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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-04 いつもこんなことやってました

文章のホラーって、どう書くと怖いのだろうか?
そのジャンルが未読だし自分でも下手だと思うし、
ここまで読んでくれた方にはネタはバレてる事ばっかりなのだが、
一応念のため、ホラー注意をしておく。






──我妻 英司(あがつま えいじ)


その男はこれまでの人生において常に誰かを使う側の人間だった。
財界に繋がりがある大物政治家を父に持ち、母は大企業の敏腕女社長。
そんな両親の下に生まれた彼は人を使う側にいることに疑問を持つこともなく、
当然の権利として、それが自身の在り方であると当たり前に振る舞った。

そのうえ彼には比類無き才能もあった。
勉学においては一度聞けばたいていは理解してしまう頭脳を持ち、
運動やスポーツにおいても並大抵のことは努力せずとも出来た。
家は裕福で血筋は優秀。自身もまた天才の名をほしいままにした。
ただ父母とは違う業界がいいという思いつきに近いもので警察官僚の道へ。
彼の才能はここでも猛威を振るい何の問題もなく彼はその道を突き進む。


そんな順風満帆といえた人生に最初のケチがついたのは異世界公開の3年前。


当時政府では後に誕生する『異世界犯罪対策室』の日本支部において。
その構成員の絞り込み作業が極秘裏に着々と進んでいたのである。
自衛隊や警察といった組織を中心として綿密な調査と審査が行われていた。
父親の人脈と権力によって先にその存在を知っていた彼には確信があった。
夢物語の異世界の実在とその公開に伴う社会の混乱とその変化。
それに対する組織はまさに時代の荒波の最先端に立つ選ばれた者達の集団。
ならばそれを指揮するのは自分の他にいないだろうという絶対の自信が。

そして彼は確かに選ばれた。

警視庁から出向する管理官の一人として。
いわば外部協力者。警視庁寄りの立場でのオブザーバーに近かった。
確かに命令権はあり捜査に対しては実質的に高い指揮権を持っているが
“それだけ”でもあり事件解決による評価は対策室に送られ彼にはない。

これには優秀ではあるが人望のない彼を新興組織に入れたくない思惑が働いた。
政府としては絶対に失敗できない組織運営であり優秀なだけの人材では足りない。
対策室上層部には皆を納得させる人選と柔軟な発想力を持つ者が求められた。

我妻英司はその時点で候補から消えていたのである。

ならば、なぜ管理官という立場であっても送られたのかといえば、
影響力の強い父親の権力を恐れたという理由がまずひとつ。
もう一つが使い辛い彼を警視庁から追い出し対策室で飼い殺すためだ。
当然の話だが組織において完全なるトップの地位は一つしかない。
常に誰かの下にいるのは当たり前だが彼はそれが受け入れられない男だった。
ゆえに上層部からの受けは悪く、されど左遷するには能力が高くコネが強い。
名目上の栄転のような対策室行きにすることで実質追い出し飼殺すのが目的。

そんな思惑に気付いた彼であったが時すでに遅し。
異動申請は認められず、ここでの功績は彼の物として扱われない。
そしてあれよあれよいう間に世間ではステータス主義がさらに横行。
残念ながら今まで彼を助けてきた才能はステータスには対応していなかった。
今の立場を捨てればコネと実力があっても低い立場になるのは目に見えている。
完全に身動きができなくなり、いわれるがまま事件を捜査する日々。
なんとか解決の実績を重ねて管理官の中ではトップになれたが、
所詮オブザーバーでしかないメンバーでそうなれてもあまり意味はなく、
不本意極まりない扱いに彼はかなり苛立ちながら8年の時を過ごした。
だが、ある少年の帰還で発覚したその時間差と彼の怪しげな所に確信する。

“こいつには何かある”

その秘密を暴いてしかるべき所に報告すれば否が応でも認めさせられると。
だからこそ早期に親元に戻し隊員に監視させ、自宅に盗聴器も仕込んだ。
許可のない完全な違法捜査であったがするだけの価値はあると彼は考え、
諜報班たちに対して誤情報と偽の許可証を作ってまで仕掛けさせたのだ。



