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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第一章「転入初日」

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03-13 技術科(と書いてマッドと読む)

彼に平和な学園生活など最初から用意されてなかった
「なあヒナ、誰を脅せば俺は退学できると思う?」

「キュイ!?」

置いてかれた彼女と共に彼を探し出したミューヒに開口一番そんなことを言い出す。
平常時であれば冗談と受け流せるが現在シンイチは廊下の隅っこで膝を抱えていた。
周辺の空気も暗く重いものになっているような気さえしてしまう陰鬱さで。

「落ち込んでるわりに発想が物騒」

絶えず笑っている彼女も彼と関わると妙に苦笑が増えていた。
されどすぐにその表情に真剣さを増して諭すように淡々と語る。

「………でも無理だよ、わかってるでしょ?
 一度ここに来る事を了承した以上イッチーに退学できる権利はない」

彼の入学には日本政府からの保護と監視という意味合いがある。
それを拒否して本土で生きていたのなら選択肢は他にもあったが、
一度それを受け入れた以上卒業まで彼の立場はここの生徒である。
伊達に世話係を学園から任されていない。そうなった事情は知っていた。
尤も千羽姉弟との間に何があったのかは現時点では関知していないが。

「…………はっ、ま~た選択肢を間違えた。どうしてこう俺って奴は。
 いると知ってたのなら……何がなんでも来なかったのにっ、ははっ」

悲しげに笑って、乾いた笑みをこぼすシンイチ。
見かねてその肩に乗って慰めるように“彼女”は頬を舐める。

「キュ」

「……ありがと…………あいつら、どうした?」

「イッチーがいなくなったあと弟くんの方がヨッピー連れてった。
 なんかああなるの慣れてるみたいだったけどボクはあんな彼女初めて見たよ」

そのさいまるで呪詛のように呟いていた彼への言葉は一言も伝えられない。
弟には手厳しいが明るく活動的で場の中心になることが多い彼女。
風紀委員としては公明正大であり真面目で勤勉でもあるので
教員からも信用のおかれている彼女とは思えない言葉が連発された。
さしものヒナも思わず引いてしまう態度であったほどに。

「聞かない方がいいんだよね?」

あんな人当たりの良いはずの姉弟と穏やかではない関係になった経緯を。
言外にそう聞いたミューヒにシンイチはゆっくりと頷いて、立ち上がった。

「…………案内してくれ。確か午後はそういう予定だったよな」

「うん、じゃあついでだしこのまま技術科棟に行こうか。近いし。
 それに、あっちは普通科の生徒は滅多に行かないから」

表情は元に戻っていたがどこか陰鬱とした空気は変わっていない。
何かをすることで暗くなる思考をどうにか止めようという態度だった。
されど。

「その……なあ、ここではあいつらってどういう立場?
 風紀委員とかいってたしお前らとも親しげだったけど」

気になるのか技術科のある棟へ向かうなか彼はそう聞いてくる。
辛いならやめておけばいいのにと思いながらも彼女は聞かれた事を律儀に答えた。

「二人とも普通科2-Bで期待の双子星なんていわれるほどに成績いいよ。
 普通科にいる地球人じゃ実質トップだと思うし今一番特別科に近い生徒。
 夏までの成績次第では今年度中に入ることも夢じゃない」

それに眼を瞬きするほど意外そうに聞いているシンイチ。

「優秀、って考えればいいのか?」

「地球人としては、だけどね。このへんはもうどうしようもないから。
 グウちゃんみたいな例外除けば地球人のステータスは個体差が大きいし、
 特化型になりやすいからある一点では勝てても総合的には負けちゃうの」

「そうか……ここ学校だもんな」

「実戦なら、特化型はそれはそれで使い道あるんだけどねぇ」

ガレスト人は全体的にランクが高くて平均的に伸びる。
地球人は個人ごとの差が大きくて何かのランクだけが特化しやすい。
総合した成績で判断されるここではそれは大きなハンデになっていた。
またガレストは親の初期ランクや成長限界値などの資質を受け継ぐのに対して、
地球人は遺伝がステータスランクに影響しない。ばらつきが多いのはこのためだ。
そうなったのはステータスの高さが求められ脅威が身近にあるガレスト世界と、
ステータスが存在しておらず脅威が同じ人類しかいなかった地球世界で、
それぞれが長い間生きてきたゆえの違いといわれている。

