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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第二章「異世界な故郷」

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02-01 母親をなめるな!

01が帰る直前から帰還した直後の話なら。
02はその後の数週間。学園に行く前までの話。

“んぐっ、痛い、痛いよぉ”


“ひっ、来ないでっ!”


“どこ? どこなのぉ?”


“やだぁやだっ、やめてよぉ”


“怖いよぉ、暗いよぉ、ひっぐっ”



子供があちこちで泣いている。


ある子は転んでケガをして。


ある子は駆け寄る子犬に怯えて。


ある子は親とはぐれて迷子になって。


ある子はいじめっ子に殴られて。


ある子は夜中に目を覚ましてしまって。



どの子も年齢は違う。


いる場所も違う。


泣いている理由も違う。




けれど、どれもが同じ子供(・・・・)だった。






─────助けて、お母さん!!

















「お、おはようございます」

「あ、う、うん。おはよう」

朝の当たり前の挨拶の言葉をかけられて彼女─中村凜子はわずかに戸惑った。
彼から挨拶されたのは初めてではない。ただ想像と違ったことが起こっただけ。

「ごめんね、起こしちゃった?」

だから謝りながら少年の明らかな“しまった!”という顔をスルーする。
彼女は少し寝顔でも覗きながら寝坊助な子から布団をはぎ取って起こす。
そんな“親らしい”ことをやろうと画策していただけだったのだが、
扉を開けた途端に彼が跳ね起きて臨戦態勢をとられてしまった。

「…………いえ。ちょうど起きようと思っていた所です」

わずかな間をあけて顔から表情を消して返答する彼だが、
そんな態度からそれが決して言葉通りではないと感じる凜子だ。
おそらく自分が扉を開けたことで彼は目を覚ましたのだ。警戒のために。
例え寝ていても周囲の気配の動きに激しく敏感になっている。
“これまで”の数日間においてもそういった点はよく見えていた。
背後にいるのが誰かを識別する。家の中から玄関に立った気配を察知する、など。
彼が過ごしていた生活を思えば─実際のものと差異はあるが─仕方がない事ではある。
だからこそ凜子は物悲しく思うが表情には出さずに笑顔で続ける。

「朝ご飯できてるから、もちろんアマリリスちゃんの分もね。
 着替えたら洗濯物持って下りてきて、かごに出してくれればいいから」

「あ、はい。ありがとうございます」

「ふふ、気にしない。気にしない。私たち家族(・・)なんだから」

ね、とさらに微笑めば少し困ったような顔をしつつ照れたように笑って頷く少年。
その裏にある戸惑いと痛みをいまは気にしてはいけないのだと彼女は指摘しない。
最後に待ってるから、と念押しして凜子は一階のダイニングへと降りていく。
“焦ってもしょうがない”と考える彼女の顔にはもう物悲しさは無い。
一方その階段を下りる音を聞きながら少年は小さく息を吐いた。

「キュイ、キュイ」

すると足元から不安げな鳴き声が聞こえてきたので頭を振る。

「大丈夫だよ、今日は悪夢じゃない。ただ恥ずかしい内容だっただけ。
 …………だったのにな。いま見るといろいろと痛いなぁ」

はは、と力無くも笑って誤魔化そうとする主の姿に、
彼女は何もいえないまま切なげな瞳で見上げている。
弱虫で泣き虫で母親に甘えてばかりの情けない子供。
そうであったことに今は恥ずかしさとは別に痛みを伴う感情があった。




ファランディアから帰還しておよそ六日目の朝。
彼─ナカムラ・シンイチは新しい中村家において生活を始めていた。
それは奇妙なほど平和で、そしてなんでもない日常の風景。



中村家がそろっての朝食を終えたちょっとした時間。
メニューはトーストとベーコンエッグにサラダというもの。
この新たな中村家は洋食好きなのかそちらのメニューが多い。
これには凜子のちょっとした勘違いがあるのだが判明するのはまだ少し先の話。
当人同士はまだその事実に気付かぬままシンクに並んで皿洗いをしていた。

