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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-84-10 言葉責め

いつもの、たいがい完成していたがまとめが長引いて、二分割した……というやつ。






「っ!」

縫い付けられた体に走る怖気が止まらない。これ以上何をする気か。
訳が分からないと息を呑んだヨハンはそれゆえに問いかけが頭に入っていない。
しかし、だが、それは、もしや、あるいは。

「フィリア王女の、得意分野はなんだった?」

「っ……あ、ぁぁ…」

答えられないのか。
繰り返された問いに今度こそ本当の理由を理解してヨハンは目を見開く。

───フィリアの、得意なことはなんだったのじゃ?

解らない。娘の、愛娘の得意なことが何一つ頭に浮かんでこない。
愕然としたその顔が言葉より雄弁にその思考を表に出していた。

「え、うそ、でしょ!?」

「そんなことがあり得るのですか?」

「冗談よね、だってあのフィリア王女様よ!?」

これに誰よりも信じられないという顔をしたのはアースガントの者達だ。
それをヨハンだけに向けている顔でにんまりと受け取ったシンイチが答えを口にする。

「正解は魔導薬学でしたぁっ! 若くして没した彼女ですが今でも通用する
 新しい調合法を確立させ、いくつもの新薬も開発しました。それが後々
 どれだけの人を救ったかわかりません。それゆえ彼女の名はアースガント
 のみならず世界中に広く知れ渡っています……実に簡単な問題でしたねぇ」

そのノリはまるでクイズ番組司会者のそれだが、意味が解る者はこの場にいない。
解ったとしてもアースガントの者が多いこの場で別の問題があまりに大きすぎる。
かつての魔導王が、娘を溺愛していたと伝わるヨハンがなぜそんな常識を答えられない。
あまつさえそれを自らが一番驚いているような顔をしているのか。

「さて、第二問はそんな現代魔導薬学の母として名高いフィリア王女ですが、
 その偉業を讃え、深い感謝を示すために成立された記念日があります。
 それは彼女の誕生日なのですが……いったい何の月の何日でしょうか、はいヨハンくん!」

「っっ!? ぁ、ああ……いや、違う、知ってる! 知っているのじゃ!
 だから、待て、待て……えっとあれは夏の…ああ、違う、雪の降る、いやそれは…」

「……はい時間切れ! 正解は初春にあたる竜の月の11日でした!
 連続不正解! おかしいぞぉ。これは国民の常識的な問題なのにね!」

調子が悪いぞ。緊張してしまっているのか。などとそれらしい言葉を
並べているがどうしてかは不明なれど答えられないのを分かった上での
出題であるのは明白。シンイチは戸惑い、驚き、愛娘について答えられない
自分に血の気が引いていくヨハンの顔を見て楽しんでいた。邪悪である。

「……す・て・き」

「姫さまぁ?」

うっとりとその様子に見惚れるように蕩けた声をもらした彼女にステラの
若干責めるような胡乱げな声が飛ぶ。我に返った姫は必死に誤魔化すが手遅れだ。
二重の意味で。

「え、だって、あんなこともし自分にされたらときめくでしょ!?」

「しませんよ!!」

本当になんでこうなったとメイド達が一時状況を忘れて頭を抱えている。
あるいは、そうしなければ今すぐにでも彼を止めてしまいそうだったからか。
行っている事が悪辣だからではない。彼女達は“あること”を気にしているのだ。
だから姫とメイド達の目には恐れがある。だが今は止めるべき時ではないのも
解っていた。彼は確かに楽しんではいるが、戦場で不必要な行為はしない男である。
あくまで彼基準でというのが対応の難しいところではあるが、出題は続く。

「そんなヨハンくんにサービスな第三問!
 アースガント王族は呪術的な攻撃を避けるために公の名前とは別の
 真名を付ける風習があります。余談ですがそのためこの国の王族は
 他国のそれと比べると名前と国名という簡単な造りをしています。
 さて、では肝心のフィリア王女の真名はなんというでしょうか?
 これは当人と名づける親しか基本的には知りません……どうぞ、お答えを」

いかにも、当然わかりますよね、といいたげなニコニコした笑み。
あまりに悪意に満ちたそれは、角度の関係で見えてしまったカイトまで震わす。
案の定ヨハンの顔に浮かぶのは絶望だ。口を何度か開閉させるだけで答えが出ない。

