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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-16 前に立つ者

うむ、展開が遅いのは、うん、俺も困ってる。
だが今更スピードアップは色々無理がある。
なので……この事件中の展開スピードは見逃してほしい。
その後は、一応、頑張ってみる………


なので今回もさして進んではいないという(汗)


邪神復活の儀式から始まった一つの事件において。

少年が失ったモノと得たモノを比べた場合。

数としては、残念ながら得たモノの方がはるかに多かった。

失ったのは彼が13年の間守り続けていた当たり前のナニカ。

自分を救ってくれた異世界で出来た友人と初恋相手。


いってしまえばそのたった二つだけ。


一方で代わりに得たモノは多岐にわたる。

邪神が封印されながらも三千年も集めていたファランディアのあらゆる情報。

その裏で行われた自身の復活のために起こした幾多の戦いの経験。

邪といえども神でしか知りえない数々の知識。

一時邪神に乗っ取られた(書き換えられた)ことによる限界値の底上げ。



そして、



人のまま身に付けてしまった────神の権能



彼は断じてそれを祝福だの不幸中の幸いだとも思わない。



たとえそれで何ができたとしても。



彼にとってはただの呪いだ。






────────────────────────────







ぽたぽたと音を立てて赤きモノが床を濡らしていく。
その場にいた全員がその光景を疑問と驚きを持って凝視していた。
そしてその中で一番の驚きを感じていたのは実質大吾(・・)であろう。
腕がまったく動かず、またいるはずのない人物が目の前に現れたのだから。




「───おい、8年経ってた事の次ぐらい想定外だったぞ」




呆れたような責めるような声色に思わず大吾は瞬きをしてしまう。
床を今も濡らす赤は大吾から流れ出たものではなかった。
何がどうなったのか。どうしてそこにいるのか誰もわからない。
ただその少年は間一髪の所でナイフの刃を握り締めて止めていた。

「え………わっ!? 大丈夫か!?」

「な、何をしてるんですかあなた!?」

「お兄ちゃん!?」

人質たちの三者三様の驚きの声に少年は苦笑で答える。
大吾は慌ててナイフから手を離したが握りしめたまま彼は所持した。
抜き身の刃を強く握り締めたために変わらず血が落ちているが本人は冷静だ。

「心配するな。これぐらいのケガはいつもしてたから慣れちまったよ」

「慣れたって、お前……」

そういって大丈夫だと柔らかな笑みを浮かべた親友に大吾の心境は複雑だ。
幼いころ転んでは泣いてた子供がどうすればそうなってしまうのか。
たった一言に込められたその背景に彼は同じようには笑えない。

「けど悪かったな大吾。試すような真似して」

「試すって、え?」

「でも良かった……やっぱお前変わってないよ」

疑問の声には明確に答えず幼馴染は語った。
深い意味があったわけではないが何を選ぶか知りたかったのも彼の本音。
自分に向けた瞬間焦ったのも事実だが笑ってしまったのも事実だった。
だから最初の再会の時に言ってほしかったのだろう言葉を口にした。

「昔と変わらず、誰かのために身体を張れる。
 最高にかっこいい、自慢の親友だよ………まあそれで自分刺すとか短絡的過ぎるがな」

「う、うっさい! いっぱいいっぱいだったんだよ!!」

満足そうな微笑みと相変わらずの余計なひと言に彼もついいつもの調子で切り返す。
けれどその笑みにはどこか切なげな顔もあって大吾はどこか不安にもなっていた。

「お、お前! いったい何を!? どうやって!?」

そこへ明らかに動揺した声が届く。
これまで彼らの中では一番冷静だったスーツの男もさすがに混乱する。
シンイチが何をしたのか。その動きを彼もまた見えていなかったのだろう。
さらに彼に銃口を向けていた男はすでに白目をむいて床に倒れており、
人質達の近くにいた三田も痛みをこらえるように腹を抱えて蹲っていた。
どうやったかはともかく誰がやったかは語るまでもない。

