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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

波紋編 第一章「転入初日」

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03-12 隠す事情<食事<???

なぜかこの話が最長になったよ。でも一話にまとめたかった。

これまでで見た事のない主人公の百面相をお楽しみください(笑)
フリーレ教諭に強襲されてかなり遅れたものの。
競技場の前で一人と一匹のキツネは並んで待っていた。

「キュイ!」

シンイチの気配を察知して飛び乗るように彼女は定位置に乗る。
どことなく疲れているような、毛並が乱れているように見えた。

「お前、どうした?」

「キュウキュウ……」

聞かないでほしいといいただけに頭の上で遠い目をするキツネ。
どういうことだと狐っ娘を見ればおかしそうに笑っていた。

「更衣室にまで連れてったら他の子たちにもみくちゃにされちゃったの。
 やっぱりみんな女の子だよね、アマリリスなんて映像でしか見たことがないしね」

物珍しさと見目の可愛らしさから女子たちの注目と人気を集めてしまったのだ。
その中の何人かが勇気を持って触れて、嫌がるそぶりを見せなかったので
安心した他の子たちまでもが撫でたい、触りたい、抱きたいという騒ぎに。
“彼女”は抵抗するとシンイチの立場が悪くなると思って我慢したのである。

「ああ、そっか。悪かったな、そこまで考えてなかったよ」

「キュイキュイ!」

お気になさらないでください!
とばかりに慌てて首を振って意思表示する姿に微笑を浮かべる。

「ヒナも悪いな、待っててもらっちゃって」

「いいよ、いいよ。案内役だし今日は午後ないし。
 結果的に一番込んでる時間は過ぎたと思うから行ってみよ」

そういって先に進む彼女を先導役にしてシンイチが後に続く。
第一及び第二運動場は学園校舎の外に併設される形で作られている。
第二からまず校舎に戻って、一階部分のほぼ中央に位置する食堂を目指した。

「なあ、ここの食堂ってどういうシステムなんだ?
 俺は帰還者扱いだから授業料とか色々免除されてるけど、
 食費となるとどういう扱いになるんだ?」

「食堂につけば全部わかるよ。ほら、そこだから入った、入った」

疑問に対してろくな答えがないまま押し込まれるように開かれた空間に入る。
500~600人が入りそうな広さと席数を見せるそれは天井が高いせいか。
見た目以上の広さを与えて、およそ7割の席が埋まっているのに狭さを感じない。

「おおっ!」

何より、幾人かの生徒が並んでトレイに乗った食事を受け取る風景。
その奥に見える調理場とそこで働くおばちゃんたちの姿。
手にした包丁を振るい、見た事のある食材を調理していく工程。
それらに彼は地味に感動した。

「すごく、食堂だ……俺がイメージする食堂だ!」

「よくわかんないけど、興奮するより前にフォスタ見てね」

「え、あれ、画面が勝手に切り替わってる?」

手で持つのもポケットに仕舞うのも面倒だった彼は腕に付けたまま。
ディスプレイに浮かぶのはいくつもの定食や食べ物の名前とその値段だ。
上部には彼の名前と“残り免除額”などいう文字の横に数字も並んでいる。

「つまり…………これ以内なら食べ放題ということだな!?」

意味を察したシンイチは興奮した様子でヒナの両肩を掴むと揺らす。

「うわっ、う、うん。その通りだよ。
 その金額はひと月ごとのだからしっかり考えて使って……」

「なに!? つまり今日は好きなだけ食えるってことか!?」

今日は月末。そして免除額はひと月分を示している。
月をまたぐことでリセットされるならここで食べつくした方が得。
それに気付いた彼の瞳はこれまでになく激しく燃えていた。

「そ、そうだね……」

「ちゅ、注文はどうするんだ!? ここは何時まで開いてるんだ!?」

「わー、わー!? 揺らさないで!
 教えるから、ボクちゃんと教えるからストップ!!」

興奮した様子で激しく揺さぶられてさしもの彼女もギブアップ。
手の動きは止めたが肩は掴まれたまま血走った眼が答えを求めている。
早々に答えなくてはいけないと思わせ、身の危険すら覚えた。

「注文はフォスタのメニューから食べたいものを一括注文。
 出来たら呼び出し音が鳴って、あっちで受け取るの。
 開いてるのは平日は2時。日曜は3時半までだね。
 ここは基本的に学園内で昼食をとるための食堂だから。
 朝食、夕食はそれぞれの寮にある食堂で取るのが普通かな。
 料金システムは共同になってるからそこも考えて。
 免除額を超えたら自腹になっちゃうからね」

だから、ではないがミューヒは一息で一気に説明した。
それを受けて理解した彼はものすごい勢いでメニューを読むと、
軽快なタッチで次々と選択すると早々に注文を終えてしまう。

「いやあ、まさかこんな所に来て和食洋食中華なんでもござれとはね!
 俺、今日初めてここにきて良かったと思ったぜ!」

「ボクはまさかここでイッチーが一番興奮するとは思わなかったよ……」

今日一番の、そして純粋な笑顔を浮かべて喜ぶ彼とは裏腹に、
予想外の所に大興奮しているシンイチにヒナは微妙に苦笑いだ。
それには彼が注文した料理の数と種類の出鱈目さもあったが、
ここまでガレスト技術に冷めた目か困惑を見せていた彼が
まさかのごく普通の食事に興奮したのが意外だったのだ。

