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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-12 働き者の対人運

この物語では、こういうことを“対人運が働き過ぎ”と表現しております。


言葉も通じない異世界でひとり彷徨う。

その現状を打破する能力も知恵もない。

死を運命づけられた少年はしかし幸運だった。

野垂れ死にしかけた所を巡礼中だった教会の一団に拾われた。

だが命は助かったものの言葉は相変わらず通じない。

少年と同年代の者が多く、代表のシスターが型破りな者だったおかげで

気味悪がられることはなかったが意思疎通がまるでできない。

けれど少年にはさらに幸運なことにファランディア語というのは

文法としては日本語にとてもよく似ていたのである。

単語を憶えていくだけで片言ながらではあったが、

なんとか意思疎通ができるようになっていった。



ただ、そこで彼は幸運を使い果たした。



日本語に似ているということは少しの差で意味が変わるという事。

同じ発音でも意味が違う言葉が日本語と同じように存在していた。

単語を並べるだけでは、覚えるだけでは表現できない領域がある。

微妙なニュアンスまでは伝わらないし、相手のそれも聞き取れない。

また日本語と違い、はっきりと物を言うのが美徳とされている。

ゆえに少年の言葉は正確には伝わっておらず、彼らの言葉もまた同じ。

その最初は小さかった齟齬が後の悲劇を生む遠因の一つだったなど、

この時はまだ誰も知らず、気付く者などいるわけがなかった。



けれど言葉が通じ合ってたのなら回避できたかといわれるとそれもまた難しい。



同じ言語を喋っていても、すれ違う者はいくらでもいるのだから。






───────────────────────────────




うまくいかない。何もかも、あの日からずっと。
青年は苦心しながら次から次へとやってくる皿を洗い続けている。
あちこちのバイト面接を受けてやっとなれたのは飲食店のスタッフ。
それとて百貨店に新しく出店した店舗が予想以上の人気が出て、
スタッフ不足に陥ったために臨時で緊急的に雇われたに等しい。
彼は仕事(バイト)があるだけマシだと考えるようにしているのだが。

「遅いよ! もっと早く!」

「はい!」

「ちょっと動かないで、でかいから邪魔なのよ!」

「す、すいません!」

そろそろ昼時を迎えようというキッチンは色めき立っている。
そして徐々に怒号が飛び交い、ある意味において地獄絵図とかしていく。
これから客が増えていくかと思うと青年は溜息を吐きたくなる。

「高峰くん、それ終わったら三田さんと交代してゴミ出ししておいて。
 それが終わったらホールに入って! 手が足りないって!」

「わかりました!」

自分はキッチンスタッフとして入ったはずだという文句はもう口にしない。
魔法の言葉「人手不足」で誤魔化される。バイト店員の立場は低い。

「はぁ……」

他の人ならば二往復は必要な量のゴミを一回で出し終えると自然と一息吐く。
体を動かすのは昔から嫌いではなかったし伊達に大きいわけではない。
人並み以上に腕力がある自負はあったが───ステータスの差は露骨だ。
肉体を行使するバイトはすべてそういった人が優先されていく。
理屈では、頭では彼もわかってはいる。自分が雇い主ならば、
同じ金額で雇うならば、それはもちろん能力が高い方がいい。
体が資本となるような業種ならそれは尚更だろう。と。
ただそれで一番の自慢だったモノを奪われた人間はどうすればいい。
体力や腕力、頑丈さだけが自慢だった彼はそれを無くして途方に暮れた。
あの日がこなければ良かったのに。あいつらがいなければ良かったのに。
そうだったならきっと自分は──

「──くそっ!」

どこまでも暗く、身勝手で、口にしてもしょうがない感情が湧き上がる。
折角久しぶりに幼馴染と再会できたのに、その嬉しさも数日で消えていた。
頭を軽く振って切り替えるようにホールスタッフ制服に着替える。
店員に徹して仕事に集中していたほうがいくらか気が楽だ。
それが逃避であり感情の先送りでしかない事はわかっていたが。