「うるさい奴だな……」

幼馴染にしか解らない程度の不機嫌さで呟くとナイフを持ちかえた。
握っていた刃を片手だけでジャグリングのように浮かして指で挟み持つ。

「信一?」

「……悪いな大吾。
 なんていうか、お前と違って俺は変わっちまったんだ」

訝しんだ友の声に苦笑しながら手首のスナップだけでナイフを射出(・・)する。
弾丸のような速度で放たれたそれは一分の狂いもなく男の脇腹に突き刺さった。

「お姉ちゃん?」

それが見えた少女は二人の体で前が見えてないのを良い事に男の子の耳を塞いだ。
子供に見せるモノでも聞かせるモノでもないという気遣いである。

「へ、え……ぎゃあああぁぁっ!!??
 ひやぁっ、刺さってる!? ナイフが刺さって、ぎゃああぁっ!!」

「………余計にうるさくなった。
 わざわざ急所外してやったのにぎゃあぎゃあとうるさい奴だ」

一瞬何が起きたか把握できなかったスーツの男は状況を把握すると悲鳴をあげた。
痛みよりも刃物が刺さっている事に対する恐怖と動揺が彼をパニックに追い込む。
それをどこまでも他人事のように冷ややかな目で呆れるように彼は見ている。
大吾はそれを目を何度も瞬かせて、唖然としながら目をこする。誰だこれ。
思わずそんな言葉が出そうになるほど信じがたい行動だった。

「おいっお前ら構えろ! もう人質なんかいいっ撃ち殺せ!」

されど彼の困惑は置き去りにされていく。
パニックになった男を起き上がった三田達が抑えると誰かがそう命じた。
シンイチが誰よりも前に飛び出て構えたが、途端に呆気にとられてしまう。
大吾もその後ろにいた少女もまた何が起こったのか解らず困惑する。
何よりそう命じた男たちでさえその変化に戸惑って思わず固まっていた。

「そ、そうだった……俺はただ親父のために何かしたくて……」

「憎むばっかりで、私なにもしなかったじゃないっ……」

「ただ走るのが好きだっただけだったのに、いつから勝つ事ばかり……」

「怠けたのは俺じゃないか。どうしてあの時、新しい道を探さなかったっ…」

いつのまにそうなっていたのか。
誰もが指示を聞かずにその場に泣き崩れるようにしゃがみこんでいる。
既に誰の手にも銃は握られておらず全員が「何をしていたんだ」と
激しい自責の念にかられている。だが突然の改心に人質の方がついていけない。

「うそ、だろ……神言が、漏れた?」

だから何かを呟き、慌てて口許を覆う少年の青い顔を見た者はいない。
それよりも誰よりも先に我に返った三田という男の怒声が辺りに響いた。

「だから素人を使うのは嫌だったんだ! くそ役に立たねえっ!!」

悪態をついた彼は拳銃を構えて項垂れている誰かたちに向けた。
全員無防備のまま罪悪感に苛まれているせいか反応が鈍い。
それでもかまわず三田の指は引き金にかけられている。

「っ!」

その殺意に対して彼は青い顔のまま床を蹴っていた。
もはや癖のような感覚で両足に魔力(・・)を流し込んで。
それは文字通り目にも止まらぬ速さで、三田が引き金を引くより先に
崩れ落ちている誰かたちの前にまるで庇うように立ちはだかっていた。
彼自身がそれに苦々しい顔をして小さく舌打ちする。

「ちっ───魔装闘法・柔の型っ」

突然視界に入ってきたのには驚いた三田だが殺してまずい相手でもない。
彼からすれば“意味の分からない言語”を呟いたが聞こうとすら思わなかった。
躊躇いなく引き金はひかれ、無慈悲な鉛玉がシンイチ目掛けて発射された。
目視することなどできないそれはきっと少年の体に穴が開けるだろう。
よしんば避けられたところで背後にいる誰かに当たるのは明白な射線。
ようやく事態に気付いた誰からもその未来を幻視して背筋が凍った。
違う未来が見えていたのは大きく開いた目に魔力を流していたシンイチだけ。