それが怒らせてはいけない相手の逆鱗に触れたことを彼はまだ知らない。





───────────────────────────────





真夜中の高級住宅街を走る黒塗りの車。
例え異世界との交流があって技術革新や底上げがあっても、
人々の生活に根付いたものまでが突然大きく変わることはない。
安全性と機能性が増したとはいえ変わらぬ四輪の車体が夜の道を走る。
運転するのは我妻英司。人に使われるのを嫌う彼は他人の運転も嫌う。
資産的に、立場的に見ても運転手をつけるのは何の問題もないのだが、
それでも自分での運転にこだわっているのはその好き嫌いゆえだ。
そして時間帯もあって彼以外の車がない道を走るのは気分も良い。
いつもなら、だが。

「ふん、絵に描いたような平凡な家庭の夕食か。
 まあ初日から決定的なものが拾えるわけもないが……」

右耳につけたイヤホンから流れる数時間前の会話に嫌味たらしい感想をのべる。
彼が仕掛けさせた盗聴器が仕入れた音は一旦会話部分だけ抽出すると順次、
我妻の情報端末だけに送ってくるように設定してあったのである。
日中出かけている間に仕込み終えたそれから聞こえてきたのは家族の会話。
なんでもない、どこにでもあるような一家団欒の掛け合いに我妻は眉を寄せる。
件の少年の態度の半分─遠慮や戸惑い─は想像の範疇のことであった。
しかし理解できないのは義母である凜子と異母弟である真治への態度。
もう少し感情的か距離を取った対応をするかと思えばひどく冷静で
それでいてむしろ積極的に交流をし、好感を持って受け入れている。

──突然できていた継母と異母弟にここまで好意的に接せられるものか?

彼がたった十日足らずで違法捜査をした理由の半分は凜子による報告が
彼の求めるものと全く違う内容ばかりであり、理由はわからないが
義理なだけのはずの息子を庇っていると判断したからだ。
しかし残り半分の理由は少年の態度がおとなしすぎたことにあった。
突然のタイムスリップに等しい帰還と家庭環境の急激な変化。
15歳の少年にしては物分りが良過ぎる。そこを彼は不気味に感じた。

──貴様の正体は私が必ず暴いてやろう。
  そして私はしかるべき椅子を手に入れる!

だがそれすらも彼にとってはその野望(あたりまえ)へのための踏み台でしかない。
自分が当然手にすべき地位に想いを馳せてハンドルを握りながらほくそ笑む我妻。

「っ!?」

途端、車のボンネットにナニカが叩きつけられたような衝撃が走る。
咄嗟にブレーキを踏んで車を止めて確認するがそんなモノはどこにも無い。
おかしい。確かに衝撃と音、何より一瞬見えたのは“誰かの顔”ではなかったか。
しかしフロントガラスの向こうに見えるのはヘッドライトに照らされた道だけ。
運転席から見る限り車体がへこんでいる様子さえ見えない。

「…………気のせいか?」

そうは思ったものの確認のため一度車を降りて周囲を見回すが誰も何もない。

「…………」

気味の悪さを覚えながらも幻覚を見たのだと意識を切り替え頭を振る。
そして再度発進させようと運転席に座ると背後への確認にバックミラーを覗く。

「っ、誰だっ!?」

すぐさま我が身を振り返らせて後部座席を確認する。
そこには誰もいない。当然だ。彼は誰かを乗せて走ってはいない。
だが、いま確かにバックミラーに“白い仮面”のようなものが映っていた。
立場上犯罪者からの逆恨みによる報復も考慮しなければならない彼は
念入りに後部座席や周辺を車内にいたまま再度観察するがおかしな所はない。
本当に自分の目がどうにかなったのかと目元をこする。

『ザ、ザザッ、さあっ今日もDJハマージュンのミッシングナイトの始まりだ!!』
「ひっ!?」

途端に勝手に鳴りだしたラジオの音にはさすがに悲鳴が出た。
そして半ば反射的にスイッチを切れば、今度はクラクションが勝手に鳴る。

「っ!?
 ………く、くそっ、不良品をつかまされたか。
 あとであの店に文句をいってやる!」

どこかひきつった顔で冷や汗をかきながらも車の故障と思いこむ。
最新科学で捜査する人間として絶対にその手の類だと思いたくなかったのだ。
されどまるで逃げるように車を急発進させると自宅に向かって走らせる。
視界の隅に白い仮面が見えているような気がしながら、ずっと。