「……………は?」


しかし彼はそこで我が目を疑う光景を見た。
漫画みたいにほっぺをつねってみるが強い痛みを感じた。夢ではない。

「はい、あーん」

「あーん」

カップルがいた。
目玉商品の一つである豪華なパフェのクリームをすくった男と
差し出されたそれになぜか真剣な顔で口を開けて迎え入れようとする女。
それだけなら“リア充爆発しろ!”と思う程度でたいした話ではない。
ここのバイトになって日が浅い彼でも三組ほどそんな客は見たことがある。



問題はその組み合わせである。



女は大きなベレー帽で隠れているが青色髪のガレスト人の少女。
男はこれぞ標準的な日本人といいたくなる黒髪と凡庸な顔の少年。
彼はじつに楽しそうな顔で少女にスプーンを差し出している。
あれは大いに面白がっていると付き合いの長さ(・・・・・・・)からすぐに分かった。




「…………なにしてんだ、信一?」


「へ?」




幼馴染との─二度目の─予想外の再会だった。



───────────────────────────────






「真治のオムツをかえてくるので少し待っててください」

凜子はそういって息子を抱えたまま夫と義理の息子を二人きりにした。
あれから対策室の権限で30分もたたずに事情説明が終わらせた彼女は、
当初の予定通りにあらゆる店舗が揃う昔ながらの総合百貨店(デパート)に訪れた。
そこで彼女は信彦の様々な戸惑いや動揺を当人同士以上に気を使った。
つまりは“時間を作るから少し話し合ってください”ということだ。

「まあ、あの人がそれでうまく会話できるとは思えませんけど……」

といってもあくまできっかけの一つ。
さっきの今だ。まともな会話を期待するほうがおかしい。
特に夫である信彦の身内限定への会話下手さとシンイチの自発的な発言の無さ。
それらを考えると二人っきりにしたところで会話になるのかさえ怪しい。

「あーうー?」

「ホント困ったお父さんとお兄ちゃんよねぇ」

トイレの一角で本当に真治のオムツをかえながら微笑む。
そうなるとわかっても二人きりにしたのはむしろ凜子側に事情があった。
本当に真治のオムツをかえなくてはいけなかったのもあるが、
浮かんでしまった懸念を整理してぼろを出さない意味合いもあった。

「まさか管理官の目論見が当たってしまうなんてね」

「あいー?」

思わず口に出して苦笑いを浮かべてしまう。
君なら一緒に生活している人物の不自然さを見逃さないだろう。
そんなニュアンスで命じられた監視命令は今や形だけになっている。
何故かはわからないが管理官から報告はもういいといわれたのだ。
しかし生活が続く以上必然的におよそ二週間ほど彼を見続けた凜子は
皮肉にも管理官が望んでいたシンイチが嘘をついている可能性。
行動の不自然さをいくつか見つけてしまっていたのだ。
それが先程の事件でより明確になってしまったのである。

「今更気付く辺り私もまだまだというべきか。気付きたくなかったというべきか」

「きゃーあー!」

自分と普通に話をした彼。ごく自然に対策室の面々に応対していた彼。
帰還したばかりのはずなのに当たり前のように“人”と会話する彼。
母親と妹弟たちの言動への冷静な対応は見ていて痛々しかったが、
果たしてそれは2年も人と触れ合わなかった存在に可能なことか。
今日とて周囲の視線を見ただけで彼女の言いたいことをほぼ理解した。
いくら意思疎通ができる相手(アマリリス)がそばにいたとはいえ不自然である。
そう、端的にいえばシンイチは“人に慣れていた”のだ。
そして何よりあの時見せた彼の動きである。

「でもさっきのお兄ちゃん、かっこよかったわよね。
 あなたは見れてないんでしょうけど」

「あーっ!」

わかっているのかいないのか。真治の反応が不満げに見えて微笑みが漏れる。
今回初めて知った彼の格闘能力。元々凜子は夫ほど彼を過小評価していなかった。
自然保護区でアマリリスの保護下だったとはいえ2年生き延びた子である。
当たり前のようにある程度までの戦闘力を持っていると考えていた。
ただあくまでそれは獣相手(・・・)を想定したものだったが。

