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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第一章「転入初日」

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03-16 仮面の下の苦悩と悪ふざけ

「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃっ!!」

結局彼は2、30分悩んだあとそういう結論という名の逃避を選んだ。
どの道今の世界を、ガレスト世界を知ろうというには便利な手である。
使わないという選択肢を選べない以上、隠れて使うしかないのだった。
選んだ当人はかなり戦々恐々とした顔で自分に言い聞かせてるようであったが。

それから夕食を─昼に匹敵する量を─とって部屋に戻ると
ある時間までベッドで横になりながらフォスタ片手に情報収集をしていた。
傍目にはただ携帯端末を操作して遊んでいるだけに見えるが実際は例のハッキング。
魔力操作と魔法による施錠や罠の解除を応用した手法の前には対策は無意味。
知識や技術がないのに最強のハッカーになってしまったシンイチであるが、
使えるモノは使う主義なのでバレた場合の恐怖はあるが使用は平然としたもの。

「とりあえず、今日聞いた話は学園内では事実として記録されてるか」

授業を含め、様々な人物たちから手に入れたガレストや学園の情報を
あちこちの記録媒体を覗いて確認した結果同じことが書かれていた。
少なくともこの学園においては間違いはないことだけは確信する。
陰謀に曝され続けた彼からすれば学園関係者全員が騙されている事も
想像の範疇なので、疑いすぎという自覚はあるが信じきってはいない。

「あちらとの関係がわかるものはありましたか?」

「よくわからないな。
 異世界人が、地球人以外はいなかったらしいがそれなりの数だ」

ガレスト政府が把握しているだけで今でも年間10人前後迷い込んでいた。
次元境界線の独特の乱れから予測技術や漂流した後の保護制度のおかげで
交流を持つ前に比べればそれらは原因がわかるだけに問題となっていない。
今では“神隠し”は立派に天災扱いになって保険制度まであるほど。

「これだけ来ててむしろ地球人だけってのが逆に納得できない。だから過去に
 ファランディアから来た奴がいなかったとはいえないだけにわからねえな」

そういった人物たちが伝えた何かが残ったと考えるのが一番自然である。
証拠が全くないのでシンイチは有力な仮説としか思っていないが。

「それに表に出ると困る情報は普通ネットワークからは切り離されてるはず。
 フォスタからアクセスできる範囲じゃ、どのみち真相はわからないがな」

そしてそれがこの手法の限界点でもあった。
完全に切り離され、彼が場所も存在も知らない場所には繋げない。
先程某国の危ない情報にアクセスできたのは彼がその国の存在と位置を知ってたから。
彼のやり方の恐ろしい所はその程度の知識だけである程度カバーできてしまう所。
下手にハッキングの知識がない分、感覚だけで繋げられてしまうのだ。

「その顔、隔離されてる場所を見つけたわけですね?」

それまで真剣な顔で画面に映される情報を追っていたが、
起き上がった彼の顔にあったのはほくそ笑むような得意顔。
ヨーコの指摘に身体を起こしてベッドを下りると軽く準備運動に入る。

「候補地を何個かな。他にも気になる箇所があるから、
 夜の都市の見学がすんで時間があったら、だな」

彼はあちこちにハッキングしながらそれが学園のどこにある何なのかも調べていた。
そうして敷地内の地図と照らし合わせていくといくつかの空白地帯があった。
エネルギー供給はされているのにネットワークにはつながっていない場所が。
逆にすべてと繋がっている学園機能の頭脳のような場所も見つけていた。
今夜はそちらを優先する予定だ。

「初日からここまで動くことになるとは思わなかったが、
 だからこそ俺たちを見てる連中にも油断がある。調べるには好都合」

「留守番はお任せを。
 突然の来訪があっても……模して写せ、(ギロウ)……“俺”が応対するよ」

小さな体躯の彼女が小さく“命令と属性名”を呟けば。
一瞬でその姿は自分と同じになって、声さえもシンイチになっていた。
幻術の魔法『ギロウ』それは周囲に幻を見せて惑わす魔法。
戦闘時に敵を混乱させたり、追手から逃げるのに見た目を変えるなど、
多目的に使えるためにあちらではポピュラーな魔法である。
無論そのために見破る方法も様々に存在しているが。

