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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-84-07 傷と痛みの無関係さ




必ず、


必ずだ


取り戻す


こんな終わりでいいわけがない


これは相応しい結末ではない


ならば書き換える


やり直す


もう一度我が愛しき花を


大輪となるはずだったあれを再び咲かす


そのために理性や常識が邪魔ならば、


立場や法が足枷となるならば、


ヒトとしての誇りや矜持などいらぬ


それらすべて、いくらでも捨て去ってやろう!







─────なんともお約束で、なんて愚かな男か



     ああ、でもちょっとだけ、その愚かさは羨ましい─────














「曾おじい様? あれが!?」

唐突に明かされた名に誰よりも先に驚いたのは彼の曾孫だった。
無事解放されたメイド達の所へ気怠げな体をなんとか動かし、這うように
移動してどうにか手が届くほどの距離に来た直後の出来事である。それは
シンイチに強い信頼を寄せる彼女をしてもすぐには信じられない話だった。
そして名を言い当てられた当人は、しかしそれどころではない。

苦悶も苛立ちも動揺も、表す余裕すらなかった。
襲い掛かるは技量Sランクという不条理で理不尽な怪物。
しかも『魂の渡り』の利点を殺せる術を持っている相手。
対応を一手間違えるだけでこちらが即座に滅ぼされるのは明白だった。
尤もそれができない事情をシンイチが抱えているからこそ、まだ無事で
あった、という事は彼にとっては夢にも思わぬ真実であるが。

だが舐めるなと胸中で気炎を吐いて、もはや投薬している暇も惜しいと
体内で薬を作成するとそのままその危険な薬効を一気に全身に巡らせる。
子供の肉体はシンイチの腕が届く前に屈強なそれに変化して初撃を受け止めた。
少年が繰り出したのは飛び掛かる勢いと自らの体重を乗せた単なる拳打。
だが、しかし。

「ぐおおああぁぁっ!!?
 お、おのれっ、ここまで性能を上げてもこれとは!!」

狙われた顔を庇うように交差させた両腕は受けた途端にへし折れる。
続く衝撃に彼の体は10mは床に轍を作って強制的に下がらされた。
ステータスの内、耐久ランクのみを薬効でAAまで強制的に挙げても、それ。
付け加えれば彼自身の技量値はC+という一流一歩手前だというのに、だ。
──この体では、このやり方では太刀打ちできない、ならばアレを!

何がしかの決意と共に廃棄された肉体は意志のない瞳で少年を見据えて突貫する。
折れた腕など関係ないとばかりに組み付くように飛び掛かるが、指が鳴った。
途端に舞い上がった黒炎が捨て肉体(ゴマ)を一瞬で覆い付くし一瞬で消す。
骨さえ、灰さえ、残さぬ業火の後には何もなく、されどそれと入れ替わるように
少年の前に立ちはだかるは無数の鎧人形達。またその背後には鎧を纏った大蛇の
ようなゴーレムが三体。露骨なまでの時間稼ぎであると理解したうえで少年はただ
挑発的に手招きをした。どうせ自分が相手しなければ背後のまだ動けない彼女達を
襲うであろうことは明白だったのと、これが時間稼ぎにもならないからだ。

「耄碌してるな、まだ外の様子を把握してないのか?」

鎧人形が組みつくように殺到し、蛇が四肢に食らいつこうと牙をむく。
だがそれはもう散々繰り返したことだといわんばかりに鎧袖一触。

「……無茶しやがって……それ30分ももたない体じゃねえか?」

腕の一振りでガラクタを作り出した少年の明るくも小馬鹿にした評価は
再び目の前に現れた─これまでとは違う─鎧を見に纏った青年に向けられた。
見るからにシルバガント製で多種多様な防御魔法が込められた国宝級の鎧と
高度な魔導錬金術によって造りだされた性能の高い肉体がそこにある。
既にステータスを強制的に跳ね上げる危険な薬品を打ち込んでいることも
シンイチの目は見抜いている。そのため彼が指摘した通りその余命はおよそ
30分という超短命。見た目は、カイトを嬲った時ほどではないものの
筋肉の鎧を持つ偉丈夫。以前と違ってその相貌は肉体に似合った年齢の、
あの幼顔が成長したであろう青年の顔つきとなっていた。