「なんだっていうんだ!」

目の錯覚と車の故障─ということにした─が重なり苛立ったままソファに身を預ける。
独り身の彼に出迎えてくれる家族はなく、ただただいつもの静かな家がある。
家庭を持たない事が出世に影響するという話もあって一時期は作る事を考えたが
自宅に求めるのはこの静けさによる安らぎであった彼は実力で出世する道を選んだ。
しかし今日にいたっては独りの家は妙に広く異常に静かに思える。
だからその音が不気味に響く。



────ぴちゃん、ぴちょん────



「っ!」

水音にびくりと反応した我妻はおそるおそるながら、
音が聞こえてくるキッチンに移動すれば蛇口から水滴が落ちている。
なんだ、ただの閉め忘れか。と手を伸ばした目の前で一気に蛇口が開いた。
大量の水が吐き出され、勢いよくシンクを叩いて跳ね返った水をいくらか浴びる。

「くっ、なんだ。今度は水道か!
 どうなってるんだ、いったい!?」

慌てて蛇口を閉めながら誰もいない家で独り悪態をつく。
水道から出た水量が本来ならあり得ないそれだという事は意図的に無視して。
ずぶ濡れになってしまった彼は着替えようと脱衣所まで行くと服を脱いだ。
そのままスーツもワイシャツもネクタイも関係なく洗濯機に放り込む。
あとは機械が判断してそれぞれの衣服に最適な洗濯をしてくれる。
ガレスト技術によって従来の家電は一気にその性能をあげていたのだ。
尤もそれらを持つのはまだまだ一部の富裕層ぐらいだが。

「…………シャワーでも浴びるか」

服は脱げたが濡れた身体は気持ち悪い。
動き出す洗濯機が正常に動いているのを確認したあと浴室に入る。
軽く汗を流して、もう寝てしまいたいという欲求に負けたゆえの行動だった。


いくらか技術が進んでも車と同じくこれまでの“形”から脱却するのは難しい。
その裏にある湯を沸かす技術や湯を送るシステムは高性能化していたが
水滴を降らせるシャワーヘッドの形はほぼ変わることなく存在している。

「…………」

その下で無言のまま熱い湯の水滴をあびている我妻という男は
内心では、疲れているのだ、と自分に言い聞かせながら目を瞑っている。
彼は俗にいう“心霊現象など錯覚にすぎない”派の人間であった。
ガレストという科学技術が進んだ世界を知りそこに幽霊の概念がない事は
彼のようなオカルトに批判的な人間たちの自信と根拠になりつつある。

「そうだ、何を怯えている。この科学の時代にナンセンスな……え?」

意を決して目を開ければ、その視界を染める(アカ)に呆けた声をもらす。
彼らはガレストの存在から否定したがそれは果たして理論的な考えだろうか。
科学が進んだ世界があるのならばその逆の世界もあるのが道理ではないか。
そこまでの考えが至らないから、こうして無様に取り乱すことになる。

「う、うわああぁぁっ!!??」

視界を覆う色が、アカイ。
シャワーから流れる湯が、アカイ。
全身にそれをあびた自分が、アカイ。

「ひいぃっ、こ、これまさか血!? ぎゃあぁっ、うわぁっ!! ぎゃんっ!?」

恐怖に慄きながら浴室から飛び出ようとして何かが足に引っかかってしまう。
倒れるように外に出たが反射的に何に蹴躓いたのかを確認して、顔がひきつった。

『あ、が、つ……まぁ……』

まるでミイラのように干からびた人間のような生き物がそこにいた。
男らしき者の顔と腕が浴槽から這い出るようにして自分の脚を掴み、
怨嗟のこもった目でこちらを睨みつけながら彼の名を口にする。

「ひぃっ!? あ、ああっ、いや、いやあぁぁっ!!」

まるで女のような悲鳴をあげて必死にその腕を蹴飛ばすと這うように逃げた。
濡れたままの裸体で這いまわり何度かフローリングで滑るものの、
なんとかリビングまで戻ってくるとテーブルにある携帯端末(フォスタ)が視界に入る。
これで助けを呼ぼう。もはや立場や心霊現象がどうかなど言っている場合ではない。
いまはとにかくこの恐ろしさから逃げたかった。だが。

「へ?」

手に取ろうとしたフォスタはまるで逃げるように浮かび上がった。
釣り糸もなく誰かが持っているわけでもないのに縦横無尽に宙を舞う。
しかも怪奇現象はそれだけで終わらず電灯が点いては消え、灰皿も浮かぶ。
室内のあちこちからはラップ音と恨みの声が響いてくる。

