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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-03 面倒な父子

02-02は既に公開しておりますので。03となります。




初めての我が子を抱いて男は歓喜の中にあった。
抱き上げれば小さくて弱々しく、されど軽いのに重たい命の感触に震える。
男は自分がこの子を守ってみせると、きっと良い子に育ててみせると決意した。

赤ん坊の頃は妻と一緒になって一から十まで世話を焼いた。
慣れない手つきでおしめを変えて、夜泣きもあやして。
日々成長していく姿は感動的で初めて舌足らずな声で呼ばれた日は忘れられない。


けれども男は一家を支える大黒柱。


子育てばかりはしてられない。
むしろ家族のためにそれまで以上に仕事に打ち込んだ。
そのために家族との時間が減ったことは寂しかったが、
我が子は素直にすくすくと成長して、男はそれだけで頑張れた。


母親にべったりな甘えん坊なのが玉に瑕だったが。


男はそれでいいと思った。一緒にいる母親に甘えられるのはいいことだと。
ならば自分は父として厳しく色んなことを教えなくてはと考えた。
仕事で忙しくとも父としての言葉を息子に残してやりたいと。
たとえ甘えん坊のままでも、人として正しくあってほしいと。

「自分がされてイヤなことは人にもしちゃだめだぞ」

「乱暴なことはしちゃいけないよ。痛いのは誰だって嫌だろ?」

「困ってる人がいたら助けてあげるんだ」

「お母さんを大事にするんだぞ」


──うん、わかったよ、おとうさん


妹弟が生まれてからは自分が兄であったこともあってか。
立派な兄にしてやろうと長子としての心構えを伝えようとした。

「お兄ちゃんなんだからお前がふたりを守るんだ」

「力が弱くてもいい。
 けど心でだけは負けるな。それをきっと見ててくれるから」

「どんな時でもお前だけはふたりの味方でいてやるんだ」

「お母さんを手伝ってふたりの面倒みてやるんだぞ」


──うん、俺、頑張る!


我が子は数少ないそんな交流の中で素直に頷き、そうあらんとした。
だから男は自分がきちんと父親ができていると思い込んでしまった。

それが間違いだと気付いてしまったのは皮肉なことに息子がいなくなってから。

我が子が突然いなくなって、八方手を尽くすが見つからない日々の中で。
何日も息子のことを想っていた日々の中で、ふと気づいてしまったのだ。
自分は確かに色んなことを教えた。そのつもりだった。


けれど果たして自分は、息子の言葉を聞いたことはあっただろうか?


素直だったのをいいことに親の身勝手な理想像を押し付けただけで
自分は息子の好きな食べ物すら知らなかった事に気付いて男は愕然とする。
いなくなってから初めて我が子のことを何も知らない親だと男は知ったのだ。

「あの子のことを何も知らないくせに!」

かつての妻の言葉が今更になって重くのしかかる。その通りだった。
我が子のことを何も知らずに、生存を諦めた妻が許せなかっただけ。
それが彼女にとってどれだけ重荷で余計な圧迫を生んだのかさえ気づかず。
あの時は感情的に否定せず冷静に対処しなければならなかったのに。
結局はその心のすれ違いが離婚原因で息子から母を奪ったも同然の自分の罪。
そのうえ情緒が不安定となった彼女を下の子らに押し付けたようなもの。
当時はそんなことすら気づかずに子供たちを奪われたようにさえ感じていた。
そして気付いた時にはもう彼女達との間には埋めようのない溝が生まれていた。


なんて情けなく、ダメな父親だろうか。
帰ってきた我が子の前でかつてと同じ議論をしてしまうぐらいダメな父親。
いったいどう接すればいい。いったいどんな顔をすればいいというのか。
何も知らなかった。知ろうとさえしてなかった自分が今更父親の顔など。


それに対して今の妻はこういった。


「ならこれから知ればいいじゃないですか。これから聞いてあげましょうよ」





────────────────────────────────





「やっぱりシンプルかつカジュアルなのがいいと思うんだ」

「いえいえ、どうせですからもっと攻めたものでもいいと思うんです」

「……………」

実父と義母が手元のコンソールを操作しながら議論を繰り広げている。
それを正面から見ながらシンイチは足元に置いたカバンに視線を落とす。

「キュ、キュキュッ」

そこから顔だけを出している生物が主の戸惑った顔に笑っている。

「信一くん動かないで!」

「そうだぞ。じっとしててくれ!」

「あ、はい……」

ここはとある街角の洋服屋。
入店するなり試着室に押し込められた彼は文字通り着せ替え人形となっている。
たが実際に着替えてはいない。鏡張りの小さな個室にいる彼の衣服だけが変化していた。
カジュアルからアウトドア系にビジュアル系などの多種多様のそれらに次々と。