「……あら、ざーんねーん! 時間切れです!
 正解はマリベルト・フルト・ウォン・エリシェ・フィリア=ヨハン=リカーラ・トゥルー・アースガント・シュバイン、です」

なぜ、知っているのか。という自然な疑問より。
それが本当に正解なのか。という当然の疑問より。
そうであったと言われて思い出したようなヨハンの表情が何よりも衝撃的だ。

「っ…ぁ………な、なにを、した?」

「んん?」

「小僧っ、ワシの記憶になにをしおった!?
 この剣か! 脳を摘出した時か! 貼り付けにした時か!
 あり得るわけがない! ここまで知らぬはずが! フィリアのことをだぞ!?
 このワシがあの子のことを忘れるなどあるわけがなかろうっ!!」

「おっと、ここで回答者から不正を疑う発言が! みっともないですねぇ」

そうに決まっていると怒号をあげた彼のそれをシンイチは涼しげな(邪悪な)顔で流す。
そしてあらぬ疑いだといわんばかりに大仰なリアクションと共に、感情の無い目で
憤怒する幼顔のそれを─不気味に首を真横に傾げながら─覗き込んで、一言。

「けどヨハンくん、こうなる前から娘さんのこと覚えてなかったじゃないですか」

吊り上った口が見せる下卑た笑みが語るは断定的な、あり得ない言葉。
一瞬目が点になるほどの驚き、それを理解しきるのに数秒を要したヨハンは
その後当然のように激昂した。

「───っっっ!!! ふざけたことをいうでない!!
 ワシが、いつっ、フィリアを忘れたというのじゃ!!」

「では、あらぬ疑いは晴らすため……その証明となる第四問!」

「キサマッいつまでふざけっ」

あらゆるヨハンの怒号をまるで聞かずにシンイチは変わらず出題を続けた。
明るい口調で、おそらくはその問題こそが本題であったのであろう問いを。

「ステラ、フラウ、ミヤ、カヤ、セーラ、アリッサ、カトレア、クララ、
 ロベリア、ハンナ、ルイス………さて、これらが示す共通点は──」

「そんなものあのメイドどもの名前っ」

「──ですが!
 どういう由来で名づけられたものでしょう、か?」

それこそ、ヨハンは何の臆面もなく正直に、感情的に、知るかと吠えた。
彼女達の製作者は自分でも、名付け親となったのは自分ではないのだから。
そしてそれは問題にされた当人達にとっても似たような状態だった。

「メイド長、私達の名前の由来って何か聞いていますか?」

「いえ、話に聞く限り私達の名前は保護してくださった陛下がつけられたもの」

「どれもアースガントでは女性によくある名前です、由来なんて…姫さま?」

「…………」

セーラの疑問をステラとフラウが無いはずだという横で、一人。
アースガントの姫は若干顔を青くしながらも正解に辿り着いていた。
現代ではありがちな名前なため“その一致”があっても偶然だと思っていた。
しかしフィリア王女に纏わる問題に続けて出されたことで彼女は察したのだ。
正解はもちろん、どういう切り口で彼がヨハンを倒そう(折ろう)としているのかを。

「……フィリア十一花(ドーターズ)、ですね?」

「はい、リリーシャさん正解!」

「な、なんじゃそれは!? フィリアに娘など!」

知らずとも愛娘の名がついたそれに強く反応する曽祖父に、リリーシャは
一瞬ためらうような顔をしながらも『フィリア十一花』について語った。

「大伯母さまは短い生涯の中でも魔導薬学において多くの功績を残しました。
 その一つに後々魔導薬学において基礎素材として重宝される事になる複数の
 新種の草花の発見があります。そしてそれらを用いたいくつもの新薬の開発も。
 その功績を讃える意味とその花達の名付け親になった事などにあやかって
 その十一種の花達をフィリア十一花(ドーターズ)と呼ぶようになったのです」

結婚も子を産むことも出来なかった彼女だけれども。
彼女によって見いだされ、名づけられ、その力を引き出されて注目された花達。
それを誰かが言ったのだ。これらはまるでフィリア王女の娘達のようだ、と。

