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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-85 幼稚なケンカ

ああ、やっとここまでこれた………この日付が出てから一年4か月ぐらいかかってるな(汗

ええ、やっと6月14日です(今年のその前に更新できる予定だったのになぁ…)








それは子供達が仲良く遊んでいる光景だった

三人の男の子たちが楽しげに笑っている

方向性は違う

性格も違う

おそらく、じつは好みも違う

悪童に

正義感に

落ちこぼれ

なのに、不思議と馬が合うというべきか

自分以外の二人を各々で放っておけないと思っていた、が正解か

悪童は企みを話して、正義感が怒って、落ちこぼれが苦笑する

正義感が突っ走り、落ちこぼれが時間を稼ぎ、悪童が根回しする

落ちこぼれが呟き、正義感と悪童が共にぎょっとして止める

概ねにして、そんな他愛ない幼き少年達の日々の夢

共に遊び、共に学び、共に転び、共に泣き、共に笑い───そして共に叱られた

特になにかあれば真っ先に気付いてすっ飛んでくる母親には。


“こらーーー! 悪ガキども、今度はなにやらかした!!”


何度も雷を落とされて三人はそのたびにびくつくことに……


“いえ母さん、クズを始末しただけです”

“おばさん、大丈夫だれも俺達だって気付いてないから”

“ごめんなさい、二人の計画を穏便にするのが精一杯で”


びくついて、いた?

ええ、これでも三人ともおっかなびっくりではあったのです


“ああもう、しょうがない子たちだねぇ……末恐ろしいよまったく”


形式的に叱りながらも

困った子たちだと嘆きながらも

母親は一度も彼らを否定するようなことを言わなかった

彼らのイタズラを他の親たちに報告するようなこともしなかった

無論一緒に気付いた時ややり過ぎの時は隠してはくれなかったが

そこにどんな想いや考えがあったのかは子供達にはわからない

けれど



───ああ、だからこそ



懐かしさを惜しむ暇もなく目覚めた少年(落ちこぼれ)はただ思う







「よし、やっぱあいつ殴る」







───────────────────────────






6月14日。
季節はもう初夏に入っているが北海道という地域もあってか。
例年通りの平均気温を記録している今日はまだ過ごしやすい空気がある。
しかしながら空は不機嫌さを隠さずにどっちつかずの曇天模様を見せていた。
現在の予報システムによって導き出された降水確率でさえ50%という始末。
分厚い灰色の雲は崩れ落ちる一歩手前の様相を見せて、人々を不安にさせる。
尤もその薄暗さを受けているのは少なくともこの場では彼らだけだったが。

「…………」

さる霊園。多くの誰かたちが眠る場所。彼等の家々の並びの一角で。
喪服代わりか昔ながらの学生服を着た少年がその墓石の前で手を合わせていた。
背後に立つ喪服姿の妙齢の女性も同じように静かに合掌している。いつもはわりと
せわしなく動く狐耳も狐尾も今日は場所柄のためかおとなしい。

「……あいさつにくるのが遅れてすいません。
 まさか、亡くなってるとは思っていなくて……」

閉ざしていた瞼をゆっくりと開いた彼は『佐々木家之墓』と刻まれた墓石に、
そこに眠る故人に語りかける。丁寧な口調ながらその声にはかつての親しさを
感じさせる暖かみと、既に儚くなってしまった事実を実感しての“震え”があった。

「帰って、これました……2年のつもりが8年でしたけどね。
 おかげでみんなに歳を抜かれて……俺、いつのまにか最年少ですよ」

冗談めかした軽口に、されど当然ながら返る言葉や表情などあるわけもない。
少年も分かってはいた。これが初めての経験でもない。
それでも胸にこみあげるものを抑える術など無い。
辛いものは辛く、悲しいものは悲しく、痛いものは痛いのだ。

「ああ、作法については見逃してくださいよ。
 これで一応間違いはないと思いますが……叱られそうで怖いな」

少し汚れていた墓石や周囲を掃除し、花を飾り、線香をあげていた。
妙な所で凝り性な少年はその手順や作法を徹底的に調べて実践していた。
それでも自信なさげなのは性分か、それともその故人の前ではそうありたいのか。

