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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-92 銀の弾丸とは格が違う





少し裕福な家庭がちょっと頑張って建ててみた邸宅。
そんな雰囲気を持つその家がいま静かな高揚の中にあるのを誰も知らない。
塵一つなく隅々まで清掃が行き届いた家は、しかしそれとは別に生活感が薄い。
住人の私物らしきものや5年という月日による若干の日焼け等はあったがどこか
わざとらしさがあるそれはまるでモデルハウスをそのまま購入したかのよう。
そんな邸宅の一階。キッチンと繋がった広々としたリビングに唯一の人気がある。
壁際に置かれた大型テレビを眺めるには抜群の位置にある高級ソファに
腰を下ろして紫煙を吐いている四十代ほどの男。若干白髪混ざりだが
生来の金髪と青い瞳はくすんではおらず、その顔立ちは英国風。
柔らかで人の良さそうな相貌は、だが今は一仕事終えたような満足げな
表情の中で口許を歪ませていた。

実際、男は今しがた行った仕事の結果に満足していた。
想定以上の抵抗はされたものの目標は完全に沈黙している。
そもアレを使った以上、標的を始末できない事はあり得ない。
防ぐ手段が限られ、それも絶対ではない以上こうなるのは必然だ。

視線がちらりと庭を望める吐き出し窓に向かい、ウッドデッキ越しに
隣の敷地に立つ礼拝堂を眺めた。一見して異常が見当たらないいつも
家から見ている風景といった光景に男の笑みはより深くなった。

そして続くように視線が向いたのはリビングのある一点。
世界中のどんな家のリビングにも不釣り合いな物体がそこにあった。
一般的なオートバイ程はある台座。それを挟み込む長方形の金属製タンクが二つ。
台座に固定されているのは形状だけでいうなら対物ライフルらしき物体。
それらから幾本ものケーブルが床を這うように張り巡らされ、
地下の特殊な電源装置と大型テレビに繋がっており、画面には
隣の教会にある礼拝堂を上空から見下ろしたような映像と共に
「Mission complete」という文字が真ん中に大きく表示されていた。
画面右上端には生命反応ゼロを示す英字もある。

「歌手になどならなければ無残に死ぬこともなかったろうに。
 雉も鳴かずば撃たれまい、とはこの国の諺だったかな?」

あの歌声は邪魔だった。真実自分達の邪魔をする代物でしかなかった。
ゆえにこの男は第一次暗殺作戦が失敗したことで自ら引き金を引いたのだ。
惜しむらくはこれが完全に上からの指示を無視した行動であり、そろそろ
そんな自分を処理する者達がやってくるだろうということ。
ゆえにこの一本はまさに最後の一服というものであった。
だから。

「───そいつはてめえのことを言ってるのか?」

自らの死神がやってきても微塵も動揺することはなかった。
扉を蹴破るように押し入ってきた20人以上の集団は一人を除き全員が
灰色の全身甲冑型簡易外骨格を身に付けた明らかな戦闘部隊であった。
だが男は身じろぐこともせずに彼らの武装を見て、楽しげに口許を歪める。

「ふん、付き合ってやれ」

唯一何故か作業着姿で生身の長身男性がそれに答えるように周囲にゴーサイン。
途端に始まったのは日本の一般的な住宅の中で起こるには不適切な攻防。
壁という壁、天井という天井から銃口が顔を出し、調度品のいくつかはその
本当の姿である小型のドローン兵器となって侵入者部隊に襲い掛かったのだ。
これに部隊は予想していたかのように冷静に対処する。

斉射が始まった銃口に対して射撃兵装を手にした者達はろくに狙いをつけずに
己が兵装から銀光弾を発射する。それは数において発射された鉛玉や光弾よりも
少なかったにも関わらず、またその種類も関係なく全てを撃ち落とした上で
全ての銃口を抉って破壊した。それは5秒にも満たぬ攻防で過激な防犯設備は
一瞬で沈黙させられた。

起動した小型ドローンは形状も大きさも人型から犬型まで多種多様であり
フォトンの牙をはやして襲い掛かるモノから観葉植物に擬装された鈍器を
抜いて振り回すモノ、実体盾とフォトンの盾を展開して男を守護するモノ。
大まかにいえばこの三種が数体ずつ己が役目に従って動き出していた。
しかしこれに対し近接武装を手にした部隊はそれが届く距離でないというのに
武器を振るった。結果は即座に出る。番犬型は突如無数の槍にでも貫かれたように
穴だらけとなり、人型は武装ごと叩き潰され、盾型はその素材も耐久力も
無視するかのようにどうしてか突然バラバラに切り裂かれて床に転がった。

