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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-09 同盟の本音と乙女心?

残念な人物注意報発令。
ダモレスから見て魔族領とは反対側の隣国にある城塞を利用した同盟軍の拠点。
おそらくはあと数日もしないうちに所属国に返されることになるだろう場所。
そこに用意された国家代表者たちの部屋に戻ったリリーシャはいくつか魔法を使う。
信頼のおける部下たちが常駐していたとはいえここは外交の場でもある。
何らかの手段で覗き見する目や耳が隠されていてもおかしくはない。
徹底的に調べた後、異常なしと確認してようやく力を抜いてソファに体を預けた。

「はぁ、だいぶ疲れました………感じの悪い女を演じるのは大変です」

自ら肩を揉むような素振りを見せながらそう嘯く王女に、
長年仕えていた周囲の侍女(メイド)たちはじつに冷めた視線と言葉を送る。

「数か月前までワガママ王女といわれていた人の台詞とは思えませんね」

「だよねぇ、今更いい子ぶられても」

「姫様、周囲の評価っていきなり変わらないものですよ?」

「………そのワガママ王女の犬っていわれてたメイドたちの台詞でもないわよ」

ふふふ、と笑いあいながら笑ってない視線をぶつけあう主と従者たち。
立場ゆえの距離は取った付き合いだが彼女たちは遠慮なく言い合う仲でもある。
そうなったのはわずか5か月ほど前のことではあるが。

「うっ、姫様。その辺りのことは黒歴史なので触れないでください!」

「あら私にとっては輝かしい思い出ですが、そうとしておきましょう。
 ……それでステラ、これでなんとかなったと思う?」

そんな会話をしつつ一番傍に控えていた女性─ステラに声をかける。
長い水色の髪を首元で結った静かな面持ちの侍女長は微妙だと返した。

「……オレイル大司教さまは教会の過激派の中では一番迂闊なお方。
 此度の責任をとらされたとしても教会は痛くも痒くもないでしょう。
 あの将軍も前任者が亡くなって繰り上がっただけの者。
 そしてただ魔族討伐の栄誉が欲しかっただけの俗物。
 ダモレスにとってはいい厄介払いでしょう」

彼らの所属国や団体からすれば成功すればそれで良し。
失敗しても簡単に斬り捨てられる人材だったということである。
その始末役をやらされる羽目になった彼女からすればいい迷惑だが。

「でしょうね。話をしただけで無能と分かるヒトたちだったもの。
 むしろ隣りでニコニコしてたあの男の方が怖かったわ。
 信仰心に邪魔されない冷静さ。ああいうのが一番困るのよねぇ」

彼ら過激な魔族討伐派を根こそぎ排除したいと考える彼女達からすれば。
為政者としてはその思想そのものが平穏を乱す外敵としか思えなかった。

「……すぐにどこの誰か調べ上げさせましょう」

「お願いね。今回は計画がお粗末だったから
 結構乱暴な手段でもなんとかなったけど、次はどうなるか……」

不安げにその未来を考えて面倒だと首を振る。
正直な想いを吐露すれば、今回の同盟に完全に乗り気だった国は少ない。
主導したダモレスとリーモア教会ぐらいであって他は嫌々である。
どこの国だってわざわざ危険な道を通って藪をつつきたくはない。
魔族は触れなければ神話で語られるようなヒューマンの敵対種ではない。
信用のおける(・・・・・・)歴史書を読み解けば彼らが自発的に攻めてきた事実はないのだ。
邪神の眷属といわれているがどこまで本当か疑っている為政者も多い。
警戒しておくに越したことは無いが今すぐどうこうすべき相手といえるかでは
魔族は決して優先度の高い外敵とはいえないのが多くの国の共通認識だ。
それでも同盟を断れなかったのは教会とダモレスの影響力を考えた結果だ。