「あ、ああっ……なんだっ、なんなんだよぉっ!?」

ポルターガイスト。言葉として知っていたそれが脳裏をよぎる。
連続するまるで心霊現象の見本のような状況に何も考えられない。
ただただ腰を抜かしてホラーの現場となった自宅で大の男が震えていた。

『くっ、くくくくっ!』

そこに若いか老いか。男か女かすらわからない笑い声が混ざる。
一瞬今度はなんだとさらに怯えた我妻はしかし、何か違和感を覚えた。
それだけが妙に生々しく、そして変声機(ボイスチェンジャー)越しの声のようであった。

『ここまででいいかな。ほいっと』

謎の声の主がそう口にすれば怪奇現象は一瞬で止まって静かになる。
同時に浮かび上がっていたガラスの灰皿が我妻の足元に叩きつけられた。

「ひっ!」

割れて飛び散る破片から顔を手で覆って庇った彼は飛び散った音が止まると
その腕を下げて第三者である白い仮面の姿を視認して驚きのまま叫ぶ。

「お、お前は誰だっ!?」

精一杯の強がりで大きな声をあげるが内心はさらに怯えていた。
目の前にいるのにソレだけがピンボケしたようにはっきりしない人型。
顔らしき場所にある白い仮面のせいかここまで続いた現象ゆえか。
より不気味な存在として見えており我妻にはホラーが続いていた。
むしろ幽霊そのものだといわれた方が妙な説得力がある姿だ。
黒衣本人からしてみれば地味な想定外であった。

『………こいつの位置を見て察しがつかない?』

種明かしといわんばかりに手にしたフォスタを振った。
その位置と動きは先程まで見ていたポルターガイストと同じ。

「お、お前が動かしてたのか!?
 それじゃ、まさかさっきまでの怪奇現象は全部!?」

『やっと気付いたか。
 優秀という前評判だったからすぐに気付くと思ったんだがな』

どこか嘲るような言葉に自尊心を傷つけられた我妻は憤慨して立ち上がる。

「どういうつもりだ貴様!
 ここを私の家だと知っての行為か!
 今更謝っても許さんぞ、徹底的に調べ上げて豚箱に送り込んでやる!」

『おお、怖い、怖い。
 まあ裸で仁王立ちされても可愛いものだけどね。
 そっちも随分と可愛くなってしまって、ふっ』

今度は確実に彼をバカにする意図でもって言葉を返すと、
一瞬だけ視線を下に向けて分かり易い失笑をこぼした。実にわざとらしく。

「っっ!!?? くそっ貴様!!」

男としての尊厳までこき下ろす言動に恐怖から怒りに感情が振り切れる。
それでもその場にあったソファークッションで下半身を隠す姿は情けない。

「いっ、いい気になるのもそこまでだ侵入者!
 私がそこの壁のボタンを押せば5分もしないで対策室が駆け付ける。
 お前がどうやって忍び込んだのかは分からないがもはや逃げ場はないぞ!」

仮にも対策室に身を置いている我妻である。
防犯や機密保持のために緊急時の連絡システムは複数存在する。
そしてその緊急事態を知らせるためのスイッチは彼のすぐそばだ。
しかし。

『ふふっ、押せるものならどうぞ。
 その時は隊員たちにこれを見てもらうことにしようか』

白い仮面は驚くことも慌てることもなく落ち着き払ってソファに座る。
そしてどこからか取り出した一つのファイルを我妻に投げ渡す。
クッションを落としながらもなんとか受け取った彼は中身を見て愕然とする。

「これがなんだと……………おっ、お前これをどこで!?」

余裕ぶっていた表向きの態度すら剥ぎ取られ、震えた声で尋ねる。
なにせファイルにまとめられていたのは過去に自分がした不正の数々。
違法捜査に越権行為、恫喝まがいの取り調べ。失態を部下へ押し付けた事案。
その証拠となる書類の数々であり彼自身(・・・)が隠し持っていたもの。
さらに読み進めれば別の資料までファイリングされていて笑ってしまう。
笑うしかないほどにそれは彼の首根っこを確実に掴んでいた。

「はっ、しかもご丁寧に親の不祥事の情報まで……」

脱税から収賄どころか不倫に問題発言、それらの証拠まで網羅されていた。
すでに異世界公開から8年。データはガレストの電子機器に集約されている。
だがこの世界からすればそれは新しい技術であり不安を抱く者もいた。
そのため従来の電子機器や紙による資料を残しておく者も多かったのだ。
それが異世界公開前に行った不正であるならば尚更。
また、もし嗅ぎつける者がいたら誰かに押し付けられるように。
それが今回、完全に裏目に出ていたといえる。