「……もう科学なんだか魔法なんだか意味がわからんな」

「キュッ……キュキュッ」

確かに、と頷きながらも笑いをこらえられない彼女である。
主が他者にここまで翻弄されている姿は滅多に見たことがないのだ。
その相手が親であるのだから主も人の子なのだと分かってどこかおかしい。

「お前な……好き勝手笑いやがって、あとで覚えてろ」

引きつった顔で見下ろされるが着せ替え人形になっている彼に迫力はない。
新たな中村家に引き取られておよそ一週間が経過した休日。
一家はシンイチの衣服を揃えようと家族総出で買い物に来ていた。
これには引き取られてから─表向き─外出しない少年を外に連れ出そうという
中村夫婦の考えもあってか。ふたりはかなり盛り上がって彼の服を選んでいる。

最初に選ばれた店は一般にも公開された異世界技術を使った店舗。
見本となる商品を着たマネキンだけをショーウインドウに並べただけの店。
店内に商品はなく、あるのは複数の試着室だけでそれぞれに対応した
コンソールを操作することでその店舗で扱っている全ての衣服と装飾品を選べる。
選んだ服を試着室内の人物が着服した場合“どうなるか”を本人に投映する。
体型・身長による違いまでそのシステムは完璧に計算して映すのだ。
当然元々着ている服はまったく見えてこず、着替えの時間も取られない。
店側としても商品陳列スペースはいらず試着による消耗も考えなくていい。
買った商品は郊外にある倉庫から即日配送という形になり、
そのまま店で待って受け取るのも自宅受け取りも自由だという。
これが異世界技術を応用した新しいお店の形の一つ。
流行るか流行らないかは凜子によると未知数らしいが。

「信一、どれが良かった?
 父さんとしてはこういうのがいいと思うんだが……」

そういって父が選んだのはデニムシャツとボーダーカットソーの組み合わせ。

「私としてはこういうのも攻めてていいと思うけど」

凜子が選んだのは黒のジャケットと胸元が少し開いている黒カットソー。

「希望があれば何でもいってくれ。
 何時間でも付き合うぞ、今日一日がっつりと有給とったからな!」

「お金の心配ならいらないわよ。払うの私だから!」

「キャーハー!」

なぜかそうして胸を張る夫婦である。
抱かれている真治まで両親の真似をしてどこかご機嫌だった。
妻の発言によって若干夫側が落ち込んだようにも見えるが。

「え、ええっと……」

しかしながら彼は元々ファッションに興味のない男子だった。
2年の旅でそもそも気を付ける意味がない生活を送っていた彼に
事実上8年後にタイムスリップしたも同然の世界で意見を求められても困る。
これといった希望がないために選んでくれた服に対してさして意見がない。

「その、あまりこう露出があるのはちょっと」

けれども何もいわないのも雰囲気を壊すだろうと目立ちたくない思考で物を言う。
正直にいえば首元のV字カットが深すぎてそれだけは少し恥ずかしいものがあった。

「む、そっか。
 見せても問題ない身体してるからいいと思ったんだけどな」

検査をした時に細見ながら引き締まったそれを見ていた彼女は
充分それがさらしても問題のない肉体に思えたが本人が嫌がるなら話は別。
あっさりと引き下がるも残念そうな顔に妙な罪悪感を覚えたシンイチは
一応フォローじみたことを口にする。

「その、出来ればあんまり狙ったものや攻めたものは。
 普通のでいいです。あ、いや、その……今の普通を知りたいので」

「…………」

「…………」

「え、あっ、いえそういうことではなくてですね!」

瞬間、夫婦の顔を固まらせてしまい言い方を間違えたと焦ることになったが。
彼としては“何も考えなくていい”と受け取らないでほしかっただけなのだが、
“今の普通さえ知らない”という事実を浮き立たせてしまった。