「おそらく教会としては自分たちの掛け声でどれだけの国が
 動かざるをえないのかの確認だったようにも思います」

「今回の同盟はやっぱり布石か。だったら大成功もいいところね。
 教会はそういうところがうまい。だから信用できないんだけど」

彼らのやり口に胡乱げな表情を浮かべて、気分を重くするリリーシャ。
世界中に信者を持つ宗教と魔族の侵攻を食い止めているという()のダモレス。
世界唯一の宗教組織と対魔族の英雄の国の要請に表立って異を唱えて
対立するのはあまりにどの国にとっても旨みがなかったのである。
結果かなりの国が集まることが立証されてしまったともいえる。
今回の件で不信が募っても教会が公的に協力を訴えれば従うしかない。
それが一般的には(・・・・・)ヒューマンの最大の敵とされる魔族の討伐なら余計に。
一部の例外を除けば国民のほとんどが信者である宗教の力は絶大だ。

「数百年かけた情報と印象操作の賜物です。ある意味魔族より強大。
 結果的にこちらは常に後手にまわるしかないのは正直痛いです」

数百年前の各国為政者たちが魔族の実態を把握するより早く。
リーモア教会は自分達が唯一にして最大の宗教であることを利用して、
自分達に都合のいい情報を一般に広く流布して印象や歴史的事実を操作した。
為政者側が“そこまでではない”と確信した頃にはもう手遅れ。
王が絶対のはずの国でさえその誤認を修正するのは不可能に近かった。
何せ誰であろうとも皆が右だと思う事を左だと教えるのはあまりに難しい。
そしてどの国も魔族以上に教会を敵にまわしたくなかったのだ。
遠地の異種より近くの同胞の方が脅威度は上なのだから。

「彼もよく言ってたわよね。
 宗教がいくつもあるのも争いの種だけど、
 一つしかないのもそれはそれで争いの種だって」

「敵に祭り上げられたナニカとの聖戦を強いられる、わけですね。
 自分たちの権威と正当性を保つために。今回本当にあるのも問題ですが」

魔族に関しては本当に聖地に居座られているために話がややこしい。
教会にある種の正当性を本当に与えてしまっているのである。
それでもその話は最低でもおよそ数百年以上は過去の話なために
まず“今”を見据えなくてはいけない為政者たちは辟易としている。
本音を語るなら、お前たちだけで勝手にやっていろ、という話である。
熱心な信者が民や貴族に多くいる国はそうもいってられないのが実情だが。

「どっちが世界を乱す悪魔なのかって話よね。
 これで世界中の多くの人が信仰しているのだから、
 宗教ほど厄介な敵はない、って言ってた彼の言葉は私にも重いわ」

消し去ろうにも人々の心の拠り所になり過ぎてしまっている。
制御しようにもその力は強大になり過ぎてしまっている。
説得しようにも長い歴史を重ねすぎて凝り固まってしまっている。
大国の王女といえど、それだけでどうこうできる存在ではない。

「姫様、そう思うのならばあなた様も努力なさってください。
 これがそのためにあの方が作ってくれた時間だとお分かりなのでしょう?」

無表情での呆れたような声色ながら、そこには全幅の信頼がある。
彼女がその“期待”をないがしろにすることは決して無いのだと。

「ええ、今回の件で他の同盟国には貸しを作れました。
 あとはもうお姉さま、いいえ陛下の腕の見せ所でしょう」

彼女が積極的に彼らの怒りを買ったのは故意によるもの。
アースガントは魔法により発展した大国であるためか魔法主義な面が強い。
そのためリーモア教の布教があまり進んでおらず信者は少ない。
また魔族領からは最も遠い国であるためか元よりダモレスとは仲が良くない。
今回の同盟参加はその立場ゆえに内部から同盟を破断にしてくれないかと
周辺各国から泣き付かれたために渋々という事情があったのである。
無論教会を敵に回しかねないのだから見返りは当然様々に求めている。
これが計画通りの流れなのは何も教会だけではないのだ。
とはいえ王女の最後の一言は無表情な彼女ですら渋面にさせる。

