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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-86 本気のケンカ

彼が語らなかったところに無遠慮に─確信を込めて─踏み込んだ。
シンイチが知る佐々木家の家族構成は大黒柱だった母とうだつが上がらない父。
面倒臭がりでお調子者な姉に、あくどくも賢い弟というものであった。
いまの話に奇妙なほど登場していないのは父と姉である。その指摘に
武史の口角が一瞬不自然なほどに吊り上ったのをシンイチは見逃さない。
否、正確に言えばわざとらしく見せつけたのだろう。

「こっちに引っ越す時に離婚してね、それからは会って無いよ。
 電話も母さんが死んだのを伝えたぐらいでそのあとは音沙汰無しさ」

まるでそんな笑みなど無かったかのように彼は自然に答える。
だがそれは“どうした”という問いに対しては微妙に間違えた答え。
わざとであるのは明白で、シンイチの表情から徐々に感情が薄れていく。

「そりゃそうだろうな、その日から二人はそれどころじゃなかったんだから」

「へえ?」

「急に仕事で失敗続き、何故か友人知人に距離を置かれ、諸々の財産も
 犯罪紛いの手段で奪われ、ついには職を失い、再就職も叶わない。
 誰からも助けの手は来ずにある日突然、行方不明……」

実の父と姉の話であるというに、武史は平然とそれを聞いていた。
だが、それ以前の問題としてシンイチが語る境遇はあまりに類似していた。

「殆ど、おばさんとそっくりだな」

「あははは、そうだねぇ」

肉親への情や心配は微塵も感じられない表情にあるのは何かといえば苦笑。
ソレをシンイチに語らせていることへの申し訳なさぐらいしかない。
だからか。彼はそれを指摘するしかなかった。

「お前の仕業だろ?」

「うん、僕だよー」

まるで軽口か冗談。そんな口調ながら、それはどこまでも真実であった。
シンイチの顔から感情がさらに消え、武史の済まなさそうな苦笑は続く。

「さすがの情報収集力だ。隠し事できないねぇ、怖い怖い」

「嘘つけ。わかってて来たんだろうが、お互いに」

苦笑をおどけた笑みに変えて誤魔化すもお見通しだと鋭い視線が返る。
これには肩を竦める形で白旗を振った武史だが、突如としてその声に侮蔑を乗せた。

「最後まで、取るに足らない蛆虫……ただの寄生虫だったよ」

嫌悪。憎悪。憤怒。
そんな感情が薄まらないまま混ざり合った声はあまりに害意に満ちていた。
どこでもない場所を見詰める視線はここにいもしない父姉を射殺さんばかり。
それだけ、その感情が根深いものであるという証左であった。

「異世界公開まで、誰のおかげで生きてこれたか忘れてさ。
 中身のないクズどもが調子に乗ってあの人(母さん)を召使いのように!
 新技術に適応できた、ステータスの限界値が少し高かった、その程度で
 鬼の首を取ったかのように偉ぶって! 周囲のおべっかを真に受けて!」

そんな風になった者達が家庭内で実質的な家計を握ればどうなるか。
職を失った母と、ステータスは将来性の無かった息子に発言権は失われた。
根っこの部分で彼らに期待も情も無い武史はうまくやっただろう。だが、
母であり愛情深いがゆえにきっと彼女は賢くは振る舞えなかったに違いない。
どんな理不尽な目にあわされたのか。どんな汚い言葉をかけられたのか。
母として想っていた家族からそんなことをされて、どう思っていたのか。
考えれば考えるだけシンイチの拳は強く握られていった。

「それでも僕のこともあって耐えてた母さんを、離婚届一枚だけ置いて
 見捨てて出ていきやがったっ……養育費なんて1円も払ってなかったよ」

いったいその時、彼女(おばさん)はどんな思いであったのだろうか。
怒りと憎しみで体を震わす親友を前にシンイチはずっとそれを考えていた。
家族全員に惜しみなく愛情を向けていたあの人は皮肉にも自らの窮地に
夫と娘に酷使され、捨てられるという形での最低の裏切りにあった。

──なんて哀れ

あの深い愛情の味わいと暖かみを感じ取ることもできなかったのか。
一番にわき上がったのは見捨てた二人への侮蔑を含んだ哀れみだった。
その結末が簡単に想像できるだけに。おそらくは最後の最後まで(・・・・・・・)
どれだけ価値があるものを捨てたのか。どれだけ恐ろしい相手の逆鱗に
触れたのかさえ理解できなかったのだろう。それは報われない最後では
あったが愛する息子に看取られた彼女とは比べようもないほどに哀れで、
圧倒的に愚かな最後である────さもありなん。
瞬時にそんな断定をするほどに彼もまた怒っていた。

「そうか」

ゆえにこそ、その短い返答には温度というものが消えていた。
だがそれだけで幼馴染には通じたのか感謝するように微笑んだ。

「ああ、君の考えてる通りさ。全くもって度し難い。
 母さんの素晴らしさをあれだけ一緒にいて理解できないなど。
 見る目がない人間はどいつもこいつも哀れ過ぎて踏み潰したくなる」

同時にその憎悪もまた止まらない。

「自分の力だけで羽化したと思い込んだあのクズどもはじつに滑稽だったよ。
 うまく新技術に適合できただけで空っぽの万能感に酔いしれてやがった。
 なんていう小物感、知ってるか? 僕は確かに色々したが助けの手が
 来なかったのは元々あいつらの態度が悪すぎたせいなんだぜ?」

