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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-05 変化の歴史

異論はあるかもだけど、この世界ではそうなったと思ってください(汗)


──いいかげんもう釣り尽くしたか



我妻英司が黒衣の仮面に脅迫されてから数日後。
平日の昼前に小さな書店を冷やかしたシンイチは周囲の気配を“視た”。
先程まで50メートルは離れたコンビニのトイレに入ったはずの彼が
いきなりその店から出てきたことで混乱する気配を見つけて小さく息を吐く。

自分をつけているのは対策室が用意した少数の尾行チームだけだった。

魔法の幻術とマスカレイドを使って少しだけ彼らをまいて近くで顔を見せる。
突然の事態に慌てさせることで追跡者たちを見つけ出そうという試み。
街中での人々の動きというものはそうそう大きく変わるものではない。
シンイチの動きを把握しきれずに混乱した者達を除けば。


あれから我妻は周囲に唯一認められている優秀さを遺憾無く発揮していた。
まずシンイチの情報が漏れた経緯を割り出して責任追及するとともに情報を保護。
発覚したルートで知った人物たちを見つけだし、証拠をあげて摘発。
その者達が所属していた非合法な組織や集団もついでとばかりに。
わずか数日でこれなのだから本当に優秀であった事に逆に彼が驚いた程。

その間、彼が何をやっていたかといえば理由を付けては一人で街に出ていた。
家族の警護の意味もあるが“彼女”を連れていては囮にならないので本当に独り。
そうしてあえて単独となってチャンスをうかがっている連中を釣り上げるのである。
あとはその釣り上げた者から言葉にできない手段でもって情報を引き出し、
それを我妻にリークして合法的に潰してもらうという事を繰り返した。
まだその作業を始めて三、四日程度だというのに対策室以外の尾行者はいない。
少年の特異性を知っている裏の住人はもういないという事だろう。そう思いたい。
楽観視するには早いが自発的に動くのはここまでにしておきたいシンイチだ。

秘密を守るために秘密の力を行使して裏の住人とはいえ人前に出る。

必要があるとはいえどうにも本末転倒のような気がしてしまう。
とはいえ、ひとりで街に出たのはそれだけが目的ではない。



「…………ほんとに地球の日本かよ、ここ」

高いビル群が並ぶ光景とそこで蠢く人々を眺めているとそんな感想がもれ出た。
ここは休日に中村家で訪れた繁華街とは別の街。役所や企業など公的機関が
集中している地区であり平日の昼間という時間帯もあってかスーツ姿の大人が多い。
黒髪6:カラー髪4という対比ですれ違い、4の内1ほどは獣耳でもあった。
しかし服装が同じくスーツであることが余計に妙な違和感を彼に与えている。
なまじファンタジー世界らしいファランディアを知っているためだろう。
それに地球の物が混じりあっているように見える光景が異質に思えてしまうのだ。

「ちょっとっ、道の真ん中で止まらないでちょうだい」

「え、あっ、すいません」

受け止めきれない動揺か。
理解できないことへの混乱か。
それらが合わさっての眩暈か。
とにかく歩道の真ん中で動きを止めてしまった彼は他者からすれば邪魔。
咄嗟に道を譲れば、いかにもな富裕層(セレブ)の奥様らしい人がペットの散歩中。

「なっ……………」

ただそれだけの光景にシンイチは思わず口を開けて呆然となってしまった。
別段見たこともない生き物を連れているわけではなかった。姿は間違いなく犬だ。
尤も。鋼鉄のボディと黒いバイザー型のセンサーアイを持つ生物(イヌ)はいない。

「さあ、ヨーゼフちゃん行きましょうか」

『ワンッ!』

呆然とする彼の前を当たり前のようにソレを引き連れてセレブの奥様は去った。
その動作に機械特有の硬さはなくまるで本物のような軽やかさを見せている。
過去にロボット犬が流行ったこともあったがそんな玩具とは比べ物にならない。
そして何より、その存在に驚いているのは周囲を見る限りシンイチだけだった。