「そ、そうだよね。まずはそこからだよねぇ」

「あ、ああ……最初は定番からいかないとな」

どこかぎこちない笑みを浮かべたふたりは明らかに気落ちしている。
そういった気遣いが足りなかったと自責の念にかられていたのだ。
一方でそんな気持ちにさせたと少年もまた気落ちしているが。

「キュ……キュウ……」

さすがにそれは笑えず、困ったように鳴く彼女だった。



幾枚かの服を買って自宅への配送にするとそのまま中村家は移動する。
シンイチがいま着ている服は父・信彦が8年前から残しておいたものであった。
元々これから成長するのだからと大きめのサイズで購入していたのだが、
実質2年分、それも充分ではない成長なためかサイズに問題が無かった。
その中から現代のファッション感覚から見て問題ないものを凜子がセレクト。
異世界交流があったとはいえ定番のファッションまで変わった訳ではない。
おかげで彼は過去の衣服でありながら何の違和感もなく街に溶け込んでいる。

「…………」

しかしながらその挙動はどこか怪しい。
先を歩く凜子たちの一歩後ろをついていっているのだが、
あちこちに視線を彷徨わせて周囲を観察しながらどこか鋭い眼光を見せる。

「どうかした信一くん?」

「え、あ、いえ……だいぶ変わったな、と思って」

それに気付いた彼女の問いかけに無難な答えを返す。
実際それもまた気になっていたのは確かなのであながち嘘ではない。
彼らが遊びに来ていた繁華街はシンイチが元々住んでいた街からは少し遠い。
それでも家族で出かけての買い物といえばココであったので懐かしい場所だ。
本来ならば。

「こういう所は流行に敏感だからね。
 異世界ブームに真っ先に乗っかって昔ながらのお店は減っちゃったかも」

先程の服屋もそうであったが店の在り方が変化しているのもある。
異世界交流の結果多く求められる商品の性質も変化したために
彼にとっての2年前の光景はどこにも残っておらずもはや別の街だ。
そんな街並みにいったい自分はどこに帰ってきたのかと戸惑ってもいた。

「………そうか。8年前とは、そんなに違うのか」

そしてそういった変化はそこに居続けた者より一時去っていた者が敏感だ。
特にシンイチにとっては8年後にタイムスリップしたに等しいのだから。
その時間経過に異世界交流による予想だにできない変化がプラスされた街は
彼にそこが故郷の街だと思わせられる要素が限りなくゼロだった。
材質からして違うのか。建物の壁にさえ彼は違和感を覚えている。

「寂しい、と思うのか信一?」

「え、あ、そんなことは……」

「遠慮するな。父さんも同じ立場なら、きっと寂しい、と思う。
 けど所詮想像だ。できればお前の言葉で聞きたい」

街並みを眺める息子の横顔に思う所あって信彦はそこに踏み込んだ。
気遣いすぎて触れることを恐れてはいけない気がして。
父からのそんな言葉には本心で返すべきと信一は感じた。

「寂しい、のかな。これは?
 どっちかというと…………その、俺だけが取り残されてるような?」

それでもその感情を素直に表現するのは難しかった。
誰がいえようか。自分を想ってくれる人たちに。
帰ってきたことを喜んでくれた父に対して。

“ここがどこだかわからなくて帰ってきた気がしない”