「風紀委員なのはヨッピーだけなんだけど弟くんもよく付き合わされてるんだ。
 副風紀委員とかいわれちゃうぐらいだからよく会うんだボクやグウちゃん」

「………自分で自分を問題児だといってるも同然だが?」

「あっはっはぁっ、そうともいう!」

「そうとしかいわねえよ。あんま迷惑かけんな」

ハイ気を付けます。といって堅苦しい敬礼までして宣言したが、
なぜかまったくもって信用できないシンイチであった。





技術科のある棟は学園校舎のおよそ東側にありその境目は完全に閉じられていた。
重厚そうな厚い扉と開閉のための大仰なコンソールが設置してある光景に
思わずシンイチは隣に立つ狐っ娘を無言で見詰めながら扉を指差した。

「うふふ、初めてみるとびっくりするよね。校内にこんな扉だもんね。
 でも扱ってる技術はまだ地球側に公表してないのもあるから、
 技術が漏れる可能性を排除するために必要な処置なんだ。
 “本人が”戦えないって人もけっこういるし」

一通りの説明に納得した彼を尻目に軽い足取りで重厚な扉に向かうと
フォスタをコンソールのモニターにかざすと短い電子音のあと扉が開いていく。

「自由に入れるのは技術科所属の生徒と教師。
 あとは特別科でもごくごく一部の人たちだけ。
 それ以外だと事前に申請だして許可おりるの待つしかないね」

それで入れても機材は滅多に触れないからあまり意味がないために
普通科の生徒がいることは年間通しても指で数える程度しかないという。

「俺は?」

「許可はとっておいたよ、今日だけ、だけど」

「ふーん」

興味なさげにミューヒのあとに続いて技術科棟に入る。
彼女が前を向いているのをいいことに右手の爪で一瞬壁をなぞった。
たとえ見られたとしてもただ壁に触れたとしか思えないそれはいわばマーキング。
魔力で印を刻むことでそこを起点にしていくつかの魔法を遠地から発動できる。
空間転移の座標点にすることも遠見術の目とすることも可能だ。
じつは授業や学園案内をされながら彼はあちこちでこれを施していた。

「ところで、ヒナ」

「うん、なーに?」

何食わぬ顔でそんなことをしながらも、次第に表情が硬くなっていく。

「もう、今日は授業が終わったはずだよな?」

「そうだよ、だって技術科がこんなにもうるさいんだもん!」

されど彼からの指摘にミューヒは嬉しそうに笑うだけだ。

ガキンゴン!
ドーン!
ガタガタ!
ドカン!
ピーガク!
ドタン!
ガンガン!
チュドーン!

文字として表現するならおおよそそんな音が棟内に響いている。
技術科というぐらいなのだから機械の駆動音があるのは納得できるが、
響いている轟音の大半が爆発音(・・・)なのはいったいどういうことか。

「なにやってるんだここは?」
「ん? 実験に決まってるじゃない!」

その中身について聞いたのだが意図的にはぐらかされた。
答えられないということなんだろうと当たりをつけて詳しくは聞かなかった。

「うふふ、それじゃ一応先生のところ行こっか。
 許可は取ったけどあいさつぐらいしておかないと。
 普通科でも授業で技術科の先生と会うことぐらいはあるからね」

「ああ」

むしろ聞かないでねと笑う顔に従い、スキップで進む彼女の後を追う。
通路を歩けば必然的に視界の隅に並んだ実験室内が見えてきたのだが。

「ベータエンジンにこの特殊ニューロ機構を繋げば従来の三十倍のパワーが……」

怪しげな形をしたエンジンに怪しげな装置をつける奴。

「ふふふっ、甘い。甘いわ!
 その程度のファイアーウォールで私のウイルスたんを防げるとでも!?」

キーボードを叩きながら高笑いする少女。

「あはははっ! 私の理論通りならこれで史上最強の合金が誕生すっ、がはぁっ!?」

何かの装置を操作して笑っていた奴が爆発に消えた。

「貴様! 俺のふぇんりるくん四号をバカにしたな!」

「ふん、そんな木偶。我が高貴なるテロベエくんの前には玩具よ!」

五十歩百歩な外観の機械人形が教室狭しと格闘戦を繰り広げている。

「フォトンの流れを、こうしてああして、あら不思議。
 これひとつで学園が吹っ飛ぶ爆弾の出来上がりよ、うふふ……」

にっこり笑顔で物騒なものを作り上げる女子生徒。

「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……」

もはや何を呟いているのかさえ解らないまま数式を書き続ける奴。



──ナニコレコワイ
過去に見た邪神信仰者たちの狂気と血と生贄ばかりの儀式より、怖かった。
鳥肌がたつ腕をさすりながらここはマッドサイエンティストを量産する気なのかと疑う。

