挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

164/183

04-84-06 静かなる逆鱗

現在、ひじょうに、煮詰まって、おります


前回までの超簡略的なあらすじ!

背中、刺された!







目の前で彼の背に赤い線が出来た。

剣が深々と刺さって貫いた。

吹き出た鮮血が顔にかかった。

遅れる形で誰かの絶叫が響いた。

彼女(ステラ)は全身から血の気が引いて全てが真っ白になった。



当初彼女は自分が何をしたのか理解するのに時間がかかった。
否、正確にいうならば認めようとしなかったというのが正しい。
頭が、心が、魂が、それをしたのが自らであると認めたくなかったのだ。
しかしながら目と手から流れ込んでくる否定しようがない情報に彼女は
今まで出したこともない絶叫を─声が出ないと気付かずに─あげていた。
まるで自らの全てが内側から罅割れていくような痛みと衝撃に襲われる。
聞こえないはずの自分の悲鳴が体を引き裂いているようだとも錯覚した。

なのに体は相変わらずいうことをきかず、魔力も使えない。

しかしヒトを裂いた感触。ヒトを貫いた衝撃。浴びた生暖かい赤き血。
どれもしっかりと感じた。体は不自由なのに感覚だけは丁寧に伝わる絶望。
そんな程度なことはとっくの昔に慣れていたはずだったというのに。
今まで彼女は大国の王女という立場にあるリリーシャを守るため、
数多くの不埒者を斬り捨ててきた。そういった感触は端から不快ではあったが
彼女の心をここまで揺らがすほどの衝撃となったことは一度として無かった。
それが、いま、彼女をして目を閉じたいと夢であってくれと願うほどに揺らがす。
しかしながら瞼でさえ彼女の意志に反して自らが貫いている少年の背を見せ続ける。
徐々にしたたり落ちてくる赤い線と徐々に広がっていく赤い円。
血が流れ出ていく。彼の熱が、命が、抜けていってしまう。
意識を飛ばす事もできない絶叫の中で先程まであった感情が崩れ落ちる。

少年の救援を認識して最初に思ったのは、感じたのは“申し訳なさ”だった。
庇われた格好のため背中しか見えなかったが間違いなく彼は苛立っていた。
こんなタイミングばかり。人々の窮地に駆けつける救世主といえば聞こえはいい。
しかしそれは裏を返せば、誰かが無残に傷つき倒れている姿を、あるいは彼が少し
遅れただけで犠牲者が出る寸前だった光景を、何度も見たという事ではないか。
それはどんな痛みで、重圧か。幾度目かのそれを自分達の無力さで与えてしまった。
体が十全に動けばきっと彼女は奥歯を砕かんばかりに歯噛みしたことだろう。

されどそんな悔しさとは別に、不謹慎と思いながらも嬉しさも覚えていた。
彼がそもそも苛立っている理由。傷つき倒れた皆の姿に胸を痛めているのを、
メイドとして、護衛として、鍛えた洞察力で見抜いてしまう。察してしまう。

─なんで俺はこうなる前に来れない─

彼がまず“外”の安全を優先したことは容易に想像できた。
テンコリウスの足止め用の戦力となれば生半可な質や数ではあるまい。
放置できぬであろうことは明白で、だから彼の背中は機嫌が悪い。
正しくもそれは自分達を半ば見捨ててしまう選択であるのだから。
それにも申し訳無さを、されど暖かな熱を彼女は覚えてしまう。
彼にそう思ってもらえる存在になれたことが、それが妙に誇らしい。
そして彼はこれが彼女らが掴みとった勝利であると断言した。してくれた。
ただただ時間を引き延ばすことしかできずにいたのに。途中からは完全に
無力な状態にもされたというのに。あとはもう本当にただの悪あがき。
それでも、それで勝ったのだと彼に認めてもらえたのが何より胸を熱くした。




なのに、



どうして、



自分の手が剣を握っている。




なぜ、彼を斬りつけた。

なぜ、剣を突きたてた。

あの小さくも大きく、そして痛々しくもある意地っ張りな背中に。

なぜ、今もなお切り裂かんと動こうとしているのか。

──こんなっ、なんで、どうしてっ!?

──動かないっ、勝手に動いて、止まらない!

──いや、いやっ、いやぁっ!