後に知ることになるがガレストにペットという概念はない。
少なからず家畜のような存在もいることはいるが、それを除けば
輝獣という生物ですらない害獣とアマリリス・フォックスを代表とする
人間が従えるには難しいほど高いステータスを持つ獣しかいないからだ。
“ペット”に限りなく近いのは獣型ドローンという一種のロボット兵器。
本来は輝獣との戦闘のサポート。あるいは新兵の訓練相手として用いられていたが、
地球の文化を知ったことで護衛兼世話のいらないペットとして調整されたものが
こちらの富裕層向けに売り出されており、それなりに人気を博していた。


「………なんか頭痛くなってきた……」


できる限り今の世界を自分の目で見る。
それを目的にあちこちに脚を伸ばすがどこもこんな調子だ。
故郷でカルチャーショックを受け続けるという状況に頭を抱えてしまう。
どうしても帰ってきたというよりは新たな異世界に来てしまった感覚が強い。
やっていることや感じていることがファランディアに流れ着いてからの
最初の一ヶ月間とまったくというほど大差がないのがそれを助長している。
むしろ、ここが元々知っていたはずの土地であるということや、
別の異世界の知識を持っているためにその時以上に困惑と驚きが大きい。

「………昔を思い出すとなんか気持ち悪い。
 2年前の俺は、もっといい子だったのになぁ……」

そしてもう一つ。2年前と大きく違っている点に嫌悪感すら抱く。
あの時は彼を助けてくれた人たちが熱心に様々な事を教えてくれた。
言葉を、文化を、魔法を、ステータスを、危険を、魔物を。
シンイチはその人たちのおかげで異文化を少しずつ学んでいたのだ。
けれど今は。

「なんで俺は父さんたちが教えてくれたことの裏付け調査をしてるんだよ。
 ああ、やだやだ。あの時の素直な俺はどこに行った?」

人から教えられた情報に対して常に疑心を持つようになっていた。
そして自嘲染みた呟きで自らを嘲っていなければかえって精神(こころ)が安定しない。
戻りたいとは露ほども思っていないが状況が似通っているだけにその違いが目立つ。
昔と違うことを成長したと考えるには彼にそれをもたらしたものが、

──チカラ ガ ホシイ カ?

──ウン!

あまりにも罪過を伴っている反則だったために肯定的には受け入れられなかった。
脳裏に浮かぶ人生最大の間違った選択だけは認める訳にはいかないのだから。




───────────────────────────────




図書館という場所は非常に便利な場所である。
特に日本のそれは一般人に無料で開放され、過去の新聞記事やパソコンも使える。
本を借りるには手続きが必要だが読むだけなら場所によっては面倒な手続きはない。
情報収集の基本といってもいい場所でファランディアでもよく利用していた。
地球ほど製本技術が進んでいなかったために入館手続きや管理体制は厳しかったが
もとより忍び込んで黙って読破・調査していた彼には関係ない話である。

今日彼がこの地区にやってきたのは囮以外にもここに来る目的があった。

様々な分野の資料が揃っており過去の出来事や当時のニュース等を調べるのに
日本の図書館の充実したそれらとサービスはかなり打って付けだったからだ。
だがそこでも異世界技術による革新は行われており、本の検索や保管システムは進歩し
従来の紙の本もあるが電子化が進められ、読書スペースとパソコンのスペースは半々。
そのパソコンとて小型カメラのような装置が空間にディスプレイを投映する仕組みで
本体もかなりダウンサイジングされUSBポートやディスクドライブが無ければ、
そもそもパソコンに見えなかったほどで技術革新に半ば呆然とする少年だ。
何せこれでもPCスペース案内には“旧型のPCです”という注釈があり、
他のスペースにあるパソコンとは見た目も操作方法も違う旧型であったのだから。
シンイチが何故それを選んだのかといえば他のPCの使い方がわからなかったから。
マウスもキーボードもないパソコンをどう使えばいいか推測もできなかった。
十中八九地球技術の進歩ではなくガレストからの技術提供の結果であろう。

