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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-15 忘れてはいけないもの

土日祝日が執筆の調子が一番悪いんだよな……

邪神─正確には分体─の復活は最終的に失敗したが実は九分九厘成功していた。

教団が求めた最良の憑代である少年を使った儀式は成功したのだから。

かの邪神の頭脳が封じられた地で身寄りがなくオールEの無知な少年。

それが世間から排他されるものだとも知らず、

歪んだ神への崇拝心を持った者達に肉体と命を捧げさせられ、

よしんば怪しんだところで抵抗さえできないほど非力で、

それにともなう根源的な力への強い渇望を持っていた。

条件は整っている。ならば成功するのは必然である。

少年の体に宿った邪神は目論見通りこの世に肉体を持った。

邪神ですら手が出せない異世界の理に守られた少年の魂を内包したまま。

それが誰も気付かなかった一厘の不確定要素。

ファランディアで誕生した邪神の力は同じ世界の者にしか完全に作用しない。

人間には人間の限界があるように、神には神の限界が存在した。

そこから生まれた小さな綻びが幾人もの犠牲によって広がり、

あるシスターの捨身の行動で少年にある力を託すことに成功する。

分体に宿った邪神の分魂は一つの平和な村を滅ぼしたあと、

怒り狂い嘆き悲しむ少年の魂に宿った力により殺された。




だから少年がそれらの事情を把握したのはすべてが終わったあと。



(いのち)を使い果たして倒れた彼女を抱えあげた瞬間。



もう、すべてが手遅れのタイミングだった。





────────────────────────────







『───あ、ここで緊急速報が入りました。
 〇△市にあるデパートで銃を持った人間が複数暴れていると通報がありました。
 現在デパート前には警察と対策室の合同チームが集結しており───』

その男は端末に流れる生のニュース映像を見ながらコーヒーを啜る。
どこにでもある何の変哲もない喫茶店で時間を潰す三十代ほどの眼鏡の男。
髪の毛は黒いがそのレンズの奥の瞳は不気味なほど赤く濁っている。
彼はその緊急ニュースを前にしても驚くこともなく、されど不敵に笑った。

「お前は相変わらずだな」

そこへ背後の席から老齢な男の声が届いて、男は久しぶりに驚いた。
翻訳機を介していない本場のガレスト語はどこか男を責めていた。
振り返る愚行はしなかったが動揺する内心を落ち着かせながら声を絞り出す。
この程度なら店内の喧騒でかき消されるが相手には聞こえるという声量で。

「………何か御用ですか。
 これは私に一任していただけた事案だったと思いますが?」

「確かに一任したが余計なことをしろと命じたわけではない」

相手の、老齢でありながら強い圧も感じさせる声に彼から笑みが消える。
男の脳内では白髪白髭の老人ながら屈強な肉体を持つ上官(・・)
鋭い目つきで自分を睨んでいる光景を思わず想像して身震いする。

「作戦の範疇だと思ったんですがねぇ。お気に触りましたか?」

「そうではない。ただの確認だ。最後まで手抜かりがないか、とな。
 お前は優秀だが欲を出すと余計で杜撰な一手を出してしまう悪癖がある」

「わかってますよ。今回のクライアントはお得意様。
 下手をうたないために今回は直接ウチとは関係ない………あっ」

「ふう……だと思ったぞ」

その言葉ですべてを察したように溜息を吐いた老人に男は苦い顔だ。
最終的なところで必要な駒を配置しておくことを失念していた。

「……後詰に私の“槍”を配置した」

「それは…………恐れ入ります」

一瞬、その言葉に息を呑みながら感謝を示す。
槍と比喩される存在はこの老人が最も信頼する懐刀である。
その力を知るがゆえに安心感もあるが貸しを作った厄介さもあった。
やれやれと首を振った男は気を紛らすためか素朴な疑問を口にする。

「ですが、なぜお二人がこちらに?
 確か(それ)は別の仕事でクトリアに常駐していると聞きましたが?」

「出てきてもらったのだ。新型の受け取りと稼働データ取りを兼ねてな。
 今回の援護は稼働データ取りに都合がよいと判断したにすぎん。
 己の失点であることは忘れるなよ、あとで自分で取り戻せ」