「あ、いや、出来れば……もう一回ぐらい、こらー悪がきどもー、って
 おばさんの怒鳴り声が聞きたかったな…………お前もそう思うだろ?」

懐かしむ柔らかさを持っていた声が、故人を惜しむ瞳が、
その色を僅かに剣呑なものに変えて近寄る気配へと向けられた。

「───武史」

呼ばれたのは黒いネクタイを締めた礼服姿の青年だ。
年の頃は二十代前半。一目で日系だとわかる顔つきと髪色で、
眼鏡をかけた相貌は優男のそれだがその表現が似合う憂いの美男子でもあった。
背後には─護衛だろう─日系とは似ても似つかないが、かといってどこの
民族か一目では分からない美貌を持った背の高い金髪の男が控えている。
そちらは無反応─女性を気にしていたが─のままだが前に立つ青年・
佐々木武史はシンイチの言葉にじつに楽しげな笑みを浮かべて頷く。

「そうだな、時々むしょうにあの声が聞きたくなるよ」

「マザコンめ」

「い、いきなりそれか!? 君だって似たようなものだろう!」

「俺はお母さん子だからセーフ」

「うわ、出たよ勝手な自分理論。
 なんで君って気弱なくせして根っ子の部分で俺様なんだい!?」

「気のせいだ」

「それでこっちがどれだけ大変だったと思ってるんだ!」

「それはすまん、そしてありがとう」

「相変わらず変なところで素直か!」

互いの背後の女と男が一瞬目を見開いたかのように驚く中。
2年ぶりで、8年ぶりの、時を隔てた再会の挨拶はそうとは思えぬやり取りから。
まるで事前にやり取りを練習していたかのような似非漫才劇である。だが、それも。

「ふ、くくっ」

「ふふっ、ははっ」

もう我慢できないと吹き出したふたりは申し合わせていたかのように
突如として手をあげて息の合ったハイタッチを決めていた。
静かで─なぜか─誰もいない霊園にパンッとキレのいい音が響き渡ると
互いに気心知れた間柄だからこそ見せる顔を見せ合った。

「おかえり信一、けど待たせすぎた。遅刻にも程がある」

「ただいま武史、文句は俺を運んだ亀に言ってくれ」

「なんて微妙なウラシマ効果だ……いや残酷な、か?」

「ぎりぎり許容範囲な、だ。
 会いたいヒトには会えた………おばさん以外は、だけど」

軽口を続けながらもその目がそっと悲しげに墓石に向けられたのを見た武史は
そうかと答えながら手にしていた花を添えて手を合わせた。背後の護衛もそれに倣う。
しばし無言の時間が流れ、されどそれを破ったのは故人との話を終えた武史から。

「生きてたら絶対信一の頭とかぐりぐりと撫でまわして文句いいながら泣くねきっと」

「目に浮かぶな。
 で、そのあとは『祝い事だ。焼肉をおごってやろう、たんと食えガキども!』だろ?」

「あっははは、それな! 母さんその辺り豪快で気前よかったからな…」

昔を思い出してか。
あるいはそのあり得たかもしれない光景を思い浮かべてか。
ふたりは懐かしむように自然と笑い合った。

「しかし出世したもんだな。
 近所のずるがしこい悪童が今や地球のガレスト工学界のホープか。
 あちらの技術を地球向けに転用や改良するのが得意だとかなんとか」

「ただの雑誌の謳い文句さ……まあ地球で五指に入る天才なのは事実だけどね」

自慢げにふふんと笑いながら眼鏡のふちを持ち上げて得意顔の武史。

「ハッ、一番だといわない辺り大人になったというべきか?」

それをシンイチは言葉とは裏腹に鼻で笑いながら冷め切った視線を送る。

「げ、こいつ、蔑んだ目のレベルがあがってる、だと!?
 一般人に向けるなよ、それもう視線で人が殺せるぞ?」

「やかましい、お前は無駄にイケメン具合をあげてるくせに。
 女性向け雑誌でポーズ決めてるの見た時は腹抱えて笑ったぞ」

「はんっ、世のたいていの女は見目のいい男がそれっぽいことしてれば
 勝手に持ち上げてくれるからな、いいカモさ。楽しいよ、僕の手のひらで
 黄色い声援くれる馬鹿な連中を見ているのはさ」

