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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-10 魔族の本音と仮面の使命

ファランディアでの話はこれにて一時終わります。
──魔王城


ヒューマンと魔族。
それぞれの境界線を示すかのような位置にそびえたつその城。その内部。
そこでは当然のように多くの魔族が働き、その王族たちが住んでいる。
ある意味最前線ともいえるようなその位置に王族がいるのは
ひとえにただ彼らが魔族だからとしかいいようがない。

その城の一角。
暗い廊下を歩く金髪の少年は古めかしい本を難しい顔で読み進めていた。
ゲーナン・レーベン。現・魔王の第二子にして第一王子である彼は
書物庫から目的のそれをいくつか手にして自室に戻る途中ながら
我慢できずに一冊目を開いて、丁寧に読んでいた。

もはや当たり前の光景なのか。
時折すれ違う城内の兵士や小間使い達は気にもしない。
しかし何故か大半の者は意図的に避けようとせずに歩く。
当然そのままならばぶつかることになるが王子は巧みにそれらを避ける。

読書に集中したままで、である。

中にはわざとぶつかろうという者までいたが誰も王子に触れられない。
その様子に兵士も使用人たちも満足そうに頷いて去っていき彼も気にしない。
ヒトが見れば不敬極まりない行為も彼ら魔族にとっては当たり前の日常だ。

「……………燃えてるねぇ」

されどそうして歩きながらも彼はひとえに思う。熱気がすごい、と。
城の内外の警備は普段の何倍も厳重となり行きかう同胞の数も増えた。
その誰もの顔にあるのは笑みだ。待ち遠しい。ウキウキしてると言ってもいい。

彼らは喜んでいる。何故か。
自分たちの絶対的な王に自らの力を捧げられる。
そういう所もないわけではないだろうがそれ以外の理由についても
“あまり魔族らしくない”といわれることの多い彼でもわかる。
彼らは待っているのだ。あの襲撃者がもう一度現れるのを。
自分達の警戒網を越えて彼らの王に一撃を与えて傷をつけた猛者を。

「……ふふ、その筆頭が来た」

前方から近づく気配に薄く微笑んで本を閉じると視線を向ける。
見れば暗い廊下でも目立つ真っ赤な髪を感情のまま背で揺らしながら、
不機嫌そうな顔で側頭部から天に伸びる角を誰かに突き刺さん勢いで歩く女性。
レーベンの姉。ギオルの第一子にして第一王女。ゲーナン・ユミルそのヒト。

「今日もダメだったみたいだね、姉上」

来た方角と隠そうともしない態度から確信を持って聞けば、
彼女はそれでようやく自らの弟の存在に気付いたらしい。

「レーベン、あなたですか。
 父上ときたら私が個人で探すといってもダメだの一点張りです。
 あの狼藉者は我ら魔王家に泥を塗ったのですよ。そして『魔王の瞳』まで盗まれた。
 すぐさま探しだして叩き潰さねばならないというのに!」

苛立ったように自らの掌に拳を叩き込む姉の姿に微苦笑を浮かべる。
あの日からユミルは魔王へ何度も直訴をしていた。自分に追わせてほしいと。
だがギオルは魔王として、追うより防備を固める方が優先だと突っぱねた。
それ以来ほぼ毎日のようにこの父娘は似たようなことで言い合っている。
ただ弟たる彼が苦笑いしたのは王女としての立場や危険だからなどという
ヒトの常識とは異なる感情であり姉が不満に思っていることを
正確に認識しているからこそ出た苦笑いだった。

「…………で、本音は?」

「父上を傷つけた腕前とあの速さ! ()も戦いたいに決まってるではないか!!」

途端に不満顔を満面の笑みに変えて、輝くような表情を見せた魔姫。
誇り高いその顔が一転して、菓子を前にした幼子のような無邪気さだ。
自称や喋り方が王女のそれから素に戻っているのもそれが本気な証拠。
ここまで楽しそうな顔をする姉の姿を見たのは久しぶりな弟である。
そしてこれが城中が嬉しそうに襲撃者を待っている理由。彼らは戦いたいのだ。
自分達の頂点に立つ王に奇襲を成功させて傷までつけた相手を。
秘宝を奪われたことはわりとどうでもいいといわんばかり。