「とにかく、先に座って待ってようよ。ほら、こっち」

彼女が先に空いていたテーブルにつくとシンイチはその向かいに座る。
少しミューヒの表情に不満が浮かぶがすぐに消えてこれまで通りの笑顔となった。

「しかしここは地球的というか日本的システムになってるんだな。
 てっきり俺は謎の機械装置が謎の材料から謎の料理を生み出している場所かと」

「あははっ、ガレスト本国ではまだまだそっちが主流らしいけどね。
 食のレベルやその技術は地球の方が高いからそれ関連は完全におんぶにだっこだよ」

何せ38年前の接触時に現地の料理の数々を味わった外交官たちの多くは
故郷に戻ると慣れ親しんだはずの食べ物を食して『これはゴミだ』と言い放った。
そんな伝説がまことしやかに語り継がれるほどこちらの世界各国独自の料理は
ガレスト社会に大きなカルチャーショックを与えたという。

「………良かった。
 帰ってきて食文化まで変わってたら俺泣いてたかもしれない」

ぐすりと鼻をすすってその話に本当に泣きそうになっているシンイチである。
ここまでくると何故そこまで食事に拘るのか不思議に思うレベルの反応だった。
訝しむミューヒを余所にフォスタが鳴って注文した料理が出来たことを知らせる。
途端に立ち上がって受け取りにいったかと思えば即座に戻ってくる。
右手には大盛りの焼きそば。左手には皿に乗ったハンバーガー10個。

「いただきます!」

まだ注文したものすべてが出来上がっていないのだが、待ちきれずに
テーブルにそのふたつを並べると手を合わせてから、かぶりつく。
軽く二人前はある焼きそばをすすり、まるで飲み物かのように吸い尽くす。
同時にお菓子のように一口で頬張って10秒で消えたハンバーガーの山。

「……………手品?」

「う、うまい!
 そうだよこのソースの香りと味が焼きそばが焼きそばたる所以!
 そして久しぶりのファストフード! こった料理もいいけどこの味なんだよ!」

ものの数十秒で食べつくしてしまったがその味に彼は大変な感動を示す。
両手を強く握りしめて何かを堪えるかのように天井を見上げていた。
されど再びフォスタが鳴れば一目散に受け取りにいっている。

「そういえば、帰還者が一番喜ぶのはこちらの食べ物だって話はよく聞くなぁ」

ガレストの食文化の遅れと懐かしい故郷の味という二点から、
地球の進んだそれらを帰還者は強く求めてしまうのだ。
それはファランディアにいたシンイチとて大きくは変わらない。

「ああ、この匂いとこの色!
 食欲を刺激するこれをまた食べられる日が来るなんて!」

大きく興奮する彼が今度テーブルに置いたのは大皿の麻婆豆腐。
そしてその脇には大きなどんぶりがありその中身は────ご飯だ。

「くぅぅっ!! この白さ、輝き! 夢にまで見た白米!!
 マーボーとの無敵のコラボ! 俺……俺もう、ゴールしていいよね!」

誰に対する問いかけなのか。
一人興奮するシンイチは恐ろしいスピードでレンゲを使って麻婆を食す。
続いて、その熱さと味が消えないうちに白米をかきこんで悦に浸った。
そして当然のように残った両者を合わせてマーボー丼にすると一瞬で平らげる。

「さすが俺のソウルフード! やはりお前は何にでも合う!
 おっ、次はラーメンライスでおかわりだ!!」

瞳に涙まで溜めて感激をアピールするとまた鳴った音に反応して駆けていく。

「うわぁ……あれあの体のどこに入ってるの?」

事情は分かるが今度は彼女が彼のテンションについていけない。
それ以前に大柄とは決していえない標準的な体型のどこにあれだけの量が入るのか。
呆れ半分不思議半分な顔で苦笑するヒナと違って“彼女”は目元をぬぐっている。

「どしたのアマリリスちゃん?」

「キュイ、キュイィィ……」

どことなく。あるいは完全にミューヒの想像ではあるが。
彼女は今のシンイチの姿を見て、嬉し涙を流しているように見えた。
存外この動物は表情豊かで、とても人間的であったために読みやすい。
さしずめ“これでようやく念願叶いましたね、良かった、良かったです!”的な。

「…………ふたりともいったいどんな食生活送ってたの?」

「んなもん、決まってるじゃないか。最悪だよ、最悪。
 ガレストの食い物なんて食えたものじゃないだろうが」

彼女らが座るテーブルの斜め後ろ。
黒髪の日本人にして学園ランキングトップ5に唯一入っている地球人がいた。

「あら、グウちゃん。食堂で食べてるなんて珍しい」

シングウジ・リョウ。
普段ならば学園外の高級指向な店で食事をとることが多い彼が食堂にいるのは稀。
まだ目の前のテーブルに何もない所から見ると注文をしたばかりなのであろう。
余談だが妙な愛称に無反応なのは彼がもう諦めているからである。