──こんなのポンと出された日には開発してた技術者たちは涙目だろうよ

『異世界公開によって職を追われるか研究の意味をなくした学者はいる』

我妻を脅したさいにも出てきた言葉を思い出して渋面となる。
そしてそれは科学者や技術者だけの話ではないのだろうと。
頭の片隅にそれを置きながら本棚とそこを行き来して情報を集めていく。
伊達にあちこちの書庫に不法侵入してきたわけではないシンイチだ。
文献の選択や速読と記憶力、そして情報処理は自然とうまくなっていた。
ただ残念な点として彼はそもそもただの中学生だったという点がある。
専門的な知識が必要な分野やその理解という点では並レベルだ。
自覚があるので今回調べているのはこの8年で起こった主な出来事。
あるいはこれまでに聞かされた様々な話の裏付けや疑問点の調査。
そして異世界交流が社会にどのように変化をもたらしたか、だ。
先程の書店も追跡者かく乱の意味もあるが世間の傾向を知る意味もあった。

書籍や雑誌の見出しを見ていくと交流のメリット部分が強調されていると感じた。
技術の発展によってより豊かに、より安全になっていく生活。
無公害のエネルギーによる発電の各種問題の解決などだ。
一方でデメリットに言及しているのは片隅に積み上がっているような雑誌で、
その中身も見出しの過激な言葉とは裏腹に取材も調査も無されてない薄い内容。
ここまで露骨であると逆に本当にデメリットが無いのかと思ってしまう。
そんなことはないと分かってはいるが、清々しいほどの持ち上げっぷりである。
間違いなくマイナス要素の報道に規制がかかっていると感じる。

理由はそれとなく察しがつく。
まだ交流開始8年目であるからそこは排除したいのだろう。
いま何より求められているのはこちらの人間が異世界を“受け入れる”事なのだろう。
それ以外の問題点をあえて先送りにしてまでもそこを重視すべきであるのは仕方がない。
何せ異なる世界同士の交流だ。地球人同士でも諍いや争いが尽きないのに、
世界という枠さえも違う世界との交流で問題が起きないわけがないのだから。
まずそこに“ある”ことを認めてもらわなくてはいけないのだろう。

そう考えながらシンイチが手にしたのは彼が次元の穴に落ちた翌日と翌々日の朝刊。
翌日のそれには世界各国が同時に重大な事実を発表するという記事が一面に載っていた。
発表が日本では午後だったのでこの時点では何か大きなことが発表されるという知らせだけ。
『異世界発表その日』というこの前後の世間の動きを追った書籍を
合わせて読めば、この事態にネットでは色んな推測が飛び交ったという。

“ついに地球最後の日か!?”

“巨大隕石落ちてくる!?”

“世界政府立ち上げか!?”

“異星人との初コンタクト!?”

各国同時というのが世間に世界規模で何かが起こると思わせるには充分な情報で
荒唐無稽なものから笑ってしまうものまであらゆる憶測が飛び交った。
そして発表されたのは異世界ガレストの存在と彼らとの秘密裏の交流だ。
科学技術が発達しているが資源が乏しい世界との技術と資源の売り買い。
それを極秘で行うには限界が来たことと民間との交流を目指しての発表。
一番に手を上げたのは日本。多文化を受け入れられる素養のある国だから。
という理由付けがなされているがそれだけではないだろうと感じる彼だ。
しかしその点に言及している資料がないので調べようがない。
やはり余計なことを追及しようというものへは規制があるのだろう。

翌々日にあたる一面では異世界の存在とガレスト人による技術が宣伝されていた。
ついでとばかりにテレビ欄を見ればどこの局も緊急特番が組まれていて、
そこではガレストの存在を立証する映像や人物がそれぞれ出ていたらしい。
一面の記事にもコスプレとは全く思えない装甲服を身に纏うガレスト人や
彼らが作り出した人型にも似た汎用型重機の写真が大きく載っていた。
合成やCGだと思われないように今後実際に触れ合うイベントを
日本の各地で行うことまで記事には書かれている。
これに対する人々の反応を複数の記事や書籍を見て総合すれば。

“まじで異世界!?”

