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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-84-11 真相、はどうでもいいから殴らせろ

そしてそのままの態度で、ただ指を鳴らした。
途端、ヨハンの首に刺青のような首輪の紋様が浮かび上がるが見えたのは少年だけ。
それが最後にすべきことだったのかシンイチは興味を失ったかのように振り返る。
浮かぶ表情が何がしかの事態が終結したあとに見せる、疲れ、を訴えるそれ
なのを見て取ったメイド達は彼が歩み寄ってくるのに合わせて、立ち上がる。
疲労感は根深いが、それを誰よりも感じているだろう少年が優先だとまるで
出迎えるように彼女達もまた足を進めた。殆ど自力で動けないリリーシャは
ミヤとカヤに肩を貸されながら。

「……あぁ、そうだ。悪かったな」

「は?」

その流れの先頭になっていたステラに対して開口一番シンイチは謝罪を告げた。
何のことだと理解が及ばない彼女の様子を見てとって指先で自らの首裏辺りを
指し示しながら、あり得ない(馬鹿げた)ことを彼は口走る。

「いや、ここに飛び込んできた時に砕いた石斧みたいなものあったろ?
 破片まで気を配れなくてな、お前の髪留め(リボン)駄目にしたから、悪いなって」

「…………は?」

思わずステラは自らの声色に怒気が混じるのを抑えられなかった。
言われるまで気付いていなかったが確かに彼女の長髪を首裏辺りで
括っていたリボンがいつのまにか無くなっていた。記憶を手繰れば
おそらくはそのタイミングで飛び散って跳ねた破片が偶然当たって切れたのだろう。
当然ながらステラはそんなことで怒っていない。だがこのタイミングで、さも
一番重要なことのように謝罪してきたシンイチに苛立ちを覚えているだけだ。

「な、なんだよ。あとで代わり用意するから怒るなよ…」

そしてなぜこんな時に限ってこの男の目は曇っているのか。
微妙に怯んだように腰が引けているのもステラの苛立ちを煽った。
彼女が怒気を発してる事は勘付いていてもその理由が見当違いもいい所だ。

「あ、あのですね、シン。
 ステラが怒っているのはそこではなく……これでは聞くに聞けませんね」

苦笑しながらも内心のある懸念を一時棚上げした姫だったが、
シンイチの次の発言で色々と吹き飛んでしまうことになる。

「え、じゃあもしかして余計なことして遊んでたのバレてる?」

「……余計なこと、とはなんでしょう?」

絶対零度もかくや。ステラから発せられたそんな声にさしも彼も顔が引きつる。
藪蛇だったと気付いたシンイチだが今更違う話に持っていくこともできなかった。

「ああ、その……別に仮面被って階位交換(コンバート)しなくても勝てたんだ」

渇いた笑みをもらしながら切り札を使わずとも勝てたという彼に集まる訝しむ目。
あれは、彼が持つ絶対的な強みをひっくり返された窮地ではなかったのか。

「ステータス上だけならジジイの言う通りの方法で逆転はされるんだけど実際の
 性能となると総合力とかそのコントロールとか戦術とか諸々関わってくるし、
 技量をいくらあげてもその下地や鍛え方によってはランクを鵜呑みにする程の
 効力を発揮していない場合もあるんだよ」

語られたのは二つの理由。前者ならば彼女らも知っていることではあった。
ステータスが全く同じ者同士が戦えば必ず相打つわけではないのだから。
そこには当然他の要因が絡んでくる。武具、状況、戦術、情報、体調、意志、
駆け引き、運、あげればきりがない。しかし技量ランクがそもそも何の知識と
経験で積み上がったかによる、というのは彼女達も知らない話であった。
それが解っていないのを見抜いてか彼は噛み砕いた説明を考えた。

「俺がどうやって上げたかはいえないから、なんていえばいいか。
 えっと、ほら、俺ってこの通り反則級の戦闘力があるわけだけど
 家事とか諸々超絶に不器用だろ? その逆の存在を想像したら、解るか?」

「「「「あぁ」」」」

それは、なんとも、すごく、彼女らには、わかりやすい伝え方である。
理解されてしまった事に当人が微妙な表情を浮かべていたが、その点で
迷惑をかけまくった自覚のある彼はそんな顔をするだけである。