「キュッキュキュッ……!」

その独特の怖さがある雰囲気のためか彼女はシンイチの肩で怯えていた。

「離れるなよ、実験体にされかねん」

「キュキュッ!」

震えながら頷くその背中を撫でながら先を歩く少女を眺める。
鼻歌交じりで尻尾を楽しげに揺らしながら周囲を気にせず歩いている。
阿鼻叫喚なカオスな科学者空間を笑顔で歩くキツネ娘。シュールだった。



そうして歩いて辿り着いたのは技術科棟の最上階の最も奥。
扉の上には『技術科職員室』という室名札が取り付けられていた。

「ここが技術科職員室。
 一応生徒達の監督するために技術科教師はこっちにいることが多いの」

「……一応ってなんだ、一応って」

ここに来るまでの間に見えた教室内に教師らしき姿は皆無だった。
どうやら授業外の活動に関しては自己責任の放任主義らしい。
扉の厳重さとは正反対にその内側の雑さにシンイチは不安が募る。

「ん?」

「あら、シロナッチだけか……先生いる~?」

何かの駆動音を感じた気がしたシンイチだが、
彼女は扉横にあるコンソールにフォスタをかざして認証させる。
左右に開かれていく自動扉の前に立った彼女の姿に、頭で警鐘が鳴った。

「ヒナ、下がれっ!!」

言葉の反応を待つ猶予もなく腕を掴んで手元に強引に引き寄せた。
瞬間、彼女の頭があった場所をナニカが通り過ぎて向かいの壁に激突して止まる。
ぶ厚い壁に罅が入るほどの衝撃と硬さを見せたナニカはそのまま床に落ちた。
そして、ゆっくりと動き出す(・・・・)

「………なに、あのバッタもどき?」

激突した衝撃ゆえか挙動は少しおぼつかないが形状は昆虫のバッタに酷似していた。
鋼の肉体と体長30センチはあるそれはどう見ても生物とは思えない代物だが。

「こ、小型ドローンの一種だよ。模擬戦の相手とかするの。
 でもあんなスピード出せるなんて……あ、イッチーありが」
「次やったら俺がお前の頭を殴る」
「っ!?」

腕の中で彼女が早口で説明しつつ礼を口にしようとしたのを彼は遮った。
人の耳でかすかに聞こえた怪しい駆動音が彼女の耳で察知できないわけがない。
露骨に試されたこととそれが分かってて引っかかった自分に軽く舌打ちする。

「キュー!」

その間に体勢を整えたバッタ型のドローンが跳ねる。
まるで彼らを狙うかのようにバッタを模した強靭な後ろ足が床を蹴った。
それよりも若干早くに肩から跳ねた狐は空中で見事な体の捻りを見せると
その勢いを乗せた尻尾で強烈な一撃をバッタモドキに繰り出した。
空中で激突した両者は、されど拮抗することもなく簡単にモドキが弾かれる。
見た目は軽そうな一撃でも種族特有の高い筋力が上乗せされたそれの威力は高い。

「キュウ!」

彼女はさらに追い打ち目的かトドメを差すためか。
その身体に飛び乗って一本の尻尾をバッタの腹部分に向けると笑う。
小さな稲光と共に高圧電流を直接流し込んで内部の機器を回路ごと破壊した。

「キュキュキュウ!」

一瞬で黒焦げとなったバッタモドキの上で誇らしげに胸を張る彼女はご満悦である。
地球に来てからあまり使わなかったためにフラストレーションが溜まっていたようだ。

「いまの……もしかして尻尾の数だけあるっていうアマリリスの力?」

「ああ」

シンイチは問いかけに短く適当に頷いた。だが、あながちウソでもない。
アマリリス・フォックスには尻尾の数だけ特殊能力があるらしく、
テンコリウスは生来九つの特殊能力があり尻尾の数だけ制御できる。
実は違うが傍目にはどちらも違わないので誤魔化すのは楽だった。