“いきなりすぎるだろ!?”

“エイプリルフールはひと月前だぞ、嘘だよな?”

“異星人のほうがまだわかりやすかったよ!”

という衝撃を受けて戸惑っているか混乱したものが大半だった。
歓喜や興奮を持って受け入れたのは一部の異世界に浪漫を持っていた者たちだけ。
果たして当時そう考えていた者達は今も同じように思えているのか怪しいものだが。
続いて今度はPCの検索機能を使って、この8年間で起こった主な出来事を探す。
ガレスト関連に絞っても膨大な数であり仕方なく彼はその中から“事件”を絞る。


──おい、俺はいったいどこの情勢が不安定の国に来たんだよ!?


思わず図書館ということも忘れてそう叫んでしまいそうだった。
マイナス要素が規制されているといっても騒動となった事件や暴動まで隠せない。
いや、おそらくはこれでも隠されている方なのだろうと少年は考えて鳥肌がたつ。
今ガレスト関係の暴動やデモに事件は主だった物だけでも8年で50件以上。
少ないと思うかもしれないがこれが日本に限定した結果だといえば話は変わる。
そして未然に防がれているものやニュースにもならないものを加えれば、
この数字は簡単に三ケタに届いてしまうことが容易に推測できてしまう。
また元々それらが少なかった国という事を吟味すれば年々の増加具合は恐ろしい。

だが問題はそれらが起こった原因だ。
どんな時代、社会だろうと不満と不安を持つ者は消えない。
それらが単発的で首謀者たちの主義主張が違うなら危険だが問題ではない。
だが記事によればその主張は簡単にまとめることができてしまった。
尤も一言だけを切り取ったものばかりだったので全体像としての
彼らの意見が推察し辛いのだが、意見として大差が無かった。

“ガレストとの交流のせいで俺らの生活は目茶苦茶だ!”

ということらしい。
現在の地球技術を慮った数歩先に進んだ程度(・・)の技術公開によって
科学者の一部が気概や職を失ったのは知っていたがやはりそれだけではなかった。
就職率は大きく変わってないが所得格差は公表前より悪化している。

いったい何が原因なのか。

民間交流1年後辺りの新聞と本棚に何故か多いステータス関連の書籍を手に取る。
記事によればやはりというべきか民間交流はガレストを受け入れてもらう。
これから地球と交流していくのを“あり”と思ってもらうのを重視している。
そのためにガレストの文化や歴史、常識などは段階的に公開するらしく、
1年目で民間に公開されたのはガレストが地球との交流に至った経緯と
こちらのに似た大統領制と各地を守護する貴族制度の融合した政治体系。
地球より格段に優れた技術を持ちながらそれで対抗している脅威(モンスター)がある世界。
ステータスという能力を測るシステムとそれによって判別される能力主義である。

──なにかすごく嫌な予感がする

許容される事を優先した交流と現在生まれている格差にステータス主義。
そのバラバラのピースが彼の頭の中では繋がってまさかの絵になってしまう。
確証を得ようと何冊かのステータスについて書かれている本を読み解けば───


「はぁっ!?」


───ついに場所を忘れて叫んでいた。
途端に集まる周囲からの視線と司書からの厳しい視線に平謝りするシンイチ。
だがそう叫んでしまいたくもなる。ステータスが公開された当時の記事や資料を右に。
現在最新のステータスについての書籍を左に置いて二つを読み比べると分かる。

右はステータスとはそれぞれの項目をランクで表現した能力評価の一つであり、
高ランク者においては脅威に対して戦う義務と責任がある代わりに特権を与え、
低ランク者においてはその義務を負わない代わりにその他雑務をやってもらう。
目の前にモンスターという脅威があるからこその役割分担制度であると書かれている。