「ハっ」

そして失笑のような力無い声が出たのと魔力を通された腕が動いたのは同時。
何かを掃うように腕が振り抜かれると鮮血が飛ぶ事も彼の体に穴が開く事も無い。

「は?」

呆気にとられたのは声を出した三田だけではないが彼が一番理解できなかった。
外したわけでも弾が込められてなかったなどというくだらないオチもない。
それが解っているだけに“何も起きなかった”事に誰よりも戸惑い、そして怯えた。

「な、何しやがった!」

沸き上ったそれを誤魔化そうと続けて何度も引き金をひく。
その度に彼の腕が素早く動く残像だけが見えてシンイチには何も起こらない。
気付けばいつの間にか弾切れになっていた拳銃を三田という男は滑り落とす。
シンイチが何をしたかを理解したくはなかったが推測してしまったのだ。
そしてそれを証明するかのように両手から弾丸が音を立てて床に散らばった。

「ひっ!」

「あ~あ、やっちまった……」

怯えて後ずさる三田を尻目に軽い口調で、されどどこか物悲しく笑う少年。
似たようなことはファランディアでは日常茶飯事のようにやっていた。
放たれた無音の矢を掴んだことも呪いの魔弾を弾き飛ばしたことさえある。
けれども拳銃の銃弾を掴めたことは存外シンイチに衝撃を与えていた。

「ハハっ、素手で銃弾掴むとかまるで漫画だな」

失笑と共に自らの掌を見下ろし傷一つ─ナイフ以外の─無いそれに呆れる。
弾丸とは目にも止まらぬスピードで飛び、人を殺傷せしめるもの。
言い換えれば漂流する前の少年にとっては架空に近くとも恐れを抱く凶器だ。
その弾速を易々と見抜いたどころかひどく簡単に掴めてしまった。
これがガレストの武器であったのなら違う反応ができただろうが、
彼がいた頃からあった現実の武器を軽々とさばいた事実が重たい。
異世界では異世界だからと誤魔化していた事がこちらでは誤魔化せない。

「………で、まだやるかお前ら?」

だがなんてことはない。そんな感傷や懊悩は後回しでいい。
いま優先すべきは目の前の相手を無力化することである。
淡い期待を込めて、威圧するように三田共々睨みつける。

「ふざけんな! それぐらいがなんだ!!」

しかし相手は激しく怒号を上げて敵意をよりあらわにする。
だが腰は引けており、それを認められないからこそ出た遠吠えだった。

「旧式の武器防いだぐらいでいい気になるなよ!」

そういって懐から取り出したのは親指大ほどの赤いカプセル。
そして即座に大振りな動きながらも正確にシンイチに向けて放り投げた。
何なのかは分からずともここで投げたものが凶器でないわけがない。

「───剛の型」

彼以外には理解できない言語で呟き、魔力が彼の腕を包み込む。
その薄い燐光は魔力が視認できる者以外には気付けず彼は前へと踏み込む。
弾丸と比べるのもおこがましい速度のそれを待ち構える必要などない。
放物線を描く前にカプセルは受け止められ───そして握り潰された。

「なっ!?」

驚きはいったい誰の声か。
瞬間潰した手の─ナイフを掴んだのとは逆の─中で小さな爆音と火花が散る。
それが燃え移ってしまったのか袖口に火が付き、腕が炎に包まれていく。
慌てて動揺する少女たちとやってやったとほくそ笑みかけた三田の前で、
静かな面持ちのままシンイチは無造作且つ力強く腕を一振りして炎をかき消した。