「しかし、なにがあったんだ?」

ミューヒから離れ、警戒しつつ入ってみれば職員室らしくない部屋が広がる。
広い室内はほとんど機械に埋めつくされており教室にあったものより
素人目でもはるかに上の性能を持つ装置が所狭しと並んでいた。
ただしいくつかは無残に破壊されておりバッタモドキが暴れた結果と推測された。
資料らしき紙類も職員室に散らばっておりあのドローンの暴れ具合は想像できる。
今にも崩れそうな危なげなバランスで積み重なっているものもあるので
どこまでがバッタモドキの仕業かは疑わしいところだが。

「………暴れていたのはあいつだけのようだな、他に動く気配がない」

「ぅぅ………あれ、シロナッチは? いないの先生!」

部屋全体を見渡しながら動いているモノがないことを確認すると
ミューヒが声張り上げるが返答は帰ってこず、机の下やら物陰を捜索しだす。
シンイチは作業机の上に解体途中と思われるあのバッタの同類を発見する。
他にも様々な形のドローンと思わしき物体が分解された状態で放置されていた。
周囲には用途不明の機械類も乱雑していてガレスト初心者の彼には何が何やら。

「ん、これは?」

その中に柄と鍔だけの刃がない剣のようなものがあった。
休み時間中に見た模擬戦で使われていたエネルギーの刃を作る武器。
それの簡易型ではないかと推察するシンイチは手に取りながら、懐かしむ。

「あっちにもあったよな。魔力で刃を作る柄だけの武器」

持ち運び易さや刃の摩耗を気にする必要がないという利点はあったものの、
魔力は魔法を使うための燃料と考えるファランディアでは定着しなかった。
魔法を使った結果魔力が武器状になることはあっても意図してではない。
地球の物で例えるなら誰もガソリンを固まらせて鈍器にしようとは考えない。
武器として無理に使うなら誰だって正規の使い方に近い方法を思いつく。
あの世界の住人にとって魔力とはそういうものなのだ。
技術問題で魔力コストが高過ぎるという別問題が主な原因だったが。

「勝手に触っちゃだめだよイッチー。
 そこにあるの多分修理途中のだから、壊れるかもよ?」

「ん、わか……っ」

背後からの声に振り返りかけた瞬間彼女の背後で積み重なっていた資料が崩れた。
その中から姿を見せたのはさっきのと同型のバッタモドキ。二体目が、いた。
今度は本当に音に反応したミューヒだが、タイミングと位置が悪かった。
バッタモドキが跳ねる方が速い。

「きゃっ!?」

突き飛ばすようにして彼女を逃し、迫るバッタに咄嗟に手元の武装を使った。
即座にフォスタのソードと同程度の刀身を作り出したそれは
彼の想像以上の切れ味を出してバッタを空中で真っ二つにする。
そして金属音を立てて床に落ちれば、二度と動かなくなっていく。
縦に左右に斬られた機械がそれでもかすかに動いているのは不気味だが、
むしろ現在進行形で火花を散らしている手元の剣のほうが問題だった。

「ヒナ、窓あけろ!」
「え……う、うん!」

呆気にとられていた彼女は跳び起きていわれるまま近くの窓を開けた。
彼はそうして開いた場所目掛けて柄だけの剣を放り投げた。途端。

「わ!?」
「あ、ぶなぁ……」

窓の向こうの空で小さな爆発を起こして剣は無惨にも四散した。
最上階から上空に向けて投げたことと爆発も小さかったことでその余波はなかった。
安堵の息をもらすミューヒとは別にシンイチは険しい顔で斬ったドローンを睨む。
あれだけの距離にいて動き出すまでその存在に気付けなかったのが悔しい。
生物ならともかく機械仕掛けのロボットとなるとこれまでのやり方では
その存在を察知するのは難しく、それらを先んじて感知することで
先手や後の先をとってきた彼からすると人間より厄介な相手である。
早急に対応策を検討する必要性があった。

「いやあ、助かったわぁ」

考え込みそうだった所へ扉を開ける音と共に明らかに軽い調子の声が届けられる。
彼が視線を向ければ隣の資料室と書かれた扉から汚れたツナギ姿の女性が出てきた。
長そうな髪を雑にひとまとめにして飾り気のない黒縁眼鏡をしている。

