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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-90 祈りは企みに、願いは…



その存在は許されない

我らがゆく道を

我らが使命を邪魔するものなど

なんと不遜な存在か

なんと穢らわしい歌声か

その存在は許されない

機を狙う?

計画を立てる?

部隊を揃える?

状況を考えろ?

愚かな考えだ

あれはただの混血の『みこし』

無残な肉片となった所で何の影響がある

次の『みこし』などいくらでもあろう

だがあの者だけは消さねばならぬ

我らが大道を邪魔する悪魔の声など





─────────────────────────




三時のおやつの時間を過ぎ、大好きな姉と新しくできた遊び相手に
興奮していた子供達の様子も少し落ち着いた頃になってシスターは
彼らの相手を他の職員に任せてひとり礼拝堂の祭壇前で祈りを捧げていた。
ただその胸中にあったのは神への祈りなどではなく単なる考えの整理。
神に対してはあまりに無礼な態度だが自分のような異例修道女などに
もともと神も期待などしてないから別にいいだろうと考えている。
子供達に対する態度や責任感の強さ、そして穏やかで笑顔を常に
絶やさない彼女を立派な修道女と思っている者は多いが実際のところ
信仰に対してはかなりいい加減であったのである。

「………」

そんな彼女でも祈っている風を装って一人になろうとしたのは
それだけモニカが告げてきた話が衝撃的であったせいもあるだろう。
自分が誰かに殺されるかもしれない、など。それも明日に。
場所を変えて色々と聞き出した結果シスターは少なくとも
明日予定されているライブで何かが起こるという彼女の
主張を認めざるを得なくなっていた。

今まで彼女が持ちかけてきた面倒事というのは概ね二種類だった。
歌の世界、芸能の世界で生きているがゆえに生じる悩みや愚痴。
妬みや悪意への憤り。そういったものの吐き出し先としてが一つ。
数としてはこちらが多く、モニカにとって自分やここがそれらを
吐露できる場所であることをシスターはとても嬉しく思っている。

しかし、もう一種類は身の危険に直結する不安だった。
次元の歌姫。現代のミューズ。魂を震わす美声。二世界を繋ぐ女神。
モニカはその実像を知るシスターからすると笑いがこみあげてくるような
名をつけられてしまっている。歌声の美麗さについては彼女も同意
するところではあったがそれ以外は少し過大過ぎる異名であろうと。
しかしながらそれが世間で許されるだけの評価を得ているのも事実。
つまり彼女には支援者やファンがそれだけ多いのだが、それはイコールで
敵も多いという事を示している。また行き過ぎた好意が暴走することも
過去の芸能関係の事件を読み解けば珍しい話でもない。そして彼女は
地球人とガレスト人の間に生まれた混血児。モニカは望むとも望まぬとも
異世界交流、異人種交流の旗印のように扱われてしまっていた。
当然それを快く思わない人達にとっては邪魔な存在である。

モニカの人気や活躍を妬み羨む者。
モニカへ行き過ぎた感情を抱く者。
モニカの血筋を忌み嫌う者。

これらからの様々な攻撃は彼女のデビューからずっと付きまとっていた。
ただ生来負けん気の強いモニカに対して敵意を向けるというのは返って、
こなくそと奮起させてしまうため彼女の原動力の一部になるだけだった。
尤もそれとて所属事務所のガードや護衛による頑張りがあってこそ。
シスターが手伝ったのは昔の伝手(・・・・)を利用して通常の方法では
対応が難しい相手や企みを持つ相手への調査や壊滅(・・)である。

どんな組織にも表沙汰にならない部署あるいは人員はいるもの。
それは世界最大級の宗教組織においても変わらない事実である。
その“実践派”だったシスターにとってはちょっとしたオイタだ。

ちょっと大人気ないかな。ちょっと卑怯かな。
とも少し思っているシスターだがここを巣立った者達も自らの子供と
思う親代わり役としては使える手段を使っているだけ、と自己弁護だ。

モニカが何かあると相談しに来るのはそれに薄ら勘付いているから
だろうとシスターは考えている。昔からモニカは妙な所で勘が鋭い。
深くはわからずとも察しているのだろうと互いに聞かないまま
その関係は今日まで続いてきた。

しかし、今回はこれまでと何かが違う、とモニカは言う。

妬みとも暴走した好意でも交流反対派でもなく、それらとは
まるで違うナニカが自分の命を狙っているのではないかと。
具体的な出来事や証拠、事件というものは少ししか(・・・・)ないが、
彼女の勘の良さを知るシスターからすれば気が気ではない話だ。

そもそも近々で起こった数少ない具体的な事件というものが
それ一つだけでかなり物騒な話であった。モニカがイベントのために
訪れたあるアミューズメントパークに爆弾が仕掛けられたのだという。
しかもその一つは他と違い、わざわざモニカの所定位置近くにまで
運ばれるよう手配されていたという。爆弾そのものは事態に気付いた
専門家が秘密裏に全て片づけたらしい。しかしこの事実そのものも
この時モニカに失礼なことをしたという着ぐるみの中身が誰だったのか
暴こうとした過程でパーク側から無理に聞き出したことであり現在でも
事件が起こったことさえ公にはなっていないというきな臭さ。
何よりこの一件だけとはいえモニカは明確に殺されかけたともいえる。

そして昨日彼女の個人的な携帯端末(アイ・フォスタ)に一通の脅迫メールが届いた。
アドレスはプライベートな友人知人にしか教えていないそれに
差出人不明の形で届けられたその中身は簡潔にして極端。