「はい、チーズ」

「ピース!」

フォスタの撮影機能で自分になったヨーコを撮ってもそこにいるのはシンイチだ。
若干愛想笑いがうますぎて本人からすると地味に気持ちの悪い顔をしている。
そのためかつい反射的に記録することなく削除してしまう。

「魔力で音や光を弄って誤認させるからな。
 いわばフォトンの信号で記録する媒体にはそのまま残る、か。便利だな」

フォトンを使った撮影機器で幻術がバレるということはない。
純地球産の撮影機器の場合どうなるかは後で検証しなければならないが、
幻術魔法を知らないこの世界の住人に見破る手段は無いに等しい。
しかしそうであるがゆえに隠密行動には全く向かなくなっていた。

「魔力で肉体を覆ってる状態だからな。センサーに引っかかる、か。
 生徒が普通にしている分にはバリアだと思われるから普段はいいが……」

気配を消してあちこちに忍び込んで調べたい彼からすると使えない手段だ。
出来ればこういった手段で調査したかった彼からは思わず溜め息が出る。

「………もしかしたらと思ってましたが、
 こちらに来てからマスカレイドにならないようにしてませんか?」

だがそれは彼女からすれば少し不思議なことだった。
あの姿になれば何も使わず何にも気取られずどこにでも侵入できる。
それほどまでに強力でファランディアでは伝説のアイテムの力を
何故かシンイチはこちらに帰ってきてから極力使いたがらない。
使わざるを得なくなると躊躇なく使うのはいつも通りであったが、
そうならないようにしている姿は少し不可思議に彼女に見えた。
だから長い長い沈黙のあと彼が語った理由はあまりに予想外。

「………………………………………………恥ずかしいんだ」

「は?」

「だから、恥ずかしいんだよ! あっちなら何でもないことだけどさ。
 いちいちポーズ決めて道具名口にしなきゃならないんだぞ!?
 なんだその変身アイテム! こっちだと妙に恥ずかしい!!」

あの仮面は彼がファランディアで託された想いであり責任であり役割だ。
子供でさえその名を知っているほど仮面の暗殺者マスカレイドは有名。
そういった土壌があったからこそ今まで抑えられていた気恥ずかしさも
それらすべてと関係がないこちらでは恥ずかしさだけが表に出る。
とはいえ生まれも育ちもファランディアのヨーコにはその感覚は解らない。

「えっと、つまり以前にも仰っていたあれ。
 たしか“チュウニビョウ”っぽいというものでしょうか?」

だから彼が過去にいってた言葉からそういうことなのかと尋ねる。
その言葉が一般的にはどういう意味を持つのかよくわかってないまま。
形の上では自分と同じ顔で声なのだから余計に何かが痛い。

「…………そのうえ実際受け取ったのは中二だったしな、ははっ」

がっくりと肩を落としながら事実との類似点に力無く笑う。
仮面を託されたのは異世界に迷い込んでひと月半が過ぎたあたりのこと。
つまりはまだ13歳で、中学二年生になったばかりのジャストな学年だった。

「え、あの………申し訳ありません?」

「もういいさ、別にこっちに来てから初めて使うわけじゃない。
 さっさとマスカレイドになって調査を始めようじゃないか」

自分に言い聞かせるように語ってフォスタをヨーコに預ける。
これからの行動を思えば自分が持ち歩くより彼女が持つことで
ナカムラ・シンイチのフリをしてくれた方が面倒がない。
思考を切り替えて、慣れた手つきで右手で顔を覆うようにかざす。
そしてそこにあるナニカを引き下ろすように、被せるように手を下ろし──

『マスカレイド!』

──その名を呼べば彼の顔には猛禽類を模した白い仮面が現れ、覆う。
途端に着込んでいた黒い学生服はより夜闇に溶け込む“黒”になって形状が変化する。
元は軍服だったという学生服は体格に合うがっちりとした造りになっていたが
仮面の魔力に浸食され、全身を覆い尽くす黒衣となって体の線を隠す。
視覚で見るとぼやけて見えないが着ている彼はその全容を把握できる。
じつに“ありがち”な黒い衣装で一部マントのようになってもいる。
そういったデザインも彼が恥ずかしいと感じてしまう一因だった。