「シロナッチ! そんなところにいたの?」

どうやら彼女がここにいるべき技術科教師だったらしい。
格好は教師というよりは整備士のようではあるが技術職だから問題ないのだろう。

「ああ、ルオーナさん。いいかげん城田博士と呼んでほしいわ」

「だったら博士らしいことしてほしいなぁ。それより何があったの?」

「ふぅ、相変わらずだね。
 じつは修理要請されていたドローンを改造してたら暴走してしまってね。
 手が付けられなかったから、隣に隠れていたんだよ」

「ええ!? またぁ!?」

失敗、失敗と朗らかに笑うその女性教師は実にさわやかに自白した。
しかも常習犯らしく反省や自省はまったく見込めそうになかった。
限りなく軽蔑に近い半眼の眼差しがシンイチから彼女に向けられている。

「しかし、いやはや方や見事に真っ二つで片や黒焦げか……まいったね」

シンイチの足元の機体と扉の向こうで焦げている機体を見比べる。
これ見よがしに肩を落とす姿からは本気がまるで見えなかった。

「これじゃ修理は不可能。
 今日中に修復して戻せといわれていたんだが……困ったな」

何か意味ありげな視線をシンイチに向けて笑う教師。
眼鏡の奥の瞳は、何か別の意味で笑っているように見える。

「……それが?」

面倒な話になりそうだが聞かずに去るのも後から問題にされそう(・・・・)
そう感じた彼は胡散臭そうな表情を浮かべてその女教師の顔を見据える。

「これでも私は忙しくてね。
 個人的にしたい、いやしなくてはいけない研究や実験が山積み。
 けれどさすがに上からの指示に逆らうと追い出されるからね。
 二体のホッパーは完全な形で提出しないいけないんだ。たぶん今夜は徹夜になる」

「………何が、いいたい……のですか?」

「いち学生の君に弁償を求めるのも酷だろうから、
 ここはひとつ雑用として手伝ってくれないかい?」

“とりあえず君が壊した分の金額分ぐらいは”
と、何の臆面もなく言い出す目の前の女に呆然となる。
以前から知っている仲であろうミューヒでさえ驚いた顔で固まっていた。

「ことわ……ります」

「は?」

「正直な話、あなたの話には正当性がない。
 あの機械が暴走したのもそれを放置したのもあなただ。
 ならあれが引き起こした全ての責任はあなたにあるのであって俺には何の関係もない」

即答で断られるとは、本気で思っていなかったらしい。
表情が完全に予想外なことを言われたといわんばかりに唖然としている。
そして今もまた少し不思議そうに彼に聞き返してくる。

「壊したのは、君なのに?」

「正当防衛だ。やらなきゃこっちがケガじゃすまなかったかもしれない。 
 決して過剰防衛にはならないと俺は考えますが………違いますか?」

彼女が電流で黒焦げにしたのは過剰だったかもしれないが、
彼らとしては完全に機能停止に追い込むためという理由は用意できる。
城田教師は彼の言葉に仮初の笑みを消して、下がったメガネを黙って上げた。

「………うん、じゃあホッパーの件はいいとしょう。
 けどあの修理中のソードを壊したのはいただけないね」

「あれも身を護るために手近な武器を利用にしたにすぎない。
 結果としてそれで壊れたのは事実ですが元を辿れば放置したあなたのせいでしょう?」

「………………君の言い分はわかったわ。けど現実問題として非常に私は困っ」

「知りませんよ」

会話は成立しているがその中身は取り付く島がない。
城田教師の言葉を遮るようにして彼はそれを切って捨てる。

「人を集めるなり事情を話すなり解決策はいくらでもあるでしょう。
 責任者はあなたであって俺じゃないんだ。協力するいわれはない。
 それに教師が生徒に自分の問題を解決してくれというのも変でしょう?」

そしてクスリと小馬鹿にするかのように笑ってみせる。
こういう難癖をつけてくる手合いには必要なポーズ。
これで勝手に感情的になってくれればこの場から離れやすくなる。

「……ふぅ、わかったよ。
 私だけでなんとかするからもう帰った、帰った。作業の邪魔だ」

「はい、では失礼します」

しかしながら思ったよりは冷静だったのか。
これ以上は問答するだけ無駄と判断したのか。
露骨な嫌悪感を出して彼らを追い出しにかかった。
それに逆らうことなく乗っかる形で早々にそこから離れるシンイチたち。

