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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-91 悪しき神、かくあるべし


礼拝堂は建物ごと横殴りされたかのように大きく揺れた。
それは中にいた者達の体勢を崩すほどでシンイチとミューヒは即座に
周囲にいた子供達を抱えるようにしながら覆い被さって伏せさせた。
遅れるようにモニカが、シスターが倣うように子供達を庇う。
だが揺れは一度で終わらなかった。続いて、二度、三度と同規模の衝撃が
礼拝堂を襲う。吊るされた電灯は振り回され、白い壁に稲妻のような亀裂が走る。
突然の事態に子供たちは悲鳴をあげていた。それをミューヒやモニカが
宥めている中、この衝撃の本当の意味合いに気付いたのは三人だけ。

「大丈夫よ、すぐ収まるから! じっとして!」

おそらく地震の類と判断しているモニカの叫びに半ば反射的に
その三人は違うと胸中で返していた────これは音無き砲撃だ(・・・・・・)
戦場をよく知る二人は五感全てでそれを見抜き、もう一人のシスターは。

「っ、ぁっ!」
「シスター!?」

血を、吐いた。
屈んだ状態で口許を押さえた彼女だが隙間から零れ落ちる赤い血液は
顎を伝って床に落ちていく。それがこの場の者達に与えた精神的衝撃は
強く、建物が揺れていることなど忘れたかのような痛いほどの静寂が過ぎる。
そして続いたのは彼女を案じて叫ぶ子供達の声。縋るように、支えるように
彼女にしがみついて声をかけているがそれに反応さえできずにシスターは
倒れこんでしまう。その衝撃によってか何かに弾かれるように
ウィンプルは外れ、少し色の抜けた栗色の髪があらわになる。

「やだっ、うそっ、シスター!!」

モニカかあるいは子供達か。悲鳴のような叫びが響くが未だ揺れが収まらない。
いつどこで何が落ちて、何が崩れるか解らない状況で周囲の子供達から
離れるわけにもいかないとミューヒもモニカも容易に動けない中。

「バカよせっ、やめろシスター! これ以上は無理だ!」

彼だけが、彼女が倒れ伏した正確な理由に勘付いて叫んでいた。
だがシスターはその声が聞こえているのかいないのか。短く呻くように
しながら胸元のロザリオを祈るように握りしめていた。

「くっ、5発目! もういいシスター! 結界を解け(・・・・・)!!」

5度目の揺れの中。彼はもう気付いていた。
ここに連れ込まれた瞬間に覚えた衝撃の意味を。
自分という異分子が入り込んだ事を結界の主に伝えたものだったのだと。
それがいま何らかの攻撃を受け続けて崩壊寸前になりながらも最大限の
力を発揮してこの地を、子供達を守ろうとしていることを。
だがそれは。

「うぐっ、聖なる結界とか最悪だっ、くそっ!」

皮肉なことにこの場における最大戦力の動きを封じ込めてしまっていた。
彼女という術者の力量と想いが強すぎて彼がいま出来るのはせいぜい
腕が届く範囲の子供達を庇うことまでだ。頭痛、耳鳴り、視界の回転、
手足の痺れ、重力が数十倍になったかのような圧力。これらを振り切るには
それこそ礼拝堂ごと吹き飛ばすようなパワーを出すか術者へのダメージを
無視して結界を破壊するしかない。どちらもシンイチ以外の安全をまるで
保障できないのだから選べない選択肢だった。

「う、ぁ、わ、わたしがまも、らないと……」

「ダメージを処理しきれなくなってるじゃないか! ちっ、誰でもいい!
 そのロザリオを取り上げろ、それがシスターを苦しめているぞ!」

「っ!」

彼の言葉を全部理解できた者などこの場には誰もいなかった。されど
子供達は純真さゆえか。大好きなシスターを苦しめているといわれて
咄嗟に群がるように手を伸ばして彼女から十字架を奪って放り投げた。
弱ったシスターにはそれに抵抗する力さえ無かったのだ。だがそれで
術の起点を失った結界は、シンイチを押さえつけていた力は霧散する。

「ぁ、がっ、はぁ……」
「まずい、早く治療を!」

そのタイミングは遅かったのかちょうど良かったのか。
数えて6発目の砲撃が終わった直後のそれに次が来る前にと彼は立つ。
まだ結界の余波で少し頭痛がするがそれどころではないと自前の魔力結界で
礼拝堂を覆い、シスターに駆け寄ろうと足を前に出した瞬間。

──バカ、そっちじゃないでしょ!──

耳朶に響く、もう聞けるはずがない声が。
もう与えられる事のない温もりが引き止めるように腕を掴む。
驚くより、喜ぶより、懐かしむより、その意味に勘付いて背筋が凍った。
──今、誰が、あのペンダントを持っている?