「気に入らないが、そっちのD野郎と一緒さ。
 何年か離れてるとここみたいな庶民的な味が恋しくなる瞬間があるんだよ」

周囲で食事している他の生徒のメニューを見ながら懐かしむような顔を浮かべる。
彼は4年前にガレストに迷い込んで2年過ごしたあとこちらに戻っていた。
既に異世界の存在は知れ渡っていたので混乱はなく、政府に保護もされた。

「ふーん、自分の意志で2年残ってた人でもそうなんだ。
 でもグウちゃんの場合、食べ物じゃなくて人肌恋しいんじゃないの?」

何を思ったのか彼の場合は意図して2年あちらで生活を送っている。
それにどんな目的や感情があったのかミューヒは知らず、興味もないが。
されど彼の周りを見れば、思わずからかうような笑みが浮かぶ。

「ハッ、なにをいうかと思えば。
 オレクラスになれば女の子たちなんてより取り見取り。
 むしろあっちからもこっちからもやってくるから断るのが大変さ」

「ああ、だから今ボッチなんだね!」

満面の笑みを浮かべて周囲の席に誰もいないことを指差す。
なぜかこのシングウジ・リョウという男は特別科専用の席を使用せず、
食堂を利用する時は毎回一般用テーブルを使うのだ。独りぼっちで。

「っ、そ、そんなのたまたまさ! いや違う!
 今日はひとりになりたい気分だったんだよ。
 超絶エリートはいつだって孤高で孤独なのさ!」

ふっ、と軽く笑ってその動揺を誤魔化すが、その姿は滑稽でもある。
それが面白いのかミューヒは微動だにしない笑顔を張り付けたまま見詰めて、
その視線の重さにリョウは居心地悪そうに視線をずらす。

「ふ、ふふ、ラーメン、ライス、ギョウザ……なんて最強なコンボだ!」

「…………キャラ崩壊してるよイッチー」

「…………前言撤回、そいつと一緒じゃない」

いつの間にか戻っていた彼がラーメン三点セットを見下ろす姿を見るまでは。
ニタニタと笑いながらトレイに乗ったそれらを見る目には狂気すら覚える。

「ずるるるっ! ごく、ああ! これっ、これなんだよ!
 麺のコシと喉越し、醤油の味付け。これをすすってギョウザを食べる!
 ニンニクの匂いすらも懐かしくて、嬉しいよ。ああっご飯がすすむ!!」

大盛りラーメン。二人前ギョウザ。丼飯。
というがっつり系に分類されるはずのセットはあっという間に消えた。
汁の一滴。皿についた皮。米一粒までもがキレイに胃袋へと運ばれる。
それでもまだ満足してないのか。何度目かのコールに呼ばれてまた受け取りに行く。

「あいつ、どんだけ腹空いてんだよ……ん、あれ、オレの存在気付いてなくね?」

「もう目の前のご飯に夢中だよねぇ。グウちゃんは目にも入らない感じ?」

「あの野郎……っ、ちっ戻ったら覚えてろよ」

「あ、ボクもだ」

不快感をあらわにするが彼のフォスタからのコールに受取りにいく。
それに続くような形で出来上がった事を知らされて席を立つ。
結果として留守を預かる形で残った一匹の前に小皿が置かれた。

「キュイ?」

「悪い、悪い。つい興奮してお前の分忘れてた。
 食べてみてくれ。俺の故郷(くに)の食べ物で、好物なんだ」

そこにあったのは輝くような油揚げに詰められた酢飯の食べ物。
つまりはようするに稲荷寿司があり、彼女に出したのは妙な意図を感じる。
もっとも日本を知らない彼女がそれを知るわけもなく嬉しそうに啄む。

「キュッ、キュウッ!? キュッ、キュッ」

すると途端に表情を輝かせて、気に入ったのかかぶりついていく。
その様子を興味津々で見ていた彼は仄かに満足そうに笑う。

「なるほど、やっぱりキツネには稲荷か」

厳密にいえば見た目が似てるだけの全くの別の生物なのだが、
日本人としては稲荷にキツネというのは切っても切れない関係である。
シンイチ自身はまったくというほど信心深くなく単なるイメージの話だが。

「そして俺は、待望の生姜焼き定食!」

食欲を誘うタレの匂いとそれに包まれて焼かれた肉の見た目。
思わずあれほど食べたあとでもごくりと喉を鳴らして一切れ食す。
たまらなくなってお椀の白飯を口にかきこんで、何度目かの悦に浸った。

「あぁっ、最っ高っ! 肉とご飯はどうしてこんなにうまいんだ!
 えへへっ、お肉で包んで食べちゃうもんねぇ……んんぅっ!」

肉と白飯の重奏で口の中は天国だった。彼はいま至福の時にある。
ここで一つ彼がいた世界ファランディアの弁護をさせてもらう。
その世界は決して食文化が劣っているわけではなかったのだが、
地球でいうところの洋食。それも一昔前のそれに近かったために
白飯を主食として日本で豊富な種類の食べ物と共にあった彼には
少々物足りず望郷の念もあってこういった食事に憧れを抱いていたのだ。
尤もそれもあくまで理由の一つでしかないが。