「肝心なところは陛下任せですか………怒られますよ?」

誰にとは口にしないがそれで通じたのか満面の笑みを浮かべるリリーシャだ。
その望むところだといわんばかりの顔に頭が痛い筆頭侍女のステラである。

「ふふふ、冗談よステラ。
 そうそう、あとであのフィリアスの方に周囲には気付かれぬよう手紙を。
 私が同じことをいうより説得力が断然に違うので助かりました、と」

戦力や戦略についてなら王族の自分より騎士の彼女だろう。
それも救国の、という言葉が頭につくほどの騎士なら尚更。
かの公国とはまだ付き合いはないが1年前までひどい内乱状態だったという。
それを治めたのは現在の大公とその懐刀となった彼女とその仲間たちである。
それだけではないのだろうという推測を彼女らはしているが。

「わかりました。それではご結婚の祝いの品に忍ばせておきましょう」

彼女はそこで共に戦った仲間のひとりと現在そういった仲になったという。
その活躍とロマンスは吟遊詩人たちの手によって物語として既に流布されている。
祝いの品という名の手紙を贈るには都合のいい状態であった。

「お願いね。
 ついでに縁結び役は“毒を吐く黒髪の少年ですか?”と添えておいて」

「はい、かしこまりました」

そういって恭しく頭を下げて他の侍女に指示を飛ばしたのを確認したあと。
ひとつ息を吐いて呼吸を整えてから、リリーシャはステラに問いかけた。
ある意味ここいにる者達にとっての本題を。

「…………それでやはり彼は?」

「……この数日間、方々に手を伸ばしましたが……」

どこか先程までと違う真剣さのある声に、しかしステラは力無く首を振る。
あの“茶番劇”には爆笑した彼女達であったが四日後の強制転移事件は笑えない。
目の前で強引に転移させられた勇者の姿を受けて、今日までの間に
アースガント王国の全総力をあげて捜索したが彼は見つからなかった。

「カイト殿と一緒に戻されてしまったというわけね。
 勇者様の無事は何とか感じられますから、彼も無事だと思うのですが。
 ヨーコが駆け込んでこない辺り、一緒にいるのが不幸中の幸い。
 ………という表現は少し違いますね。帰れたわけですから」

「帰れるはずのなかった故郷への帰還は本来なら喜ばしいことなのですが……」

「世界を隔てられると、ね」

彼の家族や故郷への想いを知る身としてはそれも本音だが、
あの強制回収で帰還した場合もう二度と会えない事を示している。
それのおかげで「チキュウ」の位置を彼女たちは把握したものの。
到達するのに必要な魔力量を計算して唖然としたのである。

「会いに行くためには大国一つを楽に潰せるほどの大魔力が必要なんてね。
 私が命をかけて全ての魔力を放出しても半分に届くかどうかも微妙な量。
 アースガントでもそれを用意することは事実上不可能ですもの。
 寂しいですけど、諦めるしかありませんわね」

いくら魔法大国の王女でも、そこで一番と謳われる魔法使いでも。
必要とする魔力量がデタラメ過ぎて集める気にもなれないほどだった。
だからそう口にした彼女の顔は隠す気もないほど言葉通り寂しげだ。

「………姫様……」

「またいろんなこと教えてほしかったなぁ」

「残念だよね。せっかく色々と腕をあげたのに」

「次こそリベンジってみんな張り切ってたもんねぇ」

主人である彼女の落胆と諦観に近い想いはメイドたちにもある。
件の少年との出会いはそれほどまでに彼女らの人生観を変えた。
正直な話。傍目にはあまり良い出会い方には見えないものだったが。
いや、むしろ彼女達と彼は最悪に近い出会い方をしていた。

「あなたたち、それは当然の話です。
 誉れあるアースガントの王宮守護隊(ロイヤルガード)である私達が!
 その中でも王族個人の護衛を任されたほどの私たちが!
 たった一人の男の子相手に全滅させられたのですよ!?
 しかも先に姫様と勇者様をボコボコにされた後で!
 あの方には恩義もありますが、それはそれ、これはこれです!」

それに対してだけはきちんと仕返し(リベンジ)すべきと息巻くステラ。
感情があまり表に出ない彼女としては珍しく語気が強く、背中が燃えている。
一応として彼女達をまとめる“長”という立場であるための言葉だが、
その顔は付き合いの長い同僚たちにしかわからないレベルで怯えて“も”いた。