「キュキュアー!」

「怒るな、怒るな。あれは怒ったほうが負けだ」

再び肩に乗った彼女は今にも職員室に向けて放電しそうな気配だ。
それを宥めながらも彼女の態度があまりにも嘘くさいことが気になる。
何か別の目的のために自分は引き止められていたと感じていた。

「本当に名前だけになってきたな、保護って話」

───あれは完全にモルモットを見る目だ
かつての間違いの日に自分が見られていた視線。
いまならばその意味はどこまでも正確に把握できてしまう。

「ねえねえ、イッチー?」
「ん?」

暗く冷たい感情が湧き出てしまいそうな所に声をかけられ我に返る。
まだこの狐っ娘がそばにいることを彼は半ば以上失念していた。

「あ、どうした?」

視線を向けた先では彼女は分かりづらくも分かりやすく気落ちしていた。
なにせ顔は笑ってるのだが耳も尻尾も垂れているのだ。実にわかりやすい。

「さっきのはボクお礼いってもいい?」

「さっき?
 あ、ああ、いいけど……いやそれより大丈夫だったか!?
 思いっきり突き飛ばしちまったから、どっか打たなかったか!?」

いわれて彼女を庇うためにやった行動を思い返して逆に強く心配する。
咄嗟のことだったとはいえ他にもやりようはあったように思うのだ。

「…………う、うん! ボクすっごく頑丈だから!」

そんな心配をされたことでなぜか彼女は一気に明るい声を出す。
耳はビンビンと立ち上がって、尻尾はちぎれんばかりに振っていた。
内心、彼女はキツネではなく犬なのではないかと思ったのは内緒である。

「さあっ、案内続けるよぉ!」

そしてギュッとしがみつくように腕をとると引っ張っていく。
密着のしすぎと感じるが不安げな所作が見え隠れして拒否はできそうになかった。
引っ張られるままについていくが、念のため振り向かない彼女の背に言葉をかける。

「………気にするなよ。俺はもう忘れた」

彼も咄嗟のことに余計なこと言ったと感じていた。
あの時は黙って礼を受け取っておけばよかった。と。

「……………」

返答がないのを返事だと思って彼は引かれるがままについていく。
狐耳がぴこぴこ動き回っているので元気にはなったと判断して。

「ごめんね。
 シロナッチ、城田奈津美先生は目先のものしか興味がない生粋の科学者なの。
 なんとっ、あの未帰還者たちを“強制回収”したシステムを
 ガレストに先駆けて構築したすごい先生ではあるんだけどね」

「………なるほど。助かる」

だから自分を一芝居うってまで引き止めたかったのだと納得する。
そんなお詫び兼お礼代わりを受け取りながら微笑を浮かべるシンイチだ。

「けどびっくりしたよ。
 イッチーってただのマイペースかと思ったら、
 シロナッチを口で黙らせて要求を真正面から断るんだもん。
 そんなヒト、ボク初めてみたよ」

「マイペースって、お前にだけはいわれたくないな。
 けどあんなのは適当に聞き流して適当な正論で黙らせればいいだろ?」

まともに意見を聞くから相手のペースに利用されるのだ。と。
どこか呆れが混じった顔にはこれまでにはなかった感情が隠れ見える。

「あはは、イッチーでも苦手なんだね、ああいう人。
 他のみんなからも扱いに困ってるんだ。あの通り独特だからね」

それをミューヒは“苦手”と表現したが彼はそれを鼻で笑った。

「はっ、独特? 違うね、あれはただのガキだ。
 責任をはなから取る気のないくせに好きなことだけはしたい。
 俺はそんなバカなガキが……殺したいほど嫌いなんだよ」

そしてはっきりとした敵意と嫌悪と殺気を暗い笑みと共に発した。
冗談や脅しといった雰囲気は毛ほどにも感じさせないそれに息を呑む。

「っ、じゃあ……他の生徒たちは?
 もう知ってると思うけど我の強い子多いし一部はけっこうワガママだよ?」

変わらぬ笑みで聞きながらも内心では答えを聞くのが怖い質問だ。
ようは彼は無責任で自分勝手な奴が殺意を抱くほど嫌いといったのである。
学園の性質上、生徒達の中に前者は少ないが解釈によっては後者は多い。
しっかりと自分を持つことと自分勝手はわりと紙一重なのである。