「……おい、今の花火玉はなんだ?」

自らの手から立ち上る黒い煙と焦げたような臭いが漂う中。
絶句する犯人たちに視線を向けたまま少女らに問いかけた。

「え……あ、はい! あれはえっとなんて言えばきちんと翻訳されたっけ?
 えっとたしか、カプセルボム、といえば意味わかります?」

「ああ、じつにわかりやすい」

語感的にはもちろん実際に受けた体感的にも。
あれはまさしくカプセル型の爆弾(ボム)であろう。
翻訳機のシステムでは固有名詞はそのまま伝えてしまうので
少女は翻訳される際に意味が通じる言葉を選ぶには少し苦労したが。

「ガレストの一般階級の人たちが自衛のために持つ武器の一つですが
 こちらではそれよりも犯罪に使われる可能性が高いと考えられ、
 製造も販売も輸入も禁止されていて……それを持っているという事は……」

「へえ」

思っていた以上に詳しい解説と勘付いたような声に感心しつつ身構える。
少女はその姿に推察は続けながらもシンイチから目が離せなくなっていた。
明らかに何らかの危険物であると思われる物体を即座に握り潰し、
衝撃や炎に対して眉一つ動かさずに冷静な対応を見せた彼に
少女は体の芯から沸き上る高揚を覚えずにはいられなかったのだ。
昔、どこかで経験した懐かしいそれを。

「しかしそうなると面倒だな」

一方でシンイチは頭の中で想定していた順番を入れ替えた。
ここから先のことは今の状況のままでは危険でしかない。
そう決めたのと手足に魔力を流して床を蹴ったのは同時。

「っ!?」

悲鳴の声さえ上げる暇もなく懐に入られた三田の顔が恐怖で引きつる。
それでも抵抗しようとはしたのだろう。手には用途不明の道具がある。
おそらくガレストの武器だ。使い方次第では彼の意表を突けただろう。
使えれば、の話だったが。

「がっ!?」

懐に入り込まれた時点で武器を取り出していたのでは遅い。
容赦のない─加減はしたが─拳打が鳩尾に叩き込まれ、息が詰まる。

「まだ寝るなよ」

意識が遠のきかけた所に胸倉を掴んで引き寄せるようにして頭突き。
痛みを与えるためではなく、痛みで意識を繋ぎとめるための一撃だ。

「俺のダチにあんなふざけた事を強要したんだ。
 おまけしてやるからちょっと味わっていけ!!」

「ひっ!!」

衣服を掴んだまま貫手で脇腹を突き、戻す途中で残りのカプセルボムを奪う。
そして赤いそれを複数至近距離で殴りつけるようにして相手の腹で押し潰す。
瞬間魔力で体を覆った彼には衝撃も熱風も来ず、三田だけが吹っ飛んだ。

「がっ、あ゛がぁっ!!??」

シンイチの下に残ったのは掴んだまま爆風と衝撃で破けた彼の上着の一部である。

「ぇ?」

弾丸を掴んだ辺りから呆然としていた男達の真横を通り過ぎるように吹っ飛び、
CDやDVDが並べられていた商品棚に落ちて、もろともに崩れ落ちる三田。

「ぁ……ぅ……ぁぁ」

焼け焦げた腹部をさらし、息はあったが白眼をむいて意識を失っていた。
仇は取ったといわんばかりに信一は大吾に向けてサムズアップしていたが
肉体的には貧弱だったはずの幼馴染が目の前で起こす行動に彼は半笑いだ。

「………これだな」

それを見ないようにしながら奪った上着を物色して目当ての物を見つける。
実は目的はソレだけであり過剰な攻撃で吹っ飛ばしたのは言葉通りの理由だ。
そして見つけた端末(ソレ)を少女に向けて放り投げた。

「それを使って、こいつらと一緒に逃げろ」

それだけを告げて、未だ固まっている男達へと体を向けて睨みつけた。
わずかに移動した彼の立ち位置はどこか大吾ら以外の誰かたちも庇っている。
少女は指示の意味を測るかのように端末と彼の背を交互に見ながら操作していく。