「っ、あれはっ……では本当に曾おじい様!?」

それを見てリリーシャはやっと確信を抱けた。王族の教養として自国の
歴史を勉強した際にいくつか見た姿絵の中にあった魔導王の若き日のそれと
全くの瓜二つな相貌だったのだ。シンイチを相手にしているのにわざわざ
似せる余裕があったとは考えにくい。むしろあれだけ幼顔であり続けたのに
もはやそれが困難になるほど慌てていると見るべきで、むしろそれこそが
少年が嘲笑った本命であろう。

「ごくっ、んっ、はぁ……30分もあれば充分じゃ!
 この魔導王、貴様のような若造に負けるほど耄碌しておらぬぞ!」

姫の驚愕の声は聞こえていないのか。
新たに作った怪しげな色合いの丸薬を大量に口に放り込んで呑み込むと
かつての魔導王ヨハンはまるで虚勢を張るかのように叫んで床を蹴った。

「ダメ、ゼッタイって標語知ってるか薬中老人?」

ドーピングでより筋力(パワー)敏捷(スピード)を特化させた肉体の突撃。
やられた事の焼き直しのようなその強烈な勢いを乗せた拳が繰り出される。
単純、だが余計な要素が無い一撃はそれゆえに能力の恩恵を容易に形にした。
それをこれまた焼き直しか嫌がらせか顔の前で交差した腕で溜め息まじりに少年は
易々と受け止める。微動だにどころか衣服の乱れさえ起きぬ少年だがその足元は
みしりと罅割れていた。だが鼻で笑う少年と苦い顔の魔導王という表情が結果の全てである。

「ワシの手がこれだけと思うでないぞ!」

続けざまに襲いくるは拳と蹴りの連撃。
といえば聞こえはいいが所詮戦いは素人か乱雑な動きである。
されどその一撃は事実として重く、速い。かすった拳の圧が床を窪ませ、
空を切った蹴りが大気を震わせる。そしてそれらが次から次へと隙間なく
繰り出せているのは肉体全体のあらゆる動きの速度が極まっているからだ。
さらに男の本業は魔導錬金術師。そう、肉体による攻撃自体がおまけである。
四方八方で、床が隆起し、剣が舞い、粘液(スライム)が飛び掛かり、石腕が落ちてくる。

「ハッ、そういうのは黙ってやるもんだ!」

数でいえば一対一の対決だがこれではまるで一対多のそれのよう。
だがそれがシンイチの真骨頂を発揮する戦場だとヨハンは知らない。
少年をその場に縫い止めようとするかのように剛力と駿足からなる
拳と蹴りの連撃は、されど易々と躱され、弾かれる。一人だけ違う時間の
流れにあるかと錯覚するような幽鬼じみた動きとガラス細工にでも
触れているのかという繊細な手つきで拳も蹴りも躱され、反らされる。
そんなことをしながらも床の隆起は踏み潰され、剣群はかすりもせず、
粘液(スライム)は燃やされ、石腕は砕かれる。続ければ続けるほどに
ヨハンの顔は真っ青になっていった。これでも、まだ、届かない。

「か、かつての魔導王ですら相手になりませんか………ですよねぇ、アハハ…」

アレがそうであることすらまだ信じがたい姫ではあるが、仮にも
自国の歴史に名を残す王がここまでしても勝負にならない異様さ。
思わず渇いた笑みをこぼしてしまっても誰も彼女を責められまい。
むしろ青い顔の先祖の気持ちを察して同情してしまい“そう”だった。
ステラたちにされた事が念頭にあるので“そう”までだが。

しかしそれでもヨハンはよくやっている方だと彼女は考える。
学徒のイメージが強く、作り出したモノを戦わせる錬金術師らしからぬ戦闘法。
だが、これをやられたら純然たる魔法使いの自分では瞬殺だったと姫は思った。
多少の護身術や防御結界で対応できる攻撃ではない。尤もそれを屈辱感を煽る
笑みを浮かべながら踊るように躱して弾いていなすシンイチは大概か当然か。
こちらに全く余波がない事を、彼らしい、と考えながら彼女は後者と判断した。