「………了解しました」

溜め息交じりのそれを発して立ち上がった男は会計を済ませて店を去る。
一度もそれを見ることなく見送った老人が出てきた紅茶を飲み干した頃。
喫茶店向かいの銀行に覆面姿の男達が攻め入り金品を強奪した事件が発生する。

「手際は、良いのだがな」

5分もかからず終わったそれを窓越しに見終えた老人は
誰にも聞こえない呟きだけを残して、静かにその店をあとにした。





───────────────────────────────






事件が発覚してからデパート前の道路は即座に封鎖されたが、
それでも警察や対策室、逃げてきた客たちで人はごった返している。
張られたバリケードの外にはマスコミや野次馬も集まっていた。

「加山一尉!」

そんな中、デパートの道路向かいに駐車してある大型ワゴン車に
止める声も聞かずに普段着の女性が飛び込んできて内部の人は僅かに面食らう。
彼女はそれが現場での司令室代わりになる車両だとよく知っていた。
案の定車内には簡易司令室として必要な機器とオペレータ要員。
そして現場指揮官となっていた頼りになる上官がいた。

「笹森……じゃなかったな。
 どうした中村……って聞く必要もねえか。お前も客の中にいたんだな?」

一見すると強面なそれを疑問から傾けるが即座に察した。
でなければこの部下が余計な事件に首を突っ込むわけがない、と。
根が善人なので目の当たりにすれば出来る範囲で手や口を出す事もあるが
ここまでの騒ぎとなっていれば装備も準備もしてない自分は邪魔だと関わらない。
いい意味で仕事にそこまで熱心なタイプではないと彼は判断していた。

「はい、それで状況は!?」

「待て、まずはお前からだ。見聞きしたことを話してくれ」

既に逃げ出していた客達からも聴取はとっているが、
誰もがまだ冷静ではなく要領が得ず、騒ぎにただ避難した者も多い。
建物内も調べさせているが騒ぎが起こった瞬間の情報も欲しかったのだ。

「す、すいません。では───」

最初はシンイチの行動を隠そうかと思ったが目撃者がいる以上、
意味はないと凜子は簡単かつ簡潔に自分が見聞きした事を順番に説明した。
シンイチによる銃を持った集団の発見と鎮圧から続く一連の出来事を。
そして彼が上階に向かった後は追いかけるより、まず自分達と
子と逸れた母親を逃がす事を優先して外に出たのだと。
途中犯人の仲間と思しき者達と遭遇したがアマリリスが一蹴した。

「今はあの人に真治と一緒に預けて離れてもらってます。
 多分なにかあっても彼女が守ってくれると思います」

「あの個体は完全にあの坊主の味方だったからな。
 残していったのはそのためだとお前は見ているな」

「はい、追いかけるかと思ったのにむしろ私たちを先導してました」

「ツーカーだな。
 ん、ちょっと待て、一階に侵入させた連中からの連絡だ」

耳に付けていたインカムに手を当てて集中して報告を聞き取る。
強面の外見にたいした変化はないが対策室に入った時からの付き合いから
あまりよくない類の報告がなされているのを凜子は感じ取っていた。

「…………何があったのですか?」

「おそらく、まだ何も起こってはいない。
 本当なら身内のお前に話していいことじゃないんだが……聞くか?」

迷う素振りもなく頷いた凜子に軽く溜息を吐いて加山は口を開く。
問題が無いわけではないが信頼のおける部下の判断や考えも聞きたかった。

「まずは一階でお前らにやられたらしい連中は確保した。
 そして探査したところ一階にもう潜んでいる奴はいないと判明した。
 そこへ連中が立てこもってるらしい三階から客が逃げてきて保護したところだ。
 軽い聞き取りによると乱入してきた少年のおかげで逃げれたと言ってる」

「信一くん!」

「だろうな。だがそこまでだ。逃げてきた中にはいない。
 他にもガレスト人の少女とそいつに庇われてた子供も下りてきてないそうだ」

二人の脳内にはあと一歩の所で人質を取られて身動きできなくなった少年が浮かぶ。
加山は直接彼が動いた所を見ていないが銃を持った相手を素手で制圧できる。
という凜子からの情報である一定以上の実力があるとすんなり判断していた。

「犯人たちからの要求は?」

「無い、というか連中こっちと接触しようっていう気が全くない。
 内部の回線は全部壊されててこちらからの呼びかけに反応はない。
 そのうえ三階を完全に閉じて、誰も入れない気満々だ」