「あそこに人型の奴いないはずなのにねぇ……あはは、参ったなぁ」

真治を抱えたままでの脚だけの猛襲。
手にした武器を弾き、腹を蹴って動きを止めて、頭を蹴り飛ばす。
それは獣相手に培ったものというより対人の動きに見える。
シンイチがそういった武道を学んでいなかったことはもう聞いている。
ならばあれはあちらで実地で、そして人の中で学んだモノだろう。

「やーうー?」

「そう考えるとね、色々納得しちょうのよ真治」

解るわけもない相手に、しかしそうこぼしたくなる。
凜子には彼がどうしても自然保護区で2年生きていたとは思えない。
だってシンイチはどうしてと思えるほどに他者優先の思考をしていた。
帰還した直後から彼は家族を気遣って我をほとんど出していない。
それはこの2週間程度の生活においても変わらない。
先程の事件でも凜子が心配した声を彼は真剣に受け間違えた。
あれは昨日今日に染み付いた思考とは思えない。
ましてや自然界で生き抜ける精神性でもない。

「はぁ……あの管理官と同じ結論とか生理的に嫌過ぎるわ」

「あう、きゃは!」

もっともそれは“人がいるところにいた”という点だけだが。
犯罪に関与していたか否かについては可能性の話に過ぎない。
凜子としては気付いてしまった不自然さをどう処理すべきかが問題だ。
今ここで整理したので今日は顔に出さない自信はあるがその先は悩ましい。
どこかで腹を割って話すか覚悟を決めて何も聞かないかを選ぶ必要がある。
それらを組織に報告するか否かは彼女の中ではかなり否の状態だ。
職務に対して真面目な凜子だが自分達の不利益になりそうなら沈黙する。
そこまで組織に忠実ではなくそこに葛藤が少ないのは現代人らしいといえた。

「ま、今日は精一杯お兄ちゃんに楽しんでもらいましょうか」

「あーいー!」

元々そのつもりの予定だったがより張り切ることを彼女は決めた。
とりあえず今日は問題を棚上げして楽しむことにすると息子に告げる。
オムツをかえたためであろうが嬉しそうな顔に彼女も笑みを浮かべた。
のだが。

「あれ? 信一くんはどこに行ったんですか?」

戻ってみると彼がいない。
デパート内にある自販機前にある休憩スペース。
並ぶベンチに腰掛けているのは夫である信彦と彼のバッグだけ。
一緒にいるように告げていたはずの少年はそこにはいなかった。

「ああ、その……逃げられちゃった。
 お礼は言えたんだが、話が続かなくてな……」

「あらら、ダメでしたか」

妻からの問いかけに困ったように信彦は苦笑いを浮かべた。
その様子に夫の悪戦苦闘を察して明るい調子で言葉を返す。
沈黙に耐えかねたのか気を使われたのか。トイレに立ってしまったという。
彼女が想定していた通りの結果に笑みが出そうになるのを抑えて横に座る。

「仕方ないんですよ、こういうのは。
 私も帰還後の問題を抱える家族はこれまで何組か見てきました。
 やっぱり離れてた分、色々時間がかかるんです。信彦さんは焦り過ぎです。
 もうちょっとドシっと構えて、ゆっくりやっていきましょうよ」

時間はあるんですからと同居後から落ち着きがなくなっていた夫を諌めた。
これまでの自分の教育や接し方に後悔が強い分、気負いすぎているのだ。
実は凜子としては話が出来れば良し。でも恐らくうまくいかないだろう。
だから今のうちに焦っている彼を落ち着かせておこうという策略だった。

「ああ……そう、だな……本当に気ばかりが焦って困るな。
 あいつだって急に色々変わって大変なんだから、待たないと。
 毎回悪いな、いわれないと気付かないんだから情けないよ」