─今すぐ引退し、以後表舞台に立たぬというなら恩情を与えよう

─だが拒否するなら明後日のライブで君は血まみれの姫となる

モニカはその脅迫状だけは今までのものと違って本気だと感じ取ったという。
それは殺意が本物だという意味ではなく、本当にやる気だという意味で。
分かっていて歌手引退どころかライブを中止する気もないという彼女を
シスターは窘めればいいのか励ませばいいのか。

──だってシスター、こいつ絶対私が引退しても諦めないと思うの

──なら最後の最後まで私は歌ってやるだけよ

負けず嫌いか。反骨か。歌手としてのプライドか。
屈服などしない。むしろ自分の歌でそんな運命覆してやると
いわんばかりの眼差しを見せるモニカにシスターは何も言えなかった。
ならあとは自分も今まで通りサポートするだけと思っていた彼女だが、
頼った昔の伝手からは恐るべき早さで「聖書は閉ざされた」という返事が。
これにシスターは心臓が飛び出るかと思ったほど驚愕してしまう。
それは彼女がかつていた場所において外的要因で動けない事を示す隠語。
つまりは今回の犯人は何らかの手段でシスターが影ながらモニカを
守っていたのを知り、その戦力の大本である我らが宗教組織に圧力を
かけてきたということである。

──いったいなにが、誰が、あの子を狙っているというの!?

もはや老いた身であり他のまだ幼い子達の道筋すら定まらない中で
自らが赴くのは博打にすらならない悪手であると理解している。
だがそんな理屈(言い訳)でもって自分はまた娘を見捨てるのか(・・・・・・・・・・)



「─────熱心なお祈りですねシスター」



思考を遮るような背後からの静かな声に慌てて振り返る。
いつからいたのか子供達に手を引かれた状態であの少年が立っていた。
果たして、それだけ思考に没頭していたのか。
彼が周囲の気配さえも消していたのか。

「君は…」

「お邪魔してしまってすいません。
 みんなに施設や教会の案内をしてもらってて」

そうなのぉ、と子供達が次々と自慢げに語る。
偉いでしょ。褒めて。といいたげな眼差しにシスターの強張った顔も緩む。
望む言葉を返して頭を撫でながら“現時点での問題”である少年を見据える。

──この子はいったい何者なのかしら?

只者ではないのは確か。
彼の気配が教会の敷地に入った瞬間寒気が走ったほどだ。
だから子供達の話に乗じて一緒に顔を出しに行ったのだから。
尤もそこで見たのは妙に抜けた所のある年相応あるいはそれ以下の少年。
子供達に見せた顔は手慣れた面倒見のいいお兄ちゃんではあったが
それだけの存在とはとても思えなかった。モニカからの話を聞く限りは
意図してここに来たわけではなさそうだが、警戒心ゼロで迎えていい
相手でもないと経験から来る勘が警鐘を鳴らしている。無意識に
臨戦態勢でも取るかのように胸元で揺れるロザリオをシスターは掴む。

「あさはみんなでここでおいのりするのー」

「へえ、それは偉いな。すごいじゃないか」

「えへへ」

たった数時間で子供達から無邪気な信頼を勝ち得た姿を見ると
浅ましい無用な警戒にも思えてしまうが、一瞬だけ子らを見るのとは
違う複雑な色の混じった目が礼拝堂に掲げられた十字架を睨んだのを
シスターは見逃さなかった。

「宗教はお嫌い?」

「え、あ、いや……ここのじゃないんですけどね」

指摘に驚いたのは一瞬。
すぐに彼はまるで悪戯がバレた子供のような苦笑を浮かべるとそう答えた。

「ちょっと騙されて、色んなモノを失いました」

「…ごめんなさいね。変なこと聞いてしまったかしら?」

「いえいえ、本当にこことは関係ないことですし。
 正道ではないシスター、という方とは知り合えて嬉しいです」

そういう変わった女性に命を救われたことがあると大切な思い出を
語るようにこぼした少年の顔は果たして本当に十代の子供のそれか。
自らが普通とは違うことを見抜かれているのが気にならないほどに
遠い過去の痛みを振り返る老成したものを感じさせる。

「………お節介かもしれないけど、悩みや不安があるなら話は聞けるわ。
 これでもここの責任者ですし教会には都合のいい場所もありますから」

暗に懺悔室を言葉で示しながらどうかと誘う。
正体に対する不穏さもあるが道に迷う子でもある少年にはどこか
つい手助けをしたくなってしまうような雰囲気がある。そもそも
にして豪雨の中でそれに気付かず街を彷徨っていた彼の胸中が
何の問題を抱えていないわけがないのだ。腐ってもシスターであり
この神の家を預かる身として迷い子を放置はできなかった。

「いえ、大丈夫ですよ。
 確かに色々ありますが、全部飲み干してこそ人生でしょう」

「あらあら、若いのに殊勝というか苦労は買ってでもと?」

「うーん、というより背中や肩に荷物がないと地に足がつかない気がして」

「……ふふ、苦労性といわれたことは?」

「しょっちゅうですけど、これ一番楽なんですよねぇ」

あはは、あらら、と笑いあい、子供たちが首を傾げる裏でシスターは
表情と違って内心でなんて難儀な子だろうかと頭が痛い想いだった。
それに果たしてその言葉は額面通りに受け取っていいものかどうかとも。
悩みや不安があるからこそ地に足をつけて、落ち着いていられるのか。
それとも背負うものがなければ浮いて天に帰りそうとでもいいたいのか。
その両方だといわれても何の違和感もない口ぶりにその怪しさとは別に、
なんて手間がかかりそうな子だろうか、と厄介さをひしひしと感じる。
育ての親のベテランとしては腕が鳴ってしまうが。