「え、お前は!? ってかこの人達もか!?」

一方で大吾はその言葉に素直に従えなかった。
この状況で幼馴染を置いていくなど彼には論外でしかない。
そのうえいま泣き崩れ反省していようと彼らが親友にした事は許せない。
残っている三、四人の男らにもう協力はしないとは思える状態だが、
もともと仲間なのだから放っておけばいいと考えていた。
それを声色から読み取ったシンイチはされど他人事のように語った。

「こいつらはその男どもに利用されただけだ。
 どんな時代や場所だって社会への不満なんざいくらでもある。
 罰は受けるべきだがここで死していいほどのことでもない」

「利用、された?」

「そいつらは正確な意味でテロリストじゃねえ。
 さしずめどこかの非合法組織の下っ端か傭兵かぶれの何でも屋。
 仕事の内容はとにかく騒ぎを起こして衆目を集めろ、かな。
 当たらずとも遠からずってところじゃないか、お前ら?」

「っ、おまえ!?」

動揺し思考を停止させた張本人からの呼びかけに男達はようやく我に返る。
だが、かけられた言葉に対して否定も肯定もなく苦々しい顔で睨み返すだけ。
それじたいがシンイチの言葉に対する決定的な返事だった。

「え、ええ? それってどういう……?」

「………そういうこと、だったんですね」

「詳しい事は分かったらしいそいつに聞け。
 いまは悠長に謎解きやってる暇はない。行けっ……大丈夫か?」

少女の納得したような声を受けて幼馴染をさらに促す。
最後だけ確認するかのような声を少女に向ければ強い頷きと声が返る。

「はい、この建物に仕掛けてあった諸々のスイッチは切りました!」

「なにっ!?」

投げ渡された端末を掲げて誇らしげに語る彼女に一瞬呆気にとられた。
驚きの声は当然ながら残っている主犯たちの誰かの声であろう。
少女はシンイチの“それを使って逃げろ”という言葉の意味を理解し、
求められた以上のことを正確にやりとげていた。

「……お前、もしかして優秀なの?」

「はい! 座学でトップから落ちたことはありません!」

嬉しそうに答えた少女に思わず、そうは見えない、と言いかけて飲み込む。
ただ再度逃げるようには短くも促して、シンイチは犯人らと向かい合う。

「お前どうしてそれで解除できると!?」

「バカか。大吾を連れてきた奴らの中でお前らの仲間はあいつだけ。
 なら、少なくとも電磁ネットとやらのオンオフが出来るモノを
 奴が持ってないのならどうやって三階に来たんだよ」

利用されていた者達がその存在を知ったのはさらに後のようであったから
気付かれぬよう操作したのだろうが人の波を逆走していた彼は既に知っていた。
立ちはだかる形となった電気の網を右手の爪で切り裂いて破壊したが、
周囲の反応からすればその後誰かが新たに設置し直したようだった。

「貴様、最初からこの階にいた奴じゃなかったのか!?」

「皆さん立ってください! 早く逃げるんです!」

今頃かと男達を鼻で笑う彼の後ろで人々を立ち上がらせていく少女。
それにならうように各々が動き出すがそれはひどく緩慢な動きだった。
急激な心情の変化と利用されたという話に心と身体がついていかない。
それを見てようやく男たちの意識がシンイチ以外のところへ向く。

「黙って逃がすと思うか!」

彼らにとって他の行動は見逃せても彼らにはいてもらわなくては困る。
残った男達はそれぞれの端末を操作してソレらを呼び寄せた。

「な、なんだ!?」

レジの裏側。積み上げられていた段ボール。あるいはソレそのままの姿で
隠されていた三つの影は軽快な足音を立てて男達の前に並んでこちらを睨む。
鋼の四肢で床に立ち、黒いバイザー越しの眼光(センサー)を赤く光らせ唸る。
鋭利な牙を見せつけるように顎を開き、長い爪で床を踏みしめるように傷をつける。
文字通りの鉄の獣がそこにいた。