「いえ、あなたのそういう言えば分ってくれる所は素敵だと思いますよ」

それは言葉をきちんと受け止め、理解してくれた証だから。
そう微笑む妻の姿に数瞬呆けた信彦も軽く笑って頬をかいた。

「…………参ったね、君には一生勝てそうにないよ」

「妻はそういうものですので、ねー?」

「あいー!」

赤ん坊の無邪気で元気な声に中村夫婦は笑みを深めるのだった。





「………あそこに入る勇気は無いなぁ……」

幸せそうな親子三人の光景を前に彼はそっと踵を返す。
何を話しているのかまでは意図的に聞かなかったが、入りづらい。
疎外感を覚えたなら可愛い感傷といえるのだが彼のは微妙に違う。
場違いとでもいえばいいのか。綺麗な芸術を汚す黒い絵具。
完成された絵に入れた素人の筆のようにさえ思ってしまう。
彼らが全員自分を受け入れているのは真実分かってはいる。
それに感謝と嬉しさがあるがどうしても自分がそこにはまらない。

「全部こっちの心構えの話だからな、申し訳なさ過ぎる」

それが様々な要因の遠慮や価値観の違いゆえの自らの異物感が原因。
気にしなければいいとは思うのだが性格的に無視できないのが彼だ。
“問題なのは自分”という自覚があるだけに余計に申し訳なくなってくる。
今日の“お出かけ”とて凜子が強引に連れ出した用事のないものだが、
目的はおそらく家族の交流とシンイチへの気遣いだと察している。
だから先週とは別のまだ8年前の面影を強く残すこの街を選んだのだろう。
当然の話だが異世界交流からまだ8年。地域によって変化の差はまちまち。
今日中村家が訪れた街はかつての在り方に近い雰囲気を持っていた。
それでも変化は少なからずあるのだがそれは仕方がない話だろう。

「さて………」

これからどこでどれほど時間を潰すか。
本屋で雑誌の一冊でも立ち読みするか。
デパート内の地図を案内図から頭に叩き込んでおくか。
商品の値段を見て物価の違いというものを認識しておくか。
避難経路を調べておくか。怪しい人間がいないか散策でもしておくか。

「………うん?」

思いついた暇つぶしの内容に自分で渋い顔をするシンイチだ。
いくつか、いやだいぶ内容がおかしい。少なくも日本人の15歳としては。
武器の品揃えはどうかと考えなかった事だけは褒めたいと自画自賛する。

「俺、本当にこっちでやっていけるのかな?」

溜め息を吐きながら目に入ったのはデパート内に出店してるレストラン。
他の店舗との仕切りはあるが高くないため覗こうと思えば内側の客の顔は見える。
普通ならエチケットとして覗くべきではないので視線をずらすものだが、
偶然というべきか運悪くというべきかそこでシンイチは動きが止まってしまう。

「……暇を出すから二度と戻ってくるな、俺の対人運っ!」

人目が無ければその場で蹲りたくなるほど頭が痛かった。
シンイチは視線の先にいる人物に対して、特別思うところはなかった。
再会したいともしたくないとも思っていなかったのにこれである。
そして運が悪いのはあちらも同じなのか視線を離せなくなっていた。
これで相手が気付かなければ立ち去る選択肢もあったのだが、
その“少女”の狼狽えた様子がシンイチからそれを奪っていた。

「……そうか、それを食べたかったからそわそわしてたんだな」

「はうっ!!」

にっこり笑顔でベレー帽を被ったガレスト人の少女をからかう。
彼女のテーブルには巨大なパフェが威風堂々と鎮座していたのだった。



にやにやと笑っている少年を前にして少女は緊張していた。
彼女からすればひったくりから荷物を取り返してくれたうえに
強引であったが時間を気にした自分に色々と気遣ってくれた相手である。
よりにもよってその相手に用事の中身を知られ、恥ずかしさで顔が赤い。