そして満足いくまで食べれているおかげか。
彼女─こちらでいうアマリリス─はリビングで少しばかりウトウトしていた。
夜中は警護と彼を気遣うあまり深く眠れていなかったこともあって、
程よい満腹感と差し込む暖かな日差しに眠気が誘われて舟をこぐ。
それを後片付けを手伝っていたシンイチが見つけて目で許可した瞬間。
彼女は自分より巨大な相手に突如として襲われることになる。

「きゃーうー!」
「キュイッ!?」

ゆらゆらとさせていた三つの尻尾の一つが握られ、引っ張られた。
何事かと半ば反射的に攻撃体勢を取りかけた彼女は、しかし。
その対象が“誰か”を認識するとその衝動を力尽くで抑え込んだ。

「ああー、おー!」
「キューッ!!??」

そして半ば以上されるがままに尻尾を掴まれたまま引きずるように振り回される。
それに後片付け中の凜子も新聞を読んでいた信彦も顔面蒼白となって思考が固まる。
相手は保護動物。飼うことはできないがシンイチから離れないのでこの家にいる。
あくまで生物自身の意思を尊重するという法律のおかげだった。
本来ならガレストの危険地帯。凶暴生物が跋扈する奥地の保護地区の生物。
調べてみたステータスはその前評判に違わぬものであった。


----------------------------------------

学名:アマリリス・フォックス 性別:メス

全長:47センチ 体長:32センチ 体重:3.2キロ

筋力:AA+

体力:AAA

精神:A+

耐久:AA

敏捷:AAA+


----------------------------------------


彼らは知らないがさらにいえば魔力はAAAであり技量はC+ランクである。
技量が劣っているように思えるがファランディアではそこまで上げればもう一流。
総じて高ランクを誇る彼女なら赤子など尻尾の一振りで簡単にバラバラにできるだろう。
これまでは常に懐いているシンイチから離れず、おとなしかったので失念していた。
いざ単独で見た場合この夫婦の目には三つ首の巨大な竜のような存在にしか見えず、
息子の行為はその尻尾を思いっきり踏みつけているようにしか見えなかった。
もっとも本人。いや本狐である彼女に赤ん坊を傷つける意思は欠片もない。

「あいぃ、きゃーはーっ!」

「キュキューイ!!」

“おやめください弟君!
 ああっいやっ尻尾とれちゃう! 離してください!!”
とでもいっているのか。主と慕う者の異母とはいえれっきとした弟。
それも道理を知らぬただの赤ん坊相手に手を上げるわけにはいかない。
抵抗ができない間に、そして絶句して固まってしまった夫妻が再起動するより早く。
ごく自然な動作でシンイチは怖いもの知らずにも彼女を玩具にした赤ん坊を抱き上げる。

「ん、やー、あー!!」

「キュキュッ!」

「こら真治、だーめ……コンコンいたいいたいって。ないないしよ?」

器用に片手で抱えながら目の前で自分の手を開け閉めしてみせる。
するとその小さな目で手の動きと尻尾を掴んでいる自分の手を見比べて、唐突に放す。

「ん、なぁい、なぁい」

「キュっ、キュ~……」

「うん、えらいぞ真治………悪いな」

言葉が分かったのか単にシンイチの真似をしたのか。
とにかく素直に尻尾を放した真治の頭を撫でながら褒める。
同時に解放されて少し距離を取って逃げた彼女に謝罪と苦笑した顔を向ける。
彼女はすごい勢いで首を左右にふって気にしてないことをアピールしていた。

「だーうー、やー!」

「おう、おう。元気だな、お前。
 ってかどうやってベッドから抜け出してきたんだ?」

激しく両手を動かしてまるで遊んでと催促するかのように異母兄に訴える。
一度視線だけを凜子に向け彼女が頷くのを見ると弟の相手を始める彼だ。
警戒してか距離をとってはいるがそれをアマリリスは穏やかそうな顔で眺めている。