「ぁぁっ、シスター!!」

まるで彼のその一瞬の停止を狙ったかのようにモニカが駆け出した。
その目には家族が倒れた事への焦燥と不安。もはや彼女には血を吐いて
倒れた母親代わりと自分と同じように彼女を心配する妹弟(きょうだい)たちしか
何も見えていない───まずい。シンイチの手と意識はゆえにそこに向かった。

「え、ちょっ、何よあんた放っ、きゃっ!?」

モニカの腕を掴むとその抵抗を完全に無視して強引に引き寄せる。
その直後、彼女の頭をナニカが少しかすめて帽子を奪っていった。
衝撃で舞うピンク色の長髪ごとモニカは彼の胸の中に庇われる。
だが“ソレ”は直前まで彼女がいた場所を通り過ぎていくつかの
長椅子を粉砕して、その光景にモニカは唖然とした。

「……は?」

「呆けるなっ、次がくる!」

「へ、ひゃぁっ!?」

その驚きが消えず、理解が進まない中。彼女を抱えたままシンイチは跳び退く。
直後彼等の足元だった場所からナニカが飛び出して床材を飛び散らせる。
動くのが遅れていればどうなったかを察したモニカは蒼白となりながら
無意識にシンイチにしがみついていた。

「な、な、なななによあれ!?」

外れたと理解したのか。ソレは宙に静止する。
銀光そのものが長大な弾丸か細い刃を模ったようなエネルギー状の物体。
方位磁石のように少し穂先を迷わせた後その鋭利な凶器は歌姫を示して、
再加速再突撃。まるで意志ある死神の刃。彼女をただ害そうと迫る殺意。

「ひっ!」

──ぶちぬきなさい!──

「いわれなくても!」

だがその前に立ちはだかるのはある種の本物(邪神)
命中するまで標的を追い続けるというなら壊すだけ。
彼女を抱えていない右腕を魔力が覆う。魔装闘法術による内外の強化。
見えぬところ、全身のあらゆる筋肉さえ強化し、筋力と耐久を強く
引き出した一撃は謎の弾丸と正面衝突し─────拮抗した(・・・・)

「な、にっ!?」

加減など殆どない拳が押し勝てない。対象を壊せない。
それどころか徐々にこちらが押されていた。銀光の穂先がまるで全てを弾くと
いわんばかりに魔力膜を突破し、肉が裂け、骨がきしみ、口からは舌打ち。

「ちっ」
「あ、あぁぁ、手っ、あんた手がっ!?」

彼はあえて腕の中の悲鳴を黙殺する。これは尋常な攻撃ではない。
何せそこまでの損傷を受けたのに触れている感触が無い。まるでそこにあって
そこにない存在を殴りつけたような違和感。舌打ちもでよう。これは悪手だ。
抜けていた。魔力(フォトン)を感じなかった時点で別の攻撃と察してあらかじめ
別種の対抗手段を用意していなければならなかったのにコレはあまりに
魔力と存在の質が違う。存在の階位が違う。魔力では太刀打ちできない。
だが。

「ぶちぬけってそっちかよ!」

ならば魔力以外を使えばいいだけ。途端に彼の腕を覆う力の質が変化する。
果たしてそれに気付けた者はどれだけいたか。只人には見えぬ赤黒い
雷光が纏わりついて篭手のように覆う。どこかでミューヒが怯えたように
縮こまったのを気配で察したが今は流して、彼はそれをぶち抜いた(デコピン)
それだけで冗談のように弾丸はガラス細工の如くに砕け散る。
知らぬ間に彼の結界を抜き、その拳と拮抗したとは思えぬ呆気なさ。

「“消え失せろ”」
「っ!?」

しかし欠片でも残しておかぬと彼はその存在を根本から消し去る。
腕の中の誰かが何故か怯えたように震えたのは分かっていたが無視した。
それを気遣うより前に通常結界では役に立たぬと証明されたこの場の
守りを完全にしなくてはいけない。歌姫を抱えたままゆっくりと
しゃがんで右手で床にそっと触れる。

「“此処は我が領土、我が領域。侵すこと許さず”」

“力”を纏ったままの手からその決定(・・)を敷地全体に広げた。
その波動を見れた者、感じれた者はいたのかどうか。ただ少年だけが
人心地ついたように息を吐いた。そして。

「ヒナ、そっちは?」

いつの間にかシスターの傍に移動していた彼女に、気配(チカラ)を消してから問う。

「う、うん……もう治したよ。あとはゆっくり休んでいれば問題無し!」

少し引き攣った顔ではあったがフォスタ片手に大丈夫だと太鼓判を押す。
実際彼女が支えて上体を起こしたシスターは息はまだ荒いがこちらを安心
させるようにしっかりと頷いてみせていた。

「だとさ」

「あ、良かったぁ…」

それに安堵の声をもらしたのはモニカで、少年もまた同意するように頷く。
ミューヒは彼がモニカを守り、謎の弾丸を迎撃した時には動き出していた。
建物を揺らす衝撃が止まっていたため彼女は倒れたシスターの所へ移動し
手当てを行っていた。不可思議な状況と攻撃を誰よりも理解している彼に
任せるしかないのならそこに集中できるようにと彼女なりに考えての行動だ。

「それで、そっちはどうなったの?」

「見ての通りさ」

だからこそ今度は彼女の方から問う。
他の者の目や耳もあったゆえ曖昧な表現になったが意図は通じていた。
しかしどこかおどけたような仕草での首振りにミューヒは僅かに顔をしかめる。
ここでいう“そっち”はシンイチとモニカのことだけではなく、先程までの
砲撃や謎の弾丸を含めた外部からの攻撃に対することも差していた。
ふたりは見たところ一部を除けば無事である。だが首を振ったのは
“終わってない”ということに他ならない。音も姿も見えぬ砲撃は
止まっているようだがここを襲おうという脅威はまだ去っていない。
それでもこうして会話するだけの余裕が彼にあるのはここがもう
邪神(カレ)による不可侵の領域となっているからだろう。