「だよねぇ、ホント姉上って魔族の見本みたいな魔族だよね」

「何を他人事のように。あいつに抜かれた瞬間。
 一瞬だけ笑ってたのを見逃す妾ではないぞ?」

「はは、確かに。あんなの見せられちゃうと血が騒ぐよ」

それは魔族としては闘争本能が弱いとされる王子も同じ。
あの場では王族としての立場を優先させた姉弟だったが、
本音をいえばそんなものはどうでもよく、追いかけて戦いたかった。
最終的になんだかんだと理由をつけて追っかけたのもそういう理由(ワケ)だ。
結局は戦うどころかその姿を見つけることさえできなかったのだが。

「それで父上は相変わらずここで待ち構えた方が確実だからって理由?」

防備に人員を使っており他に人員を割けれないというのが当初反対していた理由。
秘宝を盗まれたが歴史だけで価値のない宝玉(・・・・・・・)だけだったからと消極的だ。
だがそれに対して個人的捜索を訴えだしたユミルに魔王は魔族らしい笑みと共に、
そっちの方が確実に奴と戦えるだろうと主張してきたのである。
強者との戦いを望む実に魔族らしい理由だった。

「ああ、いわんとしてる事は分からんわけではないのだがな。
 だがそれでは結局早い者順になってしまうではないか!」

しかし。
自分は誰よりも早くにマスカレイドと戦ってみたいのだ。と。
闘志が漲った顔で拳を振りあげて叫ぶ姿は本当に魔族のお手本だ。
おそらくその脳内では先に幾人かと戦ったあとの疲弊した状態では
戦う気も起きないからつまらない。とでも考えているに違いない。
だからこそ弟は苦笑するしかないのだが。

「ははは……けど、いつも姉上に甘い父上がここまで拒否するなんてね」

何かがおかしいとレーベンは考える。
たいていのワガママなら笑って許してしまう父らしくない。
無論、なんでも許してきたわけではないが今回のそれは許容範囲のはず。
受け入れられないまったく別の理由があるのかと邪推してしまう。

「レーベン、何かいいアイディアないかのう。
 ほら、考えるのはお主の役目。動くのは妾の役目! であろう?」

「…………それで叱られるの毎回僕なんだけどな」

なんで姉を止めないのか。とか。
なんで余計な知恵を与えたのだ。とか。
得意分野が偏っているがゆえの昔からの役割分担はしかし。
弟にとってあまりに旨みがないのである。だが力で勝る姉には逆らえない。
魔族の価値観というよりは弟の宿命といった方が正しい気がするが。

「………けどもし僕の推測通りなら今回は何いってもダメかも」

過去の切ない思い出を振り払って、レーベンは方法はないという。
仮定の条件付きなので彼の表情にはいつも以上に自信が無い。

「父上がダメだという理由が他にある、ということか?」

「うーん、状況証拠だけの推測だから確信はないけど、
 ほら、元々父上ってヒューマンと戦う気なかったじゃない。むしろ興味ゼロだった」

「そんなの当たり前であろう。なんであんな弱い連中(・・・・・・・)の相手をせねばならん。
 降りかかる火の粉は払うが弱者をこちらから襲うなど魔族の面汚しじゃ」

彼女からすれば腕で払っただけで軽く吹き飛ぶ矮小な生物。
戦う。滅ぼす。支配する、など。なにを世迷言を。そんな価値(つよさ)もないくせに。
それが彼女の本音であり噂に聞く一部の実力者だけがユミルの関心事だ。

「………うん、それが魔族の一般的な回答なのは知ってるよ。
 でもいくらこっちがどれだけ力を見せても百年もしないうちに
 同じことを繰り返して攻め込んでくるでしょヒューマンって。
 たいして強くなったわけでもないのに」

だから敵対の意志を示すヒューマンに対して魔族はその力を示すことで
彼らからしてみれば無意味でやる気も出ない戦闘を回避しようとした。
だが、数十年は効果があっても百年足らずで彼らはまた攻めてくる。
歯ごたえが上がっているのなら面白いと思えるがその変化はない。

「うむ、寿命が短いとはいえあそこまで記憶力がないとは。
 その挑戦スピリットは認めるがもう少し考えて動けと妾も思う」

「姉上にいわれたらお終いのような………まあ、とにかくさ。
 そのせいで実は魔族内でもいいかげん面倒だから一掃してしまわないか。
 っていう過激な意見が会議でも出てたんだよ。シュトルを筆頭にしてね。
 結果未遂になったけどあの宣戦布告はそれらの意見の折り合いと
 最終的なヒューマンへの警告でもあったんだよ」