「いわれてみれば確かに」

「調合時にみんなの名前をよく見るとは思っていましたが…」

「まさかそこから…」

アースガントにおいてそれらの花の名がよくある女性の名前となったのは
王女を敬愛していた民達が、その働きで救われた人達が、その死後彼女の事や
感謝の想いを忘れまいと次の世代の子供達に何かあやかった名をつけようとした。
しかし当人の名前は恐れ多くてそのままは使えない。ゆえに彼女が名付け親と
なった十一花のどれかを選んで名付け、後々それらが定着した結果であった。
尤も総称である『フィリア十一花』という単語そのものは余程専門的に
魔導薬学を学ばなければ出てこないものではある。だが、ヨハンは、
この男だけはその並びだけで気付かなくてはいけない。何せ。

「そんなものフィリアが死んだあとのことじゃろう! ワシが知るわけが!」

「ええっ、ええ、確かに十一花という呼称は大伯母さまの死後作られました。
 しかし伝えられている話が事実ならば、そのいくつかは彼女の父。そう、
 ヨハン王(あなた)と共に発見したものだといわれてますし、そもそも新種や
 新薬として発表して良いか審査や認定をしたのもあなただったはずです!」

「………な、に?」

だからこそ彼が答えを知らないのはあり得ない。
愛娘と共に見つけ、されど王として厳密に審査し、彼女の名で発表した。
これは歴史に刻まれている事実である。それを後世に娘を溺愛していたと
伝わる王がまるで覚えていないのはあまりに異常であった。

「あ、ぁぁ、覚えておる、そうじゃ……そんなこともあったっ。
 じゃが、なぜじゃ……どこで何を見つけた!? どれになんと名付けた!?」

出来事そのものは覚えていたヨハンもその中身が穴だらけである事に
気付くと『なぜ』と『なんで』を繰り返しながら無意味な自問を続けていた。

「でもどうしてお父様はステラ達にその名を……数が一致したから?」

「さてね。どちらかといえば娘たち(ドーターズ)だからだろう。
 随分とロマンチックな、あの男にも若い時があったか…」

「え?」

何か聞き逃してはまずいことを呟かれたように感じたリリーシャたちだが
聞かすつもりのない独り言だったのか完全に聞き取れた者は少ない。
詳しくそれを確かめるより先にシンイチの手は呆然としているヨハンの
頭髪を掴んで自らの方に力尽くで向けさせていた。

「物忘れが激しいですねぇ、ではこれは覚えていますか?
 私は先程も全員の名前を並べたと思うのですが?
 しかも確認までしましたよね、わかりませんかって」

そして邪悪に満ちた笑みを見せる。
あの時からもうこの毒は用意されていたのだと。

「っ、あ……小僧、貴様あの時からワシを…」

「あの時はまだ決着はついていませんでしたし、あなたを泳がしていました。
 そんな時にわざわざ記憶を弄る? 主に接触してたのは操ってた体の方なのに?
 しかも何がどう転ぼうと必ず勝てる相手に、なんでそんな面倒な真似を?」

その状況で果たして記憶を弄れるのか。出来たとして、する意味があるのか。
丁寧な口調なのがその声色にある小馬鹿にした態度を助長して癪に障るが
ヨハンは返す言葉がない。彼は聡いがゆえに、その理屈を認めざるを得なかった。
そこへ。

「けど切り札の準備に慌ただしかったとはいえ、娘と一緒に発見したモノの
 名前が列挙されてたのに気付かないなんて……ひどい父親もいたものですねぇ」

「─────っっ!?!?!」

なんでもない雑談のような空気で、少年は容赦のない言葉の刃を振り下ろす。
ヨハンは息もできないほどの衝撃に、それを否定できない事に愕然としながらも
それでも声を張り上げたのは、そうするしか自分を保つ術が無かったからか。