「ちょっ、なに普通に話してるのよ! こっちも早く治療! 手、手が!」

「うぬ? 手にケガは見当たらないが…どこか痛むのか?」

その安全性を幸か不幸か彼以外認識できない中で男女が妙なことを言い合う。
ミューヒが呆れ半分の白けたような視線を送るが誰も気付いていない。
子供達の意識の大半がシスターに向いていて二人の身に起こったことを
あまり把握していなかったせいである。

「どこに目を付けてんのよあんた!? どう見たって痛そうじゃない!」

「すまん、うーむ、異常は見当たらないんだが、どこがどう痛い?」

「ひゃっ、なんで私の手触ってるのよ!?」

「いや触診だが?」

シンイチの目と左手は確認するようにモニカの腕を診ていた。
モニカの目と手は震えながらシンイチの右手を慮っていた。
まったくかみ合っていない視線と会話である。

「……わざとじゃないのがわかるから、なんかむかつくよね」

彼が大真面目であると解るミューヒは今にもその頭をはたきたい衝動にかられる。
しかも本当に分かってないのか疑わしい動作があるのが憎らしくも感じていた。
何せモニカに触れているのは左手だけであり、右手は微妙に子供達から
見えにくい位置に置いているのはどういうことか。

「イッチー、歌姫さんは君の右手の話をしているんだよ」

これでは話が進まないと溜め息まじりに指摘すれば漸く彼は自分の右手を見た。

「俺の右手? あっ」

そこにあったのは見るも無残な状態にある手だ。
肉は裂け、骨は折れ、全ての指が本来あるべき形をしていない。
自らの血にまみれ、黒く焦げた跡さえあって元々の肌の色の方が少ない。
力を切り替えるのが遅かった。あの時点でもう右手はこの状態となっていた。

「あ、って……あんたまさか!
 そんな大ケガしておいて気付いてなかったとかいわないわよね!?」

「いや、その……忘れてて」

しがみついていた手を、胸倉を掴む手に変えたモニカに問い詰められ、
シンイチはばつが悪そうにしながら正直に(・・・)答えてしまう。
認識はしていたのだ。だが、とりあえず他の者達の安全や外の敵への
警戒が優先だろうと頭の片隅に置いておいたら忘れてしまっただけ。
尤もそこまでいうと余計に叱られると思って忘れたことだけを伝えたのは
まるで怒られる話題を増やすまいと拙く画策する子供の思考である。

「わ、忘れ、た?」

「ああ、うん、すごく分かるにゃー。なんかすっごい殴りたいでしょ?」

だが彼女達からすればあまりに埒外の返答であり、唖然としたモニカに
ミューヒはにゃははと笑いながら煽る。尤もその目は全く笑っていない。

「ええっと、きちんと治すからお前は今シスターの方をだな」

「大丈夫って学園の子が言ったのなら素人の私が診るよりいいわよ!
 それより自分を助けてくれた人のケガを放っておいたら後で私がシスターに叱られるじゃない!」

「なるほど確かに」

何がだ、とその件のシスターを支えながらミューヒは渋面だ。
彼女からするといま歌姫は正しいがまずいことをしているように見えた。
口にした言葉もなんともわかりやすい建前だろうかといっそ清々しい。

「困ったな。こんなのうちの救急箱じゃどうにもならないし、
 一般向けの治療スキルでなんとかなる傷でも……」

見るも無残な彼の右手から目を離さず必死に考える歌姫は、真剣だ。
先程の攻撃が自分を狙ったものだというのはわかっているだろうに、
それでもその疑問や怯えよりも真っ先に庇ってくれた者を気遣う姿勢。
当たり前の話かもしれないが実際にすぐ出来る者はどれだけいるか。
そういう人物はミューヒのなんとなく程度の推測だが────彼の好みではなかろうか。

「って、あんたも学園生徒じゃない! さっさと自分で治しなさいよ!」

そんな狐娘の懸念と心配を知らずにそこに辿り着いた彼女の勢いに、
シンイチは少し面白そうな笑みを浮かべて頷いてみせた。
あちゃぁと天を仰いだミューヒに子供達だけが不思議そうな顔。
これまで彼女に対してひどい程に興味が薄かった彼が、それを持ち始めていた。

「わかったが、ここまでのケガだ。
 あんまり一般に見せてはいけないスキルを使う……見るなよ?」

彼女のそんなわりと当たっている考察には気付かず、もっともらしい
ことをいって誤魔化すシンイチ。モニカは納得したのか素直にあらぬ方を向くが
どうしてか彼の腕の中から離れない。しゃがんだまま抱えているような
姿勢であるが左手は添えているに等しいため抜け出すのは容易なはずだ。
疑問に思いながらも彼はまず右手だと試しに(・・・)治癒魔法、治癒スキルを
連続で使ってみるがすぐに舌打ちして神言を発する。

「っ、“正常な状態に戻れ”」
「っっ!?」

びくりとまた彼女が震えたのをまた無視しながら傷だらけだった右手は
映像が逆再生するかのように元の傷ひとつない姿に戻っていく。また流した血を
影で回収して消しておくのも彼は忘れていない。しかし彼がそうまでしなければ
治癒することもできなかった傷を負わせたモノ。殴りつけたおかしな感触。
邪神の力でなければ対応もできなかった等の事実に微妙に苛立ったものを
彼は感じていた。思い当たる節が、どれもこれもろくでもないものばかり。