だが左はステータスとはその人物の能力をランクで表現した評価システムであり、
この高低の差こそがこれからの次世代における新たな人物評価の基準となる。
優秀な者に大きな特権と仕事を与えて活躍させることが時代の発展のためだ。
という優れた者を優遇すべきという考えが書かれていた。

なんだこれはといいたくなる内容だ。
似たような表現ながら意図している所はまるで違う。
念のためにと他のステータス関連の書籍を見ると今度は表現が安定しない。
発表通りの義務や責任、役割分担の評価基準がステータスだというのもあれば、
選民思想に近い考えでステータスが高ランクな者を優遇しようという表現もある。
多くの書籍がこの二つどちらかに寄っているかどっちつかずな書き方がされていた。
著者それぞれの考え方といってしまえばそれまでの違いではある。
では世間一般論として地球人は、そして何より日本人はどう捉えているのか。

最新の記事から徐々に遡って読んでいく。
同時に1年後辺りの記事から徐々に進めてもいく。
両方を読み比べると世間の認識がどういう流れで何になったのかが見えてきた。

現在公式にステータスは当初発表された通りの役割分担の基準であり、
あくまでそれはガレスト社会だからこそ通用する基準と教えられている。
だが、日本ではなぜか就職や就学からバイトの面接においてまで。
高ランク者の方が優遇されている風潮ができあがってしまっている。
記事では何度も問題だと書かれているが一度根付いた考えを払拭できていない。
これによって“ナニカ”を無くした者達が暴動や事件を起こしていたのだ。

この原因として『日本人が誤解しているガレスト』という著書において。
交流開始初期に多発した翻訳ミスによる表現の微妙な間違いが一つ。
荒唐無稽な異世界を受けいれる為にそれ以外が大雑把な理解になったのが一つ。
その雑な理解のままガレストの技術力の産物を見せられ続けた大多数の人が
ガレスト産の物や考えが何でも優れていると思うようになったのが一つ。
そして誤解や誤認が完全に世間に浸透してしまった最大の原因をその著書では
それら誤った情報を前提にした自称・識者達の見当違いの批判だと書かれている。
特にステータス主義を誤解したまま批判したことは誤った認識を拡散したとあった。

その主義思想を能力だけを見る選民思想と受け取った彼らは道徳面から批判したのだ。

“人は能力(ステータス)だけで測れるものではない”

“ステータスだけで判断するのは人権無視だ”

主張は正論ではあったもののシンイチからいわせれば“認識が狭い”意見でもあった。
ガレストのそれは身近にある脅威へ対するためであり必要性が高い事情がある。
そこを考慮せずにした批判は日本の価値観で異世界の在り方を測った意味で
ある種の傲慢極まりない批判であり“頭が悪い”といわざるを得ない。
これを言ったのが複数の有名人だったためにメディアに取り上げられてしまい、
この主張も拡散したが同時にステータス主義がそういうものなのだという誤解も広まる。
そこで運悪く立て続けに起こったのが交流を深めようと行われたイベントだ。

ガレストにおけるステータス主義で最大の恩恵を受ける貴族達のメディア露出や
ステータスへの理解を深めようとしてランクの違いを表現する試合等が行われた。
貴族達はカメラの前で高ランクゆえの戦う義務と責任を背負う誇りを語り、
それが口先だけではないことを証明する命がけの日々を送っていた。