「メイド長、気持ちは分かるけど、ねえ?」

「物理的リベンジはちょっと……」

「うん、あれは……ひどかった。
 シンくん、敵と認識すると容赦ないから」

「あれでも手加減されてたかと思うとゾッとします」

脳裏に浮かぶは初遭遇時の事件。
今振り返れば悪かったのは自分達─正確には王女と勇者─だと分かるが
あの時分の彼女たちはただ主人に暴力をふるった男を抹殺しようとした。
ある意味正しい行動ではあったのだが結果はトラウマを植え付けられる程の惨敗。
その後はある事情から協力関係となって親交を深めたが強烈な敗北は心に刻まれている。
しかし同じような目にあった彼女等の主人にとっては少し、いやかなり意味が違う。
ただただ、甘い息がこぼれ出る。

「ええ、あれはもうゾクリとします。
 ああぁ、まだ5か月程度前のことなのに懐かしいです。
 今でも思い出すだけで達して(・・・)しまいそう……はぁっ……」

「…………あ、やっちゃった?」

「ここ最近シリアスモードだったから忘れてました……」

どこか恍惚とした表情で焦がれるように何もない空間を見上げだした王女を
諦観と呆れの意志で持って眺めている侍女達の表情にはじつに深い苦笑がある。
これさえなければ本当に─表向きは─良き王女になってきているのだが、と。

「あのゴミでも見るような蔑んだ目!
 刃のように切り込みながら身に染みる容赦のないお言葉!
 腹を蹴られ、転がる私の顔を踏みつけられた時の衝撃は今でも、ああぁっ!!」

感極まって叫びだした彼女の脳裏に蘇るは出会いの出来事。
自分達の所業に怒った彼による仕置きという名の一方的な蹂躙。
無敵を誇った勇者を素手で叩き伏せて両手足を折って戦闘不能に。
自慢の魔法は彼の魔法によって一方的に押し負けるという屈辱的敗北。
そのうえで殴られ、蹴られ、踏みつけられ容赦なく罵倒された。

『────頭の中まで腐った蛆虫風情が、人間様の真似してんじゃねよ』

「きゃうんっ!
 思い出すだけでうっとりします!
 ハァハァ、んふぅん……ほんとうに、ステキでしたぁ……」

表情は夢見る乙女・恋する乙女のような頬に赤みが入ったものだが、
言っている内容はどう好意的に受け取っても危ないヒトの発言である。
あえて記そう。ただの変態だ。

「…………あの方には色々と感謝の念もありますが、
 姫様の余計なものまで開花させてしまったことだけは謝ってほしいです」

まるでこの場にいない相手を幻視して睨むステラに
部下たちは一斉にそれは違うとフォローをし始める。

「いやいやメイド長。シンくん結構悪かったと思ってたから!」

「そうそう“どうしてそうなった!?”って頭抱えて私達に愚痴ってたもん」

「だからあれからしばらく私たちと行動してくれたんだしさ」

衝突から数日後、そうなったことが発覚すると
責任を感じた彼と正常に戻そうとしたメイド達は一致団結したのである。
無論、結果としてはこの王女の開花してしまった変態性は治らなかったのだが。

「そう思うと不幸中の幸いだよね。
 シンくんのついでのアドバイスで私たちみんな技量が一月で上がる。
 なんていう冗談みたいな現象を体験できたからね」

「………正直いま生きてるのが不思議なくらいの“ついで”だったけど……」

技量ランクはヒューマンの生涯すべてをそれを上げることに終始させても、
せいぜいがB+までが限界だといわれているのだから脅威の上昇スピードだった。
その分、鍛え方も容赦はなかったのでメイド達は若干遠い目をしているが。

「そこが姫様の変態性が唯一出した成果といえるでしょう」

「ん、ちょっとさっきから失礼ですわよ!
 まるで私をマゾの変態のようにいって!」

恍惚な状態から一転して戻ってくると散々な言われ方を否定するが、
何を今更。その通りじゃないですか。という視線が返ってくる。

「あなたたちねぇ、何度もいいますが私は彼にだけ滅茶苦茶にされたいのです!
 今の会えない状態とて放置だと思えば……ハァハァッ、なんという快感!」

顔だけ見ればどんな男も虜にできそうな可憐な美貌を最大限発揮した笑顔なのだが
あまりにも口にしている内容が、アレ、なために慣れてきた彼女達も頭を抱えだす。
もう一度記そう。ただの変態だ。