愕然とした思考、まとまらない思惟、壊れたように叫ぶ心。
例え、声が出せたとしても意味のある言葉は発せられなかったろう。

「っ」

そこへ握り続けている剣から伝わった感触。
背中の向こう側で動こうとした刃が掴まれた。
誰が、どうして、など考えるまでもないことだろう。
愕然と手元を見ていたステラはそれに自然と視線をあげた。
すぐ目の前にある黒髪の頭部がこちらを覗くためにか振り返っていく。
ひどくそれが緩慢で、ゆっくりとした動きに思えたのは逃避か願望か。

──あ、やだ、いやっ

そこにあるのは驚愕の顔。なぜ、という懸念とどうしてという傷ついた顔。

──違う、違うのですっ

──そんな目で見ないで!

ステラは、その心は、まるで幼き少女のようにそう泣き叫ぶ。そこへ。



「─────つーかまーえた!」



本当に向けられていた屈託のない笑顔と無邪気な声が届く。
最悪の想像などとは微塵も重ならないそれに彼女はただただ目を奪われた。





────────────────────────






「………小僧、貴様……正気か?
 お主はいまそのメイドに襲われたのだぞ?」

まるで子供の遊び(鬼ごっこ)でもしていたかのようなニュアンスの言葉。
自分の背中を斬り、貫いた相手にかける声としては間違いとしかいいようがない。
気でも狂ったかという錬金術師へ視線を戻したシンイチの顔にあったのは
寸前まであった邪気のない笑みとは雲泥の差の、解り易いまでの呆れ顔。

「はぁっ? なにいってんだ、頭おかしいんじゃねえのお前?」

そしてさもおかしいのはお前だろうといわんばかりの態度だ。
間髪を入れずに返されたそれに錬金術師は呆気にとられてしまう。
主に、腹を剣で突き破られた男になぜ馬鹿にされたのか、という点で。
しかしされどそれを隙と見たか最初から相手の反応など気にしていないのか。
絶対に後者であろうシンイチの口は止まらずに、その理由を語った。
さもそれが常識であろうという態度で。

「よく考えろ……この状況で、ステラが、俺を、後ろから、刺したんだぞ?
 ハッ、そんなの誰かがこいつを操る以外に起こるわけねえだろ、バーカ。
 あーやだやだ。頭でっかちな学者タイプは結局何にも見えてないんだよな。
 だからそんな当然の話もわからないで策士ぶるんだ、可哀想に」

自らの腹から突き出た血濡れの刃に肘をつきながら錬金術師の主張を鼻で笑う。
蔑み、見下す視線。小馬鹿にした笑い声と表情。すらすらと出てくる煽り文句。
彼はいま絶好調である。重ねていうが、腹から剣が突き出たまま、だが。

「なっ、な、ななっ、なにをふざけたことを!?」

そのため言っていることはシンイチの方が無茶苦茶ではある。
普通なら仲間に背中から攻撃されれば驚愕し、裏切ったのかと疑うだろう。
しかし彼にそんな普通を求めること自体がそもそも大きな間違いである。
この状況で彼女が自分を刺すわけがない。感情論ではなく合理的にそれは
あり得ないと判断した。そしてたったそれだけの理由で実際に刺されたのに
微塵もステラ自身を疑わなかった彼が普通なわけがない。

「ふざけてるのはてめえだろ?
 そもそもさ、あのタイミングならお前しか容疑者いねえじゃん。
 みんな驚いてたけどお前だけにやにやしてたしさ。疑わせたいなら
 もっとちゃんと演技しろよ、三流が……白けちまったじゃねえか」

「くっ!」

そして一転してのそれなりに筋が通った主張と呆れた溜息。
腹立たしくも頭の冷静な部分が落ち度を認めてしまった男は臍を噛む。
向けられる侮蔑の視線は、されど興味や敵意といった熱がなく、
哀れな羽虫でも見るような蔑みと同情の意志がありありと伝わる。
意に介していないどころか遥かに見下したそれが、癪に障った。