例えば日常生活のあらゆる事柄の経験と知識で技量Sになった者がいたとする。
それはもう恐ろしいレベルであらゆることをそつなくこなせる者となるのだ。
巨大な城でさえもたった一人で完璧に維持するのも不可能ではないだろうし、
どんなあばら家も短時間で高級宿泊施設並に整えることも出来るだろう。
戦闘でもそれらの手管を応用すれば一般からすれば逸脱した戦いもできる。
腐ってもSランクだ。ステータスの補正効果自体も変わらないのだから。
これが技量ランクがあがった事と戦闘力をイコールで考えてしまう風潮を
呼んだのだろう。だが一歩引いて考えてみればそれは戦闘に特化して
経験と知識を蓄えた技量Sと同格の戦士かといえば異なるのは明白だ。

技量を高めた手段に一切入っていない事柄は腕前があまり向上しない。
いくら能力や才能があっても知らないコトを知ってるわけもない。
突き詰めれば当たり前の、されど多大なステータス補正に隠された話であり、
目の前の少年(Sランク)が日常面において様々に不器用な理由であった。

「それでもある程度は底上げされるはずなんだが……俺のは明らかに以前より
 悪くなってるんだよなぁ、謎だ……やっぱマイナス補正がどこかに…」

当人は悪化している点において納得していなかったが、周囲は大納得なため誰も取り合わなかった。

「…ヨハンは既に魔法や魔導錬金術の知識と経験で技量をC+にしていた。
 そこへ複数の達人の脳から様々な情報を得ることでA-にまで高めたけど
 それは実質的にはその間を埋める分しか戦闘関連の経験値が無い?」

それでも姫のまとめに彼は頷きで答えとした。
先程までのヨハンは技量を含めてステータスを大いに高めたが、戦闘面に限れば
それを得意とする技量ランクを持つシンイチには実質的な性能の上ではまだまだ届いていなかったのだ。

「だいたいランク1.5段階分の戦闘経験値ってことかな。
 信一のランクが全部そうではないにしても彼はひどい無理ゲーに挑んだね」

「厳密には少し違うが……ってかお前なんでそういう言葉は知ってるんだよ?」

Eランクからの1.5段階とCランクからの1.5段階では中身に大差があるが、
どちらにせよSランクに到達している相手との差に比べれてば些細な差であった。
自分でもその現実的な勝ち目のなさに思うところがあるのか目を泳がしていたが
カイトのおかしそうな笑みと発言には微妙な表情を浮かべて突っ込んでいた。

「まあ、いいけどさ……で、だから素のままでも倒せたんだが……
 なんというか、こう、盛り上がったというか。あそこまで愚かさを
 貫かれると本気で潰してあげなきゃと思って、つい…」

それの『何が』そして『何を』、つい、なのか。
だが、出さなくていい切り札を出すという余計なことをした自覚はあるのだろう。
冷静になって「やっちまった」感がわいてきたのもあってか苦笑いである。
が。

「そんなことはどうでもいいのです」

「いや結構現代のステータス常識に爆弾放り込んだんだが……あ、いえ、
 はいその通りです……となるとさすがにあれはやりすぎということ、かな?」

一言で簡単に切って捨てられて唖然とした彼だが、より鋭さを増した視線に従った。
あれは逆らってはいけない類の顔だと、技量ではなく素の彼が反応していた。だから
もう一つの心当たりである未だに何かしらを呟いている張り付けられた幼体爺に
視線をちらりと向けた。そこだけを見ると確かにやり過ぎの感が拭えないが
被害者といえる者達が大半のこの場では哀れみこそ誘うがそれ以上の感情は
出てきていない。とはいえ。

「あなたが最初の一撃で魂いじって都合よく記憶を思い出せないようにしたのもどうでもいいです」

「え?」

「あははは……バレてた?」

「ええっ!?!」

「十一花以外は色々不自然でしたもの、だと思いましたわ」

「姫様まで!?」

あっさりと重大な事実を指摘されたが当人にあっさりと認められ、
気付いていなかった面々を驚かす。時折自作自演で事態や結末を演出するのは
知っていた彼女達もそこまでやるかとステラ以外のメイド達は唖然としていた。
姫とメイド長からすればヨハンが思い出せないことをピンポイントで指摘できた
不自然さから、おそらくそうなのだろうな、という程度の疑いだったのだが。