会議にろくに出ていなかったユミルはその辺りの事情をよく知らなかった。
言外に参加していればこの辺りの説明はいらなかったのにという言葉は
姉の耳には─予想通りだが─まったく届いていなかったが。

「だがシュトルはもう死んだぞ(・・・・・・)
 今回の失態の責任をとって処刑されたのであろう?」

いくら魔族が強者との戦いを好むといってもそれはそれである。
種族として好むモノと立場上のミスと責任問題は別の話だ。
暗殺者の侵入者を許した責任は誰かが取らなければならない。
当然それは警備の責任者であったシュトルに他ならず、
一歩間違えば王の暗殺を許していた状況なだけに重大な事案だ。
彼ひとりの首と“家”の取り潰しで済んだのは僥倖なほど。

「うん、だからあれってさ。
 父上とマスカレイドが一芝居うったんじゃないかなって」

すべてが終わったあとで振り返ると予定調和のような展開に
魔族の第一王子は父である魔王の思惑をそう読んだ。

「…………どういうことじゃ?」

「ああ、つまりね」

伝わりきっていなかった姉に微妙な肩透かしをくらいながらも。
レーベンはそんな彼女でもわかるように丁寧に、順番に説明した。

魔王はヒューマン領への侵攻に全く気乗りしていなかった。
けれどいわゆるヒューマン一掃派は増えだしており暴走する危険性もあった。
そこに何らかの理由で『魔王の瞳』が欲しかったマスカレイドが接触したのなら。
取り引きによりあの暗殺未遂事件を演出したのではないかという推測が成り立つ。

「父上が襲われれば、警備責任者だったシュトルは終わりだ。
 トップを失った一掃派は勝手に瓦解するし城は自然に警備を厳重にできる。
 これで攻め込もうなんて考えてたヒューマンの同盟軍は機を逃してしまう。
 彼らだって待ち構えているような所に攻めてくるほど馬鹿じゃない。
 攻められずにいれば自然と同盟を維持できず消滅、衝突は避けられる。
 大雑把だけどこういうこと考えてたんじゃないかなって」

かなり賭けの要素も含んだ計画ではあるが現実はもうそれに近い。
ならばこれは魔王とマスカレイドの思惑通りのことではないのか。
あくまで自分の推測通りならという前置きあっての推論であったが。

「だが奴はヒューマンの暗殺者なのじゃろう。
 今回偶然うまくいかずにこうなっただけではないのか?」

そのためなのかユミルからすればどうにも深く考えすぎにも思えた。
誰かに依頼されたのか個人的な思惑かはわからないが、
魔王の暗殺を企てここまで侵入して手傷を与えたが失敗して逃げた。
そっちの方がわかりやすいと彼女はいう。

「本当にマスカレイドがただの暗殺者で、
 あのタイミングで襲ったんじゃなければ僕もそう思ったよ」

「ん、あいつは仮面の暗殺者(マスカレイド)じゃろ?
 なのに暗殺者ではないというのか?」

「うん。じつはそうらしいんだ。
 僕も気になって色々調べたんだよマスカレイドの事。
 あいつ暗殺者って呼ばれてるわりに一度しか暗殺をしたことがないんだ。
 とくに今代の奴に限っていえば殺人に一切手を出していない可能性が高い」

「は?」

名は体を表すというほどその者を示すものである。
にも関わらず暗殺者は暗殺を、ひいては殺人もしたことがないという。
それはあまりにも矛盾した話であってユミルは理解が進まない。
詳しく説明するといって姉を自室へと招いたレーベンは
雑多に置かれている資料から目的のものを取り出す。

「うちとお隣のダモレス周辺までにはその勇名は届いてないけど、
 マスカレイドってヒューマン領ではけっこう知られている英雄なんだ。
 子供向けの絵物語にもなってるぐらいにね」

そういって差し出されたのは正しく幼子が読むようなもので、
仮面を被った正体不明の黒衣が悪人や怪物を倒す内容になっている。
わかりやすい形の童話であり、また悪をくじき弱きを助ける英雄譚。
奇妙なのはその対象の名が『暗殺者』であること。

「記録上暗殺をしたのはその存在を世間に曝した600年ぐらい前のこと。
 当時のある大国を支配し戦争ばかりする暴君を戦勝パレードのさいに、
 大勢の民衆の前で殺したのがマスカレイド伝説の始まり」