「無様に刺されておいて何を偉そうに!」
「無様にバレたくせに何を偉そうにぃ」

ああいえばこういう。
あるいはまるで何を言われるか予期していたかのような返し。
しかもそれが楽しげな声色だったのが余計に相手の神経を逆撫でる。

「っっっ! そのまま裂いてしまえ!」

「ゃっ……?」

もはや操れることを隠す気も無いのかはっきりと口から命令が出された。
ステラは吐息のような小さな悲鳴をあげたが微塵も体が動かない事に訝しむ。

「なに、どうした? なぜ動かぬ!? やらぬか!!」

肉体が動こうとしているのは感じた彼女だが実際は微動だにしていない。
まるで肉体を包み込むかのような拘束具がそこにあるかのように感じる。
目を凝らせば、薄らと暖かくも黒い魔力が自分の体を覆っていた。

「ぁ」

「っ、魔装闘法術! 魔力外装で肉体の動きを封じたのか!?」

「説明台詞どうもありがとう。ま、大変だけど一人ぐらいならね」

あはは、と軽快に笑いながら自らの腹を突き破る刃を撫でる少年。
魔装闘法術は自分以外にもかけられるが対象に触れなければならない。
シンイチとステラは剣を通していわば繋がった状態になっているため
容易に剛の型による魔力外装で包み込むことが出来たのだ。そして
それを動かないように固めてしまうのもまた難しいことではない。
あくまで、彼ならば、の話ではあるが。

「こちらの手駒が一人だけだと思うたか!」

ならば、とさっと手を上げれば倒れていた他のメイド達が急に全員立ち上がる。
彼女達の表情にあったのはそれへの驚愕。体がいうことを聞かないばかりか
他者の意志通りに動いている。その恐怖と、これからやらされようと
していることを、彼を刺した姉の心情をも察して蒼白となる。

「あ、あなたたちまで!? っ、お前私の侍女達に何をしたのです!?」

それは衰弱しているリリーシャですら激情のまま叫ばせた。
彼女達にさせようとする行為には勿論だが、彼女らはまだ治療途中。
出血が止まっただけ、傷口が軽く塞がっただけの状態で動くのは危険だ。
ほぼ全員に大小や場所に違いはあっても杭で貫かれたような傷がある。
ありていにいえば『体を貫通する穴が開いている』のだ。誰が見ても重傷。
実際立ち上がらされただけで傷口が開いて再び血を流した娘もいた。
しかし老錬金術師はその怒声に答えることなく、悪辣な顔で笑うだけ。
そんなこと知ったことかと言われたかのよう。

「っ、うそっ、やだっ!」
「こんなのどうすれば!?」
「お願い、止まって!!」
「いや、やめてぇっ!」

ステラのように声を出させない事に意味は無いと判断したのか。
全員が悲鳴のような叫びをあげるが肉体は手慣れた動きで武器を抜いていた。
恐怖と怯えが宿った瞳が少年に向く。それさえも彼女達の意志ではない。
ただ体だけが言われるがまま染みついた戦闘態勢を取っただけのこと。
シンイチを標的として構えたのに気付いた彼女達の表情は感情のままか。
勝手に動く体への恐怖と自分が彼を傷つけようとする事への怯えが浮かんでいた。
きっとその裏には無理矢理動かされて開いた傷による激痛もあるだろうに。

「あ~あ、やっちゃったよ」

「…シ、ン?」

それを目にした彼の言葉は軽薄だ。あくまで、言葉だけ、だが。
声色や表情に感情らしい感情は微塵も感じられない。
ただ“無”があって、姫はぞくりと背筋が震えた。

「その荷物がくっついたままでは動けまい! 殺せ!
 頭さえ残っていれば他に用はないからのうっ!!」

一瞬だけ見せたその凄みさえある顔を見逃したまま老錬金術師は
激情を見せながらも意趣返しのように不敵に笑ってそう命じた。
助けようとした者達に襲われる。その悪趣味な趣向を楽しんでいる。
それが自らを見下し小馬鹿にしている相手ならば余計に、であろう。
既にその操り人を見抜けていても、糸を断ちきれなければ意味は無い。
操られたままのメイド長を解放することも捨て置くこともできまい。
そしてそれは隠れて治療していた程には情がある他のメイド達も同じだ。
いくら技量Sランクでもまともに迎撃できなければ意味はなく、
荷物と手傷を負った状態で華麗に動き回れるわけもない。
一筋縄とはいかぬとも操られている知己十人による波状攻撃は
この生意気な小僧を追い込むはずだと老錬金術師は考えた。