「………初めて顔を合わせた時も驚いたけど、真治があそこまで懐くなんて。
 やっぱりわかるんですかね、自分のお兄ちゃんだって……」

我が子はかなりの人見知りだと思っていた彼女にとって、
初対面の人に対してあそこまで懐いている様子は微笑ましく、また嬉しかった。
何せ真治と接している時シンイチは一番柔らかで優しい表情を浮かべている。

「それもあるだろうけど、信一は昔から赤ん坊をあやすのがうまくてな。
 下の子たちの面倒とか本当によく見てくれてたんだ……本当に」

けれどその横で昔を思い出すかのように語る彼の顔は本当に父親だ。
それだけに少し物悲しい想いもある。仲の良かったはずの兄弟を引き離したのは
自分のせいではないのか、と。自分が彼女の意見を受け入れていれば、
この再会はもっと彼にとって幸いなものにできたのではないか。
ついそんなことを考えてしまうがそれは今の幸せへの否定でもある。

「あなた……」

そんな答えの出ない思考に落ちていく姿は妻として見ていて辛い。

「………だから信一くん楽しそうなんですね、ほら」

だからそれを察しながらも、あえて触れずに息子達が遊びあう風景を指差す。
何やら叫びながら玩具を振り回す弟に兄は笑顔で一緒になって遊んでいる。
会話や意思疎通ができない赤ん坊とそうやって遊ぶ姿は父親の記憶にあるものと同じ。
8年も前にいなくなって過酷な環境にいたという息子はけれど変わっていなかった。
そう思わせてくれる光景に目頭が熱くなる。

「ああ、そうだな。良かった……信一は、本当に帰ってきたんだなっ」

溢れ出るそれをあえて見ないようにして、けれど凜子は笑顔で続ける。

「わたしも嬉しいですよ。本当に信一くんの弟を産めたんだって。
 あなたの子の、兄弟を作れたんだって……」

生まれてきた子に『シンジ』と名付けようと言い出したのは彼女の方。
よく聞いていた行方知れずになった『シンイチ』の弟だから、と。
彼はそれを嬉しく思ったがさすがに直球に『信二』とはつけられなかった。
彼女はそれでもいいと強気だったが彼の方がさすがにと押し切って『真治』となった。

「ありがとう、本当にお前には世話になってばかりだな」

「そういうものでしょ、夫婦って。どんどん私のお世話になってください!」

どんと胸を叩く若妻に歳の離れた夫は少し苦笑いだ。
なにせ精神的なこと以外にも彼は彼女に頭が上がらない。

「い、いやぁ……さすがにそれは男としてどうかと。
 せめて稼ぎ的にもうちょっと頑張りたい」

「はいはい、気長に待ってますよ~」

一般商社に勤めるサラリーマンと対策室(エリート)の隊員では給料に差があり過ぎる。
ゆえに全く期待感のない声にがっくりとする夫を尻目に息子たちへと視線を向ける。
そこにはどこをどう見ても歳の離れた兄弟が遊ぶ光景でしかない。
まだ帰還してから、そして一緒に暮らすようになって僅か数日だからか。
凜子に対してどころか実父に対しても遠慮がちな彼も彼女からすれば、
少し複雑な境遇になっただけの普通の男の子にしか見えない。

だから監視(・・)される生活を送るいわれはないと静かに憤る。

怒りに震えながら思い出したくもない上司からのふざけた命令を思い出してしまう。
彼女とて理由は理解しているがどれだけ夫が彼の帰還を待ち望んでいたかを知るだけに。
そして帰ってきた彼に待っていたのが歓喜の声だけでなかった現実を知るだけに。
おいそれと納得できる命令ではなかったのだ────