『いっておくが私がここに忍び込んだのは今日が初めてではない。
 またそれはコピーでありオリジナルはとっくに別の場所に保管してある』

「なっ…………」

思わぬ言葉に絶句する。
どうやったかを知る術はないが気付かれず侵入して、怪奇現象を起こした相手。
自分の知らない技術を持っているのは確実でその言葉に嘘は無いと彼は判断した。

『ちなみにあなたの両親の情報まで集めた事に他意はない。
 単に親の力で揉み消せる、と開き直る可能性を消すためだ』

「…………そうだろうな。
 これでは我妻家は何ひとつ君に逆らえない…………要求はなんだ?」

随分と手のこんだ遠回しのやり方ではあったが、
こんな情報を集めて、当人の前に持ってくる輩の目的は脅し以外にない。

『話が早くて助かる。まずは自己紹介をしよう。
 私が君の探している“中村信一をこちらに帰還させた”存在だよ』

「お前がっ! いや、どうしてそこまで知っている!?」

『そこはどうでもいい。私の要求は大きく分けて“ふたつ”だ。
 まずは彼を帰還させた者として今の扱いは許容できない。やめてもらおうかな』

そういって目の前のテーブルに盗聴器と小型カメラの残骸を叩き付ける。

『保護区は危険だが私のような法の外にいる人間は活動しやすい場所だ。
 偶然見つけた時も驚いたものだが親切心で帰還させたら、まさかの時間差持ち。
 だから監視や調査程度なら私も手を出すつもりは無かったんだがな』

これは行き過ぎだろうと仕掛けたばかりのそれらを指差される。
同時にそれもまた脅迫材料であった。対策室現役隊員の自宅に盗聴器。
調べていけば対策室の諜報班が仕掛けたものなのはわかってしまうだろう。
そしてそれは当然それを命令した男の存在とその違法性にも辿り着く。

『我妻家全体のスキャンダルにこれが加われば、もうどうしようもない。
 マスコミは大喜びで飛びついてニュース画面からお前たちは消えないだろう』

最悪の場合、一家そろって社会的に抹殺されたうえでの投獄だ。
それを避けるために件の少年から手を引けというのは安い取り引きではある。

「…………難しくは無い要求だが、なぜそこまであの子供を気に掛ける?
 お前が何をやった奴かは知らんが私の前に姿を現してまで守る意味がある相手か?」

ここまでの脅迫材料があれば従わない選択肢はそもそも我妻にはない。
されど仮にも対策室の捜査指揮を担う管理官と接触してまで脅してくるのなら、
そこには我妻が想像できないナニカがあの少年にあるように思えてならない。

『ふふっ、腐っても警察官か。この状況でよくもまあ聞けるものだ。
 下手に勘繰られても迷惑だから答えるが別にたいした理由じゃない。
 さっきもいったが要求はふたつあるんだ。一つ目のそれはついでだ。
 本当の目的は少年を狙っている組織の合法的壊滅だ』

「狙っている組織だと?」

『正確にいうなら彼が目立って誘蛾灯になられると困る。だがな。
 それが対策室だろうが裏の組織だろうが私の領域(シマ)を荒らされるのはね』

“中村信一”を狙う、あるいは監視する者がいるだけで目障りだという仮面。
どういうことだと我妻が目で問えば、仕方ないとばかりに
肩をすくめた─と思われる─動きをした白き仮面はさらに語る。 

『悪いがお前たちの情報管理はまだまだ雑としかいいようがない。
 6年の時間差を持って帰還したオールDランクの少年、という情報は
 関係者以外のところにも漏れてしまっている。いわゆる裏の者達にね』

「なんだと!? 厄介な……」

我妻にとってそれは聞き捨てならないうえに面倒な話だった。
ガレストという異世界の知識・常識・技術が流れ込んだことで
いわゆる地球の裏の業界に住む者達も生活やあり方を変化せざるを得なかった。
適応できなければ対策室を含めた治安組織によって潰されるか。同業者に取って食われる。
その裏の生存競争では秘匿されている情報や技術をどれだけ手に入れられるかは
文字通り死活問題となっており水面下ではかなり血なまぐさい奪い合いがある。