一般の住宅にここまでの防犯装置があることも充分異常であるが、それを
明らかに狙っていないのに当て、届かないのに届けた彼らもまた異常である。
奇しくもかあるいは当然なのか。彼らは全員背中にリビングにある兵器(・・)
付属している金属製タンクと同じ物を各々背負っており、そこから伸びた太い
チューブがそれぞれに構える武装と繋がっていた。形状や種類は違えど
同系統の技術が使われていると察せられるものがあった。ソファの男は
そのチューブ内部に銀色に鈍く輝く液体が満たされているのを見て、
そしてこの結果に満足するかのように薄く笑った。

「素晴らしい。さすがの練度です。
 命令違反ひとり始末するには上等すぎる部隊で恐縮しますがね。
 しかも指揮官があなたとは……光栄というべきですかなシックス?」

水を向けたのは唯一生身の男。
軽く180cm以上はある背丈の彼は鍛えた肉体を場に似つかわしくない
紺の作業着で覆ってソファに座る男に呆れたような視線を向けていた。
髪と瞳の色、そして顔立ちを信じるなら三十代ほどの東洋系地球人だとわかるが、
強面で傷のある顔は一般人なら睨まれるだけで怯ませる威力があるそれだ。

「名実ともに実働部隊のトップに始末されるとは……いい冥土の土産だ」

「ふん、人の仕事を邪魔しておいていいご身分だな」

しかも口調は静かなれど発せられる声にある苛立ちと圧力は本物だ。
彼に率いられた武装した者達の方がその空気に思わず怯えを見せてしまう程。
だがソファの男はあらかじめ覚悟があったからかまるで動じず肩を竦めた。

「てめえが開発過程の試作品とはいえニア完成品を持ち出すから
 こっちは裏切りや奪取の危険性を考えて完全武装、赤字も赤字の大赤字。
 ……お前を殺しても何の(プラス)にもならねえってのによ」

「しごく当然の理由ですな……損失については申し訳ありませんが」

「予想できてただろうがベノム。
 折角名有りの役職にまで出世できたのにこれでおじゃんだ。
 面倒事増やしやがって……しかも、ああ、もう()っちまいやがった」

シックスと呼ばれた偉丈夫はテレビ画面と台座付兵器を見て嘆息。
そこに示されている情報は全てがもう終わっていることを示していた。

「ええ、すごかったですよ。資料映像で知ってはいましたが、さすが我らが
 組織が何百年もかけて完成させた新時代の兵器。本当に素晴らしかった。
 範囲内という限界があるとはいえ、あらゆる事象や事柄を無視しての狙撃。
 ふふ……誰でも一流スナイパーですな」

ベノムと呼ばれた男はまるで我が事のようにそれを誇り、喜ぶ。
その様子はまるで子供が与えられた玩具を自慢しているようですらあった。
尤もシックスから返ったのはさらなる呆れたような視線と嫌味だ。

「違いねぇが、こっちにはこっちの計画があったんだぞ。
 若いのは(・・・・)本当にこらえ性がねえ、すぐに結果って奴を求める。
 失敗なら失敗で、ついでに歌姫利用してやろうとあちこち根回ししてたのによ」

「すいませんねシックス。しかしあの忌々しい歌姫が邪魔なのも事実でしょう?
 今日までの5年、彼女が訪れるたびに隣からあの歌声が聞こえてきて、私が
 何度爆撃でも仕掛けてやろうかと思ったか……これでも自制していたのです。
 どこぞの馬鹿が考えた爆破テロを隠れ蓑にする計画もありましたしね」

だから我慢していたという主張だが暗にあなたの失敗のせいだとでも
いいただけなベノムに、だが当人は気にした風もなく逆に鼻で笑う。

「ふん、そりゃ悪かったな失敗しちまって。
 だがな、結局()っておいて自制心もくせもあるか。
 俺だって好き放題したいのを我慢してるのに、勝手に動きやがってっ」

「でも私ひとりの命で結果的に頭の障害を排除できたのです。
 それで例え裏切り者として処刑されても光栄というものでしょう?」

何かおかしいでしょうか。
開き直りでも、虚勢でもなく、異常な光を宿す瞳を持って彼は平然と語る。

「はっ、これだから忠誠心があり過ぎる奴は嫌なんだ、猪突猛進で扱いづら、ん?」

これで最後だと決まっているためか。あるいは以前からこの狂信者(・・・)には
思う所があったのか。さらなる文句を言い募ろうとしたシックスはしかし。
台座に付随しているタンクの残量が目に入り、感心したように首を振る。