「あれは……ペットドローンとかいう奴か?」

いつか見た犬型のそれと似た造形にそう推察するが背後からより詳しい説明が飛ぶ。

「うそっ、軍用タイプまで用意してたの!?
 あっダメっ、この端末からじゃ操作できません!」

「これは俺たちが別々に操作してるんだよ、やれ!!」

指示を受けて、人や輝獣(モンスター)を狩るための鋼の狩猟犬が駆ける。
どれもが真っ直ぐに、生物のそれらを上回る速度でシンイチに向かってくる。
ペット兼護衛のそれと違う軍用配備のこれこそが獣型ドローンの本来の姿。
人の意を受けて敵を狩る。それに足るだけの爪と牙、強靭な鋼のボディがある。

「おいおい、出す順番違うだろ」

しかしそれが先程の銃弾より速いかといえば、否といわざるを得ない。
獣としてみれば敏捷な身のこなしと速度であるが銃撃のあとでは遅すぎる。
三体それぞれが地を駆け、跳びかかってくるのがスロー映像にしか見えない。
そのため避けるのは容易い。されど背後にはまだ立てもしない者達がいた。
ましてや避けなければいけないほどの脅威を彼はそも感じていない。

「フっ」

たかが三体(・・・・・)で何ができるというのか。
不敵に笑う彼の飛びかかる三つの影。跳び上がった二つはそれぞれ頭と腹狙い。
地を駆けるままの一つが足に食らいつかんと牙を向けて突進してくる。
正面からだと見事に縦一列に並んだ狩猟犬の頭が見え、あと一つあれば消えるか。
などと埒外なことを考えながら、今にも自分に食い込まんとする爪と牙を眺める。
どうせなら囲んでから跳びかかればよいものを、と思わずにはいられない。

「信一!!」

背中から幼馴染の心配と恐怖が混ざった声が飛ぶ。
昔からよく聞いていた友が傷つくことを恐れる声だ。
やはり変わってないなと思うとこれからする事に申し訳なさを感じる。
もう止めることはできないが、と微笑を浮かべて体を僅かに横にずらす。
腹に食らいつかんとする個体が順番でいえば一番速く自分の体に到達する。
されど既に跳び上がったあと目標に動かれては狙いは当然それてしまう。
狩猟犬の牙は虚しく空を切り、その頭ごと彼は脇で絞めるように受け止め、
続く頭狙いの爪をその前足ごと逆の腕で掴み、足を狙う個体にと叩きつけた。
そして衝撃でもげた前足を捨てると脇に抱えた鋼犬の胴体に手をかけ、
しっかりと固定した頭部を軸にして下に引くように力技でぐるりと回転させる。
四肢が四度同じ位置に戻ってきた所で鋼の体は音を立てて落ち、
脇を緩めれば、ねじ切った頭部が床に落ち、無言で転がった。
これらのことを彼は手慣れた様子で一息でやってのけた。

「へ?」

誰の困惑の声か。
シンイチの前に残ったのは叩きつけられ互いに潰し合った鉄屑(スクラップ)
頭部と胴体が別れた子供が壊した玩具のような残骸(スクラップ)だけ。
鋼の狩猟犬はあっけなく人間の素手に敗北を喫し、逆に狩られた。
その事実に少女らと主犯の男達は絶句し大きく口を開けて呆ける。
よく分かってないのは心身の動きが鈍くなっている誰かたちだけだ。

「───っ、いけません! それの動力コアは体のほうにあるんです!」

だが誰よりも先に意識を戻したのはさすがかガレスト人の少女。
その必要性の高い情報の真偽を確かめるまでもなく彼は足を振り上げ、
いままさに起き上がろうとした胴体だけの狩猟犬を踏み抜いた(・・・)

「あっぶな! つい本物(ケモノ)とやりあってるつもりでやっちまった」

たいていの生物は頭部と胴体を切り離せば死ぬものである。
よほど特殊かそもそもそれらが無い存在でもない限りそれは絶対だ。
瘴気から生まれる厳密な意味合いでは命が無い魔物ですらそうだったのだ。
彼の人間以外への攻撃手段がそれに偏ってしまったのは仕方がない事でもある。
しかしこれは機械の体を持つ命のない鋼の獣。形状や攻撃が似ていても
生物との戦いと同じ感覚で戦うというのは大いなる間違いであろう。
慣れ、というものはじつに厄介だと軽く溜息を吐いて首を振るシンイチ。