「……………本当に責任とってくれませんかね、あの男」

色々と難しい理由が多くあるのはわかっているがそう愚痴りたくもなる。
これでも大国の王女。嫁の行先も婿の候補も探せばいくらでもある。
だがこれでは即座の離縁か仮面夫婦が関の山。いくらなんでも仕えている主人。
王族ゆえ政略結婚は当然であろうが、出来れば幸せな結婚をしてほしい。
そう願う程度にはステラは王女を彼女なりに大切に思っていた。
この王女を御しれる相手が彼以外に見当たらないというだけでもあるが。
ともかくその相手がこの世界にすらいない以上それは詮無きことと首を振る。
だが。

「ん、責任ってシンくんと姫様くっつける気?」

「それってつまり“私のご主人様になってください”ってこと?」

「うわ、メイド長って意外にだいた、っっ!?」

その後ろで、発言を曲解して騒いでいたメイド達の前を通り過ぎる長得物。
白銀に輝く刃と重厚な長い柄のあるハルバードが深々と壁に突き刺さっていた。

「誰が、そんなことを言いましたか?」

どこに隠し持っていたのか。
当然のように取り出したそれを投擲された恐怖で彼女らは黙って首を横に振った。
誰もそんなこといってません。だから許してくださいという助命懇願である。
それほどまでにステラの顔は笑っているのに笑っていなかった。
普段無表情な分、その顔にはまさに凶悪的な怖さがあった。

「まったく、あの方が関わるとすぐにそちらに話題を向けるのですから」

困ったものですと溜息を吐きながらハルバードを回収して、一瞬で隠す。
いったいその標準的なメイド服のどこにどうやって隠しているのか。
間近で何度も見ている同僚たちですら未だにわからない謎だった。
尤も武器を向けられた彼女らにそれを探る余裕がないだけだが。
そして彼女はこれ以上その話題を出されないようにという事なのだろう。
聞かれてもいないのに自分の彼への評価を語り出した。

「だいたい、彼は私より10歳も年下の少年ですよ!
 物事の解決法は色々と乱暴ですし思慮深くあろうとしてるくせに
 最後には結局、情に流されて動くから自分が損をする体たらく。
 口は悪くて女心を弄ぶ。ヒトをからかう時が一番楽しそうという男ですよ!?
 そのくせ妙なことですぐに落ち込むほどに精神が脆いのに頑固者。
 技量が高いくせして生き方もあり方もその他諸々不器用でへたくそ。
 あの方には申し訳ありませんが、一人の男性としてはダメダメです!!」

ですから余計な詮索は無意味です。不要ですと─らしくなく─感情的に訴える。
しかし、それを聞いた面々は目を瞬かせたあとで微妙な表情を浮かべた。
恍惚状態だった王女ですらもそうなのだからその困惑具合は分かろうというもの。

「ど、どうしたのですか?」

おかしい。予想していた反応と違うとステラもまた戸惑う。

「ああ、その………部下としては言い辛いので姫様どうぞ」

「そうね、ステラ。
 あなたのそれ……私には“そこがいい”って聞こえるけど?」

どこぞの少年と同じようなニヤニヤとした顔で主人に指摘されてステラは固まる。
周囲のメイド達も主人に賛同するかのように大きく、うんうんと頷いていた。
それに否定の言葉の一つも言えないのがいくら認められずとも彼女の真実。
ステラにとってはそこが良かったのである。

「ま、あれぐらい無茶するダメ男じゃないと、
 メイドとしてのやり甲斐は出てこないけどね」

「シンくんはお世話のしがいがありますから」

幼少期より人に仕えるために育てられた彼女たちにとって、
手間がかかる相手のほうが何かと気になってしまうのである。
生活面において雑だった少年は彼女らの奉仕精神を見事に刺激した。