「おお、おお、タンクほぼ空とは何発撃ったんだてめえは………
 さすがに老いたとはいえあの修道女の力は本物だったわけか?」

しかしその目は隠し事は許さぬとばかりに細められていた。これにベノムは
元々隠す気はなったのかそれこそ何がしかへの忠誠心かで淡々と事実を語る。

「ああ、見事に六発目まで耐えました。まあそこで力尽きたようですが」

「かぁー、六発もか。腐っても暴風と呼ばれた女ではあったわけか。
 アメリカもバカだねぇ、くだらねえ取引で日本に渡して厄介払いするとは。
 他にもっとうまい使い方あったろうによ」

「今更でしょう、あそこは確かに大国ですが大半は出来が悪い」

「サラダボウルの中で足引っ張り合ってやがるからな。
 なんでも取り込んで自分達流にする雑食なこの国とどっちがマシか…」

「しかし我らならうまくやれるでしょう。
 死体からでも得られるものはある、と聞きましたよ?
 何せかつては彼の国の退魔組織で最強の名を欲しいままにしていた程の女傑だ。
 問題児でもあったというが、死んでもその身に宿る力は利用価値がある。
 ……それでも我らが使徒兵器の前には無力だったようですがね」

柔和な顔つきに浮かぶ歪んだ笑みにあるのは絶対的な優越感。
かの教会のシスターの力量を認めながらもコレはそれ以上だと誇るそれ。
そちらとこちらでは加護が違うのだと醜悪なまでに口許が歪むベノム。
5年前から隣に住んでいればそれなりに交流もあったろうにその顔には
一欠片の情も罪悪感というものも存在していない。あるのはただ自信と歓喜だ。

「伊達に使徒の名を冠していませんね。
 引き金をひいた時はまるで神の決定を伝える御使いの気分でしたよ」

「お前が作ったわけでもねえだろうに……まあ使徒兵器(こいつ)に狙われた相手には同情するがね。
 それで、てめえの掃除屋どもは?」

「もちろん、家族友人役(部下たち)は動かしています。回収も偽装も問題ありません。
 おっと、できれば彼らには恩情を。私の命令に従っただけで頭に逆らったとは思っていないのです」

「はっ、てめえはもう無理だが、使える手足をこのご時世に減らせるか。
 ただでさえあの仮面が暴れ回ったせいで抜け殻どころか舌や目をいくつも潰されてんだぞ。

「……そうなると思ってやったことですが……気分のいい話ではないですね。
 栄光ある我ら『蛇』がたったひとりにそこまでの被害を受けるとは……」

その懐事情を利用し目論み通りとなったベノムだが言葉通り表情は複雑であった。
自らの命すら容易に捨てられる程の忠誠を捧げる彼にとって、いとも簡単に、
しかもただ結果的に、偶発的に大きな痛手を負わされたのは我慢ならない話だ。
まるで自分達はその程度の存在だとあの仮面の嘲笑が聞こえるようで気分が悪い。
何せあの仮面の行動はどう懐疑的に見た所で自らの性能のアピールでしかない。
だから従えという単純ながら凶悪な一手に皆が逆らえなくなるするために。
そんな規模だけが大きな馬鹿げた相手にこちらが見逃せない傷を受けたと
なればベノム個人としては屈辱でしかない。
されど、まるでそんな心境を読んだように。





『─────そいつはすまなかった、また減ることになってしまって』





世界の脅迫者(マスカレイド)は何の予兆もなくその白い面と三日月をその場に現した。







予想外の第三者。それも裏の世界を騒がせるマスカレイドの登場。
だがその事態への対処は迅速であったといえる。指示を受けるまでもなく
兵士達は指揮官シックスを守るように陣を組んで、銃口と刃を仮面に向けた。
指示あればいつでも斉射ないし突貫するという形をとったが、それを待つまでも
なく動いた影がひとつ。

「マスカレイド!!」

驚きか歓喜か。後者の表情で叫んだベノムはあの台座の引き金に手をかけていた。
これにシックスが舌打ちしながら手を振り上げ、下した。結果全員がほぼ同時に
引き金をひいた。されど不可思議にも銃口からは光弾どころか鉛玉も現れない。
ベノムが引いた台座付対物ライフルなどそもそも仮面に銃口を向けてさえない。
それでもほぼ全員がマスカレイドの抹殺を確信していた。