などと。
まるで異世界から別の異世界に迷い込んだ感覚。
それを正直にいうのは彼らを悲しませるだけだ。
彼は意図的に嘘ではない範囲で表現を変えて誤魔化した。

「そうか……」

「大丈夫よ、これから知っていけばいいのよ。ね、信彦さん、信一くん」

「あ、ああ」

「そう、ですね」

どこか不安げに頷く父子の姿は似ていたが、ゆえにどこか悲しい。
これは自分が頑張らなくては、と凜子は妙な使命感を燃やす。

「さあ、そうと決まったら、まずはどこに何があるか見てまわりましょ!」

まずはこの街から知ってもらおう。
そんなことを言って義理の息子の手を取ると強引に引っ張っていく。

「うわっ、ちょっ、凜子さん!?」

「最初はやっぱり駅から順番に見て回る?
 それともやっぱり男の子だからがっつり食べれる所からかな?」

「いや、あのですね」

「任せて、ここらへんは結婚前からよく知ってるの!」

言葉としては尋ねているのだが彼女はシンイチの返答を聞いていない。
遠慮しがちな態度すら強引にひきずっていく姿に信彦は苦笑する。

「ははっ相変わらずお前の母さんはすごいなぁ」

「あうぅ?」

腕の中の赤ん坊は意味がわからず不思議そうな顔をしている。
それを微笑ましく眺めながら突き進んでいく妻と息子のあとを追う父だった。

「……なんかこの感じ懐かしいなぁ」

凜子の元気さに好ましいものを見るように彼は苦笑をうかべる。
されど一瞬だけ肩にかけたカバンの中の彼女と視線を交わす。

「キュ?」

何を問うような短い鳴き声に小さく首を振った。“放っておけ”と。
彼が周囲を眺めていたのは街並みの変化に目を取られて、を装った別のもの。
その感情がないといったら嘘になるがあの時彼が見ていたものは違う。
自分達を付け回している(・・・・・・・)者達の位置を把握するためだったのだ。


──全部で15人とはたいそうなことで


彼は自分の特異な立ち位置を理解している。
8年前にいなくなって2年後に帰ってきた子供。それだけでも不可思議なのに
世界的な未帰還者捜索計画でも見つからず、そのひと月後に帰還してきた。
それは監視の一つや二つはついてしまうのはむしろ当然だろうという存在だ。
彼もそれらを知った時点で監視は覚悟のうえ。過度にならなければ放置。
手を出してかえって自分の特異性を高めてしまうほうが問題だった。

不愉快ではあるが、血の繋がりもない凜子が庇ってくれている(・・・・・・・・)のだ。
彼女の気持ちを思えばその頑張りを台無しにするようなことはしたくない。
そう、彼は凜子に下された自分への監視命令を知っている。
彼女がそれを利用して自分を守ってくれている事も。

だってあの場には誰も気付けない白い仮面はあったのだから。




──────────────────────────────




それから。
日が沈む前まで街の散策は行われた。
一度駅までいってそれから順番に回るように色々な店を冷やかし。
昼食には凜子おすすめのボリューム満点のステーキ店で義理の親子は
互いにサムズアップしあうほど─店員が泣くほど─食べ放題を満喫。
午後も散策を続けながら生活に必要なものを揃えて彼らは自宅に戻ってきた。

「あ、信一くん鍵開けてくれます?」

片手にはバッグと途中で眠ってしまった真治を。
もう一方の腕で途中で買った荷物を抱えた凜子から渡された鍵。
信彦は車庫に車を入れている最中であり彼が開けるのが適切だった。
というより荷物を持つという進言をことごとく却下された結果だが。
受け取ったのは彼のイメージ通りのシリンダー錠型に対応した鍵。
それだけだったのなら変わらない点なのだが取っ手部分が指紋認証式。
穴に差し込んで登録された指紋でなければ鍵が開くことはない。
日本ではいまもっともポピュラーな“自宅の鍵”だった。

「あれ、あの開かないんですけど?」

されど既に登録された自分の指紋で鍵を回すが開錠された感触がない。

「あ、ごめん。
 対策室メンバーの自宅って防犯レベル高めないといけないの。
 玄関のは声紋認識も必要だから、何か喋って」

「え、えっと……なにをいえば?」

「なにって、帰ってきたら言うことあるでしょ?」

にっこりとどこかそれを待っている顔で告げられ、瞬きする。
そして意図を察して“これはしてやられた”と苦笑を浮かべてしまう。

「………た、ただいま」

少し照れたようにそういえば鍵は開いて扉が開く。
まるでここがシンイチの家なのだと訴えるかのように。

「はい、おかえりなさい!」

そしてそれを後押しするように文字通り彼を押し込んでいく凜子。
その強引さと気遣いに言葉に出せない感謝を得て、玄関に脚を入れた。

「っ!?」

「荷物は私が運んでおくから手洗いとうがい……どしたの?」

「ただい……どうした信一?」

途端に固まってしまった彼に後から入ってきた信彦も含めて。
夫妻は前後から挟むような形で不思議そうにシンイチを見詰めた。

「い……いえっ!
 ちょっと、色々久しぶりだったので疲れたかなって」

しかし軽く笑って誤魔化す態度を彼らはどう受け取ったのか。
一度だけ視線を合わせた中村夫妻は小さく頷き合った。

「なら、先にお風呂入っちゃって。
 夕飯はその間に仕上げちゃうから。今夜はクリームシチューよ」

「おお、いいな。こいつのシチューはうまいぞ。
 それじゃその間に俺たちは久しぶりに男同士で背中を流し合おうか」

「え、別に一人で入れますよ!?」

「いいから、いいから!」

そういって父に強引に押されるまま浴室へ連れていかれる息子。
騒ぎになるからとずっと鞄の中にいた彼女はどうすべきかと見上げてくる。

「アマリリスちゃん。悪いんだけど真治見ててくれる?」

「キュ………キュイ!」

一瞬尻尾を掴まれて遊ばれたことを思い出したものの。
その裏にある父子だけの時間を作ろうとした気遣いに彼女は賛同した。
決して寝ているのだから安心だろうと思ったわけではない。決して。