―――――――――───―――――――――───―――――――――───




彼女が所属するのは8年前に公にされた異世界からの問題に対処する組織。
8年前を境に公開された技術や知識。そして交流を始めたガレストの人々。
政治レベルで調整がすんでいても民間交流ではあちこちで様々な問題が起こる。
最初からそれは予想された事で対応のためのいくつかのセクションが用意されていた。
その中でガレスト人による犯罪。その高い技術や異世界を利用した犯罪に
対応するために作られたのが『異世界犯罪対策室』と名付けられた治安維持組織。
その日本支部で初動を一手に引き受ける遊撃班が中村凜子が所属している部署。
異常を感知するか通報があれば彼女たちがまず現場に赴くため激務である。
しかしながらフォトンの扱いに長けた人材がまだ育ってないこともあってか。
同期に比べてかなりの高給取りで階級も高く、待遇もそれに準じて良い。
福利厚生は完璧ともいえ産休からの復帰も彼女は何の問題も感じなかった。
そんな遊撃班は初動以外にもフォトンやガレストの道具を使った犯罪への対処。
ガレストからの違法な渡航者の取り締まりや密売現場の検挙なども主任務となる。
だから、こんな命令が下されたことに凜子はただ驚くしかできなかった。


「……信一くんを、見張れ!?
 え、そっ、それはどういうことですか!?」

帰還してから三日目。彼を中村家で引き取ったまさにその日。
警視庁から出向という形で来ている管理官たちのトップから、そう命じられた。
予想だにしていなかった命令にただただ驚くしかない彼女は問い返していた。
凜子からするとこの管理官(じんぶつ)は手柄と出世にしか興味がない男であり、
人として何かが欠落していると思わせる態度に生理的嫌悪感をいつも覚えていた。
そんな相手でも真っ当な命令なら従う彼女だがこれは説明が必要な命令だった。

「君なら、そう聞くとは思っていたがね」

彼は凜子の問いかけに露骨に面倒くさそうにしながらも、
ある程度話さなくては彼女が動かないと分かっているからか。
感情が乗っていない声で理路整然とその理由を並べ立てた。

「中村信一。
 様々なデータが一致した事から間違いなく本人だと断定された彼だが、
 8年前に次元漂流したはずなのに危険地域で2年程度しか月日を経ていない。
 この異常性と特異性がわからないとはいわせませんよ」

丁寧ながらもどこか人を追い詰めるような口調に返す言葉がない。
それは彼女自身、そして誰もが不自然だと思った現象だった。
彼は当時中学生で8年前に次元漂流して行方知れずとなった。
そのままの年月を生きていたのなら二十歳を超えているはず。
けれど伸びていた髪を切ってはっきりと見えたその顔はやはり高校生程度。
だからこそ写真でしか見たことのない彼女でも彼が信一だと気付けたのである。
それに何より彼はいまが2022年であることに驚きを隠せていなかった。
その後のことまで含めれば、あれが演技であるというのは疑い過ぎな見方だ。

「あなたも知っているでしょうが次元の穴に落ちてガレストへ。
 あるいはその逆の現象において時間が後にずれることはまれにある。
 ただし最大でも一ヶ月前後。行きと帰りで両方ずれたとしても最大二ヶ月。
 6年もずれるなんてことはあり得ない。しかし現実に起こってしまっている」

信じ難いとは彼らも思ってはいるが実際にどう彼の体を調べても
15歳前後という結果しか出てこない以上そこは認めるしかなかった。
余談だがひと月前にガレスト全体をスキャンしたさい見つからなかったのは、
それが行われる前に彼が次元の穴に落ちて一か月後の今に漂着したからだ。
という意見が主流となっており対策室では問題視されていなかった。