「えっ、なに?」

その舞踏か武闘かに見惚れていた姫の手を掴む者がいた。ステラだ。
振り返って彼女を見たリリーシャは絶句する。鬼気迫るといえばいいのか。
乱暴なくらいな力で腕を引かれた彼女が見たのはそんな形相のメイド長。
姫が必死の想いで這ってまで近寄った時には彼女達は全員がまだ状況を
把握できていないのかどこかぼんやりとしていたはずだったが、これは。

「ど、どうしたのステラ?」

戸惑いながら問うて返ってきたのはこれまた予想外に強い言葉での、懇願。

「リ、リリーシャ、さま…早く、早く治療を!!」

「えっ、ちょっと待ってっ、今の私じゃそれは…」

魔力自体はまだ充分に残っていたが、時間稼ぎに多種多様な魔法の連続行使。
苦手な聖魔法の使用。魔力が十全に操れない状況での複雑な停止コードの解除。
戦闘でのダメージも重なっての、手順を無視した強引な魔法行使がトドメと
なってリリーシャの肉体はいま簡単な魔法すら使える状態にはない。
それを伝えようとしたが、それよりも先に他のメイド達が一斉に騒ぎ出した。

「…ぅ、うそ、うそでしょっ、なんで!?」

「ない! 何にも残ってない!」

「彼が、全部、持っていっちゃった……」

「ナカムラさまっ、あぁぁっ!」

驚愕。絶叫。呆然。嗚咽。
一度自らの体を見下ろし直接触れてナニカを確認した彼女達はそんな状態に陥る。
だがその判別できない感情で大いに揺れる瞳は全てシンイチを見詰めていた。
何があったのかと姫はメイド達の体をよく見て傷が無くなっている事に気付く。
ではステラは誰を治療してくれといっているのかと訝しみながらも彼女達の表情に
あるのが先程彼に刃を向けさせられた時よりも強い怯えと恐怖であることに気付き、
リリーシャはさらに困惑していく。

「み、みんなどうしたの? もう大丈夫、なんでしょ?
 悔しいけれど、あとはもうシンに任せれば問題なんて。
 それにあなたたちの傷だって完全に、塞がっ…て…………え?」

姫は視界と言葉で現状を改めて認識した時、強烈な違和感を覚えた。
彼女達が身に纏うメイド服には今も見るも無残な傷の残滓がある。
深い損傷と赤で汚れた布地。だがその向こう。あったはずの肉を
裂いた、抉った、貫いた、ような少し前まで確かにあった傷跡は
皆無であり今そこには美しい白い肌が見えるだけだった。本当に
そこに傷があったのかと魔法使いの目をして疑う状態である。
最初はシンイチが治療したのかと考えた。だが魔法の痕跡はない。
ならば何があった。爆炎が彼らを覆ったあの一瞬に。

「このままじゃ、このままでは!」

嫌な予感に苛まれた姫に、だがステラはまるでその様子も。
それどころか周囲の妹達の嗚咽さえ聞こえていないのか。
鬼気迫る、そして怯えたような顔のまま姫にすがりついて訴えた。

「早く、治してっ、治さないとっ!」

「落ち着いてステラ! いったいなにが…」

「彼が! あの人が死んでしまう!!」

「…え?」

彼女がいう『あの人』とは誰のことか。ハッとなったリリーシャは振り返る。
シンイチとヨハンとの戦いは終わっていない。そう、まだ(・・)続いていた。
確かに相手は彼女達との時とは比べようのない能力と圧倒的な攻勢を見せていた。
だが、それでも。一度彼に叩きのめされた者達だからこそ分かる違和感がある。