以後マスカレイドは歴史の表舞台に時折姿を現しながら、
世界的な影響を及ぼしかねない事件や戦乱に関わってきたという。
どこの勢力にもつかずに大きな災いの種を影日向で消すために。
次第にその活動は民衆の間で英雄視されていったのである。
暗殺者と呼ばれ続けているのは最初の活動とその格好。
何より本人が自らをそう名乗っていることが大きい。
実際にその間に暗殺をしたかどうかについては諸説あるものの、
明確にマスカレイドが行ったモノといえる暗殺事件はない。

「…………ん、ではあいつは魔族並の寿命持ちということか!? やったぞ!!」

ここまで説明して気にするのはそこなのか。そしてそこを喜ぶのか。
いいたいことは山ほどあったがレーベンはともかく首を振った。

「そんなわけないでしょう。
 僕さっき“今代は”っていったよね!?」

おそらくもう忘れたんだろうと思いながらも律儀に指摘する。
そうしなければこの姉は決して覚えないと知っているからだ。

「正確な種族は分からないけど代替わりしてるんだよ。
 マスカレイドの活動は代ごとにやり方が変わるケースが多い。
 だからいつ頃に次の奴になったかは調べればわかるんだ」

「そうなのか?
 なら、今の奴はどれほど前からやっておるのだ?」

「推測になるけど今代はだいたい2年ぐらい前からだと思う。
 その時期にある地域でリーモア教会と邪神教団っていう対立してる宗教組織、
 っていっても後者はテロリストみたいなものだけど、それらの支部を
 片っ端から乱暴に叩き潰している存在が確認されている。多分こいつだ」

それを行った者がマスカレイドである証拠は少ないが、
以後の“らしい”活動の出発点がそれが納まった後の同じ地域からだったこと。
今代の活動が宗教組織に対してかなり否定的と推察されることなどから、
レーベンは代替わりの前後にそれ関連で何かがあり暴走したと考えている。

「ほう、あやつそんな暴れん坊だったか」

「嬉しそうにいわないで。あとそれむしろ逆だから」

姉の考えなどお見通しなので釘を刺す。
暴走後に限っていえば争いごとの仲裁に動いていることが多かったのだ。
そして少なくとも表に出た話で敵を殺したことは確認されてない。
むしろ積極的に殺人だけは避けている節さえある。
これはマスカレイドの歴史でも珍しいタイプだった。

「それに争い事も嫌いなのか。
 戦争、内乱、革命、それらの陰日向で動いて早期終結させてもいる。
 といっても教会側に味方した例はないから恨みでもあるんだろうな」

しかしながらマスカレイド全体の歴史においても、
教会に対しては非協力的な態度であり邪神教団とは完全な敵対関係。
今代はそれが顕著になっただけ、ともいえるのだが。

「この辺りで知られてないのは魔族との争いには関わってないから。
 どうもマスカレイドは僕たちに対しては放任主義みたい」

逆にヒューマンの攻め込もうという動きをできる限り減らしてさえいる。
今回もその一例と考えることができるとレーベンは考えていた。

「まあともかく2年前に代替わりしたのは間違いないと思うよ」

「おおっ、よくわからんがそんな細かいことまでわかってしまうのか!
 さすがだな我が弟よ! 妾は姉として鼻が高いぞ!」

大雑把な彼女は細かいことが出来る、気付ける相手をすごいと思う傾向がある。
それが血の繋がった弟ともなれば喜びも大きく勢いで褒めてしまうほどだ。

「ま、まあね」

妙なところで感心されてしまい戸惑うものの言葉は素直に受け取る。
尤も。“よくわからん”という言葉に疲れもどっとやってきたが。

「はぁ……で、話を戻すけどマスカレイドは今代に限った話じゃなく、
 世界を混乱させかねないほどの大きな戦乱や騒動を嫌っている節がある。
 そういう使命をもって活動してるのなら父上の考えに賛同して、
 厄介なシュトル一派とヒューマンの同盟を瓦解させる芝居をした可能性はある。
 世界中の目の前で暗殺未遂事件を起こすことで魔族の過激派に責任をとらせ、
 ヒューマン側には“マスカレイドでも倒せない魔王”という印象を与える。
 賭けの部分が無いわけじゃないけど、うまくはまれば効果的な策だよ」

直前まで迫っていたヒューマンと魔族の戦争を先延ばしするという意味では。
魔王の瞳はその報酬と考えれば取り返す事に魔王が消極的なのも納得。
ついでにいえばマスカレイドを追おうとする娘を止めているのも、だ。
恐らく追跡や討伐などはさせないことも取引の一部だったのだと思われる。
だが、それは。