「見つけた。お前だな、パデュエールさんに恥をかかせた奴は」

「食事中に悪いが、少し話がある。付き合ってもらおう」

「んく、あー! この旨みと香り、やっぱ日本人は味噌汁だよ!」

定食としてついてきた味噌汁を丹念に味わって感動に震えている。
詰め寄ってきた5、6人の生徒の集団にはまったく気づいていない。
こういった存在に敏感なはずの“彼女”も稲荷寿司に夢中になっていた。

「は? おいお前っ、人の話を聞いてるのか!?」

その集団のメンツは休み時間中に行われた模擬戦後。
縦ロールが引きつれていた者達の一部であったが今の彼の眼中にはない。
元よりシンイチはその集団の顔などろくに覚えてなどいなかったが。

「お前がパデュエールさんに恥をかかせたのは聞いてる。
 転入生のお前にはわからんだろうがこの学園は、って聞けよお前!?」

「ううっ、キャベツが甘いっ。俺にも解る! 今まで嫌ってて悪かった!」

彼の意識にあったのは合わせで皿に盛られている千切りキャベツ。
異世界に行く前には偏食家で野菜嫌いだった彼も今や好き嫌いなどない。
あっては生きていけなかったという世知辛い背景のせいであるが。

「なっ……む、無視するとはいい度胸じゃねえか!」

「親切にも特別科の俺たちが世間知らずの転入生に、
 この学園の掟を教えてやろうと来てやったのに!」

「落ち着け……君いくらなんでもその態度は」

「ああっ、米がたってる。輝いている。俺はお前に会うために帰ってきた!」

「てめえっ!」

自身をいつの間にか取り囲む者達の悪態は本当に耳にも入ってない。
こちらに戻ってきてからようやくありつけた和食や中華料理に舌鼓状態。
周りの声などBGMにもなっていない雑音以下という扱い。
ただ彼が注視するのは目の前の定食。今は三枚目の生姜焼き。

「いつまで食ってんだ! こっちを見ろ!!」

それをまさか気付いてすらいないとは思わなかった一人が激昂し、
テーブルの脚を思いっきり蹴飛ばして、盛大にひっくり返した。

「っ!?」

あと少しで肉を掴む予定だった箸が空を切って、動きを止めた。
当然ながらテーブルの上に置かれていた料理はトレイごとひっくり返る。
床に散らばるように落ちた料理の数々を見開かれた瞳が悲しげに見詰めていた。
取り囲んでいた集団は大半が乱暴だと呆れているが同情の色はなかった。

「おいっ! いつまで落ちたゴミまで見てるんだよ!
 いいからこっちを向けってんだよ落ちこぼれの分際で!」

「手段は悪手ですが、地球人は食にこだわり過ぎでしょう。
 こんなのは必要な栄養素があればいいのです。じつにナンセンスでくだらない。
 それよりも私たちの話をしっかりとよく聞くのです」

「いいか、俺たちはな。不勉強なお前にこの学園のルールをだな……っ!?」

恵まれた食事環境とそれに楽しみを見出せない者達に。
自分達がしたその暴挙の意味と彼を敵に回すことの意味が分かっていない。
ゆえにひとり不用意に近づいた乱暴と評された男子生徒の襟首が掴まれた。

「おい離、っ」

力尽くで引き寄せられ、鋭い眼光を近距離で浴びせかけられる。
その顔に感情はなく、瞳にも色はないがゆえに不気味さが際立って息を呑む。

「お前らか?」

「な、なにが…」

「お前らが、机を蹴ったのかと聞いている」

問う声もまた静かで抑揚がなく、ただの事実確認の域を出ない。
そして同時に彼がそれすら眼中に無かったことの証明でもあるが、
単にシカトされていたと考えている彼らは気付いてもいない。

「なにいってんだ、目の前でやっただろうが!?」

そう思っている彼らからすれば、それはふざけた質問だった。
だから憤りのまま自白めいた言葉を吐いたがそれで彼は終わっていた。
引きずるように腕を下に振って、床目掛けてその生徒を叩きつける。

「たっ、がっ!?」

想像もしてなかった行動にされるがまま床に沈めばその頭が踏みつけられた。
食事が飛び散ったことで汚れた床にキスする形で顔面が激突する。

「いまの発言はわざとだったと判断するが、いいか?
 生憎俺は鬼や悪魔ではない。事故なら一言謝れば許してやる」

踏みつけた足で頭をさらに踏みにじってグリグリと動かしながら最終通告。
彼なりの慈悲であり、万が一の不当な暴力の行使にならないかの線引き。
ここがファランディアなら、これでたいていの者はおとなしく引き下がる。
伊達にコミュニケーション(物理)で異世界を生きてきたわけではない。
しかし残念ながらここは地球で、彼は自らの意志で力を誇示していなかった。

「ハッ、何いってんだよ。おい、いつまでもふざけてんな。
 とっとと起きて、Dクラスのバカに特別科の力見せてやれ」

「くっ、このっ、脚どけろよ。くそっ、なんで起きれねえ!?」

そのため通告は一蹴されるが踏みつけられた生徒はばたつくだけで動けない。
傍目には座ったままのシンイチが脚を押し付けているだけのように見える。
特別科、普通科などという違いがなくとも起き上がれないとは思えない。
彼の脚が相手に与えている圧力が並であったのなら、だが。