なんて典型的な調子に乗った者の末路だと武史は嘲笑う。

「そのくせに落ちぶれた途端に、僕の名と顔が売れ出した途端に、
 親子じゃないか、姉弟じゃないか、って助けを求めてきたんだ。
 母さんが何度頼んでも相手にさえしなかったくせにね。頭おかしいよ。
 自分は誰も助けないくせに、自分は助けてもらえると思ってるなんて」

彼が見せた軽薄な笑みは、しかし腰を抜かしそうな凄みがある。
この場が規格外だらけゆえに誰も怯むことはなかったが、シンイチの
表情がさらに『無』になっていく。

「だから話に乗ったふりをして、そこから叩き落としてやったよ」

「二人が破滅するように手を回したのがお前だと明かした、か?」

「ご名答! さすが僕のやり口知ってるね!
 猿みたいに赤い顔して吠えてたよ……あ、これは猿に失礼か」

「あとで虫にも謝っておけ、でそのあとはなんだ甚振って殺したか?」

「まさか!
 貴重な人間試料だからね。徹底的に実験材料になってもらったよ!
 最後まで意識だけは保護しながら何日もかけてゆっくりと、ね」

くすりと、まるで当時を思い出して恍惚とした顔を浮かべる武史。
それは恐ろしいまでに一点の曇りもない晴れやかな顔でもあった。
彼がその行為に何の憂いも後悔もないことを示すもので、それに。

「だろうな。お前ならそうすると思ったよ」

返った言葉もまた恐ろしいまでに凪いだ声であった。
これには、笑顔さえ浮かべていた武史も顔を引き攣らせてしまう。

「あ、あらら?
 なんて淡泊な反応…………正直、ちびりそうなぐらい怖いんですが?」

普通ならば。
ここで出るべき反応は怒るかなじるか叱責であろう。あるいは恐怖か。
いくらろくでもない者でも肉親を残虐に始末したと明るく語ったのだから。
しかしシンイチの対応は淡々としたもので感情が見えてこない。
それは彼をよく知る幼馴染としては一番恐ろしい反応だった。
怒りと不機嫌さを抱えれば抱えるほど彼はこうして抑えこむ。
爆発の、その直前まで。

「お前がおじさんとお姉さんを心底軽蔑していたのは、気付いてた。
 でもおばさんがいるなら、家族として表面上は付き合うとも思ってた」

その嵐の前の静けさに一種怯えていた武史も、この評価には頬を緩めた。

「そうとも、あんなでも母さんにとっては夫と娘だったからね。
 例えそれが愚鈍なクズどもでも、なら一応息子と弟をやってあげてたさ」

それだけ自らが母を敬愛していたと示せて嬉しいのか。
母のためならそれぐらいはできると胸を張りたかったのか。
それ以外の価値は無かったのだと彼らを貶めているのか。
おおよそ全部であろうが、もはやそれは一言で事足りる。

「だからいったんだ。このマザコン」

「あはははっ! あのご挨拶はそういうことかぁ!」

ならば納得だと武史は声をあげて笑う。
そのいかにも楽しげなそれが切っ掛けであったのか。
瞬時に詰め寄ったシンイチは彼の胸倉を掴んでいた。

「───ふざけるなよ、てめえっ」

身長の差から掴み“上げる”のは難儀だったのかその顔を睨み付けるためか。
引き寄せると静かな、されど爆発寸前の怒りを抱えた声を真正面から叩きつける。

「っ、マスター!」
「おとなしくしてなさい!」

その背後では主の盾となろうとした青年(アイン)をヨーコが押さえつけていた。
彼も同胞を警戒していたがいつの間にか四肢に絡み付いていた金毛の糸に動きを
封じられ、そこを犯罪者のように取り押さえられていた。

「ぐっ、成年に至ってないような若輩者に!」
「数十歳程度の差で年長者ぶらないでくださいな」

腕をきめられ、背中を押さえられたアインはもがくも彼女はびくともしない。
自分達の従者の、そんな一方的な攻防の結末を認識しながらも流している主達は
しばし黙って互いを近距離で見合っている。どちらも目を離さない。
ふたりの日本人らしい黒に近い濃褐色の瞳は共に不思議と澄んでいる。
違いがあるとすれば一方が相手が親友だからで、一方が元々だという点。

「悪いことしたから怒る、なんてのは大吾の仕事だ。
 いずれ殴られるだろうが……俺が言いたいのは別のことだ」

「なるほど、やっぱ君の分も残しておくべきだったかな?
 じつをいうとそこは少し悩んで…」

「あっさり認めてんじゃねえよ」

「へ?」

「俺から聞いておいて何いってるんだって話だがよ。
 それでも……それでもっ!
 おばさんの前で胸糞悪い話をへらへらと語ってんじゃねえっ!!」

正直に答えるであろうことは、佐々木武史という男ならば臆面もなく
自分には簡単に自白するであろうことはシンイチにはよくわかっていた。
それでも、出来れば、勝手な望みでも、ここでは語らないでほしかった。
母親が眠る墓前で、語っていい話ではない。武史自身が口にしたように、
どんな者であったにせよ夫であり娘であった者達を息子が報復として
始末したなど、母から見てそれはどんな所業か。どんな心境か。
それを考えてほしかったシンイチの願いなど昔の武史なら、
彼の記憶にある幼馴染なら訳無く気付けたことであったはずなのだから。

「…………あ、ははっ」

そのあまりにもズレた、それでいて正しい怒声を前に。
数秒、呆気にとられた武史はしかしじつに嬉しそうに破顔した。

「信一は昔からホントそういうの気にするよね」

懐かしむように。それでいて何故か誇るような笑み。
誰かの想いの込めた物。誰かの大事にする物。誰かが眠る場所。
そこにある想い、そこに向けられる想いを彼は大切にする少年であった。
今その対象となっているのが亡き母である事が武史は本当に嬉しかった。