「これはあの娘が拾ってくるわけね」

「はい?」

思わず零れた呟きは聞こえたのか聞こえなかったのか。
笑って誤魔化したシスターを少年は少し怪訝そうに見ていた。
だがそれはどうやら笑顔で話を流したことに対してでは無かったらしい。

「………今更ですが、俺と以前どこかで会ったことありませんか?」

「え、初対面だと思うけれど……こんなおばあちゃんをナンパする気かしら?」

おそらくこれは額面通りの意味でしかない問いかけだろうとは分かっていたが
そう問われたからにはそう返すのが礼儀のような気がしたシスターはそうからかった。
が。

「おっと、そうきましたか。
 では、なんとなく初恋の女性に似てる気がしてつい、ということで」

淀みなく、まるで用意していたかのようにすらりと返される。
その手慣れた感はどうにも先程とは別の厄介さを感じさせた。

「それはそれは、悪い女に引っ掛かりましたね」

「とんでもない。あなたは素敵な女性ですよ、なあみんな?」

彼がそういって視線と声を向けたのは周囲の子供達。
皆が皆ふたりの会話をうまく理解しきれていなかったが、
シスターが素敵かどうかと聞かれれば答えは一つだったらしい。

「そうなのっ、シスターはステキなの!」

「うん、わたしシスター大好きぃっ!」

「シスターは俺たちのだからな。兄ちゃんでもやらねえぞ!」

だそうです、としてやったりな笑みと共に返されて呆気に取られる。
子供達の言葉はとても胸にくるものだったが引き出した少年の顔はある意味
ここでは見慣れたもので若干シスターの目が据わる。

「嬉しいわ、みんなありがとう……子供達巻き込むなんて存外に悪い子ね」

「あはは、悪戯坊主とよくいわれます」

でしょうね。そういう顔してるもの。と納得しながら首を振る。
完全に自覚したうえで開き直っている言葉に頭が痛いシスターだ。

「あと二、三十年若ければゲンコツで矯正しているところよ?」

「その頃に出会いたかったですね……ああ、うんちょっとホントに」

遠回しに叱るところだといえば、どこか琴線に触れるものがあったのか。
言葉尻に影のある呟きが出た。意図的(わざと)ではない天然だと彼女の目は
見抜いていたがじつに女の母性をくすぐる憂いのある顔と声だと表情が強張る。

──なんでかしら、この子から女誑しの気配(匂い)がするわ

それもうちの娘(モニカ)とすこぶる相性が良過ぎる(・・・・)タイプの。
芸能人ながら浮いた話一つない彼女が形ばかりとはいえ男を連れ込んだ。
そんな珍しい事態にその手の話題でモニカをからかいすぎたと後悔する。
良き感情にせよ悪しき感情にせよ意識させてしまったかもしれない。
面倒見のいい娘と誰かが面倒をみないと消えてしまいそうな男の子。
早まってしまったとシスターが考えても仕方がない組み合わせだった。

「やっぱ気のせいだよな。
 俺に欧米系(そっち)の知り合いなんているわけ………あ」

現実逃避もあり明日の危険より目の前の問題に内心頭を抱えたシスターを
余所にひとりこぼしていた彼は突然目を見開く。どうしたのかと彼女が
その顔を覗きこむようにすれば、彼はさらに息を呑んだ。そして。

「っっ……シ、シスターあのっ、ちょっと会ってほしい人がいるんですが!」

慌てて詰め寄ってきた彼は懇願するようにシスターの手を包むように掴んで。

「私達のシスターに軽々しく触るんじゃないわよ!」
「んぎゃっ!?!」

いつのまにかやってきていたモニカの拳骨を頭に落とされた。
短くも痛そうな悲鳴をあげて手を放した彼はその場に蹲ってしまう。

「モ、モニカ、ちょっとそれは…」

言外にやり過ぎだといえばこちらを見ないままふんと彼女はそっぽを向く。

「修道女に触るほうが悪いの、天罰ってやつよ」

尤もそう返したもののその横顔はどこか心配そうに少年をちらちらと
見ているのでどうも思った以上の痛みを与えてしまった事には申し訳なさが
あるらしく、相変わらず素直ではないと溜め息がこぼれる。
いったい誰に似てしまったのやら。

「お兄ちゃんだいじょうぶ?」

「モニ姉、いーけないんだー!」

「姉ちゃんらんぼうだな、よめのもらいてねえぞ?」

「うっ、ってどこで覚えたのよそんな言葉!?」

子供達にも責められてさすがに勝ち目がないと思って怯んだモニカだが、
さすがに最後のませた発言には反射的に怒鳴り返してしまう。

「う、ぐっ、ま、また反応できなかった…だと!?」

一方殴られた頭を押さえながら何故か愕然としている少年は殴られた痛み
とは別のことに衝撃を受けているようで妙な憔悴加減を垣間見せていた。

「ほ、ほらいいかげん立つ!
 男の子が女に殴られたぐらいでへこまないの!」

それに余計に罪悪感を刺激されたモニカが慌てて両肩を掴むと強引に
立ち上がらせるが途端に少年の驚愕の表情は余計にひどくなってしまった。
どうも彼の抱えている問題をモニカが大いに刺激しているのではないかと
考えたシスターはそれはもう神妙な顔で──────面白がっていた。