「えっと……はい、チーズ!」

多少もたつきながらもシャッターを向けてマスカレイド状態の彼を撮る。
すると目ではぼやけて見える姿とはまったく別の黒い(もや)の塊が画面に映った。

『やっぱりこうなるんだな』

画面を覗き込んだ彼の声は加工されていて男女どころか老若も解らない。
されど感心してる感情はなんとなく伝わる不思議な声となっていた。

『うまくやればカメラの故障か何かだと思わせられるが、映らないのが一番か』

この黒衣は認識阻害の波動を出しているという。
魔力とは別の力なのでフォトンを感知するセンサーに反応されないが、
魔力を用いたあらゆる“視る”術も“聞く”術も阻害するのでこうなったのであろう。
ヨーコがそれでも位置を正確に把握しているのは仮面を被った瞬間を見たからだ。
なぜかマスカレイドの阻害機能にはこうした穴がいくつか存在している。
触れただけでは気付かれないが魔王を襲った時のように攻撃すれば認識される等。
ファランディアでも伝説のアイテムであるためにその仕組みはよく解っていない。

余談だが、当初の予定通り誰にも気づかれずに戻れていた場合。
問題なく定住できると判断できたならあちらの世界に返すつもりだったが、
こんな状態になってしまい返すことも一旦あちらに行く暇も無かった。

『行ってくる。適当な時間に消灯して寝ててくれ』

「はい、寝たふりをしてお待ちしております!」

自分の顔でニコニコとそんなことをいわれるとかなり微妙な気持ちになるが、
撤回されることもないだろうと黙認してベランダに向かうヨーコに続く。
シンイチに見える彼女が窓を開けて外に出ると夜空を見上げる。
こうしていれば窓を開けたこともベランダに出たことも、
監視している者達にとっては単に星を見ているだけと思われる。

「あちらに比べると見づらいですが、まあ及第点ですね」

寮のベランダは概ね学園の裏手。自然の野外フィールドに向いている。
多くの自然が作られており、人工の灯りがないためであろう。
彼女からすれば物足りないが中々に美しい星空が広がっている。

「……お気をつけて」

『ああ』

一瞥することもなく呟いて、彼は柵を乗り越えて眼下の闇に消えていく。
最上階である14階から飛び降りても彼には空を飛ぶ術もあれば、
衝撃を緩和する術もある以上、何の問題があるというか。
当初は思いきりの良さに驚いていた彼女ももう慣れたものである。

「あら……………ふ、まったく主様にも困ったものです」

口許の動きを見られまいと室内を向いて柵に背を預けて呟く。
星を見上げている設定なので直接は見送れないために
限界まで彼の音を拾っていたがそれも聞こえなくなっていた。
それはつまり自分の呟きも決して彼には聞こえないということ。

「昔犯したという過ちの贖罪や託された責任から目を瞑る事も
 耳を塞ぐこともできない……それだけなら格好はつくのですがね」

彼の顔のままでヨーコが苦笑気味に呆れる。
概ね彼が選択を間違えたというのは意図的にせよ無意識にせよ。
そういったものが遠因となっていることが多いと彼女は知っている。
ただ“それだけ”でないことが色々な意味で彼女を困らせていた。

「父君さま方の話を盗み聞きした限りですが、
 まさかあれが素の性格(・・・・)だったなんて。
 ご両親を立派と褒めるべきか愚か者と罵るべきか。悩みます」

平穏に生きたいと願いながらも世界を想い、ヒトを想って自己を犠牲にする。
その気になれば世界を征服する事も迷惑考えず好き勝手に生きる事も可能な男が。
混乱と騒動の火種になる事を恐れて、その渦中に飛び込む生き方が素だなんて。

「それで罪の意識からヒトと距離を取るなら色々な慰め方もあったのに。
 実際は付かず離れず、ヒトの営みの中でヒトと触れ合っている。
 そんな日々を楽しむことも忘れないのだから……困り者です」

まだ本調子が戻っていないせいか今日見せた諸々はまだ手緩い。
狐っ娘への扱いや縦ロールの少女もあの程度では済まなかったろう。
その上彼は弄っても問題にならない相手を見つけるのも作るのもうまかった。