「あり得ぬ! まだっ、まだ時間はあったはずじゃ!
 こんなっ、ちゃんと覚えておる! ワシは、フィリアを忘れておらぬ! 忘れてなど……」

「生まれて初めて喋った言葉は?」

「へ?」

「最初に使った魔法は?」

「な、なにを?」

「初めてもらった贈り物は? よくやった悪戯は? 愛読書は? 口癖は? 苦手分野は?」

「ぅ、ぁ……ぁぁ」

言葉がでない。それが何よりも雄弁に思い出せないことを訴えていた。

「バカ、なっ…覚えておる、覚えておるのは覚えておるのになぜじゃ!!」

覚えている。そのはずだった愛娘の記憶が、ひどく曖昧で、思い出せない。
娘を愛していた。失った衝撃。それだけがはっきりして、それ以外がおぼろげだ。
矢継ぎ早に出てくる少年の問いかけは、さして難しいことを聞いてはいない。
余程関係性が薄い親子でもない限り最低でも一つぐらいは答えられるだろうもの。
それらは王宮の日常で、彼が確かに見聞きし知っていたことだ。知っている。解っている。
それだけは覚えている──────それだけしか覚えていない。

「っっ! うそじゃ…や、やめろっ……」

これ以上それを暴かないでくれと見た目通りの子供のようにいやいやと
首を振るヨハンだが人のよさそうな外見を持つ少年は、ただ嗤う。


「じゃあ………最後に見た笑顔は?」


考えるな、そう思っても脳は勝手なものだ。
言われたことを認識すればそれを、連想できるモノを脳裏に浮かばせる。
あれは彼女が元気であった最後の日。王宮の庭園で咲いたばかりの花を愛でる姿。
たまさか通りすがったヨハンが呼びかけると楽しげな声で「お父様!」と返事を
して振り返って見せたのは─────


「ぁ、ぁっ!」


─────穴だらけの愛娘の顔。


「ぅ、ぁ、っ、ぁあああぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

何かが音を立てて崩れ落ちていく。
その錯覚を必死に否定するかのような叫びは真実悲鳴であった。
一番最後の、一番新しい、一番輝いてたはずの娘の笑顔。それがまるで虫食い状態。

「…………」

「ここ最近で一番容赦ない口撃」

「ナカムラさま絶好調ですね」

彼の頭の中でどういう光景が浮かんでいるかまでは知らないメイド達だが
半狂乱となり意味のない喚きをまき散らすヨハンの様子を見れば推察はできる。
大事な娘の記憶を、外道に堕ちてでも取り戻そうとしたほど想った相手のことを
覚えていないと突きつけられるなど想像するだけでなんとも恐ろしい状況で、
それを暴いたシンイチのえげつない心の抉り方には引き攣った顔をするしかない。
一人うっとりとしている姫以外はだが。

「それだけ怒ってるってことだと僕は思うけど?」

「カイトさま…」

いくらか回復したのかよろけながらもやってきた彼は喜色満面だ。
ともすれば凶悪な所業を行うシンイチのそれを好ましく見るように。

「よっぽどみんなを傷つけられたのが頭にきてるみたいだね」

「シンは、そういうの気にしますから」

「気にし過ぎなのです、あの男はっ……」

喜び、申し訳なさ、苛立ち。彼の理由を察しても対する感情はバラバラだ。
非難する者がいないのは一定の理解と根底にある自分達の無力さゆえだろう。
だからこの場での不幸は、誰からも感情を向けられていない被害者(加害者)である。

「うぅっ、ああっ…がっ!?」

まるで壊れた玩具のように叫び続けるその男は、だがそれすらも許さないと
ばかりに力尽くで髪を引っ張られて、少年の三日月を真正面から見させられる。
恐怖が小さな悲鳴を招く。その怯みが幸か不幸か僅かに正気を呼び戻してしまう。

「哀れなものだな、元魔導王よ。愛娘といって自らを外道に堕としてでも
 取り返そうとしたくせに、その娘のことをろくに覚えていないとは!」

傑作だと手が空いていれば拍手でもしかねない態度で大笑するシンイチ。
傍から見て、ここだけを切り取ればどちらが悪人なのか疑わしい光景で
あるがここでヨハンの味方をする者は皆無である。