「あぁもうっまたいつのまにか触れられてるし! なんなんだよお前!?」

しまいには、子供達には良き兄の顔。シスターには落ち着いた悪戯坊主の
顔を見せていた彼も八つ当たり気味に彼女を怒鳴っている。

「なに訳の分からないことで怒ってるのよ! そ、それよりほらこれ」

誤魔化しかソレが最初の要件であったのか。
彼女が差し出した手に握られていたのは金のペンダント。
三日月を模したモノが微かにシスターからも見えた。途端。

「なっ!?」

ここまでと違った動揺と驚きを見せた少年は慌てて胸元を確かめるように
触れるとそこにあるべきものが無いとばかりに愕然としながらモニカが
持つペンダントを見詰めた。

「その様子だとやっぱりあんたのね。
 脱衣所に落ちてたのをこの子達が見つけたのよ」

そういってモニカが指し示したのは少年を案内していたのとは別の子の集まり。
彼女の後ろから少し得意気な顔で出てきた。なんでも、かくれんぼか鬼ごっこか。
遊んでいる最中に拾ってモニカのではないかと思って持ってきたらしい。
ここで簡単なものとはいえアクセサリーを持つ者はいないためそう思ったと。

「でも身に覚えはないから、たぶんさっき使ったあんたのじゃないかって」

「……まいった。そこまでボケてたとは、ひどすぎる」

驚きに固まる表情を振り払うように首を振りながら少年は力無く笑う。
されどその変えた表情すらすぐに打ち消すと、しゃがみこんで子達に
屈託ない笑顔を見せた。

「ありがとな、見つけてくれて。これ大事なものだから、本当にありがとう」

そして子供にも伝わるほどの万感の感謝を込めた声に子供達は
照れながらも、いいよ、良かったね、と同じように喜んで笑う。
その笑みにこそ癒されたような安堵の息を漏らす少年は立ち上がり、
モニカの手からペンダントを受け取ろうと手を伸ばし───固まる。

「ぬ?」
「あら?」

ソレに気付いたのはどうやらシスターと彼だけだったようだ。
彼女はその闖入者(・・・)に笑顔のまま鋭い視線を向けて警戒心を向け、
少年は即座に伸ばした手とは逆の手で飛んできたナニカ(・・・・・・・・)を受け止める。
アイ・フォスタとは似て非なる携帯万能端末(フォスタ)がそこにあった。

「俺の?」

「─────ふ、ふふ、いい御身分だよね本当に」

闖入者は地の底から響くような低い笑い声をもらしながら礼拝堂の入り口にいた。
まるで投球後のような姿勢がその小柄な少女がフォスタを投げつけたのを物語る。
そしてその特徴的な狐耳と尻尾を逆立ている姿は彼女の種族と感情を見せていた。

「人がこんな雨の中探し回ってやっと見つけたと思って来てみれば、
 どっかの美人さんの手を取ってじつに楽しそうにしているなんてね」

「え?」
「は?」

モニカと少年が何のコトだと自らの手に視線を向ければ、ペンダントを
受け取ろうとしたそれは見ようによっては確かにそう見えなくもない状態。
獣部分の毛並どころか桜色の髪の毛すら逆立てているように見えるほど
闖入者少女の碧眼に宿るのは、憤り、苛立ち、八つ当たり的な感情のそれ。

「しかも、なんか、ボクと、色合いが似てるよね……ふ、ふふっ!」

低い声で笑う少女の髪色と目色は確かにモニカと似た系統ではあった。
しかしながら背丈と女らしいふくらみという点ではかなり差がある。
同じ女としてシスターはどこがどうとはあえて考えないようにしているが
そこに生じる不穏─面白そう─な気配には警戒を薄めて頬を緩めた。

「死にさらせ、このスケコマシっ!!」
「お前どこでその言葉知った!?」

怒声と共に少女が床を蹴り、迎え撃つように少年が彼女に向かって跳ぶ。
それを読んでいたのか少女が繰り出したのは跳び蹴り。子供達の体を
軽々と跳び越えた彼の位置を狙ったようなそれは、だが易々と受け止められる。
それどころか勢いを流すように利用され少女は空中で振り回され、礼拝堂の
柱へと投げつけられる。が途中で体勢を整えた彼女は柱に着地するように
一瞬停止すると蹴って再度少年へと向かう。

「おい、場所考えろ!」

「知らないもん! 悪いのは全部イッチーだもん!」

砲弾のように飛び込んでくる少女の拳を受け止めながら流し、
またも優しく放り投げたが彼女もまた軽やかな動きで長椅子に着地する。

「そりゃ世の中たいていのことは俺が悪いんだろうが……」

「そう思うなら一発殴らせろぉ!」

そして跳ぶように駆けた彼女は舞うような動きで次々と“蹴り”を繰り出す。
少女の右足も左足もまるで鋭い剣のように空間を斬るが目標には最小限の
動きで紙一重に避けられていた。ただ、殴らせろといっておいての蹴撃に
少年は困ったように笑うだけでコメントは無い。