『へえ』

その感心の声は何に対してか。カレの全周囲を一瞬にして銀光弾が取り囲む。
それこそ背中や頭上はもちろん左右や真下にさえ出現してその黒衣を刹那のあと
ズタズタにするだろうと思われた。

「な、にっ!?」

『ふふふ…何かしたのかな?』

だがベノムの驚愕の声が全てだった。実際に散ったのは銀光弾の方。
マスカレイドの靄のような人型に触れたかどうかという距離に迫った瞬間、
まるで溶けるように、その黒に呑まれたように消失したのである。

「嘘だっ!!」

信じられぬとばかりに表情を一転させて叫んだベノムは再度引き金を引いた。
同時に黒い靄が気持ちの悪い挙動で跳ぶ。銃口の位置を無視した銀光の弾丸は
今度は跳び込んでくる仮面を迎え撃つかのように正面から肉迫する。これまで
一度として標的を殺し損ねたことのないその凶器はだが次の瞬間いとも簡単に
黒衣に投げ返された(・・・・・・)

「冗談だろ!?」

事実上使い手の決定を押し付ける弾丸を標的に掴まれた上で返された。
あり得ないという驚愕を口から出したのはシックスだったが、返された
弾丸は声もないベノムに迫り、対物ライフルの台座に直撃する。
彼は直前に身体が動いて避けたがライフルは衝撃でフローリングの
破片ごと台座と共に舞い上がる。

『ほれ、当たると死ぬぞ』

跳び込んだ仮面はそれを陣を組んだ集団に向けて蹴り飛ばす。
暴走車の突進かというような速度で向ってくるその質量を前にしてか。
それともナニカを恐れてか彼らは左右に別れて道を開けるように避けた。
自分達の間を飛んでいく物体を意識半分で見送る。誰もがそのまま壁に
激突しての四散を予想して多くの意識を仮面を向けつつ身構えた。
だから。

『そんなものを女に贈らないでほしいなっ』

突然現れた赤い両腕がそれを受け取めた事に少なくない動揺を見せてしまう。
彼女を前にしてのそれは致命的なまでに隙でしかない。
フォトンのフレアが空間を染め、紅が走った。

「っ、無銘のクリムゾン!?」

指揮官がその存在を認識した時にはもう彼女は標的達を潰していた。
左右に別れた部隊は必然的に指揮官を庇うように下がらせた集団と
そこから離れてしまった集団の二つになっており彼女は後者を狙った。
オートバイ並の質量を背負った紅槍の突貫は纏ったフォトンの噴射と障壁も
合わさって簡易外骨格越しでもトラックの突撃並の衝撃を与えていた。
閑静な住宅街の一室とは思えぬ轟音を響かせて10人程の武装兵士達は
崩れたリビングの一角で意識を失った状態で重なって倒れることになる。

「マヌケどもがっ、一番やばい奴から目を離すな!」

完全に意表を突かれた強襲とおよそ半分近くの仲間を倒された事実に
彼らの意識に一瞬の空白が生まれたのを指揮官は見逃さずに叱責で呼び戻す。
だがそれは“一番やばい奴”にとってはあまりに遅い反応だ。

『ばあっ!』
「ひっ!」

まるで子供の脅かし。たまさか集団の先頭近くにいた男は悲鳴をあげる。
突然顔の見えない黒い魔貌と白き面が眼前に迫れば驚くには充分だった。
いくら鍛えていようがその脅威を知っているなら尚更。それでも手にした
剣型の使徒兵器を振るったのは訓練の賜物か。しかしその銀光を纏った刃は
これまたいとも簡単に黒い腕に掴まれる。そこに傷を与えた手応えは皆無。
それどころか。

「な、なんだ!? ローキゲインが異常減少!?」

『ロウキ?』

背負ったタンクにある何らかのエネルギーが異様な速度で消失していく事に彼は
狼狽える。だから仮面がその名に胡乱げな声をもらしたことに誰も気付かない。
これまで絶対性を誇った武器が通じなかった事態にそれどころではないと
いった方が正確ではあるが。

「止まるんじゃねえっ、どっちも抑えろ!」

それでも指揮官の指示に彼らは思考するまでもなく体を動かしていた。
残った人員をさらに割ることになっても仮面と紅槍それぞれを囲む。

『さっきも言ったが、タンクは壊すなよ?
 あれは見ての通りにこいつら自身ですら衝突を避けるほど体に悪い』

『善処する、といえば満足かしら?』

『むかつく物言いだな』

『君の口癖だからね』

『言ってくれる』

しかし当人達にあるのはどこまでも平然とした、日常のような空気感。
囲む者達を無視した気心知れた会話。果たしてそれは彼らを挑発するポーズか。
事実として敵ではないからか。部下達の動揺と苛立ちを感じ取って
シックスは嫌な予感がしつつも攻撃を命じた。
自らの両腕に兵装端末を装着しながら、だが。