───だからお気持ちはよくわかりますよ

そう笑顔で部下たちにいわれ、ステラの額に青筋が浮かぶ。
そしてそれに気付かずにメイドたちは一気に攻勢に出てしまう。

「というかメイド長もいいかげん認めたらどうですか?」

「それだけシンくんのこと解ってるってことの意味に」

「もう他の男眼中に無しってくらいずっと見てたくせにぃ」

彼女らまでもどこぞの少年がヒトをからかう時の笑みを浮かべだす。
瞬間ステラは意図的に顔から表情を消すと再びハルバードを手にした。

「…………あなたたち、覚悟はいいですか?」

主人からの指摘は衝撃だけだったが、部下たちのそれには苛立ちが勝った。
メイドとして主人には攻撃できないからこその部下への八つ当たりともいうが。

「うへ!?」

「ちょっとタンマっ! メイド長、ここ他人様の城!!」

「………姫様、修繕費は私のお給料から引いてください」

「わかりました。けどお転婆はほどほどにね」

にこやかに微笑みながらいつのまにか出ていた紅茶で喉を潤す王女。
その顔には十中八九これから起こる騒動を楽しみにしてる様子が見て取れた。

「弁償覚悟!? っていうかそういう問題じゃないでしょ姫様!?」

「国際問題! 国際問題になりますよ!?」

「大丈夫です。
 調度品や家具、壁や床には結界を張りました。音も漏れません」

「なにその完全犯罪!?」

「私たちも守ってくださいよ!」

思わずそう訴えるが王女は素知らぬ顔をしていた。
前述の変態性もそうだが彼女はこうやってヒトで遊ぶことも覚えた。
覚えてしまったのだ。件の少年の影響で。
この時ばかりは胸中で文句を言うが時すでに遅し。
無言の殺気を出す彼女らの上司はもう止める気は無いようだった。

「なにと一緒に私たちを壊す気ですかメイド長!?」

「問答無用です。
 姫様を利用して上司をからかって遊ぶとは。
 あなたたちにはどうやらキツイ指導が必要なようです」

口許だけを三日月状にして嗤ったステラは軽々と戦斧を構える。
完全にそれは“敵”を威圧するための凶悪な笑みであった。

「わぁ、その笑い方シンくんそっくり!」

彼女らも対応するように武装するがその顔にあるのは恐怖だ。
相手は伊達に“長”をやっていない。多数でも勝てないからこその長だ。
それこそ、からかって無事なのは主人とあの少年だけであろう。
前者は立場から、後者は実力的に、だが。

「ちょっとからかっただけでそんな怒らなくても!」

「そんな堅物だから別れの日に挨拶の一つもできなかったんじゃない!」

だからだろう。
つい、文句がてら言ってはいけないことを誰かが口にした。

「っ!?」

「わっバカそれ地雷!」

「ひっ、来たぁっ!?!?」

美しきメイドの長が悪鬼羅刹の顔で槍戦斧を振り下ろし、振り回す。
その攻撃にはここが他国であることも相手が部下であることの遠慮は欠片もない。

「───うん、可愛い女の子たちの悲鳴も良いものですね。
 あの方がよりいっそうからかってしまいたくなるのも解る気がします」

多少の金属音と激突音と共に聞こえてくる彼女らの悲鳴に再度カップを傾ける。
脳裏には悲鳴をあげて狼狽える誰かにさらに迫ってくる少年を思い浮べて微笑む。
それでも騒ぎにはならないように振動さえも遮る結界を張っている王女だ。
その辺りの周囲への気遣いは彼との接触で彼女がようやく手に入れたものである。
広いとはいえ室内で逃げ回るメイドたちにそれを向ける気はないようだが。

「………これで……良かったのでしょうシン?」

室内限定の喧騒を利用して誰にも聞こえぬように呟く。
()がしでかした暗殺未遂事件。同盟への対処。突発的な帰還。
様々な事情ゆえにリリーシャにはこれが最善であったのだと知っている。
けれど、か。だから、か。
約二ヶ月半前に別れた彼との最後の会話が思い出されてしまう。