「な、なにしやがったお前!? とっとと脚をどけろよ!」

「スキルとか使ってんじゃねえだろうな。卑怯だぞ!」

「……人の話を聞いてない奴らだな。
 俺はお前らの悪さで食事をダメにした事を謝れ、と言っているだけだぞ?
 ごめんなさいで済む話だろうが、何を無駄に騒いでいる」

踏みつけられた仲間が本当に起き上がれない事を悟って詰め寄って怒鳴るが
彼はやれやれと大仰に頭を振って、哀れむような視線で静かに語る。

「何をっ、元をただせばお前が俺たちを無視するからだろう!」

「そうだ。オールDの分際でパデュエールさんに恥までかかせやがって!!」

「…………言ってる意味が一ミリも理解できんな。
 お前らを無視した記憶もなければあの縦ロールに恥をかかせた記憶もない。
 その翻訳機、壊れてるんじゃないか? ちゃんと俺の言葉翻訳されてる?」

相手を煽るような物言いながら彼にとって紛れもない事実でもある。
彼には彼らの声を聴いた覚えはなく彼女で遊んだが恥はかかせていない。
少なくともシンイチにとってはそういう認識なのである。
けれどもそういわれた方からすればただの挑発だ。

「さっきといい、今といい。どこまでも馬鹿にしやがって!」

「いずれ現実を知ると思って甘く見てれば付け上がりやがって!」

激情のままフォスタを手に取って腕に装着する生徒たちを前に、
ゆっくりと─踏みつけたまま─立ち上がったシンイチは薄く笑う。

「ほう。
 つまりお前たちは相手が圧倒的な格下と分かったうえで襲うと?
 特別科にいる選ばれた存在のお前たちが普通科の俺を?
 ステータスオールDで何も知らない転入生の俺を?」

相手をけなすような物言いで自分をあえて下にしているものの、
その発言は大いに彼らのプライドを刺激して次の行動を抑止していた。
経験上よく知っているのだ。自らの立場や能力に自信があり、
それで人を従えられると考える者は総じてプライドが高い。
(物理)を使わずに彼らを黙らすにはそれを利用するのが一番楽なのだ。
だから彼は言う。

「特別科は弱い奴を集団で囲って襲う最低な奴らだと、そういう認識でいいんだな?」

「っ、くそっ、てめえっ!!」

選ばれた優秀な存在のくせに弱い者イジメをする気か、と。
彼らとてその立場を得るために不休の努力を重ねた者達である。
それらを得るために使った日々と想いが大事であればあるほど、
ここで手を出せばそれを自らの手で汚し傷つける行為となってしまう。
彼らは決して、その得た力で弱者を支配したいわけではないのだ。
手にした力のレベルに応じて立場と責任を弁えるべきと考えているだけ。

「なんともイヤな言い方ですが、じつに効果的です。
 激しく気に入りませんがこれ以上の問答は不毛なようです。
 こちらが冷静になるために後日改めることに──」

「──そんなことは聞いていない。謝れ、といっているんだ」

「がっ!?」

集団の中で一番冷静なリーダー格らしき生徒が話をまとめにかかるが、
ただ謝罪を求めているシンイチからすれば全く興味のない話だ。
再度足元の男を踏みつけ、リーダー格を鋭い眼光で睨み付けた。

「な、なにをそんなこだわって。
 どうせタダ飯も同然のモノでしょう。
 それでも弁償してほしいならいくらでも……」

「お前ら、本当に翻訳機壊れてるのか?」

「ぐっ、がっ!」

思わず怯みながらもそう返した彼らに呆れたようにいうと、
踏みつけていた生徒の上をわざわざ歩いてから、彼らに迫った。

「っ」

ただ手が届く距離になっただけで思わず彼らは息が詰まった。
彼が発する視線も静かな怒気も抑揚のない声も、どれもが重い。
意味のよくわからない汗が流れ出てきて、みじろぐこともできない。

「俺は、謝れといってるんだ。
 ごめんなさい、だ。謝罪、だ。すみません、だ。ソーリー、だ。
 これだけいえばどれかぐらいちゃんと翻訳されてるだろう?
 悪いことしたら、謝る。どこの誰だろうが当然の対応だろうが」

何か間違っているか、と。
静かなれど生半可な反論を許さない声と視線が彼らを貫く。
感情のない瞳でわずかに笑ったような表情も合わさって彼らは小さく悲鳴をあげる。
ただこれでも彼はわりと怒っていないほうだった。冷静な判断を“まだ”している方。
なので、この先やってしまうことも“シンイチからしてみれば”普通の対応だった。

「し、しし知るか! 行くぞ!」

怯えながらも格下ランクの者に頭を下げるのを嫌ってか。
あるいはただの強がりと意地かでほとんどの生徒が背を向けて足早に去ろうとする。
だがそれを彼が黙って見過ごすわけがなく逃げる者達の先頭にいる生徒目掛けて
何の躊躇も忠告もなく─されど加減だけはして─彼はフォスタを投げつけた。

「たっ!?」

一直線に空を飛んだ端末は後頭部に見事命中しその突然の衝撃に彼は転倒。
我先にと逃げ帰ろうとした集団の先頭が突然転べば後続の生徒達は
倒れた誰かに蹴躓いて次々とドミノのように倒れていった。
どうやら彼らはあまり敏捷が高くなかったようである。