「………三階を閉じた? どういうことですかそれ?」

その表現だけが妙に他と比べておかしい。
立て籠もり事件において前者ふたつはよくあること。
階層がある建物なら昇ってこれないようにバリケードを作る事もあるだろう。
だがそれを目の前の上司は一度として“閉じた”と表現したことはない。

「エレベーターは全部三階で止まったまま電源を落とされてる。
 そして階段にはすべて通れないように電磁ネットが張られていたとよ。
 それもご丁寧なことに力技で突破しようとすれば建物に深刻なダメージを
 与えかねないほどの頑丈さを誇る出力レベルで、だ」

それは現状では内部から問題の階へと到達する手段が無い事を示している。
電磁ネットは読んで字の如く電気で作られた網で人や物の侵入を防ぐ道具だ。
主に静電気程度の痛みを与える一般の防犯レベルの代物から、
生命に関わるほどの出力で刑務所や重要施設で使われる物まである。
後者ほどの物は特殊な装備がなければ安全に突破するのは不可能だ。
不幸中の幸いといえるのはこのシステムは稼働しているのが目に見える事。
常に紫電が走る半透明の壁が見えているので余程でもない限り事故は少ない。
だからこそ即座に突破できないと判断されたのだが。

「そんな物をどこでっ!? 対策室(うち)ですらまだ持ってませんよ!?
 あいつらは確かに拳銃程度しか武器を持ってなかったはずです!」

あまりにも武器とその装備との技術差があり過ぎて違和感がある。
電磁ネットはガレストの技術者が電気に興味を抱いて作られた物。
防犯レベルの物なら簡単に手に入るがそこまでの出力の物は
最新装備が優先的に回される対策室でもまだ配備されてない。

「ああ、そのへんがチグハグだが俺たちの足止め用の罠は他にもある。
 外壁にはセンサー型の爆弾。屋上には足の踏み場もないほど空中機雷がわんさか。
 飛ばして窓から突入させることも、部隊を下ろすこともできん」

確かに閉じられていると凜子も思った。計画的だとも。
そしてそれがさらに強烈な違和感を凜子に与えている。
攻めさせない布陣は行き過ぎな程なのに要求はなく武器は旧式。
事前に計画していたと思わしき立て籠もりなのに目的が見えてこない。
あくまで傾向だが異世界交流で不利益を被った人間の犯行なら
ガレスト産の物は使わない事が多く、また彼らなりの主張をするはずだ。
いったい何がしたくて起こした事件なのかが分からなかった。

「あれ? じゃあ三階から逃げてきた人達はどこから?
 いえ、そもそも……どうやって信一くん三階に入ったんですか?」

だがそこまで考えてその“どうして”が疑問になった。
閉じられていたのなら最初から彼は三階にはいけなかったはずだ。

「それなんだが………どうも坊主が通った時は開いてたらしい。
 確認に向かった奴の話じゃ、武装した男が新たに貼り直していたと。
 まだ人質がいることはわかってたから観察するだけにさせておいたが……」

「……まさか……壊した?」

彼が。
そう言いたげな顔に加山は苦笑する。

「元々欠陥品だった。動作不良を起こした。人為的な操作ミス。
 色々ある中でお前の意見はまずそれか。まあ確かに一番しっくり来るがな」

都合よく彼が向かった時、向かった場所にあった電磁ネットが壊れている。
そんな偶然より突破できる何かを持っていたと解釈した方があり得る話。
だがあっさりとそれを受け入れた態度に凜子は目を見開いた。

「……加山一尉は信一くんのことを?」

「さてな。
 なんとなく実戦を知ってると思ってただけだよ。ただの勘だ」

だから何も知らないと加山は嘯く。
彼は元々優秀な刑事だったと人から聞いた覚えのある凜子だ。
捜査班に来ることを求められたが初動を請け負う遊撃班を希望したと。
長年犯罪者と向き合ってきた彼には自分とは違う何かをシンイチに見たのだろう。
勘といっているが長じた経験からくる勘は案外馬鹿にできたものではない。

「それより現時点で何よりの朗報が入った。
 二階を確保した部隊が三階をサーチした結果から
 逃げ遅れた三人の子供と特徴が一致する反応があったと、ただ……」

「犯人とおぼしき反応と一緒に、ですね」

苦々しい顔で頷いた上司に彼女もまたやっぱりと頷く。
戻ってきていない時点でそうだというのは一番想像しやすい状況だ。
だがこれでは例え電磁ネットを突破できる装備が届いても迂闊には動けない。

