けどお前らに突かれなきゃ、きっとここまでのことはしなかった!』

あんな中途半端で軽い神言であそこまで動揺し後悔した人々が脳裏に浮かぶ。
あの男たちによってかなり煽られてしまったことを彼は容易に想像できた。
どんな感情を持とうともそれが誰かを傷つけるまでは罪でも悪でもない。
彼らは間違いなく加害者で罪人だがいいように使われた被害者でもある。

『時代の変化についていけなくて、それでももがいていた人達がっ、
 どうもがけばいいのかさえわからなくなっていた人達が!
 お前等のくだらん陽動のためだけに犯罪者に堕とされた!』

『だ、だからこそ私たちは!』

『黙れ!!』

そんな人たちを利用したことが例えこの紅にとって予定外のことでも、
直接関わっていないのだとしても、苛立ちを抑える理由にならない。
マスカレイドの敵は、いつだってこんな相手なのだから。

『お前らみたいなのはいつもいう!
 大義のため正義のため。犠牲は出るものだ。多少は仕方ない。
 より多くを救うためだといって、いくらでも切り捨てていく!
 ああ、わかってるさ。むかつくほど正しいってことぐらい!
 犠牲もなしに何かを得ることなんてできやしないさ。でもなっ!!』

『ぐっ、っ!?』

メット越しに、あるいは仮面越しに。
互いにどんな顔をしているか分からない両者の視線が交差する。
睨みつけられている紅はそこで初めて仮面の目穴からその瞳を見た。
人型であっても人には見えなかった黒い靄に初めてニンゲンが見えた。
それに思わず息を呑んで固まる。なんだこれはと本能的に察してしまう。

『どう頑張っても出てしまう犠牲と、
 わざと出した犠牲はな………もう意味が違うんだよ!!』

世界への不満が生み出した歪んだ信仰心に生贄にされた少年。
化け物となった彼を必要な犠牲と斬り捨てることができなかった誰か達。
そんな彼らの犠牲の末に助かった彼にその理屈や論理は絶対に認められない。
世界のどこにでもある犠牲はどれもがあの日の自分達だったのだから。
それを強要する者がいればどこの誰でも、どんな大義名分があろうとも。
ナカムラ・シンイチという存在すべてを賭けて倒すべき“敵”でしかない。

『あ、う……』

怒号と荒々しい雰囲気にのまれ、紅は言葉が出なかった。
言葉全てに納得したわけではない。ただ仮面越しに見えた瞳が。
そこだけはっきりと見えた人間の目が、その訴えに返す声が無かった。
あれは自分と同じ目にあったニンゲンの目ではないのか、と。

『見るがいい、そして聞くがいい。
 これがお前たちが出してきた犠牲の怨嗟だ!』

『ひっ!』

しかしその目が変わる。宿る嗜虐の光に本能的な悲鳴が出た。
頭に伸びてくる黒い手に恐怖を感じてもがくが意に介されない。
訳が分からない怖さの中、紅は相手の背後に禍々しい何かを幻視する。

『な、なにっ!? なんだそれは!?』

とてもこの世のものとは思えないあらゆる生物が混ざったような怪物を。
いくつもある赤々とした目がこちらを見据え、数多の口がにやりと笑う。

『あ、ああっ、いやああああああぁぁっっ!!!??』

迫る黒き手がその巨大な怪物の顎門に見えて暴れるが容赦なく頭を覆う。
瞬間視界が歪み、空間が歪み、破壊的な力と意志に何もかも壊されていく。
紅は身に纏う外骨格がこの時ほど心許無い布切れ同然と思えたことはない。
痛みもないのに四肢がぐちゃぐちゃに折り曲げられているような錯覚。
世界がぐるぐるとまわって、どちらが上下でいまどこにいるかも分からない。
理解不能の恐怖が胸を突き上げ、迫る黒い影に悲鳴をあげる以外の自由がない。
幻の怪物が近づくだけで装甲には火花が散りモニターはエラーだけを表示する。
圧迫されるような息苦しさのなかで自分の悲鳴だけが頭に鮮明に鳴り響く。
そしてその脳裏に蘇るのは─────かつてあった実際の光景。