「続き、食べないの?」

「はい、いえ、その………すみません」

既に半分ほど食べ終えているパフェを指差されるがそんな気分ではない。

「ははっ、そこまで気にしなくとも。
 有名パティシエの週替わりスイーツ第三弾のパフェ。
 先着50名までか。それなら時間気にするよなぁ」

「あううぅっ」

同じテーブルについてメニュー表に書かれた文字を読んでさらに笑みを深める。
それに反比例するかのように少女は小さくなって、そのまま消えたくなっていく。

「ご、ごめんなさい。
 どうしても、今日しか自由時間がなくて……ごめんなさい」

そのまま本当に消えてしまうのでは、と思わせるほど縮こまる彼女。
肩を落とし、申し訳なさから声も表情もかなり暗くなっていく。

「……い、いや、そこまで気にしなくても。
 誰だって面倒な手続きより美味しい物の方が好きだろう?」

その姿は視線が合って狼狽えた様子にスイッチが入った彼ですら、
思わずフォローに入ってしまうほどのひどい落ち込み具合であった。

「うっ、そ、そこが嫌だったんです。
 当然の義務より食い気をとられたと思われ、思ってますよね。アハハ……」

それも出来ることをきちんとやって対応した相手に。
突発的な事態に動ける人間を尊敬する少女にとってそれは辱めも同義。
乾いた笑い声で自嘲する少女にやり過ぎたかと少し反省するシンイチだ。

「君は真面目なんだねぇ………実にからかいがいがある」

「そ、それしか取り柄がないもので……」

少しだけ、だが。
後半は完全に小声だったので相手には聞こえていなかった。
“聞こえないように呟いた”というのが正解なのだが。

「とにかく残りも食べた方がいいよ。残すのはもったいないし。
 君の口ぶりだと次にいつ来れるかは分からないんだろ?
 どのみちその時にはもうこれはないんだからさ」

「は、はい。ありがとうございます。
 学校が寮生活なのであんまり滅多に遠出したりできなくて……」

シンイチがすすめるまま再びスプーン片手に食べ進める少女。
見た目からして同年代だと思っていたがやはりと頷いた。

「そっか…………ふふ、おいしい?」

「はい! ひとつのグラスにこれだけの種類が違う甘さを集められるだなんて!
 地球人たちの食文化へのこだわりはさすがです! 感激です!」

一口食すごとに暗くなっていた少女の顔が明るくなっていく。
そして感想を求めれば興奮気味にそうまくしたてるのだからよっぽどだ。

「どこの世界でも女の子には甘い物か。変わらないものだな」

脳裏に浮かぶのは甘味に目が無かったどこかのメイドたち。
偶然材料が揃って素人知識で作った疑似な出来栄えのアイスでも
彼女達の食いつきは半端ではなく世界が違っても変わらないものを見た。
だが、シンイチの呟きに目の前の少女の顔は再び曇っていく。
地雷の多い子だ。と自分を棚上げして面白がる彼の顔はあくどい。

「……そうだったら良かったんですけど」

「なるほど、周りにはいないのか。だから今ボッチなのかお前」

考えてみれば女の子が一人でパフェ目的で見知らぬ街に向かう。
限りあるという自由時間を消費してまで、というのは少し違和感があった。

「ボ、ボッチ? 日本語は登録されてないワードが多すぎます。
 ええと言葉の意味はわかりませんが私の周りは食文化に否定的な子が多くて」

「まあ食べ物は生まれ育ちがあるからな。余所のは受け入れ辛いだろ?」

旅の経験から地域ごとの食文化の違いと齟齬は争いの原因にもなると知っている。
ある地域では食べられている物が別の地域では食べ物とすら思われてない。
なんていうのはよくある話。そしてこれは世界そのものが違うのだから
当然といえば当然の現象であり、あって当たり前の感覚だろう。
そう彼は一般論として考えたのだがどうも少女のケースは違うらしい。

「ハハ、それなら良かったんですけどね。
 あの子らのは単にガレストを誇りに思い過ぎてるだけだと思います。
 でも私、立場的にみんなのリーダーみたいなものなので勝手はできないし、
 けどそれが窮屈で結局みんなに求められるまま振る舞ってしまって、
 これじゃどっちがしゅじ……リーダーなんだか分からなくて……」