「でも知ってるでしょ、僕はそうじゃない。ここにあるのはただの骨さ。
 母さんはもうどこにもいない。僕を止められる人はどこにもいない」

しかしそれはあくまでシンイチの在り方だ。親友として尊重はするし、
胸が暖かくなるような気遣いではあっても、武史はきっぱりと拒絶の意を示す。
その墓石は、そこに眠るのは既に“物”であると。ならば気にする必要などないと。

「だから……ここまで突っ走っちまったとでもいうつもりか、ドクター」

「そうだといったらどうするというんだい、マスカレイド」

だからふたりは互いの裏の名で呼び合った。決別のためか対決のためか。
変わらぬ体勢のまま睨みあう両者の目は一瞬も外れない。そこには互いに、
やるならやってやるぞといわんばかりの譲れない熱がある。

「おばさんは最後に恨み節の一つも残さなかったはずだ。違うか!?」

「ああ、ずっと謝ってたよ。もう何もしてあげられなくてごめん、だって。
 最後まで、こんな僕やあんな姉貴を産み落としたとは思えない人だった」

想像以上に胸にくる末期の言葉に武史を掴む手に余計に力が入る。
そうでありながら、出てきた言葉は気遣う色を持った柔らかなもの。

「武史、もうやめろ。おじさんもお姉さんも、それ以外の連中も
 お前は自分の手で始末したはずだ……俺もこうして帰ってこれた。
 もう無法に手を染める必要はないだろう?」

彼が法を犯した理由は今更問うまでもないことだ。
敬愛する母を死に追い込んだ全ての者達への復讐と
行方知れずとなった幼馴染を探す手立てと資金を得るため。
しかしその目的は既に達成されている。父、姉はもちろんこと。
それ以外の者達も誰もまともに生き残ってはいなかったのだから。
いったい誰の仕業かなどここで問い質す必要すらないほど自明である。
また彼自身は関われなかったがシンイチはこうして自力で帰還してきた。
ならばもう彼が法を犯し続ける必要性はどこにもない。ましてや。

「それに表の立場を持つお前の犯罪が露見すれば、きっとおばさんのことも
 さらし者みたいに世間に暴かれて、どっかの誰かが訳知り顔で同情する。
 時代に翻弄され、周囲に裏切られ、息子がその復讐に走った悲運の女性ってな。
 冗談じゃないっ、そんな決まり文句で片づけられてたまるか!」

言外に、そして視線で、お前もそんな事わかっているだろうと彼は訴える。
武史が犯罪行為を続ければ続けるほどその危険性は膨れ上がっていくのだと。
そんな扱いをお前は許すのかと彼はその点でのみ武史を責めていた。

「……君はホント、嫌な所を突いてくるよね。思わず頷きそうになる」

痛い所を突かれたとばかりに力無く笑う武史だが、その言葉は実質的な拒否だ。

「武史、なぜ?」

信じられないと愕然とする幼馴染に、向けられたのは幸福感に満ちた笑顔。
だがそれは一瞬のことで、まるで火が消えるように次の瞬間には全てが消えていた。

「実はね信一……こんなに笑ったの久しぶりなんだ」

「え?」

「つまらなかった。母さんが死んで、大吾が腑抜けて、君もいなくて。
 名声を得ても、金を得ても、どんなものを発見しても発明しても、
 世界を裏から引っ掻き回してやりたい放題に弄んでも──」

──面白く、なかった

それは生まれて初めて見る顔だった。
シンイチの記憶には一欠片も存在しない顔が向けられていた。
何の色も持たない表情。悪意や憎悪ですら存在しない本当の「無」の顔。
きっとそれは彼が母親と親友を失っていた時期に抱いていた感情の全て。
あるいはただの空白か。報復も捜索も彼にとってはそれを埋めるための行動だったのか。
さしもの彼も、否、親友だったからこその衝撃を受けて気付けば手を離していた。

「でも、君は帰って来た。そのうえ大吾を復活させた!
 あははっ、それを知ったとき僕がどれだけ笑ったか知ってるかい?
 腹を抱えてあちこち転げまくって、隣の部屋から壁ドンされたよ!」

しかしそれは途端に明るい顔に変わった。シンイチは青ざめた。
あの時はアインですら引いてた、と笑い話でも披露するかのように語る。
実際、彼にとってはそれは近年最も自分を笑わした面白い話なのだろう。
だがそれはシンイチから見れば、痛々しさしか感じられない笑みだった。

「これで元通りだ。昔の通り、世界は僕たちのおもちゃ箱!
 また引っ繰り返そうよ、今の僕たちならいくらでもやれるんだ。
 勝手な評価なんて僕達にかかれば流させることもやらせない!」

そしてそれはさらに途中から狂気を孕んだ歪なものへと変化する。
楽しげに、嬉しそうに、狂わされる世界を夢想して悦に浸る“誰か”。

「だってそうだろ?
 昔から悲劇も喜劇も、僕たちの思いのままなんだからさ!」

それは彼がよく知る、今まで何度も対峙し叩き潰してきた狂人達と同じ顔。

「───っっ、いいかげんにしろ!」

だから、それは、それだけは許容できなかった。
力の抜けた手を怒りで握りしめ、その顔面に容赦なく(・・・・)叩きつけた。

「ぅ…ん?」

彼の整った相貌に食い込んだ拳は、不思議とその状態で止まっていた。
アインが全く止めに入る必要がないとさえ思った弱々しい一撃。
体格差はあっても鍛えられてない肉体をよろめかせる威力もない拳打。
それに愕然としている武史を無視してシンイチは激情のままに叫んだ。
まるで悲鳴をあげるように。