「まさか俺が生きてる時代に出てくるなんて、どんな確率だよ」
──女ひとり殺すのになんてもの使ってやがる

言葉と胸中。どちらが本音か。あるいはどちらが重いのか。
確実なのはどちらも彼にとっては気に入らない話であることだけ。

「ちょっ、シスター無理だって!」

面倒な(丁度いい)のを引き当てたかとうんざりしている彼の思惟を
止めたのはミューヒの焦ったような声。見れば支えられてようやく
立っているような彼女(シスター)がシンイチたちの所へ向かおうとしていた。
その顔にあるのは今すぐにでも行かなければといいたげな強い意志。

「え……なっ、なにっ!?」

これは自分達からも歩み寄るべきだとシンイチは当然のようにモニカを
抱き上げてしまう。あまりにあっさりと横抱き、いわゆるお姫様抱っこを
されたことに気付いて彼女は慌てた。それに子供達は歓声を、ミューヒは
白けた顔が向ける。恥ずかしがる彼女だが、自らを抱える右手が無事な
姿になっているのに安堵した様子も見せた。それにニヤリと笑って
シンイチは狼狽えてもいる彼女の耳元で囁く。

「腰抜けてんだろ、おとなしく運ばれろ」

だがその声は怒るでも呆れるでもからかうでもない淡々と事実だけを
告げるもので、一瞬呆けたモニカだが見抜かれたせいか年下の男の子に
抱え上げられた羞恥かすぐにより真っ赤となる。いきなり訳のわからない
攻撃を受けて実際に殺されかけたのだ。腰ぐらい抜かすだろうとシンイチは
気にしてもいない。していないため彼女の抵抗もまた気にしない。
動けないなら運ぶだけだという実は全く下心のない行動であるため
モニカが今感じている恥ずかしさにはじつのところ変な鈍さを発揮して
気付いていない。尤も彼女の腰が抜けたのは四割ぐらいは自分の
気配(チカラ)のせいだろうと考えていたのもあったが。

「ほら」

「え、あ、シスター! これはこいつが勝手に!」

「あ、あぁっ、なんて、ことっ」

通路の途中で合流するように出会った時、慌てるモニカがまるで
目に入ってない様子のシスターは少年を間近で見て、目を大きく見開いた。

「君は……いえ、あなた()はもしや…」

その目が、顔が、驚き以上の畏怖と同程度の歓喜を示していた。
仮にも神の家を預かる者を前にして堂々と使いすぎたかと彼は苦笑する。
ましてやあれほどの結界を張れるのならそちら側の存在でもあろう。
今しがた使った力の残滓が“視”えぬわけがない。だが。

「よしてくれシスター、俺はあなたに様付けされるような存在じゃない」

気持ちは分かるがへりくだり過ぎだと思いながらミューヒに目配せする。
察した彼女はシスターを無事な長椅子に腰掛けさせ、シンイチはその隣に
抱えていた歌姫を下ろした。

「ですが」

「気配でわかるはずです。これは……それなりに悪しきモノです。
 あなたの結界で身動きがとれなくなってしまう程にね」

だがさらに言い募ろうとする彼女をシンイチは制するように苦笑気味に語る。
その言葉と笑みにシスターは何を感じたのか一度、目を閉じると首を振った。

「……いいえ、それでも皆を守ってくれたのは君です。ならば私は人として
 人であるあなたへ感謝を忘れてはいけない……ありがとうございます」

そしてその言葉と共に深く頭を下げた。意外だったのか目を瞬かせた彼は
少しばつの悪そうな顔をすると視線をあっちこちに彷徨わせる。
ありていにいえば、照れていた。

「えっと、確か……あったあった。はい、ほれ」

その気恥ずかしさを誤魔化すように、泳がした視線の言い訳を探すように、
周囲を見回して落ちていた帽子とロザリオを拾うと持ち主に渡した。
ただ丁寧に渡したのはロザリオで、雑で乱暴に被せたのが帽子である。

「わっ、ちょっとなにすんのよ! 照れ隠しに私使わないで!」

「うぬっ、バレたか」

当然抗議した歌姫に彼はその反応を楽しむようにくくくっと笑う。
目的を看破されたのだけは少し驚いたような顔をしていたが。

「あんた行動がどっか子供っぽいのよ。
 シスターが折角感謝してるんだから恥ずかしがってないで受け取りなさい!」

「……なんだろう、この母親に叱られているような気分」

「誰が! 高校生の息子がいるような歳じゃないわよ、失礼ね!」

乱暴に被せられた帽子を手元でぐちゃぐちゃにしながら吠える歌姫だが、
横から予想外の冷や水を浴びせられて固まってしまう。

「あら、失礼うんぬん言い出すなら……モニカ、あなた助けてもらったお礼は?」

「……あ」

いまこの場でモニカは直接的にシンイチに命を助けられている。
右手の負傷のことがあって吹き飛んでしまったが言わなくてはいけない事だ。
彼女はシスターにそういう事がきちんと出来る子として育ててもらった自負がある。
当然のことをするまでだと何故か意気込んで彼に向き直った。が、視線の先では
挑発的な笑みを浮かべて「ほらほら、早く感謝しな」といわんばかりに手招きする
少年がいて、それは大いに彼女の癇に障った。

「シスター、こいつにお礼いうのなんかやだー!」

「あらあら困ったわね。君も恥ずかしいからってそういう態度とらないの」

「すみません、つい」

泣きつくようにしがみついてくるモニカを宥めながら少年に注意もする。
これには意外にも素直に謝った彼だが歌姫には相変わらず挑発的な顔を向ける。
彼女もそれを受けて睨み返すのだから収まりがつかない。当人同士は5、6歳程度
歳が離れているのだが他の子供達と比べれば充分に大人の領域に入ってるといえる
男女が一番子供っぽいことをやってるのにシスターは笑えばいいのか叱ればいいのか。
少し困ってきてしまっていた。