「魂の老化うんぬんの話はなんだったのですか!?」

「あれは本当だけど、あと数年はなんとかなってたよ。どの道こうなったろうけど」

「─────だから、そんなことはどうでもいいのですっ」

もはやわざとなのではないかと疑うほどに本題に入れない苛立ちか。
感情的になりそうな自分を律しながらステラは一度深呼吸をしてから
今ここで一番に確認しなくてはいけないことを─ようやく─問うた。

「すーはー……それよりもう大丈夫なのですか?」

「ああ、技量Sランクにかけて太鼓判押すよ。あのショタジジイの心は完全に折れた」

「…………………は?」

三度目は一度目以上に困惑が深かった。
これには続く暴露に驚いていた他の面々も一斉に首を傾げている。
────なんの話をしているんだこの男は?

「念のために首輪はつけておいたが、あれなら例えこれから我に返ったり
 正気に戻っても悪さできねえよ。自分のやってきた事の無謀さと的外れさを
 自分で理解しちまった上に、娘に完全否定されたように感じてるからな。
 むしろ自ら樹海の奥に消えていくぜ、あれ」

いい気味だとでもいいたげな態度で笑みを浮かべるシンイチを余所に
誰かの頭で、ぶちっ、という何かが切れる音が響いた。と後々当人は証言した。

「え、おわっ!?」

彼女は手元に取り出した大型魔獣解体用の鉈で躊躇なく少年に斬りかかる。
間一髪避けたシンイチだが何事かと目を点にしている。
尤も他の面々の反応は違ったが。

「お、おおお、落ち着いてくださいステラ姉さん!」

「だめっ、姉さんそれはだめ!」

「気持ちは、気持ちはわかるけど!!」

フラウ、セーラ、アリッサが羽交い絞めにするようにステラにしがみつき、
他のメイド達も感情では同意を示しながらも凶行を阻止しようと立ちはだかった。
滅多に口にしない姉呼びが彼女らがどれだけ慌てているかを暗に示している。
ステラの顔には常のように表情が無い。ただそれは感情が出ていないのではなく
必死に押さえ込んでいるがゆえの『無』であってその目に宿る怒気まで隠せていない。

───あの姉さんが本気でキレてる、ヤバイ

それが妹達の共通認識であり、それが真実でもあった。だからこそ必死に
刃傷沙汰はいけないと抑えにかかっているが彼女は怒りに震えながらまだ
凶器を手にしたままで、今にも妹達の制止を力尽くで突破しそうですらあった。

「あ、あとでじっくりお灸をすえましょう、ね?」

「それはもちろんみんなで協力しますから!」

「ええ、全力でお説教と折檻です!」

「ですからまずは治療してからにしましょう!」

「その後ならいいですから!」

「体に負担かけずに痛くする方法ならごまんとありますし!」

「けど、けが人に暴力はいけません!」

それを必死に─若干物騒に─なだめる妹達を前にシンイチは真剣な声色で一言。

「え、誰かまだケガしてるのか?」

「────────────────」

時が止まる。という現象をこの場の全員が─原因除く─体験する。
絶句あるいは唖然、呆然。もしや自分達の考えの方が間違っているのかと
混乱しかけた彼女達は、いやいや正しいはずだと思い直して、吠えた。

「なんでそこで油注ぐんですか!?」

「このっ、自分のコトだけ唐変木!」

押さえ込んでいる姉から感じる力が増したことに戦々恐々としながら元凶に
わりとストレートに文句をぶつけるが不思議そうに小首を傾げるだけだった。

「うぬ?」

「あはは、信一ってわりと天然さんだよねぇ」

「カイトさまにいわれるとなにかもう色々とお終いのような?」

大笑するカイトは無論ながら、苦笑いのリリーシャも否定はしていない。
ここまでの旅路で既に彼が妙な所で抜けているのは周知の事実だったのだ。
彼女達が一度は自分達を壊滅寸前まで追い詰めた相手を受け入れたのには
そんな“放っておけない駄目さ”を見たから、というのもあったのだ。
しかしこれでは埒があかないと判断した姫は率直に告げた。というより
彼女もまた内心気が気でなかったのだ。