「助かった…………それとこれで分かったろ。
 俺は大丈夫だからこいつらを連れていけ、大吾」

短い感謝と戦える証明を見せつけた彼の言葉に、されど答えたのは彼らではない。
彼に庇われた形となった名も知らない誰かたち。その中で最も近い位置にいた者。
されど、その言葉は他の者達の代弁となる疑問でもあった。

「お前…………俺達を、逃がしてくれるのか? 
 どうして、なぜだ。あんなことしたのに……許して、くれるのか?」

それはボクサー志望だと語っていた男性だった。
彼もまた自分がした事に泣き崩れ、世界への怒りよりも罪悪感が勝っている。
シンイチからの挑発があったとはいえ無抵抗な子供を何度も、何度も殴った。
庇われていることが、逃げることを促されている事が理解できない。
やり返されるかここで見捨てられることの方が当然の行いだろうと。

「ああぁ!? 馬鹿なこといってんじゃねえぞ犯罪者!
 てめえらはこれから全員豚箱行きだよ。そこでもっと泣いてろ!」

しかしそれに対する彼の返答は不機嫌さを孕んだ厳しいもの。
ただどうしてか先程までの冷たさがないように彼らは感じてしまう。
ありていにいえば怒声であるのにこれまでの怖さを感じれなかった。

「そんなくだらないこと考えてないでさっさと立って走れ。
 こんなことしでかした以上お前らにもう余分な時間は無いんだからな。
 犯罪者の烙印背負って、余計なことを考える暇もなくあがく日々を送るがいい」

そしてそういって突き放すような言葉にはしかし。
怒りや恨みだけに呑まれずに生きろと励ますような色があった。
そんなことに専念する時間など無いだろう、とどこか肯定する雰囲気で。

「あ──ああ!」

精一杯の声で了承を示すと誰かたちは我に返ったように元来の動きを取り戻す。

「くっ、逃がすか!」

「こっちのセリフだ!」

その邪魔をしようと端末に触れかけた男達に向けてスクラップを蹴り飛ばす。
誰かたちに向けられようとした何かはそれを防ぐために使われ、機先を制した。

「ぼさっとするな! お前らも行け!」

「でも、お前を置いてなんて!」

「そうだよお兄ちゃんも!」

その隙にと何度目かも忘れた促しにされど彼らは首を縦に振らない。
軽く舌打ちしたくなったが事情をすべて語れていない以上仕方がない面もある。
何よりふたりが逃げるのを躊躇しているのは彼の身を真摯に案じてのこと。
無下には扱えずどう説得すべきかと思案しきる前に、ふたりは動いた。
否、動かされた。

「ここは私達が先に逃げなきゃだめなんです!」

強い言葉を発した少女は男の子を脇に抱え上げたのと同時に
自分より30センチ以上も高い長身の男性を片手で力尽くで引っ張っていた。
子供はともかく大吾の方は必死に抵抗しているがびくともせず引きずられる。
じつにアンバランスな光景であるが今の時代さして珍しいものでもない。
ここでもこれに敗けるのかと関係ない怒りまで湧き出てきて声を荒げる。

「離せっ! 俺は!」

「戦えない者がいるだけで彼の邪魔です!」

友を放ってなどいけない。
そう続けたかった言葉は無情な正論が打ち消す。彼もわかってはいる。
しかしそれでもと言い返したかった大吾は少女の表情を見て、息を呑む。
顔を歪ませて何かに耐えるように歯を食いしばって少女は悔しがっていた。
自分より明らかにステータスの高い人間ですらこの先は関われない。
そう雄弁に語っている表情は同時に彼女自身を責めているようでもあった。
“こんなはずじゃなかった”と語る目に、大吾は言葉が続かない。