「ふむ、色々聞きたいことはあるがなんでお前が俺のフォスタを?
 何があればヨーコ(あいつ)がお前に渡すなんてことになる?」

「っ、概ね合ってるのがむかつく!
 そうよ、イッチーなんてあのムチムチバインな不健全女とよろしくやってればいいのよ!」

「あいつバレた……いや、バラしたなあのエロ狐!」

「あー! いま思い出していやらしい顔した!」

「さすがにそれは冤罪だと思うが!?」

蹴りだけでは文字通り手数が足りなかったとばかりに拳打や手刀も連撃に
混ざってくるなかで両者は雑談と呼ぶにはどこか痴話喧嘩の様相を見せた。
思わずシスターが拳を握ってそこだ、いけ、と言いかけたのは運良く誰にも
見られてはいない。というより全員が突然始まった少年と謎の少女との
格闘戦に釘付けになっている。尤も戦いと呼ぶには少女が一方的に襲い掛かり
少年がいなしているだけだが荒事と縁遠い者達では違いなど分からない。

振り抜かれた少女の細腕が空気を震わすも少年はまるで柳のように流し、
続けざまに来た回し蹴りをバック転で躱す。ただし、長椅子の上で。
追従する少女も不安定な足場など気にもせず猛襲を繰り出すが
それでも少年が一段も二段も上で稽古のようにあしらわれている。
しかしながらそれでもまるでアクション映画のワンシーンで見事な
殺陣を見せられているかのような激しくも華麗な動きである。
近年の映画ではステータスの高い役者がCGやスタントマン無しで
アクロバティックな動きを見せるのを売りにするものもあるというが
礼拝堂を狭しと飛び跳ねながら打ち合うこの少年少女と比べれば
アクション要素では大いに負けてしまうだろうものだった。
神の家で何を、と思うような殊勝な信仰心はこのシスターには無い。

「…すごいわね」

少女と少年の戦いそのものもだが、シスターはそれによって礼拝堂の
あらゆる箇所が破損しておらず、どちらも子供達のいる方へとは決して
近寄らないように動いているのが見て取れたためそこに一番感心していた。
しかも彼女の目から見て感情的になってる少女ですら本気ではなく、
少年はそれ以上に本気ではない様子だった───これは使えるかもしれない。

「───そこまでっ!」

あくどい思考が浮かんだ瞬間シスターは声を張り上げ、手を叩いた。
彼等の動き以外では静まり返っていた礼拝堂によく響いて、二人は急停止。
だが両者の視線と構えは今にもシスターに飛び掛かりそうなそれ。
予想以上だと内心ほくそ笑んだ彼女は隠れてそっと息を吐く。
これなら年甲斐もなく彼等だけに殺気を飛ばした(・・・・・・・)かいがある、と。

「……イッチー、あのお婆さんシスター何者?」

「知らん、がどうやら関わらない道はなさそうだ……俺自身に問題は無し、か」

ふたりもシスターが止めるためにやった行為と気付いてか構えは解いたが
その視線にはこちらに対する懸念の色が濃く出ている。少年の方は若干
そういうポーズのように思えるのがなんとも怖いやら頼もしいやらと
シスターは微笑む。

「そこのお嬢さん、ちょっといいかしら?」

「な、なんでしょうか?」

そっと長椅子から少年と共に下りた少女は警戒を解かぬまま問い返す。
シスターは意図的にニコニコとした笑顔を浮かべて続けた。
視界の隅でモニカの顔が引きつっているのを今は棚上げにして。

「あなたはいったいどこから、誰の許しを得て入ってきたの?」

「え……あ」

「あら、不法侵入ね」

柔かな声色を意識しながら反論を挟む余地なく笑顔で断言する。
少女もいわれて気付いたのかみるみる冷や汗が増えていく。

「うぅ…」

「それにいきなり硬そうな物を投げつけて襲い掛かった。
 子供達も大勢いたから、傷害未遂で訴えたら勝てると思うのだけど?」

「はうっ!?」

そんな万が一を起こしようがない腕前と理解はしているがそれはそれ。
子供達が集まっている場所に突然やってきて乱暴を行ったのは事実。
被害が無かろうとそれは変わらない。

「しかもそれ、フォスタね。ガレスト学園の生徒かしら?
 教会で暴れたなんて話が流れたら大変なことになるわねぇ」

「な、何がご希望でしょうかシスター」

子供達が首を傾げ、モニカが目を泳がし、少年が肩を震わせている中。
賢い子だと感心しながらシスターは殊勝な態度を見せた少女に微笑みかける。

「昔からこういうのは決まってるわ──────働くの」








「なんでこうなったかにゃー」

少しばかり弱まった雨足の音を壁越しに聞きながら少女─ミューヒ・ルオーナは
ひとりごちる。そして目の前のランプ型の電灯についた汚れを磨くと続いて
開けると中の電球を交換する。天井にぶら下がった状態で。

「よっ、ほっ、と!」

そして切れた電球を手に壁と柱を使った三角跳びの要領で床に降りた。
途端に子供達から歓声があがるのを彼女は少し照れながら受け取る。

「はい、これ職員さんの所に持っていってね」

「うんわかった!」

「ミューヒねえちゃんすげえな!」

「あはは、これぐらいならね」

どうやらシンイチへ一方的に殴りかかった件は子供達にとっては
“なんだかよくわかんないけどすごい戦い”として認識されたらしい。

「ま、また……また子供達を取られた……悔しいぃっ!」

その近くで涙目でこちらを睨む美人(モニカ)の視線は気付かないフリだが。

「ほ、ほらあっちもすごいよ?」

それでも痛いものは痛い。
皆の意識をずらすために一人で長椅子を持ち上げる少年を指差す。
その下では雑巾片手に子供達が動き回って掃除を手伝っていた。

「すっげぇなシンイチ兄ちゃん!」

「お兄ちゃん力持ち!」

「マスクレイダーみたい!」

ぐぬぬとより激しい敵視を向けるモニカを尻目にミューヒは苦笑だ。
旅館の子への対応からそうではないかと思っていた通り子供相手なら
“あの”彼も相応に人当りが良く、またそれぐらいなら隠す気もないらしい。
キラキラとした目を向ける子らに対して演技か素か得意気な様子を
見せるシンイチというのは何か珍しいものの微笑ましくもあった。