「シン、皆が気にしているのはあなたのケガのことです。
 ペイン・サクリファイスで皆の傷を持っていったのでしょう?
 大丈夫なのですか?」

「………あ」

「あ?」

数秒の間をおいて出てきた声は、いかにもいま思い出したというそれ。
続いて出た彼女の声に五割増しの怒気があったのは当然のことであろう。

「い、いや、じつをいうとほぼ最初っからアドレナリン全開でして。
 あんまり気にならなかったというか麻痺ってたというかなんというか。
 それでショタジジイいじめてたらなんか楽しくなっちゃって……あはは」

ようやく彼自身もこれはマズイと思ったのだろう。何とか言い訳を並べるが、
自分で口にしていて納得させられるとは微塵も思えず苦笑で誤魔化すしかなかった。
それで誤魔化しきれるとも微塵も思えなかったが、その態度そのものが
余計に彼女の胸中をかき乱していることには気付いていなかった。

「……放しなさい」

「え、いや、姉さんだめですよ。一発ぶん殴りたいですけど今だめですよ!」

「放しなさい」

冷め切った表情と声での二度目の命令に妹達は誰もが青い顔をして引き下がる。
怒りが頂点に達するとかえって冷静になるというのか氷点下に落ちたのか。
ともあれその冷たい怒気は誰も彼もを怯ませた。

「どのような状態ですか?」

「は、はい、うんと……」

シンイチですら及び腰であり素直に自らを見下ろしながら確認を始めた。
いくらか手足を動かしたかと思えば彼はまた、あ、とこぼすと盛大に目を
泳がした。これだから彼は“微妙に嘘がつけない”等と評されるのだ。
姫は頭を抱え、勇者は険しい顔をして、メイド達は目つきが変わり、
メイド長の纏う冷気と怒気は一層ひどくなった。

「や、やばいかな、これは?
 うん、ああ、その……もう数秒しか意識もたない、かな?」

若干の冷や汗と共に引き攣った笑みを浮かべる少年のそれは
まるで親に叱られるのを怯える子供のようなもので、だから
ステラの不機嫌さは、その目の冷たさは極限を突破する。
───気にするところが違うでしょう、この男は!

「あなたは!!」
「あー、ステラ…」

ついに押さえ込めなくなった激情が溢れかけたが、それを遮る弱々しくて
困ったような呼びかけに意識が持っていかれて、見てしまう。

「その、悪い────あと頼む」

申し訳なさそうながらそれで何の問題もないといわんばかりの気安い笑みを。
一瞬それに惚けて、されど途端にその顔から一気に色が抜け落ちたのを見た。
ステラは即座に両手を伸ばして全身から脱力したように崩れかけた少年の体を
受け止めて抱え込む。が。

「っ……」

その体が想定以上に冷たい。そして抱えた瞬間手の平から届いた不快な感触。
確かめるように見てみればべっとりと赤いそれがこびりついていた。それが
自分の手によってつけられた傷が開いたものだと察しがついた彼女の思考は
蘇ってきた衝撃と罪悪感で停止しかけた。

「信一!!」
「シンっ!?」
「ナカムラさま!」

だが一斉に慌てだした周囲の声がそれを押しとどめる。
意識の消えた瞳が開かれたままなのもあって、実際に抱えているステラは
微かな体温と浅い呼吸をまだ感じ取れていたが傍から見れば死体といった方が
まだ適切な生気のない風体となっていたのだ。

いったい、どれだけを己が意志だけで保たせていたというのか。
こんな状態で無理してまで戦ってくれていたのか。
この状態でわざわざ時間をかけてまで敵の心を折ってくれたのか。
そこまで────自分達が傷つけられたことに腹を立ててくれたのか。

「────落ち着きなさい、重傷者の前ですよ」

かっかと燃える憤りとは別の熱を感じた時にはステラは常の、
メイド長としての自分の声で周囲を静かに一喝していた。
そして止血と治癒の魔法をかけながら間髪を入れずに指示を飛ばす。