「もうっ……もう俺たちがいくら悪さしても! おばさんは叱れないんだぞ!!」

「っ」

ならばその行為に何の意味がある。何の面白さがあるというのか。
そう訴えるかのような言葉に武史は虚をつかれたように固まった。
しかし、すぐに口許を歪めてまた笑う。狂気の消えたそれは純粋な歓喜の笑みだった。

「…ハッ、ハハハッ!
 今ので完全に確信したよ。やっぱり君は何も変わってない!」

「武史?」

「昔のままだ。
 僕が親友だと誇れる男で、この僕が本気でケンカしてみたいと
 ずっと思ってた中村信一って男のまま……やはり君は他とは違う!」

「変わってない? 俺が? いやまて、ケンカしてみたかった?」

先程までと違って、本気で何をいってるのか解らないと困惑する彼を
置いてけぼりにして武史は今にも拍手喝采でもしそうな雰囲気で喜んでいた。

「そうとも! 僕達三人は不思議な事にあれだけバラバラな性格しておいて
 なぜか一度もケンカしたことがなかった。大吾が理不尽に怒る正義の男で、
 僕は君達らしさが好きで、君は敵にしか本気で攻撃しない男だったから」

武史とシンイチには理由なく他者を貶めない節度があったから。
シンイチと大吾が我を押し通すことこそを良しとしたから。
大吾と武史は、どうあっても友であって敵ではなかったから。
各々にとってケンカになら(ぶつから)なかったのはそんな理由であった。

「それがわかってて、お前は俺とケンカしたいってのか?」

本気で俺に親友(お前)と争えというのか。
それがシンイチの心底嫌う行為であり、それを強要するのは自身の理由すら
曲げてしまうことだと解っててて言ってるのかと言外に問う声に彼は頷く。

「君には正直悪いとは思っている。でも、ケンカしたかったのも本音だよ。
 だって対等(キミタチ)以外に全力を出すなんてすごく馬鹿らしいことだけど、
 僕も男だ。一度ぐらい全力を出して何かに挑んでみたい願望はある」

「ケンカのために続けるってのか? 俺と敵対するためだけに!?」

なんだそれは。
なんだそのふざけた、そしてこいつ(武史)ならそれで充分だと思える理由は。
シンイチは納得できてしまうがために愕然としていた。

「ああそうさ。
 僕たちは得意分野が違うから単純に何かで競うと誰かが一方的(ワンサイド)だ。
 けど僕たちの規模(・・・・・・)でのなんでもありな実戦、なら話は別だろう?」

「っ」

クスリと嗤った武史に背筋が凍る。彼はこう言ったのだ。
世界を舞台に、国家も個人も軍人も一般人も地球もガレストも主義も主張も
策謀も陰謀も何もかもを利用して、何もかもをも巻き込んで“ケンカ”をしよう。
そうなればもう得意分野の違いにおける差は無いも同然。あとはどれだけ
相手の裏をかくか。相手の思惑を打倒できる一手を打てるかになるのだから。

「それにそれぐらいやれば、君も罪悪感なく僕に本気を出せる」

そして君が本気で怒るぐらいの悪徳は積むと事も無げに武史は続けた。
思わず握りしめた拳が震える。今にも奥歯が砕けそうな力加減での歯噛み。
いまここに完全に表情から彼の心が消えた。

「そこまで言ったお前を俺がここで見逃すと思っているのか?」

幾多の犯罪者、悪人、狂人すら震わせた鋭い視線と無の相貌が彼を捕える。

「君こそ、日付を指定した以上僕が事前準備無しに来たと思うのかい?」

慣れたものだと笑って流した彼はなにより不敵であった。
そんな互いの牽制は概ねにして武史の方が強い。シンイチにはここで
彼を捕縛できるだけの武力があり、彼にはそれに抗う武力は確かに無い。
しかし彼には日付と仮面の正体からどこに呼ばれているのかは解っていた。
他にもしなくてはいけないことが多かったシンイチと違って武史は
この時のためだけに時間を使えているのも大きい。はったりではない。
彼自身かこの場にか。シンイチの動きを封じる仕掛けがある。

実は、の話ではあるが。
どのような形にしろ最終的な決裂は互いに読めていた。
何せシンイチには彼を止めない選択肢は無く、武史はそも止める気が無い。
ならばこうなるのは必然であって、互いにどう相手を封じ込めるかを考えた。
シンイチが昨晩からここに向かったのは直前の仕込みを阻害し、尚且つそれ
以前に仕込まれていたモノの排除のため。実際相当数の爆弾が霊園全体に
仕掛けられていたのを発見していた。相手がシンイチであれば墓石ですら
()質となりえる。そう知っている武史だからこその行為だろう。
それももう除去されている。ゆえに。

「……………」

シンイチは幼馴染の本気の不敵な笑みに無表情を維持できなかった。
あまりにも手抜かりがあり過ぎた。爆弾だけ。()質だけ。あり得ない。
彼が知る武史ならばもっと多くの罠を、シンイチをよく知るからこそ通じる
脅しを用意しているはずなのに、何も見つからない。念のため彼自身にも
監視の目を向けていたがその時点でもう仕込みを終えていたのかここ数日は
ずっとアイン共々のんびりと過ごしていた。それが逆に不気味で、既に
逃れられない罠の中にいるような気配に冷や汗を抑えることもできない。