「ミューヒちゃん」
「っ、はい!」

ほっとした息が漏れたのをまるで見計らったように出現するシスター。
思わずびくりと反応したのを面白がっているような笑みが憎い。

「電灯の交換ありがとうね。
 それで次は出来れば、屋根の調子を見てくれないかしら?
 ここ、教会の方はけっこう古い建物だから天候が荒れると不安で」

「イ、イエス・マム!」

高齢なはずだが妙に圧力を感じさせる笑顔にミューヒは、
自分が悪い、という事実とは別に何故か逆らえなかった。
いわれるがまま正面扉から外に出る。空からは未だ雨が降っていたが
その勢いというものはいくらか弱まっていた。すぐに自らが濡れるように、
そして濡れた場所に触れて滑らぬように雨天行動用のスキルを使用する。
バリア等とは違う一種のエネルギーの膜は彼女を雨から守り、そして
濡れた物体に触れても踏んでも水気で滑ることを阻害する。いわゆる
日常系スキルに分類されるものである。しっかり機能が働いている事を
確認すると梯子なども使わずに自らの跳躍力と壁の小さな凹凸を利用して
駆けあがるように屋根まで軽々と上った。それを眺めていた子供らの歓声に
くすぐったいものを覚えながら教会礼拝堂の屋根をチェックする。
雨漏りなどは既に内部から確認済みであったがどうやら屋根瓦は何枚か
抜けがある。先程までの豪雨の影響か元からであったのかの判断が
つかないミューヒはフォスタで撮影しながら、ふと周囲を見回す。

この教会と児童養護施設は閑静な住宅街の一角に存在する。
周囲に視界を遮るほどの高い建築物は無く、むしろ教会が高い方であるため
その屋根に上るとある程度先まで街並みが見渡せた。匹敵しているのは
せいぜい一家の長が頑張ってローンを組んだであろう大きさの一軒家が数件。
それとて教会の屋根と比べれば若干低い。また天候ゆえか住宅街に人影は
まばらだが家々には気配があり、車の往来もそれなり。
されど教会はともかくその屋根の上に注がれる視線はない。

「─────どういうことか説明がほしいな、ルビィ」

ゆえに誰もいないはずの場所に彼女は問いかけた。
途端その空間がゆらりぐらりと一瞬だけ人型に揺れた。

「隊長、なぜお気付きに?」

そしてその揺らぎから大人の女が困惑しているような声が返る。
マスカレイドとの形ばかりの窓口役となった彼女につけられた
護衛もかねたサポート要員のひとりである。彼相手では意味のある
ものとは思えないが用意しないわけにもいかない人員であった。
そのため『無銘』のミューヒにとっては気心の知れた者達(直属の部下)ばかりで
構成されている。

「……どっかの誰かにあれだけ事前に察知されれば嫌でも考える。
 なるほど、ここまで徹底的に消されるとかえって目立つのが今はよく解る」

高度な光学迷彩と消音装備。訓練やスキルによる気配の抹消。
まさにガレスト技術の英知の結晶のような隠れ方ではあるが、
消し過ぎてかえって不自然になっているという視点が無かった。
また空気の流れという点も軽視しておりそれらに意識を向けると
最新技術のそれもバカバカしいほどに丸裸であった。

「さぞ滑稽に見えていたのでしょうね、むかつく男」

「隊長?」

「…なんでもないわ。見抜き方はあとで報告をあげる。
 それよりも()は貴重な漂流時差体験者である彼を即座に
 探し出し、見つけ次第、一般人を装ってでも保護しろと命じたはずよ」

違うか、と言外に強く指摘する声に部下(ルビィ)は怯えたように
震えながら、だが困惑したような雰囲気で言葉を探していた。
尤もミューヒは見えていないのにそれらを見抜けるという妙な感覚に
頭の片隅で気持ちの悪さを覚えているが棚上げして続ける。

「それがなぜあのモニカ・シャンタールに出し抜かれてるの?
 お前達がかの歌姫に劣っていたとは私も知らなかったな」

「も、申し訳ありません」

嫌味に震える部下の声を聞き流しながらつい先程の事を思い返す。
あのシスターにこちらがただの子供ではないと露見したためか。
色々と手伝わされることになったさい、全員がきちんと自己紹介を
していなかったことが発覚して子供達も含めて名乗っていったのだが
その中の一人がモニカの素性を自慢げに暴露して他の子達から責められるという一幕があった。
ここの者達にとって他の人には教えてはいけない共有の秘密であったらしい。
メディアなどに露出している姿とは雰囲気が違っていたせいか。
ミューヒもその女性があの歌姫だとはすぐに気付かなかったのだ。
尤も案の定とでもいうべきか。

──え、有名人なのあんた?