─なぜ、その程度の相手に防戦一方なのか─

自分達にとっては強敵でも、彼にとってはあれはそうではない。
これならヨーコとの鍛錬の時の方が激しく壮絶な打ち合いをしている。
そう、打ち合い(・・・・)だ。シンイチは確かにヨハンの攻撃の悉くを潰しているが
反撃自体はおざなりであった。『魂の渡り』を懸念して攻めあぐねているわけ
ではないのは先程魂へ直接攻撃出来た以上あり得ない。ならば、なぜ。

「っ!?」

注視したリリーシャはだからそのおかしい痕跡を見つけてしまった。
彼らの攻防は一種の膠着状態にある。次々と、あらゆる手段でその頭部を
狙う魔導王とそれをいなす少年。ヨハンの攻撃はまるで効果をあげておらず、また
積極的な反撃をしない彼がたまに放つ一撃は破壊より相手を押しのけるようなもの。
つまりは優勢劣勢の違いはあれど現在互いに相手を傷つけてはいないのだ。

─ならばなぜ、少年の周囲には血痕が飛び散っているのか─

操られたステラに付けられた傷から、ならばまだ分かる。
見るからに乱雑な力技の治癒魔法で傷を塞いだ背中が姫には視えた。
自分に対する治癒魔法が苦手だという自己申告通りの拙さである。
あれであんなに動き回れば再び出血しても確かにおかしくはない。
実際いくらかはそれだが明らかに背中や腹からではない流血が見える。
口調と表情にある一種異様な明るさから気付けなかったがよく見れば
顔色にはどこか青白いものがあり、口許も赤いモノで漏れていないか。

「けが人から傷が消え、無かった者に傷が増えた………持って、いかれた?」

訝しむ姫の脳裏にふとメイドの誰かが口走った言葉が過ぎる。
そしてそれが電撃的に、されど即座にあり得ないと否定したい推測に導く。
彼女はその現象と表現を成立させられる一つの魔法を知っていたのだ。
だから、リリーシャもまた顔を青くして叫んでいた。

「ま、さか! シンっ、あなたあの禁術を!
 『ペイン・サクリファイス』を自分に使ったのですかっ!?」

それはもう魔法大国の王家だけが伝える、存在さえ抹消された禁術。
善意から開発され、多くを救ったが人道に反した犠牲に多くを苦しめた。
ゆえに最後は開発者自身が自らと共に歴史の闇に葬り去った最低の救命魔法。

「あらら、お前が見抜かないから先にリリーシャに言われちまったぞ?」

「っ……なんじゃと! 小僧、貴様本当にあれを使ったというのか!?」

言外にそうだと認めるような言葉に数多の攻撃を続けていた彼も驚きから
距離を取って攻勢の手を止めてしまう。それだけその事実の衝撃度は凄まじい。

「知ってたのに気付かないとは間抜けめ……まあでも、いい判断だろ?
 あれは発動中、術者と対象者には物理的な干渉ができなくなるからな」

当人だけがあっけらかんとした様子で笑いながら、されど青い顔で認める。
顔色さえ除けば、その表情は、声色は、自慢するような気配さえあった。
それに彼女らは、やっぱり、そんなっ、と悲痛な叫びをあげていく。
件の禁術を知らずとも、そも術の対象者だったメイド達は感覚として
自分達と彼の身の間に何が起こったのかは理解してしまっていたのだ。
それを当人に肯定されてしまえばもう悲鳴をあげるしかない。
一方でヨハンは後ずさりながらもあり得ないと声を張り上げる。

「その特性でワシの爆弾から身を守ったとでもいうつもりか!?
 あれは本来、数多の重傷者の傷を生贄一人に押し付ける(・・・・・)術じゃぞ!!」

それこそが、この魔法が“最低の救命魔法”といわれる所以。
負った『傷』という概念を肉体から引きはがし、他者に移し替える術。
千や万のけが人達を一気に救えるが必ず一人は死なせる(殺す)術。
ゆえに『痛みのための生贄ペイン・サクリファイス』である。

「しかも自分で自分に移し替えるなどっ、そんな愚行を誰がする!?」

だがシンイチが行ったのはさらに異常な手段であった。
移し替える先を自分に指定したという。全部で十一人分の重傷を。
その結果がどうなるかなど子供にだって想像できる話である。