「厄介なのは目的が全く見えてこない所ですね。
 最初から立て籠もりする気みたいだったのに主張も要求もない。
 そしてあれだけの道具を使っているのに武器は旧式……意味がわからない」

「反ガレスト、反社会的な勢力が武器持って暴れてる。
 なんていう単純な話じゃないな、これは……」

これまで経験したそれらと装備の充実具合や犯人たちの行動が違い過ぎる。
何か大きな存在の手の平で踊らされてるような不快感さえ感じている。

「でもこれだけのモノをいったい犯人たちはどこから…………まさか?」

「お前もそう思うか? 俺もそう思う。
 でなきゃこのガレスト装備の大盤振る舞い(バーゲンセール)は不可解すぎる」

凜子は自分が思いついた可能性に顔を青くしている。
加山とて強面のそれを苦々しく歪めながらそれを考えていた。
金さえ積めばこれらを簡単に揃えてくれる組織のことを。

「テロリスト支援組織『無銘』」

名無しともノーネームとも翻訳される名前が無いという名を持つ組織。
ガレストの反政府組織の中では最も有名でテロの裏には必ずいると言われる。
構成員は少ないが豊富な資金と高い技術力を持ち個々の戦闘要員の実力も高い。
ただ主張する大義がないのか主だった活動は支援であり死の商人の要素も持つ。
今では地球でも少しずつその勢力を伸ばしていると噂されている。

「ついにこの国にも手を伸ばしてきたってことですか?」

「わからんが中にはいないだろう。
 奴らにしては手口が雑すぎるし展開が遅い。
 今回は装備を売っただけ…………だと思いたいな」

本物の無銘構成員がいるのなら自分達だけでは対処できないかもしれない。
両人とも不安げな顔で車の窓越しにデパートを見上げて応援を待つしかなかった。




───────────────────────────────





予想外の存在が乱入したことによる騒ぎも終わりを迎えていた。
新たに加わった一団は自分達が少年の予定を狂わせたとは知らない。
タイミングを逃し人質と敵が増えてしまった状態では動けない。
結果として、シンイチはおとなしく人質となるしかなくなった。
尤もそれまでの暴言のツケはしっかりと回ってきたが。

「世間知らずのガキが偉そうに!」

「ぐっ」

「誰がゴミクズだ! 俺たちは被害者なんだ!」

「がっ」

「奴らに何もかも奪われた気持ちがわかってたまるか!」

「うぐっ」

追い詰めていたはずなのに一方的に、そして全員に吐かれた毒。
最初に我慢の限界となったボクサー志望の男はもう離れているが、
それ以外の者達が溜まった鬱憤を晴らそうとたこ殴りにしていた。
手首を後ろ手にロープで縛られた彼はそれを防御することもできない。

「もうやめろ! 相手は子供だぞ! なにやってんだお前ら!」

見るに見かねて長身の男性─大吾は叫ぶが聞く耳を持たない。
口汚く自分たちの苦境をバカにされて誰もが怒りで我を失っていた。
その光景はあまりに非現実的で、あまりに生理的嫌悪を覚える光景だった。
だいの大人が寄ってたかって抵抗できない少年を殴り続ける姿など。
正気の沙汰とは思えなかった。

「お前はもうおとなしくしてな!」

「くっ!」

しかし彼の言葉は受け入れられることなく突き飛ばされ、床に尻もちをつく。
咄嗟に起き上ろうとするが眼前に銃口を突きつけられたら逆らえなかった。

「おい、追加はこいつ一人だけか?」

「ああ、俺も油断したよ。
 まさかこいつに抵抗されて逃げられちゃうなんて」

リーダー格らしいスーツの男からの問いかけに若い男はあっさりとそう答えた。
シンイチたちが遭遇したのとは別の一団が襲ったのは飲食店が立ち並ぶフロア。
拳銃を片手に客たちを黙らそうとしたが大吾の予想外の抵抗に合い、
他の者と彼を組み伏せた時には他の客を取り逃がしてしまっていた。