「つまりマスカレイドは父上が謀略を共にする相手として認められていると?」

「うん、姉上。なんでもかんでも相手の力量を測る目安にするのはどうかな?」

魔族らしいといえば、じつにらしい考え方ではあるのだが。
そしてどこか非難するような言葉を使いながらもその目の付け所には脱帽だ。
確かにそれはマスカレイドの実力を彼らの父が認めなければそうはならない。
そして取引や約束というものは立場が対等な者同士のみに通用する話。
ユミルでなくとも魔族ならば思わず興奮してしまう事実だった。

「けど確かにそうだよね………これでこの世界にいたなら僕でも探しに行きそう」

「………なんじゃと?」

「あ」

だからだろうか。正直な願望が口からこぼれてしまった。
反射的に口を塞ぐが一度出た言葉を引っ込ませられるわけではない。
ユミルはじつに素敵な笑みを浮かべ、それを見たレーベンは冷や汗を流す。

「初耳だぞレーベン。
 お主、マスカレイドがどこに消えたか知っていたな。白状するがいい」

「だ、ダメだって! 父上にだってまだ報告してないし、
 位置や行き方が正確にわかってるわけじゃないんだ!」

「ほう、つまり“だいたいはわかってる”ということか?」

姉のしたり顔での指摘にレーベンはただただ頭を抱えるしかない。

「なんでそういう所だけ勘が鋭いんだよ姉上は!?」

普段はそんなことに気付きもしない鈍感なくせに。
と、言外に叫ぶが案の定彼女はその真意には気付かない。

「妾が笑っているうちに、教えた方が身のためじゃぞレーベン」

そのくせ笑顔で脅迫してくるのだからもう弟は白旗をあげるしかない。
幼少期より刷り込まれた上下関係は成長しても変えられないのであった。



あの日。
マスカレイドを城内で捜索していた彼らは最終的に宝物庫に辿り着いた。
だがそこまで。既に仮面の姿は無く、魔王の瞳だけを盗んで忽然と消えていた。
内部でヒューマンの作った転移魔法の痕跡があったためにそれで逃げたと
判断されて追跡が試みられたが、転移痕跡は5つありそのどれもが遠地。
それをレーベンは本命を隠すための誘導や囮として残された痕跡と見た。
何せ追跡者の事をまるで考えていない痕跡は逆に不自然だったのだ。

「だから僕はなんとかその本命の痕跡を見つけられないか調べた。
 中々見つからないそれに僕は新しい術式を作ることを思いついたんだ。
 痕跡を消した痕跡を見つけ出すっていう新しい方法で式としての基礎は──」

「──前置きと術式講座は良い。結論を言え、奴はどこに向かったのじゃ」

弟が知恵を絞って苦労して手にした情報を話も聞かずに奪おうとする姉。
その態度に思うところがないわけではないが言っても無駄なのは経験上解っている。
溜め息ひとつ吐いて、レーベンは仕方なく結論をまず語った。

「異世界だよ。それも多分、噂の勇者さんが元々いた世界だと思う」

「………マスカレイドがなぜそんなところに?」

「理由まではさすがに。
 でも丁寧に消された痕跡を追ったからそれは間違いないと思う。
 噂だと勇者たちもどうしてか故郷に戻ってしまったっていう話もある」

「なんと、もうおらんのか勇者!?」

戦うの楽しみだったのにと悲しげに顔を伏せる。
噂に聞く活躍と戦績にマスカレイドが現れるまでは興味順位は一位だった。
その悲しみで諸々の興味がなくなってくれないかと期待する弟だが、
彼の姉はそこから見事に─そして面倒なことに─斜め方向に復活する。

「………ん?
 ということはもしやその世界には勇者もマスカレイドもおるのか?」

「え?」

「…………行く方法、あるのじゃろレーベン」

さも楽しそうに、そして絶対の自信をもって聞くユミル。
その視線は弟が書物庫から持ってきていた古い本たちに向けられている。
思わずそれを背で隠すようにしながらレーベンは最後の抵抗を本気で試みた。

「姉上、ほんとダメだって、こればっかりは!
 座標点情報はまだまだ曖昧だし、次元転移術の資料が足りないんだ。
 安全な転移はどうやっても保証できないし、行けても一人。
 それもたぶん片道だけになっちゃうよ!」