「………ちょっと調子戻ってきたかな……なんかイラつくけど」

その様子をどこか不機嫌そうに眺めながらひとりごちるミューヒである。
いくらか放っておかれている狐娘は本人は無自覚ながら若干拗ねていた。
尤も彼らしいといえばらしい態度ではあり、攻撃を受けた一般人への
気遣いという側面もあるのだろうと彼女も察してはいる。無論そこに
気に入った相手で遊ぼうという意思も多分に見受けられるのが問題で、
また内心の苛立ちというものはそんな理屈ではなかなか消えない。

「っと、遊んでる場合じゃないか。
 ふたりはまだしばらくここにいてください。もう揺れはないでしょうが、
 外の様子は俺達が見てきます。邪魔なモノの掃除も……付き合ってくれるかヒナ?」

「………はぁ、これ計算じゃなくて天然なんだもん、参っちゃうよ」

「は?」

そう思った途端にこれだと彼女は溜め息まじりに首を振る。
何せ「力を貸してほしい」と暗にいわれただけで気分がいいのだから。
分かったと頷いてしまう自分の安さに呆れているミューヒではあるが、
自らより強い相手に頼られると嬉しく思ってしまうのはガレスト人としては
極々自然な考え方なので問題は無い。と意識して誤魔化している時点で
彼女の本音はどこにあるか逆に明白なのだが本人は頑なに認めていない。

「待って! 外に出るって、大丈夫なの? それに私がここにいたらまた…」

そこへ慌てたように割り込んだのはモニカである。
アレがなんであるか分かってない彼女だが、撃ち込まれたモノであることと
誰を狙っていたのかは理解していた。だからこその不安を吐露するがそこに
返ってきた言葉は辛辣なものであった。

「自分でどうにもできない歌姫さんはじっとしてて」

「っ、でもこれは私と私の家族の安全に関わる問題でしょう!?」

これ以上はこちらの領分だと強めに言い聞かせたミューヒだが、
モニカはこれが自分を狙っている脅威だと理解できているため
易々とは引けなかった。ゆえに視線をぶつけあわせ、周囲に
あるはずのない火花を幻視させるほどの睨みあいが行われる。

「………シスター、これ」

「え、あ……ありがとうね」

子供達はそれに戸惑ったのか。賢くも触らぬ神になんとやらか。
半ば遠巻きにしながらウィンプルを拾ってきてシスターに渡した。
いつもと変わらぬ笑顔と感謝が返ってきて子供らもやっと大丈夫なのだと
安心したのかシスターの周囲を取り合うようにすり寄ってきていた。
今更ながらその集う髪色の種類に気付いて自分も慣れてきたんだな、と。
どんな人種であろうが同じように彼女を慕い、その無事に安堵する姿を
女達の激突を横目に半ば無視して頬を緩めたシンイチだが、すぐに顔を
引き締めると屈みこんで彼らに声をかけた。

「なあお前らにちょっとお願いがあるんだけど?」

「おねがい?」

「なーにお兄ちゃん?」

「さっきたくさん揺れただろ。これから俺とそこの小さいお姉ちゃんで
 外の様子を見てくる、危ないモノが無いかとかね、だから…」

「…オレら、じゃま?」

ひとりの子供が頭部の獣耳を垂らした悲しげな様子でいう。
その出した答えはとても聡い。ミューヒが歌姫に告げたように出来ない者には
何もしないでもらう方が色々と都合がよいのも事実だ。しかしながらそれで
納得できるかどうかというのはモニカの反応がまた事実でもある。正否ではない。
自分と家族の危機を前にして『何もしない』を選べる者は余程冷静かどちらも
大事に思っていない者だけだろう。この子は幼いながらも無力な自分達が
モニカやシスターの邪魔者(足かせ)になっているのではないかと危惧したのだ。
それを察せられるだけの経験をこの幼子はしたのだろうかと推測させられるが
シンイチは笑ってその子の言葉を否定した。

「バーカ、そんなわけあるか。俺らが戻ってくるまでここで
 お前らの姉ちゃんとシスターを守っててほしいんだ。頼めるか?」

しっかりと子供達の目を見て問うてくるシンイチの目は真剣だ。
子供達は一瞬呆けるがすぐに全員が一斉に頷き合ってみせた。
その目には任されたことへの喜びがきらきらと輝いていた。

「うん!」

「まかせて!」

「モニ姉とシスターはおれらがまもるぞ!」

「「「おおー!」」」

息を合わせるように拳を突き上げて叫ぶ姿にシンイチは、なら任せた、と
手を差し出せばひとりの男の子とハイタッチ。そして顔をあげた彼は
一瞬だけシスターに目配せして小さく頷き合う。尤も彼女の方の顔には
僅かな苦笑が浮かんでおり、睨み合っていた彼女達ですら唖然としている。

「ヒナ、じゃれてないで行くぞ」

「…ほんと、自尊心をうまく刺激して人を操るよね君は」

「人聞きの悪い、決めたのはあの子達だ。
 ……だからお前もしっかりと守られてろよ歌姫」

「え、ちょっとまさか今の…」

連れだって礼拝堂の正面扉に向かう背で、彼はモニカに告げる。
それは言葉とは正反対の子供達を守るために動くなという指示だ。
こうなっては彼女が離れようとしても守るために子供達も動く。
それがどれだけ危険なことか解らないわけではない彼女は了承するしかない。
与えられた役割にこれだけの喜色とやる気を見せている子供達にしなくても
いいなどとはモニカは言えない。不満げな態度を取るのがせめてもの抵抗だった。