『……これからも私という女のそばにいてくれませんか?』

別れの日の前日に、もはや告白も同然の言葉を彼に向けていた。
けれど彼の立場や考え方を知っていた彼女は断られる事が分かっていた。
気持ちを切り替えるために、王女としての立場に完全に戻るための儀式として。
ある事情から始めた旅の終わりを締めくくるため彼女はその言葉を向けた。
そして案の定、彼は驚くこともなくただ申し訳なさそうに首を振る。

けれども、その理由は彼女の予想だにしないものだった。

断られることを承知で想いを告げてきた彼女への敬意を払うためか。
本来なら決して誰にも明かしてはいけないことを彼は苦笑しつつ告白する。

『リリーシャ、少し前までならそういうのもありだと思ってた。
 けどダメなんだ。薄々勘付いてはいたんだが、やっぱダメだった』

『それは……なぜ?』

問いかけに少年は困ったような笑みを浮かべた。
ひどく痛く、重く、切ないそれを、雑談のような雰囲気で打ち明ける。
知れ渡ればおそらくはファランディア中を大混乱させてしまうほどの話を。

『俺じつはさ、教団に騙されて邪神復活の憑代にされたんだよ』

『っ!?』

いつものからかい話とはわけが違う内容に息が詰まった。
そしてそれだけで世界一と名高い魔法使いの知識が理解してしまう。
憑代にされ、それでも彼が彼として存在する理由と意味が解ってしまった。
同時に彼がここに存在することが世界を滅ぼす認めてはいけない事だとも。
ああ、だから彼はそんな寂しげな顔で、それでも笑うのか。
そう思うと視界がぼやけて顔が見えなくなったのを覚えている。

『邪神の因子はまだ俺の中にあるんだってよ。
 俺が死ねば、それを抑えつけている異世界(あっち)の因子が消える』

だからこの世界で彼は生きれない。
邪神の存在を知っている世界。実際に活動した世界。
その復活の因子が残るこの世界では彼が生きることは許されない。
だって生きるということは、最後には必ず死ぬことなのだから。
それを彼は故郷に帰れるかもしれないかすかな希望と共に知った。

『心配するな、帰れなかったその時の覚悟ぐらいしてあるよ』

どこかの静かで誰も入れない地で永遠に眠るからと優しい声がいう。
それが彼が時折語っていた秘境での隠居生活の実態だと気付いて、
彼女は零れ落ちるそれを止められず、彼も拭うことしかできなかった。
そしてリリーシャは嗚咽をもらすだけでそれ以上何もいうことができない。
彼に王女としての、高貴なる者の在り方を教えてもらったのだから。
その自分がそれを裏切るようなことを口にするわけにはいかない。
恥知らずにも世界や民のことを全く考えない我が儘は言えなかった。

『っ、ぶ、無事に帰還できることを……ぅっ、祈っておりますっ』

『……ありがとう』

結局それが彼らの間でかわされた最後の会話だった。




「あと数年もすれば懐かしい失恋話になるのかしらねぇ?」

少し思い返した出来事に微苦笑を浮かべるリリーシャ。
されどその言葉にはそうなってほしいとも、
それだけは嫌だともいう両方のニュアンスがある。

「もう少し頼りになるかならないかはっきりしてれば、簡単な話なのに」

知識が豊富で戦場では負け無しという点が話をややこしくする。
あれで放っておいても大丈夫と思える頑強さがあれば良かったのだが
それだけは勇者にはあって、あの少年には無いもの。
彼は“気になってしまう弱さ”の持ち主であった。

「まったくです」

背後にいつものように控えるステラが追従するように肯定した。
それに軽く微笑んで、再びカップを傾けながらリリーシャは祈る。


───故郷の世界でそこに気付いてくれる人に会えれば良いのですが


と。
言葉にせずともその内容を察してステラもまた薄く微笑んだ───







───その後ろは死屍累々の惨状となっていたが。


「これ絶対二、三本いってる、いたたっ」

「ムリィ、こんなの相手できるわけないよぉ…」

「メイド長の照れ隠しに付き合ってたら、いつか死ぬわね私たち」

「う、あ……シ、シンくん、カ、カムバァァ、ック……」


誰かの伸ばした手はしかし、何も掴めないまま地に落ちたのだった。

+注意+
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