“私、何がしたいんでしょうね?”
少女はそういって力無く笑いながら、だからたまに一人になりたい。
そして好きな物を思いっきり食べたくなってしまうのだと言った。
話には聞いていた女子グループの世知辛さにシンイチは渋面となる。
上下関係が徹底し過ぎて“いた”どこかのメイド部隊とは違う面倒さだ。
自分がトップでも好きな物すら満足に主張できないのか。
少女が全体の和を重んじる真面目な子なのも原因だろうが、
その苦労は察するに余りある。

「まじで大変なんだな。
 よし、なら俺が食べさせてやろう(・・・・・・・・・・)

「え?」

なんでもない事のようにあっさりとスプーンを奪い取って、
残っているパフェからクリームをすくって少女に突きだした。

「何、恥ずかしいことじゃない。
 日本では旅人や異国人をこうして食べさせて疲れをねぎらうものなんだ」

にっこりと人好きのする笑みを浮かべて堂々と嘘をつく男である。
しかし案の定ガレスト人の少女にそれを見抜けるわけもない。

「そ、そんな文化が!? 勉強になります。それでどうすれば?」

本当に根が真面目なのだろう。
真剣に受け取った少女は真剣に問い返している。

「俺があーんといってこれを差し出すから、
 君もあーんといって口を開けて食べればいい。簡単だろ?」

「はい!」

元気よく頷いた姿にうんうんと彼も頷き、あーんとスプーンを差し出す。
それを受けて少女もまたあーんと口を開けるがその様子は真剣そのもの。

「あーん」

本当にこの国伝統の文化であると思い込み、体験し学ぼうとしていた。
ここには残念ながらその間違いを指摘できる人物はいない。
一緒に騙される可能性もあるがストッパーのキツネもいない。
とにかく彼の目論見を止められる者はここにはいなかった。
哀れ少女はこのあと真相を明かされ辱められるのだ。

「…………なにしてんだ、信一?」

「へ?」

運良く店員(おさななじみ)が止めに入ってことなきを得たが。
さすがにその登場が予想外で固まったシンイチを余所に少女が事情を説明。
彼は再会したばかりの幼馴染から侮蔑の入った視線で見られることになった。
そして大吾は幼馴染の行動を申し訳なさそうに正確に説明することに。

「え、あーんって日本文化じゃない?
 カップル同士の甘え方の一つ? 世間的には恥ずかしい行為?
 え、え、あ、じゃ、今のって、いまのって!?」

「あはは、ごめんねぇ」

「少しは申し訳なくしろ!」

店内であるためその頭を叩けないが肩を肘で小突く。
だがシンイチはあっけらかんとした顔で謝罪したものの顔は笑っている。
ようやくからかわれたのだと理解した少女の顔は真っ赤に染まったまま。
ただそのトドメを刺したのは結果論だが大吾の説明である。
そこらへんの自覚がない事も彼が笑っている理由の一つだ。

「はぁ、どういう知り合いかは知らないけど、
 こいつの人畜無害そうな顔に騙されちゃダメだからな。
 昔からイタズラを思いつく発想力はひどかったんだこいつ」

もっとも。昔は思いつくだけで実行はしない良識さがあった。
ただ“〇〇したら面白くない?”と彼が言うたびに戦々恐々とした大吾だ。
乗っかって実行に移す武史が一番問題ではあったが、今は関係のない話。

「わ、わかりました。肝に銘じます」

「ひどい言われよう。今はともかく昔はいい子だったぞ俺は。
 ……ってか大吾のバイト先ってここだったのか。
 悪い、ドリンクバーだけで居座ってた」

グラスから伸びるストローでジュースを吸い上げながら謝る。
このテーブルについた時に飲み物だけを頼んでいたのだ。
分かっていたならもっと金を落としていたと。

「なら……いえ、何か追加注文ございますかお客様?」

思わず素で喋っていたが今は仕事中。
きちんと声をかえての営業スマイルで尋ねた。が。

「………………笑うぐらいならなんか頼めよ、こら!」

「ひっ、ふははっ、だってあの大吾が!
 変な声出してスマイルゼロ円とか!」

幼馴染の少年は店内ということもあって声は抑えていたが、
テーブルに突っ伏すようにして腹を抱えて笑っていた。
思わず一応接客中だということも忘れて、渋面となっていく大吾。