「うわぁ……こいつの人間嫌いやっぱり治ってなかったか。
 この8年でどれだけこの甘いマスクに騙された奴がいたことか」

「君がいうか?
 そのいかにも、純朴ないい子ちゃんです!みたいな顔で僕や大吾が
 ドン引きするようなこと言い出したり、笑顔で大人追い詰めたり」

「………え、昔からやってたか?」

「そして本人あんまり意識してなかったというね。
 というかその言い方からして君の2年も相変わらずか」

「ふん、ほっとけ。どうせ俺はいつまでも子供ですよーだ」

「ははっ、その拗ね方も懐かしいな………ん、冷静に考えると嫌な子供だな」

見た目は人が良さそうでも発想と口があくどい子供。
最悪だなと一通り笑った武史はしかしふと思いついたように意地の悪い笑みを浮かべた。

「いや、君は本当にまだ子供かい?」

少年の肩に手を乗せてぐっと寄った武史はある存在を指差しながら耳元で囁く。

「どうせ彼女と毎晩お楽しみなんだろう? 大人の階段上ったかい、ええ?」

そこにいたのは喪服姿ながら体の起伏がはっきりわかる自己主張の強い女体と
ベール越しながら、否それゆえに普段以上の傾国の色香を漂わす美女がいる。
シンイチの、彼だけの従者。そんな美女を従えていてそれを想像するなというのは無理がある。

「下品」

そんな親友の下世話な妄想を単語一つでその手と共に払いのける彼だ。

「あははっ、いいじゃないか。だってこっちは男なんだよ?
 僕だってどうせ仕えられるなら美女の方が断然いい」

「まあそれは同感だが」

男としてわからないわけではないと同意する彼にそうだろそうだろと頷く武史。
その裏で彼の従者が「マスターそんな!?」と悲痛な叫びをあげていた。
一方少年の背後では落ち込む同胞を鼻で笑いながら小さくガッツポーズする美女。
どちらも外見の美しさに反して、微妙に残念なのをそれぞれの主はとっくの昔に
理解してか意図的に無視(スルー)していた。

「それに異性同士ってことは子作りはするんだろ?
 変な想像ってわけじゃない、子供の予定はまだかい?
 できたら知らせてくれよ、大金包んで祝ってあげよう」

「どこの親戚のおじさんだお前は………してないからな」

「は?」

「だからしてねえよ………まだ」

一瞬呆けたような、嘘だろ、といわんばかりの顔をした武史だが、
意味深に「まだ、ねぇ?」と呟くと肩を竦めておかしそうに笑う。

「ま、確かに見た所耳飛び出してるからまだ400歳前なんだろうが、
 どうせ信一が妙なこと気にして頭の中でぐるぐるしてるだけだろう?
 にしてももったいない。僕でもそそるぞ、あの美女」

今夜にでも誘えよ、と冗談めかして小突いた武史は彼女の妖艶な肢体を
舐めるように観察して悦に浸り──その顔は突然明後日の方に向けさせられた。
伸びてきたシンイチの手によって。彼は不機嫌そうに眉根を寄せていた。
それに、おや、とした顔になった武史はだがすぐにニヤニヤと表情を崩す。
───存外にお気に入りなようで

「ちっ、俺のことはいい。どうせ選び放題のイケメンさんは武勇伝豊富なんだろう?」

目は口ほどにものをいう。概ね何を考えているか付き合いの長さから
見抜いたシンイチは露骨に舌打ちまでしながらそちらに水を向けた。
武史もまた付き合いの長さからこれ以上突っ込むと危ないと感じたのか。
乗っかるように話に乗る。が。

「生憎と人との縁も含めて、女運には恵まれてなくてね。
 一夜のパートナーでさえお断りな奴が多すぎる……ってどの口がいうか!」

最後に何かを思い出したように吠えた武史は糾弾してやるとばかりに
シンイチの胸倉を掴むとその端正な顔を嫉妬で歪めながら彼を乱暴に揺らした。

「誰が選び放題だ! 何が武勇伝豊富か!
 君の方こそちょっと調べただけで彼女以外にも四人も美女美少女を
 侍らしやがってっ、どこのハーレムラノベの主人公だ! 羨ましいぞ!!」