「ちっ、やれ」

一斉に行われた射撃()斬撃()刺突()打撃(大槌)による攻撃。
その反応は対照的。一人の兵士を捕まえながら微動だにしなかったのは仮面。
台座付ライフルを振り回しながら突貫したのは紅槍。

動かない仮面の黒衣を襲う銀光を纏った斬撃と刺突。これならば、と
繰り出された一撃を行った兵士たちはその妙な感触に戸惑いを覚える暇も
ないまま飛び散った自らの鮮血の中に沈んだ。命はかろうじてあったが
各々の武器はまるで同種の武器で破壊されたかのように原形を保てず、
彼らの四肢はどれかが一瞬で失われていた。

同質の武器だからなのか。もはや鈍器となったライフルは次々と襲いくる
銀光弾も銀光刃も粉砕して一人、また一人と槍と評される彼女の突破力を味わう。
ライフル鈍器と迎え撃つように打ち合った大槌もパワー不足で粉砕されていく。
時折その鈍器を向けてない死角からくる一撃もなぜか紅の鎧に弾かれる。
そしてその攻撃の下手人は次の瞬間には紅槍の突撃を受けて吹き飛ばされていた。

「な、なんだあれは!? 跳ね返されたとでもいうのか!?」

「おいおい、マスカレイドはともかくなんで外骨格で防げるんだよ!?」

ほぼ同時に行われた出来事に声を荒げるベノムとシックス。
それぞれの驚愕と疑問の前にはそんなものは些末事だといわんばかりに
20名近い兵士の倒された姿が結果として存在していた。彼ら自慢の、
そして絶対に破れるわけがない武装は無残な鉄塊と成り果ててだ。
残るは指揮官の護衛に残った5名。彼らもそれなりの腕前を持つ兵士だが
同僚たちが、その兵器が呆気なく打ち破られた光景に動揺を隠せていない。
尤も。

『デタラメな相手と戦うのって理不尽だよねぇ、よく知ってるわ』

『伊達に右手で触ったわけではない、といった所かな』

当人たちは至って平素な空気感を崩してはいない。
まるでそれぞれで逆に応じるような呟きだがそれが果たして聞こえているのか。
紅槍はかつて対峙した経験のある者としてどこか同情的ですらあった。また
彼女なりに仮面の流儀に合わせて加減(殺さず)したというのに向こうはこれだと呆れていた。
一方仮面は今にも“こんなこともあろうかと”とでもいいたげな雰囲気である。
誰が知ろう。紅色一色の外骨格その腰部の一点。そこに僅かに異なる赤が
あることを。たったそれだけの()が彼女を守っていることを。

「ちっ、怪物退治にシルバーブレット(銀の弾丸)はもう時代遅れってか?」

『怪物以上の相手に魔除け品程度が役に立つと思うのか?
 あと、時間稼ぎに付き合う気はない』

カレの腕が言葉より先に振るわれる。届く距離ではない。何かを放出してもいない。
それでもシックスが反応できたのはそういった武装を知っていたからだろう。

「ぐっ、あぁっっ!!」

両腕を天に突き上げる。端末から展開された鋼の腕が迫っていた巨大な黒い魔手を
受け止めるが余波だけで残った部下達は壁まで吹き飛ばされ男の足は半ばまで床に沈む。

「ちくしょうが!」

分厚い灰色の装甲を自らに纏わせながらも押さえつけようとする力に抵抗する。
意匠は単に装甲版を何枚も貼り付けて増量したかのような不格好さながらも
その通常より二回りは肥えている外骨格は“なんとか”という言葉が必要だが
振り下ろされた巨手に耐え、そして標的をずらした。真横に落下していく手型の
破壊の力はそのままリビングの床に、その下の地面まであらわにしたうえで冗談の
ような痕跡を残して霧散した。まるで巨人が誤って手でもついたかと見間違うそれを、
だが悠長に眺める余裕はシックスにはない。