「これなーんだ?」

そんな内面を読んだのか。
礼服のポケットから摘みあげるように取り出されたのは一見すれば、虫。
1cm程度の大きさのテントウムシは───されど命の気配がない。
その残滓も、そして魔力(フォトン)でさえも。

「っ、まさか!?」

生物ではない。死骸でもない。フォトンで動く機械でもない。
見抜いた事実から瞬時に閃いたシンイチの考えを呼んでか彼は頷きと共に答える。

「うん、純粋なまでの地球技術産の虫型偵察機。君が奈良公園で
 見つけた落ち目の会社が作ったような粗悪品じゃない最新作(ホンモノ)だよ」

自らの失態に彼は舌打ちすらできなかった。
想定が甘かった。あれは動力やカメラに当たる部分を霊力を伴う術で補うことで
小型化に成功していた代物だったがそれでも標準的なバッタサイズが限界だった。
それをあの程度の企業が作れていた時点で最新技術を推し量らなくてはいけなかった。

「まあ、これは僕レベルの作品だからそうそう作れる奴はいないけど、
 信一にとっては残念なことに……これ僕のじゃないんだよね」

「なに?」

「久しぶりの再会を覗き見されたくなかったから
 無粋で悪質な君のストーカーの目は潰しておいたのさ」

「俺の悪質なストーカー? っ、城田奈津美!?」

自分を地球産の技術を使って観察しようとする者。
またそれを可能とするだけの技術を持つ者は彼が知る限り彼女のみだ。
少ないヒントを直感で結びつけただけの回答ではあったが、武史は
正解だといわんばかりに指でつまんだ虫型偵察機を笑顔で押し潰す。

「やっぱり目をつけられてたか。相変わらず隠し事が下手なんだから。
 まあそこは頭脳しか誇るもののない狂人のくせに目の付け所が良いと
 褒めるべきだけど………アレは僕たちのおもちゃ箱(世界)にはいらないな」

最後の一言だけはまるで隠すように呟かれたが充分聞こえていた。
共に地球人の科学者・技術者として業界では名の知れた存在ではあるため
どこかで接点があったのだろうと当たりをつけながらもシンイチは
それどころではない衝撃の中にいた。

「まったく、気付けなかったっ」

監視の目は常に警戒していたつもりであった。ヒトの目はもちろん。
街中や店先にあるような監視カメラ、小型偵察機や霊力による式。
だが、確かに、純粋地球技術産によるその小さな目を想定できていなかった。

「君が何を使って、何を判別してるか明確には解らないけど、
 集中して観察してれば、まあ一番はフォトンだろうと当たりはつく。
 次元漂流者が感知能力を身に付けるというのは常識だしね」

「だから、それ以外で動く地球産の機械か。
 技術の底上げがあっても、そんなものまで作れるようになってたとは」

「異世界生活が濃すぎたようだね。そのあとは学園生活で、さらに世界中の
 監視ときたもんだからしょうがないといえばしょうがないけど……
 あんまり、地球を舐めないほうがいいよ?」

「……言われる方になるとは思ってもみなかった」

地球人が地球人に向ける言葉としてあまりに不適切でありながら、
シンイチが抱えている隙をこれほど端的に言い表す言葉もなかった。
彼は間違いなく、この世界が作り出し発展させてきた技術や知識を
優先順位として下に見ていた。無論それは武史が語る通りそこに
目を向ける余裕がなかったからなのだが。

「とはいえ。まだ安心していい。
 どうもこれ最近急遽作った感じがするし。
 これなら気付かれないんじゃないかっていう実験ってところかな。
 同レベルの技術者としての勘だ、信用してくれていい」

指の中の残骸を掃うようにその場で捨てながら確信した笑みを見せる。
完全に専門外なシンイチには判断できる話ではないが、彼の能力と性格を
考えると嘘はないと受け取っている。城田奈津美に対しての警戒度は
跳ね上がっているが今は目の前の事に意識を向けるべきと口を開く。

「それでお前も地球産技術でここに何かを仕掛けた、と?」

「無線や電気信号、赤外線、君が思いつけるとしたらこの程度かな?
 でもね、それら以外に離れた場所の装置を動かす仕組みはあるし、
 原始的な時限装置っていう手もある。案外そういうのって最新機器の
 センサーじゃ引っかからないんだよねぇ」

「いったい、いつ仕掛けた。それなりにお前の動向は見ていたが…」

「そこはほら、6月14日(今日)だって言われた直後から動いていたし、
 旧式の連絡方法で裏の人間を雇うという手段もあるからね。
 ふふ、手紙なんて書いたの小学生以来だったよ」

「地球産とアナログの勝利か。
 その盲点のつき方、お前も相変わらずだな。
 だが……ああ、そこにまず気付くべきだった」

地球技術由来の装置。彼が真っ先に思い浮かべるのは電動のナニカ。
ソレに注目して感覚を広げれば最初の調査では見つからなかった装置の
気配をあちこちから感じる。そしておそらくそれだけではないのであろう事も。

「君は死者に礼儀がありすぎる……骨壺も引っ繰り返さなきゃ」

まるで、ではなく。“まさに”悪戯が成功した子供のように笑う武史だが、
そのあまりに罰当たりな行為にはさしものシンイチもぎょっとした。
──こいつ、必要が無ければ俺でもしないことを平然と!?