「そ、それと見張れという命令になんのつながりが?
 確かに不自然ですがガレストでも次元漂流について完全に解っているわけでは!」

一ヶ月が限度だという時間差も過去の事例の統計データ上の話。
そして次元の間にある空間は時の流れが存在しないといわれている。
生物が生身でいても害はなくそこにいる時のことを認識できない、とも。
ならば行きか帰りのどちらかで6年経過するまでそこに居続けてしまった。
そんな可能性がまったくないとは決して言えないのである。

「確かに、それだけでならうちが動く必要はない。
 けれど命令を出す以上、彼の不自然さはそれだけではないんだよ中村三尉」

しかし管理官はむしろこっちが本命だといわんばかりに別の不自然さを示した。

「解析班からの報告によれば、彼が戻ってきた経路を探ろうと調査したが、
 その痕跡すら発見できずガレストのどこから戻ってきたのか特定できなかった、と」

「え、でも穴が開いた反応があったからうちが出動したはずです」

「そうだ。だから開いた痕跡はある。しかし、どこからなのかが解らない。
 専門的には漂流形跡という世界から世界へ渡ったさいに残るエネルギーの痕跡。
 それが漂着直後であったにも関わらず全く感知されなかったのだよ」

それどころか何かが通ったらしき痕跡すらなかったという。
彼がもし見つからなければただ穴が開いただけだと思われるほどに。

「解析班がいうには状況から推測されるのは誰かが痕跡を消した可能性だ。
 確実に彼が通った以上、自然にはこんな状況にはならないと断言したよ。
 その報告を受けて通常の次元漂流とは違う何かがあったと対策室は判断した」

「それを調べろというなら分かりますが見張れというのはどういうことです?」

話は分かったのだがそれとシンイチを見張れという命令が彼女の中でかみ合わない。
調査や聴取をしたいというのなら解るのだが見張れ─監視─というのは何故だ。

「現在各方面からこの件のアプローチが進んでいるが。
 私は違法渡航した何者かと一緒に通ってきた可能性を疑っている。
 なにせ彼自身はオールDという最低のステータスを誇るから論外。
 アマリリスは能力は高いが痕跡の消去は高等技術。
 いくら知性があっても獣には不可能」

ならばそこにはさらなる第三者がいたと考えるのが妥当。
そして彼がそれを隠しているのではないかと対策室は、いや彼が疑っている。

「あちらで何かをやった奴がこちらへ逃亡するための隠れ蓑として利用した。
 中村信一にとっても故郷に帰れるチャンスだ。怪しくても飛びつくだろう」

「で、ですが彼は誰も入れない危険地域にいたんですよ。誰かに会えるはずが……」

「その証言を裏付ける証拠はアマリリスと共にいることのみ。
 確かにこの生物の主だった生息地はそこだが他に完全にいないわけじゃない」

「ですがそれ以外の場所にいたのならとっくに正規の手段で帰れたはずです!」

ガレスト側は8年前よりずっと前から迷い込んだ地球人の捜索と保護を徹底していた。
地球側との交渉カードの一つとしたかったのだろう。それは今も変わっていない。
多くの国民にもそれは周知されていることで特に黒髪の日本人は彼らの中では目立つ。
見つからない可能性は滅多になく誰も助けの手を出さないことはない。
彼らガレスト人ですら入れないという特殊な地域にさえいなければ。
だからその推測はおかしいと告げたが管理官はその反論を見越してか切り返す。

「確かに、だがそれは彼にとっての2年で犯罪に手を染めてなければ、の話だ。
 そもそもこんな能力の低い子供がアマリリスの保護下であろうと
 あの地区で2年も無事に生きてられるなんて夢物語だと思わないか?
 あそこの生物はステータスの最低値がオールA以上という場所だぞ。
 『本当は別の場所にいて犯罪に手を出していたために出てこれなかった』
 といったほうが現実的な考えだと思うがね」