これは、本物だ。
記事や映像資料で補完しながら考察や裏付けをしていたシンイチは頷く。
少なくともファランディアで見てきたソレと遜色がない誇り高さが見える。
腹の内まではわからないが外でそう振る舞い、戦えるならそれはもう本物だ。
長らくそんな貴人の在り方を滅多に見た事がなかった日本人は彼らを支持しだす。
そしてランクの違いが勝敗を分けるものではないと息巻いた著名な格闘家たちだが
実戦を知るガレスト人相手に試合しかしたことのない者が勝てる道理などない。
当時の映像を見たシンイチからすると技で補える程度の力量差ですらなかった。
ステータスを高めるのと肉体をただ鍛えるのは意味と効果が違う。
ファランディアのステータス知識でそれを知っていた彼は察せられたが、
細身の少年少女相手に屈強な男達が片手で抑えつけられている姿は
当時の人々にはかなり衝撃的な光景であり誤解を進めたと思われる。
彼自身もファランディアについた当初、同い年の子供が野盗や魔物相手に
獅子奮迅の活躍を見せて退治する姿を見て、呆気にとられたのを思い出す。

──あれは価値観が変わるよな

正しい知識が身についていなければ尚更。
そして同じことが日本全体で起こったのである。
日本人がろくに知らない本物の貴人の在り方を見せつけられ、
格闘家が一方的に負ける光景がセンセーショナルに報道された結果。
誤解をしたまま“ステータスさえ高ければ”という考えが流布していった。
皮肉にも批判されたことで注目されてしまい誤った認識が広まったのである。

当然正式な情報は変わっていないのだが一度こうだと思ったことを
わざわざ正しいかどうか調べる人間は稀有であり、ガレストと接しない人には
異世界はせいぜい行く予定のない外国も同然であり深く知ろうとは思わない。
それでいてガレストの技術や知識は無条件で優れているという思い込みから、
無意味にステータスの高低で優劣を判断する人間が社会に増えてしまった。
本来なら肉体の能力など関係のない分野においてまで。

そしてそれが現在の日本社会の在り方だというのなら、
彼が帰還したその日に検査した女医と凜子が語った言葉の意味が変わる。

『災難ね、あなたも。
 この程度のランクの子が戻ってきても邪魔なだけでしょうに』

『………お気遣いなく、私地球人なので気にしません』

あれは日本では低ランクの人物はろくな扱いを受けないから大変だ。という意味であり、
凜子が地球人なのでと返したのはその感覚で彼を扱わないという意思表示だったのだ。
その後の彼女の態度や行動を見れば“自分が何とかする”という意味もあったのだろう。
女医のそれが侮蔑していたように聞こえたのはそれこそ翻訳の問題だろう。
苛立っていたのは折角帰ってきた彼が今の日本で苦労する事への憤りだったのだ。

さすがに今も全てがそうではなく8年目という時期のおかげか減ってはいる。
それらが書かれた『日本人が誤解しているガレスト』の出版は4年前であり、
所得格差も4年前当時と比べれば僅かばかりだが差は縮まっている。
だがいつの時代でも差別は消えず、誤ったままの知識を持っている事はある。
なまじ高ランク者は肉体面において確かに優秀であるのが話をややこしくする。
民間レベルでいえばまだ“ランクが高ければすごい、偉い”という誤認は根深い。

このため日本は受け入れには成功したが誤解と誤認を多く招いたケースとして
以後の世界的な民間交流においては成功と失敗、両者のモデルケース扱いを受ける。

そのおかげとでもいうべきか。
遅れて民間交流が始まった国や地域ではこの手の問題は少ない方だった。
なのに何故日本では改善されないのかといえば外国の常識を大多数が知らないから。
日本での常識が無礼になったり違法であったり禁忌に触れるケースは交流前からある。
それらに対する日本人全体の無知もまた交流前からあったこと。
これはただそこにガレストのことも加わっただけの話だった。

「完全に島国根性の弊害じゃないか」

思わずそう呟きながら本を棚に戻すと溜息がこぼれる。
あまりに馬鹿らしく尚且つ日本人らしい顛末に頭が痛かった。
ついでにいえば気分も重たい。何せこの誤認は分かり辛い。
明確に違うなら気付けるが本来のそれと混ざってもこれは分からない。