「お前!」

「函館」

「なに?」

「あと札幌と釧路にも、だね」

平然と、淡々と、されど表情にだけは笑みを浮かべて地名を並べる武史。
それだけでシンイチは何を言いたいのか察してしまって顔を青くした。
今脳裏に浮かんだ想像が当たっていれば、もう詰みだ。

「推察通りだよ、かなり人の多い所に色々仕掛けてきたんだ。
 僕が戻らないと(・・・・・・・)阿鼻叫喚の地獄絵図だろうねぇ」

「武史、てめえっ!!」

関係のない人々をもう巻き込もうとしている事を非難するように、
咎めるような叫びに、されど予想通りに武史は笑みを深めるだけ。

「ふふ、わかってるだろうけどどれも君の能力じゃ探せないタイプだ。
 中にはすごく導火線が長いだけの冗談みたいな爆弾もある、かもね?」

からかうような笑い声に、もう怒りさえわいてこなかった。
抵抗はできない。この場の()質どころか三都市にいる人々
すら盾にされた以上シンイチはここで彼に危害を加えられない。
しかしだからこそ確認しなければならないことが一つある。

「……ここで見逃してお前がそれを全部解除する保証はっ!」

「誓うよ」

「っ」

「母さんの名と母さんがつけてくれた僕の名前と、僕たちのあの日々の思い出にかけて」

それはこの男(武史)が持つ最も大事なもの。最も尊ぶもの。
傍から見ればただの口約束で、かけているのは実体のない代物ばかり。
されど彼にとってのその価値を知る者には絶対の意味を持つ誓い。

「……万が一違えたら、俺は止まらないぞ」

一度だけ項垂れるように、何かをこらえるように顔を伏せたシンイチは
顔をあげると氷の刃のような視線を突きつけながら一際重く響く声で告げる。
それでこそだといわんばかりに不敵に笑った武史は大仰に頷いた。

「わかっているとも。約束は守るし、節度も守るさ。
 ブチギレした君の相手なんてしたらすぐに終わってしまうからね」

それでは何も面白くないと本気でぼやく武史をシンイチはただ睨む。
それは彼らにしか通じない駆け引き。見逃すしかないこの場でシンイチが
引き出した最大限の成果。犠牲者を出せばお前が望むケンカをすぐに終わらせる。
何を失おうとも、どんな傷を負うことになっても、と。そんなおかしな脅し。
止まらない、とはそういうことである。

「ヨーコ、放してやれ」

「御意」

最低限の釘は刺せたのか。これ以上はこの場で出来ることがないのか。
疲れたような息を一度吐き出してそう従者に命じてアインを解放させる。
彼もまた話は聞いていたのだろう。争うこともなく即座に主人に寄り添い、
それを待ってか武史は形だけは丁寧な礼をすると背を向けて去ろうとした。
が。

「あ、そうそう。
 今はまだ僕とあの女だけだからいいけど上方注意……あと()にもご用心」

まるで置き土産のようなそんな言葉を最後に彼らは本当に霊園を後にした。
シンイチはただただその後ろ姿を黙ったまま見送った。それは彼らの気配が
完全に霊園の敷地からなくなるまでずっと続いた。途端。

「っ、ぅ」
「主様っ!?」

彼の中の何かが尽きた。
糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちていく。
ヨーコによって倒れ込む寸前に抱え上げられたが全身から力が抜けたまま。
彼女に身を預けているのか力を入れ直す気力もないのか瞳もどこか虚ろだ。

「はっ、ははっ……ケンカしたかった、か。
 ……その動機は全然想像できなかったよ。お前らしいけど」

力無く笑いながら、もういなくなった幼馴染の言葉を思い返す。

「俺変わってないってさ。お前がいうんならそうなんだろうな。
 ははっ、なんだそれ……あれだけあって、何も変わらなかったのか俺は」

そんな馬鹿なと笑い飛ばしてやるには、武史の読み勝ちの事実が重い。
こちらからすれば2年。あちらからすれば8年会ってなかったというのに。
心が引き裂かれるような目に何度も合い、何度も手を血に染めたというのに。
彼は適切にシンイチの手を読んで、的確に封じ込めて見事に逃げた。それは
シンイチが彼が知っている中村信一と変わっていない証左だろう。

「そういえば大吾も変わってないとか相変わらずだとか散々言ってたな。
 ああそうか。俺は何も変わってなかったのか……薄情な奴……」

自嘲気味に笑って、何気ない仕草で空を見上げる。
彼にとっての問題はそれだけではない。

「そのくせ人工衛星(上方注意)とかありかよ。
 個人で持ってるとか反則だろう、そんなの想定できるか…」

自分が言えた義理ではないのは百も承知だが、それでもそう愚痴りたかった。

「ジンコウエイセイ?」

胡乱げに聞き慣れない単語を繰り返したヨーコは、だが
以前に何かの話の流れから聞いていたそれを思い出して空を見上げる。
相変わらずの曇天模様だが、その意識は成層圏のさらに向こうまで見ていた。
尤もいかにテンコリウス(アマリリス)、いかにシンイチといえどその距離からの
何がしかを関知できる能力はない。だからこそ背筋が凍る。

「あっちから一方的に覗かれるか……ああ、基本性能も俺が知ってるのより
 上がってるんだろうなぁ……はっ、天才はどっちもやることが違う」

何に対してか。鼻で笑ったシンイチは疲れたように首を振る。
フォトンを原動力にした異世界の技術とはいえ、地球の技術から見れば
数十年どころではない先を行ったそれがいくらか公開された以上既存の
技術が底上げされることも、それが何に最も早く反映されるのかも想像に
難しくない。概ね軍事である。そしてそれは何も兵器や武器だけとは限らない。
空からの目も充分その領分であろう。彼を信じるなら、今はまだ二人の厄介な
天才だけの覗き見で済んでいることを不幸中の幸いとすべきか否か。