「い、いうなぁ! まだ、まだ時間はあったはずじゃった!
 魂の劣化がこんな早くに、くそっ、あぁっ思い出せん! フィリア、フィリアぁっ!!」

「魂の、劣化?」

「喚くな、鬱陶しい」

「っ、だっ!?」

魂から訴えるような娘を求める父の悲痛な叫びを、知るかとばかりに叩いて止める。
その痛みより、一瞬前まで大笑いしていたのが嘘のような冷たい声が彼を黙らせた。

「自業自得だ。問題点が分かっててそれを選んだくせにみっともない。
 『魂の渡り』は確かに己を変質させずに寿命を伸ばす手段として最適解だろう。
 ……だが、生来の肉体と切り離された魂はそう長く存在できるものではない」

それは生命に定められた覆しようのない決まり事だった。
肉体と魂は密接な関係にある。どちらか一方だけでは互いに不完全。
魂は肉体あってこそであり肉体は魂が宿ってこその存在なのだ。
そしていくらかの例外を除き、その組み合わせは生来のものだけである。
そこから外れるとどんな手段をとろうとも魂が劣化──老化する。

「よくある遺跡を守護する番人の意志だとか英傑の魂を宿した武具だとか、
 ああいうのならまだいい。普段は完全に眠っていたり、感覚は広げて
 いても自意識は眠らせて必要な時以外は出てこないから数百年は保つ。
 こいつも自分の幼年期のそれに似せた体を作ることで魂に現在の状態を
 誤認させて老化を抑制していたが所詮は紛い物の肉体。もう限界なのだろう?」

「…そういうこと、ですか。『魂の渡り』は肉体に依存しない存在の仕方。
 逆をいえば記憶も魂に記録しておかないと肉体を移っても自我が継続しない。
 そしてそれが劣化すれば、当然些細なことさえ思い出せなくなる」

それがヨハンが陥った『魂の渡り』の問題点。難易度が高い以上に
不老不死の手段としては致命的な欠陥であり、限界点であり、何よりも
娘を大事に思う彼にとっては受け入れがたい末期症状。

「わかっておる、わかっておった! だが紛い物でも60年は持つはずが。
 それだけの時間があれば、ワシならばきっとと、今日まで……」

「アホか。死者の復活を渇望した人間が過去にどれだけいたと思ってんだ。
 その程度の時間で、神ですら不可能な事を可能にできたら苦労はねえよ」

自らへの過信か。甘い展望か。自分ならばと考えたそれをシンイチは切り捨てる。

「それもヒトらしい愚かさといってしまえばそれまでだがな。
 ま、クローンの概念さえ希薄なこの世界でそこまで遺伝子的に近しい肉体を
 片手間で作れるようになったことは素直に賞賛するよ……するだけだが」

哀れむような目が憔悴する老人の魂を無慈悲に貫く。その、裏で。

「くろーん……夢物語だという完全複製体のこと?
 あ、だからヨハンは私達を襲った? 王家の血筋を継いだ女、を?
 大伯母さまに適した肉体を用意するために、だから私が……私()が必要?」

「姫様?」

「ま、さか…」

意味深な呟きをもらしながら彼女はメイド達に視線を向ける。
それに訝しむ者もいればハラハラしながらシンイチを見守る者もいる。
どうしてか、それぞれの、姉妹にしては似てない顔を、物心ついた時から
殆ど知っていた顔をある疑いの下で見て、リリーシャは背筋が凍った。
─────あり得ない見覚えが、そこにはある

「けどそもそもよ、王女を生き返らせてどうしようってんだ?」

一方で彼の“責め”と“暴き”はまだまだ終わらない。
呆れた表情を浮かべながら侮蔑のこもった冷たい視線が向けられていた。
それはお前にはそれを願う資格すらないと言外に告げているかのよう。

「どう、じゃと?」

「いま生き返ったとしよう……ああ可哀想に、兄や友人たちは全員死んでるし、
 敬愛していた父親はこんな姿で、外道に堕ち、子孫たちに迷惑をかけている上に
 どこでどれだけ法を犯したかも解らない罪人で、自分に対する記憶があやふや。
 しかもそれが自分が死んだせいで、自分を生き返らすためときた………首くくるぞ?」

なんでもない口ぶりで続いて語られた未来は決してありえない話ではない。
死んだ直後に犠牲無く、ならばいざ知らず失われたものがあまりに多すぎる。
真っ当な精神を持つ者ならその重みに果たして耐えられるかどうか。