「や、やめろ放せ! ってかうるせえよ、好きでなったんじゃねえっ!」

「全員自覚ありかこいつ!」

「あんな目で見られて気付かないとかあるか! それこそどこの鈍感主人公だ俺は!」

「開き直りやがってっ、この女ったらし! ケモ耳美少女と大阪デートに、
 美少女霊能力者との朝帰り! 貴族のお姫様と遊園地散策!
 あげくの果てにはなんだあの深夜の美人女教師との密会は!
 その後ふたりはホテル街に消えていきましたってか!?」

「宿泊先に戻っただけだろうが! それより全部どこで見てやがったこの出歯亀野郎!」

「痛っ、このっ、髪の毛引っ張るな!
 くそっ、異常な情報収集が君だけの専売特許だと思うな、よっ!」

「だっっ!?
 っ、覗きを認めてんじゃねえよ! あと相変わらずの石頭か!」

「鬼畜似非さわやか少年は黙って、ぎゃあっ!?
 踏むか!? ここで普通そんなに思いっきり足踏む!?」

「金的じゃないだけありがたいと思え、陰湿眼鏡!
 似合ってねえんだよ、一丁前にファッションで伊達なんぞ!」

「雰囲気作りだよ! 昔かけてたから久しぶりの再会への演出という
 親友の気遣いを無下にするなんて、いつからそんな子になった!?
 お兄さんは君をそんな風に育てた覚えはないぞこの!」

「誰がお兄さんだ! いつお前に育てられた!
 年齢抜かした程度で年上ぶってんじゃねえぞ近所の悪ガキ風情が!」

小突き合い。髪の引っ張り合い。頭突き。足踏み。低次元の悪口。
今時、小学生でもしないような程度の低いケンカが霊園という本来厳かな
場所で行われていた。互いの従者は苦笑を浮かべつつもそれを止めない。
それどころか何か痛々しいものでもみるように、しかし目を細めて見守っていた。
相手のことは分からずとも自らの主のことならば深く見抜けるがゆえに。

「ぜー、はー、ぜーはー」

「はぁはぁはぁはぁ」

いったいどれだけその幼過ぎるケンカをしていたことか。
気付けばふたりは場所柄など弁えず、肩で息をしながら墓前で倒れていた。
自然と見上げることになった空は彼らの表情のようにまだ曇天模様である。

「……誰が本命だい? それともまた別にそういう相手でも?」

少し呼吸が整った時だった。武史はそれまでと違った穏やかな声色で問うた。
そこにからかうような色も、演技染みた嫉妬さもなく、ただ親友の想いが
どこを向いているのか知りたいという感情と、必要なら助力するのも
やぶさかではないといいたげな暖かな色があった。しかしシンイチは
少し考えるような素振りを見せたものの不機嫌そうに首を振る。

「何様だといいたくなるほど業腹だが……選べないんだよ。
 俺の人生に付き合わすんだ。感情だけで、決めていいわけがない」

「おやおや、なるほど、それほどか……君がそんなに気に入るとはね」

前半には物悲しさを、後半には嬉しさをにじませる言葉。
その本当の意味は当人同士にしかおそらく通じてはいない。
それぞれが全く別のことを差していることなど。

「ははっ、ここはひとつハーレムでも本気で目指してみるかい?」

だが付け足すように続けたそれはシンイチのこめかみを震わすものであった。

「その話題引っ張るならお前と従者の偽造ツーショット写真を腐った女子どもに配布してやる」

「っっっ!?!? やめてくれっ!!
 君、本当にやめろよ! 僕は確かに人嫌いだが好みは女性なんだからな!
 ただでさえアインとの仲をいろいろ疑われてるというのに!」

ゆえに出た恐ろしい脅迫。親友だからこそ絶対にやると思った武史は大慌てである。
しかしシンイチが何より先に引っ掛かったのはそこで出た『名前』だった。

「ふーん、アイン、ねえ? ドイツ語で『1』か。ふーん、一、ねえ?」

「な、なんだよ信一。そのニヤニヤ顔は。君のそれすごく怖いんだけど?」

「べっつに。ただ、ありがとう、といいたいだけさ───」

「は、なにを」

「───お前、俺を探しにガレストの自然保護区に入ったろ?」

「っ」

一瞬の絶句。その反応が答えそのものだった。
そしてシンイチは否定か肯定かに続けようとした言葉を認めないとばかりに一方的にまくしたてる。

「でなければお前がアマリリスに会える可能性は極めて低い。
 いつごろか何度目かは知らんが、その時出会った個体に惚れこまれたのだろう。
 その際命名してほしいといわれて、咄嗟に俺の名前が過ぎった。違うか?」