「………まいったな。勝てるビジョンがまったく浮かばない」

目を瞑って、開いた。その瞬きの間の思考でどんな未来が見えたのか。
お手上げだと、いまだにヨーコに支えられている状況で肩を竦める。
彼女はその言葉に反応しない。主人がそういうならそうなのだろうと
ただ受け入れる。その中身(理由)を探るのは今ではない。今はただ聞くだけ。

「武史は本物の天才だ。
 知識も知恵もある男。悪知恵で誤魔化してる俺とは違う。
 悪巧みも、誰でも巻き込める(なんでもできる)あいつとじゃ勝負にならない。
 なのにケンカって……これならまだ世界滅亡とかの方がよかった」

だってそれなら、防げばいい。
しかしながら彼の目的はシンイチとの本気のケンカである。
あの口ぶりでは勝ち負けにすら拘っていないだろう。
争うこと。本気でぶつかること。それだけを目的として、
そしてそのためだけに武史は陰謀を巡らせ、事件を起こす。

だがシンイチはそうはいかない。無関係の者を巻き込む行為を
許容する訳にも見逃す訳にもいかない。彼は武史とは別の意味で勝敗に
拘っていられないのだ。マスカレイドとして、何より武史の友として、
出来る限り早くこのケンカを終わらせなくてはいけない。

自らにあるのかどうか疑わしい幸運にも、
幼馴染にあるのかどうかも微妙な良心にも期待はできない。
ならばこれはもう決定事項でしかないのか。これから、あるいは
もう武史が引き起こすナニカに巻き込まれる誰か。
その全てはきっと救われない。どこかで誰かが犠牲になる。
武史がシンイチとケンカをしたかったから。
シンイチと本気でぶつかりたいと思ったから。
誰かが帰ってきてしまったから。

「………やめろバカ。また重たいもの背負わせてきやがって。
 俺にどうしろってんだ。過大評価しすぎなんだよ、武史」

現にこうして千載一遇のチャンスを封じ込められ、逃げられた。
それでも圧倒的な力の差がある以上は最終的にはどこかで捕えられるだろう。
手段の豊富さ、知識と知恵の差、それがあっても隔絶した能力の差は
最後の結末だけはこの時点で決めている。だがそれまでの間、
彼の願望に巻き込まれる人達はどれほど増えるのか。
自分はそれをどこまで防げる。どこまで解決できる。どれだけ守れる。
それがいったい何度続いたあとになれば終わらせられるというのか。

「変わってないっていうのなら、わかってるだろ。
 俺はただの落ちこぼれだぞ。嫌がらせが限界の……ただのガキなんだぞ…」

本当にわかっているのか。もういない相手に力無く語りかける。
返る言葉などあり得るはずはなく、霊園は風さえ凪いで静まり返っている。
されどシンイチは自らのメッキがはがれ落ちていく音を聞いた気がした。





──────────────────────────────






「ああ、痛ぇ…本気で殴るんだもんな」

霊園から離れていく一台の黒塗りのセダン、その車中。
後部座席に座る武史は幼馴染に殴られた頬をずっとさすっていた。
痛い、痛い、と繰り返しながら。だが運転を任されているアインは
それをちらりとバックミラー越しに確認すると首を傾げる。

「本気、ですかあれが? 思いっきり手加減していたと思いますが…」

目に見えて痣になっているわけでも赤く腫れているわけでもない。
それ以前に主に関しては異常なまでに感覚が鋭い種族の彼がなんの
危機感も覚えなかった程度の威力の拳を何故主人は痛がっているのか。
分からないと訴える従者に彼は首を振った。

「いや、あれが信一の全力だよ。
 非力ゆえに的確で一番効果的な一撃を振るう……効果抜群さ」

あれは、あれこそが“中村信一”の本気の拳なのだと。
震えていた手。無意識に抜かれた力。それでも突き出された拳。
それは彼が傷つきながらも必要だからと必死で振り被った想い。
佐々木武史を親友だと思うからこそ振るわれた只の人としての叫び。

だからこそ、なによりも痛かったのだと武史は思い返して、余計に痛む。

彼を大事な友だと思っているがゆえに。
彼を苦しませていると強く実感させられる一撃は、本当に痛かったのだ。
そして続いてのフィニッシュブローもまた強烈で彼は本気で眩暈がした。

「相変わらず、人の痛いところをついてくる……そうだよ信一。
 きっと僕はまた母さんに叱られたかったんだろうね、まさにマザコンだ」

「マスター…」

人のことはいえないと武史は痛みを孕んだ顔で苦笑する。
親に構ってほしくて悪さするなどどこの子供か。全く変わっていない。
それを指摘されるまで自覚すらしていなかったのだから程度が知れる。

「8年ぶりだってのに一発で見抜かれた。
 相変わらず、他人(ヒト)気持ち(痛み)がわかる、を武器にし過ぎだよ」

何に、どう、痛みを覚えているのか分かる者はやろうと思えば
何を、どうすれば、痛みを与えられるかというのも分かるものだ。
ゆえに安直に優しい人という扱いをする人々を彼は愚かだと笑っている。
尤も自身の親友に対しては間違った表現ではないと思っているが。

「ま、だから君は誰かの想いを過度に背負いすぎるんだろうけど……」

そのために今頃答えを出しようがない問題に気落ちしているのだろう。
そんな姿がありありと目に浮かんでおかしいやら申し訳ないやら。
だが笑いかけた彼の口からもれたのは、冷え切った憎悪にも似た声。