「あっ、いやぁっ逃げてぇっ!!」
「っっ、私達に構わず!」
「ナカムラさまっ、メイド長を!」

命令された瞬間には床を蹴っていた十の影。
その手には名のあるものではないがヒトを殺傷するには充分な凶器の数々。
彼が万全の状態なら彼女達もここまで慌てなかった。容易に自分達を
叩き潰して自らの身を守れることをいやというほど知っているからだ。
しかし奇しくも錬金術師と似たような事を考えて彼女達は青褪めている。
それでも彼女達は叫んでいた。私達に構わず、自らと姉を守ってほしい、と。

「ふ、ふふっ」

彼は微動だにしなかった。回避どころか防御しようという気さえ見えない。
ただその顔にはこの半月では一度も見たことがない暖かな微笑みがあった。
それは彼女達をして現在の状況を忘れさせるほどに目を奪う穏やかなもの。
仕える者である彼女らだからこそ、いつまでも近くで見続けていたいと、
そうならどんなに幸福かと思わせる静かな喜びに満ちた表情(かお)だった。

それが意図しての事だったのかただの偶然だったのか。

見惚れた隙に飛び込む体。凶器を手に伸びる腕。首筋を狙う刃。
彼女達はそれらを一切認識せずに済んだ。そして我に返った時には
誰も彼も技量Sランクという階位をまだ舐めていたことを痛感する。

「なっ、なんじゃっ!?」

操られた刃はどれ一つとして少年の肌に触れていなかった。
不可思議なことに、彼女らは飛び掛かった空中で静止している。
まるでその位置に固定されたかのように前進も落下もしなかった。
なんらかの魔法の気配でさえ一切皆無だったというのに。

「え、止まっ、た?」

「なに、これ……なにかに包まれ、てる?」

「ぁ、暖かい…」

肉体だけが変わらず命じられたことを実行しようとしているのを
感じながらも自分達を包み込むナニカはその隙間なく彼女達を覆っていた。
全身を密封されたような感覚ながらも息苦しさも圧迫感もないどころか
むしろ安堵を覚える暖かみに彼女達は困惑してしまう。どうしてか。
その感覚とは別に妙に居心地が良すぎるくすぐったさも覚えていた。

「動きは封じた、もう大丈夫……よく持ちこたえたな、あとは任せろ」

シンイチはそこへ彼女達を安心させるような柔らかな笑みと言葉を向ける。
しかし彼女達は、その誰かに仕えるために鍛えた目は気付いてしまった。
少年の視線が皆の深い傷を認めて何かを堪えたように一瞬揺らいだ事を。
なのに見せる優しげな表情に、だからずきりと胸を痛めた。

「っ!」
「ナカムラ、さま」
「あぁぁ…」

自分達の不出来でそんな顔にさせてしまった。
まるで仕える主人を自らの無力さと不甲斐無さで悲しませたかと思う程の
衝撃が駆け抜けて、彼女らメイドたちの心を大きく揺さぶっていた。
頭では、彼が錬金術師を怒らせて故意に自分達を操らせたのだと察している。
現状から考えれば挑発して自らを襲わせることで手元に招き寄せた所で動きを
封じたかったのだろう、と。だがそれによって傷口が開くのも分かっていた。
だから彼の目は揺れたのだ。まるで自分が傷つけたかのように責任を感じて。
それが余計にメイド達の胸中をざわつかせる。

「風の拘束でもない、空間の固定でもない……いったい、何をしおった!?」

少年とメイド達のそんな様子など目に入っていないのか。
訳が分からないと喚く錬金術師の言葉が届くとシンイチは彼女らを浮かしたまま
動かすと開けた視界に相手を小馬鹿にするにやけ顔をさらした。

「魔装闘法術は知ってたくせに、コレは知らないのか?」

「なに……まさかっ、のああっ!?!」

今の言葉がヒントであったのか。大口を開けて叫びながら錬金術師は指を差す。

「魔装闘法術の、第二段階!
 あ、あれは後世の創作ではなかったのか!?
 魔力が、魔力のみで半実体化しておるだと!?」

「え?」

彼女らは咄嗟に目の感覚を切り替えて周囲の魔力を視えるようにした。
老錬金術師は悪辣にも彼女達を精神的にも甚振ろうと考えていたのだろう。
閉ざす自由は無かったが“見る”あるいは“視る”のには自由があった。
ゆえに彼女達はソレを視認する。シンイチから伸びる無数の黒い巨腕を。
彼の─彼だけの─黒い魔力が人数分の巨大な腕を形作って一人ずつ
その手に中に閉じ込めていた。見た目のおどろおどろしさとは正反対に
赤子でも抱いているかのような繊細さな加減と柔らかさで、だ。
十ある魔腕は重なり合いながらも互いに干渉することなく全員を見事保護している。