「つまり、いま中村信一を狙っている連中が私たち含めて邪魔だが
 表立っては敵対したくはない。だから対策室で合法的に潰せと?」

『話がわかるな。一旦落ち着くとさすがの優秀さだ。
 先程の暴言は取り消さなくてはいけないかな?』

まだどこか上からモノを言っているが賞賛され悪い気はしない我妻だ。
それを狙っての発言だと気付いていないあたりは残念であるが。

「ふん、当然だ。しかし本当にいるのかあの子供を狙う輩など」

『いるさ。あり得ない時間差だ。
 誰だって気になるし倫理や法が邪魔しなきゃ調べたい学者は多いだろう。
 そうだと知ってたら、変な親切心など私も出さなかったよ』

「……確かに。
 異世界公開によって職を追われるか研究の意味をなくした学者はいる。
 ガレストでも不明な事が多い次元漂流の謎を解明したいと思う奴は多い、か」

ガレストの進んだ技術の公開によって。
それも地球の技術レベルを考えた上でのあちらからすれば昔の技術の公開は
自分が研究していた分野の成果をとっくに出されていたと意義を奪われた者がいた。
また異世界のそれを理解しきれず役立たずのレッテルを張られた者もいた。
それらが見返してやろうと違法研究にまで手を出してもおかしくはない。

『そのうえ本人がDランクで、あの家庭環境なら手間を考える必要はない。
 一人の所を力尽くでさらって適当な置手紙でも作れば誘拐ではなくただの家出』

Dでは当人に抵抗できる力がないことを如実に示している。
そして彼の境遇はいきなり行方知れずとなっても家出と受け取られやすい。
“家庭に居場所を見つけられない”などと書いてあれば納得する者も多いだろう。
ローリスクで何らかの重要な事実を知れるかもしれないのだ。企む者も出てくる。

『しかも今日ついていた尾行は全部で15人だが、
 そのうち6人は他と動きが違った。明らかに指揮系統が違う。
 残りの9人に確認してみろ、他の尾行者に気づいた奴もいるんじゃないか?』

「…………尾行の人数まで把握しているとはな。
 君が安い正義感で動く者でなくて良かったというべきか」

苦々しく思いながらも自分の首が繋げられる事実に安堵する。
そうだったならばこれまで彼が築いたモノはすべて一夜にして泡と消えていた。
今日見せた情報収集能力と潜入技術は決して敵に回していいレベルではない。

『これがそいつらを私なりに調べた情報だ。
 うまく使え、あんたならこれだけで充分こいつらを追い詰められる。
 合法的にできない時は逆にこっちに情報を流せ、裏流のやり方でやろう』

「そうすれば不正の証拠を公表しないと受け取っていいのか?」

差し出された新たなファイルに目を通しながら最終確認を行う。
手渡された資料は後々どこまで正確かの裏付け捜査が必要だが、
違法組織の摘発をするのなら我妻にとっては充分な量と質の情報だった。

『ああ、無論だ。だがあの少年のことも忘れるなよ。
 私はこれでも犯罪者に堕ちた自覚はあるが悪人になった覚えはない。
 親切心で助けた子供が不当な扱いを受けているのは寝覚めが悪い』

「……ここまで人をおちょくって驚かし、脅した奴のセリフじゃないぞ」

『ふふ、私のホラーショーは喜んではいただけなかったようだ。
 だがおかげで君は私の能力を過小評価することはなかっただろう?』

自分の実力を示すデモンストレーションも兼ねていたという姿に舌打ちする。
確かにそのために脅迫者をなめてこの交渉を破談にするのは避けられたが、
まるですべて掌の上だったといわれたようでいい気分ではない。

『そんな顔をするな。これからはギブアンドテイクの仲でいこう。
 お前は自身が破滅する情報を謎の仮面から順次取り返せて、
 出世に影響しないとはいえ対策室内での存在は示せる。
 私は邪魔な組織や人員を合法的に排除できて寝覚めは守られる』