『信一』のままではおかしい。その名前は(シンイチ)のもの。だからこその『アイン』。
半分だけ。別の言語に翻訳しやすい数字だけを捉えて、彼は自らの従者に付けた。

「っっ……ああ、そうだよ! 君が、そうあの君が!
 異世界に行った程度で! 見つからない程度で! 保護区にいる程度で!
 死んでいるわけがあるか! あり得ない! そう思って、何度も入ったよ!」

だが見つからなかった。自らを天才とさえ評す頭脳で思いつける場所を、
思いつく限りの方法で捜索し、それでもその痕跡すら見つけられなかった。
彼がアインと出会ったのは、最後と決めていた駄目元の探索だったのだ。
だからそこで縁が生まれた彼に『信一』に由来する名をつけてしまった。

「笑うなら、笑え!」

鼻息荒く、だが恥ずかしさを我慢できず顔を赤く染めながらそっぽを向く。
しかしながらその点において、彼は親友を笑うことなど不可能だ。

「笑うかよ。こっちはドストレートにヨーコだぞ?」

「へ?」

「二人の名前、口にしなくなってたから、つい、な」

思わず、視線だけを倒れた姿勢のまま彼女に向ければ静かな頷きが返る。
そして寂しげな呟きが続けば、武史もまたそれを笑えず、首を振った。

「ふたり揃ってなんとも気持ち悪いことを……」

「まったくだ……」

寂しさから思わず、全く関係ない相手に親友と妹の名前をつけてしまった。
恥ずかしいやら情けないやら気持ちが悪いやら。揃って溜め息を吐く。
どちらからともなく、この話題はやめようと提案して互いに了承した。
武史からすれば友人を探すためにした無茶と無法をその当人に語りたくなどなく、
シンイチはその心情を慮った、のもあったが比べられると“そのまま”な自分が
負けるため戦略的撤退である。武史は気付いていたが。
だから、でもないが話は必然のようにそこに向かった。

「────で、君結局どこにいたのさ。ガレストにはどうしたっていなかった。
 なのにどこかでアマリリスと出会ってるなんて意味不明だよ、ホント」

これにシンイチは少し黙った。言うべきか言わざるべきか誤魔化すべきか。
曇天を眺めての数秒の思案の答えは、隠す意味がない、というものであった。
正確に言えば、だいたいのことは分かっているのだろう、という確信だった。

「剣と魔法の世界」

「あぁぁ……そっちかぁ…」

いったい他に何を考えていたのか。だが武史は疑う事も驚く事もなく受け入れた。
他人なら、例えガレストという異世界が当たり前となった現代でも与太話と彼は
切り捨てたろうがシンイチにはその必要は無かった。心情的にも、理屈の上でも。

「定番な場所に行きやがって。
 それでお前はファンタジーの魔法戦士ってか? カッコイイねぇ」

そうならじつに面白い話だと寝転んだまま何故か自慢げに笑う武史に、
だが同じく寝転んでいるシンイチは小さく首を振った。

「残念、俺は(・・)全く使えないよ。後付演算装置が優秀なだけさ」

「─────おい」

目が見開かれる。一転して表情を硬くした武史は苦笑する親友を
驚愕の眼で見ていた。彼の一言で武史の脳裏に過ぎった数多の可能性は
どれもろくでもないものであったのだ。彼から見て信一は魔法でもなければ
逆に不自然な事を仕出かし過ぎていた。なのに本人は使えないと言い切る。
ならばそれを可能にしたという後付演算装置というのはどう考えても“マトモ”
なものではあるまい。体質、才覚、鍛錬、それらの不足で出来ないことを
出来るようにするのは容易ではない。それが世界を震わすほどとなればもはや
非人道的な処置が行われたとしか思えないのである。

「俺はマッチにもなれなかった。木剣にさえ振り回された。
 けど身の危険が近過ぎた。周りに迷惑をかけ過ぎた。
 焦って選択を誤って、騙され利用された挙句がこのザマだ」