「あんた、サイテー」

「お褒めにあずかり光栄だ」

理由はどうあれ子供達を利用したやり方に嫌悪を示したがどこ吹く風。
嬉しそうな声色でそう返されれば余計に腹立たしいがこの事態を引き起こした者が
まだ外にいるのならその対処はふたりに行ってもらうしかない以上苦々しくも
彼女は黙ることを選ぶしかなかった。

「そうだ、シスター」

してやったりな最低少年は扉に手をかけたタイミングで背中越しに言葉を向ける。

「俺、借りはすぐに返す主義でね。
 あなた方の諸々の心遣いを返せる仕事を用意してくれると助かります」

「……これは違うと?」

「ええ、これは私が(・・)やらなくてはいけない責務です」

この神性(チカラ)を使う者として。そんな続く言葉を聞いた気がして
シスターは扉の向こうに消えていく二人を、彼を静かに見送った。そして
知らず息を吐く。どうやら彼女は自分で思っていた以上に緊張していたようだ。
モニカに迫る危機。今の突発的な攻撃。そして彼から発せられた気配。
並べてみれば肩に力が入るはずだと意識的に脱力する。そうできたのは
問題の一つであった少年自身が他の問題を解決するといってくれたからだろう。
ならば残る問題はと彼女が見たのは隣の不機嫌顔の歌姫である。

「モニカ……あなたもわかっているのでしょう?
 彼はみんなを守るためにこうしたのよ、そしてもう大丈夫」

だからみんなで待っていましょうと諭すようにいうが歌姫の顔にあるのは
相変わらず不満げなそれであったのでシスターは苦笑するしかない。

「モニカ」

「わ、わかってるわよ、でもなんか見てるとイライラするのよあいつ」

「ふふ、そうでしょうとも。だから拾ってきちゃうんですものね。
 あなたのイライラはたいていの場合、放っておけない、と同義ですもの」

「う………」

図星であったのか。否定して通じる相手ではないためか。
そっぽを向いて誤魔化すモニカにシスターはただクスリと笑う。

「それでみんなが助かった、あなたのおかげよ。
 迷子を見捨てない。そういう子に育ってくれて私は嬉しいわ」

良い子良い子と褒めるように頭を撫でればモニカは照れたように頬を染める。

「ちょ、ちょっとシスター、子供じゃないんだから…」

口ではそんな文句をいうが逃げないのは嫌がっていない証拠であろう。

「ああ、モニカねえちゃんてれてる!」

「お顔真っ赤!」

「う、うるさいわねちびっ子ども!
 守ってくれるんでしょ、じっとしてなさい!」

からかう子供達を大人の力でもみくちゃにして戯れる姿にシスターは頬を緩める。
いつまでたっても子供ねえ、などと思いながら自然と彼女は天を眺めた。
そして生まれて初めて祈る。迷子のくせに誰かを守ろうとする自称悪しき神に。






とん、とふたりが足を付けたのは礼拝堂の屋根の上だった。
そこに下ろされた彼女は目を細めてその白い面を見上げて睨む。

「とりあえず、扉を開けたら屋根でしたってどういうこと?」

『見られぬように短距離転移しただけだ。仮面はその最中に被った』

「そう、で、どうしてボクは君に抱えられて運ばれてたのかな?」

表情は笑顔なれど額には青筋。怒ってますよというポーズに
されど仮面が返した答えはあまりに間の抜けたものであった。

『うぬ? あれ? なんでだろう?』

「はぁ?」

本気で本人もよくわかってない雰囲気に呆然。老若男女が不明な
声なれど不思議と感情は読みやすいゆえに彼女もその答えに拳を握った。

「理由もなく女の子に気軽に触れるのはやめてほしいよ、ほんと」

『腰を抱いただけなのに』

「それはだけっていわない!」

ほんのわずかな時間であったが。黒衣越しではあったが。
彼に突如腰を抱かれての密着はそれなりに動揺させられたのだ。
それを“だけ”と評されれば彼女も怒鳴りもするだろう。が。

『前も思ったが、すごい括れてるし柔らかかったから抱き心地は良かった』

「セクハラ感想もやめて!」

満足だといわんばかりに頷く仕草に真っ赤になって吠えるミューヒだが、
白き面は傾かれた。仮面越しの目はいかにも“セクハラとはなんぞ?”と
本気で不思議そうにしていた。

セクハラ(からかい)ですらなかった、だと!?」

衝撃を受ける彼女にさしものカレも振り返って、あれはセクハラなのかと
理解する。尤もそれが今後活かされるかどうかはかなり怪しいが。

「はぁ……もういいよ。それでどうしていきなりマスカレイド?」

『この姿はある種目立つからな…』

「見えないんじゃないの?」

『………いや、あれ? そうだな……そうだ、確かヒトと接触し続けると
 認識阻害能力が低下するはずだから多分見えてる。うん、多分』

「そのいま気付いたみたいな発言はあえて流すけど……つまり?」

『私が突然お前を抱えて現れてみろ────お前の部下がやってくるだろ?』

企みの─前提から怪しかったが─三日月が見えたと思えば周囲の人影が急増する。
光学迷彩の解除。上空からの急降下。周囲の屋根からの跳躍。飛び込み方は
それぞれであったが赤き装甲服を身に纏う者達が二人を取り囲む。