「パート3もらいっ……ふふ、だって都合がよかったからね。
 ステラたちの傷を消すにも守るにも……糸を断ち切るにも、ね」

「糸…っ、そうか貴様が受信石を取りだせたのはつまり!?」

「正解、異物除去にも使えるからなペイン・サクリファイスは。
 これぞ一石三鳥……って、意味通じる奴が一人もいねえな…」

故郷の言葉をもじった造語を思わずファランディア語で表現していた自分に
呆れてわざとらしくやれやれと首を振る。それはとても十一人分の重傷を
抱えた体とは思えぬ“軽さ”である。

「それで、そのために……そこまで自らの体をボロボロにしたというのか?」

「ん、ああ、その眼ステータスだけじゃなくてそういうのも分かるのか」

ヨハンは“眼”の力を活用してその状態を覗き見ていた(スキャンしていた)
シンイチのステータスを視界に入れただけで把握した機能の応用。
それによって“視て”しまった彼の動揺と困惑は果てしない。

「だが、ふむ………いうほどボロボロか?」

当人はそこまでではないんじゃなかろうかと本気で首を傾げていたが。
どこか及び腰な様子で後退りをするヨハンはそれに反射的に吠えた。

「ほ、他になんだといえるっ……なぜじゃ、何故そんな状態で動ける?
 それでワシと戦っておったというのか、へらへらと笑いおって!
 いったいなんじゃお前は!? あり得ん、ふざけておるっ、狂っておるぞ!!」

それをなんとか落ち着かせようとはしていた彼も途中から怒号となる。
呼応したかのように魔力が漏れて周囲の空気を震わせるがシンイチには
まるで猫かなにかが毛でも逆立てて威嚇してるようにしか見えなかった。

「ひどい言われようだ、主にお前がいうな的な意味で」

実際ヨハンの目に浮かぶのはまったく未知の生命体と遭遇したかのような
ただただソレ(カレ)を気味悪がる視線で、怯えさえ見え隠れしている。
それもそうだろう。少年の体の中は端的に言えば“ぐちゃぐちゃ”だ。
出血は最低限に抑えられている。傷自体は塞がってはいる。
それでも傷の規模と数が多いために彼の体内で正常な所の方が少ない。
元より背中を斬られ、腹を貫かれた後に十一人分の重傷を引き受けている。
立って動くどころか意識があることが、いま生きていることが不自然だった。
しかもシンイチはその状態でヨハンの必死の猛攻をいとも簡単に潰している。
異常としかいいようがなかった。その戦闘力や生命力、そして精神性は。

「ま、けが人相手に善戦も出来なかったとなればショックか。
 だが、いやはや、なかなかお前の錬金術(見世物)は面白かったぞ?
 くくっ、あははっ、ぁ、がっ、ごほごほっ……ぅぅ、むせたぁ…」

だがそれはあまりに馬鹿げた行動であるともいえた。
けらけらと笑いながらも血を吐いて咽る姿は痛々しさより滑稽に映る。
相手の動揺の意味をどこかズレて認識している点も含めて、この場の全員から。
例えばこれが戦いが終わった後ならば、他に治療手段が無いのであれば、
他者の犠牲を容認できないのならば、高潔な自己犠牲精神といえなくもない。
しかし防御にせよ治癒にせよ除去にせよ、彼ならば他にも手段はあっただろう。
さらにその先にヨハンという脅威がまだ残る中で唯一対抗できる自分を深く
傷つけるのはあまりに愚かであった───彼が普通であれば、の話だが。

「シン、こちらに来てください! 少しなら今の私でも治せます!」

「バカいうな、這い這いしただけで息を切らしてる癖に。
 だいたいこの距離で使えない時点で限界だ、衰弱死したいのか!」

わかっているだろと釘を刺すように彼は振り返りもせずに提案を即座に却下した。
普段の彼女ならこんな距離で魔法がかけられないなどということはありえない。
それだけ今の彼女が弱っている証拠であった。いくら魔法の腕は秀逸でも、
体力そのものは王宮育ちのお姫様でしかない。そもそもこの地に留まったのも
旅の疲れが出たからであったのだから。