「……は?」

思い出せない衝撃に打ちのめされていたヨハンが、一瞬で呆けた顔をした。
何を言われたのか即座に理解できなくて─したくなくて─思考が停止した顔。
それをさも不愉快だと顔を歪めたシンイチは鼻で笑うと全力で貶めていく。

「ほら、これだよ。なーにが愛娘だ。
 生き返れてもすぐに死にたくなるような状況にしておいて、フィリアフィリアと!
 ああ、それとも何か? 自分の娘はそれでも、ありがとうお父様、といってくれると?
 てめえどれだけ彼女を侮辱すれば気が済むんだ、それでも親か!!」

「そ、そんなわけがっ」

「黙れ! 独りよがりな似非親が彼女を語るな!
 最後の最後まで感謝の言葉のみを残して逝った娘の想いを汚しやがって!
 求めるのが正しいと、それが愛だと錯覚して、子を苦しめるだけの毒父が!
 冗談じゃねえぞっ、誰がそんなことしろって言った! 子供をバカにするな!」

反論も言い訳も許さない剣幕でその欺瞞を責める姿は感情的で、正しく子供だ。
愛しい者を失ってそういった感情を抱かない方がはるかに難しいことだろう。
ましてやその道筋が薄らとでも見えてしまうだけの力と知識があったのなら余計に。
だからこそ、子供からの激高は親である彼にとっては致命的なまでに、痛い。

「ワシ、は…」

何せそれは子供側からの告発のようなものだ。
理詰めで責めるのでも、面白いから甚振るのでも、追い詰めようと暴くのでも
なくて、ただ同じ子供の立場から許せないとただただ怒っているのだから。
彼が磨き上げた聡さは、時として残酷に相手の意図を気付かせる。
お前は娘のことなど何も考えていない、と。

「ほら─────見ろ、彼女も怒っているぞ?」

「え、ぁ」

虚を突かれたような幼顔を少年は無理矢理ある地点に向けさせる。
瞬間その周囲で幻術が発動したのを彼女達は察したが、果たして今のヨハンは気付けたのか。

「っっっ、フィリアっ!?!?」

途端に出た怯えるようなその叫びが何よりも事実を語っていた。
だからこそ、その彼のまるで許しをこうような視線を向けられた彼女は呆れ顔だ。

「……あの男、いつも以上に容赦がありませんね」

「なんてこと……髪を解いて色を変えるだけでここまで…」

幻術によってかステラをフィリア王女と誤認したヨハンにそれはどう見えているのか。
推察するまでもなかった。目が、表情が、声が、言葉が、何よりも答えであった。

「違うっ、違うのだ! や、やめてくれ、そんな目で見ないでくれ!
 ワシはっ、ワシはただっ、お前を、ぁぁっ、だからやめて、くれ…
 いつもの笑顔を、あの顔を、頼む……せめてもう一度、うわああっ!!
 どうして、そんな目で見るのだ……許して、許してくれ……ゆる、して……」

大仰に首を振り、目は揺れ、顔色は青を越えて真っ白。
震えた声で、怯えるように懇願と許しをこう姿には哀れさが漂う。
余程、彼が見ているフィリア王女は親に向けるような顔をしていないらしい。
あるいは表情そのものは現実のステラのそれを踏襲しているのか。

「……ねえ、ステラ一回ぐらい笑ってみない?」

「お断りします」

どういう意図だったのか姫からのそんな頼みをすげなく断ったステラ。
なぜヨハンに対して微笑まなくてはいけないのかと逆に不機嫌さが顔に出る。
無表情を常とする彼女としてはそれもまた珍しい表情変化であるのだが、
それほどまでに妹達を深く傷つけた相手に良い感情が無かったのだ。

「ぁぁああああぁぁあぁああああっ!!!!」

それが、ヨハンの目にはどう見え、耳にはどう聞こえたのか。
この世の終わりとばかりの絶叫をあげたことが答えそのものだ。
そしてぐったりと全身から脱力すると光を失った瞳を開けたまま、
ぶつぶつと娘を求め、娘に謝罪するような言葉を機械的に繰り返していく。
それをシンイチは黙ったまま冷たい視線で見下ろしていた。


続きは、数日中に、必ず



しかしどこにもないのう、カルデアエース………
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