父親に押し込められた浴室と浴槽は一般家庭の標準的なサイズだが、
大人一人と15歳の少年を受け入れるぐらいのスペースはあった。
そして瞬間的にお湯をためる事は異世界の技術で簡単になっていた。

「あ、ああぁぁっ……いい湯だなぁ」

たっぷりたまった湯船に生まれたままの姿でふたりは入っていく。
その体積に応じた湯が溢れ出ていくのは実に日本の風呂場“らしい”光景。
少年はぎこちない動作であったのでそこにはあまり気付いてはない。

「は、はい……いや、うん……」

されど多少の自覚はあったのだろう。
いわゆる裸の付き合いというものも久しく覚えがないために
緊張してしまって敬語のような喋り方になっているのを正した。

「…………」

「…………」

だがそこで沈黙が訪れる。
元より口下手な息子と彼にどう接すればいいか悩む父だ。
意気込んで風呂場に連れ込んだものの信彦はノープランに等しい。
だがここで臆しては折角“これから”知ろうという決意が無意味になる。
それに聞きたいことは山ほどあるのだ。語りたいこともたくさんある。
けれど、信彦はまずこの疑問から聞かなくてはいけなかった。

「どうしてお前は………俺や凜子に何も聞かない?」

「なにを?」

父子は並んで浴槽に入っており互いに首だけを動かして相手を見ていた。
父の記憶にあるそれより少しだけ成長した息子の顔は、ずっと曇っている。
息子の記憶にあるそれより老けた父親の顔はどこか辛そうにそれを見ていた。

「わかってるだろ………聞きづらい、とは父さんたちも思ってる。
 俺がお前の立場だったらと思うとなんて言っていいかわからん」

シンイチは中村家に引き取られて以降も誰にも何も聞かなかった。
両親が離婚した理由も。母たちの態度のことも。再婚のことも。
信彦からしてみれば真っ先に色々と聞かれると思っていたのに。
最悪の場合、母たちを捨てて別の女の所に逃げた。などと、
責められることさえこの父は半ば覚悟していたというのに。
だがシンイチはそれには全く触れずに凜子と真治を受け入れた。
嬉しい気持ちも安堵した気持ちもあるがその理由(ワケ)を聞かなくては
また息子の素直さと優しさに甘えてるだけで過去の二の舞である。

「でも聞きたいこと、言いたいことあったら遠慮すんな。
 ここなら父さんしかいない。俺だけが聞いてる。だから──」

どんな感情であれ、聞きたい、受け入れたいという父の言葉。

「──父さん。いいんだ、それは。もうだいたいわかってるから。
 それとごめん。確かに聞かれないほうが、いろいろと困るよね」

それを遮ってまで、シンイチは気付かなくてごめんと謝った。
申し訳なさとそれ以外の何かの感情を誤魔化すように軽く笑いながら。

「わかってるってなにを……」

「あれだけ目の前で言われたらだいたい分かるよ。
 弱虫な俺を知っていた母さんは異世界の過酷さに生存を信じられなかった。
 その意見を受け入れられなかった父さんはあんな感じで言い争ったんだろ?」

どこかおちゃらけた様子で笑いながら息子が語る言葉に胸が痛い。
8年前と同じように子供たちの前だというのに感情的になっていた。
異世界に息子が放り出され、見つからない日々が続くうちに共に冷静ではなくなっていた。
まさに売り言葉に買い言葉で半年以上続いた口論は致命的な亀裂を生み出し、
息子が仲が良いと─理想像とすら─思えていた夫婦の関係は終わってしまった。