「っ、管理官が仰っている事は分かりますが所詮、状況証拠だけです。
 その程度で8年経過してることさえ知らなかった子供を監視しろだなん、てっ!?」

一見筋は通っているように聞こえるが彼女には難癖をつけているようにしか感じない。
確かに6年の時差は調査しなければならない事象だがそれで彼を監視する。
それも外からだけでなく同じ家に住む彼女にまで要請するのは行き過ぎている。
しかし、それ以上にある懸念が浮かび上がった凜子は思わず息を呑んだ。

「まさか。通常より早く親元に引き取ることが出来たのは、そのためですか?」

彼が発見されて身元が判明してまだ三日目。定例通りならまだ検査や聴取が続く。
なのに異例なほどのスピードでシンイチは中村家に引き取られることになった。
その理由がそんな馬鹿みたいな理由だったのかと聞けば、管理官は頷いた。

「察しがいいな。
 身体検査の結果に異常が無かったこともあるが概ねそうだ。
 我々にとっては運の良いことに彼の父親と君は夫婦だ。見張るのは容易。
 外に出れば警戒するかもしれんが家の中なら油断することもあるだろう」

変わらず感情の乗らない声が無遠慮に事実だけを口にする。
勝手な。あまりに人の感情を考えてない言葉に頭が沸騰しかけていた。
それでもここでカッとなるとそれこそ彼がどう扱われるか解らない。

「……担当が違うのではありませんか?
 私は諜報班でも捜査班でもありません。
 それに続柄において私と彼は義理とはいえ親子関係になります。
 そういったさい身内は任務から外されるのが常だと思いますが?」

だから、それらの問題はないのですかと言外に聞いた。
この管理官が命じてきた以上その手の問題はクリアされてるだろう。
人格的に信用できないが犯罪者を追いつめる手腕は彼女も認めている。
ただそれがどういう経緯と考えによるものなのかは知っておきたかった。

「たしかに君にその手のノウハウが足りないのはこちらも承知しているが、
 一緒に生活している人物の不自然な点を見逃すほど盲目ではないと判断する」

──それはどうもお褒め頂きありがとうございます!
思わず嫌味っぽく言い返してやりたくなるのを精一杯凜子は我慢する。
この時ほど同僚から鷹の目なんて恥ずかしく比喩される目が恨めしい事は無かった。

「それに親子といっても所詮君たちはつい先日が初対面だ。
 血のつながりも共に過ごした時間も皆無では誰も邪推はせんよ。
 安心して任務に励み、中村信一の化けの皮を暴きたまえ」

「ッ」

あとから振り返った時、激昂しなかった自分を褒めてやりたいと凜子は思った。
──報告書の上でしか事情を知らない人間が勝手に私の気持ちを決めるな!
そう叫んで顔を殴り飛ばし跡形が無くなるまでボコボコにしてやりたかった。
形の上だけの上司ではあるが彼はあくまで頭脳労働の結果手に入れた地位だ。
ステータスにおいて管理官が凜子を上回っている点など一つもない。
やろうと思えば一方的に暴力を振るえるが当然許された行為ではない。
ましてやあの時の信一の顔が脳裏に浮かんでしまって怒りが収まる。
彼が家族からの言葉で8年の時間の流れを察した時の顔が、
自分を止めたあまりに静かで物悲し過ぎる顔が浮かんでしまう。
あのあと彼は、仕方ない。間違いじゃない。正しいよ。そうなるよね。
そんな事ばかり口にして母や妹弟達を非難せず逆に肯定しかしなかった。
無表情でそう語る彼の顔が思い浮かんで、怒りより悲しみが勝ってしまう。

「………了解しました」

だから自分でびっくりするぐらい静かな声で彼女はその任務を引き受けた。
けれどそれは彼を守るための決断。拒否すればどうなるか解らない。
適当な理由をつけて親元から引き離すなんてことがここはできる組織だ。
やっと再会できたのにこんな男の出世のために利用なんてされたくない。
なら親元に返したのが監視しやすくするためだというのならそれを利用する。
信彦とシンイチが親子として過ごせるように、あの子の家族として精一杯。
どうせ家の中のことなど自分達にしか分からない。
都合よく報告させてもらうと彼女はここで固く決意した───