「マスカレイド、隊長を放せ!」

『ほら』

「………」

各々が戦意を隠そうともせずに武器を構えるおまけ付きで。
ただ同時に周囲から自分達が見えないように空間への高度な映像投映技術に
よって平常時の映像で一帯を覆い隠すということもやっており、仮面はその
手際に素直に感心しながら笑う。

『くくっ、上司想いの良い部下たちだな』

「……ああもうっ!」

言葉にしきれぬ諸々の感情を吐き出すように叫んで頭を抱えるミューヒ。
これは心配して飛び出してきてくれた部下達の行動を喜ぶべきか。
それとも行動を読まれ、まんまと誘い出された事を叱責するべきか。
やはりこれを企んだらしい仮面を責めるべきか。存在に気付かれていたのは
今更な話であるので彼女は完全にスルーしている。

「子供達も私の部下も同じ扱いか、わかっていても頭が痛い」

「隊長?」

『悪いな、お前が連絡するよりこうした方が早い。
 と、いま後付理由を思いついた。他意は……多分ない』

「そういうとこ正直にいわなくていいわよ!」

黙れ、とばかりに仮面の脇腹らしい部位目掛けて拳を打ち込む。
空気が若干震動する程の拳圧だったが黒衣に揺らぎはなく、仮面も平然。
だが部下達は一斉に顔を青くする。彼女達が武器を構えたのは抗議という
形の威嚇でしかなかったため実際に暴力を向けた上司に彼女らは絶句した。

『……いきなり乱暴な。ダメージはなくても痛みはあるんだぞ?』

「さっきも無視してたくせして偉そうにいうことか!」

軽く流す威力では決してなかった一撃を茶化すマスカレイド。
その物言いが気に入らないとばかりに胸倉─らしき部位─を掴むミューヒ。
仮面の所業や実力。組織との相手(仮面)側有利な契約での休戦状態。
それらは彼女達も聞いているのだがその気安い態度は呆気にとられてしまう。
──なんか聞いてた話と違う

「自分大事に、はい復唱!」

『まあそれはいいとして──』

「よくないでしょう!」

『──お前達、いま教会であった騒ぎに気付いたか?』

「え?」

その問いかけには感情的になっていたミューヒも動きを止めた。
むしろどうしてそこに気付かなかったと愕然とした顔で部下達を見る。
上司が仮面に抱えられていただけで飛び込んできた彼女達が、あれほど
建物を揺らしたナニカがあった時に何も行動しないことがあるのか。

「お前達なにも気付かなかったのか?」

問われた彼女の部下達は全員が戸惑った様子で同僚達と顔を見合わせながら
次々と、外から見る限りは何も、と口にした。驚愕の視線を白き面に
向ければその奥の瞳は剣呑に細められ、周囲全体を見据えている。

『やはりか……』

「何がかは聞かないけど、いつまでのんびりしてるの? らしくない。
 私が下手人なら狙撃の失敗なんて即座に逃げるところよ」

『さて、失敗したことに気付いているのやら。
 まあどの道逃げてないのは確認済みだ。あれだろ、何かが起こってすぐに
 逃げ出したんじゃ怪しんでくれといわんばかりだ。ローンも残っているしな』

「ローン?」

最後に笑って付け足した言葉になんのことだとオウム返しのように呟いて、
だが彼女は即座に施設に隣接する一軒家に目を向けた。まさか。
そう見据えた視線はしかし、突如正反対の位置にある隣家に向けさせられる。

『違う、こっち』
「っっ!」

わざわざ顎を撫でるような手の動きで顔の向きを変えさせられた事に
また触られたと、さっきの今でこれかと憤然としながら頬を染めるが
今は抑えるミューヒだ。

「っっ……ま、待って、弾道はあっちからだったはずよ?」

『そう見えてただけで実際はあっち……私には痕跡が見える。
 どこの誰だか知らんが分不相応な力に手を出したな』

「……無茶苦茶な弾道に、建物を傷つけずに突破するあり得ない狙撃、まさか…」

呆れた様子の仮面を余所に、思い当たる節があるのかどこか愕然とする
ミューヒの呟きをあえて流したカレは問題の隣家を見据えながら全員に
聞かせるように今しがた調べたその家の実情を語った。

『5年前に購入された一軒家で、ある一家が生活しているらしいが
 どう調べても全員の経歴や血縁が偽装だらけという恐ろしい家庭であったよ。
 まあ軽々とその領域(・・・・)の力を使う事に比べれば可愛いものか』

鼻で笑いながら仮面はその家を睨むように向き直ると足を進めた。

「……行くの?」

『お仕置きはしなきゃならん。それにこれは今の人類には過ぎた武器だ』

「私も気になることがある。ついていってもいい?」

『また腰を抱いてもいいのならな』

「いやだって言ってもどうせやるくせに───外骨格(アーマー)、アクティブ」

進む仮面の横に立ってその真紅の鎧を纏う。二人の遭遇戦で見せた試作品とは
違うガレストでレッド・オーガと恐れられる『無銘』の赤槍本来の装備。
全身や顔を覆い隠し背丈すら誤魔化すそれは、人型でありながらどこか
戦闘機を思わせる流線型の意匠であった。まるで前に進むことだけを
考えているそれじたいが『槍』と思わせる。