「ホント、ひどいものだ。
 それで君の痛みはいったい誰が共感してくれるっていうんだい?」

人の痛みがわかる者はいってしまえば、そうでない者に比べて
総じて人生において痛みを感じる回数が多い者といってもいい。
生きているだけで人は心身に痛みを覚える生き物だ。なのに他人の
それまで敏感に感じ取ってしまえば、必然的に数が増えてしまう。
それは、優しい人、などという評価では釣り合わない“傷”である。
痛みを抱える者を前にして皆の言う優しい人がそれに気付いて
“痛い”と思ってないとでもいうのか。

「……よろしいのですか?」

「ん、なにが?」

「それほどまでにマスターが気遣われてる相手と戦うことになって、です」

アインからすればそれは当然といってもいい疑問だった。なにせ。

「当初ここまでの対立をする予定では無かったと記憶しています。
 各地に施した仕掛けも捕まるのだけは避けるものだったと仰っていたはず」

「それか。最初はそのつもりだったんだけど……話してたらさ。
 うん、ちょっとやりたいことを思いついてね。予定変更というわけ」

それによって友を悩ましていることは自覚しながらも、
悪びれる様子もなく彼はいっそ朗らかな笑顔を浮かべていた。

「悪いが付き合ってもらうぞアイン。
 きっと行きつく先は地獄だろうけど、なに、それも面白そうだろ?」

「はい、勿論です。この不肖アイン。
 どこまでも付き従い、マスターの敵を排除しましょう」

運転を無難に続けながらもどこか時代錯誤な文言は種族の特性か。
だがそれを向けられた主たる武史は一瞬目を細めて、意地の悪い笑みを浮かべた。

「でもアインじゃ信一にもあっちの従者にも勝てないんだよなぁ。
 ステータス上では圧勝してるはずなのに。おかしいなぁ?」

「うっ……それ、は……たいへん申し訳なく……」

目に見えて消沈した彼は心底から力不足を悔いるようにしていた。
それでもきちんと運転している姿に、その真面目さに武史は笑う。
彼がアインを受け入れているのは本質的に『人間』ではないからもあるが、
その真面目さを好ましいと思っているのも理由の一つではあった。

「いいさ、負けもまた情報だ。おかげで大枠は解ってきた。
 あっちは何せ僕たちが知るのとは違う異世界からの帰還者。
 僕たちの知らないナニカを知っていて当然。となると思いつくのは
 全く別の力か、僕たちが知るステータスには裏がある、かな?」

「裏、というと?」

「ゲームにもよくあるんだ。表記はされないけど効果はある隠し項目とかね」

子供のころはそういうのを暴くのが好きだったと懐かしむ武史。
彼は今それと同じ感覚で現代のステータス常識の裏を暴こうとしていた。

「そう考えると、あの将軍閣下の無双っぷりも何か違う見方ができそうだ。
 ステータスは強力だけど何かそれ以上の力も感じていたしね、うん。
 なんとか信一とぶつけてみたいな……さてあの御仁をどう誘い出すかな?」

クスリと笑って、整った相貌を楽しげに歪める姿にアインも思わず頬を緩める。

「本当に楽しそうですね、マスター」

「当たり前さ。
 今から僕は絶対に勝てない(・・・・・・・)相手とケンカするんだから。心躍るよ」

高い壁に挑む。友と競い合う。
言葉では知っていたが、感覚として初めて実感したその高揚に自然と口角が上がる。
そう彼は本気で自らが勝てないと考えた上でこんな行動を取っていたのである。
その馬鹿げた行為が、どうしてか彼は誇らしい。

「ふふ、まずは各種実験の経過観察からかな。
 カラガルで配ったアレ。様子を見に行こう。
 ちょうど信一も修学旅行で行くみたいだしね」

「了解しました、渡航の手配をしておきます」

「頼むよ……おっと、その前に仕掛けを全部回収していかないと。
 ここで怒らすと何もできずに即退場させられるからね、怖い怖い」

「……現状でも充分恐ろしい相手かと思いますが……そこまでですか?」

「ああ、あれはまさに爆薬を積んだ暴走機関車だよ。
 相手が倒れるまで突撃と爆発を止めないタイプの、ね」

以前に僅かな時間の攻防であっさりと力量差を叩き込まれたアインは、
仮面(アレ)がそんな風に襲い掛かってくる光景を想像して目に見える程に青ざめた。
それを見て内心を読んだ武史は「今はそれもあったか」と他人事のように笑う。
だがそれの、心底から激昂した幼馴染の怖いところはそこではないと首を振る。
何せ暴走機関車は自分が壊れることなど気にもしないのだから。

「これ以上誰かが傷つくぐらいならいっそ、かい?
 はあ、君ぐらいだよ。僕にそんな気を使わせる奴は」

文面は面倒だといいたげなそれであったが、表情にあるのは楽しげなそれ。
そして思考するのは彼をギリギリ激昂させないラインでの企み事。それの
なんと楽しいことか。一か八か。生か死か。その瀬戸際を歩くような
不確実でギャンブル的な方法を考えるだけで高揚してくる。
冒険に心躍らす、という心理を産まれて初めて理解してか。
思わず童心に返ったような無邪気な笑みを浮かべてしまう。
狂気と純真を紙一重で孕みながら。

「ま、どっちみち君を怒らすことになるけどね」

そんな不吉な言葉とその時はゴメンねぇという軽い謝罪が何よりもそれを表していた。
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