「ハンナとカトレアは周囲に野戦病院用の無菌結界を」

「え…あ、はい!」

「直ちに!」

「セーラ、清潔なシーツを重ねてそこに活力陣を作って維持を。
 いま彼を動かすのは危険です、ここで処置します」

「かしこまりました、すぐに!」

「フラウ、伯爵さまに言えることだけ伝えてきなさい」

「事態の終結とこちらには来ないようにですね。うまくやります」

「クララ、カイトさまを伴ってこの屋敷中から役に立ちそうなものを
 かたっぱしから持ってきなさい……手持ちだけでは足りないかもしれない」

「わかりました、ですがカイトさまは…」

「うん、僕のケガはもう治ってきたからいい。なんでも運ぶから言って!」

「リリーシャさま、残ってる魔力を私達に譲渡してください。
 それならまだ負担がないはずです、ミヤ、カヤ、サポートを」

「ええ、もちろんよ。存分に使いなさい!」

「「お任せを!」」

「私は今から命にかかわるであろう深い傷を中心に治療します。
 ですが想定以上に重傷です、おそらく他に意識を割けないでしょう。
 ルイスは骨折と表面の傷、全身の止血も任せます。これ以上の出血は認めません。
 アリッサは私が手を出してない他の臓器を、一つも傷を残してはなりません。
 ロベリアは全員の補助と魔導薬での処置を、血も体力も何もかも消耗してる」

「はい、必ず!」

「やってみせます!」

「任せてください!」

「いいですか何も惜しむ必要はありません。
 必要なら私達が使えるもの全てを使いなさい。
 体力も魔力も道具も秘薬も、王家の秘宝でも────よろしいですね?」

「ええ、リリーシャ・アースガントの名において許可します」

矢継ぎ早に出た指示に、だが彼女達は各々言われた時点で即座に動いていた。
姫が承認した時には半ば以上廃墟と化していた伯爵家のダンスホールは下手な
病院を上回る処置室として形成され、シンイチの治療は行われていく。




慌ただしく動く者や集中して場を維持する者に全身全霊を注いで処置を行う者。
その中で一番険しい顔をしているのはやはりかステラであった。傍目には
衣服を切り開けてあらわになった腹部に片手で触れているだけだが治癒魔法を
かけることで彼の体内に広がった感覚はほぼ全身の状態を把握してもいた。
遅まきながら、これを覗き見たヨハンの驚愕の理由を正確に理解する。
十一人分の重傷を一人に集めたそれはまだ生きているのが信じがたい程。
器用にも傷を分散させ致命的なものは避けていたが無事な臓器はせいぜい
心臓と肺ぐらいでそれとて無傷とは言い難い。内出血も多く、肉体の内側も
傷だらけ。全身の骨にも不自然な亀裂が入り込んでいるのも見受けられた。
持っていった傷を骨にさえ移したのだと理解する。それを魔力で保護する事で
シンイチは普段と変わらずに動いていたのを痕跡から察して、なぜ見当違いな
ところで全力を尽くしてしまうのかと今にも怒鳴りつけたい心境のステラだ。
彼女の治療経験からいえばこれはもう死の二歩手前といってもいい状態だった。
はっきり言えば全身どこもひどいためにどこから手を付けていいのか解らない。
それでも丁寧に、正確に、必要な順番で傷を塞ぐ。何もしない選択肢など
当然ありはしないが一手間違えば逆に肉体への負担をかけてしまいかねない。
蜘蛛の糸で行う綱渡りにも等しい作業。これは他の者に任せられない。
治癒魔法の練度においてこの場で自分を超える者はいないのだから。
彼女が失敗すれば、匙を投げることは、シンイチの死をほぼ意味してしまう。

「……っ」

だから集中していたはずなのに。
自らを奮起させようとそんな事を考えてしまったせいか。
その考えを“突き詰めてはいけない”気がしたせいか外からの視線に意識が向いた。
みれば、慌てていて閉ざし忘れていた意志の宿らない眼と目があう。不快に感じた。
紛らわしい、とも。もう一方の手でさっと瞼を下ろす。それだけで顔色を除けば
穏やかな寝顔にも見える状態になって知らず安堵したような息がもれる。ただ
それによって触れた指先が自然と顔をなぞって、倒れる前の気楽にも見えた笑みを思い出させる。