「贖罪に悩みながらヒトで遊ぶ。間違っているのやら正しいのやら」

そう呟きながら闇夜に浮かぶ隣の建物の灯りを眺めた。
まだ消灯時間でないためか多くの部屋の光が見えていた。
実はそちらが彼女の主の音が消えていった方角なのである。

「まあ、とにかく今夜はご愁傷さまでした。
 主様に目を付けられたのが運の尽き。
 今日の終わりにもう一悶えしておきなさいな」

そういって微笑んで室内に戻っていくヨーコ。
尤もその笑みには若干の悲哀も差している。


────つまらない生き方したら助けてくれたあいつらに悪い


いつかに聞いた言葉が彼女には歪に聞こえてしょうがなかった。




──────────────────────────────────




学園女子寮の最上階はフロアすべてがある生徒の部屋として扱われている。
ガレストの歴史に名を残す貴族の一員であり座学ではトップを誇る生徒の部屋だ。

「お風呂上がりに聞くには気持ちのいい話ではありませんわね」

バスルームから出たその彼女に従者たちがバスローブを着せる。
そして自ら青く長い髪を外に出せばどういう理屈かもう大量に巻かれている。

「申し訳ありませんパデュエールさま。
 しかしお耳に入れておくべきと思いまして」

筆頭従者の地位にある少女リゼットの言葉に、そう、と短く答えて
とても学生寮の中とは思えない調度品や家具で彩られた一室の
座るのも憚れるような高級ソファに彼女─アリステルは平然と腰掛けた。

「で、ようするにザフォードはなんといっているの?」

手にしている自身のフォスタの画面を覗きながら興味無さげに聞く。
入浴時でもそれは身に付けておくものと生徒達には教えられている。
そもバリアで包めば水に触れることもないのだから手放す意味がない。
彼女の場合は貴族という立場を考えれば武器を手放す方が危険なのだ。
どこの世界でもそういった高い地位にあるものを狙う者は多い。

「え、あ、その、ですから。
 今日食堂において例の地球人が暴言を吐いて特別科を侮辱し、
 注意をしたかったが弱いことを盾にされて何もできなかった、と」

とはいえその関心の薄い態度には戸惑うも再度従者仲間からの報告を話す。
告げたリゼットは心底不快な顔で感情を隠すことなく憤っていた。

「やはりあの地球人は身の程がわかっておりません!
 放置しておくより早々に我らガレスト人の力を見せつけるべきです。
 何よりパデュエールさまに恥をかかせたのです。相応の報いを……」

「ああ、そうね。明日ドゥネージュ先生と彼に謝っておかないと」

「そうですっ。明日にも謝ってっ………なぜあなたさまが謝るのです!?」

思いがけない発言に表情を一転させて叫んでいたリゼット。
従者の仕事を任されている特別科の女子生徒たちも困惑気味だ。
けれど彼女の方がむしろ何故驚いているのかとフォスタから視線を上げる。

「なぜって、おかしなことを聞きますね。
 自ら志願して授業補佐をしたというのに途中で帰ったのですよ?
 我がことながらなんとも腹立たしいほど情けない行動でしょうか。
 これで謝罪の一つもできなければ恥の上塗りとなりましょう」

そういってアリステルは周囲全員に語るようにして諌めながら、
あれは自分の失敗でありそれについて謝罪する必要があると明言した。

「し、しかし原因はあの男で……」

「それでもあの授業を放棄したのはわたくしなのですから、
 そのことに対しては真摯に謝罪しなくてはいけません。
 彼の行動を批難するのとは別の問題でしょう」

別段彼女とて授業中のあの態度に対して何の感情もないわけではない。
注意すべきであると考えているし彼からの謝罪も欲しいと思っている。
しかしそれとこれは彼女の中で違う話なのだ。

「それとリゼット、ザフォードからの報告はそれだけだったの?」

「………と、申しますと?」

「なぜ彼が特別科に対して暴言を吐いたのか。
 どういう会話の流れで弱さを盾にしたのか。
 そういった経緯は聞いていないのかしら、と聞いているのだけど?」

どこか責めるようなニュアンスでその情報は無いのかと聞く。
問われた彼女は困ったように僅かに視線を泳がすと頭を下げた。

「申し訳ありません。それらについては何も。
 ですが他の証言もあります。あの男が侮辱したことは間違いありません。
 それに関しては何らかの仕置きをしなくては特別科が舐められて……」