「ですがっ、そのまま戦ってはっ、下手をすればあなたは!!」

「問題ない」

尚も言い募ろうとする彼女の言葉を遮って、シンイチは言い切る。

「これは俺の命に届く傷ではない。だから問題はない」

そして一度だけ彼女達に顔を向けると安心させるようにか。
朗らかに笑って、彼なりに(・・・・)彼女らの心配を払拭させようとした。

「大丈夫だよ。
 この程度の損傷で俺がこいつに負けることはない。
 ゆっくり休んでいろ、どうせあと10分もかからないからさ」

そんな言葉と笑顔だけを残して今度は彼の方からヨハンへと殴りかかった。

「ぁ」

見送る形となった彼女達は言葉がなかった。想いが詰まって、声にならない。
むしろ悲鳴や嗚咽をもらさなかったのを誰かに褒めてほしいぐらいだと
姫とメイド達は致命的にズレている言葉を聞いて唖然となっていた。
以前から妙だと思っていた事を再度認識する。そしてあれだけ目敏い男が
自分達が心配している事柄に見当違いを起こしている事実に戦慄する。
なぜ、そこだけ節穴なのか。なぜ。

「なんでっ、なんてっ、バカなんですかあれは!」

思わずといった風に出たステラの切実な叫びが彼女達の共通の想いであった。
それを知らずか聞こえてないのか。よく分からないので(・・・・・・・・・)棚上げしているのか。
とかく殴りかかろうとしたシンイチの前に並び立ったのは鎧人形や石腕の群。
彼とヨハンの間を遮るように並ぶは錬金術による創作物による壁だ。
武器を構え、拳を握り、僅かでもシンイチの動きを止めようとするがまるで
そんなものなど無いかのように彼は突貫し、その余波で全てが吹き飛んだ。

「くっ、本当に何なのだお前は!? どうしてそこまでする!!」

四散した欠片が落ちきる前に突きだされた拳をヨハンの拳が迎撃する。
魔力を纏った素手の拳と銀の手甲に覆われた拳が衝突し、遅れるように
衝撃がその場の空間をぐわんと揺らす。それは互いの肉体にも伝わるが
渋面のヨハンと違い、シンイチは不敵な笑みさえ浮かべていた。
尤も、青白い顔で吐血の痕のある笑み、だが。

「俺がやりたかったからだけど?」

「ふざけるな! 技量がSもあれば、たいていの事は思い通りであろう!
 それがっ、たかがメイドどものために我が身を犠牲になどっ、なんて頭の悪い!!」

引き攣った表情ながらヨハンは少年の顔目掛けて蹴りを繰り出すが、シンイチは
するりと躱し、続いて振ってきた石槍を重力魔法で押し潰し、圧縮した塊を
明るい声と共に蹴り飛ばして返す。

「ははっ、だよねー!」

「状況が見えておらん! 後先も考えず、損得も釣り合っておらぬ!」

それを床から飛び出た巨腕が屋敷の外へと弾くとシンイチの背面からその身体全てを
覆い尽くさんとするほどの質量を持ったゲル状のスライムが襲い掛かるが一度も
振り返ることもなくその核を後ろ手の指先で貫いて体組織を崩壊させた。

「俺の中では充分得なんだがな」

「馬鹿過ぎる、愚か過ぎる、理解不能だ!」

それでも片腕が一時後ろを向いたと見たか強化された敏捷(スピード)でヨハンが迫る。
同時に先んじて放たれた魔法の風刃が四方八方から襲うも彼の魔力の鎧を
切り裂けず霧散し、最後のヨハン自身の手元から造られた銀刃も手刀に折られた。