誤った認識のそれも正しいそれも高ランク者を優遇する事に変わりはない。
前者がランクが高いからと考え、後者が義務と責任があるからと考えるだけの話。
脅威が少ない地球。それも長年平和だった日本ではそれは本質的に理解されない。
理解されない特権は当然だが理解されない格差を生んで、厄介な火種となる。
これが日本社会でも反ガレストの思想や運動が起こっている原因だろう。
まったくもって厄介で傍迷惑な話である。

──だが、それも平時の話だ

一度本物の戦いになれば、相手が化物でも人間でもそこに覚悟の差が出てくる。
果たして地球人や日本人の高ランク者はそのさいまともな戦力たりえるか。
ランクを上げ、それを維持する苦労を乗り越えている者達だ。無力ではないだろう。
だが、戦場で役に立つか。無事に生きて帰れるかといえば疑問視したくなる。

「………それわかってやってるのか、お前ら?」

数年前の新聞記事。そこにあった一つの記事。一枚の写真。
その見出しと写る人達の姿に現状最大の痛くもない頭痛を覚える。

“期待の双星あらわる!”

“新たな日本人高ランク者”

“将来はこの力でみんなを守る仕事につきたいです”

見たことある顔の双子の中学生姉弟が大きく載っていた。
記事によれば予想限界値を含めてかなりの高ランクらしい。
その時点で各種企業やスカウトから目をつけられており将来の期待大とある。

「……母さん支えながらは大変だったろうに。
 けど、どうしてよりにもよってそんな……」

愛しげに、されどどこか遠慮がちに写真の彼らに触れる。
彼らがその道を選んだ理由と事情に察しがつくものの良い気分ではない。
母を安心させ尚且つ今の時代で子供が社会的な保障や権利を得るにはその道しかない。
彼の記憶の中では8年前の、まだ8歳だった時までの姿しかない妹弟の成長と頑張り。
少し切なく寂しいが嬉しくも思えるそれは再会時の姿を思い返させる。

もう16歳になっていた。

身内びいきかもしれないが弟は男前に、妹は美人に成長してた。
自分に負けず劣らずな甘えん坊だった姿はどこにもない。
歳も背丈も逆転されてしまっていたが、大切に想う気持ちは変わらない。
例えどれだけ嫌われ、疎まれていたとしても、彼は兄として育ったのだ。
守れ、と、味方であれ、といわれたのだ。助けられるなら、手を差し伸べたい。
危険のない所で生きていけるのならそうしてほしいとも思う。
しかし悲しいかな。今の彼はこの社会で生きていく常識すら乏しい。
彼には知識がない。金がない。権力がない。コネがない。常識がない。
現時点で彼にできるのは誰かを叩きのめすか脅迫するかぐらいだ。
それも、表沙汰にしない方向限定というままならない状況。

「無力だ……」

そして自分という存在そのものが彼らにとって様々な意味で危ない存在になっている。
一家離散の一因というだけでなく彼がファランディアで身に付けたそれらは
この社会では異物であり、彼らの頑張りを否定しかねない要素を抱え込んでいる。

──いったいどれだけの時間、どれだけ努力したんだろうな?

彼らの8年を証明する高ランクであろうとも技量という項目がないステータスでは、
それだけが極端に“上がってしまった”シンイチの前ではあまり意味がない力なのだ。

「…………バカか」

一瞬、そう一瞬だけ思ってしまう。力を見せれば認めてくれないか、と。
一種の実力主義なような面が生まれたこの社会なら、と思ってしまう。
本当はすごいのだといってしまいたい。やってしまいたい。
親に甘える幼子のように、兄弟の前で偉ぶる長子のように。
自分のやったことを、出来ることを自慢してしまいたい。
それが今の社会での母と妹弟たちの8年を否定する行為でなければ、だが。
どうやら自分は何をどうしても邪魔にしかならないらしい。

「無理、するなよ」

ようやく見れた久しぶりの笑顔(写真)に向けて、そう呟く事しかできなかった。

夏は、ちと忙しい……
+注意+
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