されどそれだけは譲れないのか。かの転入生への処罰を求める。
その裏にある主義主張と感情が透けて見えるようでアリステルは眉を顰める。

「醜い」

「は? なにか仰いましたか?」

相手には聞こえなかったものの思わずそう呟いてしまうほどに。
同時に彼女自身がそれに長らく気付いていなかった事も差すために
口にしてしまったあとで強烈な自己嫌悪にも陥ってしまう。

「………いえ、なにも。
 リゼット、あなたの意見はわかりました。
 ですがこれを見ても同じことがいえるのですか?」

それを頭を振って一時棚上げしてフォスタのディスプレイを見せた。
画面の中には特別科の生徒が食事中の生徒を囲んでいる姿が動画で流れている。

「これ、は?」

『いつまで食ってんだ! こっちを見ろ!!』

そしてその中のひとりが机を蹴り飛ばして彼の食事を台無しにする。
蹴った生徒も他の生徒も悪びれる様子もなく件の生徒に詰め寄っていた。

「………こんなことされれば暴言のひとつも出るでしょうね」

動画をそこで止めると静かな口調で淡々とそう指摘する。
リゼットと彼女に同調の意思を見せていた生徒たちを見る彼女の目は冷たい。

「これは偶然その場に居合わせた生徒が録画した映像です。
 最初から見れば私に恥をかかせたからとザフォードたちが彼に
 一方的に詰め寄って暴挙を働くまでの一部始終が映っていました」

「そ、そんな話は彼らからは何も──」

聞いてないと、関係がないと言い切ろうとした言葉を彼女は遮る。

「──どちらにせよ。
 これで明日謝らなければならないことが増えましたわ。
 わたくしが指示したわけでないとはいえ従者の行動は主が責任をとらなくては」

そういうものでしょう?──と呟きながら溜息を吐いて席を立つ。
その所作はバスローブ姿とは思えぬ優雅さと威厳さを醸し出し、
誰の反論も意見も受け付けない意思の強さで彼女らを圧倒していた。

「……今日は色々あって疲れました。早めに休ませてもらいます」

静かにそれだけ告げて寝室へと足を向ける道すがらリゼットの前に立つ。

「ザフォードが自分に都合の悪いことをいわなかったのにせよ。
 あなたがわたくしに報告する情報を取捨選択したにせよ。
 どちらであっても褒められた話ではありません。注意なさい」

「っ、はっ……」

前者なら確認を怠った不確かな情報を主人に報告したことになり、
後者なら勝手に主人の耳に入れる情報を操作したことになる。
アリステルのいう通り従者として褒められた行動ではなかった。

「皆の者も勘違いしないように。ここは地球にある海上都市クトリア。
 特別科の特権は有していますがそれ以上の特権はありません。
 ましてやわたくし達はガレストの代表としてここに来ているも同然。
 常に皆の模範となれるように注意して振る舞いなさい」

厳かにそう告げて彼女はひとり寝室に消えていった。
取り残された形となって女子従者たちはホッと一息つく。

「お嬢様、なんか急に手厳しくなったよね」

「え、前より褒めてもらえることも増えたと思うけど?」

「成長なされたってことよ。お仕えする身としては嬉しいじゃない」

それぞれの持ち場に戻りながら最近のアリステルの変化に話がわく。
これまでなら決して咎めなかった点を咎め、褒めなかった点を褒める。
頭ごなしや見当違いなら論外だが的を射た言葉の数々に
概ねその変化は従者たちに肯定的に受け入れられていた。

「っ、何が成長ですか! パデュエールさまはあのような方ではない!
 もっと力強くて苛烈でっ、こんな学園など支配して当然のお方が、
 なぜあんな軟弱なことを仰るようになったの!?」

もっとも一部には受け入れられない者もいたが。
彼女にはアリステルの正論は他者を気にした弱さに見えていた。

「リゼット、あなたねえ。そんなんだから最近怒られてばっかりなのよ」

「あんたの好き嫌いにまで口出しする気はないけど、
 私情ぐらい殺して仕えなさいよ、それでも筆頭従者なわけ?」

「なんですって!?」

同僚からの呆れたような物言いに激昂する。確かに、
今のアリステルはそれまでの彼女とは大きく食い違う人物だった。
約1週間ほど前に島外に外出して戻ってきたあと在り方が変化したのだ。
関わり合いを持たなかった低ランク者や地球人と積極的に話をして
従者達からとは別の情報網を独自に持って報告を鵜呑みにしなくなった。
些細なことでも感謝し褒めるなど人当たりも柔らかくなっている。
ただ突然過ぎたために対応できない者や納得できない者も少なからずいる。
そばで仕える時間が長い大半の女子従者は好意的に受け入れたものの、
これまでの付き合いが長過ぎたリゼットなどは認められなかったのだ。