なかなかいい取り引きじゃないかと嘯いて笑い声をもらす仮面。
苦々しい表情を浮かべるがそれしか道がない我妻はその仮面との取引に応じる。

「いいだろう。だが中村信一に対しては最低限の監視と保護は続けさせてくれ。
 こればかりは政府命令だ。私の権限では人数を減らす程度しかできん」

『おやおや、政府とはね。厄介なものを連れて帰ってきてしまったか。
 まあ、やってしまったことはしょうがない。そこで納得しよう』

それで取引は終わったと見たのか立ち上がった仮面の─おそらく─背に向けて
我妻は仮にも警察官だからかそれとも単純に疑問に思ってか最後の質問をぶつけた。

「……そんなに邪魔なら自分達の所でさらうなり始末するなりしないのか?」

『ふふ、怖いことを仰る管理官殿だ』

そういってどこか背筋が凍るような笑い声と共に振り返った仮面の視線。
鋭きそれに曝されただけで我妻はその質問をしたことを後悔していた。

「っっ!?」

『さっきも言ったでしょう。悪人になった覚えはないと。
 それに犯罪者は犯罪者なりに独自の美学というものがあるんです。
 あなたもそういった犯罪者には覚えがあるでしょう?
 私の場合は子供を巻き込むことや殺人は嫌いなのですよ』

わかりましたか。と幼子に諭すように語り終えた仮面は目の前で姿を消した。
視線の圧迫というものを初めて経験した我妻はその場に崩れ落ちる。
肩で息をしながらリビングの床にそのまま寝転がってしまう。

「うっ………うそ、つけ……ころ、されるかと、思ったぞ……」

ホラーショーで感じた怯えとは違う意味で震える手足を抑えながら、
我妻は自分が裸であることも忘れてしばしその場で小さくなっていた。





───────────────────────────────





音もなく中村家に戻った黒衣はシンイチにあてがわれた部屋で仮面を取った。
その気配に目を覚ました“彼女”は出迎えるように肩に昇って頬を寄せる。

「どうでしたか、首尾の方は?」

「なんとかうまいこといけたよ。
 あとはあいつがいう事聞くか聞かないかだけと、しばらくは聞くだろう。
 ホントどうしてか。ああいう三文芝居だけはうまくなっていく」

家人を起こさぬように小声で、理解されないようにファランディア語で話す両者。
そして少年は話ながら疲れたようにベッドに腰掛けると彼女は横に下りた。

「あの手の出任せはぺらぺら喋れるのにな。
 凜子さんとか他の人の前だとまだ緊張するよ」

「あちらにいる頃から基本、人と接しないからです。
 これからここで過ごすのですからもう少し頑張ってください」

「………努力………しようとは、思っている」

あまりにも情けない努力願望に頭を抱えてしまう彼女だ。
あの場で我妻相手に語ったことは虚実入り混じった話である。
ただ脅迫して彼とその家族に手を出すなというのは悪手だったからだ。
逆に勘繰られてますます我妻の興味をひいてしまう可能性があった。
別の─我妻が理解しやすい─目的が主題だと思わせたほうが無難である。
実際問題、情報がもれて狙われていそうなのも事実であったので。

元々シンイチは凜子たち以外の対策室全体を信用していなかった。
疑わしい所があるからではなく、知らない組織に疑心があるだけだが。
だからこそマスカレイドの能力を使って話を覗き聞きしていたのである。
あの時点でいつかはこうなる予感があったために脅迫材料はすぐに集めた。
幸いなことに彼には影武者に出来る相棒もいれば魔法の手助けもある。
覗き見るのも不法侵入もその対策がなされてない分、あちらより楽だった。
そして今回に限っていえば多少運が良かったともいえる。
不慣れなガレスト産のシステムに記録してなかったのは僥倖だった。
尤もそれをこんな早期に使う羽目になったのは想定外ではあったけれど。

「しかし、最初に話を聞いた時は驚きました。
 てっきり二度と立ち上がれなくなるまで手と脚と心を折ってくるものかと」

我妻の情報を聞かされて一番に彼女が思ったのは主が嫌うタイプだという印象。
自分がトップではなければ気が済まない迷惑な気性とそれを隠せない幼稚さ。
失態は隠すか立場の弱い者に押し付けて切り捨て、強引な捜査もしていた。
捜査指揮官としては有能な面があっても人の上にたつ度量も器量もない。
その手の悪人に容赦がない事を知る彼女からすれば今回のは手緩い対応だ。

「そうしたかったのは確かにそうなんだけどさ。
 こっちに探られて痛い腹がある以上脅して動けなくするのが一番いい」

奇しくも彼は我妻のいう“安っぽい正義感”で動く所もある。
ただ、悪党を倒すだけで万事解決と思えるほど短慮ではないというだけ。
悪を排除することでかえって事態を悪化させるなら別の方法を模索する。
今回の場合はまさに我妻英司を排除するだけでは問題が解決しないのだ。