「あんたも反ガレストの同志だと思ったんだがなぁ、俺は寂しいよ」

あまり悲しそうもなく、されど馴れ馴れしい言葉に大吾は不快な顔を浮かべる。

「三田、お前本当にこいつらの仲間なのか」

「ああそうだよ。あんたは生活にために入ったバイトだろうが、
 俺はこういうことするために面接行ったの。どうする?
 今なら同期のよしみで仲間に入れてやってもいいぞ」

「ふさけんな! 誰が!」

同時に面接を受けてそれから同じシフトであることが多かったバイト仲間。
それがまさかこんな事を企てる連中の仲間だったのはショックだった。

「おお怖い怖い。腐っても警察官志望って奴?
 立派だねぇ、偉いねぇ、ふふふ……」

何もかもが悔しい。
そうだとも知らずにそんな事を話していた事も。
そして今もなお殴られ続けている友人を助けられない事も。
目の前でけたけたと笑う男の顔面を殴ることさえできない事も。

「ぎゃんっ!!??」

怒りと悔しさに歯噛みしていた彼の所に突然悲鳴が届く。
声は男だったがあまりに情けなく、そして何故かこちらまで痛くなる切ない声が。

「ガンガン、ガンガン殴りやがって!
 俺はどこぞのマゾ姫か!? なにが快感だ。痛いだけだっつーの!」

視線を向ければ、訳の解らない事を叫びながらシンイチは叫んでいた。
彼の目の前では悲鳴をあげたらしい相手が股間を押さえて悶えていた。
それだけで幼馴染が何をしでかしたのか察しがついた。同性ゆえに。
盛大に頭突きをかましたらしいのが見てとれた。

「て、てめえっ!」

仲間がやられてさらに頭に血が上った巨漢が吠える。
感情のまま腕を振り上げるが数名の仲間が血相変えて戻ってきた。
合流後にどうしてか別行動をとっていた者達は口々に叫ぶように報告する。

「大変だ! 外に連絡がとれねえ! 携帯が通じない!」

「こっちもだ。内線でさえどこにも通じなかった!」

「階段は全部電磁ネットが塞いでるしエレベータも動かないぞ!」

「な、なんだって……」

犯人たちの顔に愕然とした表情が浮かぶ。
大吾も彼らがいう所の反ガレストの思想や異世界交流の不利益。
それらを理由にこんな行動に出たことは聞かされていた。
おそらくはそういった主張を世間に向けてしたかったのだろう。
だが連絡の手段は封じられ、三階から身動きできないという。

「こっちの話を聞く気もないうえに閉じ込めるなんて!!」

「ガレストの犬どもめ、不満の目は隠して消す気か!」

周囲の物に当り散らしながら彼らは余計に怒りを燃やす。
そんな中、唯一のスーツ姿の男が人質である大吾たちに近付く。

「残念だったな。どうやら外はお前らの救出は諦めたようだ。
 交渉する気もなく、踏み込むのではなく閉じ込めた。
 もしかしたら建物ごと吹っ飛ばす気かもしれんな」

「そ、そんな!?」

背後から少女の悲鳴のような声が聞こえる。
子供を抱えたまま床に座らされている彼女を背にして大吾もまた震える。
そんなわけがないという常識ともしそうならという不安が胸の中でせめぎ合う。
斜め向かいにいるシンイチには犯人グループの一人である女性が近寄って、
似たようなことを言われているのが聞こえてくる。

「どうだい、これが現実だよ。今の世界だよ。
 ついてこれない者はいらないとばかりに捨てる社会。
 君にも覚えがあるだろう。一緒にぶっ壊してやろうぜ」

「なに、を……」

少し心がぐらついたことに大吾自身が驚く。
スーツの男の声は存外に優しく、胸の隙間に入り込んでくる。
これまで彼は世界の変化に対する不満を押し隠してきていた。
昏い感情のまま動くことを良しとせず、けれど消すこともできず。

「色々と計画はある。今はこんなものだが、仲間もまだいる。
 皆、君と同じように交流の犠牲者たちだ。我慢するな。
 怒りを燃やせ、憎しみを隠すな。俺たちで世界を変えるんだ」

まるでそうであることを理解してくれる言葉が、
どこかで求めていた言葉に甘美なほどの誘惑を覚える。
そうだと。今が苦しいのは全てガレストのせいだと。
かつてあった日々を返せと訴える内からの声が増大していく。