「剛の型と柔の型の併用が初伝の条件ならば、
 中伝の条件といえる己が純粋魔力の半実体化! 魔族ならともかく
 ヒューマンにそんなことが出来るとは思わなかったが、これがっ!」

「説明台詞パート2、どうもありがとう」

明るい口調なれど嫌味な物言いでニヤリと嘲笑うシンイチ。
しかしその胸中にあるのは複雑な心境からくる安堵だった。
自らが操る魔力だけで形作られた腕とそれに包まれているメイド達。
魔法による拘束を選ばなかったのは相対する錬金術師に解除されるのを
危惧してのことだったが拘束の魔法よりも空間固定の魔法よりもコレの方が
柔軟且つ最適な加減で傷を塞げるからだ。再び開いた傷を抑え、止血も行うには
コレが都合が良かった。尤も、相手に彼女らを操るように挑発したのは彼自身
であるので微妙にさらに不機嫌になる彼だ。この錬金術師に冷静になられて
彼女らを人質にされるのを防ぐ意味もあったが、彼の中でそれは免罪符になってない。

「……フッ、ハッ、ハハハハッ! なんたることだ!
 Sランクとなればそんなこともできるのか! いいっ、いいぞ!
 これが、あの頭脳さえ手に入れればワシの悲願は!」

「わあ、狙ってやったとはいえジジイに狙われてもちっとも嬉しくねぇ」

そう漏らしながらも、なら何に狙われたら嬉しいのだろうか。
と自分で疑問に思うがこの状況でそんなツッコミをしてくれる者はいない。
皆の注意はひとりで皮算用をし始めた男に向けられていたからだ。
尤もその相手は誰からの視線も気にしてはいなかったが。

「くくっ、待っていろ、フィリア。これならすぐじゃ!
 もうお転婆姫も人形もいらぬ! その頭脳(Sランク)をもらいうけるぞ小僧!」

ひとりで勝手に結論を出した老錬金術師は再びひし形の魔方陣を展開した。
場所は───シンイチたちの真上。現れたのは先程と同じ黒蜘蛛型の人形。
呼び出しているのか作り出しているのか。落ちてくるその姿は、光景は、
まるで黒い滝のよう(・・・・・・)

「っ、なんて数! 信一、爆弾だそれは!」

落ちてくるは汚れた水流のごとく。
波打つように揺らめきながら万に及ぶ爆弾蜘蛛が一繋ぎとなって落ちてくる。
その威力を文字通り間近で受けたカイトが─シンイチにメイド達のついでと
ばかりに治されていた口で─叫ぶ。しかしいわば抱える存在が増えた彼と
元より動けない彼女らでは浴びるようにそれに飛び付かれてしまう。

「っっ!?!」
「……虫の大群とか、一昔前なら失神ものなんですけどぉ」

妙に高揚した口調ながらも首から下を這いまわるソレを見る少年は冷静だ。
むしろ触る事も出来なかったあの臆病者がなんとも冷めたことだと自らを
客観視しながら妙な感心を抱いていた。そこへ。

「その数ならどんな防御も無意味! 竜すら殺した威力を受けるがいい!
 なに、頭だけは無事に残すよう計算はしておるから心配せずともよい。
 まあ……それ以外は無残に飛び散るじゃろうがな!!」

「おまえっ! くっ、みんなっ、シン!」

喜色と興奮を多分に含んだ悪辣な笑みと言葉が。
それに怒りながらも這うこともできない姫の悲鳴のような叫び。
しかし彼女達は既にそのどちらにも反応する余裕などなかった。
生理的なおぞましさを感じる形状と数の爆弾が全身にまとわりついているのだ。
その嫌悪感と恐怖はいかほどか。魔腕越しで直接の感触がないというのが
メイド達にとっては不幸中の幸いだがなんの慰めにもならない話でもあった。
カウントが、始まる。