そういってシンイチはその場の全員を唖然とさせたのである。
若干シスターだけがやっぱりそんな気がしていたと苦笑いだったが。
モニカ・シャンタールといえば今時の若者なら名前と顔と歌のどれかをどうしても
知ってしまうほどの人気を誇る女性シンガーである。出す曲はどれもヒットし
様々なCMにも出演。ライブのチケットは常に入手困難。またその混血という
出自からガレストとの交流に関係するイベントや式典へもかなり出席しているため
若者以外の世代にも認知度は高い。それも世界を跨ぐ規模で、だ。
それらをミューヒが彼に説明した時の反応は以下の通り。

──ふーん

──出た、イッチーの興味の無いふーん

──無いの!? 私、稀代の歌姫なのに!?

両世界でここまで名前が売れている存在はそうそういない。
そんな称号も誇大広告といえないぐらいに真実である。
なのに知られてもおらず、興味も持ってもらえなかった事実は相当衝撃だったのか。
その場に崩れ落ちた歌姫は悔しげに床を叩き、子供たちが慰めるという状態に。

モニカのデビューは異世界公開直後の時期なため知らないのは無理もなく、
帰還後の彼の状況を思えば芸能界にまで気を回せというのは難しいだろう。
ただこの少年の場合は単に関心のない、必要のない分野への興味と集中力の
無さが原因だとここ数か月見続けたミューヒは思う。
だからついフォローのようにある事実を指摘した。

──ニャズダーランドにいった時、どこかで顔ぐらい見たはずだよ?

最後のパレードに出ていたうえにそれを宣伝する情報は園内のあちこちにあった。
パレードの方には彼自身が変則的な格好ではあったが参加すらしていたのだから。
それを彼女の方が知っているわけがないと思っての言葉はしかし。

──ニャズダー、ランド?

──ニャズダーランド?

ふたりはその単語で頭にかかっていた靄が晴れたような顔をした。
ただその程度の差は明らかであったが。

──あ、ああっ! この声! あんたあの時のワルニャー!!??

──あん時の女海賊役の人か

時代を象徴するような歌姫をあんなにまさぐって(くすぐって)おいてこれである。
ただ声だけでなぜか見抜かれて、ひと騒動起きかけたがシスターの
鶴の一声で全員が教会の掃除・点検の作業に従事することになった。
しかし件のシスターは歌姫に事情を聴いていたようで中々に侮れない人物だ。
彼女自身がどうしてか逆らい難いのも含めて。

「私にも色々落ち度があったから責める気はないわ、でも何があったの?」

意識を“今”に戻しながら、ここにいるという報告だけで詳しい中身を
聞かないまま駆けつけて飛び込んでしまったのは軽率だったと彼女も
素直に反省しつつ、姿無き部下にその過程を問いかける。

「はい、命令を受けて隊長のサポート要員としてついている六名のうち
 連絡要員の一名を残して即座に捜索を開始。対象の発見そのものは
 予想に反して手間がかかりませんでした。地域が限定されており、
 あの豪雨の中でずぶ濡れで歩き回ってましたから」

当初は日本の一都市周辺とはいえ外見的特徴が薄い少年一人を見つけるのは
困難だと彼女達も考えていた。天候は豪雨だが一般にも普及したいくらかの
日常スキルのおかげか傘一本で活動が容易になったせいか人も多い。
上空から顔認証で探すにはその傘が邪魔であり、また事前情報で
フォスタ不所持を聞かされていた彼女らはどこかの建物内で雨宿りを
しているのではないかと推測していたため少人数でどう探すか頭を
抱えていたのだ。しかし、あっさりというほど対象は見つかった。
むしろ目立ってしょうがなかったともいう。

「即座に三名が知人ないしお節介者を装って接触しようとしたのですが」

「が?」

「……あとで記録映像を提出しますが、逃げられてしまうのです」

「逃げられる?」

訝しげな視線に怯んだのか部下(ルビィ)は慌てたように詳しく語りだす。
曰く、こちらの人員が近づこうとするたびに足が速まったり、人波や曲がり角、
信号の切り替え時を利用してまこうとする動きをされてしまったという。
これは彼の状態に本当に善意から動こうとした一般の誰かに対しても
同じでその“心ここに非ず”に見える少年の状態からすれば奇妙を通り越して
不気味で、まるで体だけが勝手に思考して動いているようにさえ見えたという。

「あの男のことだから、あり得なくもないというのがなんとも。
 いえ、ちょっと待って。それならもしかして私あのハレンチ狐に担がれたの?」

シンイチならそれぐらいできそうと思えてしまうことに戦々恐々とする中。
これならわざわざ慌てなくてもよかったのではないかと思える挙動に
あの女に自分が動かされたのではないかと懸念を覚える。そう思うと自然と
頭の中で豊満な肢体を見せつけるように高笑いする狐女が見えた気がした。

「あの女、覚えてなさい………それでどうして歌姫だけが接触を?
 彼女が事故にでもあいそうだったのを助けでもした?」

「い、いえ、それがよくわからないのです。
 対象を目撃したモニカは怒鳴るように声をかけたあと、
 強引に腕を掴んでこの教会まで引っ張って連れ込んでいます」

「彼女に対しては逃げなかったというの?」

「これもあとで映像を出しますが……何度もアタックしていた三名が
 思わず呆然とするほどにひどくあっさりと連れていかれてしまいました」

申し訳ありませんと部下(ルビィ)は頭を下げた──ように空気が動いた。
保護も命じられていた身として対象を他の者に目の前で確保されたのは失態だ。
本来なら叱責するところだが、どうにも状況と相手が相手なためか
ミューヒはあまり怒る気になれない。