『随分とふくよかな外骨格だな。ダイエットしたらどうだ?』

今しがたの攻撃など児戯だといわんばかりに余裕綽々の仮面がまだそこにいるのだから。

「こんな所でこいつの初実戦とはついてねえというべきか。
 なんとか一撃はいなせたことを喜ぶべきか……本当に生身だってのかこいつ?」

『さてね、だがよくぞ耐えたと褒めてやろう。
 さしずめ使徒兵器とやらの外骨格版……の試作品の試作品といったところかな?』

仮面の視線は大柄で不格好の外骨格全体を見据えている。
その随所に使徒兵器のと似た小型タンクが埋め込まれていた。
見るからに既存の外骨格にそれを増設に増設した結果な外見だといえる。

「大正解だよこの野郎!」

悪態か隠す意味もないと思ったか。
叫びながらシックスは埋まった足を床上に戻すと、踏みしめるように蹴った。
たった一度の、片足程度での動作で自らの姿を目にも止まらぬ速さと化す。

『っ、消え、ぐうぅっ!?』

それでも鈍器ライフルを前に突き出したのは彼女の経験か直感か。
鈍重そうに見えた巨躯の鋼腕が気付けばその台座に突き刺さり、
今度は見た目通りの破壊力を発揮して粉砕しつつ紅槍を殴り飛ばす。
取って返すようにシックスは床を蹴って跳んだ。庭と繋がった窓へと。
彼は悪態をつきながらも冷静に勝ち目の無さを理解していた。
いかにも鈍そうな巨躯による予想外の機動力での奇襲とそれよって
生じた虚をついた戦線離脱を目論んだ。裏切り者(ベノム)も部下達も任務も
放りだす判断だが自らが無事生還することを選んだ判断は正しいといえよう。
この巨体が生み出す速度は短距離転移にすら匹敵するのだから。

『───おいおい、パーティはまだ途中だぜ?』
「っっ!?」

あくまで相手が仮面でなければの話ではあるが。
脱出のための最高速度での跳躍。体が宙に浮いたその一瞬。
引き止められるように何かに足が掴まれ、それだけでその速度が完全に殺された。

『もうちょっと踊っていけ』
「がはっ!?!」

刹那の時間鋼の巨躯が停止する。シックスはそれを行ったのが紅槍を─おそらく─
右腕に抱えた仮面と知って背筋が凍った。気付けば彼はリビングの壁の新しい模様
として埋め込まれていた。遅れてきたような衝撃は防御機構をまるで無視して
全身を突き抜けてくる。頭部を覆うメットの中で何度か血を吐いていた。

『…すまない、助かったわ…』

『咄嗟に反応できただけで上出来だ。
 あれは本来、ヒトに対応できるものではない』

『そう………で、私はいつ放してもらえるのかしら?』

一方で壁に激突する寸前に受け止められた紅槍は内心複雑ながらも
仮面の言葉を受け取った。疑問はあるが今は問うべき状況ではない。
しかし後者の件は暗に放せと求めたもののカレの腕は離れなかった。
むしろより強く体を抱き寄せられてしまう。

『ちょっ!』

それも頭部を抱えられるようにしてカレの─たぶん─胸元に押し付けられた。

『それはあいつに聞いてくれっ』

慌てた彼女を無視してマスカレイドはその場で回るように蹴りを繰り出す。
一瞬黒い稲光と銀の稲光の衝突が起きたかと思えばあの巨躯がまた吹き飛んだ。

『な、あいつ何時の間に!』

見ればシックスが埋め込まれていた壁はその痕跡しか残しておらず、
当人は蹴り飛ばされた先で息を荒げながら蹲っていた。

『どうやらあれも細かい予備動作はあまり必要ないらしい』

「そういうことだ!」

彼女がシックスを見失ったのとそう叫ぶ男の声が背後から聞こえたのはほぼ同時。
振り下ろされた鋼の剛腕は、だが半身で振り返った仮面の左手で弾かれる。

「後ろに目でもついてんのかてめえ!?」

『背後を取るのは定番だろうが……少しきついぞ、耐えろ』

返答を待たずうちに怒声と共に再び掻き消えたその鋼の巨躯。
仮面は一言だけ胸に抱いた紅槍に忠告すると容易にその速度の中に入っていく。
それに彼女は呻くことさえできなかった。槍という呼称は戦場において先鋒を
任される事が多く、相手が人であれ輝獣であれその陣を食い破る突撃ぶりから
付けられたものだ。ゆえに彼女自身も彼女の鎧も並大抵の急加速や急旋回、
上下左右を無視した縦横無尽な軌道にも耐えられる自負があった。だが。

──これがマスカレイドの、彼の領域!?