彼は本当に丁寧にマスカレイドの痕跡を追ったが、それも途中まで。
そこから先はより丁寧にかき消されて彼の術でも追い切れなかった。
ある程度の方角は絞れたものの転移先の情報としては足りない。
またどうしてか“あったはず”の異世界や次元空間に関する資料が減っていた。
力技で無理をすれば転移は可能かもしれないが本当に片道切符である。

「だがそれは“今は”の話じゃろ」

意味ありげな姉の笑みに嫌な予感が止まらない弟だ。
こんな風に笑っている姉の頼みを断れた試しがない。
そしてそのあと自分が無事だった試しがない。お仕置き的な意味で。

「何せお主は魔族一の魔法博士じゃ。
 百年もあれば往復するぐらいなんとかなるじゃろ」

「いくらなんでも希望的観測すぎるよ!」

姉がそういうヒトだと知っていてもそう叫びたくなる。
とはいえ王子が魔族らしくないといわれるのは闘争本能の弱さ以外にも
強い知識欲を持って、ヒューマンの魔法に興味を持ったためである。
他の者からすれば魔力を炎や雷に変えるのは面倒であり意味がわからない。
それよりも魔力をそのままぶつけた方が彼らにとっては威力があるのだ。
無論レーベンとてそれは分かっており、ただ魔力の変化が面白いだけ。
そこを研究していたら博士と呼ばれるようになっていただけの話。
だが、それは。

「それに僕だけだからね!
 魔法の研究やってる魔族なんて! そりゃ僕が一番だよ!」

彼しかしていないから。だから好きな事ではあるが彼には自信がない。
比べる対象がいないために自分がどれほどできるか確信が持てない。

「だが実際ひとりでここまでマスカレイドの動向を掴んだではないか。
 お前なら出来ると姉である妾は信じているぞ…………だから、な?」

どこまで理解していっているのか。
無邪気にお前ならできるという姉にくらくらと眩暈がする。

「ああもうっ! ああいえばこういうんだから姉上は!!」

それが姉に頼られた嬉しさからだなんて絶対にいってはやらない。
元々行く方法を模索するだけしてみようとは考えていたのだ。
向かわせる対象がユミルであるなら条件はいくらか緩和できる。

「いっておくけど、いま考えてる方法だと
 姉上の魔力を6割以上使ってしまうことになるよ?」

彼女が保有している魔力量は同胞から見てもデタラメである。
それを自由に使えるのなら最も厄介な条件はクリアされたも同然。
ユミルは案の定気にした風もなければ考えた様子もなく頷いた。

「はぁ…………わかったよ。“すぐに”用意を始めるよ。
 父上にバレないように準備整えておくから姉上も口滑らせないでよ」

「ああ、任せたぞレーベン! うふふ、じつに楽しみじゃ。
 マスカレイドと勇者。どっちからにしようか……」

もう行けた気でそんなことを言い出す姉に頭が痛い弟だ。
最大の問題点だった足りない魔力を解決できた以上、あとは細かい調整。
そして姉の頑丈さを知る身としては失敗しても自力で戻ってきそうと思える。
いや、自力で次元の狭間を泳いで目的地にたどり着く姿が思い浮かんでしまう。

「………うわぁ、あり得そう……」

どちらにしろ一度乗り気になった姉を止める手段はレーベンにはない。
そして彼にとっても研究の成果を安全に確かめられるチャンスでもある。
なんだかんだいってもユミルの持つ魔族としても破格な能力への信頼は厚い。
帰り道の構築もまだ仮説段階だがいくつか考えてもある。
百年も研究と準備期間があるのなら決して難しい話ではない。
だから問題なのは。

「…………今回は仕置き部屋行き程度の罰で終わるかな?」

それが発覚したあと自分がどんな罰を受けてしまうかであった。
重たい溜息を吐く弟を尻目に姉は強者と戦える妄想に顔を輝かせている。

「うむ、どんな戦衣装で赴けばよいかのぉ?
 華美過ぎるのは嫌いじゃし、やはり動きやすさと魔族らしさは捨てられぬ。
 ここは一番のお気に入りで攻め込むとしようぞ!」

それはまるで着飾る服を選ぶ恋する乙女のような表情であった。



──ユミルが異世界に旅立つのは彼らの感覚で“すぐ”の話。

  暦の上では一か月以上先の話であり、ある意味妙な失敗をすることになる──

たぶんこれが8月最後の更新かな?

すまぬ、じつは超久しぶりに風邪ひいて、ちと辛い……
喉が痛い、鼻水止まらん、気怠い、下痢気味。

9月になるまでに(あと数日だけど)治しておきます!
+注意+
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