「やめてよ!
 ここで騒ぐとお嬢様に迷惑です。やるなら寮の外にして!」

一触即発の雰囲気をそう制する声に睨みあっていた彼女等は
互いに何もいわずに別々の方向からこのフロアをあとにしていった。




防音設備が完全ゆえに外のそんな騒動など知らず。
小さな灯りがぼんやりと室内を照らす寝室でアリステルはひとり。
天蓋付きのキングサイズのベッドに倒れ込むように横になった。

「ああ、もうっ……リゼットたちはどうしてこう強権的なのかしら」

彼女はおおよそリゼットは後者。情報を操作したと勘付いている。
前者のような不手際をする人間でないと知っているからこそ気付いてしまった。
気付きたくもなかった裏切りにも等しい行為に頭が痛い。

「…………まあ、わたくしも人のことはいえた義理ではないのですけど」

それを考えると思わず渋面になってしまう。
この学園に来てからも来る前からも自分という人間の振る舞いを
ひとつ、ひとつ思い返していると顔から火が出る思いだ。
力を見せることを厭わずそれで他者を跪かせることを厭わず、
それを当たり前どころか誇りのように思っていたのだから。
好きでやっていたことではなかったとしても言い訳にもならない。

「彼に見られる前で良かった。
 まさか……学園にこられるだなんて……」

いわれるがままそれが正しいとそう振る舞っていた自分を変えた人。
あの日見た強さと気高さ、そして語るだけで他を圧倒した存在感。
もう一度会いたいと思っていた相手とこんなに早く再会できて、
嬉しさもあるがそれ以外の衝撃的なことが続いて感情は複雑だ。
ステータスの低さに凶悪なマイペースさ、不可思議なほどの無知。
当初は本当に同一人物か疑ってしまったほどだ。
されど。

『おい、誰が帰っていいと言った?』

ディスプレイの映像を再度見る。あえてそこで停止させたが、
彼女は一度最後まできちんと見ている。だからもう確信していた。彼だ、と。
特別科の中でも下位なグループとはいえ圧倒したその力と威圧感。
背後から撮影したものなのに思わず身震いしてしまうものがそこにある。

「ここまで知っていたらリゼットの弁はあれ以上だったでしょうね」

何せガレスト至上主義者でありそれを全く隠そうとしない子である。
ここまで圧倒的な敗北をしていれば先にザフォード達が粛清される。
映像をそこで止めたのはそれを防ぐためとこれ以上の敵視感情を抑えるため。

「うまく、いかないものですね。
 あなたの言葉はあんなにも胸に響いて人々を目覚めさせたというのに」

なのに自分は長年付き添ってきた従者ひとりコントロールしきれない。
いったいどんなトリックを使ったというのか。あるのなら教えてほしい。
切実にそう思ってしまうほど彼の言葉には何か抗いにくい魔力があった。
そう、例えば今日も。

『次何かしたら、夜のベッドでどんな目に合うか解らないぞ』

「っ、い、いえあれはただのわたくしの勘違いでしょう!?」

そうだと判明したあとで思い出しても彼女を赤面させる程度には。
冷静になってそれまでの文脈や状況を考えれば翻訳上のミスとわかる。
あとで調べて『直訳』すれば本来は「月夜ばかりと思うなよ」という
典型的な脅し文句であるとわかって、安堵した彼女である。
脅されていると解って安堵する奇妙さを本人は気付いていないが。

「そもそもわたくしは何を慌てていたのやら。
 女子寮の最上階で警備も厳重なここに男子生徒が入り込むなど」

あり得るわけがない。
そんなことはわかっていたのに彼の一言で頭の中が沸騰した。


『───本当に、今夜お前のベッドに忍び込んでやろうか?』


瞬間妄想してしまったことに自分で恥ずかしくなって逃げてしまった。
無様極まりない捨て台詞を口にしたうえに噛むという大失態を演じて。

「とっ、とにかくっ、明日謝罪をしてから……あら?」

脳裏に蘇った言葉と光景を吹き飛ばすように体を起こして決意表明。
胸の前で力強く両手を握りしめた時、小さな紙きれが一枚膝に落ちる。
寝転んだ時は暗さとベッドの柔らかさで気付かなかったが、
どうやら彼女が寝転ぶ前から置いてあったものらしい。