これまでの血反吐を吐きそうな数多の訓練や過酷な経験も。
無銘の技術力の粋を集めて作られた外骨格の耐G機能や緩衝装置も。
軽々と置いてけぼりにされる未知なる速度空間に彼女は声も出ない。

「これでも逃げられねえかっ、最悪だなてめえ! アハハハハッ!!」

『嬉しそうにいうことか。また面倒なのに遭遇したな』

誰かが何かを喋ったのは分かったが彼女は言葉として認識できない。
あらゆる音という音がまともに耳に入ってこない。外骨格の調整機能が
なければ人の声であったかさえも分からなかったであろう程に音が歪む。
視界もまともに機能していなかった。何せ見ている光景が刹那で
切り替わっていくのだ。同じ場所ではあっても角度や向きが完全に違う。
その違いを認識する前にまた違う光景となればもう脳の認識能力を越えてしまう。
コマごとに全く繋がりのない映像をさらに早送りで見せられている感覚だ。
なまじそれぞれを(コマごとは)認識できるだけの能力を持っているために余計に混乱する。
しかも強いGを感じながらだ。彼女は状況の理解をあえて放棄して視界を閉ざす。
ただ自らを抱きかかえる黒衣にしがみつく。この速さの中ではもう仮面
しか安心できるものがない。そこに色恋や羞恥が入る余地もないほどに
それは鍛えられた戦士ですら耐えられる空間(戦場)ではなかった。

体験させられた者がそう感じているのと同時にそれを眺めている者達は
どう考えていたのか。否、何が聞こえて、何が見えていたのか。
住宅としては充分に広いといえるリビングでも戦場とするには狭い場所だ。
それを縦横無尽という言葉でもまだ弱いほどに跳び回る黒色と灰色の影。
使徒兵器を作り出した組織の技術力で作られた装備によって視力を強化
していてもそれは色の違う残像が飛び交っている程度しか見えない。
だが確かにそこに何かがいて幾度も衝突し合っているのはその震動と衝撃が
頻発し壁や床、調度品を無残な状態にしていく様を見れば理解できた。
これにベノムは勿論、意識が残っていたか取り戻した兵士達も身動き一つ取れない。
その姿を評すならばまるで巨大竜巻が過ぎ去るのを待って怯えている人々のよう。
だがそれゆえの速度ゆえか。決着は現実時間では20秒にも満たない時間でついた。
この場にいた者達にとっては数十分にも思えた時間ではあったが。

「ぐがぁっ!!」

そしてその決着は力の差を明白にしていた。
火花散る無残な姿の鋼の巨躯が今度は床に文字通り全身で沈み込んでいた。
埋め込まれていた小型タンクだけは無傷ながらも当初に見せた姿の6割も
原形を保っていない。あれだけ分厚く見えた装甲もタンクが無い部位は
装着者の焦げたような肌が露出するほど破壊されていた。

『……もう大丈夫だぞ?』

その姿を横目にカレは彼女から手を放したがそれでもしがみつかれたまま。
声をかけても反応がなく、やってしまったか、と呟きながら何の躊躇も
なく─装甲越しだが─臀部(おしり)を軽く叩いた。

『ひゃぁっ! な、なにを!!?』

『もう終わった……具合の悪い所はないか?』

その叩かれた衝撃かそこを触られたという事実か。
声を荒げる彼女に、だが仮面は何事もなかったように柔らかに問う。
やはり何故か感情はよく分かる不可思議な声から真剣に案じる想いを
向けられた彼女は今のを怒ればいいのか責めればいいのか窘めるべきか悩む。

『……少しフラフラするが、この程度ならじきに収まると思うわ』

結果、状況から後にしようと流して動けなくなった者達も含めて敵を見据える。
そのせいか隣で『耐性がついてきたのか?』という若干驚いたような呟きは彼女の
耳に入らなかった。紅槍は意識が残っている者達の大半の戦意が折れているのを
確認しつつ、まだ何かやらかしそうな二名に特に注意していた。
スクラップとなった鎧を脱ごうと身じろぎしながら呻いているシックスと
愕然とした表情のまま固まっているものの敵意は増すばかりのベノムだ。
彼らを重点的に警戒しながら紅槍は仮面にそもそもの疑問を投げかけた。

『……こいつらどうするの?』

彼女自身はある懸念を確かめるためについてきただけであるため、それが
想像通りの『蛇』の仕業だと確認できただけで用は済んでいた。だから
この場の判断は仮面に全て任せる心積もりである。