「ぁ、逃げてくださいナカムラさま!」
「本当に私達は構いませんから、早く!」
「もうここまでで充分です!」
「ですがメイド長(姉さん)だけはどうか!」

もう10秒もない猶予。
自分達と頑丈さでは比べるべくもないカイトに多大なダメージを
与えたそれが尋常ではない数集まり、そして皆に覆い被さっている。
鎧にもなる魔力外装もこの数では紙同然でしかない。だから、だろう。
シンイチに自身と姉のことだけを、と彼女らはまくしたてた。その背後で
声無き声が否定するかのように首を振るが彼女達の決意は固い。が。
シンイチはそれにただ一言。


「やだ」


それは子供の駄々のように我が儘で、そして比べるべくもなく簡潔だ。
あまりにも短く、それも即答であったためメイド達は思わず呆気にとられる。

「というかやめてくれ。
 そういうこと言われたら余計にテンションあがるじゃないか」

その様子を楽しむ、のではなく。ただただその言葉が嬉しいと笑った彼は
ゼロになろうとするカウントを横目に、じつに軽快な音を指で響かせた。
だがまるでそれが合図だったかのように一斉に爆弾蜘蛛が牙をむいた。
瞬間的に発生した爆炎の向こうに彼らの姿は一気に飲み込まれる。

「───っっ!?!」

その悲鳴は最初から言葉にならなかったのかソレにかき消されたのか。
指向性を持たされた爆破の威力はカイトの時と同じように内側に向いていた。
それは奇妙といえば奇妙な光景。轟音を響かせ、粉塵を巻き上げながらも
衝撃波だけが定められた方向のみを襲う。破壊の力がその一点で渦巻いて、
罅だらけながら形は残していた床をついに消し飛ばし地面を露出させた。
しかしそこから広がる事はなくただただ爆炎がそこだけを覆い隠している。

「クッ、カカカッ!
 貴重な人形は失ったがこれでSランクの頭脳が手に入ると思えば安いものよ」

頭もろとも、等ということはその威力と爆破の向きを計算し尽くした彼は
微塵も考えていない。ただ当然の結果としてメイド達は爆炎に消え、
そこには少年の頭部だけが残ると確信していた。

「───────あなたはバカなんですか?」

だがそれを冷ややかな声で嘲笑ったのはカイトである。
未だに倒れ伏したままではあったがその目にはあるのは嘲りだ。哀れみさえある。
言葉に振り返った錬金術師もそれを認めて、苛立ちを募らせるが鼻で笑う。

「ふんっ、誰かと思えば狂人勇者か。貴様らの希望は今死んだぞ」

「僕ならともかく、誰を相手にしてるかまだ分かっていないんですね。
 技量ランクの高さだけを見ているからそんな見当違いをするんです。
 彼と戦う者は必ず敗北するんだ。そこに例外はないよ」

「戯けたことをいう、何を見ておるか、現に…」

「現に、何も確認しないまま()の言葉に振り返っちゃったよね?」

反論か嘲笑か、戯言と切って捨てようとした言葉を遮ってカイトは
してやったりな得意げな顔で片目を瞑る合図のような仕草を見せた。
まさか、と思った錬金術師だが勇者のそれにじつは意味はさほど無い。
ただ知っていただけだ。こんな風に相手に何かを錯覚させるやり方を。
その時、彼はいつも手痛い一撃を放っていた事を。

「はい、ざーんねーん賞!」
「っ、がはっ!?!」

こんな風に。
男は普通とは明らかに違う青白く輝く色の血を吐いて驚愕する。
鎧人形の胸甲を背中から一本の黒い腕がぶち抜いたのだ。
カイトはその背後で笑う三日月に震えながら、やっぱり、とこぼす。

「きさっ、まっ!? がはっ、ごほっ!?」

再度の吐血を繰り返しながらも、顔だけ振り返らせればすぐそこに
あったのは少年の不敵な笑み。五体無事どころか怪我も火傷も煤すら無い姿。
そしてシンイチたちを覆っていたはずの爆炎も跡形もなく消えていた。
そこに破壊の痕跡はあっても誰かの肉片や血痕など影も形もない。