笑えるだろ、と呑気にそして自嘲気味に笑う姿は武史にとって
あまりにも見慣れた(・・・・)もので、沸騰しそうな感情を必死に抑えた。
だから仏頂面で「笑えるかバカ」と返した彼は淡々と話を続ける。

「……他の異世界って可能性はわりと早くに考えてたんだが、さすがにな。
 今の次元航行技術だと安全航行できる距離には地球とガレストしか無い。
 探査可能範囲においても他の異世界は未発見……僕でもどうにもならなかった」

彼が得意とする『工学』はその言葉があてはまる範囲がひどく広い。
その分野で天才だと自他共に認める彼の才覚は本物であるが、次元航行あるいは
次元跳躍などの異世界に向かうための技術は特殊性が高すぎて現状の技術や理論を
己が知識とすることは出来ても発展させるには至れていなかった。

「まったく、何十年も維持するだけで発展させないからこんなことに!
 技術者や科学者たちの怠慢だ! きちんと仕事しろってんだ!」

言いようのない苛立ちと不機嫌さを八つ当たり気味に彼らにぶつける。
彼が何を気にしてそうなったのか分かるシンイチはあえて無感情になって
流したのだが、ふと何かに気付いて声をあげた。

「ふーん……ああ、そうか。発展させる必要性が薄かったのか」

「その通り。地球に辿り着けて一応平和的に交流できたからね。
 そうなれば他に見当たらない以上、余力もないのにさらに別の異世界を
 探すことにも行くことにも人や資材を使えない……夢のない話さ」

「余裕ある地球側に教えるのも万が一を考えたら、できないだろうな。
 だからこちらでもその手の技術はまだ手探り段階ってところか?」

地球とガレストとの関係が“最悪”に陥った場合。ガレスト側には
交流を可能とするゲートを閉じるという選択肢が存在している。だが、
地球側から開けてしまうとそれが意味のない行為になってしまう。
そのため地球側に異世界探索に意欲的な人物がいてもおいそれと
実行どころか計画段階で躓いてしまう。肝心要の次元渡航に関係する
技術に強い公開制限がかけられており地球側の研究は未だ初歩の段階。

「正解、ホント信一ってそういう察しは良いよね……けど、ねぇ。
 なんでファンタジー世界とSF世界に同じ神獣(アマリリス)がいるんだか?」

他のある種“普通”の生物ならばまだあり得ただろう。
陸に獣、海に魚、空に鳥。人類の文明が違っても世界の環境が
似通っているのなら似た生物がいてもおかしくはない。実際として
地球人とガレスト人は髪色等の違いを除けば生物としては同種であり、また
系統が似ている“動物”の存在も確認されているが神獣アマリリス(テンコリウス)
あまりに特殊性が高すぎる特徴を持つ生物である。個体ごとに違う特性、
人語を使いこなす知性、他種に仕える習性、その他種と同様の肉体を持つ異能。
環境は似ていても状態が異なる世界でそんな生物が同様に存在しているのは
奇妙を通り越して異常だ。

「さてね。俺にもわからんが、どうにもあの世界にはきな臭い裏がありそうだ。
 言語も単語だけなら似ていたり意味が正反対だったりで、授業が大変だよ」

「アルファベットが限界なくせして偉そうに。
 まあ、確かにガレストの成り立ちは一般的には未だ詳細不明だよ。
 公開されてないのではなく、公式によくわからないってんだから……疑わしい」

「もっといえば、解ってるとされている歴史が本当かどうか、もな。
 2000年以上続いているといわれているが、はっきりしてるのは
 ここ2、300年ぐらいだったな。それより前は判断が難しい」

「そうなんだよなぁ。紙の資料がないから全部胡散臭くて困るよ」

紙ならば、劣化具合とインク等の状態や種類で書かれた年代が特定できる。
同年代のものが多く残っていれば、また書いた人物の情報があればあるだけ
内容の真偽という面でも判断しやすくなってくる。だが、最初から無かったのか
いつからか廃れたのか「紙」を使用しないガレスト文明の歴史情報は既に
データ化されて保存されている。その参考資料に至るまで、全てが。
所謂そのデータの世界における情報を不正に取得したり改竄したりが
出来てしまう能力を持つ彼らからすると甚だ信用できる情報源ではなかった。