「ただ、所感を言わせてもらえれば対象は彼女の存在と行動に
 まるで気付いていなかったように思えました」

「怒鳴られて、腕を掴まれて、引っ張られた、のに?」

「はい、見た感じはそうとしか…」

信じられない、とは思うが映像があるというのなら事実だろう。
これまで何度忍び寄っても気付かれ、いいようにからかわれた身
としては納得いかないものもあるがこれこそ激しく落ち込んでいたという
話の証左ではないかと妙な納得をミューヒはしていた。

「そういうことね、オーケー、流れは把握したわ。
 完璧な仕事とは言い難いけど突然の畑違いの指示に従ってくれて助かったわ、ありがとう」

「いえ、我らは元より隊長の部下です。お好きなように使ってください」

「ふふ、ありがたくそうさせてもらうわ……けど、なんとも妙な引きがある男ね。
 パデュエールのお嬢様に、剣聖、退魔の巫女に、歌姫か」

意図してのことではないのは明白だが、どうすればこうなるのか。
特殊な力や立場、影響力を持つ女性との縁があるとでもいうのか。
今の所シンイチは歌姫に興味がなく、歌姫は妙な敵意を向けているだけ。
だがこの先関係がどうなるか分からないためまだ判断はできないが
こういった出会いも含めて彼の周囲では良くも悪くも都合がいい偶然が
起こり過ぎる。それこそ彼がいなければどうなっていたか解らなかった事も。
彼自身はそれを自覚して、利用している節があるのが頼もしいやら恐ろしいやら。

「大丈夫です、隊長も十分に引けはとっていません!」

「………待ってルビィ、それは何の話?」

少し思考に陥って黙ったのをどう受け取ったのか部下(ルビィ)は何かを力説した。
なんとなく両手で力拳を作っているように感じれたが、意味がわからない。

「隊長には他の女たちにはない可愛らしさという武器があります!
 それで攻めましょう! 大丈夫、私達がついてます。サポートしますよ!」

「だから待って、まさかお前達まで私が対象にそういう感情を抱いていると?」

お前達もかと顔がひきつるが部下(ルビィ)はさも当然といった様子で返す。

「もちろん!
 オオサカでの隊長の熱っぽい女の顔はいま私たちの
 共有画像フォルダにて大量に保存されております!」

「待って、いいえ、消して! 見てたのは知ってるけどまず消して!」

「それに行方知れずになって慌てた様子で探せと命じてこられた時は、
 これはもうみんなで隊長の意中の人をお助けせねば、って一致団結したんです!」

「や、やけに張り切っていると思ったらお前達はっ!」

いつのまにか直属の配下にまでそう思われていた事実に頭が痛い。
それ以前に完全に公私─テロ組織だが─混同の命令に意気揚々と全員が
従った裏にそんな感情があったとは。思わず呆然といったいこれは
誰の手による外堀埋め作業なのかと妙な現実逃避をしたくなる。

「……確認するけど────それが全員の見解であり総意?」

「はい!」

「よしっ、任務失敗のおしおきは何がいい小娘どもっ!」

「ひぃっ!!」

そんな緩んだ態度は一度引き締めなくてはならないと怒声と共に
見えない頭部を掴むと徐々に力を入れていく。一瞬、このまま
砕いてやろうかという誘惑にかられるが、止めの声がかかった。

「ミューヒおねえちゃーん! だいじょーぶー!?」

「おわったー?」

「────うん、大丈夫だよ。もう下りるからね!」

どうやら一度登ってから音沙汰のない彼女を心配した子がいるらしい。
普段の声を出して返答したが直後に手の中の顔から「可愛い」という呟きが
もれたのは聞き逃さなかった。

「しばらく死んでいなさい!」
「あ、待って隊、ぎゃぁっ!?」

強烈な一撃を加えて部下(ルビィ)を叩き潰すとインカム型の翻訳機を叩く。

「次、余計なことすれば全員こうするわよ。
 ルビィを回収後は別命あるまでその場で待機」

異口同音に了解と怯えた声色が続いて溜め息を吐きながら地面に降りた。
そして出迎えてくれた女の子たちを連れて礼拝堂に戻ったミューヒは
先程までとさほど変わらない光景を見る。否、目が離せなかった。

子供達に取り囲まれている得意気な顔のシンイチ。
それを眉を寄せて睨む歌姫と他の子達と一緒にそれを眺めるシスター。
笑顔がある。微笑ましい妬みがあり、見守る柔らかい目がある。

彼と関わるようになって気になるようになってしまったその空気。
穏やかなそれを持つ場所がそこにある。ここにいる子供達がそれぞれ
事情があってここで生活しているのはわかっていたが、少なくとも今は
そんな背景を感じさせない平和で幸福な時間が確かにそこにあった。
ミューヒはだから見惚れた。その中に彼がいるのがまるで奇跡のよう。
望めばきっとこんな場所にいられるというのに、彼はそれを望まない。
一度こちら側に来てしまえば、どうやっても嫌な縁は切れないのだ。
これを尊いものと思うほど、幸福であれと願うほど、近付けなくなる。
なら、せめて、今だけはここで休んでほしいとただミューヒは願った。






───まるでそれを嘲笑うかのような衝撃が礼拝堂を揺らすまでは


今回はちょっと事前予告できなかった。たぶんこれが7月最後です。
世の中のみなさんは勇者やってるところかな、私はちょっと勇者はできないんですよ。
来週弁護士やるんで。

しかし凄女マルタ欲しかったな。
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