「だから──」

「──きゃっ!? なにするのよ!!」

最後の誘いの言葉を女の苛立った声が遮る。
視線が集まるなかシンイチと喋っていた女性は顔を袖でふいていた。

「どうした?」

「こいついきなり私の顔に唾吐いてきたのよ!」

「頭突きじゃなかっただけありがたく思え、単細胞ども」

そういって犯人達からの勧誘を鼻で笑いながら彼は突っぱねていた。
周囲がその態度にさらに苛立っていく中、大吾だけがぞくりと身震いする。

「怒りと憎しみで目がくもった奴はどこの世界でも哀れなものだ。
 人が折角親切心でゴミクズだと教えてやってたのにまだ人間のつもりか」

吐く毒がより強力になっていく。
普通ならば大吾は幼馴染を止めるべきだ。
頭に血が上った武装した相手に油を注ぐような真似は危険なだけ。
しかしそれ以上に幼馴染だからこそ分かる雰囲気の変化に腰が引けていた。
声が極限まで低い。目が暗い。笑っているようで笑っていない。
それは彼の不機嫌さが高まっている証拠で大吾にこれは止められない。

「お前まだ自分の立場がわかってないみたいだな!」

「………本当に哀れだな。さしずめ狼のつもりの羊か。
 羊には悪いが昔の自分を見ているようで気分が悪い。失せろっ」

激昂して詰め寄った犯人を見上げる目は冷たい。そして威圧的で凶悪だ。 
どちらが武器を持った犯人でどちらが人質なのか分からなくなるほどに。
あの態度で過去に何人もの相手にトラウマを与えたのか彼らは知らない。
あの目で『中村信一』という少年は一度も負けなかったのだということを。

「な、なにを……訳の解らねえことを……」

それに気圧されるように彼らはたじろいでしまう。
視線と声の圧力もあるのだろうがいくら殴りつけても衰えない眼光は
もはやそれだけで脅威であり本能的な畏怖を呼び起こしていた。
過去にそれを向けられた覚えのない大吾ですら恐れているのだ。
直に向けられた彼らの意思は急激に怯えて、萎えていく。

「ちっ」

それをスーツの男が小さく舌打ちしたのが近さゆえ大吾にだけ聞こえた。
何かが変だと彼が感じた時にはもうその男は次の行動に出ていた。

「もういいだろう。そいつに付き合う義理はない。
 それよりも今はこれからどうするか、だろ?」

気圧されている者達の肩を抱くようして切り替えさせていくが、
それを口許だけで笑って見ていシンイチには厳しい視線を向けている。

「さて、きっと対策室の連中は俺達には何もできないと高を括ってる。
 なら決してそんな生半可な覚悟ではないと見せつけてやればいい」

しかし仲間には一転してどこか優しいともとれる声で語りかける。

「ぐ、具体的には?」

「人質をひとり殺す」

だが、あまりにもあっさりと告げられた話に犯人たちに動揺が走る。
頭に血が上っていたのなら感情のままやってしまったかもしれないが、
一度信一に気圧され、たじろいだ彼らはある意味で落ち着かされてしまっていた。

「どうしたんだ、おい?
 及川、お前はさっきあのガレストの少女(ガキ)を殺すって息巻いたじゃねえか」

「あ、いや、でも……もう四人しかいねえし。
 殺してもそれが外に伝わらないんじゃ意味が……」

直接名指しされた巨漢は狼狽えながらもっともらしい言葉で遠回しに拒絶する。
一度冷えてしまった頭では当たり前の常識や道徳、良心が彼らを苛む。
“本当にこれで良かったのか”そんな疑問が頭をもたげさせている。

「方法はあるさ。
 死体を止まってるエレベーターに押し込んでワイヤーを切ってやればいい。
 あれが落ちれば奴らだって中を調べて俺たちの本気を知るって寸法だ」

いいアイディアだろ。
ともいいたげに語るが女性陣は目に見えて気分が悪そうに目をそらす。
男達とてその光景を想像してしまったのか青い顔をしていた。

「あ~あ、びびちゃってるな。
 なあ高峰。逃がしてやるからこの女殺してくれる?」

軽々しく三田は一本のナイフを取り出すと大吾に柄を向けた。
何をいってるのかと彼は本気でバイト仲間だった男の頭を疑う。
そんなこといわれて頷くと思われているかと思うと不快なだけだ。