────あと頼む


あれは何も疑っていない顔だった。
自らが死なないことを。自分達が見捨てないことを。微塵も。
当然では、ある。そこまで無力でも非道でもない自負ぐらいはある。
それに彼は彼女達が全く出来ないことを頼んで意識を手放したわけでもない。
しかし、だが、それでも、これは、ギリギリのところの話ではある。
ここまでの重傷となれば些細なミスでどこにどんな異常が残ることか。
なのに、彼は頼むといって無防備なまでに自分を投げ渡してきたのだ。

なんていう、勝手。

なんという、信頼。

この男は自分達に命を預けてきたのだ。
否、もしかしたらそれ以外のものさえ預けている。
自分達を軽く超える戦闘者が。悪魔すら手緩いと思える嗜虐者が。
色んな事を最初から知っていたのに、直接触れずにいてくれた彼が。
あんなに笑って、怒って、嘆いて、落ち込んで、くれたヒトが。
全てを預けたのだ。それで問題がないと信じきって。
否応もなく、高揚している自分を彼女は深く自覚していた。
あんな短い言葉が今までの人生で向けられたあらゆる言葉より誇らしい。
期待に応えたい。信頼を裏切りたくない。必ずや成してみせる。
その熱が彼女を突き動かした。だからだろう。メイドという立場を
一時忘れて主人より先に動いていた。許されたとはいえその持ち物に
まで手を出すと分不相応なことをはっきりと口にしていた。いま振り返ると
顔から火が出そうだとステラは意図的に意識からそれを弾き出すと代わりに、
あるいは言い切れなかった不満を形にするように愚痴をこぼす。

「まったくっ、勝手に持っていって、勝手に任せて、勝手に倒れて!
 かしこまりました、といえば満足ですか。なんでそんな所だけ自分本位なのか。
 次またおかしなこと言い出したら誰が止めようと殴り飛ばしますよ」

わかりましたか、と意識の無い相手に叱るように告げる。
内容自体はこの場にいた全員のほぼ総意ではあったのだが、治療に
集中していた三人ですら─処置は続けながらも─唖然とした顔を向けた。
さすがにそれに気付いたステラは一瞬どうしたのかと怪訝に思うが、
遅れるように自らが発した声の妙な色に気付いて、瞬時に頬が引きつる。
叱責か文句のつもりで呟いたそれは何故か“甘ったるい女の声”だった。

「……集中しましょう」

「あ、はい!」

些か強引に流すステラとそれに従う妹達。状況ゆえでもあったがそこを
つついたら後が怖いという感情が妹達にはあっただろう。慌てて各々の役割に
意識を戻したメイド達だが比較的その難度が低い面々は感想をもらす余裕があった。

「いま姉さん、すっごい顔してなかった?」

「うん、姉妹なのにドキッとしちゃった…」

「ステラったら……ふふ、女の顔しちゃってまあ」

それほどに、愚痴を語ったステラは声どころかその手つきも表情も女のそれで、
誰もが『だからまた声を聴かせてほしい』という伏せられた続きを幻聴したのだ。
と、後々この主人にからかわれることになるのを完全に治療のみに意識を戻した
彼女が知るのはこの数日後の話である。





尚、余談ではあるが。
それから容体が少し落ち着いて王家の屋敷に運び込んだあとも
ステラは唯一仮眠さえとらず彼の看護を四日四晩と続けることになる。
何度か危うい状態にも陥ったがその対処も適切に行い続けた結果、彼が
目覚めたのは五日目の朝。まるで普通の起床かと錯覚するような空気を
醸し出しながら「あれ、なんで俺の部屋にいるんだお前?」と呑気なことを
口にしたシンイチは問答無用で彼女に殴り飛ばされたのであった。
じつに見事な右ストレートだったと後にヨーコは語ったという。


この殴打の傷は彼女が即座に治しました……あれ、それなんていうセルフ?
あとで治しますから殴ってもいいよね!!(怖)

一応解説すると、この数日後が「リボンの絆」である
+注意+
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