「………聞かなかったのは俺がただ臆病だっただけだよ。
 俺の中でその事実を確定させてしまうには………ちょっと待ってほしかったんだ」

「っ、すまない。急ぎ過ぎてしまった。
 ただお前の気持ちが知りたい一心で…………はぁ、ダメだな。
 あいつを全然責められない。相変わらずダメな父親だ」

何を焦ってしまったのか。と自分の言葉が性急だったと感じて溜め息が出る。
ただでさえ6年の時間差に異世界、そして家族の別れを知ってまだ十日たらず。
受け入れなくてはいけない事実とその辛さを思えばもっと待つべきだった。と。
今にも湯船に頭まで沈んでいきそうな顔でシンイチは微笑をうかべる。

「気にし過ぎだよ。
 別に父さんがこの俺的に複雑な状況を作ったわけじゃねえだろ?」

「………半分ぐらいは父さんのせいじゃないか?
 お前を見つけてやれなかった。お前のいた場所を守れなかった。
 母さんたちを説得することもできなかった……何もできなかった……」

口に出してみるとより自責の念が出てきて表情が暗くなる。
とはいえ事実だけをみれば見つけられないのは当然の話であり、
我が子が公表されたばかりの未知の異世界(ばしょ)にさらわれたも同然の状態。
そのうえ他の行方不明者がいくらか見つかるなか我が子だけが見つからない。
普通の親がどこまで感情的にならず冷静でいられるかはかなり怪しい。
そこに異世界文化の浸透で変わっていく世界の変化も加われば、
対応するのが精一杯で互いに冷静に話し合う余裕はなかったのだ。

「ちゃんと……できてただろ?」

「え?」

だが信彦が聞きたいのも言われたいのもそんな“仕方がない”事情ではない。
それがわかっている信一は正直に父が“出来ていた”ことを穏やかに語る。

「凜子さんは俺の顔を見ただけで信一(おれ)だって気付いた。
 それってようするに父さんが頻繁に色々見せて、話した、ってことだろ?」

写真を。映像を。思い出を。息子への想いを。
そしてそれを疎ましく思うことなく受け入れてくれる人だったから。
愛する夫の大事な息子ならば自分にとっても大事な家族だと。
そう想ってくれる女性(ヒト)を選んだのは紛れもなく信彦自身。

「うん、だからさ。
 色々と驚天動地の連続だったけど、そこは……嬉しかったよ」

8年もの間、ずっと思い続けてくれた証であり彼が出来たことだ。
シンイチにとっては2年でも家族にとってはその4倍の日数で苦しんでいる。
それに感謝と敬意を払うように少年は父親にその気持ちを打ち明けた。

「信一……」

優しく穏やかな顔で“嬉しかった”と告げられ返す言葉がなかった。
これではどっちがどっちを慰めているのかわかったものではない。
されどそれでも信彦は情けないながらも息子の言葉に目頭が熱くなる。

「だからじゃないけど………俺が聞きたいのは一つだ」

「信一?」

続けて告げた言葉の声色から柔らかさと優しさが抜けてなければ。
口許だけで薄く笑った顔で軽い口調のそれに何故か湯船の中なのに冷や汗が流れる。
そしてわざとらしく彼は一拍ほど間をおいて、ニヤリと笑い質問をぶつけた(からかった)

「どうやってあんな若くて綺麗で良い(ヒト)をたぶらかした?」

「た、たぶ!? 人聞きの悪いこというな!!」

初めて見る息子の悪い笑顔と予想していなかった指摘に狼狽える信彦だ。
再婚について責められる可能性は考えられても“たぶらかした”は想定外。
反射的に怒鳴るように否定したのだが信一の表情に変化はない。
むしろよりニヤニヤとした悪党のような顔つきで父の言葉は聞いていない。

「さあ吐け、内容(やりかた)次第なら減刑してやらんこともないぞ」

「罰を受けるのは決定なのか!?」

なんだその茶番の裁判モドキは、と文句をいえばさすがに息子も本音で突っ込んだ。

「当たり前だこのクソ親父! 何歳下の相手と再婚してんだ!
 凜子さんが28って聞いた時の俺の衝撃は過去最高だったわ!
 あんたはいま43だろうが!!」

「そ、それは………」

本人もその年齢差には思う所あるのか目を泳がしてしまう。
歳の差は奇遇なことに15歳。一回り以上の差であり息子(シンイチ)ひとり分の差。
もはや世間的には珍しくもない10歳以上の歳の差婚の一つかもしれないが、
シンイチが正しい時間経過の中であれば21歳であった事を考えれば、
この男は自分の息子と7歳程度しか違わない娘を娶ったのである。
我が子が行方知れずになった時にはまだ20歳だった娘を、だ。
これは有罪(ギルティ)だろう。