「え、なんで?」

「ふえ?」

されどシンイチはその言葉を心底不思議そうに受け取って聞き返していた。

「あいつらは子供だろ? ガキと子供は違うさ。
 子供が勝手だったりワガママだったりするのは当たり前じゃないか」

彼の中でガキと子供という言葉の意味は違っていた。
前者ははた迷惑な存在であり後者は当然の義務と見ていた。

「あははっ、オットナだねイッチー。
 でも目線が高すぎるよ、15歳の子供なんだからもっとダウン!」

子供を見守る大人。しかもかなり精神が成熟したそれのような意見を
笑い飛ばしながら彼女は大きなジェスチャーで頭を下げろとアピールする。
彼女の背丈もあって身長が縮めと呪いをかけられてるようにさえ感じた。

「ふっ……そう、だな。うん、15歳だったよな、俺」

それは子供だ。少なくとも地球の日本においては。
確認するように呟いてシンイチが微笑んだのを見て彼女もまた笑う。


「さあレッツ・ゴー!」


変わらず腕を引いて、それでいて余計に幼く思える声で走った。
まるでそれに引きずって彼の目線の高さを低めようとするかのように。
そしてその気遣いにシンイチは胸の中で誠実に感謝するのだった。







────────────────────────────────────






「失敗しちゃったなぁ……」

誰もが去った技術科の職員室でひとり彼女は小さく息を吐く。
生徒会の依頼(・・・・・・)を利用した策は完全なる失敗となっていた。
資料写真の相貌から押し切ればいう通りにできそうな気弱な印象とは真逆。
筋が通らないことには誰が相手でもウンとは言わない頑固さが見えた。

「残念、引き止めて色々調べちゃおうと思ってたのに」

アレは非常に貴重な研究材料だったのに。と女は笑う。
彼女が自信をもってつくりあげたシステムに探知されず、
されどひと月以上の時間差で単独で帰還した謎の少年。

「謎と疑問のデパート、どこも欲しがるわよねぇ」

それだけでも彼女の興味をひくというのに
不可思議な次元漂流した彼はさらに普通とは違った状態で帰還した。
その謎への興味と仮説はつきず、考えているだけで彼女は眠れない。
彼の身体を隅から隅まで調べつくしたい欲求が止まらない。

「なんだったら力尽くっていうのも考えてたけど、無理そうよね」

片手間で改造したわりには自信作だったホッパードローン改。
その動きに即座に対応してみせた反射速度と判断能力。
従えるアマリリスが見せたドローンを軽く凌駕する戦闘能力。
なにより──

「“あの”ソードで私が作った特殊合金を奇麗に真っ二つだものね」

──あり得ない現象を起こした現実にさすがに彼女も戸惑った。

「本当に修復中だったから、
 フォスタとのリンクシステム積んでなかったのに。
 どうやって彼はあのソードにフォトンを流したのかしら?」

その無茶なせいか爆散してデータ回収できなかったのが悔やまれる。
今まで信じていた常識が崩れ落ちて、未知への好奇心が止まらない。
初めてガレスト科学に触れた瞬間を思い出す歓喜に胸が躍る。

「………にしても、まるで最初からこの形だったみたいにキレイねぇ」

真っ二つにされたホッパーのその痕を指でなぞる。
こんなことが修復中の武装で出来てしまう相手だ。
もうフォスタを手にした以上自分では手も足もでないだろう。
彼女は所詮ただの科学者でしかなく、その自覚はあった。
手持ちの素材とここの施設で作り出せるものでは役にも立つまい。

「ねえ、あなたは私の知らない何を知っているのかしら『中村信一』くん?」

絶対にその秘密を明らかにしてみせる。
胸の中でそう決意して、朗らかに笑って自身のフォスタを操作した。

「生徒会にくれてやる情報はないわ。
 映像データは念入りに全部デリート、デリート」

そも生徒会への報告などする気はないしあちらも期待してはいない。
彼女の頭にあるのは次はどうやってここに誘い出すか、である。
一晩中それを考えて、またも眠れない夜を過ごすことになる。
そのために本当にあったホッパードローンの納期に遅れるのだが、
当人はまったく気にしていなかったという─────

彼女が「05-00 壊された日常」ケース4に出て会議を仲裁?した女教師です。
+注意+
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