「他の領地との交流も距離が離れれば離れるほど近年に入ってからの
 ものしか存在しないから比べられる資料の絶対数がそもそも少ないし」

「歴史の長い貴族の家々なら独自の何かがあるだろうけど、そういうのは
 さすがに簡単に閲覧はできないし、それもどこまでって話だしな」

「貴族といえば、知ってるか信一?
 ガレストの貴族社会の頂点たる十大貴族ですら僅か三家しか
 制度が始まってからずっとその地位にある家はないんだ」

他の七家は様々な事情で血筋が途絶えたか。
資金繰りに失敗して家を維持できずに没落したか。
領地衰退等の責任を取る形で降格していったのだという。
空いた穴は他の貴族家の中から当主の実績や実力、家の規模等から
残る十大貴族と軍部の代表による合議で選出されて補充していた。

「へえ、ちなみにその三家って?」

「現在のガレスト軍元帥閣下の家と君のハーレムメンバーさ」

「おい」

「とはいえ、だ。
 全体的に武人気質が強いがために領地運営は下手なドゥネージュ家と
 文武に優れるが当主の空席と昔滅びかけた件で立場が危ういパデュエール家。
 どうなっちゃうのかなぁ?」

完全に他人事でありながら武史はにやにやとした顔で笑っていた。
これは遠回しに君が助力してあげればもっと面白いことになる、と
考えている顔である。具体的には公式に二人とも娶れる方向性で。
シンイチは露骨に、こいつの思い通りになるのは嫌だな、という顔をした。
が、それでも彼女らが困っているならば、助けを求められれば、力を貸すだろう。
そんな事はどちらもよく分かっているのでシンイチは渋面で、武史はにやついているのである。

「ふふ、怒られる前に話を戻そう」

匂わしたその可能性を拒絶しないのを良しとして彼は話を続ける。
シンイチとしは蒸し返すわけにもいかないため黙って乗るしかなかった。
話そのものは彼にとっても重要なものであったのだから。

「概ね歴史情報(データ)そのものに改竄された痕跡は見当たらないけど、
 記録した人間が果たして真偽を分かってて入力したのかは怪しい」

「……それをさらに後の時代の人間が編纂してるから余計に複雑だ」

「誰の手が、どこで、どういう意図で加わったのかが不明だしね。
 そのせいで仮に何かがあったとしても当たりもつけられないよ」

「それも、自分達の世界だけであれば、だったろうがな」

「だよねー……あー、やだやだ。考えれば考えるほどにきな臭い」

その世界の内にいる人々にとってそれは気付きにくい問題だ。
だがそれを外から見た、違う記録方法を持つ世界から見れば、
こんなに簡単に懸念が出る。ならばこれまで通りとはいかないだろう。
いま二つの世界は繋がり、互いに互いを見ている状態なのだから。

「なんかこれ僕たちの時代で爆発する気配がビンビンするんだけど?」

「むしろ……俺が爆弾になりそうな予感?」

「それな!」

昔からお前はそうだったと声をあげて大笑する武史に、一瞬そうなのかと
怪訝そうな顔をしたシンイチも次の瞬間には釣られるように笑みをこぼす。
彼等にとって先程までの幼稚なケンカも世界の闇を覗き込むような考察も
等しく“友人との気安い雑談”に過ぎない。ここにもう一人の幼馴染が
いればそのおかしさを指摘して呆れるだろうが幸か不幸か彼はいない。

だからこうなるのは必然だとでも言い合うように。

一通り声をあげて笑い合った両者は、同時に寝転んでいた体を起こす。
服についた汚れやゴミを叩き落しながら立ち上がったふたりは、しかし。

「…………」

「…………」

もう、顔も目も笑っていなかった。それぞれの従者の顔に緊張が走る。
親友との遊びは、幼馴染との再会は、もう終わったのだと二人の間の空気が告げる。
その上で最初に「そういえば」と口火を切ったのは武史から。

「いつ、僕や母さんの事を知ったんだ?」

「学園に転入して、わりとすぐだ。便利な道具手に入ったし」

「フォスタか。
 知らねえぞ、この悪戯坊主にあんな万能ツール渡してどうなっても」

もう手遅れだけどな、と自分で続けながら世の間抜けたちを彼は嘲笑う。
変わってないなとそれをシンイチは内心でひとりごちる。人間嫌いだと
武史を評したがもっと正確に語るならば、自分が気に入っていない人間を
心底見下し嫌悪している、が正しい表現である。だからこそ認めた相手が
世間的に正当な評価を受けていないのを我慢できない性質でもあった。
その嘲笑もそんな世間か世界に対する「ざまあみろ」という感情が多い。
───いや、むしろ悪化してるな