「おい、誰が帰っていいと言った?」

「ひっ!」

物音も立てずに転んだ者達を見下ろす位置に立つと相変わらず静かな声が落ちる。
下から見上げる形となったその表情は正面から見るより凶悪で誰かがまた悲鳴をあげた。
そして一番間近でそれを見た生徒は恐怖で慄き、這って逃げようとするが、
その足を彼は踏みつけ、その場に縫い付けたように逃がさない。

「いたっ、ひっ!?」

「謝れよ、ただ一言ごめんなさいだ。それで帰れるんだ。
 何もすべて拾って食えだとか舐めて床をキレイにしろとか言ってねえだろ?
 ああ、それともなんだお前ら………そっちのほうをしたいのか?」

「あ、やっ、あわっ」

口角だけが吊り上った笑みとまったく笑っていない目。
そんな顔をした男に脚を踏みつけられて動けなくなっているのだ。
意味のわからない震えに襲われて口がまともに動かない。

「や、やめたまえ。君が暴力をふるうならこちらもそれ相応の、っ!?」

リーダー格と思われる男が仲裁するかのように近寄るが、
その言葉を遮って彼の右手が制服の襟を掴みあげて生徒の足を浮かした。

「うわっ、なっ!?」

「なに他人事みたいにいってる。お前も共犯だろうが」

咄嗟に掴んだ腕を両手で掴み返してはがそうとするがびくともしない。
まるでその形の銅像といわれても納得できてしまうほどの硬く、
彼の腕の力ではまったく微動だにしなかった。

「な、なんで……私の筋力はB+だぞ!?」

「……こいつら本当に人の話を聞いてないな。
 まったく、仕方のない連中だ。このさい俺も大人になろう。
 代表っぽいお前が謝れば許してやるから、とっとと謝れ」

「これがDの筋力だと? あり得ない、あり得ない!」

自分の筋力で相手の低い筋力を破れない事実に一番冷静だったはずの彼が恐慌する。
がむしゃらになって自分を掴んでいる腕を叩くが揺れることさえなかった。

「なんだよ、お前らの方が人の話聞いてないだろ。謝れって言ってるんだ」

「フォスタすら持ってないのにこんなバカなことが!」

既にあの端末を投げつけてしまったことがその混乱を助長していた。
スキルもバリアも使わず素の身体能力で負けていると証明してしまっていた。
その意味を深く考察できずにただ受け入れられない彼に冷静さはもうない。

「ごめんなさい、って言葉がないのかガレストには?」

「離せ、このっ、こんなことしてタダで済むと!」

「…………最後だ、ごめんなさいは?」

「私の方が上なはずだ。DにB+が負けるなんておかしいだろ!?」

「…………はい、退場」

感情の無い目に哀れむ色が浮かび、そのまま食堂の外に放り投げられた。
廊下の壁に叩きつけられ、その衝撃に意識を失ってそのまま崩れ落ちる。

「ザフォード!?」

「……で、お前らは謝るの、謝らないの?」

彼を心配する声を完全に無視して、立ち上がれもしない生徒達を見回す。
人が、人の手だけで5メートル以上放り投げられた瞬間を目撃した彼らに
その相手に逆らう気概など残っているわけもなかった。

「ごっ、ごごごめんなさい」
「すっ、すいません、でした」
「も、もうしないから許して、ください」

怯える唇をなんとか動かして残った全員の口から謝罪の言葉が出た。

「これからは食べ物を粗末にするんじゃねえぞ。やったら、わかってるな?」

「は、はい……」

最後に脅しのような言葉を付け加えて、踏みつけていた脚をどかした。
それを合図とするかのように最初に踏みつけられた生徒も含めて、
全員が投げられた生徒を担いで逃げるように食堂を去った。

「…………」

「…………」

不運にもその一連の事態の目撃者となってしまった生徒たちは呆然としている。
学園の絶対的なルールと規律を破壊する光景をどう受け止めればいいのか分からない。
そんな中、逃げる彼らを最後まで睨みつけていたシンイチがゆっくりと振り返った。
途端。

「……う、ううっ、俺の生姜焼き定食があぁっっ!!!」

などといいながらその場に泣き崩れられ、生徒達の開いた口が塞がらない。
つい数秒前まで特別科の生徒たちを恫喝していた男の態度ではなかった。

「もうどこからツッコミいれていいかわかんないよボク」

「不愉快だけど奇遇だな、オレも同じこと考えてた……」

苦笑いを浮かべてトレイを持ったまま彼らは固まっていた。
ふたりが戻ってきた時にはもうシンイチは誰かを踏みつけており、
一連の彼の対応と今の豹変っぷりを見て驚きが一周してしまっていた。