「あ、ははっ……僕ちょっとは役に立ったかな?」

「ちょっとだけだがな、まあ褒めてやるよ。
 お前が稼いだ(・・・・・・)全ての時間(・・・・・)は間違いなくちょっとだけ役に立ったぞ」

「っ、うん!」

「おのれぇっ!!」

誰かの雄叫びなど無視して、やった、と小さくガッツポーズするカイト。
倒れたままだがその顔は喜色満面。安い勇者だなと彼は呆れるが、しかし。

「む、もう捨てやがった。自分の体大事にしようぜ」

人形を振り払うように投げ捨て重力魔法で小指程の鉄屑に圧潰する。
しかしそれには視線を向けず、誰からも離れた位置で立ち上がる子供を見据えた。

「で、どうだ。今のはけっこう効いたろ?」

また、というべきか。やはり、というべきか。
新たな肉体を作り出した錬金術師の変わらぬ幼顔があった。
だがその表情というものには隠し切れない苦悶が浮かんでいる。

「ぅ、ぐ……聖属性を使わずに魂に直接一撃をっ、ごふっごはっ!?」

再びその口から吐き出されたのは青白い輝きを持つ血のようなもの。
それはその肉体の血ではなく、いわば魂の出血といえる現象だった。
何度かそれを吐き出しながらもシンイチを見据えるその顔は苦痛と
憤りに満ちていた。なにせ彼の背後には瓦礫を背もたれやベッド代わりにして
メイド達が誰も欠ける事も傷つく事もなく丁寧に寝かされていたのだから。
得意気に行った自らの攻撃が全くの無意味であったと評されたに等しい

「いくらSランクとはいえあの状況下で全員無事だとっ!?
 どんな反則を使えばそうなるというのだ小僧!!」

「しかし、さっきのでその程度か。やっぱ面倒臭いな、お前!」

何をされたか解らずもいとも簡単に乗り切られた理不尽さに吠えた男だが、
シンイチはまるで相手にせず妙に高揚したような声色で独り言である。
その態度にさらなる激情に苛まれ赤くなる幼顔を見据えながら、
だが少年の冷静な部分は胸中で困ったと呟く。

──今のは殺す気で(・・・・)放った一撃だったのに

と。
どうやらコレをまだ自分は『ヒト』と認識しているらしい。
シンイチは自分の感覚(それ)に「お優しいことで」と皮肉げに内心鼻で笑う。
『魂の渡り』が使える相手に、次から次へと新たな肉体を用意できる相手に、
この制限は非常に厄介だった。何せ肉体を痛めつける事にさほど意味がない。
大半がそれによって相手の戦意やプライドを叩き折ってきた彼であるが、
こんな相手の心を折るにはそれ以外のアプローチを必要とするのである。
尤もそうなると予期していたから『時間がかかる』と判断したのだが。

「相手にするまでもないといいたいのか、虚仮にしおって!
 生き残っておるならもう一度使っ、なっ、リンクが途切れておる!?」

さりとてそれはどのみち“いつものこと”ではある。
そう考えながらシンイチは黙って手の中にあったそれらを床に落とす。
カラコロと散らばったのは小指の先よりさらに小さい石ころ。その数、十一。

「っ、それは! 貴様、どうやってっ……頭に埋め込んでいたのだぞ!?」

ニヤリと笑うも語らぬまま、されど苛立たしげにそれら全てを踏み潰す。

「さて、何をどうやったかな?
 これもお前の説明台詞パート3で語ってほしいねぇ。
 それぐらいの頭脳は持ってるだろう、なぁ────」

肉体に傷をつけるのが問題になる場合とて、今までいくらでもあった。
だが既にこの相手を潰すのに必要な情報は過分なまでに彼は持っている。
その正体も、その目的も、問題点も、限界も、矛盾も、最初から解っている。
そして短いやり取りながら現在の激昂しやすい性質を加味すれば何の憂いも無い。
なら、これから先は予定調和。まるでご都合主義のようにただ手折るだけ。
一つずつ、彼の自信を、手札を、願いを、想いを、踏みにじろう。




「────ヨハン=シュバル・アースガント、哀れな王にして堕ちた父親よ」





僅かに血濡れた三日月が邪神(アクマ)の微笑を形作りながら襲い掛かった。




もう、みんなわかってただろうけどね(汗
最後は書いてて「あれ、悪役はどっちだったっけ?」と作者がなった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