『それはなんともエスコート甲斐のないドレスだ……名前は無いのか?』

『無銘の槍は全部無銘(ナナシ)よ、お気に召さないかしら?』

仮面とは違う機械的な処理なれどミューヒとは気付けぬ変換された声は、
だがどこか楽しげで、この姿で良ければどうぞとカレを誘う。

『いや……では顔無しと名無しでパーティを台無しにするとしよう』

すっと伸びた右腕─らしき部位─が外骨格越しでも細さと括れを主張する腰を抱く。
ある意味仮面以上に表情が隠れた彼女がどんな顔でそれを受け止めたかは見えずも
彼女の腕はその軽口に付き合ってかカレに寄り添うパートナーを装ってしがみついていた。

『この場は任せる……虫は、一匹も逃すな』

「はっ!」

「了解っ!」

置き土産のような命令を彼女がしたのが合図だったかのように。
黒衣は赤き槍を抱えて跳んだ。不思議と完全に音もない跳躍と滑空で
ふたりはまるで隣家のある風景に溶けるように屋内に消えていった。

「…………ふぅぅ」

知らず誰かから重たい息がもれる。あるいは全員がやっと呼吸を思い出した。
武装や装甲服で隠れた体中から冷や汗が止まらないのを自覚する。
威嚇で武器を向けただけでこれだとマスカレイドの恐ろしさを実体験した。
あんな主観的で気分次第に等しい条文での休戦など安いものだと実感する。
自らを見失わずに済んだのは偏にあの場に彼女達の信奉する隊長がいて、
マスカレイドに対して気心知れたじゃれ合いを見せていたからだ。
長い付き合いといえる部下をしてあれはそうそう見れる態度()ではない。

「隊長とマスカレイドの会話は初めて見たけど、安心したわ」

「ええ、いくら隊長でも怯えてるんじゃないかと思ってたけど取り越し苦労ね」

どうやら自分達の隊長は世界の脅迫者と良好な関係を築けているらしい。
それが解っただけでも胸をなでおろすには充分である。自分達ならとても
海をあの距離で、しかも単独で割れるような存在と日常を共には出来ない。
出来ている上司への尊敬の念が強まるが、しかしそこで気が抜けたからか。
あるいはあの事件以降常に彼女のサポート要員として傍に控えていたからか。
ある隊員(ルビィ)が場を凍らせる一言をもらす。

「でも隊長のあの態度ってなんかあの想い人くんへのとそっくりだよねぇ」

そうだねぇ、と面白おかしく同僚たちが頷けたのはその一瞬まで。
ミューヒ自身にしごかれて裏社会を生き抜いてきた彼女らはこれでも
充分に聡く、また勘もいい。まさかという顔で同僚を見合う。

「そういえば中から一緒に出てきたよね……あっれー?」

「サーチしてみたけど……彼どこにもいないわ」

「え、えっ? つまりそういうこと!?」

全員が気付いてしまった可能性に愕然とした。
さっきまでと違った意味の冷や汗がだらだらと流れ出る。
自分達はかなりまずい情報を確信してしまったのではなかろうか。
イコールで繋がった情報が重過ぎるうえにどう扱えばいいか解らない。
しかもミューヒが正体を知っているなら何故それを組織に知らせないのか。
あの様子では脅されているというより自発的に報告していない可能性が高い。
彼女はかなり自由な行動と指揮権を許され、マスカレイドに関しては
一任されている立場だがそれでもそれは背任行為に限りなく近い。
そもそもにしてマスカレイド自身からの信用が無い自分達が知った場合
始末されることはないのか。カレ自身が誰かを直接殺したという事実は
今のところ見当たらないが廃人同然にした者はかなり存在する。

「…………」
「…………」

長い、とても─彼女達にとっては─長い沈黙が流れて────手が、動く。

「ぎゃあっ!?」

放たれた非殺傷型麻痺弾(スタンバレット)の直撃に悶えた男が倒れた。
その姿格好は地球の一般人のそれだが倒れた拍子に転がったのはどう見ても
ガレスト製の武器。そして彼に続くように似た悲鳴が教会の周囲から響く。
しかし内部から反応は無く、子供達の楽しそうな声が続いていることから
仮面か上司が物騒な音を遮る何かを張ったのだと即座に彼女らは理解した。
元より二人の会話から内部で何らかの攻撃があったのは察していたのだ。
それが単独犯の突発的な犯行でなければ後始末の人員が来るという事も
自分達の職業柄わかっていたのである。この場を任されたのはそれを
始末しろということに他ならない。だから警戒自体は続けていて、今、
その中に件の虫が入り込んだ。

「い、今はとりあえず忘れましょう。隊長の命令が優先よ。
 この場の防衛と敵の排除、今度こそ完遂するわよ、散開!」

ならばすることは一つでしかないと一瞬前の動揺など忘れて彼女達は
教会を取り囲む同業者に襲い掛かって物理的に黙らせていくのだった。

──きちんと遂行したら隊長とマスカレイドの心証よくならないかなぁ

そういう打算的な思考をずっと頭の片隅で考えながら。


ちなみに彼女らが普通に入ってこれたのは一応カレが招いた扱いになるからです
後始末要員はせいぜい敷地に入るまでで実は建物に入るどころか触れられません
でも邪魔は邪魔なので呼ぶことで任せるつもりであったらしい
ミューヒの命令はそれを察して行ったものといったところ
そしてこの不可侵状態は物体や衝撃にも有効なのでぶっちゃけ今ここは
世界一安全なシェルターである
+注意+
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