それを白い仮面がずっと見ていたことには誰も気づかぬまま。




―――――――――───―――――――――───―――――――――───





───だから納得できなかった命令を凜子は正しくはやっていない。
毎日判を押したように同じような“普通の男の子でしたよ”と報告する。
さすがに同じ内容では怪しまれると思っているので彼女はある程度変化をつけ、
今朝のような危険地域にいたと推察できる出来事だけはきっちり報告している。
それでも不安がある。管理官の執拗さを知るだけに誤魔化しきれるかどうか。

「ううん、大丈夫。私が守ってみせる」

戸籍上の関係だろうと血の繋がりがなかろうと。
そして、決して母とは呼んでくれないであろうとも。
彼を家族と思うことに、それを守ろうと思うことに理由などない。
しいていうなら夫の子供だからであろう。彼女にはそれで充分だった。
実際は顔から表情を消して耐えていた姿に母性を刺激されたのが大きい。
母になったばかりの彼女は生来のそれがより強くなっていたのである。

「ん、どうした。なんか言った?」

「え、あっ、いえっ!
 お、お昼は何か信一くんの好きなものでもと考えてたんです!」

慌てて言い繕えば「さっき朝ごはん食べたばかりなのにもう昼?」と疑いの眼差し。
しかし途端に納得したような顔になった夫に、不穏当なことを考えられた予感がした。

「ああ、そうだった。忘れていたよ、君が食いしん坊だということを。
 信一を言い訳にしなくても昼くらい凜子の好きなものでいいと思うが……」

「えっ、わ、わたし食いしん坊じゃありません!
 そりゃ人より体力使うからちょくちょく何か食べてますけどそれだけです!」

信彦がわかったような顔でうんうん頷きながらいうので真っ赤になって否定する。
彼女が仕事の関係で多く食べるのを少し気にしているのを分かったうえで。

「ええ、そうかなぁ?
 初めて会った時だって制限時間内にステーキ大盛り食べ切れたらタダ!
 っていう挑戦メニューに楽々成功した時だったような気がするけど?」

「わーーっっ!!
 子供の前でそんなこといわないでください! 恥ずかしい!」

わざと大声をあげて内容を聞かせないようにする凜子だが
かえって注目を集める行為だということにはいっさい気付いていない。
その様子を楽しそうな笑みを浮かべながら、なおも信彦は続ける。

「いいじゃないか。
 あれにびっくりしたから出会ったようなものじゃないか」

「そんな馴れ初め聞かせられないです!」

もうやめてといわんばかりに真っ赤になりながらわーきゃー騒ぐ凜子。
それを面白がってさらに色々と言い募って追い込む夫は実に楽しそうであった。
この親にしてこの子あり。シンイチは確かにこの男の遺伝子を受け継いでいる。
夫婦の会話からそれを感じ取ったアマリリスは父親似なのだと妙に納得していた。


「…………子供の前でいちゃつかれても……なぁ?」

「うーうー、あー?」

一方でその息子は、反応に困るぜ、と溜息を吐いている。
そんな兄に対して幼すぎる弟は頷いているのか分からないのか体を上下にさせる。
愛らしい動きに思わず笑みがこぼれるが同時に悩みも浮かんでくる。
背中の方からばっちり聞こえてくる内容をどう受け止めるべきか(・・・・・・・・)
彼は仄かに笑いながら真治の頭を撫でて、処理できない物悲しさを慰めていた。




────俺がいなくなったから生まれた家族と幸せ、か




微笑ましく見える家族の風景は確かに暖かかったが同時に少し、痛かった。

もうわかってると思いますがうちの主人公は自虐的です。
02の最後らへんでなんでそういう考え方してるのか語られる予定。
+注意+
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