『ああっ、あ、かっか、いやっ痛いのやめてっ!
 くるしいよ、ああぁっ、た、たすけ……て、実験は、いやあぁっ!!』

『……ちっ』

視認できるほど実体を持ったナニカをかき消してから、わざとらしく舌打ち。
そしてもう興味はないといったていで彼は両手を離して相手を解放していた。
しかし落下の痛みさえ訴える事はなく軽い恐慌状態の紅は震えながら
意味のない言葉を呟いて、自らをかき抱いている。

『うわぁっ、ああっ……やだっ、ぁぁっ……たすけっ、て』

『……………ふぅ、もう本当に化け物どころの話じゃないな』

まるで邪神そのものだ、とでも言いたげに吐き捨てる。
顔にはもはや苦笑や自嘲の笑みさえ浮かんではいない。
今のは魔力攻撃でも幻を見せる魔法でもないのだから。

彼は邪神の憑代にされた。そして魂はそのままに一時肉体は同化した。
それはある意味、神の領域にヒトのまま踏み込んだともいえる状態だった。
だが彼はヒトに戻った。されど僅かに邪神の権能が残ったのもまた事実。

──神気

しかしそれは別段権能と呼べるほど特殊な力ではない。
いってしまえば神が持つ魂の気配ともいうべき“存在”の力。
それだけで全ての生物を威圧してしまうのが“神”というものである。
中でも邪神の神気は生物に恐怖を与え、怯え、泣かせ、狂わせる。
発したモノが望めば物理的な破壊力さえ持って何もかも吹き飛ばす。
シンイチが手に入れたモノの中で一番戦闘で使い勝手の良い『最低の力』。
この戦いで使うつもりなど直前まで無かったはずの、力。

『“穏やかな心持ちで眠りに入れ”』

『ひっ、あっ、あ──────すぅ、すぅ………』

等しく最悪な神言を使うと紅からは突如穏やかな寝息が聞こえだす。
溜息混じりに欺瞞だなと小さく呟いて、大きく首を振って自らの両拳を握る。

『俺が使うと、異世界人にも通用するか……最悪だ……』

その事実を前に表情を暗くするも、倒れこんだ紅へと一歩足を踏み出した。

『っ!?』

それはたいした意味のある一歩ではなかった。
一目この相手の顔や外骨格を間近で見ておこうという程度の理由。
その後は男達と同様に縛り上げ、誰にもばれぬように建物から出る。
そんなことを考えて踏み出したはずの何気ない一歩のはずだった。

『………………俺はバカか?』

しかしそれが伝えてきた事実に思わず渋面になってしまう。
そして大きな溜め息を吐いて、苦笑と乾いた笑い声がこぼれる。
沸き上っていた様々な感情が一気に冷めて、その場に蹲りたくなる。
穴があったら入って、さらに上から土で埋めてしまいたい心境だった。

『ハハハ、絶対にバカだ。そうに違いない。こんなこと子供だってわかる。
 アホすぎる。ダメすぎる。愚図すぎる。なにをやってるんだ俺は?』

ああ情けないと呟いて頭痛を訴えるかのように額を押さえた。
痛みはないのだが自分のあまりのバカさ加減に痛みを感じだしてしまう。
なにせ──────踏み出した途端、みしっ、という音が聞こえたのだ。

『そりゃあんだけやりあって、切り裂いて、爆発させて、
 最後には神気の解放なんかすれば、そうなるよねぇ……アハハハ……』

心底笑ってない顔で声だけの乾いた笑みが空しく建物に響く。
ここは至って普通のデパートだ。それも異世界交流以前からあった。
異世界の科学と幻想が戦う場としてはあまりにも、強度が足りなかった。
一部の破損と爆弾の衝撃。そして戦闘における余波で崩壊寸前だったのだ。
そこへまるでトドメを刺すかのように物理的な破壊力のある神気の解放。
もはや人がひとり歩くだけでデパートの床は砂塊のように崩れるだろう。
むしろこの瞬間まで床であり続けられたことが奇跡に近かった。

『これが八つ当たりの罰か……いや、俺が壊れてるだけか』

あまりにもお粗末な結末を招いた自らに激しく呆れた彼は
意図的に思いっきり床を叩き蹴って、床という存在にトドメを刺した。
途端足元にあった小さな罅が稲妻でも走るように広がり、砕け散る。
彼はあえて黙ったまま崩れていく床に身を任せて落ちて行った───
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