「キュイキュイ」

「いや、お前は悪くないよ」

泣き崩れる彼を慰めるように切なげな鳴き声をあげた彼女に首を振る。
どうやら食事に夢中になって気付かなかったことに責任を感じているらしい。

「それに、ほら……所詮床に落ちただけだ」

「キュイ?」

「はい?」

その光景に少し微笑ましいなと思いかけていたミューヒだったが、
次に出てきた言葉に、妙に不安を覚えてしまう。
よく見れば泣く彼の目には色が無い。正気の色が。

「食べれるかどうかも分からない野草や石ころで半月過ごしたこともあるんだ。
 なに、床に落ちた程度で元々食べ物であるモノが食えない道理があるものか!」

「わーー!!?? ストップ、ストップ!!」

「キュウゥッ!!!」

今にも床に落ちた生姜焼き定食のなれの果てを食べてしまいそうな彼に慌てる狐ズ。
小さな彼女は前後の足を精一杯伸ばして広げて阻むように立ちふさがり、
狐っ娘は後ろから羽交い絞めにする形でなんとか彼を止めていた。

「はーなーせー!! あれは俺の肉だぁっ!!」

「うわっ、力、強いっ……グウちゃん清掃ロボット呼んで!!」

「はぁ、仕方ないな。ん」

強引に持たせられた彼女と自分のトレイを置いてフォスタの画面に触れた。
すると食堂内に設置されていた四角柱型の清掃ロボットが動き出し、
テキパキと汚れた床をきれいにしてものの数秒で汚れは跡形もなくなった。

「お、おおう……俺の生姜焼きが機械ごときに食われた……」

「掃除だからね。あとできちんと処理して肥料にするから無駄じゃないし!」

一瞬表情に浮かんだ親の仇でも見るかのような目に慌てて言う。
彼もまた粗末に扱われなかったのなら文句はないのか落ち着きを見せる。
表情は変わらず暗く、涙は収まったが少々鼻声である。

「また頼めばいいじゃない。すぐ出てくるよ」

「いや、それだと明日の夕飯の分の金が足らなくなる」

「あ、計算はしてたんだちゃんと」

「………おい、二日で一月分食おうって所にツッコメよ」

確かに今月はあと二日で終わってしまうがそれ以前の問題だ。
一回の食事でいったい何人分食うつもりだというのか。
呆れて関わる気も失せたのか彼はテーブルにつくが足が何かに当たる。

「ん、ああ、おいお前のフォスタここに落ちてるぞ。
 サバの味噌煮定食が出来たってよ……まだ食う気だったのか」

投げつけられたフォスタがそこまで転がってきていたようだ。
ディスプレイに表示されている文字に彼はかなり呆れてしまうが。

「そうだ、俺には……俺にはまだ、サバの味噌煮があったんだ!」

即立ち上がった彼はフォスタを拾い上げると
今日何度目かの受け取りカウンターに一目散に向かっていく。
ミューヒとリョウはこの光景をあと二回ほど見ることになったという。





「ふぅ、食べた、食べた……満足、満足」

「それは……うん、良かったね」

「こいつ、最後にデザートまで食いやがった」

それもアップルパイをホールで。
世話をかけたからと狐ズと彼にも一切れのお裾分けをしたがそれでも、
ホールサイズの残りをすべて一人で食べつくしたのだから恐ろしい。
あれだけの食事をとったあとだというのに。

「お前の胃袋どうなってんだよ、ブラックホールか?」

「え、甘い物は別腹だろ」

「それふつう女の子の台詞だけどねぇ」

ふたりに呆れられているが全く気にしないシンイチはご満悦であり、
その様子に一匹のキツネさんはどこか嬉しそうに微笑んだように見える。

「あ、アップルパイのイイ匂い……姉ちゃん、食っていっていい?」

「ダメよ、風紀の仕事で寄るだけって言ったでしょ」

「「っ!?」」

その姉弟らしき生徒の声が聞こえてくるまでの間だったが。
日本人らしい黒髪を気持ち伸ばしている男子生徒と腰まで伸ばした女子生徒。
連れだってやってきた姉弟は食事をする以外の目的でここに訪れていた。

「あっ、ヨーヨーちゃんくん!」

その姿を見るやこれまた妙な愛称でそのふたりを呼びつけたミューヒ。
瞬間すごい勢いでシンイチがやめろといわんばかりに首を振ったが見えていない。

「ミューヒ、そのひとまとめにした呼び方やめてっていってるでしょ」

「姉ちゃん、いうだけ無駄って言葉をいいかげん覚えようか?」

知り合いから声をかけられた事もあってか。
姉うんざり弟あきらめの表情ながらも親しさの見える態度で歩み寄る。
その姉弟は男女という違いこそあるものの顔の造りはよく似ていた。

「コンビ扱いとは聞いてたが、食事まで姉弟一緒なのかよお前ら」

「ち・が・い・ま・す!
 午後の自主練をしようと思ったら委員会で呼び出されただけです。
 なんか食堂で騒動が起きたって聞いて、何かあったんですか?」

瞬間、ふたりの視線はばっちりとシンイチに向けられたが、
当の彼はなぜか顔を深く下げて固まったまま大量の冷や汗をかいていた。

「な、なんでいるんだよぉ……」

もちろんそれは先程の騒ぎの原因であるから、では全くない。
誰にも聞こえない声量で予想外の再会(・・)に軽いパニックに陥っていた。
それをどうしたらいいのかと“彼女”は机の下に隠れて右往左往。