シンイチが世間的には弱者扱いであり謎の時間差を抱えている以上は
単に監視・調査をしてくる相手が変わるだけの可能性がある。
仮に我妻の後釜になるであろう人物が清廉潔白な者であったとしても、
そうであるがゆえに謎の時間差や様々な不審点を調べようとするだろう。
凜子の虚偽報告に近い報告に気付いて問題視するかもしれない。
逆に我妻以上に強引で汚い手段を使ってくる者が後釜になる可能性もある。
無論、話のわかる者や職務に忠実ではない者が来るかもしれないが
そんなどうなるか分からない可能性に賭けてしまうより、
脅迫材料を持つ相手をそのままの地位に置いておく方が都合がいい。

魔法と仮面の力を使ってのホラーショーはあんな男を利用するしかない現状と
我妻が越えてはいけない一線を越えてきたことへの意趣返しと報復の一環。
旧式のカメラだがしっかりと様々な怯えを見せた彼の姿は記録してある。
これから先、なにかあれば第二弾の脅迫材料として使う気満々であり、
将来的には家族の安全を確保すれば罪状と共に世間に暴露する予定でもある。

「はあ、けど守り続けなきゃ(・・・・・・・)いけないもの(・・・・・・)があるって大変なんだな。
 知識としては分かってただけどこっちに戻ってきて初めて実感したかも」

「主様……」

あちらでは守るべき家族も地位も居場所も彼には何も無かった。
だからこそ好き勝手できた面も多く、またそれに慣れ過ぎてしまっていた。
多少付き合いのあった者達はみな実力者であったり地位の高い者で自衛ができる。
必ずしもシンイチが手助けしなくてはいけない相手はいなかったといっていい。
あるいは“そういった者達”でなければ怖くて交友さえできなかったともいえるが。
だが、こちらでは違う。

父親は一般の商社に勤めるただのサラリーマン。
社会的地位も悪漢から身を守る力もないただの一般人。

凜子は自衛できる力はあるが対策室という組織の一員である。
家族を人質にされれば組織の倫理にどこまで逆らえるかは分からない。

真治にいたっては語るまでもない力のない赤ん坊だ。

幸か不幸か。あんな再会と別れをしたおかげなのか。
それとも単にそこまでの繋がりを認識されていないのか。
母親と彼女に引き取られた妹弟は目を付けられていないのが救いであろう。

「しかしこれでますます別の異世界に行ってたとは言い辛くなってきましたね」

「バレた途端どうなるかなんて考えるだけで恐ろしい」

今はシンイチをDランクという弱者だと思っていることが
邪まなことを企む者達が彼の家族に手を出してこない主な理由である。
対策室の一員の家族に手を出すのも十二分に危険な行為ではあるが、
それに比べればオールDというランクは手を出しやすい弱さらしいのだ。
そこにそんなさらなる“未知”が加われば政府もガレストも違法組織も
形振り構わずシンイチを手に入れようとしてくれる可能性が十分にあった。
その時、家族がどう扱われるか想像さえもしたくないと彼は首を振る。

「なんとか隠し通して、俺の情報を手にした組織を潰すしかない」

「……では早速明日から、ということですか?」

「ああ、予定通り昼間は囮になっておびき出して夜に殲滅する」

あくまで合法的に壊滅できなければ、の場合だが。

「………それは構いませんが……」

あらかじめ話しておいた計画に、されど彼女は言い淀む。
奥歯に物が挟まったような態度にどうしたのかと視線を向ければ。

「なにか、こう………ファランディアにいた頃とやってることが変わらないような……」

邪魔な悪党を叩き潰すために策を練って、誰かを脅し、自らを囮にもする。
確かに彼女のいう通り、それらはシンイチがよくやっていたことであった。
違う点があるとするなら狙われているのが自分ということだけであろう。

「………………いうな……」

反論のしようがないその指摘にがっくりと肩を落とすシンイチであった。


それから1週間の間、我妻英司の指揮のもと動いた対策室は怒涛の成果をあげる。
そのおかげか白き仮面にまでその出番が回ってくることはなかったが、
(つり)情報収集(じんもん)だけはクセで(・・・)やってしまっていた。


当人は“帰ってきてまで俺は何をしてるんだろう”という心持ちになっていた。


「はぁ、普通に生きたい………」

だから“ちょっとだけ”といった。
本気なら心折るまでやるよこの男は。
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