「誰がそんなこと!」

「まあ断ってもいいけど……あいつどうなるかな?」

「なっ!?」

自動小銃を構えた別の男が黙って銃口をシンイチの頭に向ける。
誰も何もいわないがそれがどういう意味を持つかは分かった。

「こっちはどれでもいいんだ。ならさ、お前が選べよ。
 あっちのお友達か、名前も知らないガレストの女か」

「っ……」

そんなの選べるわけがない。
だが大吾の中の天秤はわずかにシンイチに傾く。
この中で誰が一番大事な者かと聞かれればそれは確かに彼だ。
けれど、だからといって自分に人が殺せるわけがない。
だがしなければ彼らは撃つだろう。他の連中とは違う。
その目は信じられないことに本気なのだと彼でも分かった。

「ほら、頑張って」

動揺したのを利用されたのかいつの間にかナイフを握らされていた。
大吾は思わず親友と後ろにいた少女を見比べるが少女は「卑怯だ」と憤り、
幼馴染は不思議なくらい落ち着いた顔で何も伝えてはこない。
まるでお前の選択に委ねるといわれたようで余計に大吾は動揺する。

「悩む必要ないだろ。言ってたじゃないか。
 親が仕事を失ったのはなんでだ。夢が破れたのはどうしてだ。
 ほら、目の前のガレストのせいだ。やっちまえよ」

まるで悪魔の誘惑だと大吾の何かがぐらつく。
そうだと頷く声とやめろという叫びが頭に響く。
持たされたナイフがガタガタと震えてしまう。
おかしそうに笑う三田の声がよく耳に入らず、少女と目が合う。

「…………」

黙ったまま頷いた少女は抱えていた男の子を背中に回して目を瞑った。
刺せというのか。馬鹿をいうなと叫びたい衝動の中、はっと気付く。
果たしてこのナイフは目の前の少女に刺さるのかと。
ガレスト人は平均的に高いステータスを誇っていると聞く。
ならば自分程度の筋力でナイフを振るった所で刺さらないのではないか。
それが解っているからこの少女は───そう考えた大吾は自分を殴りたくなった。

「っ……」

身構えている少女の体は震えている。何の装備も無しに武器を向けられている。
どこの人間だろうとそれが怖くないわけがない。それでも受けようとする少女に
自分は傷つかないだろうからとナイフを振り下ろすのかと自問する。
だが。

「早くしないと、あっちを撃つけど?」

考えている時間がない。だがどちらかを選ぶなんて事ができない。
どうすればいい。どうするのが正しい。どうしたいんだ。
頭が沸騰しそうな自問に答えがでないままナイフを振り上げ───


「夢は………諦めてもいい」


───どうしてかよく響く静かな友の声で止まる。

「おい、お前はだまっ」

「もちろん追いかけ続けてもいい」

黙れと目の前に銃口を突きつけるがシンイチは反応しない。
まるでそんなものはどこにも無いかのように静かに語る。

「“けど、どうしてそれに憧れたのかだけは忘れるな”」

重く、重く、どうしてか胸に響いて強くなる鼓動。
諦めてもいい。追い続けてもいい。だけど忘れるな。
何を。その夢に憧れた最初の理由を。

「おれ、は……」

なぜ警察官になりたかった。
悪を許せぬ正義感からか。それだけではない。
強さに自信があったからか。そうだったはずだ。
ならば、それを自分で認めたのはいつ、どうしてだ。

『ありがとう、大吾』

『お前はおっきくてかっこいいよな』

『きっと大人になったら俺だけじゃなくてみんなを助けられるんだろうな』

焦がれるような声で褒めて憧れてくれた誰かの言葉。
それがあったから他の子と違う大きな体のコンプレックスが誇りになった。
自分の身を守れない誰かのために自分の大きな体が役に立つと知って。
さもありなん。警察官という職業が一番それができそうだっただけのこと。
そんな理由だったのだと今更ながら思い出して笑みがこぼれる。
なら、自分がここでシンイチを見捨てる事も少女を刺すことも違う。


───俺がすべきことは!


手にするナイフを逆手に持ち替える。周囲が何をと言葉にするより速く、
彼はそのまま自ら目掛けてナイフを振り下ろし─────鮮血が舞った。

このときシンイチは本人的にとんでもない大ポカをやらかしている。
おかげで色々とこのあと助かるんだけど、本人はショックです。
+注意+
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