「ふふっ、悪い、悪い。
 ちょっと想定してなかっただけだ。他意はない。
 お詫びになんかたの───みたかったが時間切れか」

さすがに失礼だと思ってか謝罪し注文しようとするが首を振った。
遠方を眺めるようにして席を立つシンイチに訝しげな視線が集まる。

「家族と一緒に来てたんだ。さすがに探しに来てしまったか」

小さく指差せば赤ん坊を抱えた夫婦の姿が目に入って、大吾は固まった。

「あれはおじさん、か?
 え、おい信一、隣りにいるのが新しい奥さんか!?
 マジで若くて美人じゃないか……いったいどんな手段であんな人を!?」

「まったくだよ。
 ご馳走さま、今日は細かいこと気にせず楽しめばいいよ。
 他にも色々とうまそうな食い物を売ってる店はたくさんあるみたいだし」

最初だけ幼馴染に賛同すると座ったままの少女に告げる。
パフェはまだ残っているが顔を見ればまだまだ余裕がありそうだ。
甘い物は別腹。これも世界を超える常識らしい。
この少女限定かもしれないが。

「お客様、当店内で他の店舗の宣伝をしないでください」

「おっと、悪い。じゃあこれでマンゴープリンを彼女に」

「へ……か、かしこまりました」

税込価格ピッタリの小銭を渡されて戸惑いながら承った大吾を余所に
どういうことだと見上げる少女の視線にたいしたことじゃないと笑う。

「そんな、いいですよ私は」

「いいんだよ。時間潰しに付き合ってもらったし、
 少しは小遣いを消費しないとうちの保護者は怖いんだ。
 俺を助けると思って、食べてくれ」

以前“お小遣い足りてる?”といわれた時“前にもらったのが全部残ってます”と
返したらなぜかひどく不機嫌そうな顔でまっすぐに睨まれて恐ろしかった。
別段怒っているわけではないが“好きに使っていいって言ったよね”と
視線の圧力がひどかった。無駄遣いしなくて非難されるという珍しい話だ。

「あ、は、はい……では、いただきます」

そんな理由は語れないが少女としても食べたかったので受け入れた。

「またな、大吾。携帯買ったらまた連絡する」

「ああ……ありがとうございました!」

退店していく背にそう告げて家族の下に戻った幼馴染を見送る。
そしてただの店員に戻った大吾は、瞬間重大な事実に気付いてしまう。

「あれ、あいつドリンクバーの料金払ってない?」

「い、いえっこれは私のおごりです!
 お礼がしたかったのですがそれだけでいいと仰られてしまって。
 って、あれ? これじゃもしかして私の方が得を? あれ?」

無銭飲食の疑いがかかったので少女は慌てて否定した。
同じテーブルに着いた時、二人の間にはそういうやり取りがあったのだ。
結局これで値段的には若干少女の方が得をした格好になっていた。
“やってしまった”と本人はがっくりと肩を落としていたが。

「ま、また食い気に負けてしまいました…………」

「そういう……ことでしたか」

触れない方がいいのだろうと頷きながら言葉使いを戻す。
知り合いがいたとはいえ少しフレンドリーにし過ぎた。
だが最後にと大吾は素朴な疑問を丁寧ながら尋ねていた。

「あの、失礼ですが、お礼というと彼は何をしたのでしょうか?」

昔からお人好しの気があったシンイチのことだ。
だが相手はガレスト人である。助けられるといえば何があったのか。
大吾は道案内をしたか落し物を拾ったかなど平和なものをイメージした。
しかし、嬉しそうに少女が告げたのはその正反対の内容であった。

「はい、ひったくりをボコボコにして荷物を取り返してくれました!」

「………………………は!?」

それはいったい誰の話だ。
想定外過ぎる答えに、彼は本気で度肝を抜かれてしまったという。

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