「あれ、そういえばルオーナさんが誰かと食事って珍しいね。彼は?」

「うん、今日来たばかりの転入生だよ。ボクがお世話係なのだぁっ!」

「へえここに転入生とは珍しいわね……って顔ぐらい見せなさいよ」

「まあまあ姉ちゃん、俺は千羽陽介。こっちの怖いのが双子の姉の陽子。
 同じ日本人同士仲良くしよう、でいいんだよな?」

「うん、イッチーは日本人だよ」

深く顔を伏せているので黒髪しか見えておらず出身国が選別しづらいが
この学園はアジア系では最も早く民間交流を始めたために日本人が多い。
陽介の確認は少数派とはいえ他国のアジア人種の可能性を考えてのことだ。

「誰が怖い姉よ! けどまあそうね。色々普通と違う学校だし、
 世話係がミューヒともなればどうなるか分かったものじゃないしね。
 なにかあったら相談なさい。風紀委員もやってるから力になるわよ」

「ヨッピー、ひどい!!」

弟を怒鳴ったのとは違う柔らかな声色で同胞への言葉をかける陽子。
その後ろではヒナがいろいろと抗議しているが慣れてるのか彼女は気にしない。

「オ、オキヅカイナク……」

だがその言葉に対しシンイチはやんわりとだが拒否の姿勢を示した。
とてつもなく高い声で明らかに声を変えていたが、妙に下手だった。
当然ながら顔は伏せたままで冷や汗はまったく止まっていない。

「イッチー?」

「おい、さっきまでの唯我独尊っぷりはどこいったお前」

先程の出来事や休み時間での自分たちに対する態度と打って変わって、
借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった彼に違和感しかない。

「よくわかんないけど、せめて顔ぐらい見せなさいよ。どんな人見知りよそれ」

一瞥もしない態度が癪に障るのかテーブルの下から覗こうとする。
慌てて”彼女”はシンイチの椅子の背もたれによじ登って隠れる。
彼自身もその動きに対して天井に顔を向けるという妙な抵抗を示した。
それが余計に陽子の癪に触った。続いて上から覗こうとすればまた顔をそらす。
その方向に彼女が移動すればその反対に顔を向けるということを繰り返す。
フェイントまでかける陽子の動きを敏感に察知して先読みするという
地味にすごいことをやっているが、それ以外にやってることはじつに滑稽だ。

「これが噂のあっちむいてホイ?」

「んなわけあるか。何やってんだあいつら」

「…………」

見当違いなことをいうヒナにリョウが呆れながら否定する。
ただひとり陽介だけがその妙で馬鹿らしい攻防に眉根を寄せ、無言で参戦した。

「なっ、くっ!」

突然目の前に現れた彼の顔に咄嗟に反対方向に顔を向けるが、
そもそちらに彼女が来たからの行動なため当然───

「え─────!?」
「っ!」

───顔を見合わせてしまい、彼女は驚愕しシンイチは顔を青くした。

「ああ……やっぱり、か……」

それをさらに後ろから覗きこんで確認した陽介は複雑な顔を見せる。
一方で陽子は驚愕から戻ってこれずにその顔のまま沈黙し、
彼に至っては完全に血の気が引いた顔で目を泳がし視線が定まってない。

「なんだお前ら、知り合いか?」

「グウちゃん、この雰囲気でそれ聞いちゃう?」

いかにも訳ありな空気を醸し出して動きを止めた三人への当然の問いかけ。
されどヒナのいう通り若干空気が読めていない発言であり、同時に
固まってしまった空気を結果的にだが壊してしまった。

「────っ、なんであんたがここにいるのよっ!?」

途端爆発するかのように陽子は感情のまま叫んだ。
その怒声にこれまで怯む様子を見せなかった彼が狼狽える。

「う、あ、いや、その……」

「なんでよ!!
 ここは、私たちがやっと、やっとの想いで来たのにっ、なんであんたがっ!?」

「お、落ち着いて姉ちゃん。こいつは帰還者だ。
 むしろ来るのは当たり前だ。姉ちゃんだって知ってるだろ!?」

抑えきれない感情の発露に陽介は必死に姉をなだめているが、
彼女の恐慌具合はそれでも一気に加速していってしまう。

「でもっだってこいつオールDでっ、それが限界でっ!
 なんでそれで来れるのよっ、私たちは何のために8年も!?」

「う、あ……」

喚き散らす態度に誰もが困惑する中でシンイチは顔からついに色を無くした。
狼狽えながらも席を立って、混乱する姉とそれをなだめる弟の姿に後ずさった。

「ご、ごめ………ごちそうさまでしたぁっっ!!」

「は?」

何かを言い淀んだあと、まるで誤魔化すようにそんなことを叫んで、逃げた。
すさまじい勢いとスピードで食堂を後にして、いずこかへ消えていく少年。
先程の生徒達以上の見事な逃走っぷりであった。

「オオ、イッチーヨ、ニゲテシマウトハ、ナサケナイ」

「………お前なんでそんなネタ知ってんだよ」

ふざけながらも笑い話で済まそうとした二人だが、
なかなか落ち着きを取り戻せない姉の姿に弟の顔は険しかった───

この姉弟は本来いい子なのですが………シンイチと少し確執があります。
ちなみに名前が漢字表記なのは日本人が日本人に向けて喋ってるからです。
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