「大吾、ここに残る奴が必要なんだ。
 それと……ここから先の俺を、俺はお前に見せたくない」

「信一……くっ」

その戸惑いかあるいは心情的な衝撃を背中越しに感じ取ったのか。
足元に残っていた頭部と踏み抜かれた胴体を続けて蹴飛ばしながら
説得のために場に似つかわしくない柔らかな声で諭すように彼は語った。

「坊主、先に外に行ってろ。きっとお前の母さんが待ってる」

「っ、お母さんが!?」

「そっちは任せたぞ。こっちは俺が抑える」

「はい! お任せください!!」

短い言葉の意味を察した少女は不承不承ながら納得した大吾と
意識を母に誘導された子供を連れて、感激したような返事をして走り去っていく。
それを見ることもなく耳で判断した少年は思わず小さく微笑んだ。

「なんだかなぁ。十年来の幼馴染は聞き分けが悪いのに、
 今日会ったばかりの他人は素直に言うこと聞くとかなんだそれ?」

理由は理解できるがその妙さがどこかおかしくて笑える。
どうやらこと戦闘において全幅の信頼を得てしまっていたらしい。
しかも存外に聡く、彼女は事件の真相と彼の思惑にも勘付いていた。
見る目があるというべきか自分がさらし過ぎたのか判断に迷う所だ。

「なにを笑ってやがる!」

「よくも俺たちも邪魔を!」

そこへ蹴り飛ばされたスクラップを処理した男達の怒声が飛ぶ。
途端すっと表情から笑みが消え、色のない視線が彼らを貫く。

「もっ、もうただじゃすまさねえ! やるぞ!」

彼らは三人とも手元の端末を叩くように触れた。
よく凜子が腕時計型のそれを操作する時と似た動作。
あれが正式なのか緊急時の操作法なのかと埒外に考えている前で
どこにでもいるような格好だった男達の姿が一瞬で変わった。

「ほう」

これが噂の物かと無感情の視線に関心だけが宿る。
灰色に彩られた手足や胸部、頭部だけを覆う鎧。簡易外骨格(プロテクター)
ガレスト技術の粋を集めた個人装備の最高峰であるパワードスーツの簡易版。
されどそのおかげで一般用の端末でも持ち運びが可能になっていたのだ。

「ふむ、武装をいちいち持ち歩かなくていいのは便利だな」

シンイチとしてはそれをまとったことより携帯性の良さに感心している。
尤もそれと同時に端末(ソレ)を無くしたら終わりだなとも考えているが。

「なにをいってるんだお前?」

これまでの事で度胸のすわった近接戦闘では侮れない子供。
そういう認識で見ていたもののプロテクターを付けてなお動じない姿は異常。
これぞ銃器の価値を暴落させたガレストではポピュラー且つ安価な装備。
外骨格と比べれば性能はかなり落ちるが銃弾の雨の中でも無傷でいられる代物。
身体能力もブーストされ、いかな達人といえど素手で立ち向かえるものではない。
反ガレスト主義者に見せかけたかった(・・・・・・・・)彼らが本来なら使う予定の無かった物。
それを晒したのは本気でシンイチを排除すべきと判断したからに他ならない。
それが少年自身の思惑通りなどということに気付きもせずに。

「……ひとつだけ感謝しておこう。
 お前等のおかげでそれの性能を体感できる機会ができた。
 監視カメラも事前に壊してくれて助かったよ───────これで、好きにやれる」

「っ……!?」

少年の口許で三日月が笑う。
人数も多い。武装は豊富といえずとも最新で相手は非武装。
負ける要素がないはずなのにこちらが狩られる側だと本能が感じ取る。

「や、やっちまえ!!」

怯えを感じながら─だからこそ─男達は武器を取り出し少年に跳びかかる。




───異世界科学に向けて異世界幻想の蹂躙が始まった



たぶんすっごく短い蹂躙だけどね。
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