「なあ父さん、俺にはその犯罪手腕(なれそめ)を聞く権利があると思わないか?」

「なんかすごく不適当な言葉を使われている気がするぞ!?」

がっちりと隣の父の肩を掴んで、にっこりとした笑顔で詰め寄る。
信彦は不謹慎ながら“こいつ外見は俺だけど笑い方は母親似だな”と苦笑い。
誰かを追い詰める時あるいはからかう時にとてもいい笑顔をするのだ。

「ああ、けど勘違いするなよ。凜子さんに不満はない。
 むしろよくやったと言いたい………けどなぁ……」

凜子その人は好感のもてる人物だ。拒絶する理由がない。
独り身になった寂しさもあっただろうから再婚もいいと彼は考えている。
だがそれでも、納得できない点は他におおいにあった。

「ぶっちゃけ、父さんにあんないい人を捕まえる甲斐性があったとか信じられん」

「おっお前! 本音はそっちだろう!?
 これでも父さんは昔けっこうモテてたんだぞ!!」

「へえ……」

思わず吐露された本音へに怒鳴るように返すも息子は信じた様子は欠片もない。
胡乱げな顔で疑いの眼差しにはどこか蔑むような色さえ見えて狼狽える。
シンイチから見た信彦は母親に怒られている情けない姿がよく浮かぶ父だ。
それでも教育には厳しいところがあったのでギリギリ威厳は保っていたし、
母に敵わないところに親しみやすさを感じて子供達には好評だった。
だが、それゆえに異性にモテるというのはあまりにイメージがわかない。

「じゃあ凜子さんで何人目の恋人なんだよ?」

さぞけっこうな数を経験しているのでしょう?とでもいいたげな顔で問う。
一瞬それに言い淀んだものの、結局は素直に経験人数を息子に告白する父。

「あいつで…………4人目だ」

「……微妙」

うち半分で家庭を作っている実績があるだけにモテていないとは言い辛い。
だが、モテていたという言葉を信じるには足りない数である。せめて倍は欲しい。
そんな考えが透けて見えるのか信彦は不機嫌そうに顔を歪めた。

「だったらお前はっ…………いつ初恋をした?」

「………そう来たか」

何人と付き合ったのか。
と聞こうとして彼がいた場所を─勘違いだが─思い出して強引に軌道修正。
関係していなくもなく済ませていてもおかしくはない初恋話ならという考え。
尤もシンイチからすればかなり困ってしまう内容の話ではあった。
恋愛や異性に興味はあったのだが13歳までの彼にその経験は皆無。
彼の琴線に触れるような女子とまったく出会うことがなかったのだ。
人見知りが強い彼がまったく関わらなかっただけともいえるが。

「初恋……初恋ねぇ……」

「………え、お前まさか……」

まさか未経験だったのかと。
また地雷を踏んだかと戦々恐々となる父を余所にこの2年を思い返す。
ファランディアに行ってからは果たして、そういう経験をしただろうか、と。
そうして行ってからの日々を思い返し、すぐに微笑を浮かべた。

「いま振り返ると多分そうだったんだろうなぁ、ってのはあったかな?
 異国の人で言葉はろくに通じなくて、しょっちゅう振り回されて遊ばれて。
 何かと拳骨制裁でスパルタだったけど明るくて強くて、いつも楽しそうに笑ってた」

脳裏に浮かぶのは異世界で野垂れ死にしかけた自分を拾った一人の女性。
言葉が通じないのを怪訝に思わず、スパルタ形式で教え込んで連れ回した女傑。
美しいブロンドの髪をした乱暴者のシスターの顔が浮かんですぐに消えた。
それより先を思い返すのは今の精神状態ではかなり危ない。