「元・王さまのくせに価値はヒトそれぞれだと学ばなかったか。
 お前にとって道端の石ころでも、俺には家々に灯る光に見えたよ」

「は? なにを?」

返す動きで腕ごと切り裂かんとした手刀を飛び退いてヨハンは避けた。

「ぁぁ、この例えじゃ元・王さまにはわからんか」

追撃をさけるためか放たれた人間大の火の玉は真っ直ぐに向かってくるが
少年はもう一方の腕を突き出すと指で弾いて(デコピンで)易々と散らした。

「こいつらには俺が体を張る価値がある。俺がそう認めた。ただそれだけだ」

さすがにそんな迎撃のされ方がショックであったのか手の止まったヨハンに
シンイチは当然のような顔で、それ以外の何が必要だ、と言葉より雄弁に
侮蔑を込めた視線でそう語った。そんなことも分からないのかと尊大に
見下してくる態度に彼は苦々しい表情を浮かべている。

「………随分とその人形どもにご執心なようじゃな小僧。
 そこまでいうとは……見目はよいからのぅ、情でも交わしたか?」

それらへの意趣返しか。
不快げに歪めた表情で彼女らさえ蔑みながら下世話に揶揄するヨハン。
そこには明確にその関係を貶めようとする悪意があって、だから。

「ふふ、そうだなぁ。みんなお前の娘より魅力的だからね」

「っっ!! きさまぁぁっ!!」

いとも簡単に逆に自分が煽られていた。
楽しげな声での返しが易々とヨハン王の心をかき乱す。
青白いもののニヤニヤとした顔つきなのが余計に癪に障る。
意図的なものであろうと推察はできても彼の感情が追い付かない。
まさに相手が悪かったとしかいいようがない。

「我が愛し子をっ、フィリアを! メイド以下と愚弄するか!!」

作り物の青年の顔が、かつての若き日の美丈夫が怒りで真っ赤だ。
それが彼の逆鱗であることを知っていて触れるのがシンイチである。
尤も、そうとは知らずとも少年の逆鱗に無造作に触れたのは彼が先。
ゆえにシンイチがこの手の煽りで手加減などするわけがなかったのだ。

「お、の、れぇっっ、下賤なガキがっ、人形風情とワシの娘をっ……っ!
 ああ、そうか。そうだったな……くっ、くくくっ、いいだろう!」

しかしヨハンは突然悪辣な笑みを見せるとシンイチを嘲笑う。
何かに気付いた、あるいは思い出したのかのような意味ありげな顔。
そして得意気に、悪意に満ちた視線と声が彼女達に向けられる。

「そこまでそのメイドどもが大事だというなら教えてやろう。
 ニコラスが愚かにも情けを出して隠したその忌むべき正体をな!」

心当たりがあったのかメイド達は一斉に小さな声なき悲鳴をあげた。
体を震わせて、縮こまる姿はまるで親の折檻を恐れる子供のよう。

「大昔の亡霊風情が黙りなさいっ!!
 あなた如きが私の侍女たちを貶めることは許しまっ、ぁ、くっ!」

青褪めたメイドたちと庇おうとしたのか声を張り上げた姫だが、
急激に動こうとしたせいか彼女自身は眩暈を覚えて頭をふらつかせる。

「リリーシャさま!」

「くかかっ、無茶をする。
 余程、情が湧いたか……確かに引き篭もりの姫には人形メイドがお似合いじゃな」

「あ、ぐぅ……このっ、黙りなさいッ!!」

可能ならば今すぐにでもその口を爆炎で吹き飛ばしてしまいたい。
そんな激情を込めて叫ぶがヨハンはただおかしそうに笑うだけ。

「かかっ、やはりその様子では教えてはいなかったか。
 すべてを押し付けておいて隠し事か、ご立派な関係じゃな。
 しかし、ならば作り手たる(・・・・・)ワシが語っておくことにしよう。
 小僧、よく聞くが良い、こやつらはな───」

悪意に満ちた声が、秘した事実を白日にさらさそうとしていた。
皆の息を呑む音が響く。怯えるようなそれに身を縮ませる彼女達。
それを切り裂くように無慈悲な真実が言葉となってその場に響いた。


「───人造人間(ホムンクルス)だってんだろ」


シンイチの─非常に呆れた─声で。




やっと調子が戻ってきた………というより開き直ったというのが正しいか

どんだけ長文になろうが展開遅かろうと知ったことか!!
俺の物語だ。俺が好き勝手やってやるんだ、文句あるか!!


という心境(遠い目
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