「これは、紙!?
 それも地球では大量にあるという噂のメモ用紙!?」

手に取って、物珍しそうに眺める縦ロール。
資源が乏しい世界ガレストでは紙はもはや作られていない。
フォスタなどを代表とする携帯ツールに記録するのが当たり前となって
彼女のような地位にあっても地球に来るまでは存在しか知らないもの。
今までの学園生活でも触れる事が無かったため思わず興奮してしまう。

「わぁ、一度じっくり触ってみたかったのです。
 服の布とも植物の葉とも違う。これが紙!」

指だけで触れたり掴んだり振ったりしてその感触を楽しむ。
しかしそうして触れていると何かが書かれているのが目に入る。

「文字、これはえっと……日本語ですわね。
 参りましたわ。英語ならともかく日本語はまだ全然読めません」

地球の言語は多種多様だ。ガレストとて地方によって訛りぐらいはあるが
完全に違う文字を使う言語体系が複数あるというのは信じられなかった。
45年前に異世界交流の計画がスタートして実際に交渉に入ったのが
その7年後の38年前だったのはそれら一つ一つを翻訳する作業に
すさまじい時間と労力を取られたからだと語り継がれているほど。
そしてその当時の翻訳家たちの努力はいまフォスタに宿っている。

「文字翻訳モード起動。対象言語は日本語」

日本語で書かれているそれをフォスタのカメラ機能で映すだけで
ディスプレイにはガレスト語に翻訳された形で表示された。




  忍び込まないから、安心して寝てろ縦ロール
                       』


「え?」


翻訳されて読めるようになった文字の意味がわからなかった。
いや、分かってはいけない気がして無意識に理解しようとしなかったのだ。
だがそれも無駄な抵抗。伊達にこの学園で座学トップを誇ってはいない。
聡い彼女はすぐさま文章の意味を理解した。理解してしまった。


「えええええええええええええええぇぇぇぇっっっ!?!?!?」


そうなれば、こんな大絶叫をしたところで誰が責められるか。
すべてはそんなメモを転移魔法の無駄遣いで届けた黒衣の仮面が悪い。
そして当の本人はとっくに女子寮から離れて街に向かっているのだから余計に。
だがそうとは知らない彼女は慌てふためき、動揺していた。


──あの人が、ここまで入って来た?


「うえっ!? ちょ、ちょっとまってください!?
 た、確かに体はキレイですけど、ってそこじゃありません!
 どこですか!? いるんでしょう!? 出てきなさい!!」

多少混乱をしつつもベッドから降りて周囲を警戒しながら叫ぶ。
完全防音なために幸か不幸か外にいる従者たちには聞こえておらず、
そしているかもしれない彼からの返事どころか物音さえしない。
ぼんやりとした灯りしかない寝室は暗く誰かが潜んでいても解らない。
灯りをつけようかとも思ったがそれだとさすがに外の者が気付く。
本当に彼が潜んでいた場合互いに面倒なことになってしまう。
ならば。

「ここですか!? ここですか!? ここですか!?
 ここっ…………なわけないですわね……」

ベッドの下を覗き込み、シーツを引っぺがし、クローゼットを開け、
果ては小さなゴミ箱までひっくり返してアリステルは大捜索していた。
いないので当然彼は見つからず、結局彼女はどこか緊張した様子で
ベッドの上でひとり枕を抱えながら一睡もできなかったという。




二枚目のメモを見つけるまで。





  期待したか?
  残念 おやすみ ゆっくり寝てな
                 』



「……………また、からかわれたっ!?」


正確に表現するのなら色々と弄ばれたというべきであろう。
事実を理解した彼女は感情のままメモを引きちぎって叫ぶが、
その声は防音のおかげで幸か不幸か誰の耳にも届くことはなかった。
翌日謝罪する予定は“どういうことですか!”と詰め寄ることに変更したが、
詳しい中身を人前で口に出来なかった彼女はそこでも彼にからかわれたという──

+注意+
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