「感じは違うけど、あの強引なところはどこか凜子さんとも似てるな」

親子ともなると異性の趣味も似通ってくるのだろうかと笑みがこぼれる。
ただ、それに対する父の返答は息子の顔を一瞬で渋いものに変えたが。


「…………やらんぞ」


冗談の声色ではなくいたく真面目なそれにシンイチは黙ったまま、
水面で両手を組み合わせると指で作った水鉄砲で父の顔を撃った。

「わっ!?」

「誰が取るか!
 あんたは俺をなんだと思ってるんだ!?」

「い、いやそんなに怒るなっ。ただの言葉のあやだ。冗談だ!」

「うそつくな! マジだったぞ!? 本気と書いてマジな声だったぞ!?」

思わず出た言葉(ほんね)とはいえ不適切だとは感じた父はそういうが信じてもらえない。
それほどまでに本気でそれを心配し牽制しているかのような言葉だったのだ。

「…………つ、妻を誰かにとられたくないってのは誰だって思うだろ?」

「息子相手に発揮するなといってるんだ!!」

「だってお前、なんか俺より凜子のほうに懐いてるしさ」

積極的に家事を手伝っている姿に陰ながら二重の嫉妬をしていた父である。
彼は単に居候のような心持ちからくる居心地悪さを誤魔化すためだったのだが。

「昔の俺を直接知らないから接しやすいし、
 何かしてないと落ち着けないんだよっ、親なら察しろ!」

「うぅ、どうせ俺はお前のことを何も知らない何も気付けないダメ親ですよぉ……」

「ああくそっ、この親父めんどくせえっ!!」

そんな態度に呆れながらも紛れもなく自分の親だと感じてしまうシンイチだ。
だってこんなとりとめのない話を父と続けながらも余計な事を考えてしまう。
心のどこかでずっとこんなバカみたいな親子の会話を待ち望んでいたくせに。
どうしようもなく面倒臭いことを考えている自分がいる。


帰ってきた自分は果たして、父が待っていた自分だろうか。


父と話せば話すほど、互いの未知を知れば知るほど。
シンイチは自分がもうその中村信一(かれ)とは違う人間なのではないかと。
そんな懸念がどうしても頭から離れてはくれなかった。




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草木も眠る丑三つ時。既に中村家に灯りはなく皆が眠りについている時刻。
凜子も信彦も夢の中であり真治にいたっては今日は夜泣きする気配もない。
閑静な住宅街にある中村家は静寂に包まれ、住人達は誰しもが寝ている。
屋根の上で誰にも気づかれず鎮座するひとつの影以外は除いて。

『いつかはこうなると思ったけど、ちょっと気が早いよお前』

細かく小さな機械装置を手元で遊ばせながらこの場にいない誰かに告げる。
この手の機械類に詳しくはない黒衣である。ましてや8年後のそれなど知る術などない。
されど経験からくる推測で“なんのため”に“誰が”仕込んだものかは察しが付く。
何せ彼はその手のプロである。本人としてはなりたくもなかったプロだが。
帰還の方法を探すためにあちこちに忍び込む事を繰り返した彼は逆に
誰かが忍び込んだ(・・・・・)痕跡を見つける技術も自然と高まっていた。
自分がそれを誤魔化す術を身に付けたこともあって他者のそれに敏感。
だから帰宅したさいに家の中の違和感に気付いて、固まったのだ。

『…………まだ、ここが俺の家だなんて思えねえけど……』

脳裏に浮かぶのは今日までの一週間程度ながらも密度の濃い日々だ。
中村家に引き取られた格好になった彼は戸惑いながらここで生活を始めた。

離れていた時間を埋めるように共にいようと、声を聞こうとする父。

面識も血の繋がりもないのに笑顔で自分を迎え入れ世話を焼いてくれる義母。

兄だと分かっているのかなぜか自分に懐いている幼い異母弟。

未だ帰還してから続く衝撃と動揺は抜けきっていなくとも。
彼らが自分を暖かく迎え入れようとしているのは強くわかる。
その想いを汚し、彼らの平穏な生活にまで干渉してくるというなら。

『ちょっとだけ仮面の暗殺者(マスカレイド)の怖さ、味わってもらおうか』

誰にともなく呟き、いくつかの装置─盗聴器と小型カメラ─を感情のまま握りつぶす。
少年の部屋にあった。リビングにもあった。トイレにもあった。夫婦の寝室にもあった。
もはや許せる理由など皆無。そしてこれを放置すればエスカレートするのも目に見えている。

ならばこれを仕掛けた者に徹底的に教え込むだけだ。

自分がなにを敵に回したのかを。薄らと微笑んで黒衣は転移の光をまとうと
白き仮面は闇夜に紛れるようにいずこかへ消え去った───
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