「…偶然会った大吾から話は聞いてたんだ。中学卒業後に引っ越したって。
 最初はそれで今はどうしてるかって気になっただけで……だから驚いた」

武史の態度はスルーしながらもそれでもそのことには、
その事実を語る声には心底からの驚きの色がどうしても出た。

「本当に、びっくりした……心臓が止まるかと思った」

6年の時間差よりも衝撃だったかもしれないと力無くシンイチは首を振る。

「自分の馬鹿さ加減が嫌になる。帰ることはずっと考えていたくせに。
 時間がズレることも、誰かがいなくなっていることも、想像さえしてなかった。
 父さんたちのことを知ったあとだったのに、俺はまだ甘えてやがったんだ」

あちらで嫌というほど、簡単に訪れるヒトの死を目の当たりにしたというに。
待っていてくれるかには自信が持てなかったくせに、あの場所はあると、
あの人たちはいるのだと無条件で信じていた浅慮がシンイチは苦々しい。
それだけ、幼馴染の母親(おばさん)の病死とその事実(過去)は衝撃的だった。

「…異世界公開の、わりとすぐだったよ。
 母さんは得意不得意がはっきり出る人だったし、運悪く勤め先が公開後に
 ガレストとの商売を主軸にした経営方針に切り替わる事が内々に決まってて、
 いざ始まったそれに母さんは適応できなかった……」

それはあの瞬間を体験した地球人のいくらかが味わった文字通りの
世界を引っ繰り返されたような事態。その家族が語る一つの実例。

「それで大きな失敗をして、あれよあれよという間に自主退職に追いやられた。
 元々大手で、やり手の人だったからな。社内にも敵がいてハメられたんだ。
 そのうえ業界で名と顔が売れてたのもまずかった。その時期に退職した事で
 当時潤っていた異世界産業には使えない人材だっていうレッテルが張られて
 再就職は軒並み失敗。顔見知りが多いあそこじゃもう無理だってことで
 北海道(実家)に僕と戻ったけど頼れる人は誰もいなくて、女手一つで
 僕を育てながらパートや内職のかけもちさ」

自らも小賢しい方法で小銭を稼いでいたが焼け石に水だったと自嘲気味にいう。

「当時はもう金銭的にも精神的にも追い詰められててな。
 そんな所に詐欺にあってなけなしの貯金はすっからかん。
 それが昔馴染みの友達だったってのもあって母さんショックで倒れて、
 病気になって、そのまま僕の目の前であっさりと逝っちゃったよ……」

それが三年前の今日だった。

「…………」

事前にシンイチもその流れは調べて知ってはいた。その時も鈍器にでも
殴られた方がましだと思えるほどに胸が痛かったが同じ事実だけを並べたそれも
遺族から直接聞かされればその重みは、より痛い。武史も知らず力んでいた体から
わざと脱力するようにして薄く笑う。

「ハッ、どこのサスペンス劇場だってんだ。ありきたりすぎて逆に笑うぜ。
 せめてあと数ヶ月待ってくれたらな……大金せしめる準備は整ってたんだ。
 僕の実力、僕の発明、僕の論文、うまく(・・・)売りこめてたんだ。
 すぐに注目されて引く手数多になったよ。そうなればあちこちから金を
 出させる事なんて僕には楽勝だったのにっ……あと……あとほんのちょっとで
 いくらでも親孝行してやったってのに……気が、早いんだよっ」

それでも、語るうちに、思い出すうちに感情が昂ってか。
上からの言葉とは裏腹にまるで間に合わなかったと懺悔するかのような表情。
今にも泣き出しそうに震える声は痛々し過ぎて友でも容易に触れられない。
元よりその時、同じ世界にすらいなかったシンイチに語れる事はない。
安易な慰めを彼が欲していないことは付き合いの長さからわかっていた。
だから。

「お前さ─────それでおじさんとお姉さんどうしたよ(・・・・・)?」
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