『無論、知ってることは全部吐いてもらう。
 特にこの兵器については念入りに、どんな手段を使っても引き出す。
 だから一番知ってそうなこいつを逃さないようにしてたんだから』

隙あらば逃走しようとし続けてたからちょっと手間がかかったよ。
などと軽口をこぼしながらもその視線は決してシックスから離れない。
仮にここまで破壊された外骨格が奇跡的に稼働した所で逃げられまい。

『その割には私を抱えたままやり合うなんて遊びをやっていたようだけど?
 まあアレに対応できない私としては助かったといえる話ではあるけれど』

『そういう目的があったのは否定しないが、私と君が一緒にいれば
 逃げるためには私を狙うしかなくなる、つまり……』

あの巨躯の外骨格の速度だけではマスカレイドから逃げられないのは
既に何度も同程度の速さで対抗したことで証明されていた。それでも
この場から逃走しようというなら、それは。

『なるほどね。何とかあなたに隙を作りその一瞬で逃亡するしか無い。
 一応片手を塞ぐお荷物があるのだからもしかしたら、と……なんて悪辣』

赤い流線型のメットの中で彼女は渋面を浮かべた。あそこまでどうしようも
ない領域を体験させられては足手まといになった事への悔しさはほぼ皆無だが
まさか敵に僅かな希望を持たせるための嘘の荷物(ハンデ)役をさせられていたとは。
相手からすれば四方八方を塞ぐ壁に小さな穴を見つけて縋ったのだろうが
その穴は実際は壁に描かれただけの(ウソ)。偽りの希望という人参を
ぶらさげて行動を誘導し、向かってこさせることで追いかけ回す必要を無くし、
自棄になられる危険性も排除しつつ、まんまと敵の切り札を破壊しつくして
行動不能にしたのだ。これを悪辣といわずなんというのか。

『どうしてそういう手間かけるかな、君は?』

一撃で終わらせられたんじゃないのかと言外に問えば仮面が左右に動いた。

『切羽詰った状況でもない限りは不確定要素が何時混じってもいいように
 余裕を持たせていたい………あと、少しでも楽がしたい』

『………君の苦楽の基準は前から思ってたけど、ちょっとおかしい』

前者のいきなり大きな力を振るってそこで想定外が起こるよりは余力を残し
細かい手札を切って相手を封殺していく方が“まさか”に対処しやすい。
その意見が分からないわけではない紅槍であったが、最後に付け足した
わりと本音らしい発言にはメット内で眉根を寄せる。
あんな人外の領域に侵入しておいてそっちの方が楽とは。

『後始末が面倒なんだ…』

なるほど。
大きな力を振るったあとの隙の話ではなく、その後に残る巨大な痕跡あるいは
破壊痕の処理問題を嫌がっているのだと理解した彼女はこの仮面の下にある
妙な方向に生真面目な男の子を思い浮かべて納得すると────槍を抜いた。

『しっかりやるからね君は────やめときなさい、見ていたでしょう無駄よ』

鋭く赤い穂先は庭を背にするように立つベノムへと向いている。
今まではまだ紳士然としていた表情は見る影もなく怒りと屈辱で歪んでいた。
そしてその目に浮かぶのは揺らぎない敵意と憎悪の熱。それを吐き出さんと
手にしているのは彼の近くに吹き飛ばされた兵士から奪ったアサルトライフル。
謎の銀色の液体が詰まったタンクとチューブで繋がった彼らのいう使徒兵器。
しかし仮面の前では無力な武装であることは既にこの短時間で証明されていた。
彼女としてはマスカレイドがいなければと思うと震えしか起きない性能(チカラ)だと、
コレが起こしたであろう暗殺事件を知るがゆえに、既に量産体制にある事実に、
血の気が引く程の恐怖を覚えたがそれをおくびにも出さない程度の駆け引きは
慣れたものであった。そんな表面上な強気を激情にかられたベノムは見抜けない。

「黙れっ!! 我らがっ、至高なる我ら『蛇』が生み出した使徒兵器が!
 たかが死の商人の私兵と、お遊び気分で世界をかき乱す道化に敗れるわけが!」

あるわけがない。あってたまるか。
そこまで発するまでもなく、彼は激憤と殺意で引き金に指をかけた。
今更その程度の罵倒で動揺する精神など持っていない彼等はそれに
ただ作業的に反応した。紅槍は撃たれる前にと自らを弓とするように
体を引き絞って槍を構え、仮面はあらゆる角度からだろうと弾丸を
跳ね返さんとその力を展開し、そして───────









───────歌が、聞こえた






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